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2017/06/30

マイルズのB面名盤たちとソニー・ロリンズ

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とある30代の女性音楽ファンの方に、以前「うちらにはA面B面という概念そのものがない」と面と向かって言い切られてしまったことがある。しかしその方はロックでもやや古めの1960〜70年代のものこそがお好きなはずなんだけど。う〜ん…、LP レコードで発売されたものは、もちろん例外もあるとはいえ、片面ずつに分けるのに制作側も気を配り、A 面はこう終わって、盤面をひっくり返し B 面に行って一曲目はこうだとか(もちろん以前書いたように、僕の場合、ジャズ喫茶時代の経験で、片面聴いたら別のレコードに取っ替える習慣だったんだけど)そのあたりがよく練られていたよねえ。CD なんだからひっくり返さないけれど、ここまでが A 面だったんだとかは知っておいた方がいいんじゃないの?それを調べるのは、いまやネットの普及でもんのすごくラクチンなんだからさ。

 

 

マイルズ・デイヴィスの1950年代前半プレスティジ録音の場合は、最初から「12インチの LP アルバム用に」と企画された録音はまったくない。10インチ用としてだっておそらく事前計画はないことが多かったんじゃないかなあ。マイルズのプレスティジ盤10インチ LP だって、ほぼ全てがいくつかのレコーディング・セッションからの寄せ集めにすぎない。

 

 

特に A 面と B 面で内容がかなり激しく異なっているというものがやはりあって、しかも聴きようによっては A 面(がやっぱり聴かせたいものなんじゃないの?発売側としては?)よりも B 面の方が音楽的に面白いというものがいくつかある。今日はそんななかからたった三枚だけご紹介して話をしておこう。でも以下の話はマイルズ好きや熱心なジャズ・ファンならみなさんかなり前から百も承知のことばかり。それでも最初に書いたように、最近はA面B面という発想そのものがなくなりつつあるらしいので…。

 

 

マイルズの B 面名盤といえるプレスティジの12インチ LP 三枚とは、発売順に1956年12月の『コレクターズ・アイテムズ』、57年6月の『ウォーキン』、同年12月の『バグズ・グルーヴ』。しかしこれら三枚の B 面収録曲の録音順で言えば、『ウォーキン』B 面三曲の1954年4月3日、『バグズ・グルーヴ』B 面4曲5テイクの54年6月29日、 『コレクターズ・アイテムズ』B 面三曲の56年3月16日となる。

 

 

それら三つのうち、一般の多くのジャズ・ファンのみなさんに最も評判がいいのは、いままでの僕の経験から得ている感触からして、間違いなく『ウォーキン』B 面だね。三曲(もう一曲同じ日に同じ編成で録音されたが、それは別のアルバムに収録)ともマイルズはカップ・ミュートを付けて吹き、ドラムスのケニー・クラークも全曲ブラシ。それが、例えばアルバム・ラストの「愛さないなら棄てて」(ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー)ではかなりスウィンギーだ。ちなみにこの曲もマイルズによる録音に先立ってビリー・ホリデイが…、ってもうあまりにしつこいので今日はやめておこう。マイルズの音源だけご紹介。

 

 

 

同じく『ウォーキン』B 面の「ソーラー」(の主旋律を五線譜に書いたのがマイルズの墓石に刻まれている)も「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」もかなりいい。二曲とも人気が高い。特にマイルズ好きとはお見受けしないジャズ・ファンの方々からもわりとよく話を聞くものだ。後者のラヴ・バラードで、イントロから主旋律に入り、またマイルズのソロ部分背後など、随所で聴ける軽いアレンジは、間違いなくピアノを弾くホレス・シルヴァーによるものだ(こっちの話はどなたからもうかがったことがない)。

 

 

 

 

だがしかし、僕にとってはマイルズのプレスティジ B 面名盤というなら、まず『バグズ・グルーヴ』だね。このアルバムの B 面はかなり面白い。そして録音年月日も、演奏パーソネルも、演奏しているレパートリーも、その他いくつかの意味で、A 面とあまりにもかけ離れている。ふつうのジャズ・ファンや専門家は、ミルト・ジャクスンのオリジナル・ブルーズ「バグズ・グルーヴ」の二つのテイクが聴ける A 面のことばかり言い、B 面がこんなに面白いとは、中村とうようさんの文章でしか本格的な論評は読んだことがない。

 

 

とうようさんのそれは『大衆音楽としてのジャズ』(旧題『ブラック・ミュージックとしてのジャズ』)に出てくるもの。『バグズ・グルーヴ』B 面四曲目のソニー・ロリンズ・ナンバー「ドキシー」がいかにファンキーであるかを詳細に語っていた。その際(いま記憶だけで書いているが)あの主旋律を五線譜に書き起こし説明し、ヒョコヒョコとユーモラスに上下するメロディ・ラインはこれこそファンキーというもので、(これ以下は記憶があやふやだが)このセッションでピアノを弾くホレス・シルヴァーの一連のファンキー・ピースと完璧に同種のものだと、とうようさんは明言していた(と憶えているのだが)。

 

 

ちょっとその「ドキシー」の音源をご紹介しておこう。

 

 

 

これをお聴きになった直後に、例えばホレス・シルヴァーのソロ・デビュー作1954年の『ホレス・シルヴァー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』にあるホレスのオリジナル「ドゥードゥリン」を聴いてみてほしい。

 

 

 

ホレス・シルヴァーの「ドゥードゥリン」の方はファンキー・ジャズ作品として人気があるものだが、僕(やとうようさんその他のみなさん)にとっては、ソニー・ロリンズが書いてマイルズのリーダーのもと録音された「ドキシー」も同種のファンキー・ジャズ・ピースに聴こえちゃうなあ。作曲者のロリンズにかんしては、以前も『ウェイ・アウト・ウェスト』についての文章で僕は明言したように、この人はこういうヒョコヒョコっていうユーモア感覚のあるラインを書いたり演奏するのが得意なサックス奏者なんだよね。

 

 

マイルズの『バグズ・グルーヴ』B 面では一曲目の「エアジン」(ナイジェリアの逆綴り)も二曲目の「オレオ」(アメリカ製マーガリンの商品名)もソニー・ロリンズのオリジナル・ナンバーだ。しかもこれら二曲は、ボスのマイルズがレギュラー・クインテットを結成後に、プレスティジへの例の1956年マラソン・セッションで再演しているので、聴き比べると面白い。

 

 

まずはご紹介を。

 

 

「エアジン」

 

1954年『バグズ・グルーヴ』 https://www.youtube.com/watch?v=nlc907zBBFY

 

 

 

「オレオ」

 

1954年『バグズ・グルーヴ』https://www.youtube.com/watch?v=9IY29EZb1pI

 

 

 

なんというかその〜、マジメなジャズ(とか言うと勘違いされそうだが)演奏としては、二曲とも1956年ヴァージョンの方がスリリングだ。テンポも上がってハードになりリズム・セクションも躍動的。ボスのトランペット技巧も向上しているし、あとはサックスだけがジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズでは、この当時はやっぱりまだロリンズの方がずっといいなと思うだけで、それを無視すればいいことだらけ。特に「オレオ」におけるレッド・ガーランドのソロはかなりいい。左手だけで弾いている部分など凄まじさを感じるよね。曲全体のリズム・アレンジも面白い。

 

 

ですがね、1954年録音の『バグズ・グルーヴ』収録ヴァージョンの「エアジン」と「オレオ」には、そんなスリルは感じない代わりに、余裕があるんじゃないかなあ。余裕、とはすなわちユーモア感覚。だからどっちがよりファンキーか?という視点で聴けば、『バグズ・グルーヴ』ヴァージョンに軍配が上がる。特にやはり作者であるソニー・ロリンズのソロ部分がかなり面白く楽しい。このテナー・サックス奏者をファースト・クインテットのレギュラーにと望んで声をかけたマイルズだけど、断られたのはなんとも残念というべきか、代わりだったジョン・コルトレーンのその後のあんな大活躍を思えば、それもまたよしだったのか…。なんとも言えない。

 

 

マイルズのレコーディング・セッションにソニー・ロリンズが参加しているもののうち、スタジオ録音のラスト(ライヴでの散発的なピンチ・ヒッター起用なら後年まである)にあたるのが、B 面名盤のラスト『コレクターズ・アイテムズ』だ。しかしこれ、1956年3月16日ってことは、マイルズは既にファースト・レギュラー・クインテットを結成済で、スタジオ録音もあるんだけどなあ(例のコロンビアへの秘密録音を含む)。

 

 

とにかく『コレクターズ・アイテムズ』B 面三曲が相当に素晴らしい内容なんだよね。大学生の頃から僕は大好きでたまらないんだ。A 面は1953年にチャーリー・チャン名義でチャーリー・パーカーをテナー・サックスで参加させて録音したもので、その3曲4テイクは実につまらない。B 面の見事さとのあまりの大きなギャップにのけぞりそうだ。アナログ・レコード時代の僕は B 面ばかりに針を下ろしていた。

 

 

これも三曲ご紹介。

 

 

 

「ヴィアード・ブルーズ」https://www.youtube.com/watch?v=DabNQMNsFJk

 

「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」https://www.youtube.com/watch?v=XU6NghjEtfQ

 

 

三つともいい。デイヴ・ブルベック(マイルズは作曲家としてのみ評価していた模様)の書いた美しいバラード「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」なんか、これもマラソン・セッションで再演(『ワーキン』)していて、みんなそっちしか言わないんだけどさぁ。僕の耳にはどう聴いてもこのトミー・フラナガンがピアノ・イントロを弾くヴァージョンの方が上だなあ。「ノー・ライン」はテーマ・メロディがないのでこの曲題なんだろう。

 

 

さらに注目してほしいのは「ヴィアード・ブルーズ」。これ、書いたのがマイルズという版権登録になってはいるものの、さっき上でご紹介した「ドキシー」と同系統の旋律の動きだと僕には聴こえるんだが、どうだろう?ちょぴりユーモラスに上下するようなこの感じが。ってことは、テナー・サックスで演奏にも参加しているソニー・ロリンズが書いた可能性が高いように思えるんだけどなあ。サックス・ソロ部分でもやはりそんなような吹き方をしているじゃんねえ。

 

 

この「ヴィアード・ブルーズ」は、これまたファースト・レギュラー・クインテットでのマラソン・セッションで再演していて、『ワーキン』収録のそれは改題されて「トレインズ・ブルーズ」となっている。しかもですよ、『ワーキン』でのこの曲の作者登録は、曲題通りジョン・コルトレーンにクレジットされているんだもんね。演奏内容そのものは、上でご紹介した「ヴィアード・ブルーズ」の方がいい。

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