

(6/20註)急遽予定を変更して、サッチモ関連は四日連続になります。したがって今日からは三日間です。どうしてなのか、詳しいことは明後日。
昨日も似たようなことを書いたが、1928年のルイ・アームストロングにかんしては全部で19曲、計1時間1分程度なんだから(実はもう二曲あって計1時間7分だが、その話はあとで)、ソニー/レガシーはどうしてこの年の全録音を CD 一枚でリリースしないのか?僕なんかにはそれがサッパリ理解できない。日本ではアナログ LP でそれがあったというのに、CD 時代に入って、このあたりの認識が後退しているのだとしか思えない。
といっても CD メディア登場期あたりに、日本のソニー(じゃなかったかもしれない、まだ)が1928年のサッチモを一枚ものでリリースしたことはあった。もう誰も憶えてもいなさそうだが、実を言うと僕もタイトルすら忘れてしまっている。現物はいまでも自室のどこかにあるので、探せば出てくるはずだ。それは昨日書いた CBS ソニー盤 LP『ルイ・アームストロングの肖像1928』をそのまま CD リイシューしたものだった。
じゃあどうしてそれをいま手に取れないような部屋の片隅に置いてあるのかというと、音質があまりにもショボすぎて、とにかく LP 盤よりも悪く、またそれが出てすぐに、これまたいまや速攻では手に取れない部屋のどこかに置いてある日本盤のボックス・セットがリリースされて、それはサッチモ1925〜32年のコロンビア系録音の(ほぼ)完全集だったのだ。これで僕は長いあいだ楽しんでいた。タイトルはなんだっけなあ?
昨日も書いたレガシー盤 CD10 枚組『ジ・オーケー・コロンビア&RCA ヴィクター・レコーディングズ 1925-1933』が2012年にリリースされ、僕も即買い。音質が大幅に向上しいているので、それ以後はこれでしか聴かないようになって、それで日本盤ボックス(は10枚組だったか?9枚組だったか?)は部屋のどこかで(たぶん CDラックのなかだと思うが)肥やし状態になっているというわけ。ただ、最初にこのあたりをコンプリート集としてまとめたのは日本の会社だったことだけは記憶しておいていいかも。
レガシー盤10枚組は(あくまで基本的には)やはり録音順に収録されているので、1928年のサッチモも、6月27日録音の「ファイアワークス」その他三曲がまず最初に来ている(CD三枚目末尾)。その後、四枚目に12月12日録音の三曲(「セント・ジェイムズ病院」「タイト・ライク・ディス」を含む)まで、28年録音分全てを収録し、四枚目はそれで終り。五枚目は29年録音ではじまっている。
だがしかし(おそらく油井正一さんが考案した)『ルイ・アームストロングの肖像1928』の曲の並び順がかなり良かったと僕は思うんだよね。全19曲をA面B面に分割して、よく練られた曲順だった。あれでこそ28年のサッチモの面白さがよく分るのだ。僕なんか、あのアナログ LP 時代の体験がなかったら、ここまでサッチモに入れ込むようになっていないかもしれないとすら思うくらいだ。それくらい大学生の頃は『ルイ・アームストロングの肖像1928』(からカセットテープにダビングしたもの)をあまりにも聴きまくっていた。
ネットで検索すればそれも出てくるようには思うものの、一目で分りやすいように CBS ソニー盤 LP『ルイ・アームストロングの肖像1928』の収録順を以下に記しておく。括弧内は録音月日。
1. West End Blues (6/28)
2. Don't Jive Me (6/27)
3. Sugar Foot Strut (6/28)
4. Skip The Gutter (6/27)
5. Fireworks (ibid.)
6. A Monday Date (ibid.)
7. Two Deuces (6/29)
8. Squeeze Me (ibid.)
9. Knee Drops (7/5)
10. No (Papa, No) (12/4)
(ここまでが A 面)
11. Basin Street Blues (ibid.)
12. No One Else But You (12/5)
13. Beau Koo Jack (ibid.)
14. Save It, Pretty Mama (ibid.)
15. Weather Bird (Rag) (ibid.)
16. Muggles (12/7)
17. Hear Me Talkin' To Ya (12/12)
18. St. James Infirmary (ibid.)
19. Tight Like This (ibid.)
サッチモ1928年録音は、コンボ編成に限れば確かにこの19曲で全部だ。だが上でも書いたように、もう二曲ある。キャロル・ディッカースンズ・ストンパーズ名義でのアルゼンチン・オデオン原盤の「シンフォニック・ラップス」「サヴォイヤジャーズ・ストンプ」。これらは大編成オーケストラでのもので、7月5日録音。この二曲もレガシー盤10枚組『ジ・オーケー・コロンビア&RCA ヴィクター・レコーディングズ 1925-1933』に収録されている。入っている場所がどうもちょっと妙ではあるが、些細なことだ。
しかもそのアルゼンチン・オデオン原盤のキャロル・ディッカースンズ・ストンパーズ名義「シンフォニック・ラップス」「サヴォイヤジャーズ・ストンプ」は、二曲とも内容がいいもんなあ。サッチモのコルネット・ソロにだけ耳を傾けたいという向きには推薦しにくいが、しかし短いサッチモのソロは、さすが1928年というだけある立派な出来で、他の自己名義コンボ編成録音になんら劣らない。ピアノだってアール・ハインズだしね。特にこっちがいいと僕は思う「サヴォイヤジャーズ・ストンプ」の方だけご紹介しておこう。
この YouTube 音源に使われている写真が、レガシー盤10枚組附属ブックレットにもド〜ンと見開きで掲載されているのだ。それはともかく、サッチモのコルネットもハインズのピアノもかなりいい演奏内容だよね。自己名義録音ではない、コンボ編成でもない、しかもオーケーやコロンビア原盤でもないというので、長年見捨てられたままになっていたのかもしれない。
さてこの二曲を除く全19曲は、やはり上掲の CBS ソニー盤 LP『ルイ・アームストロングの肖像1928』の収録順に沿って話を進めた方がいいように思うのでそうしよう。一曲目が「ウェスト・エンド・ブルーズ」であるのには全く異論はない。まず無伴奏で高らかに華麗なフレーズを吹くサッチモのコルネットは、まるで天翔けるがごとき勢いと完成度があって、これをソックリそのままコピーするのだって、並のジャズ・トランペッターには難しいはず。テクニックだけなら並じゃないウィントン・マルサリスだって完璧には吹けなかった。
油井正一さんだけでなくみなさんおっしゃっているのだが、ズティ・シングルトンのドラム・セット(ともまだ呼べない程度のものしか持ち込めなかったらしいが)の音だけが、なんだかチャカポコとあまりにも食い足りないもので、サッチモが吹いたあとのトロンボーン・ソロ部分と演奏終了時に入っているのだけが難点といえば難点。あの音はなにを叩いて出しているんだろう?と思われるかもしれないが、シンバルだろうと僕は推測する。
シンバルだという根拠は、「ア・マンデイ・デイト」冒頭部でサッチモとアール・ハインズの会話が入っているのだが、その会話部分の最後でサッチモは「さあ、ズティ、そのシンバルを叩いてくれ!」と指示している。その直後に出てくる音がまったく同じチャカポコ音なのだ。あと一つ、フル・ドラム・セットを鮮明に録音できるようになる1930年代の録音でズティのドラミング・スタイルを聴いて、シンバルで同一スタイルの叩き方をしているからというのもある。
しかしサッチモの1928年録音を聴いていると実に頻繁に出てくるあのズティのチャカポコには、シンバルだけでなくハイハットも含まれていた可能性が少しあるかもしれない。シンバルだけをあそこまで細かく複雑に叩いたとは判断しにくいような部分もあるように思える気がするからだ。金属音には違いないから、当時のドラム・セットでいえば、シンバルでなければハイハットだろう。これはなんの根拠もない当てずっぽうだから、信用しないでほしい。
録音状態の話のついでに書くと、上記プレイリストだと A 面10曲目の「ノー(パパ、ノー)」から格段に録音状態が良くなっている。ズティに限ればシンバルの音もいまの録音で聴く音とあまり違わない程度にまでなっているし、ハイハットもそう。スネア・ロールも鮮明に聴こえ、またバス・ドラの音ですら入っているもんね。だから10〜19曲目のサッチモ1928年は、9曲目までとまるで違って聴こえる。サッチモ以下バンド・メンバーの演奏はなにも変化なしで、また特にボスのコルネットのブリリアントさなどには1ミリの違いもないのだが。
バンド・メンバーは、しかし12月5日の録音セッションで(僕に言わせれば)かなり大きな違いが生じている。ドン・レッドマンの参加だ。それまでのジミー・ストロングに代わってクラリネットとサックスを担当するばかりか、サッチモ在籍時もそうであったように、フレッチャー・ヘンダスン楽団で一斉を風靡したアレンジのペンをふるっているのが、僕みたいなまとまりのあるグループ一体表現が好きな人間にはかなり嬉しい。
といってもドン・レッドマン加入以前にアレンジなしだったかというと全然そんなことはなく、上でご紹介した1928年のサッチモで最も評価の高い「ウェスト・エンド・ブルーズ」でも、かなり綿密にアレンジされているのはお分りいただけるはず。ニュー・オーリンズ出身でニュー・オーリンズ・ジャズの代表であるかのごとく言われるサッチモだけど、彼は決して<典型的な>ニュー・オーリンズ・スタイルの演奏はしたことがないんだよね。
それ以外の曲だって事前に用意周到に練り込まれリハーサルも積んだものだったことに疑いはない。決してアド・リブ一発勝負なんてものじゃない。いくら即興が命のジャズ・ミュージックでもそんなものは誕生期ニュー・オーリンズ・ジャズと、40年代のビ・バップと、60年代のフリー・ジャズだけじゃないかなあ。少なくともサッチモは審美的に整った演奏をこそ好んだ。
そういうわけだから、僕自身の嗜好もあって、サッチモの1928年録音では、ドン・レッドマンが参加してアレンジしている12月5日の「ノー・ワン・エルス・バット・ユー」以下の八曲が好きで好きでたまらない。もっともそのうちの一曲「ウェザー・バード」はサッチモとハインズ二名だけのデュオ演奏。しかしこれは丁々発止のスリリングな攻防だから、これも大好きだ。
ジミー・ストロングに代わってドン・レッドマンが、と書いたが、12月12日録音の三曲「ヒア・ミー・トーキン・トゥ・ヤ」「セント・ジェイムズ病院」「タイト・ライク・ディス」ではジミー・ストロングが復帰。ドン・レッドマンはやはりいるので、リード楽器が一名増えている。したがってホーン・アンサンブルに分厚さが増し、レッドマンのアレンジのペンも冴え、だから僕はこの三曲こそが、特に「セント・ジェイムズ病院」「タイト・ライク・ディス」こそが、1928年のサッチモでは一番好きなのだ。どうにもこうにも好きすぎる。三曲全部ご紹介しておこう。
「タイト・ライク・ディス」における3コーラスのコルネット・ソロが絶品だと日本では著しく評価が高い。僕も異論は全くない。1コーラス目は低〜中音域でシンプルな落ち着いた雰囲気、2コーラス目はもっと音域を上げフレーズも複雑なもので盛り上げ、最終3コーラス目は高音をヒットしながらそれを楽々と伸ばし華麗に飛翔する。3コーラスのソロ内容全体の組立ても、個々のフレーズを抜き出しても、こんな完璧なソロはなかなか聴けない。本当にアド・リブだったのかと疑っちゃうね。ドン・レッドマンという譜面が書ける人物が参加しているだけにね。まあ即興だったんだろうが、そう考えると寒気がするほど凄い。
ですがね、そうやってこの「タイト・ライク・ディス」3コーラスのコルネット・ソロを称揚する日本のジャズ・ファンや専門家は、この曲がメチャメチャ卑猥な変態ドエロ・ソングであることはあまり強調せず軽く触れるだけか、完全無視じゃないか。僕が単にドスケベ・エロ中年男(もはや初老の入り口に立っている?)なだけかもしれないが、ポピュラー・ミュージックからエロを、はっきり言っちゃうがセックスを抜いたら、無視したら、ちっちも面白くもなんともないものになり下がると僕は信じているけれどね。
もろにセックスのことに言及し男女のむつみ声をかなり頻繁に入れ、同時にサッチモがコルネットで<芸術品>たる一級のソロを聴かせ、その背後で(女性の声色でサッチモと卑猥なやり取りをしている)ドン・レッドマンが冴えたホーン・アレンジを書き響かせてサッチモの絶品ソロを際立たせる 〜 これら全部の要素が揃っているからこそ、1928年の「タイト・ライク・ディス」は面白く、素晴らしいのだ。
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