アメリカン・ロックの良心
アル・クーパーの1972年録音73年リリースのアルバム『ネイキッド・ソングズ』(邦題は嫌い)。かなりいいよねえ。僕も好き。個人的に大好きだと前から言っているビリー・ジョエルに似ている、なんていうとアルのファンのみなさんには怒られるのかどうなのか分らないが、そこそこ的を外していないように思う。二人ともニュー・ヨーカーで(年上のアルはブルックリン、ビリーはブロンクスの出身)、その出自を活かした都会的洗練のロック風ポップ・サウンド。ビリーの諸作がそうであるようにアルの『ネイキッド・ソングズ』も AOR っぽい。
アルの『ネイキッド・ソングズ』で、そんな都会的 AOR 風というと、一曲目の「(ビー・ユアセルフ)ビー・リアル」、三曲目の「ジョリー」、七曲目の「ピーコック・レイディ」、九曲目の「ウェア・ワー・ユー・ウェン・アイ・ニーディッド・ユー」、ラスト十曲目の「アンリクワイティッド」あたりだね。最後の二つは、なんだこの曲名?それだけで心動かされそう。
あ、いや、「ピーコック・レイディ」だけは AOR 風とだけも言い切れないぞ。基本的にはそうでありながら、この打楽器のサウンド。通常のドラム・セットは入っていない。代わりに、なんだか知らないがポコポコと、タブラではないし、なんの音だろうと思ってクレジットを見たら「クレイ・アンド・チューンド・ドラムス」と記載がある。おかげでちょっとした無国籍風ポップ、でもないのか、1972年録音だから。
「ウェア・ワー・ユー・ウェン・アイ・ニーディッド・ユー」「アンリクワイティッド」二つは聴き込むとつらい気持になりそうなので省略して、やっぱり僕が一番好きなのはシンプルな恋愛歌の三曲目「ジョリー」。この名の女性への想いを歌ったものだ(と思って調べてみたら、この当時アルはクインシー・ジョーンズの娘と付き合っていたらしい)。「ジョリー」はかなりポップでキャッチーだから、ヒット・チューンになっただろうな、と思ったらシングル・カットはされていない。もったいないなあ。曲終盤では女性への想いが感極まって、ジョリー!ジョリー!と絶叫している、というか興奮して声がうわずっている。僕はものすごく共感するね。
ロック系のものでいえば、六曲目の「サム・ストーン」。これはザ・バンドのサウンドそのまんまだ。ザ・バンドのどれに?なんて言うのは無意味だと思うほどこんなのばっかりじゃん、ザ・バンドって。アル自身の弾くアクースティック・ギターもまるでロビー・ロバートスンみたい…、と書こうとして記載を見たら、この曲のギターはアルじゃないみたいだ。
アルバム『ネイキッド・ソングズ』でかなり面白いのが四曲目の「ブラインド・ベイビー」。これは土ほこりが舞うようなカントリー・ナンバーだ。カントリー・スタイルのフィドルだって入っている。そして最も興味深いのが右チャンネルで聴こえるチューバのサウンド。そりゃアルはホーン・アレンジの上手い人だし、ブラス・ロックなんかもやってたんだし…、と思ってクレジットを見たらチューバは入っていないなあ。ってことは ARP シンセサイザーで出しているのかな、あの低音?本当にマウスピースをプッ・プッと吹くような音に聴こえるんだけど。
とにかくフィドルも入るカントリー・ソングで、それでチューバみたいな管楽器風低音が歯切れよくプッ・プッと刻むなんてのは、ほかにあまりないような気がする。アルはどのへんからこんなサウンド創りを思いついたんだろうなあ。幅広い音楽的バックグラウンドを持つ人だから、それを踏まえれば不思議じゃないのかもしれないが、チューバみたいな低音管楽器がボトムスを支えるって、ブラス・バンドとか1920年代末あたりまでのジャズ・ビッグ・バンドとかだから…、あ〜、だからアルのこんな着想も当たり前だ。
しっかしですね、ここまでこう書いてきたアル・クーパーの『ネイキッド・ソングズ』。僕みたいなアメリカ黒人音楽愛好家には、やっぱりホワイト・ブルーズとかブルー・アイド・ソウル(ゴスペル) みたいな二曲こそが最も嬉しい。二曲目の「アズ・ザ・イヤーズ・ゴー・パシン・バイ」と、八曲目の「タッチ・ザ・ヘム・オヴ・ヒズ・ガーメント」。前者のは黒人ブルーズ・マン、フェントン・ロビンスンの、後者は黒人ゴスペル(時代の )歌手サム・クックの曲だ。どっちも最高なんだよね。僕には。
でもアルの『ネイキッド・ソングズ』について、ネットで日本語の文章を読み漁っていると、この二曲は苦手だ、嫌いだという意見が少し出てくる。特に「アズ・ザ・イヤーズ・ゴー・パシン・バイ」でアル自身が弾くブルーズ・ギターが生理的にダメなんだそうだ。う〜ん、そうなのか…。シティ・ポップみたいなものしかアルに求めていないのか…。僕なんかこれ以上の生理的快感はないけどなあ。まあブルーズ専門のギタリストであれば、なんでもなくふつうに弾けるようなギター・ソロ内容ではあるが。もちろん鍵盤楽器も担当。
ソウル・スターラーズ時代のサム・クックの、というよりもサムの全音楽生涯での最高傑作だったんじゃないかと僕は思うことがある「聖衣に触れて」(タッチ・ザ・ヘム・オヴ・ヒズ・ガーメント)でのアルは、自身のヴォーカル以外にピアノとオルガンしか使っていない。その二つだけを多重録音した上で歌っている。ソウル・スターラーズのオリジナル・ヴァージョンにはポップなフィーリングがあったのに対し、『ネイキッド・ソングズ』のアル・ヴァージョンにはそれが薄く、むしろアル・ヴァージョンの方が敬虔な宗教ソング風だ。教会内などで聴けそうな雰囲気に仕上がっているような、そうでもないような。
アル・クーパーの『ネイキッド・ソングズ』って、だから白人アメリカン・ロッカーの作品でありながら、アルバム全体で見ると、適度な黒さと適度な白さのバランスが絶妙で、しかも録音時の1972年時点までのいろんなアメリカン・ミュージックのエッセンスが、それもこれみよがしにではなくサラリ自然に溶け込んでいて、しかも聴いた全体的な印象はシティ・ポップ風だし、やっぱりこういう作品を「良心」だと僕は呼びたい。
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