メディ・ジェルヴィルのことをもっとみんな騒いでくれ
どうしてこんなにカッコイイんだぁ〜!メディ・ジェルヴィルの今年の新作『トロピカル・レイン』。斬れ味鋭い、なんてもんじゃないシャープなピアノの弾き方。ドラムスやパーカッションも含め全員が変拍子を難なくこなす、なんてもんじゃなくとてつもないグルーヴの仕方で、なんなんだ、このアルバムは?ジャズ系のなかではいまのところ今年ナンバー・ワンだと疑わない。いや、あと半年でメディの『トロピカル・レイン』を超えるものが出るとも思えない。
まずジャケット・デザインが素晴らしい。これは一目で惚れてしまうよね。事実、僕は完全なるジャケ買いだった。ジャケット写真をネットで見て(ってことはかなりサイズの小さい写真なわけですよ、LPジャケット絶対礼賛派のみなさん)、絶対に中身もいいに違いないという直感を信じて買ったら大正解。ジャケ写でメディが抱えているのはカヤンブという簾みたいな箱型のシェイカーで、マロヤに欠かせない打楽器だそう。象徴的なんだろうなあ。最初に見たとき僕はちっとも知らず、古い写本かなにかみたいに見えるなあとか、そう思っていたっていう…。まあでも洗練(度は抜群)と野生の肉太さの両方を兼ね備えている中身の音楽を実に的確に表現しているジャケット・デザインだ。
メディ・ジェルヴィルは日本でも注目されているレユニオンのピアニストらしく、ネット情報もたくさん出てくる。だからあまり解説しておく必要はないとは思うものの、普段の僕の文章は八割〜九割方が古い音楽の話ばかりなので、読者層がそうなっているだろう。ちょっとだけ書いておこうかな。あ、最初に付言しておくと、この Meddy Gerville(フランス人はジェルヴィーユと発音するはずだと思ったけれど、レユニオン・クレオールではジェルヴィルになるんだと荻原和也さんに教えていただいた)の『Tropical Rain』も Spotify で難なく聴ける。フィジカルへのこだわりを捨てられない僕はやはり CD で買って持っているけどね。エル・スールで買った僕だけど、アマゾンでも普通に売っている。アメリカのレーベルから出ているもんね。
マダガスカル島の東、インド洋に浮かぶフランス領の島レユニオンにマロヤという音楽がある…、らしいが僕はほとんど知らないに近いので「らしい」としか書けない。マロヤ・ジャズとでもいうべきものをやっている代表格(って、知らないのにどうしてそう言えるんだ?)ピアニストが、最近だとメディ・ジェルヴィルだということになるようだ。ただレユニオンとかマロヤ・ルーツのジャズとか言わなくても、なんの問題もなく楽しめる音楽家だ。僕がそうだったから強い実感があるし、そうでなくたってこの手のジャズは、いなまらあの JTNC 系のみなさんの守備範囲内にある。
それにしては柳樂光隆くんはじめ JTNC 系のライターさんはメディ・ジェルヴィルをとりあげないよなあ。ちょっと妙だ。『トロピカル・レイン』ではリオーネル・ルエケだって弾いているのになあ。リオーネルにはみなさん反応しているじゃん。リオーネルがいいかよくないのかはともかくとして、いろんな音楽家に重用されているギタリストで、新し目のジャズがお好きなファンのみなさんにも注目されて、話題になっているじゃないか。
そして僕も案外、気まぐれフレーズをパラパラ弾きちらすだけみたいなリオーネルの草食系ギターがそんなに嫌いでもないのだ。少なくともメディの『トロピカル・レイン』では上手くハマっているように聴こえる。ただしこれが例えばリオーネルじゃなくグエン・レーがゲスト参加でギターを弾く六曲目「Ter Vs Bin」なんかと比べると、やっぱりリオーネルは線が細くてかなり物足りないように聴こえてしまうけれどね。六分以上ある曲だけど、一分程度の短いティーザーみたいなものが YouTube にあったので貼っておく。
どうです、これ?Spotify を使っていないみなさんもちょっと聴いてみて。この『トロピカル・レイン』六曲目の、グエンがギターを弾く「Ter Vs Bin」は、アルバム全体のなかでも、かなり出来がいいもののように聴こえる。メディの弾くピアノも華麗で粒立ちが良く、しかも曲はなんだか分りにくい変拍子だけど、そうとは感じさせないほど全員がビシバシ決めている気持ち良さ。エレベがミシェル・アリボーではなく、これまたゲスト参加のドミニク・ディ・ピアッツァ。ドラマーもレギュラー参加の同郷エマニュエル・フェリシテではなく、やはりゲスト参加のダミアン・シュミット。パーカッションはレギュラーのジョバンニ・イダルゴ。
メディのアルバム『トロピカル・レイン』は、どの曲も基本、こういったピアノ+ギター+ベース+ドラムス+パーカッションのクインテット編成で、その五人のメンツは曲によっては入れ替わり、またランディ・ブレッカーのトランペット(コイツこそイラネェ〜、僕はブレッカー兄弟が大嫌い、どうして二人ともあんなに重用されるんだ?)や、あるいはフルートや、さらにメディ自身がたくさん歌い、他のヴォーカリストも参加している。
デジパックの CD ジャケットを開くと、そんなことと、あと、曲は二つを除きメディの自作オリジナルと分る。その二つとは三曲目の「Pot Pourri Maloya」と11曲目の「ラ・ボエーム」。前者はマロヤの伝承曲と記載があるので、いまの僕には分らない。後者はかなり有名なシャンソンでシャルル・アズナブールの曲。前者ではゲスト参加のヴォーカリスト二名が歌い、後者でもゲスト参加の男性が歌っている。後者では、メディのアレンジにシャンソンだという面影がほぼ全くなく、やはり変拍子で、しかもテンポも自在に変化して、これがマロヤ・ジャズ仕立ての(もと)シャンソンなのか…。フランス語の歌詞はお馴染のもののはずだけど、「ら・ぼえ〜む」と出てこなかったら気づかなかった可能性がある。もはやこれは全然シャンソンではなく、新時代ジャズだ。
アルバム『トロピカル・レイン』を聴き進むと、ランディ・ブレッカーのトランペットが聴えはじめた途端に萎えてしまう僕だけど、それさえなければ、リオーネルのギターも案外そんなに強くは嫌いではないので、全体的にほぼ文句なし(ランディでさえなかったら100点満点だが…)。リズムがどの曲でもかなり野太くて、変拍子といってもアメリカ合衆国の一部ジャズ・ミュージシャンがやるような頭デッカチのものじゃなく、肉感をしっかり感じるものなのが、どうやらマロヤ・ジャズのマロヤな部分らしい。
そんな変拍子は6/8、すなわちハチロクを基本にしているみたいだけど、そのまんまストレートなハチロクはメディの『トロピカル・レイン』に一曲もない。だがハチロク・ベースなのが、やはりアフリカ〜マダガスカル由来で伝わってきたレユニオン音楽の特徴なんだろう。しかもマロヤはパーカッション・ミュージック+コール&リスポンスの歌が付くらしい。そのあたりはマロヤ伝承ナンバーである三曲目の「Pot Pourri Maloya」だとかなりクッキリ分る。これこそがアルバム『トロピカル・レイン』ではやはり白眉の一曲なんだろうね。実際、聴いていると相当物凄いことをやっているのに、聴感上、まったく自然でスッーと違和感なく入ってくる。う〜ん、こりゃとんでもないもの聴いちゃったな。
五曲目「Si Zer Grand Matin」の出だしで鳴る低音打楽器はなんだろうなあ?バス・ドラなどとも違うみたいだし。それがドン・ドンと基本のビートを創り、シャカシャカという音もして、そして歌いはじめるのがやっぱりメディなんだろうな。ハッ!とか気合いみたいに叫び、やはり変拍子になって、ドラマーとパーカッショニストが複雑だけどシンプルに聴えるグルーヴを出すなかでメディがピアノを華麗に弾く。この曲も最高だよなあ。右手のシングル・トーン弾きも素晴らしくソフィスティケイティッドされているのに、か細い感じはゼロで、正反対に骨太感がある。
メディ自身が歌うものは肉太感よりも洗練されたクールさを感じるね、僕は。スキャットも使うし、このあたりはジャズ・ヴォーカリストっぽい。だからメディのヴォーカルにかんしては僕は驚きがない。ビックリ仰天はやっぱりピアノの弾き方だ。野生の肉太感(はアフリカン・ルーツか?)+西洋的洗練(はやはりジャズだ)がここまで完璧に合体しているのはなかなか聴けないぜ。メディはピアノとヴォーカルだけじゃなく、その他鍵盤楽器や打楽器もやっていることになっているのだが、打楽器の方は聴いてもどれがメディなのか分らず。またピアノじゃない鍵盤楽器もあまり目立たない。『トロピカル・レイン』ではあくまでアクースティック・ピアノの響きにこだわっているのかもしれない。
それはそうとアルバム『トロピカル・レイン』の一曲目「Aero Feel」(は「アエロ・フィール」でいいんだろう)とラスト13曲目「Sanm Ou Mi Ve」(こっちは分らん)は、出だしのピアノの旋律が同じだけど、関係あるのかなあ?前者はインストルメンタルで、後者はメディのヴォーカル入り(「さむ・う・み・ゔぇ」と歌っているように聴こえる)。曲題が違っているだけで同じものなんじゃないの?分りませんが。後者の方はボーナス・トラックと記載がある。また後者ではシンセサイザーも聴こえる。
いやあ、こんなものすごいジャズ・アルバムが2017年の新作として聴けるなんてねえ。すごいすごい。柳樂光隆くん、こういうのをとりあげて騒いでくれませんか?既にかなり大きな影響力を持っているんだから(なんたって Twitter で僕がフォローしているなかにも、柳樂くんが褒めたものをそっくりそのまま引き写す人が複数いるもんね、僕が油井正一さんや中村とうようさんを引き写すように)、メディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』をどっか紙でもネットでも激賞してほしい。ピッタリだと思うんですよ、JTNC に。アフロ・ルーツがあまり鮮明に出ている音楽は取り上げないという鉄則を共有しているような気もするんですが、僕の勘違いであると祈りたい。
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