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2017/06/26

現役男性歌手最高峰 〜 ゴチャグ・アスカロフ

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ラテン文字アルファベット”Gochag Askarov”でならいくつか見つかるけれど、日本語のカタカナ「ゴチャグ・アスカロフ」で Google 検索すると、ディスクユニオンのページ以外には、100%完全に僕が書いたブログ記事とツイートしか出てこない。これはマジなのか?これが実態なのか?世界の現役活躍中の男性歌手のなかで、パキスタンの故ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの衣鉢を継いでいる唯一の存在が、現在38歳のアゼルバイジャンのゴチャグ・アスカロフだっていうのにだよ?オカシイぞ、これ。誰も文章にしていないなんてさ。

ゴチャグ・アスカロフについて、いまごろちょっと書いておこうと思い立ったのは、僕が Twitter でフォローしている、とある男性ジャズ・ファンの方がアゼルバイジャンの音楽に興味が向きはじめたようなことをおっしゃっているからだ。その方の普段のツイートから判断するに、おそらく僕より年上で、ちょっと年季の入った、それもやや保守的な聴き方のジャズ・ファン。それでも新しめのジャズにも興味を示していて、特に東欧系のジャズのことを最近よくお話になっている(まあホットな話題ですから)。 

だからあるときそのジャズ・ファンの方がアゼルバイジャンの名前を出したとき、じゃあこんなのどうですか?と、いくつか古典ムガーム歌手の音源を紹介したら興味を示してくださった。中東の旋律に似て聴こえますともおっしゃっていた。まあそんなわけで、アゼルバイジャンのクラシカルなムガーム歌手現役では、私見ナンバー・ワンのゴチャグ・アスカロフのことを今日は少しだけ書いておこう。

それにしても、アゼルバイジャンではないが、たとえばティグラン・ハマシアンでアルメニアにみんな興味を持つようになったりしているから、ああいった JTNC系のライターさんの仕事はあんがい侮れないどころか大いに評価しないといけないよねえ。ティグランにかんしてはサラーム海上さんもかなり強い関心を示していて、サラームさんの場合は、アメリカで活動するジャズ・ピアニストという側面はひょっとしたら無視して、もっぱらアルメニアの音楽家としてだけお聴きなのかもしれないが(デイヴィッド・ボウイにもかなり強く関心を示すのはなぜだか分らん)。

ゴチャグ・アスカロフの生い立ちとかキャリアみたいなことは、ラテン文字で検索すれば英語の Wikipedia ページが出てくる。それにちゃんと書いてあるので、それをご一読いただきたい。ゴチャグ名義のフル・アルバムは、2017年6月時点ではまだ二枚。2011年の『ムガーム:トラディショナル・ミュージック・オヴ・アゼルバイジャン』と2013年の『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』。どっちもイタリアの Felmay レーベルからリリースされている。なかなか面白い会社みたいなんだよね。イタリア語のサイトから直接買うこともできるんだけど、カード決済の場面が分りにくいのは改善してくれ(僕のイタリア語能力が乏しいせいだろうけれども)。

僕がゴチャグ・アスカロフに出会ったのは2013年盤『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』でだった。エル・スールのサイトに、ある年までは掲載されていたいろんな方の年間ベストテン(僕のもある)で、ある方、どこのどなたかも存じ上げない方が、これを選んでいたからだった。その方のベストテンは、確かアゼルバイジャンやイラン(ペルシャ)など、そのあたりの音楽アルバムばかり選ばれていたような記憶がある。なにを隠そう、あの二枚組『グレイト・シンガーズ・オヴ・ザ・リパブリック・オヴ・アゼルバイジャン 1925-1960』も、荻原和也さんのブログで拝見する前に、その方の年間ベストテンに入っているので知って、僕は慌ててエル・スールの原田さんになんとかしてくれ!入荷してくれ!とメールでお願いしたんだった。同時に見たゴチャグ・アスカロフの方はアマゾンで実に簡単に見つかったので、それを即買い。

ゴチャグ・アスカロフの二枚のうち、僕にとっては2013年の『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』の方がずっと凄いように聴こえるので、このアルバムの話だけ今日はしたい。まず一曲目「Mugham Improvisation In The Mode Shushter」の冒頭で、なにか擦弦楽器のような音(カマンチャだとのちに知る)が鳴り、それはまあ雰囲気をつくるだけのようなものだけど、その後いきなり出てきた男性ヴォーカルにビックリしちゃったのだ。一目惚れ(一聴惚れ?)してしまったのだった。

あのド迫力、張りと伸びのある声の強靭さ、コロコロと喉を震わせるようにコブシを廻す歌い方、そして声質と歌い方に、あまり聴いたことのない独特の情緒、それはパトスというギリシア語が最もピッタリ来るものだけど、日本語にすれば憂いとか悲哀とかメランコリーとか、でもそれは落ち込んでいるようなものではなく力強く押し出す情念のような哀しみだから、やはりパトスというしかないのだが、そういったものが強く感じられる声と歌い方なんだよね、ゴチャグ・アスカロフの場合は。

そんな声を聴くのは実に久しぶりだったよなあ。久しぶりというか、音楽体験の狭くて浅い僕はあまり聴いたことのないものだった。こんなにものすごい歌手が、それも現役で活動中なのか?!と。いまやすっかり衰えたマリのサリフ・ケイタの、あの全盛期とか、あるいは上でも名前を出したパキスタンのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの一番よかったころに十分匹敵するどころか、聴きようによってはもっと深みを感じるとさえ思う。最も重要なことは、そんな歌手ゴチャグ・アスカロフはまだ若く現役バリバリなのだということだ。僕たち、いや、僕が、生きているあいだ、それも熱心に音楽を聴いているリルタイムでそんな音楽家に出会えて楽しめるなんて、やっぱりレアな経験じゃないかなあ。僕はなんでも遅れてきている人間だからさ。

ゴチャグ・アスカロフのアルバム『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』は全5トラック。「曲」とは言えないようだ。一定のモード(=旋法、それもムガームという)に基づくインプロヴィゼイションが並んでいて、そのモードをなんどかチェンジして、楽器奏者はもちろん歌手も即興で、それもアゼルバイジャンの古典詩に基づいたものを廻しているからだ。聴いた感じ、演唱前にあらかじめ用意されていたメロディみたいなものがあるようだが(ブックレットにもそう書いてある)、そこから自在に即興で歌っているに違いない。四曲目はアゼルバイジャン民謡らしい。

伴奏の楽器編成はタール(リュート族のネックの細く長い弦楽器)、カマンチャ(形は胡弓みたいな擦弦楽器、ヴァイオリンのようなもの)、バルバン(クラリネットのような木管の笛)、ナガーラ(棒で叩く太鼓、見た目ちょっとタブラっぽい)、ウード(説明不要)、カヌーン(これもご存知のはず)。これらにくわえ低音ナガーラとゴシャ・ナガーラ(gosha は二つ一組の意)が参加している。


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大編成、でもないか、中人数編成に思われるだろうが、これらの楽器奏者全員が同時に音を出している時間は、ゴチャグ・アスカロフのアルバム『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』にはほぼない。歌の背後でも楽器演奏部分でも、常に一人か二人しか演奏しない。だから伴奏だけ取り出すと聴感上の印象はメチャメチャ地味で、渋すぎる。こういった部分だけだと、米英のジャズやロックなどなどこそがお好きなみなさんは、かなり物足りなく感じるはずだ。

だが、そんな地味極まりない伴奏の上に乗るゴチャグ・アスカロフのヴォーカルが尋常じゃない素晴らしさなのだ。上でも触れたが、高音部で喉を震わせるようにして転がすような歌い方は、おそらくイランのタハリール唱法からかなり強い影響を受けているんだと思える。ある時期のイラン、というかペルシャ帝国は、一帯にかなり強い影響を及ぼした。伴奏に使われている楽器も、イランを含む中近東〜アラブ圏あたりと(名称が若干揺れるだけで)共通するものが多い。それにモード(ムガーム)だって似通っているから、やはり同一音楽文化圏なんだよなあ。

ゴチャグ・アスカロフの『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』は、2012年4月8日、アゼルバイジャンの首都バクーで行われたライヴを収録したアルバムで、実際観客の拍手なども聴こえる。いやあ、こんなものすごい歌手を生で聴けたら、さぞや聴き手の心も打ち震えるだろうなあ。ゴチャグの来日公演が実現する可能性なんてゼロだとしか思えないが、ヨーロッパ各国では活動しているみたいだ。

ゴチャグ・アスカロフの二枚(それら以外にもいろんなコンピレイションに少しずつ入っているのを四枚ほど僕は持っている)『ムガーム:トラディショナル・ミュージック・オヴ・アゼルバイジャン』も『セイクリッド・ワールド・オヴ・アゼルバイジャニ・ムガーム』も、アマゾンで問題なく買えるし、やはり Spotify でも二枚とも聴ける(のを確認した)。ぜひお願いします。

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