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2017/06/08

ド田舎の生のブルーズで踊ろうよ

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1990年代後半は本当にファット・ポッサム・レーベルのブルーズにどハマりしていた、なんてもんじゃないくらいだったので、いろんな CD を買った。一部例外を除き10年以上振り返りもしなかったのだが、二年ほど前から音楽についてたくさん書くようになって、また引っ張り出して聴きなおすことになっている。90年代後半のファット・ポッサム・ブルーズのなかでも特に異彩を放っているのが T-モデル・フォード。笑っちゃうよね、このステージ・ネーム。T 型フォードとは、もちろんあのアメリカ産自動車の名前だ。

 

 

僕は二枚だけ買っていまでも持っている T-モデル・フォードのアルバム。1997年のデビュー作『ピー・ウィー・ゲット・マイ・ガン』と次作98年の『ユー・ベター・キープ・スティル』。どっちもなんだか恐ろしそうなアルバム名だよなあ。表ジャケットの印象とあいまって、なんなんだこのブルーズ・マンは?怖い人なのか?とジャケットを眺めながら音だけ聴いていた頃はぼんやりと想像していたのだが、実は全くそんな人ではなかった。

 

 

何年のことだったか、新宿でやっていた例のパークタワー・ブルース・フェスティバルで来日した T-モデル・フォード。終演後に出てきた本人に話しかけ、一緒に行ったブルーズ好きの友人とともにちょっとだけ話をしたみたら、全然恐ろしくもなんともない気さくな人で、にこやかに笑みを浮かべながらフレンドリーにしゃべり、しかもど田舎の人のいいオッサンというような印象だった。

 

 

だからファット・ポッサムからリリースされた CD アルバムは、ブルーズ・ミュージックにむかしからつきまとうある種のイメージを利用しただけってことなんだろうね。それが分って『ピー・ウィー・ゲット・マイ・ガン』と『ユー・ベター・キープ・スティル』を聴きなおすと、確かに音楽も全く恐ろしいものじゃない普通の純朴な田舎ブルーズだ。それも相当にプリミティヴな感じの生のブルーズ。

 

 

T-モデル・フォードは、例のドキュメンタリー・ヴィデオ『ジューク』に登場するので、それで名前が知られるようになった人らしい。あのヴィデオ『ジューク』と、ミシシッピ州ヒル・カントリーのブルーズと、それを録音し発売するファット・ポッサムという会社の関係などについては、僕はあまりよく知らない。『ジューク』を観ていないからだ。渋谷警察署裏にあった時代の渋谷サムズで VHS を見かけたようなかすかな記憶があるが、買わなかった。持っていないもん。いま考えたら買っとけばよかったなあ。DVD になってないかなあ。

 

 

『ピー・ウィー・ゲット・マイ・ガン』と『ユー・ベター・キープ・スティル』の二枚しか聴いていないのでその話しかできないが、これら二枚で聴ける T-モデル・フォードのブルーズは、CD でたくさん買ったファット・ポッサムのブルーズのなかでもいちばん純朴な部類に入る。しかもギターもヴォーカルも下手くそだ。ブルーズの本場アメリカになら、この程度やれる黒人はアマチュアでもたくさんいるはず。

 

 

そんな人でも CD、それもフル・アルバムを何枚もリリースできたんだから、あの1990年代後半は人気があったんだよなあ、ミシシッピ州ヒル・カントリーのプリミティヴ・ブルーズと、それを CD にするファット・ポッサムが。しかしはっきりさせておきたいが、ブルーズとか(ロックンロールもそうだが)は、そんな下手くそなアマチュアのそこいらへんの兄ちゃんがちょっとやってみる 〜 そういう部分にかなり大きな魅力と意義がある音楽だ。

 

 

T-モデル・フォードの『ピー・ウィー・ゲット・マイ・ガン』と『ユー・ベター・キープ・スティル』。二枚とも主役のギター&ヴォーカルにくわえ、サイド・マンがドラマーだけというかなりシンプルな、というかプリミティヴな編成。ときどきオルガンみたいなキーボードの音も聴こえるがオマケでしかなく、基本的にはとことんギター&ヴォーカル+ドラムスでやっている。

 

 

二枚とも演奏曲目は、一曲を除き、いちおう T-モデル・フォードにクレジットされている自作ブルーズだけど、オリジナリティみたいなものは僕は全くと言っていいほど感じない。ミシシッピ州の田舎のジューク・ジョイントなどでなら、いろんなブルーズ・メンがやっていそうなごくごく当たり前のものばかり。さらに12小節3コードの定型でもない。自在に変化しているが、それもまたカントリー・ブルーズでなら当たり前に全員そうだ。

 

 

一曲を除きというのは、『ユー・ベター・キープ・スティル』の八曲目が「ジ・オールド・ナンバー」という身も蓋もない曲名になっていて(笑)、CDジャケット裏には T-モデル・フォードがアレンジしたトラディショナルと記載がある。これは例の「キャットフィッシュ・ブルーズ」に他ならない。しかもギターのパターンは、この伝承ブルーズのマディ・ウォーターズ・ヴァージョンである「ローリン・ストーン」から引っ張ってきている。だからアレンジメントも T-モデル・フォードのものじゃないじゃんねえ。

 

 

 

T-モデル・フォード→ https://www.youtube.com/watch?v=P1Qgv-l4lJU

 

 

これ以外の曲は、『ピー・ウィー・ゲット・マイ・ガン』と『ユー・ベター・キープ・スティル』二枚では自作扱いとなっているのだが、いろんな意味で聴き憶えがあるようなものが並んでいる。それも相当に「生」なフィーリングのブルーズで、たぶんアメリカ南部の田舎町のジューク・ジョイントではこんな演奏が聴けて、みんなこういうのに合わせて踊っているんだろうと容易に想像できるもの。

 

 

実際二枚とも収録曲のほぼ全てがビートの効いたダンス・チューンだ。T-モデル・フォードのことを下手くそだと今日繰返している僕だけど(本当はそんなに下手でもないのだが、アメリカにはもんのすごく上手いブルーズ・メンがいっぱいいるから)、このダンサブルなフィーリングは素晴らしい。ギターもヴォーカルも(なかにはインストルメンタル・ナンバーもあり)かなり乱暴で生だけど、グルーヴ感の持続が気持いい。

 

 

だからそういった T-モデル・フォードみたいな人のブルーズは、CD で音だけ聴いて、単に部屋などで座って動かずに耳を傾けるだけじゃあ、どうもイマイチ面白くないと思うんだよね。アメリカ南部の田舎町のジューク・ジョイント現場で体験するのがなかなか難しいわけだから CD で聴くわけだけど、それもやっぱり聴きながら部屋のなかで踊ったり、踊らなくても膝や肩を揺すったり手を動かしたりして、一緒に身体運動すると楽しいのだ。

 

 

北部の都会で、座って聴くだけの聴衆を想定してレコード吹込みしたようなブルーズ・ウィミン(の方がメンより先だった)たちのものと違って、南部の田舎町であまり姿を変えずに保たれてきているようなジューク・ジョイント・ブルーズって、座って聴くためだけの音楽(はかなり好きなんだけど)じゃない。ダンス・ミュージックだもんね。この点においてなら、T-モデル・フォードのブルーズも一級品だ。

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