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2017/06/18

ラテンなレー・クエンが心の防波堤を決壊させる

Lequyen2016












ここのところ、決壊してばかりのようにも思いますが…。

2015年の『Khúc tình xưa III - Đêm tâm sự』以来、レー・クエンの CD パッケージは、長いホルダー・ケース仕様の豪華版なので、他の音楽家の通常サイズのプラスティック・ジャケットやデジパックや紙ジャケットのものと一緒に並べておきにくい。この点だけが僕はどうもイマイチな気分なのだ。音楽になんの関係もないどころか、その正反対にレーの歌を味わう際にゴージャスな雰囲気になっていいことだらけじゃないかと思われそうだけど(レーが写った同サイズのフォト・カードもたくさん入っているし)、僕は普通に並べたい人間だったりする。

おかげで僕の自室では、レー・クエン CD の特別コーナーができてしまっている。しかもレー自身だって2014年作『Vùng Tóc Nhớ』までは通常サイズの(デジパック・)ジャケットだったので、その特別コーナーじたいがデコボコになっていて、う〜ん、なんだかやっぱり違和感が…。僕は毎日音楽関係の文章を書いているが、今日はこれ、明日はこれ、明後日はこれと、CD現物を順番にテーブルの上に平積みで並べておいて、それを眺めて心の準備をする癖ができてしまっている。レー・クエンの2017年入手作は、だから置きにくく、そのせいで今日まで伸び伸びになってしまっていただけだ。ホント歌の魅力にはなんの関係もないことだけどね。これはレーの CD に限った話じゃない。

そんなことで今日ようやく書いているヴェトナム人女性歌手レー・クエンの(リリースは昨2016年暮れだったらしい)新作『Khuc Tinh Xua - Lam Phuong』。確かにサッパリしている印象だけど、それでもかなりドラマティックに激しく歌い上げている部分もあるじゃないか。と書けてしまうのは、昨日鄧麗君の『淡淡幽情』をとりあげたせいなんだけどね。テレサや岩佐美咲と比較すれば、いくらサッパリ・アッサリ味に仕上がっているとはいえ、やはりレー・クエンはレー・クエンだ。濃厚で劇的な歌い廻しこそが持味の歌手だから。

そのあたりの、もとから重く湿った濃厚な歌い口の抒情派女性歌手が、サッパリした楽想のラム・フォン(南ヴェトナム)のソングブックを歌い、伴奏のアレンジも基本的にサラリ軽やかで、それに乗ってレー・クエンが軽やかに舞う…、とまではやっぱり僕には言えないが、その<重/軽>のバランスが2017年入手作『Khuc Tinh Xua - Lam Phuong』では実にいい。これなら、いままでレーの重苦しい歌い方が苦手だとおっしゃっていたみなさんも親しめるんじゃないかなあ。

と言ってもレーのアルバムは、日本ではエル・スール(かプランテーション)でしか買えないよなあと、あ、いや、待て、Spotify で…と思って検索したら、この2017年入手作『Khuc Tinh Xua - Lam Phuong』も Spotify で問題なく聴けるじゃあ〜りませんか。「Le Quyen - Khuc Tinh Xua」で Spotify 検索すると、出てくるジャケットがなぜかだ白いアオザイを着た2015年作のもので曲順も CD とは違っているのだが、音源そのものは全曲残らず聴ける。 エル・スール原田さん、頑張ってください!

ってことで念のため、以下に CD での曲順だけ書いておくので、Spotify で楽しみたいみなさん、参考にしてください。

1. Bien Tinh
2. Kiep Ngheo
3. Tram Nho Ngan Thuong
4. Thanh Pho Buon
5. Bai Tango Cho Em
6. Thu Sau
7. Mua Le
8. Phut Cuoi
9. Co Ua
10. Mot Minh
11. Xin Thoi Gian Qua Mau
12. Tinh Dep Nhu Mo

CD も Spotify も不可という方には僕の言葉で説明するしかない。毎度毎度の繰返しで申し訳ないが、音を文字化する僕の能力には大きな疑問符が付いている。これは謙遜とか卑下なんかじゃない。他のちゃんとした方の文章を読むと、僕はダメだとはなはだ強く実感している。「卑下」という行為は、ずっと前、大学生の頃に読んだ井上ひさしの文章に「卑下慢」というのが出てきて、井上の言うには、卑下しすぎる人の場合、それは相手から「いやいや、そんなことはありません、あなたはこうこう立派です…」みたいな言葉を引き出す目的でやっているだけだから、結果的には自慢しているのと同じ、どころかもっとタチが悪いのが卑下慢だとあって、そうだよなあとそのとき僕も思って、その後はあまりやりすぎないようになった。

だから再び今日も僕が上で言ったのは、決して卑下慢とか謙遜ではないつもりなのだ。それでも僕にできる範囲でレー・クエンの2017年入手作『Khuc Tinh Xua - Lam Phuong』のことを書いておこう。このアルバムで一番強く印象に残るのが、ラテン調の活用だ。特にリズム・アレンジにラテンが目立つような気がするのだが、僕の気のせいかなあ?

一曲目「Bien Tinh」は海の波の音、ざわめきからはじまり、その後、フルートを中心とするかなり明るいイントロになるので、おっ、こんなフィーリングはレー・クエンにいままでなかったじゃないかと意外さ五割+嬉しさ五割で、レーの歌が出てきてからも、やはり(彼女にしては)軽くサラリとアッサリ目の歌い方なので、ずいぶんと変わったんだなあと思うのは確か。コンガなどラテン・パーカッションが控え目に入っているせいで、リズムのライト・タッチとあいまって、本当にほんのかすか〜に、ボサ・ノーヴァっぽいような?(いや、そんなことはない)。

二曲目「Kiep Ngheo」も、基本、軽い歌い口ながら、一曲目よりは重く湿っている。従来路線っぽいかも。曲想もそんなアッサリでもないような抒情ソングで、中盤からカスタネットが鳴りはじめたあたりからリズムはラテンだ。キューバのボレーロに近いような甘いバラードだけど、アルゼンチン・タンゴみたいなフィーリングも聴きとれる。ってことは、やっぱりそんなに軽くもないじゃんねえ。

そんなようなちょっぴりタンゴを混ぜたようなボレーロ風の甘い抒情バラードがその後も続く。甘い抒情といっても、レー・クエン自身も、誰のペンになるものか知らないが伴奏のアレンジも、極力ドラマティックになりすぎないように心を砕いているのは確実に伝わってくる。それはおそらく全面的にとりあげている作家ラム・フォンの曲をどこまで活かせるかということなんだろうね。

でも四曲目「Thanh Pho Buon」なんかはまあまあ劇的で激しい伴奏と歌ではあるなあ。なんたってまず最初にサム・テイラーみたいな(レー・クエン・ファンのみなさんゴメンナサイ)テナー・サックスがすすり泣くかのように吹き上げて、そんなイントロ部に続いて出て来るレーの歌もそこそこ力が入っている。結構ドラマティックなヴォーカルじゃないのかなあ、この曲は。ときたま左チャンネルで鳴るエレキ・ギターのカッティングは(僕にとっては)効果絶大。

五曲目「Bai Tango Cho Em」は完全なるタンゴ歌謡。イントロ部で(バンドネオンじゃないだろう?)アコーディオンがザクザク演奏し、レー・クエンのヴォーカルが出てくると、リズム・セクションが誰にも鮮明にタンゴだと分るスタイルの演奏をする。といってもメジャー・キーだからそんなに暗く重くはない。ストリングスの入り方もそう。バンドネオン風なアコーディオンは中間部でもその他でも随所で聴こえる。ちょっぴり重く湿っているようにも感じるが(タンゴですからゆえ)、前作までのレーと比較すれば軽く明るくソフトだと言えるんだろう。

これまたサム・テイラーが吹いているので、大映テレビ制作の昼ドラ・ミュージックとどこも違わない六曲目「Thu Sau」や、やはり波の音ではじまって、その後ナイロン弦ギターとヴァイオリンの音メインでイントロが演奏される七曲目「Mua Le」、その他も僕は大好きだが省略する。う〜ん、いや、七曲目はかなりいいぞ。

それらよりも、アルバム中特に素晴らしく響くのが10曲目「Mot Minh」〜ラスト12曲目「Tinh Dep Nhu Mo」の三つの流れだ。これら三曲での伴奏のシンプルなナチュラルさと、それに乗って歌うレー・クエンのヴォーカル表現は、現役女性歌手でいえば、世界中を探しても並ぶものがあまりいないはず。なかでも10曲目なんか、ギターとヴァイオリンの二人しか伴奏がいない。だから編成もシンプルだが、演奏もかなりしっとりと落ち着いたもので、レー・クエンも細やかな情感を漂わせながら、同様にシンプルに、しかも凄みと深みを感じる歌い方で、やっぱりこれは新境地なんだろうね。

そんなシンプルな10曲目「Mot Minh」がアクースティック・ギターの音で後を引くように終ると、続く11曲目「Xin Thoi Gian Qua Mau」冒頭でドラマーがスネアを四発叩いてリズム隊が出て、やはりアクースティック・ギターが鳴る。ストリングスも入ってレー・クエンの声が聴こえはじめた刹那に僕の心の防波堤は決壊するので、これは明らかに強く狙った曲順だよなあ。レーもかなり声を張って濃厚に歌い廻している。

ラスト12曲目の「Tinh Dep Nhu Mo」は完全なるラテン・ナンバー。サルサ・ミュージック風な部分さえ感じ取れる。まずいきなりティンバレスの連打ではじまるし、また特にピアノの弾き方がエディ・パルミエーリみたいだ(誰が弾いてんの?)。リズム・セクションも派手目のラテン〜サルサを演奏し、ティンバレスは曲全体を通しカンカン鳴っている。ホーン・リフもラテン・スタイル(誰がアレンジ?)。レー・クエンも、いつもの後ろ髪を引かれるようなため息・吐息まじりのハスキーな歌い方ではなく、歯切れよくスパスパ歌い廻していて、これもいいなあ。三連符ダダダで完全終了。

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