今夜は君と一緒にいるよ
お天気の良い午後にはよく聴くボブ・ディランの『ナッシュヴィル・スカイライン』。季節も問わない。寒い時期でも暑い時期でも、いま六月頭あたりのちょうどいい気候の時期でも、年中、晴れてさえいればピッタリ似合うよね。中身の音楽があんな感じの柔らかいもので、難しくもなくハードでもシビアでもなく、暖かくフンワリしたラヴ・ソングを穏当なサウンドと歌い方でやっているもんね。
僕はそういうボブ・ディランが(も)かなり好きなのだ。時代と闘う先鋭的アーティストとしてのディランの姿も支持するが、音楽の本質にはあまり関係ないことのような気がする。先鋭的でも保守的でもディランの音楽は美しく楽しいからこそ大勢に聴かれ受け入れられ続けているに違いないと僕は信じる。世界で最も高名な文学賞をもらうほどの歌詞の高度な文学性も、この際、いったんおいておきたい。
ディランのカントリーなラヴ・ソングが聴ける1969年の『ナッシュヴィル・スカイライン』だが、その予兆は前作67年の『ジョン・ウェズリー・ハーディング』に既にある。いちばんんはっきりしているのがアルバム・ラスト12曲目の「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」だ。これはそのまんまカントリー調で、しかもかなりシンプルなラヴ・ソング。フル・アクースティック・サウンドに、電気楽器はペダル・スティール・ギターが入るだけの編成で、甘い歌詞をディランが歌う。
しかしこの「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」オリジナルをご紹介しようと思っても YouTube に存在しない。権利上の問題なんだろうなあ。残念。しょうがないから、こんなのでも貼っておこう。歌詞は同じだし、サウンドも似せている。
あるいはクリス・クリストファースンのこんなライヴ・ヴァージョンなら聴ける。これ、なかなかいいじゃん。クリスもカントリー畑の音楽家というに近いし、このヴァージョンもアクースティック・サウンドで、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』のディラン・オリジナルに近い。
女性歌手ならリンダ・ロンシュタットのこういうのとかもいい。これもカントリー・サウンドだ。フィドルも入る。「今宵の私はあなたと一緒よ」…、こんな風に眼前で歌われてみたいぞ、僕も。どなたか女性の方、僕の前でリンダ・ロンシュタトみたいにこれを歌ってください…、おっと、話が危険な方向へ入りそうなので、回避回避。
ディランの『ジョン・ウェズリー・ハーディング』では、この「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」の前にある11曲目「ダウン・アロング・ザ・コーヴ」も似たような系統の曲だけど、これら二曲が、次作である二年後の『ナッシュヴィル・スカイライン』につながった。声質と歌い方をガラリと変えているが、ディラン・ミュージックの本質は変化していないんだよね。世間一般で言ういわゆるプロテスト・ソング歌手時代にもラヴ・ソングはたくさんある。
『ナッシュヴィル・スライライン』収録曲で、前作にある「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」の流れをストレートに汲む最もシンプルなラヴ・ソングだと言えるのは二曲。三曲目の「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」、ラスト十曲目の「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」。なんだか曲題だけでどんな曲なのか全部分ってしまうようなものだなあ。これら二つもやはり YouTube で見つからない。権利関係だなあ。無念。
誰かやっているのが上がってないのかと思って探したら、「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」の方はこんなのがあった。誰だか全く知らないがオランダのバンドとなっている。カントリー・サウンドでもなくロックンロール・ヴァージョンだけど、ディラン・オリジナルの雰囲気がほんのかすかにあるかも。
女性ならカナダ人歌手スー・フォーリーのこんな「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」が見つかったのでご紹介しておく。やっぱり女性にこんな「あなたと二人っきりよ」なんて歌われてみたい…、って、またヤバい方向へ向かいそうなので、やめておこう。
ところで、あるいはひょっとしてご存知ない方向けにちょっとだけ簡単な英語のお勉強をしていただこう。この alone って「一人だけ」「一人ぼっち」という意味だと勘違いなさっている方が、ほんのちょっぴりいるかもしれないように僕には見えている。でもそれだとディランのこの「To Be Alone With You」や、あるいはもっとはるかに有名なボズ・スキャッグズの「We Are All Alone」などの意味が分らなくなっちゃうよね。二曲とも「僕と君だけ、二人っきりだよ」って意味。他に誰もいないんだよ、って意味だよね。やっぱりなんか危険だ(^^;;。
『ナッシュヴィル・スカイライン』収録のオリジナル「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」では、冒頭部でアクースティック・ギターとピアノの音に乗って、歌いはじめる前にディランが「Is it rolling, Bob?」としゃべっている。ボブとはたぶんプロデューサーのボブ・ジョンストンのことだろう。ディランがジョンストン(はコンソール内?)に向けて「テープ廻ってる?」(だからはじめていいかな?)と聞いているんだろうなあ。
アルバム・ラストの「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」もかなりシンプルで、しかも R-18かもしれないようなストレートなラヴ・ソングだ。今夜は君と一緒にいるよって歌っているんだから、やっぱりあれのことを暗示しているに違いない。こっちの方はディラン本人が1994年に MTV アンプラグドに出演した際のヴァージョンがあったので、貼っておく。
発声が『ナッシュヴィル・スカイライン』で聴けるツルツル声ではなく、普段のディランのザラザラ声だけど、だからかえっていっそう中年〜初老のエロ・オヤジ的スケベ・ソングに仕上がっていて、僕にはピッタリ似合っているかもしれないよなあ(苦笑)。またブラック・クロウズのこんなヴァージョンもあった。こっちは普通にやっているし、しかも『ナッシュヴィル・スカイライン』ヴァージョンに近いアレンジだ。こりゃいいね。
あるいはジェフ・ベック・グループの例の『(オレンジ)』収録の「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」はどうだろう?ギタリストとヴォーカリストの資質のおかげでブラック・ミュージックというに近いラヴ・ソングに仕上がっているのが面白い。だからさ、カントリーとリズム&ブルーズって、そんなに遠くないんだってば。
さて、現在55歳の僕。もはや何年も触っていないので弾けなくなっているギターと、何十年も歌っていないので出なくなっている声と、この二つをリハビリして、想いを寄せる女性の前で、こんなような「今夜の僕は君のもの」とか「僕たち二人っきりだね」とか「今夜は君と一緒にいるよ」などと歌えるようになる日が、果たしてやってくるのだろうか?(きっと来ない)。
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