フェミニズムを先取りしたアイダ・コックス
アイダ・コックス(アイーダの方が近いような?)にしても誰にしてもそうなのだが、このあたりの1920年代都会派女性ブルーズ歌手たちについて熱心に書く人は激減中だ。ベシー・スミスとマ・レイニーとアルバータ・ハンターの三人が例外な程度じゃないかなあ?あ、メイミー・スミスについてもまだ書く人がちょっといるかな。でもホントそれくらいになったよね。
メイミー・スミスの場合は、1920年のレコード「クレイジー・ブルーズ」が当たって、それでアメリカの大手レコード会社は、案外こういったレイス・レコードに需要が(白人層にも)あるんだと分り、どんどん録音するようになったっていう。だからメイミーの「クレイジー・ブルーズ」はまず最初の大きなとっかかりで第一号だったんだから、僕たち、ああいったブルーズ歌手たちが大好きな人間は忘れようったって忘れられない。
アイダ・コックスについては、例のジョン・ハモンドがプロデュースしたカーネギー・ホールでの『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』コンサート・イヴェントの1939年回に出演しているのが、いろんな音楽リスナーにとって最も有名だろう。僕も完璧に同じ。現行の CD 三枚組の三枚目にアイダが歌うのが二曲収録されている。「ローダウン・ダーティ・シェイム」と「’フォー・デイ・クリープ」…、ってどっちもひどい曲題だよなあ(笑)。
それら二曲の伴奏は、ピアノがジェイムズ・P ・ジョンスンなだけで、他は当時のカウント・ベイシー楽団からのピック・アップ・メンバー六人。じゃあジャズ・ブルーズなのか?というとそうでもなく、以前から強調しているが、あの頃のベイシー楽団はどっちかというとブルーズ・バンドであって、っていうかあの時代のジャズとブルーズを無理やり区別しようとするのがそもそも間違っているわけで…、ってしつこいですね。
1939年のコンサート・イヴェントでの収録なわけだけど、アイダのように1920年代に主に活躍したみたいな都会派女性ブルーズ歌手で、29年の大恐慌とその後をくぐりぬけ生き延びて、レコードをどんどん出したりライヴ出演したりなどした人は実は多くない。だいたいみんなあの29年大恐慌をしのげなかった。みんなダメになったのだ。それはああいったブルーズ歌手だけでなく、ジャズ・メン(ウィミン)でもなんでも、だいたいみんなそうだった。
あの1929年の大恐慌でアメリカ音楽産業がいかにダメになったのかを詳しく語る人もどんどん減っている。もちろん音楽産業だけでなくアメリカ経済全般が大打撃を受けた。書いている1938/39年のカーネギー・ホール・コンサートのあたりではもう既に回復していて、あの当時最も人気があったベニー・グッドマンも出演し録音が収録されている。だがあのコンサート・イヴェントの主眼はあくまで黒人音楽にフォーカスするところにあったので、あんなに人気があったグッドマンも自楽団での出演はない。全て黒人ジャズ・メンとの共演だ。僕の持つ CD 三枚組『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』附属ブックレットには、アイダ・コックスの堂々たる立ち姿が1ページ全部を割いて載っているもんね。最もお馴染の写真だが。
しかしながら僕はアイダ・コックス名義の単独盤 CD は『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』二枚組しか持っていない。以前ビッグ・ビル・ブルーンジーのときにも書いたが、この『ジ・エッセンシャル・だれそれ』は、オーストリアのドキュメント・レーベルが年代順完全集でリリースしているのから抜き出して二枚組に編纂してデータ・解説なしで発売している廉価盤シリーズ。いっぱいあるんだよね。いっぱいあるのは、それくらいたくさんドキュメントがバラ売り完全集でアメリカの古いブルーズを復刻している証拠だけど。
そんなわけで『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』しか単独盤を持っていない僕なので、これの収録曲も音楽そのもの以外にはほぼなにも知らない僕。ネットで調べてほんのちょっと知っているだけ。だから毎度毎度の僕のテキトー耳判断だけで、アイダについて少し書いておこう。
『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』収録の36曲は、必ずしも年代順に並んでいないみたいだ。続けて全部聴くと、あからさまに録音状態が新しくなったり古くなったりを繰返すからというのが一つ。もう一つは、ネットで音楽関係を調べると必ず(例外なく)出てくる Discogs のサイトの情報によっている。
Discogs はアルバム単位でしか情報がないサイトなので、LPレコードが一般化して以後のそんな作品については参考になるけれど、それ以前の一曲単位(正確には両面で二曲だが)で音楽商品が売買されていた SP 時代の録音にかんしては全くダメ。全滅状態なのだ。なんの頼りにもならないんですよ、みなさん、ご参照のようですが。
だがしかしアイダ・コックスについてもドキュメントの完全集シリーズ五枚が Discogs で出てくる。それをクリックしてよく見て、掲載されているのはドキュメント盤の場合録音順だと分っているわけだから、そのデータと『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』の収録順を比較して、それで後者は録音順に並んでいないと判断しているんだよね。
だけど、録音順に並べ替える必要も僕は感じないので、データはデータで参考にはして、『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』をそのまま聴いている。通して聴くと一枚目11曲目の「アイ・ガット・ザ・ブルーズ・フォー・ランパート・ストリート」でガラリと雰囲気が一変する。 アイダのヴォーカルはそんなに違わないが、伴奏が全然違って聴こえるのだ。誰だろうなあ、このブリリアントなトランペット(あるいはコルネット?音だけでは判断できない)を吹くジャズ・マン(に違いない)は?1920年代の録音だと思うんだけどね。
あっ、この YouTube 音源の説明文では、1923年録音で、トランペットはトミー・ラドニアだとあるなあ。そうだったのか。教えていただいた。トミー・ラドニアって、フランスのジャズ批評家ユーグ・パナシエが、ルイ・アームストロングに次ぐ二番手だって書いた人なんですよ(本があまりにも古い?)。そういえばトミー・ラドニアはマ・レイニーやアルバータ・ハンターの伴奏をやったのがあるから、アイダの伴奏をやってても当たり前だ。そして、あの時代、男性ジャズ演奏家より女性ブルーズ歌手の方がランクがかなり上だったね。
『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』一枚目15曲目収録の「ハウ・ロング、ダディ、ハウ・ロング」が問答無用の超有名曲、リロイ・カーがやったもので、バンジョー(に聴こえる)一台だけを伴奏にしてアイダが歌っているものだとは、以前リロイ関係で書いたような気がするので、今日は省略。アイダの方が録音はちょっとだけ先のようだ。とにかくこの曲もそうだし、リロイのやった有名ブルーズ・ナンバーほど人口に膾炙しているものはないんですよ、モダン・ブルーズしか聴かないみなさん。
あっ、これもバンジョーがパパ・チャーリー・ジャクスンだと書いてある。教えてもらってばかりだ。それにしてもこの「ハウ・ロング」はバンジョーの伴奏リズムがちょっと妙だよね。ザッ・ザッと刻んでは一瞬ストップしたかのようになり、次の瞬間にまたザッ・ザッと刻む。突っかかって進んだり止まったりする歩行のようで、定常ビートをキープしない。ズンズンとフラットに、あるいはピョンピョン跳ぶようなグルーヴ感が好きな僕には、どうもちょっと気持悪いような部分がある。
『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』を聴いていると、あの当時の女性ブルーズ歌手にしては、ジャズ・バンドによる伴奏がちょっと少なめのように思う。コンプリート状態で持っていないので、アイダの場合全般的にそうだったのか、あるいはこのアンソロジー独自の編纂方針だったのかは全然分らないが、ちょっと面白いね。一番多いのは、しかしやはりピアノ一台だけの伴奏だから、そこだけ取り出すとアイダも決して例外的ではない。
一枚目ラスト18曲の「ユー・ガット・トゥ・スウィング・アンド・スウェイ」 は完全なるジャズ・ナンバーというに近い。これは YouTube で見つからないので教えていただけないが、クラリネットもトロンボーンもその他もみんな当時(って何年録音?)のトップ・ジャズ・メンに違いないぞ。ソロ部分で聴くクラリネットはジョニー・ドッズのスタイルのように聴こえるんだけど、違うかなあ?違うだろうなあ?トロンボーンは全く想像つかない。アイダの歌もブルージーというよりジャジーというに近いスウィンギーなフィーリング。
『ジ・エッセンシャル・アイダ・コックス』二枚目に行って、一曲目の「ワイルド・ウィミン・ドント・ハヴ・ザ・ブルーズ」がかなり面白い。この曲題だけでも想像がつくはずだが、歌詞内容はいまで言うフェミニズムの先取りだ。って歌詞だけなんだけどね。これ、何年の録音なんだろう?と YouTube で探したらドキュメント盤の二枚目、1924〜25年分に収録らしい。う〜ん、あの時代にこのリリックを書いたのは誰だったんだろう?
この曲にかんしては、YouTube で探すと新しい録音も出てきて、どうしてベシー・スミスの写真を使っているのかは分らないが、こういうのだ。何年だろう?相当最近だよなあ(と言ってしまう僕の時代感覚も狂っているだろうが、1920年代メインだった歌手の話題だから)。テナー・サックスはコールマン・ホーキンスかぁ。
アイダ・コックスのこれに限らず、主に1920年代に大活躍した女性ブルーズ歌手たちの場合、上でも触れたが、だいたい音楽産業のランク的にも男性よりずっと上位で、音楽・歌内容的にも大胆な女性の姿を歌っている場合もあって、その意味ではずいぶんと早くフェミニズムを表現していたと言えるのかもしれないよなあ。どうですか?女性音楽愛好家のみなさん?聴きませんか、このへんの女性ブルーズ歌手たちを?
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