普段聴きのヨルゴスはこっち
ギリシアの歌手ヨルゴス・ダラーラスのアルバムは、昨2016年に二枚リリースされている。いや、年頭に買った『タ・アステガ』は、ギリシア本国では2015年末ギリギリのリリースだっけ?あ、きっとそうだね。エル・スールに入荷して僕が買ったのが年頭間もないころだったから。二枚目は昨年秋になって、やはりエル・スールに入荷して買った『Thalassina Palatia』。こっちは正確にはヨルゴスを含三名の共作だけど、実質的にはヨルゴスの作品と言って差し支えないはず。
昨年頭の『タ・アステガ』の冒険的意欲も大いに買うものの、そして2016年ベストテンのなかに僕も選んだけれど、肩の力が抜けたヨルゴス・ダラーラスの持味を存分に発揮して、傑作とは呼びにくいものの普段聽きの伝統派レンベーティカ・アルバムに仕上がっているという意味では、秋の『Thalassina Palatia』の方に軍配が上がるんじゃないかなあ。でも『タ・アステガ』と違って、こっちはどなたも書いてくださっていないんだよね。だから無知蒙昧な僕がちょっと書いておくしかない。
『Thalassina Palatia』は、さっきからこうやってラテン文字で表記してはいるが、CD アルバムのジャケット表裏含め、附属の紙でもどこでも、まったくすべてキリル文字でしか表記がない。キリル文字やアラビア文字や、その他いろんな文字表記の音楽 CD も、iTunes に取り込もうとするとラテン文字で音楽家名、アルバム名、曲名が出てくることがあって、それで僕はかなり助かっているのだが、ヨルゴス・ダラーラスの『Thalassina Palatia』の場合は、すべてキリル文字でしか出なかった。
アルバム附属の紙に三人の男性がデカデカと写っていて、そのなかの一人は僕も見慣れたヨルゴス・ダラーラスの顔に間違いないので、さらに CD の中身を聴けば誰だって分るやはり聽き慣れた彼の声が流れるので、あぁヨルゴスのアルバムだなとは分る。だがアルバム名も曲名も、参加しているはず(違う声のリード・シンガーが聴こえるし、紙に写っているし)のほかの男性歌手が誰かも、僕には分らない。そんなお手上げ状態の僕をやはりエル・スールさんが救ってくださった。エル・スールのサイトでは、どんな文字表記圏の作品もラテン文字で書いてくださるからだ。
まあそうじゃなかったら、そもそもヨルゴス・ダラーラスの新作が入荷したという事実そのものに僕なんかが気付くわけもない。『Thalassina Palatia』に参加しているほか二名の男性歌手がヴァンゲリスとヴァシリスのコラカキス兄弟だとか、そもそも今日最初からラテン文字で書いているアルバム名も、さらにぜんぶの曲名も、すべてエル・スールのサイトに載っているのを、僕はそのままコピー&ペーストしている。どっちみち読めないので同じようなものではありますが、まあなんとなくの気分でラテン文字だとさぁ。
最初に書いたようにヨルゴス・ダラーラス(&ヴァンゲリスとヴァシリスのコラカキス兄弟)の『Thalassina Palatia』は、伝統レンベーティカ路線の王道メインストリーム作品だ。渋い、渋すぎる。暗い哀感が強く漂っているので、これからの真夏に聴くにはちょっと似合わないかもしれない。秋の、それも日が暮れてからの夜長に、部屋の照明をちょっと落として聴くと、まさにこれ以上なくいい雰囲気をつくってくれる 〜 そんなアルバムなんだよね。
それにしてもヨルゴス・ダラーラスはまったく衰えないよなあ。声にそれがぜんぜん聴きとれない。同じギリシアの同じくらいベテランの、こっちは女性だけどハリス・アレクシーウの近年の作品を聴くと衰えを隠せないと感じる場合があって、う〜ん…と思っちゃうのだが、まあでもそれはそれで高齢女性歌手の一つの「味」というものだろうと受け止めている僕。決して否定的な気分だけではない。だいたい歌手じゃなくたって、僕は年上女性のことこそが好きだからそれだけで、いまのハリスも(フェイルーズも)十分オーケーだ…、ってオーケーってなにがだよ(^^;;;。
そこいくとヨルゴス・ダラーラスは、いまのところの最新作であるはずの昨年秋の『Thalassina Palatia』でも張りのあるコシの強い声でグイグイ歌ってくれていて本当に素晴らしい。このアルバムの収録曲が、これのために用意されたオリジナルなのか、あるいは既存の(伝承的)レンベーティカ・ソングをアダプトしているのかは、僕には分らない。が、聴いてみると、まるで20世紀初頭のギリシアの港町(港町のハミ出し者たちがやった音楽という意味では、レンベーティカとアルゼンチン・タンゴと英国リヴァプールのビートルズは通底するかも?)で歌われていたようなものに聴こえる。まさに伝統王道路線。
ヨルゴス・ダラーラスがそんな音楽性の歌手だということはみんな知っているが、参加しているほかの二名の男性歌手、ヴァンゲリスとヴァシリスのコラカキス兄弟の歌声も、ってどっちがどっちなんだか僕は声だけでは判別できないが、ヨルゴスと同じ伝統レンベーティカを継承しているような歌い方だ。エル・スールのサイト記載文によれば、兄のヴァンゲリスが1961年生まれ、弟の方は明記がないがそれより下なわけだから、まあだいたい僕と同世代だなあ。じゃあもうそんな若くもないんだ。
アルバム『Thalassina Palatia』でヴァンゲリス&ヴァシリス・コラカキスが歌っているのは5曲目の「Isos Na Ftaio」、9曲目「Xlomo Asteri Tis Avgis」、12曲目「Tora Pou Gyrises」、13曲目「Dos Mou Farmaki」の四つで、それ以外はすべてヨルゴス・ダラーラスが歌っているが、不思議なのは声が三人とも似ているということだ。ボンヤリ聴いていると違う人が歌いはじめたって気付かない可能性があるかも?と思うくらい。あと、曲によっては女声バック・ヴォーカルが小さく聴こえるのだが、誰なんだろう?これはエル・スール含めどこにも記載がない。読めないなりに CD パッケージや附属の紙のキリル文字を探ってみたけれど、それらしき記載がないみたいだなあ。ちょっといい声だから知りたい。女声だけど女性かどうかは分らない。
男性三人の声が似ているのは、僕はよく知っているつもりのヨルゴス・ダラーラスはまああんな声だけど、ヴァンゲリス&ヴァシリス・コラカキスも似たような声質と歌い方なのか、あるいはアルバムで共演するとなって意識したのか分らない。エル・スールのサイト記載によれば、この兄弟も伝統派路線のギリシア音楽を(も?)やっているらしいので、もとからこんな人たちなのかもしれない。う〜ん、それにしてもヨルゴスに似ているぞ。
『Thalassina Palatia』では伴奏編成も伝統レンベーティカ風で、(おそらくヨルゴス・ダラーラス自身の弾く)アクースティック・ギター、(おそらくヴァンゲリス・コラカキスの弾く)ブズーキ、それからウッド・ベース(だと思う弦の低音)、アコーディオン、あとはちょっとした打楽器、この程度だけ。曲によってはほかの楽器、例えばピアノなどが入ったりもするが、三人のヴォーカルをメインで支えているのはギター&ブズーキ&アコーディオン&ウッド・ベースだ。
アルバム『Thalassina Palatia』には、リズムがラテン調なものも複数ある。はっきり言えばキューバのアバネーラのパターンだ。それを使いながらクラベスがカンカンと刻んだりもする。ギリシア歌謡(やトルコ歌謡やアラブ歌謡)にもラテン・リズムはかなりむかしから多く、当たり前のものになっているので、この点でも『Thalassina Palatia』は伝統レンベーティカ路線に沿った音創りだ。例えば二曲目の「Apo Ta Xeria Sou Treli」。この跳ねるフィーリング。
三曲目の「Kardia Thlimmeni」はアルジェリアのシャアビっぽい感じに聴こえる。最初無伴奏でブズーキがめくるめくような華麗で美しく細かい旋律を弾き、それがやんで続いてヨルゴス・ダラーラスの歌が出て、歌の合間合間でもブズーキがやはり華麗で細かいラインを弾く。ブズーキがマンドーラやバンジョーだったらシャアビじゃないか。しかしこの曲でも小さくハモっている女声は、ホント誰なんだろう?
四曲目の「Den Proskinisa Τi Gi Mou」のリズムも、イントロ部ではややアバネーラっぽいが、歌が出はじめてからはそうでもなくなってしまう。九曲目のヴァンゲリス&ヴァシリス・コラカキス兄弟が歌う「Xlomo Asteri Tis Avgis」は、完全なるラテン風リズム・ナンバーだ。これはかなり面白い。ほんのちょっとだけ陽気な感じもある。
これら書いてきたもの以外もすべてやはり哀感たっぷりではあるが、リズムはさほど快活なラテン〜アバネーラ調ではなくシットリ落ち着いた感じで、いかにも<これがレンベーティカだ>とでも言いたげに見せつける伝統路線。僕はこういった伝統路線を、その伝統が生まれ形成された初期の古い録音で聴くのが文字どおり「いちばん」好きな人間なんだけど、ヨルゴス・ダラーラスほか二名のアルバム『Thalassina Palatia』みたいに、それをそのまま現代に蘇らせて最新録音で聴かせてくれるものも大好き。
« 体臭音楽の真実 | トップページ | ツェッペリンのCIAロック »
「音楽(その他)」カテゴリの記事
- とても楽しい曲があるけどアルバムとしてはイマイチみたいなことが多いから、むかしからぼくはよくプレイリストをつくっちゃう習慣がある。いいものだけ集めてまとめて聴こうってわけ(2023.07.11)
- その俳優や音楽家などの人間性清廉潔白を見たいんじゃなくて、芸能芸術の力や技を楽しみたいだけですから(2023.07.04)
- カタルーニャのアレグリア 〜 ジュディット・ネッデルマン(2023.06.26)
- 聴く人が曲を完成させる(2023.06.13)
- ダンス・ミュージックとしてのティナリウェン新作『Amatssou』(2023.06.12)
コメント