エクサイル・バンドがやるサザン・ソウルな「むなしい恋」
ローリング・ストーンズのライヴでは、ミック・テイラー在籍時の1972/73年ものがいちばん凄いぞという噂は前々から耳(目)にしていたんだけど、公式音源がなかったよなあ。ブートレグでならいくつもあったみたいだけど、前から繰返しているように僕はマイルズ・デイヴィスのブート盤以外は買う気がない…、わけじゃなくて興味は大いにあるんだけど、マイルズのブート盤って数が多いんだよね。それを追いかけるだけで破産しそうなのに、それ以外のブートを買う余裕なんてないんだ。
それでもいろいろと(主にロック関係の)ブート盤もちょっとだけ買っている僕。ストーンズ関連では、CD 時代になって以後、やはり評判が著しく高い1972/73年のライヴを聴きたくて、とりあえず『ナスティ・ミュージック』と『ザ・ブリュッセル・アフェア』だけ買って聴いてみたら、やっぱり凄いんだこれが。ストーンズ・オフィシャルはどうしてこういうものをリリースしないのか?と疑問だった。
何年か前、う〜んと、もう五、六年前かなあ、ようやくオフィシャルで、しかもネット・ダウンロードのみの販売だったけれど、1973年のライヴが(ブートと同題の)『ザ・ブリュセル・アフェア』となってリリースされたのだ。問答無用、速攻で飛びついた僕。僕の場合、おそらくあの時がダウンロードで音楽を買った生まれて初めての体験だったなあ。あのころストーンズのオフィシャル・サイトは蔵出しライヴ音源をたくさん配信した。僕は全部買った。しかしのちにぜんぶ CD でもリリースされた模様だ。僕は一枚も買っていない。必要ないもんね。
あとは1972年のライヴだよなあと思っていた、というと実は不正確で、73年の『ザ・ブリュッセル・アフェア』が公式ネット配信されるずっと前の僕の東京時代に(何年だったか正確には忘れたが、21世紀に入ってからだ)DVD『レイディーズ&ジェントルメン』がリリースされていた。これは72年のアメリカ公演を収録したもの。うん、これはリリース当時、本当に嬉しかった。だが、僕は音源だけでいいっていうタイプの人間なのだ。
だいたい『レイディーズ&ジェントルメン』の映像部分は少し暗くて、ステージでみんながなにをやっているのか、ちょっと分りにくかったような記憶がある。観なおしていないので曖昧な記憶だが、なんだか暗闇にミック・ジャガーの姿がボーッと浮かび上がり、よく分らないがクネクネとセクシーにひっくり返っているとか、そんな印象だったような。気のせいかもしれない。音源そのものは最高だったので、なんとか CD で同じものをリリースしてくれないものか?とも思っていたのだ。
そう、僕は中身が同じであれば DVD よりも CD で音だけ聴く方がいい。音楽 DVD を買うのは中身が違っていて DVD でしか聴けないものを含むとか、そもそも DVD しかないだとか、そういうものだけ。だから、岩佐美咲さん、お願いしますよ。いままで二枚出ているわさみんの DVD を CD でも出してもらえませんか?そして今後もお願いします(ってこんなことを実名を出して公に発言するわさみんファンは僕だけだろうなあ…)。
まあそんなことで今2017年に CD リリースされたストーンズの1972年公演『レイディーズ&ジェントルメン』は嬉しくて、僕はもちろん即買い。6月24日と25日にテキサスのフォート・ワースとヒューストンで行われた計四公演が撮影された。このアルバムの音源になったものはもともと映画用の撮影フィルムだ。その映画を収録したものが DVD ヴァージョン。だから十年以上?前に最初にまず DVD だけ発売されたのは当然なのだ。 そこから今年、音源だけ CD になった。
『レイディーズ&ジェントルメン』は、スティーヴィー・ワンダーが前座だった1972年のアメリカ・ツアーでのレギュラー・セット・リストを、基本、ほぼ丸ごと再現してある。収録曲も曲順もだいたい同じ。収録されていないのは、毎回やっていたらしい「ロックス・オフ」だけのようだ。この CD は77分なので、ある時期以後長時間化したストーンズのコンサートの感覚からすると、かなり短いような印象だよね。しかも最近は前座なんて置かないしなあ、ストーンズは。
ストーンズのライヴ・ツアーでのオープニング・アクトの歴史はなかなか面白いものがあって、あるときは、まだ人気が爆発する前のプリンスを英国ツアーで起用して、プリンスは激しいブーイングを浴び、半泣き状態?でステージを中座して降りて、すると袖からミック・ジャガーが出てきて「お前ら、こいつの凄さが分らないのか?!」と怒ったという話も残っている。その他いっぱいあってキリがない。しかし1972年でスティーヴィー・ワンダーが前座って、そのころスティーヴィーは、しかもアメリカ本国でのツアーだし、すでにかなり人気があったんじゃないかと思うんだけど、ストーンズがビッグになりすぎていたということなのか?
『レイディーズ&ジェントルメン』で個人的に一番嬉しいのは、サザン・ソウル・チューン化しているロバート・ジョンスン・ナンバー「ラヴ・イン・ヴェイン」の公式化だ。こ〜れは!ホ〜ントに!すんばらしいんだよね。ブートで聴いていたが、サザン・ソウル風にキース・リチャーズが三連リフを弾く上でミックが情感たっぷりにロスト・ラヴを歌うのもいいし、そしてなんといっても!ミック・テイラーのギター・ソロが絶品なんてもんじゃないくらい旨味なのだ。
「ラヴ・イン・ヴェイン」でのミック・テイラーは、まずスライド・プレイで、最初ミックのヴォーカルに2コーラス目から絡み、その後一回目のソロをやはりスライドで弾く。この人のスライドが上手(旨)すぎるのは、1972年全米ツアーに先立ってリリースされていた LP 二枚組アルバム『メイン・ストリートのならず者』でも実証済。だけどライヴでの「ラヴ・イン・ヴェイン」におけるミック・テイラーのスライドは本当に美しい。しかもまろやかでコクがある。
ミック・テイラー(ジャガーといちいち区別しないといけないから面倒くさいな)のスライドといえば、1973年公演公式収録盤の『ザ・ブリュッセル・アフェア』一曲目「ブラウン・シュガー」でもキラリと輝いていた。その「ブラウン・シュガー」ではキースの弾くお馴染リフ三回のあとミックのヴォーカルが出るやいなやスライドで絡みはじめ、そのままソロを弾き、しかも終盤部ではバーを置いて指での押弦で細かい華麗なフレーズを、それも曲が終わるあたりになればなるほど、どんどん盛り上がって弾いている。
まずスライド、次いで指での押弦、というのは『レイディーズ&ジェントルメン』の「ラヴ・イン・ヴェイン」でも同じ。ブルーズにおけるギター・スライドは、ときどき列車を表現していることがあるけれど、このロバート・ジョンスン・ナンバーもトレイン・ソングで、好きな女性が去っていくのを駅まで追いかけるが間に合わず、女性を乗せた列車が走り去る後ろ姿を独り寂しく眺めて心で泣くというブルーズ。このライヴ・アルバムのこの曲でのミック・テイラーのギター・スライドもまさにトレイン・ブルーズの表現だ。ミックも感極まってシャウトし、その背後でホーン・セクションが、これまた列車の汽笛みたいなリフ・サウンドを奏でる。
その次の瞬間にミック・テイラーの二回目のソロになって、今度はバーを置き指での押弦で細かいフレーズを華麗に弾きまくるのだ。ここが、僕個人にとっては、『レイディーズ&ジェントルメン』のクライマックス。まさに女性が自分のもとから去っていくことばかりの人生を送ってきている(のは100%完全に僕だけに原因があるのだが)僕にとっては、この二回目の指押弦でのミック・テイラーのソロで泣けてしまうのだ。グワ〜ッと気持が盛り上がり、あぁ、もっと続けてくれっ!と思ってしまう刹那に曲の演奏自体が終ってしまう。それもまた余韻を残していい雰囲気だ。
ストーンズ1972年ライヴでの「ラヴ・イン・ヴェイン」が凄いんだ凄いんだと、ずっと前から噂だけ耳にしていて、ブート盤 CD『ナスティ・ミュージック』でなんとかそれが聴けたものの、これが公式 CD 化したということが、僕にとっては『レイディーズ&ジェントルメン』最大の注目点だったんだよね。僕はそれくらい、ロバート・ジョンスンのあの「むなしい恋」というブルーズ・ソングが好きで、いや、正確には作者自身のブギ・ウギ風オリジナルではなく、三連のサザン・ソウル・バラードとして解釈・展開したストーンズ・ヴァージョンの「むなしい恋」こそが大好きで大好きでたまらないんだよね。
分っていただけますかね?僕のこの気持?
今日は『レイディーズ&ジェントルメン』のほかの収録曲のことについては、文字通り一言も触れていない。上でちょっと示唆したように、先立つスタジオ・アルバム『メイン・ストリートのならず者』からストーンズ本体はもちろん、サポート・メンバーもほぼ同じで、レパートリーもこの二枚組アルバムからのものが最も多い。だから『レイディーズ&ジェントルメン』になった1972年の全米ツアーは、言ってみればエクサイル・バンド、ならず者たちバンドがやるならず者音楽のお披露目みたいなものだった。
そのあたりも含め、『レイディーズ&ジェントルメン』の日本盤 CD(は『レディース&ジェントルメン』表記)に附属している、現在日本で最もストーンズに詳しい存在である寺田正典さんのライナーノーツで、かなり懇切丁寧に解説されている。それをお読みになれば、僕ごときが屋上屋を架す必要なんてぜんぜんないので。
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