ガーシュウィンを聴くならば
といってもクラシック作品ではなく、ポップ・ピースのことについて話をする。でも「ラプソディ・イン・ブルー」のことについてだけは少し書くかもしれない。だってあれはクラシックのシンフォニー・オーケストラ作品であるとはいえ、作者のジョージ・ガーシュウィン自身、ジャズのイディオムを大いに活用したものだし、また実際ジャズ・メンがかなりしばしば言及している。それもかなりはっきりと音で直接的に(いやまあそんなこと言い出したら、ジャズが直接影響をこうむったクラシック作品ってすごく多いわけだけどさ)。
さてさて、ハード・ロックやヘヴィ・メタル以上に、クラシックのシンフォニー・オーケストラこそ音量を上げて聴かないと面白くないように思う。それでジョージ・ガーシュウィンの話だが、例によってクラシック音楽のことはまったく分らないのでほぼ省略して、ティン・パン・アリーのソングライターとしてガーシュウィンが書いたポップ・ヒット・チューンに限定してちょっと書きたい。以前一瞬だけ触れたウディ・アレン映画『マンハッタン』のサウンドトラック盤のこと。
『マンハッタン』は1979年の映画作品。いまの松山市では映画館がかなり少なくなっていて、しかもシネコンみたいなのがメインのようだけど、79年、すなわち僕が高校三年生のころにはたくさんあったのだ(もっと前の日本映画全盛期にはもっとあったんだぞと死んだ父が言っていた)。東京でだって上映してくれる場所がかなり限られているギリシアのテオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』や、イタリアのエルマンノ・オルミ監督の『木靴の樹』を、少し遅れてではあるが上映してくれる名画座みたいな独立系映画館もあった。
以前書いたように植草甚一さんの影響もあってかすっかり映画好きだった僕は、やっぱりそれでも数が多くはない松山の映画館で封切り、あるいはリヴァイヴァル上映される作品を、文字通り一本残らず「全部」観ていた。テオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』なんか、映画雑誌でかなりの高評価なのでぜひ観たいと思うもののなかなか来ず、広島の映画館に来たと知るやフェリーで瀬戸内海を渡って観に行きたいと父に相談して、「お前はアホか!」とマジで怒られた。結局何年か経って松山の映画館で観られたのでよかった。しかしあの映画、ギリシア神話を知らないと面白くないし、四時間もあるしで、松山の名画座で僕が観たとき、エンド・ロールもすべて終わって館内が明るくなって見渡すと、僕以外誰も客がいなかった。
そんなことはいい。ウディ・アレンの『マンハッタン』。全編でジョージ・ガーシュウィンの曲が使われていて、僕は映画そのものよりも、観たあとレコード・ショップで買ったサウンドトラック盤 LP の方が気に入ってしまった。特に B 面だなあ。A 面はお馴染「ラプソディ・イン・ブルー」で、B 面がティン・パン・アリーのソングライターとしてガーシュウィンが書いたスモール・ピーシズ。だから CD で連続して流れるとちょっとした違和感が。ほら〜、やっぱり A面B面意識しないとダメじゃん。
サウンドトラック盤『マンハッタン』B 面は全部で17トラック。1トラックのなかに複数曲が入ってメドレー形式になっているものが一つあり、また同じ曲が二回出てきたりもするけれど、正確な曲数としても17曲。二回出てくる「ランド・オヴ・ザ・ゲイ・キャバレーロ」は、ここだけの16トラック目「ラヴ・イズ・スウィーピング・ザ・カントリー」とのメドレーになっているからだ。
B 面の全17トラックは、二つを除き、A 面の「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏するのと同じズービン・メータ指揮のニュー・ヨーク・フィルハーモニックの演奏。「ラプソディ・イン・ブルー」は、いくらジャジーだからといってもやはりクラシック作品に聴こえるけれど、B 面のガーシュウィン小品集はクラシックでもないし、ジャズでもないし、まあイージー・リスニング・ミュージックだなあ。これは悪い意味ではまったく言っていない。その逆だ。
緊張感のある A 面「ラプソディ・イン・ブルー」とは正反対に、B 面の小品集は実にくつろげるリラクシング・ミュージックだ。17トラックはすべて相当演奏時間が短い。一分か二分か、長くても三分を超えず、一分未満のものだってかなりたくさんある。それが曲間のギャップもほぼなく(1979年当時としては珍しい)、どんどん連続して流れてくるのがいいんだよなあ。YouTube にないか探してみたが見つからない。一曲単位とかでなら少し見つかるが、B 面フルで上がってないと意味ないんだなあ。 Spotify にあるかなあ?
B 面のうち、5トラック目の「マイン」と10トラック目の「アワ・ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」の二つだけがニュー・ヨーク・フィルによるものではなく、モダン・ジャズのスモール・コンボ演奏。前者はピアノ・トリオ、後者はそれにヴァイオリンとギターが加わるという編成。ジャズとして聴くとまったく歯ごたえのない演奏にしか僕には聴こえないが、この B 面のなかではそれでいい。というかそうじゃないとダメなんだ。ただひたすらムーディなイージー・リスニングだからね。これが火花を散らすような緊張感のあるジャズ演奏だったりすると、B 面全体の流れや雰囲気がぶち壊しになってしまう。
ところで B 面の、ジャズ・コンボによるこの二曲を除く15トラックは、いろんなジャズ・ミュージシャンのやる演奏とはかなり違っていて、そりゃクラシックの管弦楽団がやっているんだから当たり前だろうと言われるかもしれないが、リズム・アレンジが大胆になっている(バラードをアップ・テンポでスウィンギーにしたり、その逆をやったり)だけでなく、そもそもガーシュウィンの書いた主旋律の動きがかなり異なって聴こえるので新鮮というか驚きというか。はっきり言うと、書き直し・書き加えをしてているんだなあ。
それを誰がやっているのかというとトム・ピアスン。CD 記載のクレジットによれば、選曲もピアスンみたいだ。彼がどの曲をとりあげて、どうアレンジしてオーケストレイションするか全部仕事をして、そのスコアにもとづいてズービン・メータがニュー・ヨーク・フィルを振ったってことだろう。メータとニュー・ヨーク・フィル云々より、ピアスンの腕前にかなり感心する。3トラック目の「アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー」、8トラック目の「オー、レイディ・ビー・グッド」(からそのままギャップなく9トラック目の「ス・ワンダフル」へなだれ込むあたりの流れも含め)とか、ガーシュウィンが好きなふつうのジャズ・ファンだったら、エッ?オッ?となっちゃう鮮やかさだもんね。
B 面最終盤の15トラック目「ラヴ・イズ・スウィーピング・ザ・カントリー/ランド・オヴ・ザ・ゲイ・キャバレーロ」、16トラック目の「ストライク・アップ・ザ・バンド」、そしてアルバム・ラストの17トラック目「バット・ナット・フォー・ミー」の三つは完全に一続きになっていて、ここもまた曲間のギャップがない。三つ合わせても三分間もないものだけど、この流れが実にいい。トム・ピアスンが練りこんだのが手に取るように分る。最初の二つはアップ・テンポで賑やかなもの。特に「ストライク・アップ・ザ・バンド」は、曲題だけでも分るようなハードなスウィング・ナンバーで、ニュー・ヨーク・フィルも、特にブラス群が大活躍。まるで後期ロマン派みたいに、金管群がぶつかりあってキラキラ輝く。
しかしそれがたったの37秒で終るとそのまま引き続き、喧騒のあとのシンミリした気分、ちょっとガッカリしているような「バット・ナット・フォー・ミー」が、これまたたったの一分程度流れる。この曲はトーチ・ソングで、「みんな楽しそうだけど、世のなかのあらゆる嬉しいことは僕のためのものじゃないんだよね」という曲だから、いろいろ大胆に書き換えているトム・ピアスンも、ここではそれをやらず、そんな失恋フィーリングそのままのスコアを書いているのがいいよなあ。アルバムの締めくくりにはもってこいのコーダだ。
ところで本当にほんのちょっとだけしか書かないが、映画『マンハッタン』サウンドトラック盤 A 面の「ラプソディ・イン・ブルー」は、いろんなジャズ演奏家が触れている。たとえばちょっと前に書いたオーケー録音時代のルイ・アームストロングがやった「エイント・ミスビヘイヴィン」。1929年7月19日録音なんだけど、2分10秒過ぎのコルネット・ソロ部分ではっきりと「ラプソディ・イン・ブルー」の一節をそっくりそのまま引用しているじゃないか。
「ラプソディ・イン・ブルー」の初演は1924年2月12日で、その後もオーケストラで、ソロ・ピアノ・ヴァージョンで(がもともとガーシュウィンの書いたもの、管弦楽譜面を書いたのはファーディ・グローフェ)と繰返し生演奏されたので、サッチモはレコードも聴いただろうしライヴで接する機会だってあっただろう。なお、1924年の初演は、ジャズの文脈でも頻繁に名前があがるポール・ワイトマン楽団によるもの。グローフェは同楽団の専属アレンジャーだった。
映画『マンハッタン』サウンドトラック盤は、B 面収録のものも当然すべてインストルメンタル演奏なので、最後に一つ、ヴォーカル・ヴァージョンによるガーシュウィン曲集のオススメも、内容にはつっこまず付記しておく。例によってのエラ・フィッツジェラルドの1959年ヴァーヴ盤『シングズ・ザ・ジョージ・アンド・アイーラ・ガーシュウィン・ソング・ブック』。これは文句なしの大推薦盤だ。エラはなんでもないみたいに、そのままストレートに軽く流すようにスッと歌っているけどさぁ。
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