「ミストーンなんてない」〜 パーカーからマイルズがもらったもの
(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 6)
マイルズ・デイヴィスが、サイド・メンや、あるいは自分が雇っているのではないほかのミュージシャンたちに対してでも、いろんな謎の指示言葉を発していたのはご存知の通り。「そこにあるものを弾くな、ないものを弾け」「お前が分っている音をオレに対してぶつけるな」などなど、いっぱいある。
それでも次の二つは、言われた当人もまだ理解しやすかったんじゃないかなあ。
一つ。「イン・ア・サイレント・ウェイ」の録音セッションにて、ジョン・マクラフリンに「ギターの弾き方が分らないというふうに弾け」。これは出来上がりの作品を聴けば誰だって納得できる。あの、ギター素人がフレット上で音を探りながらポロン、ポロンとおぼつかない様子で(あるかのように)シングル・トーンを弾いているあれだ。
しかし後年の述懐によれば、ジョン・マクラフリン当人は、ボスのマイルズにそう言われた瞬間は、やはりどうもナンノコッチャ?とハテナ・マークが頭のなかに浮かんだらしい。ご存知のようにマフラフリンは超絶技巧ギタリストで弾きまくりタイプだからね。でもボスの言うのはこういうことなのかな?と理解できないなりにちょっとやってみてボスの顔を見たら、「そうだ、その調子だ」というような表情に見えたからそのまま続け、しかもそれはリハーサルのはずだったもので、そのつもりで(同じくリハだと思っていたベースのデイヴ・ホランド含め)軽い気持でちょっとトライしてみただけなのに、発売されたレコードを聴くとそれがそのまま商品になっていた。
アルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』になったものを録音した1969年2月のセッションでは、例えばフェンダー・ローズのハービー・ハンコックやドラムスのトニー・ウィリアムズあたりは、マイルズのこのスタジオ・セッションのやり方 〜 ワケの分らない謎指示を出す、リハーサルも本番もなくぜんぶ録音している 〜 に既に慣れていたはずだ。同じくフェンダー・ローズのチック・コリアとベースのデイヴ・ホランドは、マイルズ・バンドに正式参加してまだ一年も経っていなかったので、やっぱり新鮮というか驚きだったのかなあ。
もう一つ。マイルズの謎指示で、こっちは分りやすいだろうと思うのが「ミストーンなんてないんだ」というもの。 "Do not fear mistakes. There are none." ってやつ。「ミスをおそれるな、そんなものはない」。この「ミスをおそれるな」部分だけであれば、世界中のどんな人間もだいたいみんな誰かに対して言うものだ。ミスを犯すのをおそれていてはなにもできない、ミスは恥ずかしいことじゃない、失敗は成功の母、成長過程では、あるいはすっかり成熟しても、人間みんなミスを犯すものなんだから、ましてや若手初心者は失敗をおそれずどんどんやれ!という、ごくごく当たり前の言葉。なにかを教えるいう職・立場にある人間ならなおさら、これを言わない日はないんじゃないかと思うほど。
マイルズもまず第一義的にはそれを言いたいだけだろう。そういえばこれに関連してのマイルズの言葉で、たぶんこれは1940年代のチャーリー・パーカー・コンボ在籍時の経験から来ているものだろうと思うけれど、「まだ成長過程にある若手ミュージシャンを、激励もせずただこき下ろすだけなんて、絶対に間違っている」というものがある。パーカー・コンボ時代のマイルズは、まああんな感じだったからさ。クビにしろとかなんとか、そりゃ罵倒を浴びたんじゃないかと思うんだよね。後年、心臓に毛が生えたみたいな存在になったけれど、あの当時はかなりウブだったマイルズ。そんなウブでナイーヴなメンタリティは、1991年に亡くなるまでわりと残ってはいたんだよね。
くだんのマイルズの発言で「ミスをおそれるな」に続く部分は、考え込むとちょっとややこしそうだ。「そんなものはない」。つまり、音楽演奏において失敗なんてないんだ、いや、音楽というより、やはりジャズと限定するべきなのかなあ。そうなるとジャズにミストーン、間違った音はないんだと言っているんだと解釈できるよね。そういえば、1959年録音の『カインド・オヴ・ブルー』についての研究書に、「ジャズには間違ったノートはない」(Ashley Kahn "Kind of Blue: The Making of the Miles Davis Masterpiece" )というマイルズの発言が紹介してあった。
このたぐいのことを、マイルズは生涯通じて繰返し発言している。そんなの当たり前じゃん!とか思わないで。確かに間違った音なんてないんだから、失敗をおそれずどんどん前に出て積極的にトライしろよ、その結果面白いものができあがるんだぜ、失敗するときというのは、たいがい少なくともなにか新しいことをやろうとしているわけだから、とか、そんな気分が第一優先ではあったんだろう。だから今日、そんな深刻にとりあげなくてもいいかもしれない。
そういう解釈だと、マイルズはこれをかつてのボスで恩師であるチャーリー・パーカーからなんども繰返し言われていたようだ。「ジャズに間違いなんかないんだ」「どんなキーでどんなコードを使っているときでもどんな音を鳴らしてもいいぞ」「おそれずどんどん前に出てやれ」などなど、パーカーはマイルスによく言っていた。上で一節引用したアシュリー・カーンの『かインド・オヴ・ブルー』本には、こういうのも出てくる 〜 「オレがジュリアードをやめたばかりの未熟なガキのころ、バードは『ミスをしてもそれをもう一回繰返し、そのあとでもう一回やるんだ、そうして三回同じことをやってみろ、そしたらわざとそういうふうに演奏していると思われるだろうよ』と言ってニヤリとした」。
そんなパーカーから吸収して、マイルズも自分のバンドを持つようになって以後は、自分のバンドのサイド・メンやほかのミュージシャンたちや、インタヴューを取りにくるジャズ・ジャーナリストなどに、まったく同様の発言を繰返していたんだろう。死ぬまで言っていたみたいだから、つまりマイルズはパーカーの薫陶よろしきを得た見習い時代のことをずっと憶えていて忘れなかった。僕たち一般人の世界でも、どなたかから教わったり優しくされたりしたことをそのまま同じように別の続く人たちに教えたり優しくしたりするのと同じで、マイルズもそうだったんだろう。
これで今日の文章は終りにしたいのだ、本当は。難しいことを考えなくちゃいけなくなるからね。
音楽、というかジャズに間違った音はないというパーカーやマイルズの発言は、しかしやっぱりたんに「失敗をおそれるな」と若手初心者をエンカレッジしているだけではない、なんらかの音楽的「真実」を含んでいるような気が、僕はするんだよね。う〜ん、やっぱりこりゃちょっとやっかいそうだぞ。だからこのあとほんのちょっぴり表面をそっと撫でるかのように触れるだけにしよう。
録音時期的に最も早いもので、この「ジャズに間違った音はない」を実感できる具体例が、1928年のルイ・アームストロングのオーケー録音に(瞬時に思い出せるものだけだと)二曲ある。普通の聴き方だと、こりゃサッチモは絶対音を外したな、ミスだなと判断するしかないものだ。いま耳が聴こえにくいので億劫だが、それでも iTunes のヴォリューム・スライダーを最右端にした上で、アンプのヴォリュームつまみを(時計の)11時の位置くらいにまで廻せばなんとかなるんだ。11時の位置ってヤバイよね。ご近所さん、ごめんなさい。
いずれも1928年12月録音。
一つは「ノー、パパ、ノー」で、0:34、1:43の二回。
もう一つは「セイヴ・イット、プリティ・ママ」。こっちは 0:42までの一回目のコルネット・ソロが、どことピンポイントで指摘できないほど全般的にどうもちょっと”オカシイ”。特に最後の 0:42 の一音は、こりゃなんだ?完全に”外れて”いる。”ミス”だ。後半のヴォーカル部分でも、2:29 "save it all for me" の "me" がオカシイ。ほかの部分でも歌が全般的に調子外れだ。アトーナル?フリー・ジャズ?
もちろん1928年にスケール・アウトという概念は存在しない。いまなら上記例はいわゆるスケール・アウトの典型例であって、まったくなんの問題もない音の出し方として片付けられる。ジャズ界でまだスケール・アウトの考え方がなかったころでも、1950年代末からのフリー・ジャズ手法や、コーダル、モーダルでもそれに影響された1960年代以後の演奏法でも同じことはやっている。もちろんマイルズだって60年代後半からはどんどん活用するようになって、和声面での表現を拡大した。
しかし僕の言いたいことは、ジャズってたぶん「自由に音を出していい」ものなんじゃないかなということなんだよね。つまりそもそもの音楽のありようとして<フリー>なのがジャズ全般。1928年のサッチモがそうなんだから、まだ本格的に、というか自覚的方法論としては和声拡大していない1956年のマイルズが、「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」(プレスティジ盤『ワーキン』)で音を”外して”いたって別に問題ないよ。一番鮮明なのが 0:34 だ。シャーリー・ホーンはマイルズ本人に向かって「あれは吹きミスね」と指摘してくれちゃったそうだけどさ。
パーカーが実行し、マイルズに教え、そしてマイルズも自分のバンドで同じことをやり、また他のミュージシャンたちにもジャーナリストたちにもどんどん伝えようとしたこと:「ジャズにミストーンはない」は、ひょっとしたらこんなようなことも含んでいたのかもしれない。よく分らんのだが。
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マイルスの言葉はありがたいね。ツイッターで毎日引っかかってるよ。笑
で、パーカーはマイルスを勇気づけいたかも知れないけど、パーカー本人の語録はマイルスほど残ってないね。パーカーの言葉で覚えてるのは、「いい女を見つけて浮気をするな」くらいだし、呼び屋の男に「いい服着てるね」とか言いながら金をせびってたエピソードみたいなのばっかり浮かんでくる。笑
でも、何度もテイクをやり直すときのキッパリした「もう一度」みたいな言い方には音楽に素直だった様子がうかがえるし、いいものを生むためのどん欲さという点で、失敗しても何か新しくて聴いたことないやつを求めていた真摯さを感じる。そんなのもマイルスをてなづける要素になったんだろうね。僕はそんなパーカーが好きなんだよ。
投稿: hideo_na | 2017/07/31 20:40
確かに直接そのまんまではパーカーの言葉はあまり多く残っていないよね。それも音楽関係となるとなおさら。でも<弟子>のマイルズが実にたくさん語ってくれているから、僕はそれをまあだいたい鵜呑みにしているのさ。マイルズは本質的な部分で、かなりパーカーから吸収して、それを生涯忘れず実践したのは間違いないと思う。聴けばそれは露骨に出てるよね。
投稿: としま | 2017/07/31 20:46