リシャールのブルーズやインド風だったりなど
リシャール・ボナの2009年作『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』。こういうアルバム名だし、当時リシャール自身が、このアルバムのテーマは世界各地にブルーズがあって、それを10個の切り口でやってみせたものなんだと語っていたしで、確かに10通りの見方のブルーズ表現ということなんだろう。でも実際聴いてみたら、そんなテーマみたいなものはあまり意識することはないし、強く感じることもない。
アルバム中、最もストレートにアメリカン・ブルーズだなと分るのは三曲目の「グッド・タイムズ」、九曲目の「ヤーラズ・ブルーズ」だろう。定型の12小節3コードではないが、ブルージーだ。リシャールはこの二曲だけ英語で歌い、それに自身の声をコーラスとしてくわえ、ジャズ・ブルーズ風なテナー・サックス、同じようなハモンド・オルガン、ハーモニカも入り、かなり親しみやすいのは確かだ。
しかしこれより僕にとってリシャールの『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』が面白いのは、アラブ風、インド風、東南アジア風、そしていつも通りのラテン調などなど、世界中の種々の音楽模様がゴッタ煮で混在している部分だ。特にインド音楽風のものは、リシャールのほかのアルバムで聴いたことがないように思うので、かなり貴重じゃないかなあ。最も鮮明なのは二曲目の「シヴァ・マントラ」。
この「シヴァ・マントラ」には、お聴きになって分るようにシタールが入っている。アルバムのブックレットには一曲ごとに演奏メンバーが記載されているが、確かにシタール奏者が参加。フィーチャーされているというに近い使い方だ。タブラのような打楽器のサウンドも聴こえるが、クレジットではパーカッションはリシャール一名のみなので、自身が(タブラかどうかは分らないが)叩いているんだろう。ゲスト・ヴォーカリストもいてインド風に歌い、リシャール自身もそんな歌い方をしている。
アルバム『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』には、他にもインド風なニュアンスを若干感じるものがあったように思うけれど(例えば十曲目「ソナ・モヨ」の出だしの詠唱とか)、僕にとっては二曲目「シヴァ・マントラ」の印象が非常に強い。リシャールの作品ではほかにこんなようなものは聴けないよなあ。これもリシャールに言わせればインドにある「ブルーズ」ということになるんだろうか?きっとそうだよね。
二曲目「シヴァ・マントラ」が異様に輝いている『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』だけど、これを除くアルバム全体は、リシャールのいつも通りの路線だ。ジャズと(フュージョンと)ラテンをベースに、その上にトランス・アトランティックな、というか汎地球的な音楽を展開していて、しかもやっぱり激しくなく、暖かく包み込むような眼差しが感じられて、聴いていて安心して身を任せることができる。これこそがリシャールのリシャールたるゆえんだよね。
ただアルバム『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』には、例えばアメリカのカントリー・ミュージックもあったりするのでちょっとビックリ。七曲目の「アフリカン・カウボーイ」。リシャールがマンドリンも弾き、バンジョー奏者とフィドル奏者がフィーチャーされている。完璧な米カントリー・サウンド。それなのにリズム・フィールは入り組んでいて複雑。アフロビートっぽい部分も感じられる面白さ。
八曲目「エスクドゥ」では中近東のネイ(笛)のような管楽器サウンドが聴こえるので、なんだろうなあ?と思ってクレジットを見たら Fula Flute というものの演奏者が参加している。なんだろうなあこれは?と思って調べてみたら、確かにフルートのように横にして吹く笛で、木製のもののようだ。画像検索して姿も分ったが、音がどんなものなのかは、リシャールのこの作品でしか聴いたことがないように思う。やっぱりネイのサウンドに非常に近いが。
アルバム『ザ・テン・シェイズ・オヴ・ブルーズ』では、五曲目「クルマンレテ」、六曲目「ソウレヤマネ」、十一曲目「カメール・シークレッツ」など、これらはラテン〜アフロ・ミュージックで、リシャールのアルバムでは聴き慣れたもの。特別目新しいとかものすごいとかいうものじゃないけれど、クォリティの高い音楽で、安心して聴けてリラックスできる。普段聴きにはいいんだよね、こういうアルバムがね。
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