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2017/07/16

ブラウン・ローチ・クインテットならこれ

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クリフォード・ブラウン&マックス・ローチ双頭クインテットの作品で、僕が一番好きなのは『ブラウン・アンド・ローチ・インコーポレイティッドだ』。1954年録音で、エマーシーから12インチ LP となって発売されたのが55年。録音された54年8月は、この双頭クインテットの初録音で、実際、僕の持つ CD 10枚組『ザ・コンプリート・エマーシー・レコーディングズ・オヴ・クリフォード・ブラウン』ボックスの冒頭を飾っている。

 

 

ここで僕の正直な気持を包み隠さず素直に書いてしまうが、著しく世評の高いこのブラウン・ローチ・クインテットのことが、僕は好きじゃないのだ。オブラートにくるまずはっきり言ってしまうと、どこが面白いのか分らず音楽的に優れているとも思わない場合が多い。しかし、僕のこの意見は、この「バンドの」音楽として聴いた場合、という意味であって、ブラウニーのトランペット演奏はいつでもどれでも最高だと心の底から思う。このことに微塵の疑いもない。

 

 

だが、ほかの四人の演奏が僕はどうも気に入らない。ドラマーのマックス・ローチがマシだなと思うだけで、残りの三人は、いったいぜんたいどこがいいんだ?ブラウニーみたいな空前絶後の超天才ジャズ・トランペッターが、短い生涯で持った唯一のレギュラー・コンボがこれだったなんて…。僕は全ジャズ史上で一、二を争う痛恨事だとさえ考えているくらいだ。世のジャズ・ファンでこんな暴言を吐くのは僕だけだろう。

 

 

ブラウニー以外の四人だってむろん悪くはないどころかかなりいいんだ。だけどさぁ、トランペッターがあんな感じでパラパラ吹きまくるもんだから、ギャップが激しいんだよね。僕にはそう聴こえる。唯一対抗できているのがマックス・ローチだけ。だがまあこれはしょうがないことではある。どんなサックス奏者、ピアノ奏者、ベース奏者をチョイスしても、あの1950年代半ばあたりのブラウニーとは比較にすらなりようがないんだから。つまりこれは、天才があまりに突出しているがために起きる宿命的悲劇だ。いろんな時代、いろんな世界に同類の例を見いだせる。

 

 

まあそんなわけで、僕が普段よく聴くブラウニーはこの双頭クインテットではなく、『ウィズ・ストリングス』みたいにただひたすらブラウニーだけが吹いているというものか、そうじゃなければ、アート・ブレイキーの『バードランドの夜』二枚か、その前の、ライオネル・ハンプトン楽団在籍時代の一連のパリ・セッション集全三枚か、または『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』だ。最後のものの「ジ・エンド」分のバック・バンドくらいどうでもいいような腕前のジャズ・メンなら、かえってそのギャップは気にならない。伴奏役に徹しているしね。

 

 

ブラウン・ローチ・クインテットを評価できないという話はそろそろやめておく。このバンドのアルバムで僕のお気に入りである1954年録音の『ブラウン・アンド・ローチ・インコーポレイティッド』の話をしよう。特にA 面がいいね。B 面は、このあとこのバンドにありがちになる?妙に凝りすぎたアレンジがすでに垣間見えるので、やっぱり好きじゃない僕。念のために書いておくと、全七曲のうち CD なら三曲目の「ストンピン・アット・サヴォイ」までが A 面だった。30年以上前から僕は普段 A 面にしか針を下ろさなくなっていた。

 

 

『ブラウン・アンド・ローチ・インコーポレイティッド』の A 面三曲「スウィート・クリフォード」「アイ・ドント・スタンド・ア・ゴースト・オヴ・ア・チャンス・ウィズ・ユー」「ストンピン・アット・サヴォイ」はすべて非常によく知られたスタンダード・チューンだ。え?「スウィート・クリフォード」なんて知らないよ?と思われるだろうが、この曲は「シウィート・ジョージア・ブラウン」のコード進行をそのまま拝借しただけのもの。原曲に Brown という言葉があるものからブラウニーがアダプトして 、Sweet はそのまま残しているっていう。だから聴かなくてもおおよその推測はつくんじゃないかな。

 

 

これら『ブラウン・アンド・ローチ・インコーポレイティッド』の A 面三曲では、のちにこの双頭クインテットのトレード・マーク(?)みたいなものになってしまった、凝った妙ちくりんなアレンジが一切なく、五人がそのままストレートにスタンダードを演奏しているだけだ。ブラウニーみたいな最高の演奏家にはそういうやり方で伸び伸び吹かせてあげるのが一番似合っていて、また実力も発揮しやすいと、僕なんかは思うんだけどなあ。

 

 

『ブラウン・アンド・ローチ・インコーポレイティッド』の A 面三曲は流れもいい。一曲目の「スウィート・クリフォード」が超急速調でドライヴするオープナーで惹きつけて、二曲目の「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」がため息が出るような美しいバラードでウットリし、三曲目の「ストンピン・アット・サヴォイ」が中庸テンポでの心地いいスウィンガーでくつろげる。続けて聴くと本当に楽しいんだよね。

 

 

一曲目「スウィート・クリフォード」は、ごくごく簡単なテーマ、というかこりゃ軽いモチーフだな、それをトランペット&サックス二管でササっと片付けたあと、ハロルド・ランドのテナー・サックス・ソロ。悪くないが直後に出る二番手がブラウニーなもんで。それもあまりにも輝かしく吹きまくるもんで。三番手のリッチー・パウエルのピアノ・ソロもかすんでいる。唯一マックス・ローチのドラムス・ソロは負けてないね。だからさぁ、このクインテットはブラウニーとローチだけにソロを任せたらよかったんじゃないの?(…などとまた放言を…)。

 

 

 

二曲目「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」では、この実に多くの歌手や演奏家が繰返しとりあげている、美しくも哀しく切ないラヴ・ソング(but what's the good of scheming / I know I must be dreaming)を、ブラウニーがやはりひたすら美しく吹き上げる。歌手によるものでは、個人的にはリー・ワイリーのヴァージョンがいちばん好きな僕だけど、インストルメンタル・ヴァージョンならこのブラウニーのもので決まりだ。これ以上のものは存在しない。

 

 

 

どうだ?この丸くて艶やかな音色は?最高じゃないだろうか?しかもブラウニーはただ美しく吹いているだけではない。上で一節ご紹介したような内容の歌ではあるんだけど、そのメロディを吹くブラウニーは音に力があって、「いや、お前、頑張ってもっと妄想しろよ、きっとなんとかなるかもしれないぜ」と励ましてくれているかのような、なんというかちょっとした希望、前向きの肯定感がサウンドに感じられるもんね。特にピアノ・ソロをはさんでの終盤部で、それがかなり強く感じられる吹き上げ方だ。伴奏リズムもそうなっている。僕はそれがあるからこそ、このヴァージョンが大好きなのだ。

 

 

三曲目の「ストンピン・アット・サヴォイ」は、1930年代後半ごろのスウィング・ジャズ全盛期によく演奏された曲で当時は完全なスタンダードだったから、僕みたいな趣味のジャズ・ファンならみんな知っているものだけど、モダン・ジャズ時代になってからはほぼ忘れられたようなもの。だからモダン・ジャズ(・スタイルのもの)しか聴かない人だと、これなに?ってなっちゃうかも。30年代からミドル・テンポで演奏されることが多く、ブラウニー・ヴァージョンもそれを踏襲している。

 

 

 

二管が絡みながらのテーマ演奏後、まずハロルド・ランドのテナー・ソロ、次いでリッチー・パウエルのピアノ・ソロ(の冒頭で「南京豆売り」を引用するあたりも1930年代っぽい)も、この曲ではなかなかいいじゃん。三番手で満を持したかのようにブラウニーが出てくると、そのブリリアントさにやっぱり先の二名はどうでもよくなってしまうけれどね。3:13 〜 3:27 までワン・ブレスで吹くあたりにの見事さには、言葉がないね。これ以外の部分でも歯切れよくスパスパと明快なディクション(は歌手について使う言葉だけど)で、しかも構成も絶妙なフレイジングで組み立てている。

 

 

CD10枚組完全集『ザ・コンプリート・エマーシー・レコーディングズ・オヴ・クリフォード・ブラウン』では、「スウィート・クリフォード」が2テイク、「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」も2テイクあるのに、「ストンピン・アット・サヴォイ」は1テイクしかない。何回かテイクを重ねたが残っていないだけかもしれないが、もしかりにワン・テイク一発録りだったとしたら脱帽だね。世のジャズ・トランぺッターたちよ、絶望するしかないだろう?

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コメント

ねー。。。ぼくも残念なんだ。とくにリッチー・パウエルのピアノがね、残念なんだ。このバンド以外のブラウニーの方が好きだよ。いい曲もたくさんあるからな、編曲も誰かに頼んでもらいたかったな。

でもこのアルバムのA面はかなりいいと思うよ。

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