真夏にピッタリ 涼感音楽クロンチョン (1)
インドネシア音楽のクロンチョン。真夏に聴くのにこれ以上なくピッタリ来るヒンヤリ爽やかな涼感があるんじゃないだろうか。ジャンルそれじたいがほぼ丸ごとそうであるものって、クロンチョンとか、あとハワイのスラック・キー・ギター音楽とか、いろいろあるけれど、今日はクロンチョンの話だけをしたい。
日本で手っ取り早くクロンチョン入門をしようと思ったら、田中勝則さんの編纂・解説でオフィス・サンビーニャから2006年にリリースされた CD『クロンチョン歴史物語』が、いまはいちばんいいものに違いない。以前、中村とうようさんのオーディブックで『クロンチョン入門』が出ていて、その後もやはりオーディブックで『魅惑のクロンチョン 1』『魅惑のクロンチョン 2』と、計三枚あった。しかしオーディブック・シリーズは、いまや入手が難しい。実は僕もあまり持っていない。
だからライス・レーベルで、やはり例えばへティ・クース・エンダンやワルジーナや、また会社変わってディスコロヒアだけどネティとかのアルバムをつくってくれている田中勝則さんの編纂した『クロンチョン歴史物語』が、2017年時点では一番格好のクロンチョン入門盤として万人にオススメできる。ネティとワルジーナだって収録されているもんね。
『クロンチョン歴史物語』にあるネティは三曲。三つのなかでは、やはりアルバム・オープニングの一曲目を飾っている「クロンチョン・モリツコ」こそがネティの最高の名唱でもあり、クロンチョンの代表曲でもあり、またこの音楽をまだご存知でない方に、クロンチョンってどんなものかを分りやすく紹介するのにもうってつけだ。音楽の「分りやすさ」を、音楽の低級さと勘違いしてバカにするリスナーがたまにいるんだけど、真逆なんですよ。
ネティの歌うそのヴァージョンの「クロンチョン・モリツコ」。彼女名義の単独盤『いにしえのクロンチョン』でも同じものが冒頭を飾っている(そっちのほうが音質がいいなあ)それは、残念ながら YouTube などにはないみたいだからご紹介できない。伝統クロンチョンの最重要作品にして最高傑作、さらにネティにとっても最高の名唱に違いない。ご紹介はできないが、素晴らしいことは折り紙つきなので、ぜひ『クロンチョン歴史物語』か、ネティの『いにしえのクロンチョン』を買っていただきたい。できうれば両方を!
言及しているヴァージョンのネティの「クロンチョン・モリツコ」は、おそらく1950年代頭ごろの録音なんだろと推定される。だがクロンチョンという音楽の成立はもっとはるかにずっと時代を遡って、ポルトガル人が植民地支配していた16世紀か17世紀には成立していたのかもしれない。そんなに歴史の長いポピュラー・ミュージックは、世界中探してもないよね。しかもただ伝統的というのではなく、例えば話題にしているネティの「クロンチョン・モリツコ」でも分ることだが、古い時代のクロンチョンの要素を受け継ぎながら、しかも出来上がりは極めてモダンに洗練されている。高度な洗練を極めているからこそ、それが涼感音楽に聴こえる一因なんじゃないかとも思う。
そのネティの「クロンチョン・モリツコ」では、まずフルートの奏でる、やはり涼やかなサウンドで幕開け。この曲の演奏がクロンチョン・バンドの基本編成だ。フルート、ヴァイオリン、ギター、チュック(ウクレレ)、チャック(バンジョー)、チェロ、ウッド・ベース。確かにいかにもポルトガル由来だというような楽器編成だよね。ブラジルのショーロの楽器編成(もポルトガル由来)にも似ている。
僕が強調したいのは、『クロンチョン歴史物語』で聴ける、ネティはじめフロントで歌う歌手たちの素晴らしさもさることながら、伴奏リズムの面白さだ。「クロンチョン・モリツコ」でもそうだしほかの収録曲でもほぼ同じだが、土台を支えるウッド・ベースはかなりシンプルにボン・ボンと、フルートとヴァイオリンはゆったりと大きく長めの音で演奏し、チュックとチャックが細かい音でクロス・ビートを刻む。これらのリズム・パターンの混交が絡まり合って、まるで真夏の大海を進んでいるかのようなウネリを感じさせる。細かくせわしないと同時に大きくゆったり。この2パターンの混じり合った伴奏リズムが、僕にとってのクロンチョン最大のの面白さ。そしてこれも、真夏に聴くと部屋のなかの体感気温を下げてくれるようなヒンヤリ感をもたらしてくれる一つの要因なんじゃないかなあ。と、僕は勝手に推測している。
さて、『クロンチョン歴史物語』でも、まだ一曲目のネティ「クロンチョン・モリツコ」の話しかしていない。まあしかしこの一曲のみにフォーカスすることで、クロンチョンという音楽がどんいうものなのか、ある程度は知ることができるんじゃないかと思うんだよね。実際、この CD アルバム附属ブックレット解説文の田中勝則さんも、この曲での解説が一番長く、詳しく説明していて、かなりの力の入りよう。
『クロンチョン歴史物語』収録の、ほかの一曲一曲に言及するのがもうちょっとあれだけど、例えば二曲目、クロンチョン・オルケス・エウラシアの「クロンチョン・ブターウィ」には、キューバのアバネーラみたいなフィーリングがあって、カリビアン&インドネシアン・ストリング・バンドの演奏みたいで、かなり面白い。
カリビアン〜ラテンっぽいものは、『クロンチョン歴史物語』にほかにも何曲もある。例えば九曲目スルマニ「蘭の花」は、ほぼ完璧なタンゴ・クロンチョンだ。アコーディオンも入ってザクザク刻む。ラテンじゃなくてもハワイアン・スタイルのギターが入るものだってある。アバネーラとかタンゴとかハワイアンとかは世界中に拡散しているので、こっちの方が先に成立していたクロンチョンのなかにだって、ある時期以後はどんどん流入したのは間違いない。
最後に、『クロンチョン歴史物語』には2ヴァージョン収録されている、こっちも名曲クロンチョンである「ブンガワン・ソロ」のことを書いておこう。「クロンチョン・モリツコ」がトラディショナル・クロンチョンの最高傑作なら、グサン・マルトハルトノの書いた「ブンガワン・ソロ」はモダン・クロンチョン最高の名作。アルバムには16曲目にイラーマ・トリオ(歌はヘリジャティ)のヴァージョンが、ラスト24曲目にグサン&ワルジーナのデュオ・ヴァージョンが収録されている。
ピアニスト、ニック・ママヒット率いるイラーマ・トリオについては、以前少し書いた(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/1950-4315.html)。『クロンチョン歴史物語』収録の「ブンガワン・ソロ」でも、ママヒットはいかにもジャズ・ピアニストらしい大胆なコードの使い方、置き換え方で、なんだかぜんぜん違う曲みたいに聴こえる。ヴォーカルの伴奏最中でもありえないようなコードを使うので、ヘリジャティはさぞや歌いにくかったに違いない。そんな緊張感が音から伝わってくる。
アルバム・ラストに収録されている、ワルジーナと作者グサンとのデュオ・ヴァージョンの「ブンガワン・ソロ」(はいきなりこれだけ新しいステレオ録音になるのでやや面食らうが)は感動的。グサンの声はさすがにちょっと衰えているかなとも感じる年輪があるが、ワルジーナがそれを補ってあまりある充実の歌唱を聴かせてくれる。中間部ではこの二名のほのぼのとした会話もあって、気持が和む。伴奏は伝統スタイルのクロンチョンだから、やはり涼やか。
このワルジーナとグサンのデュオによる「ブンガワン・ソロ」は、ワルジーナのアルバム1999年のライス盤『グサンを歌う』に収録されているものが使われている。明日はこのアルバムのことを書こうかな。あ、いや、ネティの『いにしえのクロンチョン』にしようかな。
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