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2017/08/08

レコードや CD を処分しないで

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 17)

音楽好きじゃない方々にはなんの意味があるんだ?と思われるに違いないのだが、まったく面白くない、もう絶対に聴かないという音楽レコードや CD を処分せずにいつまでも持っておくのは、実はあんがい大切なことだったりする。そうしないと食べていけないとか、なにか深刻で特別な理由がない限り、そう簡単に音楽作品を売ったり処分したりなどしないほうがいい。もちろん背に腹はかえられないというようなことがあったりするとは思うけれど。

レコードや CD の処分。 僕の言う「処分」とは、もちろん中古レコード・CD 買取・販売店などに売るという意味であって、ゴミとして「捨てる」などという選択肢はない。そんな神をも恐れぬ超非人間的所業なんかはハナから想定していない。しかしそんなことができるメンタリティの持主がこの世に一定数いるのは事実だけれど。いらなくなったらレコードでも CD でも本でなんでもどんどんゴミに出すという人たちが確かにいる。あなた方、それは文化財ですぞ。穴が空いて履けなくなった靴下をゴミ箱に入れるのとはワケが違うんですぞ。

でも、特に季節の変わり目や引越しシーズンなど、やはり出現するんだよね、Twitter のタイムラインなど僕の見る範囲にも、捨てます、捨てました、というような人たちが出てくる。いくら自分にはもう絶対に不要だからといっても、音楽の好みなんて本当に人さまざまなんだから、捨てるんじゃなく他人の手に渡るようにしてくれないかな。セカンド・ハンドでそれを入手して聴いた人が喜ぶ可能性は十分ある。レコードでも CD でも本でも、中古品であれ、どなたかの幸せにつながれば、それが作品、作家にとっても幸福なんだから。そうなれば最初に買った自分だって嬉しい気持になるんじゃないの?ごくたまにゴミ置場に文庫本なんかが廃棄してあったりなどするのを目撃すると絶望的な気分になって、まるで我身を切られるような痛みを感じるよ。

だからせめて中古買取店に売ってほしいのだ。あるいは一円にもならないが、興味があるという、あるいはなくても、友人などにプレゼントするとかさ、それもありだ。これらが僕の言う レコードや CD の「処分」。そういえば、僕はいらなくなった CD は売らずにどんどんあげてるなあ。売ればちょっとのお金になるのにどうしてしないのかというと、相手がどんな音楽趣味の持主で、どんな喜び方、喜ばなさ方をするか少しは知っている、つまり音楽的「素性」の分っている人のところに行ってほしいという気持があるからなんだよね。

でも僕がどんどん人にプレゼントするのは、例えば1987/88年の初回 CD 化の際に全部買ったビートルズの全アルバムを、2009年のリマスター盤でまたもう一回ぜんぶ買ったから、最初のそれらはプレゼントしたとか、マイルズ・デイヴィスのアルバムでも同様の事情が、しかも繰返しあるとか、あるいは、意図せずまったく同じものをダブって買ってしまい、意味がないからあげるとか(以前記事にしたシェバ・ジャミラ&リベルテのライヴ盤なんか、なぜだか五枚も持っていたが、理由がぜんぜん分らない^^;;、二枚はあげた)、そんな事情のものだけだよ。

一枚しか持っていないのに、面白くなかった、もう聴かないよとなっただけで中古で売った経験は、僕の場合、まだ一度もない。それはしない方がいいという体験をなんどもしているからだ。もう既にみなさんお分りでしょうが、CD を手放すなと僕が主張するのは、自分の音楽の好みや自分のなかでの評価なんてコロコロ変るもんだし、なんど聴いても気づかなかった部分に、何年後かに初めて気づく新鮮な発見があったりするからだ。そんな体験をなんどもなんどもしたから、きっと今後もあるだろうと思う。

勘がよく耳の超えた優れた音楽リスナーのみなさんであればこんなことはないんだろう。数回聴いて「すべて」が分って、それで不要だと判断して処分なさっているんだろうとは思う。僕はそんなリスナーではない。良さ、面白さになかなか気づかない場合だって多い。こんなものツマンナイじゃん、あるいは場合によっては腹が立ったりして、フ〜ン、もう二度と聴くもんか!とかいう気分になるんだけど、しばらく経って気を取りなおしてもう一回聴くと面白かったり素晴らしかったり、ときには激しく感動したりなど。

だからほんの五回や十回程度しか聴いていないものを、即断して処分しないほうがいいと僕は思う。個人的具体例を少しあげておこうかな。例えばチャールズ・ミンガスの『直立猿人』。これの面白さが分るのに、僕は20年くらいかかったもんね。約20年間、一曲目のアルバム・タイトル・ナンバーがまぁ〜ったく面白くなかった。ところがそれがいまでは大の愛聴曲。

またユッスー・ンドゥールの最高傑作と言われる1990年『セット』。これもなんど聴いてもピンと来ず。なんでもない普通のアフロ・ポップじゃないか、次作の『アイズ・オープン』のほうがずっといいなとか、わりと長いあいだ感じていたのが、いまでは完全に逆転している。まぁあの『セット』の素晴らしさになかなか気づかないなんて人間も少ない、というかほぼいないだろうが。

またこれは以前詳しく書いた山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』。これもそもそもオープニングが大の個人的愛聴ソング「ラ・パローマ」であることすら忘れていて、というか気づきすらもしておらず、二曲目以後の印象なんかぜんぜんぼなくて、二、三回聴いてそのまま CD ラックの奥で肥やしになっていたのが、いまではこれ以上に面白い音楽もなかなかないと心の底から信じ、聴くと感動する。
僕みたいなヘボ耳の音楽愛好家にとっては、こんなのはほんの氷山の一角でしかない。ほかにもホ〜ントにたくさんあるわけなんだよね。それでかなり強く痛感しているのが、音楽レコードや CD は処分しないほうがいいということ。いつ、面白く聴えはじめるやら分らないもんね。早いときはその日のうちだが(http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-07-28 、荻原和也さんホンマ、スンマセン)、場合によっては何十年もかかったりする。

ひょっとして僕だけじゃないんじゃないの?だから、音楽レコードや CD を処分しないで。時間を置いてでも、辛抱強く聴き続けて。

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コメント

CDやLPの処分について私も悩みました。
初めての大量処分は自分が結婚するとき、
LP300枚ほどをユニオンで買取してもらい、
二回目は8年ほど前、2000枚以上あったCDや音楽本
を全て処分しました。
子供が大学生や高校生になっても、洋楽を全く聴かないし興味もないのです。
そこで、音源はデジタル化してきれいさっぱりと手元から消えました。
リマスターがでれば何度も買い直し、ブートもサウンドボードというと
買いなおしましたが、結論から言うと聴かない音源は聴かないということ。
買う事、開封する事に満足していたのです。
私は処分することができて良かったなと思っています。

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