マット・デニス、マット・デニスを歌う
マット・デニスの名盤『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』。僕の持っているリイシューCD は、なんというかチープなパッケージングで、プラスティック・ケースに入っているけれど、それが100円ショップなんかでよく売っているような薄いペラッペラのやつで、ジャケットもそれに紙切れ一枚はさんであるだけ。裏ジャケットなんか存在しないもんね。中古で買ったせいか?
そんな入れ物なんかなんだっていいだろう、アフリカ音楽の現地盤 CD なんかもっとひどいのがいっぱいあるだろう、場合によっては CD-R だったりするじゃないか、問題は中身の音楽をちゃんと聴けるかどうかじゃないかと言われそう。僕も普段から自分自身にこれを強く言い聞かせているものの、やっぱりなんか、ちょっと、その〜…。むかしアナログ LP で『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』を聴いていたころは、ちゃんとしたパッケージだったような記憶があるんだけど。
まあいいや。そんなわけで僕の持つ『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』再発 CD は、主役がマット・デニスであることと曲目しか分らないのでネットで調べてみた。アナログ時代に知っていたはずだが、ほかの演奏メンバー(聴こえるのはベースとドラムスだけ)なんかまったく目立たない、というかいてもいなくても同じような演奏なので、主役の名前以外憶えることなど不可能だし、憶える意味もゼロだ。
アルバム収録の全12曲がすべてマット・デニスの自作曲で、ライヴ収録であるような感じに聴こえる(が?)。演奏メンツもヴォーカルとピアノはマット・デニス本人。それ以外はベースがジーン・イングランド、ドラムスがマーク・バーネット、二曲でゲスト参加の女性歌手がヴァージニア・マクシー。録音は1954年(月日は不明)で、ハリウッドにあるザ・タリ・ホーというサパー・クラブで行われた(ということになっている)。
サパー・クラブでの生演奏(?)だというのは、アルバム『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』を聴いていると、まあそうなんだろうなという雰囲気を実感できる。ちょっと恥ずかしい言い方だが、大人の夜を過ごすちょっとオシャレな場所で演唱されるムーディなジャズっぽいポップ・ソングズ。もしカップルだったりすれば、かなりいい雰囲気にひたって、ニッコリ微笑み合って愛をささやく 〜 そんな内容の音楽だよなあ、このマット・デニスのアルバムは。
収録曲はほぼすべてが有名なものばかりなので、曲名だけ書いておけば解説の必要などない。一曲目「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」、三曲目「ザ・ナイト・ウィ・コール・イット・ア・デイ」、五曲目「エンジェル・アイズ」、六曲目「ヴァイオレッツ・フォー・ユア・ファーズ」、七曲目「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」あたりは、なかでも特に超有名スタンダードだよねえ。
それらは本当にいろんな歌手や、ジャズ演奏家がとりあげてやっている。見事な出来栄えのものだってもちろん多い。だから、作者マット・デニス自身の、かなり線が細くまったく頼りなく弱々しく声量も小さく、声じたいにも特別これといった魅力もないヴォーカルと、それとほぼ同じようであるピアノ演奏による自作自演ヴァージョンなんか取るに足らないよ、聴く価値ないぞと判断されても仕方がないものだ。
音楽の楽しみって、でもねえ、いつもそんなハードにブロウするような激しい感じで、実力満点の歌手や演奏家が目一杯実力を発揮していて聴く側の胸に訴えかけてくるようなものばかり聴くというようなことでもないんじゃない?ちょっと前に Facebook フレンドさんの男性が、いつもいつも甘ったるい J-POP ばっかりじゃみんな満足できないんじゃないかなぁと書いていたけれど、同意義のことを内容を逆にして僕は言いたい。いつもいつもシビアでハードなものばかりじゃ、少なくとも僕は嫌になる。
だからときどき『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』みたいな、アルバム全体でたったの33分しかないけれど、ぜんぶなんでもないふつうのラヴ・ソングばっかり(まあ甘ったるい)で、それを頼りなく魅力も薄いヴォーカリスト兼ピアニストが自作自演しているのだって、たまには聴きたいんだよね。同傾向ならリー・ワイリーとかさ。まあリー・ワイリーはしっかりした素晴らしい女性歌手だけど、できあがった録音物がつくりだす雰囲気は共通するものがあるように僕には聴こえる。
『マット・デニス・プレイズ・アンド・シングズ・マット・デニス』からちょっとだけ音源をご紹介しておくので、聴いてみて。まず僕の大好きな一曲目「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」。(こんなことが起きても)それでも僕と一緒にいてくれる?という、その起こる一個一個の具体例が面白い。歌詞のなかにビング・クロスビーとジョニー・レイの名前が出てくるが、その部分でまさに彼らの歌真似をやる。
マット・デニスの書いた曲のなかでは、おそらく最も有名で最も頻繁にとりあげられていそうな五曲目「エンジェル・アイズ」。かなり深刻で残酷きわまりないトーチ・ソング。とりあげる歌手や演奏家も、その失恋のあまりのショックの大きさを強調するような歌い方・演奏の仕方でやっているものが多い。がしかし作者自身の手にかかると、これが不思議と軽い味で、失恋の深刻な落ち込みが薄い。サラッとしていて「僕はべつになんでもないよ〜」とでも言いたげな歌い方なんだよね。たまにはこういう淡白さもいいじゃん。
六曲目の「ヴァイオレッツ・フォー・ユア・ファーズ」(演奏開始前に ”T-72, Take 1”って言ってるのはなに?だれ?) なんかは、この愛を告げる歌 〜 真冬に君のコート(furs ですけどね、いちおう)にスミレの花を着けてと買ってきたんだ、君がコートにスミレを一輪着けたならば、凍える季節にまるでちょっとした春が差し込んだかのようじゃないか 〜 っていうこのラヴ・ソングを、フランク・シナトラみたいにシリアスさたっぷりではなく(言っておきますが、それも好きですから)軽くサラリと流すかのようなフィーリングで歌っているのがなかなか悪くないように思う。だいたいシナトラあたりは(上の「エンジェル・アイズ」でも)ちょっと重い。と感じるときがある。
七曲目の「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」もトーチ・ソングなんだが、これもアッサリ淡白味で、これまたシナトラがやっている(みんなマット・デニスの曲が好きだったんだよね、マイルズ・デイヴィスもやっているのはシナトラのおかげだけど)もののような深刻さがなく、反対にちょっとしたコミカルな味付けすらあるもんね。しかしそのコミカルになる特に中間部のシアトリカルなサウンド・エフェクトみたいなのは、ライヴ収録じゃないよなあ?
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