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2017/08/29

ストーンズのアフロ・オリエンティッド・ポリリズム

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ローリング・ストーンズ1980年リリースのアルバム『エモーショナル・レスキュー』が過小評価されているのは、日本では中村とうようさんが発売直後に褒めたからだという話を、20年ほど前にるーべん(佐野ひろし)さんからうかがったことがある。本当なのかどうかは僕には確かめられないが、とうようさんべた褒め ⇨ 聴かないよ、とうようさん0点 ⇨ 面白そう、みたいになってしまう傾向は理解できないでもない。

 

 

僕の場合、『エモーショナル・レスキュー』にはギリギリ間に合わなかったのだ。以前も書いたが僕の買った初ストーンズが次作1981年の『刺青の男』(Tatoo You)で、買った理由も別にストーンズに興味を持ったとかじゃなくて、これにジャズ・サックスの巨人ソニー・ロリンズが参加しているのだと読んだからだ。ジャズ雑誌なんかでも大きめの記事で扱われた話題だったように記憶している。

 

 

それで買って聴いてみた『刺青の男』は、ロリンズのサックス演奏じたいには別にどうという感想もなく(だってあれくらいなら朝飯前のサックス奏者だから)、それよりも、例えば一曲目「スタート・ミー・アップ」でいきなり鳴りはじめるエレキ・ギター・リフがなんてカッコイイんだ、しかもミック・ジャガーのヴォーカルが出る直前にベースが一瞬跳ねたりするのも面白いなあとか、そんなことでストーンズ好きになってしまったのだった。

 

 

『エモーショナル・レスキュー』にはだから間に合ってなくて、リリース時にとうようさんはじめみなさんがどんな評し方をしていたのか知るわけもない。あとになって買って聴いてみたら、オッ、こりゃ面白いアルバムだぞと思って、いままでずっと聴いていて、20世紀末ごろか21世紀頭ごろかネットの音楽仲間に、ストーンズでは『エモーショナル・レスキュー』が過小評価すぎるんじゃない?と発言してみたら、速攻でるーべんさんが同意してくれたのだった。それで一番上で書いた内容を言われたってわけ。

 

 

僕も間に合っていたらなあ。まあでもストーンズに間に合っていたとしても、1980年だとまだとうようさんにも出会うちょっと前だったが。とうようさんが『エモーショナル・レスキュー』についてどう褒めたのか知りたかった。当時懇意だったるーべんさんにしつこく聞いてみたけれど、もうすでに20年ほども前のことだし詳しいことは忘れちゃったなあと言われて、う〜ん、残念なことだった。まあでもいまとなっては、たぶんこんなことだったんじゃないかとおおよそ想像がつく部分がないわけではない。

 

 

それはアルバム A 面一曲目「ダンス(Pt.1)」のことなんだよね。ひょっとしたら B 面三曲目のアルバム・タイトル曲のこともあったかもしれない。そしてこの二曲こそ、僕にとってアルバム『エモーショナル・レスキュー』が面白いと思う最大の要因なんだよね。A 面ラストの「インディアン・ガール」もマリアッチみたいで面白いが、ストーンズのマリアッチはそんなビックリするようなものじゃない。問題は「ダンス(Pt.1)」と曲「エモーショナル・レスキュー」だ。特に前者。

 

 

「ダンス(Pt.1)」は、結論から先に言うと、ポリリズミック・ディスコ・ダブだ。何種類かのリズム・パターンの異なるグルーヴが並行して混在し(ポリリズム)、ビートの基本的なフィーリングは前作にある「ミス・ユー」(1978年『女たち』)の同種で、しかもレゲエ風な感じと、それ由来のダブ的な音処理が施されている。

 

 

 

お聴きになれば分るように、「ダンス(Pt.1)」の基本的な創りはシンプル。(たぶん)ロニー・ウッドが思いついたたった一個の簡単なワン・リフが、一番最初のおおもとになっている。ロニーとキース・リチャーズは約四分間、延々と種々のギター・リフを弾き続けるだけ。エレベもロニーなので、それはオーヴァー・ダビングだ。チャーリー・ウォッツが跳ねるパターンの、基本はディスコだが、「ミス・ユー」よりもちょっと込み入った複雑な叩き方をしている。その上にミックが歌うでもないしゃべるようなスタイルの、つまりトーストを乗せている。パーカッション群も面白いが、それはマイクル・シュリーヴ(サンタナ・バンド)。ミック以外にもう二人聴こえる男声はキースと、それにくわえマックス・ロメオ(ジャマイカのレゲエ・シンガー)。リズミカルなホーン・リフも入る。

 

 

こんな感じになっているのは、アルバム『エモーショナル・レスキュー』収録曲の録音が、1979年にバハマはナッソーのコンパス・ポイント・スタジオで行われたことと関係あるんだろう。上でご紹介した音源でお分りのように、二本のギター、エレベ、ドラムス、三人のヴォーカル、パーカッション群、ホーン・リフ 〜 これら八個以上が全て同一リズムに一斉に乗っかっているわけではない。それぞれバラバラに、というか複雑に絡み合って、異なったまま同時進行している。すなわちポリリズムだ。

 

 

この「ダンス(Pt.1)」には別ヴァージョンがあって、そっちはもっと興味深い。1981年にリリースされたベスト盤『サッキング・イン・ザ・セヴンティーズ』にしか収録されていないもので、CD だと八曲目。 曲題が「イフ・アイ・ワズ・ア・ダンサー(ダンス Pt.2)」。もっと面白いのはなにがかって、こっちのパート2のほうがダブふうの音処理が大胆だからだ。パート2といっても、いわゆる続編ではなく、同じベーシック・トラックを使って、その上に違うヴォーカルを乗せ、ミックスも変えたりしているんだと思う。そのやり方じたいダブの手法じゃないか。3:50過ぎのミックの声はかなり大胆に加工してあって、しかも抜き気味だ。

 

 

 

(脱線。ストーンズの場合、こういった別ヴァージョンとかシングル・エディットとかシングル B 面曲とか、いまだにちゃんとまとめられていないよね。だから大変に困る場合があるのだが、これはミックかキースが死んでバンドがなくなってしまうまで、ずっとこのままなんだろうか?困るなあ。僕もそうあと30年もは生きてないだろうし、早くいままでリリースしたストーンズの「ぜんぶ」を公式に完全リイシューしてほしい。)

 

 

音を加工したり抜いたりというダブ手法は、パート1のほうでも 3:00 過ぎで聴けた。ミックの声ではなくバンドのサウンド全体から音を抜き、エコー処理も施して、ジャマイカのダブ音楽家がやるようなのと同じようなサウンドを生み出している。ダブをやると同時に、というかダブだからこそポリリズミックなグルーヴを持つ演奏をしている(というか録音後に加工している?)のは納得しやすい。カリブを媒介してアフリカへ視線が向いているってことだよなあ。

 

 

曲「エモーショナル・レスキュー」のほうにも触れておこう。これの基本ビートもディスコ系だけど、この曲だと熱い感じがぜんぜんせず、かなりクールでヒンヤリしたフィーリング。それはたぶんチャーリーのドラミングと、これまたロニーが弾くエレベのパターンと、さらにミックが全編ファルセットで歌うせいか?ボビー・キーズも、このいつもは激熱テキサス・テナーの人が、かなり冷感のある吹き方をしていて面白い。

 

 

 

この曲「エモーショナル・レスキュー」は、2ヴァージョンある「ダンス」ほど鮮明ではないがダブ風にエコーが効いた音処理(特に後半部のミックのヴォーカルに)を施していて、音を抜いたり重ねたりはあまりしていないみたいだけど、1962年デビューの古参ロック・バンドがやったサウンドとは到底思えない(失礼!)、まさに<1980年の音>に仕上がっているじゃないか。2ヴァージョンある「ダンス」とあわせ、ニュー・ウェイヴ・サウンドだ。同時期のトーキング・ヘッズあたりにも似ている。

 

 

中村とうようさんがリリース時にどう書いたのかは僕には確かめられないが(当時とうようさんが書いたと思しき文章をいまでもお持ちの方、ぜひ教えていただけませんか!)、まあたぶん、ひょっとしてこんなようなことだったんじゃないかなあって気がする。ニュー・ウェイヴ的なアフリカ志向のポリリズミック・サウンド。そう考えるとストーンズの『エモーショナル・レスキュー』だって、トーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』ほどにってのは無理だけど、もう少しだけ高く評価され聴かれてもいいんじゃないかなあ。熱心なストーンズ・ファンですらなにも言わないっていう、いまの評価はあまりに低すぎるよ。

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コメント

メインストリートからストーンズずっと愛聴してました。とうようさんの発言思いだせませんが、私は好きなアルバムです。としまさんの考察と近いものと推察します。

ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいです。

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