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2017年9月

2017/09/30

ピシンギーニャ以前の、失われたショーロを求めて

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というと昨2016年に(一部界隈で)話題をさらった、エヴェルソン・モラエスらによるイリニウ・ジ・アルメイダ曲集があるが、そのイリニウですらまだ新しい部類に入っているような古典ショーロを、それも最新録音で蘇らせてくれたショーロ・アルバムがある。それが2000年のビクター盤『ショーロ 1900』。録音は1999年のようで、プロデュースがこれまた田中勝則さん。したがって当然、というべきか演奏のリーダーはエンリッキ・カゼスだ。

バンド名としてエンリッキ・カゼス&グルーポ・ド・ショーロ 1900という名前が記載されているが、もちろんレギュラー・バンドではなく、『ショーロ 1900』のために整えられたメンバーで、パーソネルも曲によってかなり異なっている。エンリッキが演奏しないものだってあるもんね。

イリニウ・ジ・アルメイダが新しい部類に入っているようなと書いたが、だからイリニウの曲はアルバム『ショーロ 1900』に当然ある。それが全13曲中の12曲目「モルセーゴ」で、この曲は上述のエヴェルソン・モラエスらによるイリニウ曲集にも入っている。そっちでの曲名は「アイ、モルセーゴ!」。もちろんエヴェルソンがオフィクレイドでコントラ・ポント(対旋律)を演奏している。そもそもそのアルバムは<失われた管楽器を求めて>みたいなもんで、すなわちイリニウが吹いた低音管楽器オフィクレイドを復活させるみたいな意味合いも強かった。

いっぽうエンリッキらの『ショーロ 1900』にある「モルセーゴ」には、エヴェルソンらのヴァージョンで主旋律を吹いているコルネット奏者がおらず、それを吹くのはフルートのマイオネージ・ダ・フラウタ。コントラ・ポントは、当然オフィクレイドは失われたままの時代だったので(といってもイリニウ自身はこの曲をボンバルディーノで吹いたらしいのだが)、その代わりにバス・クラリネットが使ってあって、同じラインを演奏している。それはルイ・アルヴィンの演奏。この二管をエンリッキ(カヴァキーニョ)&ベト(パーカッション)のカゼス兄弟と、マルセロ・ゴンサルヴィスの七弦ギターが支えている。

そんなイリニウの曲「モルセーゴ」の現代再演。活き活きとした躍動感ではエヴェルソンらのヴァージョンのほうが上だろうが、エンリッキら『ショーロ 1900』ヴァージョンはしっとりと落ち着いたフィーリングもあって、賑やかな調子のこの曲をクラシカルで典雅なものに仕立て上げている。曲中で入る掛け声も、エヴェルソンらのものに比べかなりおとなしい。どっちがいいかは聴き手の好み次第だ。僕はどっちも大好き。

アルバム『ショーロ 1900』では、このイリニウの「モルセーゴ」に続くアルバム・ラスト13曲目がピシンギーニャの書いた曲で、名曲「バラ」と一緒に1917年に彼が生まれて初めて録音した曲「苦しみは自らが引き起こすもの」(Sofres Porque Queres)。これはピシンギーニャのオリジナルどおりブラス・バンド編成で演奏していて、エンリッキは演奏面ではおやすみ。ピシンギーニャが師匠イリニウから引き継いだコントラ・ポントを、ここでもバス・クラリネットが入れている。

『ショーロ 1900』のぜんぶで13曲のうち、ブラス・バンドによる演奏はこれ一曲のみで、ほかはすべて少人数コンボ編成でやっているのだが、12曲目のイリニウ、13曲目のピシンギーニャは、いわばモダン・ショーロの幕開けをアルバム・ラストに置いて、現代録音での再演によるいにしえのショーロ史アルバムを完結させているかのような趣だ。

僕にとっては、アルバムのそれ以前にある11曲のクラシカル・ショーロのほうが面白く聴こえる部分もあるんだよね。イリニウの「モルセーガ」なんか本当にグッとモダンでいいのだが、もっとこう、違う魅力がいにしえのショーロにはあったのかもしれないなあ、ショーロ成立前の古いブラジル音楽から引き継いでいたような部分がけっこう楽しいんじゃないかなあと聴こえるんだよね。

といってもアルバム附属の解説文で田中勝則さんがお書きのように、アルバム題どおり西暦1900年前後のショーロ楽曲ばかりで、録音なんか残っていない時代だし、そもそもどんなかたちで演奏されていたのか「誰も知らない時代の音楽」(p. 4)をイマジネイションで再構築した「でっち上げ」(同)みたいなものなので、100年後の感覚で<失われたショーロを求めて>旅して、なんとか結果を作品にしたようなものなのかもしれない。

がしかし、そのできあがった結果の音楽は大変に魅力的で素晴らしいものなんだよね。イマジネイションが発揮された失われたものの再構築という意味で僕がいちばん面白く感じたのが、アルバム五曲目の「クバニータ」(Cubanita)。シキーニャ・ゴンザーガ(1847-1935)という女性ピアニスト兼作曲家の作品。「クバニータ」はシキーニャのエキゾティックな要素が出た作品のようで、曲名がキューバ娘というスペイン語であるのにも表れているが、カリビアンなアバネーラを取り入れたもの。

といってもシキーニャのばあい、キューバから直接輸入したわけではなく、アバネーラがヨーロッパで流行していたのを耳にして使ったようだ。ヨーロッパでのアバネーラ大流行の直接の第一原因はジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』だが、それだって元を辿るとスペイン人コンポーザー、セバスティアン・イラディエールの「ラ・パローマ」に行き着く。

それで、たぶんプロデューサーだった田中勝則さんにのアイデアだと思うんだけど(あるいはエンリッキの着想かもしれないが)、アルバム『ショーロ 1900』でのシキーニャ・ナンバー「クバニータ」では、後半部から「ラ・パローマ」に移行するんだよね。この二曲のメドレー形式になっている。こ〜りゃ最高に面白いね。エキゾティックなアフロ・カリビアン・ショーロみたいなものは、もっとずっとあとになってピシンギーニャがやったりもしたが、現代的解釈による大胆な再演とはいえ、シキーニャのショーロがこんなふうになるなんて。

そんな「クバニータ」でもパーカッションが実にいい感じでピリリと効くスパイスになっているのだが、ベト・カゼスがアルバム『ショーロ 1900』で果たしている役割は、音楽監督エンリッキよりも、実際の演奏面では上回っているような気がする。控えめだがかなりチャーミングで、しかもたまにオッ!と耳をそばだてるようなものもあったりして、しかもユーモラスというかコケティッシュでもある。

例えばアルバム一曲目のジョアキン・アントニオ・ダ・シルヴァ・カラードの「愛しの花」(Flor Amorosa)。前半はカラード時代のスタイルそのままでやって、楽器編成もフルート+ギター+カヴァキーニョのトリオでクラシカルだが、後半やおらリズムが活発になって、ちょっぴりサンバふうなスタイルに変化する。そうなって以後ベトが入ってくるのだが、クラベスでカン、カンと高くて硬い音を叩いているんだよね。クラーベのパターンではないが、やはりこれもちょっぴりカリブ風味があると僕は思う。

また、アルバム二曲目の「漁師」(O Pescador)。これを書いたシスト・バイーアはカラードよりも前の時代の人で、ショーロではなくモジーニャの音楽家。しかし「漁師」はモジーニャではなくルンドゥーだ。むかしのショーロ演奏家はモジニェイロの伴奏もやることがあったということで、アルバムでとりあげることにしたのかもしれない。フルートが主役の演奏で、伴奏は主に七弦ギターとカヴァキーニョだが、ここでもベト・カゼスがユニークだ。トライアングルを主にやっているみたいだけど、その他のパーカッションも含め田舎っぽい、というと怒られるかもしれないから言い直すと、バイーアっぽいフィーリングをうまく出している。マルセロ・ゴンサルヴィスが弾くギターのリズム感もそうだ。

アルバム四曲目「永遠の想い」(Saudade Eterna)は、ショーロ時代初期のヴァルサ(ワルツ)で、サントス・コエーリョの曲。ここではバンドリン独奏という近い演奏で、いちおうマルセロ・ゴンサルヴィスの七弦ギターが軽く、しかし効果的な伴奏をつけているが、ほぼマルシリオ・ロペスのバンドリン一台がサウダージで泣く(ショラール chorar)。サウダージもサウダージ、本当に哀しく切ないヴァルサ楽曲だ。ヴァルサにして、これもまたショーロ(choro)。

アルバム七曲目「そんな目で見ないで」(Não Me Olhes Assim)と八曲目「リシア」(Ligia)というアナクレット・ジ・メディロスの曲もいい。アナクレットも、イリニウやピシンギーニャ以前のいにしえのショーロ界では最重要人物の一人だ。ここでは二曲とも、かなりユニークな編成とアレンジの管楽器アンサンブルで聴かせてくれている。これはどうやらエンリッキのアイデアだったんそうだ。エンリッキはブラス・バンドの世界にも通じていて、そんなアルバムも一枚あるんだもんね。

2017/09/29

マイルズ+ギルの「バラクーダ」

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マイルズ・デイヴィスとギル・エヴァンスとのコラボレイション作品。1962年録音63年リリースの『クワイエット・ナイツ』についてだけ、まだまったく一言も書いていないが、別に嫌いだとかいうわけではない。確かに高く評価することは難しそうな気がするが、あんがい悪いもんじゃないように思う。マイルズもギルも自身では、「あれはリリースされるべきではなかったもの」だと発言しているし、そう発言する根拠となる経緯も知られているが、リスナー側としてはね、また違う気分もあるんだ。

だから折を見て『クワイエット・ナイツ』についても書こうと思っているのだが、このアルバムの現行 CD の末尾にボーナス・トラックが一個入っている。曲題は「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。もちろん『クワイエット・ナイツ』の録音セッションにそんなアウトテイクはない。「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は1963年10月9、10日録音で、これはそもそも当時リリースされる予定はなかったもの。なぜならばこれは脚本家ピーター・バーンズの書いた同名劇の生ステージで使われるものとして録音されただけのものだからだ。中山康樹さんは「ミュージカル」だと書いているが(『マイルスを聴け!』)、それはちょっとどうなんだろう?

ピーター・バーンズの『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』は、サン・フランシスコのカラン・シアターで1963年10月21日に開幕し、同11月23日にロス・アンジェルスのハンティントン・ハートフォードで閉幕した。のちに名を成すピーター・バーンズだが、この63年『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』のときはまだまだ、っていうかそもそもこれはバーンズの処女作なんじゃないのかなあ?

それで、音楽を依頼されたマイルズとギルは、舞台開幕の約10日ほど前にハリウッドで、トラック「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」(と現在呼ばれているもの)を録音したってわけ。ただ問題はこの現在聴けるものが、そもそもピーター・バーンズの生舞台演劇で使用されたかどうかが分らないってことなんだよね。いくら調べても使われたような痕跡が、というか証拠が出てこない。録画録音されたわけでもなさそうだから文字で書かれた伝聞みたいなものしかないんだけど、どうも使われなかった可能性があるかもしれないような気がする。

そのあたりのちゃんとしたことは分らない。曲、というか複数のピースが連続した1トラックである、マイルズ&ギルの「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のほうはコロンビアがちゃんと録音したので(そりゃ演劇生舞台で使おうとしたんだから、生演奏しない限りは録音しなくちゃね)、現在僕たちも聴けるってわけ。『クワイエット・ナイツ』の現行 CD 末尾に追加されているのは、録音時期が近いという理由だけだったんだろう。

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」の初リリースは、ある時期の『クワイエット・ナイツ』CD リイシューではない。1996年発売のマイルズ+ギルのボックス『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』六枚組の四枚目に収録されたのが初出。マイルズとギルのコラボで「バラクーダなんちゃら」とか、なんかそんなもんがあるらしいぞという噂だけは僕も前から読んでいたものの、音源を聴いたのはこのときが初めて。

マイルズ&ギル関連で噂だけ読んでいたといえば、噂ではなく本人の明白な発言なんだけど、1975年来日時のインタヴューで(インタヴューワーは児山紀芳さん)マイルズは、「ギルとは1968年にやったのが最後だけど」「あの時は…(中略)従来の形にとらわれないでね…(中略)ハープやマンドリンまで使った」と明言していた。児山さんが「マンドリンですって!」と驚いたような反応を見せるとマイルズは、「キミはストラヴィンスキーの『春の祭典』を聴いたことがないのかい」と言っていた。

だから『アガルタ』日本盤 LP のライナーノーツに掲載されたそのインタヴューを読んだ僕たち日本のマイルズ・ファンは、そのときから1968年録音でなにかがあるんだよなと知ってはいたのだが、こっちも実際の音源がなかなか聴けるようにならず。そしてその68年録音のマイルズ+ギルは、やはりこれも1996年の『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』の四枚目に収録された。その68年2月16日録音の「フォーリング・ウォーター」4テイクが、ギルのアレンジするオーケストラとマイルズとのラスト共演録音だ。

1968年録音「フォーリング・ウォーター」の話をする余裕は今日はないと思う。ここでも『マイルスを聴け!』の中山さんと意見が違うのだが、僕の耳には(中山さんが完成品に近いと言う)「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」よりも、(中山さんが実験品にすぎないと言う)「フォーリング・ウォーター」のほうが面白く響くんだよね。

ちょっとだけ書いておくと、「フォーリング・ウォーター」を録音した68年2月のマイルズは、ちょうど未発表だった「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」といったカリビアン路線作品も録音し終え、(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』を経て)、68年5月からの『キリマンジャロの娘』収録曲に手をつけはじめていた時期なんだよね。『キリマンジャロの娘』にギルが(まったくノー・クレジットとはいえ)かなり貢献している、和声面その他で大きなアドヴァイスをしているのだという事実は、今2017年8月末に出版されたばかりの村井康司さんの新著『あなたの聴き方を変えるジャズ史』でもはっきりと指摘されている(p. 214)。僕はアルバム丸ごとマイルズとギルのタッグ作品と言いたいくらいだ。

アフロ・カリビアンなリズム・セクションの上に、ヨーロッパ白人クラシック音楽のサウンドが乗っかり合体したみたいな「フォーリング・ウォーター」 の話は今日はよしておこう。録音時期も楽器編成もかなり違う「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のことだけだ。この1963年10月録音作品、まず音源をご紹介しておく。

お聴きになれば分るように、約13分間のこのトラックは、10個の短いフラグメンツを並べたもので、構成は以下。

パート1 (0:00〜
パート2 (1:38〜
パート3 (2:01〜
パート4 (5:22〜
パート5 (5:43〜
パート6 (6:12〜
パート7 (6:57〜
パート8 (10:03〜
パート9 (11:02〜
パート10 (12:13〜

各パートはスッと音が小さくなっていったん終了するので、終りと次のパートの切れ目は分りやすい。もちろんこんなふうに連続演奏してそのまま録音したんじゃなく、おそらくハリウッドのスタジオ現場では一個一個バラバラに演奏したんだろう。しかも個々がもう少し長めだったのかもしれない。録音後の編集でこうなっているんじゃないかなあ。いや、あるいは連続演奏して、それをそのまま録音しただけという可能性は捨てきれないように、音を聴くと思う部分もある。

しかもギル・エヴァンス作品のファンの方であれば、アッとすぐに気がつくはず。そう、この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は、ギルのアルバムではお馴染の「ジェネラル・アセンブリー」と「ホテル・ミー」(aka「ジェリー・ロールズ」)が本体になっているだけのものだ。

僕の書いた上記パーツ記述だと、パート3とパート4が「ジェネラル・アセンブリー」。パート7が「ホテル・ミー」(っていうか、僕は「ジェリー・ロールズ」題記載のアルバムで知ったものだから、そっちの曲題のほうに思い入れがあるけれど)。それ以外は時間も短いし、約13分間の全体で見れば前奏、間奏、終奏みたいなもんだよね。

この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。1963年10月録音ということで、5月にすでに発足済のニュー・クインテットから、テナー・サックスのジョージ・コールマンだけ外し、リズム・セクションの三人、すなわちハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズが参加して演奏している。ロンとトニーはさほど大きく目立たないが、例えばパート1部でのハービーのピアノなんかは、クラシカルかつリリカルでいいんじゃないだろうか。

「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部では、しかしトニーのドラミングもなかなかいいね。リズムが活発な曲想だしさ。とはいえ、翌64年以後のライヴでのトニーの鬼神と化したような超絶ぶりを知っているだけに、まだまだこれくらいのものでトニーらしいとは僕には言えない。「ホテル・ミー」部は、別名「ジェリー・ロールズ」であるのでも分るように、かなり泥臭くブルージーな曲想。ギル自身のバンドでの演奏はもっとそれが強調されているんだよね。マイルズはまだおとなしいんだ。

またギル自身のビッグ・バンド演奏での「ホテル・ミー」(ジェリー・ロールズ)と比較すると、「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」パート7でマイルズがトランペットで吹くラインは、まったくインプロヴィゼイションではない。あらかじめギルが譜面化してあったものだ。あ、いや、待てよ、この1963年10月録音がギルにとっても初演のはずなので、そこでマイルズがアド・リブで吹いたそれを採譜して、その後ギル自身のバンドでそれをそのまま転用したんだろうか?

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部以外は、4ビートのストレート・ジャズなパート9を除き、だいたいはかなりクラシカルな西洋音楽ふうのものに近いように聴こえる。前々から僕も繰返しているが、マイルズにはそんな音楽志向がかなりある。そんな志向をビッグ・アンサンブル化できる人物であるギルのアレンジを使って、なかなか美しくチャーミングに聴こえる部分もあるよね。マイルズのトランペットもそうだが、なによりギル・アレンジの柔らかい複数木管アンサンブルが美しく響く。

2017/09/28

カァ〜ッコイイ〜!〜 ザッパのインストルメンタル・ロック

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1969年夏録音のアメリカ音楽としては、マイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』と並ぶ傑作であろうフランク・ザッパの『ホット・ラッツ』。いや、見方によっては『ホット・ラッツ』のほうが上になるかもなあ。少なくともここ最近の僕の気分で選ぶと、マイルズのそれよりザッパのこれがいい。熱心なマイルズ狂である僕にしてこう言いたいほど、ザッパの『ホット・ラッツ』は素晴らしい。

さほどザッパにご執心だとも言えない僕なので、やはりこれにかんしても事実関係の詳しいことは知らないんだけど、レギュラー・バンドであるマザーズ・オヴ・インヴェンションからいったん離れて、ということなのかどうなのか?、フランク・ザッパ単独名義のソロ・アルバムとしては初の?一枚である『ホット・ラッツ』。確かにそれ以前のマザーズ名義作品で聴けた音楽とはかなり違う。

『ホット・ラッツ』全六曲のうち五曲までがインストルメンタル演奏オンリーでヴォーカルなし。だからマザーズ作品で実に頻繁に聴けるサティリカルなヴォーカルのやりとりも当然ない。ムジーク・コンクレートみたいな部分や、その他実験的前衛音楽なものもなく、大胆に編集しまくっているような部分だって少ない。

言ってみればふつうに楽器演奏をやっている『ホット・ラッツ』。だからとても分りやすい一枚なんだよね。フランク・ザッパをまだ聴いたことがぜんぜんないという方々、なかでも特にジャズっぽいような楽器即興演奏ものがお好きなみなさんには、『ホット・ラッツ』こそ格好のオススメ盤になると思うんだよね。ヴォーカル・ミュージックこそが好きだというファンのみなさんにとってはイマイチかもしれない。

じゃあそのヴォーカル入りの一曲から先に話をしておこう。『ホット・ラッツ』二曲目の「ウィリー・ザ・ピンプ」。アルバム中この曲でだけ、ザッパの親友キャプテン・ビーフハートが歌っている。1969年の夏録音だから、ビーフハートもすでにお馴染のあの塩辛いダミ声ヴォーカルが完成しているのだが、しかしこの曲でのヴォーカルはそんなどうってことないように思う。
お聴きになれば分るように、まずヴァイオリンが出るが、それがシュガー・ケイン・ハリス。しかしヴァイオリンもヴォーカルもどこかへすっ飛んでいってしまうもの 〜 それがザッパ本人の弾くエレキ・ギター・ソロだ。圧巻の一言。永遠に終わらないかと思うようなめくるめくギター・ソロで、しかも凄く上手い。通常のコンヴェンショナルな弾き方がなく、この人のギター演奏はいつもそうなんだけど、どこでどうしてこんなフレイジングになるのか分らないようなものなんだよね。ギターって手癖が出やすい楽器なんだけど、それがこの「ウィリー・ザ・ピンプ」でもぜんぜんないもんね。こんなギター、ふつう弾けないんだ。

そう、この曲だけでなくアルバム『ホット・ラッツ』は、ある意味、ザッパのギター・ヴァーチュオーゾぶりを楽しむための一枚でもある。ただ長い時間ジャムっているだけのように聴く方がいらっしゃるかもしれないが、とんでもない!緊張感がまったく途切れないし、アッと言わせるプレイの連続で聴き飽きない。



アルバム中いちばん長尺(16:57)の、CD だと五曲目の「ザ・ガンボ・ヴァリエイションズ」。曲の半分はイアン・アンダーウッドのホンクなテナー・サックス・ブロウを大々的にフィーチャーしたものだが、後半は(シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリン・ソロに続き)やはりザッパのギター・ソロがある。う〜ん、やっぱりちょっとジャムっぽい?しかしこれ、どうしてウッド・ベースを使っているんだろう?
マザーズ時代からのメンバーであるイアン・アンダーウッドは、『ホット・ラッツ』でも八面六臂の活躍ぶりで、このアルバムは、事実上、ザッパとイアンとのコラボレイション作品と呼んでもいいほどなんだよね。複数の木管楽器と複数の鍵盤楽器を担当し多重録音したり、ときに同時演奏!したり。またイアンは音楽大学出身で譜面読解能力が高いので、その意味でもザッパの音楽を表現するのには向いている。「ザ・ガンボ・ヴァリエイションズ」でのザッパのギター・ソロは、しかしたったの四分程度しかないなあ。ギターでやっていると思って聴くと、内容的にはやはり異常で変態的。

三曲目の「サン・オヴ・ミスター・グリーン・ ジーンズ」は、前作『アンクル・ミート』にあった曲の再解釈でインストルメンタル・ヴァージョン。これはかなりジャジーだ。ジャズ・ロックと呼んで差し支えないかも。ここでもソロ一番手はザッパのギター…、かと思いきやイアン・アンダーウッドの複数鍵盤と複数木管がかぶさる。しかしやはりあいまあいまを縫ってザッパがギターを弾く部分はアンコンヴェショナルだ。う〜ん、でもこれはいわゆるソロっぽくはない。全体がかなり緻密にアレンジされていて(特に管楽器群の入り方が)、相当入り組んでいる。それでも後半はギター弾きまくりソロに近い。凄いなあ、これも。だれか、こんなギターの弾き方ができた人物、ほかに知っていたら教えてほしい。
CD なら四曲目の「リトル・アンブレラズ」は、これまたイアン・アンダーウッドのショウケース。彼の弾くアクースティック・ピアノをフィーチャーし、さらにその背後でやはりイアンが弾くほかの鍵盤と木管多重録音でアンサンブルを形成。木管アンサンブルで奏でるメロディは美しい。もちろんそれはイアンではなくザッパの譜面だ。綺麗だなあと思っていると、あっという間に終ってしまう。アルバム一曲目「ピーチズ・エン・レガリア」と同趣向のものだと言える。ギター・ソロはなし。
CD アルバム六曲目「イット・マスト・ビー・ア・キャメル」でだけ、ヴァイオリンがジャン・リュック・ポンティ。テーマ・メロディの上下飛躍ぶりがまるでラクダの背中みたいだいうことなんだろうか?曲の演奏全体も、やや現代音楽風に近いというか、クラシカルな管弦楽作品を書くときのザッパの筆に似ている。イアン・アンダーウッドの弾く鍵盤はシンセサイザーだろうか?そんなサウンドに聴こえるけれど、違うかもしれない。終盤残り約二分程度となったところで、ようやく御大ザッパのギター登場、と思うと、ちょろっと鳴っただけですぐにドラムスとアンサブルになる。これも小品だよなあ。
小品といえば、でようやく『ホット・ラッツ』オープニングの「ピーチズ・エン・レガリア」の話。こ〜れが!カッコイイのなんのって!僕個人の趣味嗜好だけで言わせてもらえるならば、ザッパの全楽曲中、これ(か、あるいは「インカ・ローズ」かのどっちか)が一番の大好物。そしてどうやらそれは僕だけじゃないみたいだ。そ〜りゃそうだよね、だ〜ってカッコよくて可愛くてチャーミングで、メロディも素晴らしいしね。ザッパはギターではなくオクターヴ・ベースというものを弾いているらしいが、それはなんだろう?ギターのそのままオクターヴ下の六弦ベースってこと?しかしそんなような音も聴こえない気がする。やはりイアン・アンダーウッドが、木管に鍵盤にと大活躍。
ドラムスのスネア連打ではじまるのもカッコイイこの「ピーチズ・エン・レガリア」。しかしこれたったの3分39秒しかないんだぜ。スッとフェイド・アウトして終ってしまう。こんなに楽しくて美しい音楽なら永遠に聴いていたいのに。だから僕はよく iTunes で一曲のみのリピート再生設定にして、繰返しこの「ピーチズ・エン・レガリア」ばかり聴くこともある。それくらいの大好物なんだよね。

2017/09/27

サッチモのディズニー・ソングズ

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ルイ・アームストロングのことが好きな人たちでも熱心に愛好を表現することが滅多にない1960年代後半以後のサッチモ。だからお堅いマジメなジャズ・リスナーは、だれ一人としてあのあたりの作品のことなんか、意識の片隅にすらもないはずだ。けれども僕はかなり好きなんだよね。以前は最晩年の一枚『ルイ・アームストング・アンド・ヒズ・フレンズ』(1970)のことについて書いた。
これ以外にも楽しくて美しい音楽を、1960年代後半以後だってサッチモはやっていた。もちろん音楽はゲージツであるというお考えのみなさんには絶対に好かれることのないものばかりだけど、音楽はポップ・エンターテイメントであるというお考えの方々であれば、きっと気に入っていただけるはず。サッチモって生まれてから死ぬまでやっている音楽の本質は変わらなかった人だから、なにも1920年代のものばかり聴くことはないじゃないか。あ、20〜30年代録音については、以前四日連続で詳述した。
まだまだ書いていないことが多い時代なんだけど、これら四つでいったんは僕の気持も落ち着いているので、今日はまた1960年代後半のアルバムから一つ、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の話をしたい。タイトルどおりディズニー映画で使われた曲をサッチモがやったもので、レコード・リリースは1968年。そしてこのアルバムの録音が、トランぺッターとしてのサッチモは生涯ラストになった。

ウォルト・ディズニーは、エンターテイナー音楽家としてのサッチモを非常に高く買っていて、もちろんそれは、僕を含むディズニー世界のファンのみなさんであれば、誰だって納得できるはずだ。ほんの一例をあげれば、日本にだってあるディズニーランド内で生バンドが演奏している音楽を現場でお聴きになったことがあるだろうか?ディズニーなんて…子供のお遊びだろ…、と<音楽=ゲージツ>派のみなさんはおっしゃるけれど、バカにしたもんじゃないんだよね。1937年の映画『白雪姫』が第一号だったディズニー関連作品こそアメリカン・エンターテイメントそのもので、それはすなわちサッチモが生きた世界だ。

だからウォルト・ディズニーがサッチモに、ディズニー・ソングをやってくれないか、アルバムでも創ってくれないかと依頼するのは至極当然の成り行きだ。まず最初は1966年にプライヴェイトで声をかけてプロジェクトが開始しようとしたらしいが、このときは実現せず。そのまま同年12月にウォルトが亡くなってしまい、<サッチモ、ディズニーを歌う>の発案者にしてディズニー世界の総帥に作品を届けることは叶わなかった。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録曲は、約二年後の1968年2月にニュー・ヨークで録音を開始。ハリウッドで、というのは5月録音のことなので、Wikipedia その他各種情報は少しだけ不正確だ。2月27日のニュー・ヨークで三曲録音したのち、5月16、17日のハリウッドで八曲を録音し、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録の全10曲が完成した。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の収録全10曲と、それらのディズニー映画での初出を以下に書いておく。すべて日本語題で。だってディズニー世界は映画も歌も、日本を含む世界中でローカライズされて楽しまれているからだ。以前も触れたように、今2017年リリースのヒバ・タワジ(レバノン)の新作二枚組のラストにだって一曲あるしね。ただし括弧内の数字はアメリカでの作品公開年。

1「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」(『南部の唄』1946)
2「地面より10フィート」(『ファミリー・バンド』1968)
3「ハイ・ホー」(『白雪姫』1937)
4「口笛ふいて働こう」(『白雪姫』)
5「チム・チム・チェリー」(『メリー・ポピンズ』1964)
6「ビビディ・バビディ・ブー」(『シンデレラ』1950)
7「バウト・タイム」(『ファミリー・バンド』)
8「デビー・クロケットの唄」(『ディズニーランド』1954)
9「ザ・ベアー・ネセシティ」(『ジャングル・ブック』1967)
10「星に願いを」(『ピノキオ』1940)

これでたった計32分間のアルバム。短いよねえ。ディズニー・ソングってほかにもいいものがいっぱいあるんだけど、1968年リリースの LP レコードだからこんな尺なんだろうなあ。二月のニュー・ヨーク録音三曲「バウト・タイム」「ザ・ベア・ネセシティ」「地面より10フィート」と、それら以外のハリウッド録音七曲とでは、サウンドがかなり違う。二月録音はクラーク・テリーらを含むジャズ・バンドの演奏。全員の演奏パーソネルも判明している。

それに対し二日で七曲を録音した五月のハリウッド録音では、サッチモのヴォーカルとトランペットだということ以外は、管弦楽オーケストラと、ジャズふうのリズム・セクションと、男女入り混じってのバック・コーラス(はけっこうな大編成に聴こえる)が参加しているということしか分っておらず、それだって音を聴いて僕が判断しているだけで、どこにもまったく記載はない。当然パーソネルなんか分りようもない。

がしかしそれで十分なんじゃないかなあ。だいたいジャズ・バンド演奏である二月のニュー・ヨーク録音三曲でだって、ヴォーカルでも楽器でもサッチモしかソロは取らない。五月のハリウッド録音七曲だと、伴奏の全員がサッチモのサポートに徹していて、目立つサウンドはこれぽっちもない。バンド編成がかなり違う二月のものと五月のものをアルバムでは混ぜて並べてあるのに、どこにも違和感がない。

違和感がないのはサッチモの存在感というものがなせる技だろうなあ。ディズニーで使われた曲そのもののが持つポップさ、分りやすさ、楽しさ、美しさを、サッチモはただひたすらストレートに歌い演奏しているだけなんだけど、だから曲そのものの良さが立ち上がってくると同時に、それをそのまま伝えてくれる演唱家サッチモの持つ真の技巧や、ジャズ・マン、いや、ポップ・マンとしてのレヴェルの高さも際立っている。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の全10曲。いちばん素晴らしいなと聴くたびに感動するのは、5曲目の「チム・チム・チェリー」、6曲目「ビビディ・バビディ・ブー」、そしてラスト10曲目の「星に願いを」。「ビビディ・バビディ・ブー」は、ご存知のように楽しく愉快な曲なので、サッチモも賑やかでワイワイやっていると感じて、僕の気分もウキウキ。
「チム・チム・チェリー」と「星に願いを」は本当に美しい。前者はアルバム中いちばん長い六分以上あるもの。マイナー・キーの悲哀感の漂うメロディと曲調だが、歌詞内容は前向きなもの。サッチモのあの声でこれを歌われると美しさが沁みて、泣きそうになっちゃうんだよね。ずっと伴奏が入れている短いフレーズの反復も効果大。
アルバム・ラストの「星に願いを」。キューバ人音楽家エルネスト・レクオーナの「シボネイ」を知るまでずっと長年、この曲こそ僕の最愛好ポップ・ソングだったことは繰り返さなくてもいいんだろう。そしてサッチモが歌いトランペットを吹く、この『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』ヴァージョンの「星に願いを」こそ、僕にとっては最高、至高の「星に願いを」だった。だったと過去形で言わなくたって、いまでもこの曲のいちばん美しい解釈だと、僕は心の底から信じている。

2017/09/26

スキップ・ジェイムズの明るいピアノ・ブルーズ

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ミシシッピ・ブルーズ・マン、スキップ・ジェイムズ。楽器はギターのイメージしかないかもしれないが、ピアノで弾き語るものだってある。といっても、ギターでやったものとぜんぶあわせても、例によっての1960年代フォーク・ブルーズ・ブームの最中に熱心なブルーズ愛好家の手で64年に再発見されて以後のものを除く戦前録音だと、たったの18曲、すなわち SP レコード九枚しかないんだけどね。

それら九枚はすべて1931年のパラマウント盤。たった18曲だし、版権も切れているしで、いろんなレーベルが出していそうだけど、僕が持っているのは1994年の米 Yazoo 盤だけ。しかし表ジャケットにどうしてだか「1930」の文字が見える。18曲すべて1931年のレコードのはずだけど、ひょっとして録音は30年に行われたものだったりするのだろうか?どなたかご存知の方、教えてください。ヤズー盤にはなにも書いてないです。

さて、1931年の18曲のなかには、書いたようにギター・ブルーズだけでなくピアノを弾いて歌う録音もあるスキップ・ジェイムズ。ギターのほうは特に教わらなくても素人なりになんとか弾けるようになる楽器だけど、ピアノはおそらくそうでもない面があるんだろうから、スキップ・ジェイムズもそれなりに教育は受けた人物だったんじゃないんだろうか?なんだかアメリカ南部の黒人カントリー・ブルーズ・マンは、みんな貧困で無教養だみたいなイメージを、僕だってふだん持ってしまっているが、そんなこともないんだろうね。

スキップ・ジェイムズのばあい、主にギターで弾き語るブルーズには、本当に暗くて不幸せで悲しみに満ちていてつらそうなものが多いので、やはり貧困と無知と苦悩にあえいでいたのかという印象が、ただ録音物を聴いているだけだとしてしまうんだけど、あんがいそうでもなかったんじゃないかなあ。実際、1931年の18曲のなかには、やや明るくて跳ねているようなものだってある。特にピアノで弾き語るものに暗いものは一曲もない。

だいたいさぁ、スキップ・ジェイムズのやったもののなかでいちばん有名なのは「アイム・ソー・グラッド」じゃないか。英ロック・バンド、クリームがとりあげてスタジオでもライヴでも演奏し、どっちも公式発売されている。そのおかげでこの「アイム・ソー・グラッド」がかなり知られることとなった。これはピアノではなくギター弾き語りだけど、これは曲題でも分るようにまったく暗くない。ギターのパターンも、かなり細かく弾きこなしながら喜ぶようにジャンプしている。これはブルーズというよりラグライム・ナンバーだね。
スキップ・ジェイムズ = ギター&暗いというイメージは、たぶん「デヴル・ガット・マイ・ウーマン」だけでできあがっているものなんじゃないかと思う。1931年の18曲ぜんぶをじっくり聴きかえすと、この曲がいちばん悲しそうで暗く、ピッチの高い声で泣いているかのように歌い、ギターもフィンガー・ピッキング(はこの人のばあい、いつもけっこう入り組んでいる)で後ろ後ろへと引きずるようなフレーズを弾き、まるで消えた女のことを振り返ってばかりいるみたいだ。
それにしてもこの YouTube 音源のタイトルも「デルタ・ブルーズ・ギター・レジェンド」 の文字が見えるが、だいたいスキップ・ジェイムズは(同じミシシッピ州とはいえ)デルタ地帯とは、地理的にも音楽スタイル的にも、あまり関係なさそうだ。もちろんデルタ地帯を旅して歌うことくらいはあっただろうけれど、同州ベントニア生まれで、1931年の18曲だと、デルタ・スタイルのブルーズはどこにも聴けないもんねえ。

同州の後輩で、スキップ・ジェイムズからの影響もはっきりしている新世代ブルーズ・マンのロバート・ジョンスンなんかも、やはり典型的なデルタ・ブルーズ・マンではなく、彼のばあいは、リロイ・カー的シティ・ブルーズのスタイルと、さらにブギ・ウギ・パターンの影響が濃いのだが、それでもまだ典型的デルタ・スタイルのブルーズも少しは録音している。これがスキップ・ジェイムズとなると、ただの一曲もない。

リロイ・カーの名前を出したついでに書いておくと、カーの影響はスキップ・ジェイムズにも聴ける。スキップ・ジェイムズの1931年の18曲のうち、ピアノでやっているのが5曲あるので列挙すると、「リトル・カウ・アンド・カーフ・イズ・ゴナ・ダイ・ブルーズ」「ハウ・ロング・”バック”」「22-20・ブルーズ」「イフ・ユー・ハヴント・エニイ・ヘイ・ゲット・オン・ダウン・ザ・ロード」「ワット・アム・アイ・ドゥー」。

これら五つのうち、「22-20・ブルーズ」はロバート・ジョンスンへの直接のつながりが一番見えやすいだとか、「ワット・アム・アイ・ドゥー」は、そもそもピアノなのかギターなのかの判別すら一瞬迷うかもと思うほど(本当です、疑う方は聴いてみて)録音状態が悪く、これの A 面だった「ドランクン・スプリー」はそんなことないのに不思議だなあ、本当に1931年なのかと思っちゃうくらいなんだけど、そんなことはこの際、あまり関係がない。

大事なのはピアノでブルーズを弾き語るときのスキップ・ジェイムズは、間違いなくリロイ・カー・フォロワーだということだ。例えば「22-20・ブルーズ」に例をとると、出だしや中間部(っていうか、ギターでもそうだけど、歌のワン・フレーズが終わりかけるたびに楽器で弾く) において三連でダダダ、ダダダとやるのは、リロイ・カー・スタイルだ。これじゃないほかのピアノ弾き語りでも、一曲のほぼ全体にわたり、カー・スタイルを模倣したピアノをスキップ・ジェイムズは弾いている。
スキップ・ジェイムズにおいてリロイ・カーからの影響が最も鮮明なのは「ハウ・ロング・”バック”」。曲題だけで察しがつくように、これはリロイ・カーのデビュー録音にしてメガ・ヒット・ チューンになり、アメリカ音楽界に多大なる影響を与えた1928年の「ハウ・ロング・ハウ・ロング・ブルーズ」の焼き直しなんだよね。ピアノの弾き方なんかは、それでもスキップ・ジェイムズふうに工夫してあるけれど、やはりかなり似ている。
この「ハウ・ロング・”バック”」はかなり面白いよね。ピアノでスタッカートを弾きながら、ちょっと進んでは立ち止まりを繰返している。だからまるでリズムが突っかかっているみたいに聴こえる。リロイ・カーの「ハウ・ロング」にあったなめらかな流麗さがない。あれはブルーズに多いトレイン・ピース(鉄道ソング)でもあったので、カーのあんなリズムは列車の動きを表現したような部分があったかもしれない。スキップ・ジェイムズの「ハウ・ロング」ではそれが完全に消え失せている。まるでヨボヨボ歩くか、あるいはオンボロ馬車に揺られているかなにかの動きみたいに聴こえる。

スキップ・ジェイムズについて書いて、ギター&ヴォーカルのスタイルと、悲しげに泣いているような暗さについては、ほぼなにも触れていない文章ができあがってしまった。だがしかしそういった部分はみなさんがどんどんお書きになっていて、ネットで少し検索してみただけでもどんどん見つかる。スキップ・ジェイムズのピアノ・スタイルについて言及してある文章は見つけられなかったからさぁ。

2017/09/25

僕のシャーリーナ!

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1996年と死後のリリースになったが、フランク・ザッパの生前に完成していたプロジェクトらしい『ザ・ロスト・エピソーズ』。僕はそんな大したザッパ愛好家じゃないので、詳しいことはぜんぜん知らないし、事実関係については実を言うとあまり興味も湧かない。作品化された「音」にだけ関心がある。ただ CD アルバムになったものを聴いて、これは楽しい、美しい、面白いんじゃないかということだけ、今日も少し書いておこう。『ザ・ロスト・エピソーズ』、スタジオ・アウトテイク集らしいが、しかし、かなりの録音癖だな、ザッパ。

『ザ・ロスト・エピソーズ』で最初に僕がオッとなるのは2トラック目の「ロスト・イン・ア・ワープール」だ。これは1958年か59年の録音らしく、曲はザッパが歌詞はドン・ヴァン・ヴリート(キャプテン・ビーフハート)が書いて、それぞれギターとヴォーカルを担当。フランクが弾く背後で、やはりギターでリズムを刻む音が聴こえるのがボビー・ザッパらしい。なんでもないふつうの12小節定型ブルーズで、ふつうのみなさんには音楽的にはさほど面白いものじゃないかもしれないが。
あ、待てよ、『ザ・ロスト・エピソーズ』フル・アルバムで YouTube に上がっているじゃないか(笑)。このアルバムは、ある意味、ザッパとキャプテン・ビーフハートとのフレンドシップ・メモリアルみたいな側面もあるような気がして、実際、ビーフハートがヴォーカルを取っているトラックも多いし、その点にも注目したら面白いのかもしれない。
次に僕の耳を惹くのが7トラック目のインストルメンタル「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」っていう、この曲題はなにかのメタファーなんだろうか?そこはちょっと分らないが、なにが面白いかって、これはボサ・ノーヴァなのだ。1961年録音。違う録音が1968年リリースの『ランピー・グレイヴィ』ラストにも収録されているが、そのアルバムは CD でも(それぞれ A 面 B 面だったものが)1トラックになっている。つまり連続しているので、一曲単位で抜き出せないので、聴きかえすのがやや面倒。確か1950年代米〜60年代前半英ふうにポップなビート・ナンバーで、しかもサーフ・ロックみたいだったような?記憶違いかもしれないので、指摘してください。

『ザ・ロスト・エピソーズ』の「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」はちょっと違っていて、間違いなくこれはボサ・ノーヴァだ。ドラマー、チャック・グローヴがスネアのリム・ショットで、それを典型的に刻んでいる。あ、この曲、『ウィア・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マニー』 にも入っているなあ。これはトラックが切れているから楽に聴きかえせたが、やはりビート・バンドふうだ。僕はこの『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンがいちばん好き。
次の8トラック目「タイガー・ローチ」なんか、これもドン・ヴァン・ヴリートがヴォーカルだけど、1962年か63年録音というのが笑えるほど納得できてしまうビート・ナンバー。ガレージ・ロックふうでもある。でもアメリカにまだビートルズの影響はあまりなかったはずの時期だから、ザッパのこういうもののばあいは、1950年代の米ロックンロールから直接来ているものなのかなあ?
10トラック目の「ファウンテン・オヴ・ラヴ」(1963)、12トラック目の「エニイ・ウェイ・ザ・ウィンド・ブロウ」(63)、14トラック目の「チャーヴァ」(63)あたりまでは、本当に時代を感じるサーフ・ロックふうにポップなビート・ナンバーで、いかにもこの時代をザッパも生きたんだなと、マジで笑えるほど分りやすい。

マザーズ名義になる16トラック目の「ウェディング・ドレス・ソング」からの3トラック一続き(1967)は、録音年からしても演奏メンツからしても、もはやお馴染のザッパ・ミュージックだ。したがって特になにも言う必要はないだろう。それよりも、22トラック目の「ザ・グランド・ワズー」で、やはりキャプテン・ビーフハートが朗読していたりする(1969)のは面白い。楽器演奏も聴こえるが、それはシンクラヴィアをザッパが1992年にかぶせたものなので、オリジナルはビーフハートの無伴奏朗読だったんだろう。

25トラック目の「Rdnzl」(1972)は本当に素晴らしい。1978年の『スタジオ・タン』で発表されていたものだが、約八分間のそれよりも、約三分間の『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうがいいなあ。完璧なるジャズ・ロック・フュージョンだ。後半は4/4拍子になって、エレベのトム・ファウラーがラニング・ベースを弾き、その部分でジョージ・デュークがジャジーなエレピ・ソロ。
27トラック目の「インカ・ローズ」は大好きな一曲なんだが割愛して、28〜30トラック目の、アルバム・ラストを盛り上げるクライマックス、「リル・クラントン・シャッフル」(1970)「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」(79)「シャーリーナ」(70)のことに書いておかなくちゃ。だってね、ホント〜ッに楽しい三連発なんだもんね。

「リル・クラントン・シャッフル」はふつうの12小節定型ブルーズ・シャッフルだけど、あまりにも素晴らしいドン・シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリンが大活躍。曲全体の約五分間、もっぱらシュガーケイン・ハリスがヴァイオリンでソロを弾きまくるだけのインンストルメンタル・ナンバー。大好きだぁ〜、こういうの。これは1996年の『ザ・ロスト・エピソーズ』まで完全未発表の曲だったらしい。
「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」はテリー・ボジオがドラムスを叩く、軽快でポップなディスコ調ナンバー。だけどこれは徴兵されるのは嫌だという曲だよね。1981年のアルバム『ユー・アー・ワット・ユー・イズ』のラストに「ドラフティッド・アゲイン」という曲題で収録されて発表されていたもののオリジナル・ヴァージョンだ。
さてさて、いままで書いてきたことぜ〜んぶ含め、アルバム『ザ・ロスト・エピソーズ』でいちばん楽しく美しく、いちばん素晴らしいのが、ラスト30トラック目の「シャーリーナ」だ。名前を唱えながら女性に愛を捧げる内容っていう、例によってよくあるパターン。これは1970年のアルバム『チャンガズ・リヴェンジ』に収録されて発表されていたものだが、こりゃもう絶対にだれがどう聴いたって『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうに軍配をあげるはずだ。ドン・シュガー・ケイン・ハリスがやはりヴァイオリンを弾き、ザッパとのコーラスで歌の可愛くてチャーミングな旋律を歌っている。まずヴォーカル、次いでヴァイオリン・ソロ、そしてザッパのギター・ソロ、最後にまたヴォーカルが出る。あぁ、シャーリーナ、大好きだぁ〜っ!

2017/09/24

女性への敬愛を表現するソロ・モンクの適切さ

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僕の Twitter フレンドさんのなかに男性アマチュア・ジャズ・トランぺッターが一人いらっしゃるんだけど、けっこうなセロニアス・モンク好きみたいだ。彼がふだんよくツイートするのがモンクがソロ・ピアノでやる「アイ・サレンダー、ディア」で、本当にこれをよく言うもんだから、僕もなにかちょっと書いてみようという気になった。もちろん書いて公開する以上は、彼だけに宛てたプライヴェイト・メッセージなどではありえない、っていうか、そもそも最近、読んでんのか、このブログ?

モンクがソロで弾く「アイ・サレンダー、ディア」と言うと、僕がいますぐパッと思い浮かべるのは二種類。間違いなくこっちが有名であろう1956年録音のリヴァーサイド盤『ブリリアント・コーナーズ』収録のものと、こっちは地味な存在かもしれない1964年録音のコロンビア盤『ソロ・モンク』収録のもの。しかし知名度とは逆に演奏の出来は、64年コロンビア・ヴァージョンのほうがいいと僕は思う。

そのあたり、みなさんで聴いて判断していただきたいので、まず音源をご紹介しておく。

「アイ・サレンダー、ディア」
1956年リヴァーサイド版  https://www.youtube.com/watch?v=7CkSGUxVw3Q
同じようなものに聴こえるかもしれないが、1931年にビング・クロスビーが歌ったのが初演であるこの古いラヴ・ソング、女性に対し「君なしではにっちもさっちもいかなくなっちゃったよ、もはや君に降参だ」という愛の告白ソングの、その古くさくて湿った情緒は、64年のコロンビア・ヴァージョンのほうがうまく表現できているように僕は思うんだけどね。

ちなみにこの「アイ・サレンダー、ディア」という曲は、ビング・クロスビーによる初演と同じ1931年にルイ・アームストログもやり、そのオーケー盤レコードを聴いたに違いないライオネル・ハンプトンもやって、またチャーリー・クリスチャンを擁していた時代のベニー・グッドマン・セクステットや、戦後ローマ録音のジャンゴ・ラインハルト(のものは盟友ステファン・グラッペリとのラスト共演になった『ジャンゴロジー』完全盤に収録)もやった。

ちょっとモダン・ジャズ界には存在しにくいフィーリングの曲である「アイ・サレンダー、ディア」なので、1940年代半ばのビ・バップ勃興以後はとりあげる人がかなり少なくなってしまった。例外が、以前ご紹介したアート・ペッパーとセロニアス・モンクなんだよね。そしてこの両者とも、いや、モンクのほうは特に、モダン・ジャズふうではない資質を持つというか、最初に書いた男性友人が大のビ・バップ好きなのを承知ではっきりと言っちゃうが、ビ・バップ・ミュージックの乾いた硬質感とは水と油である音楽家なのかもしれないと、僕は少し考えている。

ここでまたほんみちジャズからそれてよりみちするけれども、「アイ・サレンダー、ディア」は、レイ・チャールズとアリーサ・フランクリンもとりあげているんだよね。レイのヴァージョンはヴォーカルなしのインストルメンタル・ジャズ演奏(レイがたくさんジャズ演奏を録音していて、ジャズ・ピアニストとしての腕前も一流だとは、僕も以前記事にした)。しかしこれ、レイはどうして歌ってくれなかったんだろうなあ?まあジャズ演奏をやるんだというプロデュースだったからだろうが、いい歌なんだから、少しもったいなかったよなあ。
アリーサ・フランクリンの「アイ・サレンダー、ディア」は、コロンビア時代のアルバム『ジ・エレクトリファイイング・アリーサ・フランクリン』収録。 6/8拍子のリズム伴奏とストリングスに乗せてアリーサが愛を告白してくれているのだが、これはイマイチ面白くないような気がする。ジャズ歌手がよくやるスタンダード・ソングやブルーズをたくさんやったコロンビア時代のアリーサが好きな僕が聴いても、どうもちょっとなあと思う。だいたいアリーサは、気高く近寄りがたいように振舞ってくれているときのほうが素晴らしく聴こえる歌手なんだから、こういった曲はう〜ん…。
よりみち終り。ジャズ界のセロニアス・モンクに話を戻す。上で触れたような、モンクのある種の(いい意味での)古くささが、1964年のコロンビア盤『ソロ・モンク』にはよく表現されていると僕は思うんだ。だいたいねえ、このアルバム、オリジナル LP 収録の12曲がぜんぶラヴ・ソング、それもだいたいすべて女性に愛を告白したり称えたりなど、そんな曲ばかりで、しかもオリジナル・コンポジションがすごく多い音楽家であるにもかかわらず、カヴァー・ソングのほうをたくさんやっていて、それもですね、「アイ・サレンダー、ディア」みたいな、モダン・ジャズ・メンがほぼやらないオールド・スタンダードがかなり多いんだよね。

『ソロ・モンク』現行 CD には九つのボーナス・トラックが附属するのだが、LP 収録曲の別テイクとかはどうでもいいからそれを外すと、「ダーン・ザット・ドリーム」だけというに近い状態になる。このマイルズ・デイヴィスも『クールの誕生』になった録音セッションでとりあげた曲は、ちょっとひどい失恋歌なんだよね。これは『ソロ・モンク』のなかでは、やや例外的。レコード収録曲のなかにも「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」みたいなトーチ・ソングがありはするけれど。「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」もあるが、これは失った古い恋を想い出してシンミリしている内容だから、ちょっとフィーリングが違うよね。

これら以外は、文字どおりすべてが女性を賛美したり、愛を告白したりする曲ばかりで、しかも古い曲が多い。「ダイナ」(あぁ、日本ではディック・ミネが得意にしたこの曲を、モダン・ジャズ・ピアニストの演奏で聴けるなんて!)、「アイム・コンフェシン」「アイ・ハドゥント・エニイワン・ティル・ユー」「アイ・シュッド・ケア」など。モンク自身のオリジナル・ピースでも「ルビー、マイ・ディア」などは典型的な女性賛美曲。

しかもそれらの曲をピアノ一台だけでやるモンクの弾き方が、これまたモダン・ジャズふうではない。ハーモニー感覚だけは現代的だったモンクで、実際ビ・バッパーが使うようなコードをよく使うが、デューク・エリントンなんかはそれをもっとずっと前から使っていたわけだしなあ。和音の使いかた以外のピアノ・スタイルは、まったくどこもモダンではなく、1920年代あたりのジャズ・ピアニストと同質であるモンクの、そんなありようが、1964年コロンビア盤『ソロ・モンク』ではよく分る。

最初のほうで「アイ・サレンダー、ディア」だけ音源をご紹介したけれど、ほかにも例えば「アイム・コンフェシン」。これもサッチモとかライオネル・ハンプトンとかがやっているが、曲じたいが古いからというんじゃなく、この弾き方、演奏感覚は完璧にオールド・クラシック・ジャズのものじゃないか。可愛くて、ユーモラス、ちょっと滑稽で、「君のことを愛しているって、いま、僕は告白しているんだよ」という台詞を、かなり下手くそにしか言えない男がやっているみたいなピアノの弾き方だ。
「アイ・サレンダー、ディア」でも「アイム・コンフェシン」でも、左手で低音部を弾くベース・ノートの入れかたに注目してほしい。こういうふうに左手でベース・ノートを弾く、というか置くようなスタイルは、1920年代のストライド・ピアノと、そこから出発して独自スタイルを確立した<父>アール・ハインズや、ハインズの影響下にあった、例えばテディ・ウィルスンあたりまでは残っていた。典型的ビ・バップ・ピアニスト、バド・パウエルでこれが消えちゃったんだよね。

「ダイナ」とか、あるいはこっちはモンクのオリジナルである「ノース・オヴ・ザ・サンセット」あたりだと、ジャズ・ピアニストとしてのモンクの、そんなクラシカル・スタイルが非常にクッキリと分る。あまりにクッキリしすぎているくらいなので、モダン・ジャズ愛好家にはイマイチな評判になってしまうかも。
モンクのオリジナル・コンポジションのなかでも代表的な一つ「ルビー、マイ・ディア」は、モンク自身、ホーン奏者(たいていいつもテナー・サックス)を加えてなんども繰返し演奏し、公式に録音もされ、いくつか聴ける。リヴァーサイド盤『モンクス・ミュージック』収録のヴァージョンでは、コールマン・ホーキンスの美しいバラード吹奏が聴けた。それも大変に素晴らしい。
『ソロ・モンク』ヴァージョンの「ルビー、マイ・ディア」でも曲の流れと和音構成はまったく変わっていないが、上で書いたようなコン、コンっていう左手のベース・ノート置きを、それもあたかも素人ピアニストがやっているかのように、わざとやや不細工に弾き、それでもって曲の持つスウィートなフィーリングを適度に和らげて、甘さ、ロマンティシズムに流れすぎず過剰にならない程度の、ちょうどいい感情表現がうまくできていると思うんだよね。

2017/09/23

ナイルの詩とナイルの調べ

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JVC(ビクター)のシリーズと並び、世界の音楽をシリーズでたくさん出しているキング・レコード。キングのばあい、あれだけどんどんリリースし続け、そのカタログを維持し続けることができるのは、AKB48が売れまくって稼いでくれているおかげでもあるんだよね。正確には系統の You, Be Cool! レーベルだけど、キングのワールド・ミュージック・シリーズの恩恵に浴している音楽リスナーは、AKB48のことも頭の片隅に置いてくれてもいいんじゃないかなあ。

いきなり余談から入ってしまったが、キングのシリーズのなかから今日は『エジプトの古典音楽と近代歌謡』CD 二枚組の話をしたい。二枚の構成は、一枚目がエジプト近代歌謡篇で、オープニング曲を除きすべてヴォーカル・ナンバー。二枚目がエジプト古典音楽篇で全編インストルメンタル演奏。それも四曲すべて、それぞれ一つの楽器の独奏だ。

楽器独奏が四つ並ぶ二枚目も面白い。四つといっても、うち二つがカーヌーン独奏(ホッサーム・アブドル・ラフマン)だから、楽器は三種類。ほかの二つはナーイ(ネイ)とウードの独奏だ。まあはっきり言ってしまうと、この二枚目はアラブ音楽探究派以外にはあまり面白く聴こえないだろうと思う。僕は面白く聴けるが、一個の楽器独奏で、しかも延々と一個のタクシームが続くマカームで、実に淡々としていて、地味なんてもんじゃないほど地味だ。アラブ音階を学ぶには好適だが、ふつうはそんなものちょっとねえ。

それでも二枚目三曲目の「マカーム・クルド(ウード独奏)」は、単純に聴いて楽しむ演奏としても素晴らしい。ウード奏者サイード・フセインの素晴らしい技巧が最高に発揮されていて、めくるめくキラメキがあり、実に細かい高速のフレーズを正確きわまりない指さばきで弾きこなす。特に後半部での盛り上がりかたには、聴いている僕まで興奮してくるほどすごいものがある。20分以上もあるが、まったく飽きず最後まで聴ける。

がしかし、これを除く二枚目のほかの三曲は、特にアラブ音楽を追求するわけではないふつうのリスナーのみなさんには退屈に響くかもしれない。一個の楽器独奏だからかもしれないが、なぜだか音量も小さい。一枚目を聴くのにちょうどいいヴォリューム位置で二枚目に入ると、つまみを廻す(or スライダーを動かす)ことをしないといけないのだ。 だからこれ以上話はせず、ほぼすべてが歌入りである一枚目の話だけをしたい。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目は、すべてエジプト国立アラブ音楽アンサンブルによる演唱となっているが、だれがどの楽器と歌をやっているとの記載もないし、そもそもなんの楽器奏者と歌手がどれだけ使われているかもまったく記載なし。だが、聴いた感じ、けっこうな大編成のようだ。とにかくヴォーカル・パートは、一人の歌手の単独歌唱が出る部分も少しあるが、基本的に大人数コーラスだ。ホント書いておいてほしかったが、とにかく10人未満程度の人数には聴こえない。相当なマス・クワイアだ。

伴奏の楽器編成も、まあホント分らないのだが、こっちはさほどの大編成でもないように聴こえる。上で書いた二枚目で、それぞれ単独で演奏するカーヌーン、ナーイ、ウード(がそれぞれ複数台かもしれない)、それにくわえ複数の打楽器が参加している。さらにヴァイオリンなど西洋弦楽器も聴こえる。これは当然だ。エジプトにも、おそらく英国の植民地だった時代からなのか、西洋クラシック音楽の様々な要素が取り込まれた。種々の洋楽器も積極的に活用しながら、基本の土台はアラブ古典音楽に置きながら、その延長線上に近代アラブ歌謡が誕生した。

そんな近代アラブ歌謡の旗手が、以前僕も触れたエジプトのサイード・ダルウィーシュで、またその後1930年代頭ごろ?、同国で体系化されたアラブ音楽を背負って立ち時代を代表し頂点に立った稀代の天才女性歌手がウム・クルスームだ。ダルウィーシュ、ウム、そしてまた、例えばムハンマド・アブドゥル・ワッハーブや、またフェイルーズなどのスターたちが輩出し、アラブ近代歌謡は花盛りとなった。

エジプト国立アラブ音楽アンサンブルが演唱する『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目には、上の段落で書いたすべての音楽家の曲が登場する。書いたように一曲目が露払い的なインストルメンタル・ナンバーだが、二曲目「ムニャティー・アッズ・イスティバーリー(待ちきれない)」、三曲目「オグニヤト・アッ・シャイターン(魔王の歌)」、八曲目「ヤー・バフガト・ッ・ローホ(有頂天)」がサイード・ダルウィーシュの作品、四曲目「サカナ・エッ・レイル(夜のしじま)」がフェイルーズのレパートリー、五曲目「マダーム・トゥヘッブ(愛しているなら)」、七曲目「ハカーブル・ボクラ(あした会います)」がウム・クルスームのレパートリー、九曲目「ハムサ・ハーエラ(絶えざるささやき)」、十一曲目「ガザル・バナート(恋のからかい)」がムハンマド・アブドゥル・ワッハーブの作品。

どれも美しくて言葉がないのだが、いちばん僕が感じることは、アラブ(系)の音楽ではだいたいいつもそうなんだけど、旋律美なんだよね。華麗で繊細で眩惑的な美しいメロディを歌手や楽器奏者がやっているのを聴くだけで、僕は快感なんだよね。エキゾティックな感触を抱いているだけだろう?ブルー・ノート・スケールを聴いてもそんな感想は浮かんでこないだろう?と言われそうだが、僕にとってはどっちも同種の興奮、同種の快感だ。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目では、特にコーラスで歌う女性たちの声と歌い方が素晴らしい。それが男性ヴォーカルと入り混じったりする瞬間のスリルとか、前奏や間奏などあいまあいまに楽器だけの演奏パートがはさんであって(これはアラブ音楽だと現代大衆歌謡でも同じ)、それが終ると再び歌いはじめる瞬間に、背筋がゾクゾクするほど気持イイ。

こんなスリルや快感は、フェイルーズその他たくさんいる現代アラブ歌謡歌手で味わえるのは言うまでもないが、例えば ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)や、シャアビをやるときのグナーワ・ディフュジオンや、やはりシャアビふうにシャンソンを料理するときの HK など、こっちもたくさんいるモダンなミクスチャー・バンドにもしっかりと受け継がれていて、同種のものを味わうことができるんだよね。

私見ではたぶんウム・クルスームあたりで完成され築かれた現代アラブ歌謡の壮大な音楽遺産。いまなお、そんな遺産がエジプトはじめアラブ各国で愛されているようだし、現代的なミクスチャー・ポップ・ミュージックもそれなくしては成り立たなかった。がしかしウムでもフェイルーズでも、本格的にちょっと聴いてみようというのが気後れするような部分があるのかもしれないし、そもそもアラブの古典音楽と近代歌謡の関係と成立、そしてちょっとどんなものなのか、その世界を覗いてみたいだけっていう人も多いかもしれないよね。

イスラム教徒が多い中東アラブ圏については、アメリカなんかでもなんたって例の9.11以来、ひどい偏見と差別にさらされるようになっているし、フランスやヨーロッパ各国では、それと関係あるのかないのか、以前から北アフリカ地域やトルコなどから来ている人たちが、やはり差別的な扱いを受けたり、またここ日本でも近年、某「イスラム国」のせいかどうか、中東アラブ圏に対し風当たりが強くなっている。

そんなときは、中東アラブ圏のイスラム教徒たちってこんなにも美しく素晴らしい音楽をやるんだぜと、少なくとも僕はそれを聴いて、心の安寧を保ち気持を落ち着けることにしている。特にここ数年ね。みなさんもどうですか?さしたる理由なくなんらかの反感を抱く前に、なんらかの文化に触れて少しでも理解しようと、ちょっとアラブ音楽でも聴いてみませんか?エジプトはアラブ音楽のメッカだったから、キング盤『エジプトの古典音楽と近代歌謡』なんか、格好の二枚組だと思いますよ。

2017/09/22

マイルズ『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』

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五週連続のマイルズ・デイヴィス、”アナザー”・シリーズ。マイルズが完全にトチ狂っていた1969〜75年で繰り広げてまいりましたが、本日とうとう最終回とあいなりました。さぞや名残惜しかろう…、なんていうような部分はおそらくみなさんにはぜんぜんなく、あぁ、ようやく終ってくれるのか、清々するぞというのが正直なところであろうと推察いたします。

がしか〜し、たった五回のシリーズであります。これが終っても、僕のマイルズ探求は命ある限り続くはずなので、また来週からも毎金曜日、マイルズ関連を書いてはアップしていくつもり。お目障りな方はどうぞ無視してほしい。興味のある記事だけ読んでいただければ、それで僕は十分幸せ。

『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』も、先週同様、2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』から音源をとってあるが、今週はすべて1973年以後75年までのものだ。このボックスで言えば3〜6枚目。プレイリストは、やはり元の『ゲット・アップ・ウィズ・イット』みたいに CD で二枚組という体裁を、不要とは思いつつ、採用した。

CD1

1, Big Fun / Holly-wuud (take 3)
2. Mtume (take 11)
3. Hip-Skip
4. What They Do
(total 45 min)

CD2

1. Big Fun
2. Holly-wuud
3. Mr. Foster
4. Peace
5. The Hen
6. Minnie
(total 45 min)

以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティのコロンビア・スタジオ。

CD1

1. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

2, Recorded October 7, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - percussions
Pete Cosey - percussions

3. Recorded November 6, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - flute
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Pete Cosey - drums
Mtume - congas

4. Recorded same date as 3

Miles Davis - organ, trumpet
Sonny Furtune - alto sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar, percussions
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foister - drums
Mtume - congas, percussions

CD2

1 & 2. Recorded July 26, 1973
Miles Davis - trumpet 
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

3. Recorded September 18, 1973

Miles Davis - organ, trumpet
Dave Liebman - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

4. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - organ
Dave Liebman - flute
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

5. Recorded January 4, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas

6. Recorded May 5, 1975

Miles Davis - trumpet
Sam Morriosn - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

この『ゲット・アップ・ウィズ・イット』期、というか正確には1973〜75年期のマイルズ・ミュージック。この音楽家の全生涯で僕が最も好きな時代なんだけど、たぶんみなさんはそうでもないんだよなあ。中山康樹さんや僕など熱心なマイルズ・マニアはだいたいここが大好きだし、それを熱心に語りすぎて他人には口うるさいしで、どなたもなにも言わない、言いにくいというような状況になっているのだということに違いない。

でも好きなものは好きなんだからしょうがないよなあ。自分の愛好だけは今後も熱心に語っていく。だがほかの人が口を挟みにくいような状況をつくってきてしまったのは僕たちの責任なので、この状況だけは少し改善しなくちゃね。特に熱心なマイルズ・マニアじゃないみなさんが、マイルズ・ミュージックのなにを聴いてどう考えてどう発言しようとも、少なくとも僕だけは、今後めんどうくさいことを言わないことにすると、ここに宣言する。

さて『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』になった、マイルズ1973〜75年のスタジオ音源。既発のものは CD2の1「ビッグ・ファン」と2「ハリ・ウード」だけだが、これとて73年に45回転シングル盤の AB 面となって公式発売されただけで、その後はまったく再発されず。どんな LP にも CD にも収録されず、ブートレグでなら聴けたが、公式には2007年の『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』の六枚目ラストに連続収録されたのが初で、いまでもそれが唯一。
こんなのオカシイよなあ。こんなにカッコよくて、しかも軽やかで、爽やかな風がサッと吹き抜けるようなファンク・ミュージックなんて、マイルズといわずだれといわず、ほかになかなかないのになあ。この二曲についての僕の思いは、以前、あらかた書き尽くしたので、こちらをご覧いただきたい。
これら二曲のシングル・チューンこそが、僕にとっては、1973〜75年のマイルズ・スタジオ録音で最高傑作だ。だから上記プレイリストでは、CD1のトップに、それらの元音源である編集前の「「ビッグ・ファン/ハリ・ウード(テイク3)」を置き、CD2のトップに二つのシングル・ヴァージョンを置いた。編集前のテイク3はこれ。
CD1の2「エムトゥーメ(テイク11)」は、オリジナルの別のテイクからもっと長めに編集されたものが、1974年リリースの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』二枚目に収録されていた。演奏の基本パターンは同じだが、テイク11のほうがグッと引き締り、実際、演奏時間も短めだし、こっちのほうが出来がいいように僕は思うんだけどね。後半部のマイルズのソロ云々よりも、リズム・セクションの演奏が緻密でイイ。
CD1の3「ヒップ・スキップ」では、なぜだかドラム・セットをピート・コージーが叩いている。それはいいが、冒頭からしばらくのあいだ鳴っているファットな感じのシンセサイザー音みたいなのはなんだろう?マイルズが弾くオルガンの音を歪めてあるのか、あるいはドミニク・ゴーモンがギターに深いエフェクターを効かせているかのどっちかじゃないかと思うんだけど、やはりどうも判然としない。ここでもトランペット演奏云々よりもリズム・セクションだよね、聴くべきは。ソニー・フォーチュンもフルートだからいいと思う。
CD1の4「ワット・ゼイ・ドゥー」は、1975年あたりならライヴ・ステージでよくこういう演奏を繰り広げていたという典型例。スタジオ録音では、しかしこれだけなんだよね。いきなりピート・コージーが弾くブルージーなハード・ロックふうギター・ソロもカッコイイが、リズムのストップ&ゴーもなかなか快感だ。そのストップしているあいだにはエムトゥーメのコンガが気持ちよく入る。まさに『アガルタ』『パンゲア』っぽいじゃないか。この曲ではギターが三本聴こえるが(三本ってのはこの曲だけだと思う)、深めにファズを効かせてソロを弾きまくっているのがコージーだろうと判断した。ボスが後半部でちょろっとトランペットを吹くものの、それ以外はまったくなにも音を出していない。がしかし「演奏に参加していない」とは言えないだろう。
CD2に行って1と2の「ビッグ・ファン」「ハリ・ウード」については上で書いたので割愛。リンク先をご覧あれ。3の「ミスター・フォスター」という曲題はドラマーへの言及だろうが、実際の演奏で目立っているのはデイヴ・リーブマンのテナー・サックス。実際、このマイナー調の曲は1974年からライヴ・ステージで定番曲となり、「フォー・デイヴ」と(ブートでは)題されるようになった。75年になると、ソニー・フォーチュンがフルートで吹くようになる。
CD2の4「ピース」では、マイクル・ヘンダスンのエレベにエフェクターがかかっていてずいぶん歪めた音でリフを弾くが、しかし曲想はまったくゴリゴリ・ファンクではない。どっちかというと静かで美しいナンバー。デイヴ・リーブマンのフルートが聴きもので、これも『アガルタ』『パンゲア』のそれぞれ二枚目っぽいよなあ。
CD2の5「ザ・ヘン」は1973年1月4日録音で、この一曲がシタール奏者とタブラ奏者を起用したラストで、さらに1984年までにボス以外の鍵盤奏者を起用したラスト録音になる。そのせいで、この『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』のなかではやや異質なサウンドを持っているが、カッコイイもんなあ。これを選ばないわけにはいかないよ。冒頭のエレキ・ギター、いいよね。後半部のボスのトランペット・ソロは、まあなんというかその〜、あれだ…。
CD2ラストの6「ミニー」という、人気女性歌手ミニー・リパートンに言及した曲題のこれは、以前も触れたがポップでスウィートなラテン・ファンク。1974年の公式盤『ゲット・アップ・ウィズ・イット』一枚目 B 面トップの「マイーシャ」の系列だけど、「ミニー」のほうが聴きやすくてイイネ。こんな甘くてポップなものが、75年のマイルズ・ミュージックのなかにもすでにあったんだよね。トランペット・ソロなしなのもいい。しかもこれ、かなりアレンジされているよなあ。

2017/09/21

濃密にセクシーなザッパのクラシカル・ピース

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フランク・ザッパ生前のラスト・リリース作品である1993年『ザ・イエロー・シャーク』。いままで一度軽く触れただけで書いてこなかったのは、完全に守備範囲外のもの(西洋クラシック音楽)だからなんだけど、不案内な守備範囲外のものは書かないなんて言っていると、僕のばあいマイルズ・デイヴィスについてしか書けなくなってしまう(え?そうしろって?)。

それにまた、これは不案内で慣れない分野だけどちょっとトライだけしてみようと思い書いてみて、しかしこんなものでいいのか?とまったく自信なく心配気におそるおそる公開したものが、あんがい共感を呼んだりした(例えばマクピーク・ファミリーの記事など)経験もあるので、クラシック音楽だからかなり心配ではあるけれど、ザッパの『ザ・イエロー・シャーク』について書いておこう。だって、これ、僕、大好きなんだ。

クラシック音楽だと繰返してはいるが、ザッパのクラシカルな管弦楽作品のばあい、そればかりだとは言い切れない面もある。確かにイーゴリ・ストラヴィンスキー(特に「春の祭典」)やエドガー・ヴァレーズなどからの影響が濃いものの、それはアメリカン・ブラック・ミュージック要素と完全分離しているのではなく、いろんな作品のなかに渾然一体となって溶け込んでいて、その様子はロック(など大衆音楽)作品とクラシック音楽作品の両方で聴くことができる。

ザッパのいわゆるシリアス・ミュージック路線の作品のなかでは『ザ・イエロー・シャーク』が最高傑作に違いない。最大の理由はアンサンブル・モデルンの演奏能力だ。ザッパの書く難度の高い譜面を作者の満足のいくように演奏しこなすことは、だれにとってもなかなか大変なことらしく、実際、アンサンブル・モデルンと出会う前のオーケストラ作品には、ザッパ本人は満足していなかったらしい。そんなせいもあって譜面をそのまま自動演奏できるシンクラヴィアを使うようになったのかもしれないよなあ。

こんなことを踏まえると、『ザ・イエロー・シャーク』で聴ける、ドイツの室内楽集団アンサンブル・モデルンの演奏能力は驚異的だ。どれほど驚異的かはアルバム・ラストに収録されている一曲「G・スポット・トルネード」を聴くだけでも分る。まさかこれを人力演奏で聴く日が来ようとは、ザッパ本人だって想像していなかったかもしれない。1986年の『ジャズ・フロム・ヘル』収録のものが初演だが、それはやはりシンクラヴィアを使ったものだった。

ザッパ本人は、『ザ・イエロー・シャーク』になったライヴ・コンサート(三回かな?)について、「100%ではなかった」と言ったらしいのだが、それでもここまで完璧に近い、というか僕の耳にはまったく完璧な演奏を、ザッパの難譜面でやりこなしているわけだから、アンサンブル・モデルンの演奏能力には脱帽するしかない。そしてそんな高度な能力を持つ演奏集団のおかげで、フランク・ザッパという人物のコンポーザーとしてのスケールの大きさが自ずと立ち上がり、この生前ラスト作品以前に61枚あるどのアルバムよりも、曲を書く人物としての存在感が際立って素晴らしく輝いている。

『ザ・イエロー・シャーク』収録の18曲(1トラック目はスポークン・イントロダクション)には、上記「G・スポット・トルネード」以外にも過去曲がたくさん含まれている。3、4トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレー、7トラック目の「ザ・ガール・イン・ザ・マグネシウム・ドレス」は『パーフェクト・ストレンジャー』から、8トラック目の「ビ・バップ・タンゴ」はお馴染『ロキシー&エルスウェア』の収録曲、16トラック目の「パウンド・フォー・ア・ブラウン」は『アンクル・ミート』収録が初演で、その他『ザッパ・イン・ニュー・ヨーク』など。17トラック目の「エクササイズ #4」も『アンクル・ミート』から。

これら以外は書き下ろしの新曲なんだろう。ビックリするのは、例えば『アンクル・ミート』は、ルイ・ルイ」とかもやっている1969年のアルバムであって、ロック・バンドであるマザーズの作品なんだよね。いやあ『ザ・イエロー・シャーク』にさすがに「ルイ・ルイ」はないでしょっ?!って言われそうだけど、あんがいあるかもしれないぞ。「ビ・バップ・タンゴ」だってそんなものだしなあ。人力演奏不可能だった「G・スポット・トルネード」含め、それらぜんぶポップなコマーシャル・チューンだ。

それらと、最初からクラシカルな室内楽演奏を想定して作曲されたほかの曲群がふつうに並び、なんらの違和感もなくスムースに聴こえるし、ロック・バンド形式でやったような曲でも、まったくのクラシカル・ピースに聴こえるし、その逆にクラシカルな室内楽演奏のはずがポップに響いたりもして、つまりザッパの書くスコアには、もともと最初からそれら両者の区別、境目はないんだよなと『ザ・イエロー・シャーク』では実感できるんだよね。

2、3トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレーでは、最初突っかかるようなリズムでブラス群と打楽器がヨタヨタしているなと思っていると、木管群が柔らかくスムースに入ってくる。少ししてトランペット・セクションがキラキラした音でパッと広がる瞬間は快感だ。もっともこのメドレーのアレンジはザッパ本人ではなく、アリ・N ・アスキンみたいだ。

これの次の4トラック目「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」は、『ザ・イエロー・シャーク』のなかで僕がいちばん好きな曲。なんでも社会派なモチーフらしいものだけど、僕はたんになんて美しいメロディとアンサンブルなんだと、毎回聴くたびにため息をもらすだけ。この曲、管楽器が出る前に、かなり小さい音でシェイカーが鳴っているのだが、通常の聴きかたではほとんど分らないだろう。そこも好きなんだが、やはりホーンが出てからの、物悲しいようなあまりの美しさに息を飲む。しかもポップだ。

ポップな断片はその後も随所にあって、5トラック目「タイムズ・ビーチ  III」、6トラック目「III リヴァイズド」のなかでも聴ける。前者は1970年の『いたち野郎』(Weasels Ripped My Flesh)収録の「ジ・エリック・ドルフィー・メモリアル・バーベキュー」に相通ずるような部分もあって面白い。「タイムズ・ビーチ  III」のほうは、完全記譜音楽なのにスポンティニアスな即興演奏に聴こえるのが、ザッパがコンポーザーとして秀でている証拠だ。

10トラック目「ナン・オヴ・ジ・アバヴ」〜13トラック目「タイムズ・ビーチ III」で一つ、14「フッド・ギャザリング・イン・ポスト・インダストリアル・アメリカ 1992」 &15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」で一つ、16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」で一つ、と、これらは三つそれぞれノン・ストップで聴くべき流れ。

アメリカン・ブラス・バンド・ミュージックではじまる15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」では、その後、例によって寸劇みたいな展開になって、どんな種類の音楽でもいつものザッパお得意のパターンだが、後半部でキューバン・ミュージックが出てくるのも興味深い。しかもこれはアメリカ入国の税関に掲げてあるあのカードをそのまま歌詞?にしただけのものなんだよね。あれをここまで音楽的にできる人間もいないだろう。

三つ目の16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」が、そしてあまりにも美しい。個人的には「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」がアルバム中いちばん好きだけど、アルバム『ザ・イエロー・シャーク』のクライマックスはふつうここだろう。素朴で綺麗なフレーズやモチーフが続々と登場し、ハッと心臓が止まりそうになる瞬間だってある。特に18「ゲット・ワイティ」は静謐で美しいことこの上ない作品だ。

18「ゲット・ワイティ」こそが天上のメロディとアンサンブルだから、これの次のアルバム・ラスト「G・スポット・トルネード」は、いわばアンコール的しめくくりのようなもの。『ザ・イエロー・シャーク』全編で言えることだけど、たんに複雑難解な譜面を正確に演奏して、ザッパのコンポーザーとしての物凄さが分るというだけではない。その実、シンプルに美しく、また官能的だ。濃密にセクシーであるというのがザッパ・ミュージック最大の特長で、それがクッキリ表現されているのもまた、アンサンブル・モデルンの演奏力の高さだろう。

2017/09/20

ポリリズミックなアトーナル・ブルーズ 〜 ビーフハートの『トラウト・マスク・レプリカ』

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フリー・ジャズ好き&カントリー・ブルーズ好きにはけっこう聴きやすい面だって あるかもしれない、キャプテン・ビーフハートの1969年盤『トラウト・マスク・レプリカ』。どうしてかって、このアルバムは大半がアトーナル・ブルーズなんだろうと思うからだ。生のままの、しかしそれでもかなり抽象化された無調のカントリー・ブルーズ。ってことはつまりフリー・ジャズじゅないか。そして一部のアフリカ音楽にも近いように感じるときがある。

『トラウト・マスク・レプリカ』がアフリカ的だというのは、主にそのポリリズミックなありように僕は感じるんだよね。以前、ローリング・ストーンズの「ダンス」(1980年『エモーショナル・レスキュー』)について書いたのと同じようなことが、『トラウト・マスク・レプリカ』の大半の曲に当てはまる。演奏とヴォーカルのすべてのパートが異なったリズム・フィギャーをとりながらそのまま並んで同時進行し、さらに調性的にもやはり異なったまま同時並行。だから、ちょっと聴いた感じものすごく難解な音楽に聴こえる、というかそもそもこれは音楽なのか?という疑問すら抱くかもしれない。

『トラウト・マスク・レプリカ』ほどアメリカ大衆音楽でポリリズミックかつアトーナルな演奏を、それもアルバム全編にわたって繰り広げているものはないから、異形のものだとされて、しかも褒められかたがこれまた異様にものすごく、なんだかとんでもない超大傑作だとかいう持ち上げられようなんだけど、アメリカ内でも南部の一部のカントリー・ブルーズには同質のものがあるし、アフリカやヨーロッパに目を向けたらそんなに物珍しいマスターピースでもない。

しかも『トラウト・マスク・レプリカ』のばあい、一曲一曲がぜんぜん長くない。全28トラックが、いちばん長いものでも17トラック目の「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」の 5:18。ほかに4分台のものがちらほらあるが、あとは3分もないものばかりがどんどん流れてくる。長めの曲でも複数パートを組み合わせてそうなっているだけだから、結局一個一個のピースはぜんぶ短いものばかり。

ところでその「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」なんかはまだ相当分りやすいんじゃないだろうか?まあノリやすい定常ビートらしきものが、特にドラミングに、この曲だけでなくアルバムのほとんどの曲で存在しないから、とっつきにくいかもしれないが、エレキ・ギターが短いパッセージを延々と反復し、ほかの楽器はそれを聴きながら、それに合わせるでもなく別のパターンを演奏し(でもときどき合わせている)、その上にビーフハートがハウリン・ウルフみたいなあの塩辛いダミ声でブルーズ・シャウトを乗せて、そのあいまにサックスでフリーキー・トーンをブロウしているというもの。
実際、演奏しやすいらしく、しばらくのあいだライヴでも披露していたみたいだ。YouTube で検索すると、1970年代初頭あたりのライヴが数個見つかった。この「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」もアトーナル・ブルーズだけど、でもワン・コードで合わせているように聴こえる部分もあって、リズムも複合的でありながら、同一パターンに一斉に乗っかっているように聴こえる部分もある。特にドラマーがシンバルを叩くタイミングは完全にエレキ・ギターのシングル・トーン・リフを聴いて、そのタイミングにピッタリ合わせているよね。

ビーフハートの吹く各種サックスも、フリー・ジャズ好き、あるいはフリーではないがエリック・ドルフィーのフリーキー・トーンを聴き慣れている(人はかなり多いはず)ならば、そんなに珍しがることも難解に感じることもない。オーネット・コールマンみたいにフリー・ジャズの旗手とされながら、その実、モーダルであることの多い人みたいな明快さはビーフハートにはないが、以前書いたようにアルバート・アイラーが最初から分りやすかった僕としては、その後出会ったビーフハートのサックスはぜんぜんどうってことはない。

僕が『トラウト・マスク・レプリカ』でいちばん分りくいと感じる部分は、ボスのヴォーカル&ナレイション、特に後者なんだよね。特に楽器伴奏なしでただしゃべっているだけ、それもさほど抑揚もなくリズミカルでもなく、音楽的なしゃべりに感じないものはちょっと苦手かも。そういえばフランク・ザッパにも、アルバム一枚が丸ごとぜんぶそうであるような作品があったよなあ。なんだっけ(^_^;;。あれはもう一回聴こうという気にいまのところはなれない。僕が熱心なザッパ信者じゃないせいかもしれないが。

そういう無伴奏ナレイション・トラックじゃないものでも、『トラウト・マスク・レプリカ』でのビーフハートの歌いかたはメロディアスではない。ふつうのいわゆる歌には聴こえないのだが、この人のばあい、ヴォーカルだけは前からそうだ。デビュー・アルバム『セイフ・アズ・ミルク』でもヴォーカルはそうだったじゃないか。ただ、バンドの演奏がきわめて明快なデルタ〜シカゴ・スタイルのブルーズで定常ビートも刻んでいたから聴きやすいものだったのだが、『トラウト・マスク・レプリカ』でもその基本は変わっていない。そこからちょっと、いや、かなり、抽象化しているだけだ。

明快なブルーズだって『トラウト・マスク・レプリカ』に一曲だけとはいえあるもんね。11曲目の「チャイナ・ピッグ」。もろ南部風、というかデルタ・ブルーズそのまんまで、このアルバムのなかにこんなに典型的で従来形式にのっとった演奏があるのが不思議なくらい、だれでも分るカントリー・ブルーズ。弾き語りではなく、ギターは(バンド・メンバーではない)ダグ・ムーンが弾いている。
これほどモロそのまんまな明快さではないものの、アメリカ音楽に前からあるような従来路線を利用したような曲はほかにもあって、例えば6曲目の「ムーンライト・オン・ヴァーモント」(あの有名スタンダードの曲名もじりか?)、9曲目「スウィート・スウィート・バルブズ」、12曲目「マイ・ヒューマン・ゲッツ・ミー・ブルーズ」、13l曲目「ダリズ・カー」、19曲目「シュガー・ン・スパイクス」 、25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」、そしてラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」あたりがそう。

特に25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」なんか、わりとポップでファンキーだもんなあ。リズムも明快(でもポリリズミックではある)。冒頭からリズム・セクション(ドラムス&ベー&ギター)が一定のリズミカルなパターンを反復するのだが、ボスらしきものはヴォーカルもサックスもなし。だれかの声が乗っている(女性?)が、ファンキーな、ほぼインストルメンタル演奏だ。
ラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」(退役軍人の日のポピーってどういうことだろう^^;;?)なんか、スウィートなフィーリングすらあるもんね。特に約2分目あたりからエレキ・ギターが弾くパターンが甘くてメロウな感じだ。ポリリズミックであるがアトーナルではない。『トラウト・マスク・レプリカ』の全体は、ひたすらハードでハーシュでパンクに突き進んでいたかのように聴こえるから、70分目ごろのラストでこういう演奏が来るのは意外でもあるが、締めくくりのスウィーツとしてはなかなかいいんじゃない?

2017/09/19

プロデューサーズ

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ジャズ・ファンの一部には、あ、いや、こういう言い方はよくないな、僕だけかもしれないので僕のばあいはと言いなおすけれど、演奏家をあまりに著しく重視する一方で、(一部例外を除き)曲の作者やプロデューサーは軽視、というかほぼ無視する傾向があった。

うんまあ作曲者はそれでもかなり重視してはいたんだけどね。しかしそうはいっても、聴き手に届けるのは演奏家でしょ〜、演奏家がなにもしなかったらなにも起きないわけでしょ〜、それなのに、例えばクラシック音楽の世界とか、演奏家より作曲家のほうが上だ、偉いんだなんて、なんなの〜?とか思っていたことは事実だ。僕の場合ずいぶんと長いあいだ、演奏家最重視派だった。

これはジャズみたいなもので音楽の世界にどっぷりはまるようになったせいもあるんだろう。書かれた曲、つまりテーマ・メロディなんか、たんにコード進行を使うだけの素材でしかないばあいも多いし、というかモダン・ジャズならほぼぜんぶそうなんだし、なかには作曲部分がまったくなく、最初から最後まで丸ごと即興で組み立てられている演奏もけっこうあったりするじゃないか。だから演奏家第一優先になって、作者なんてどうでもいいんじゃないの?っていう、まあどうでもいいとは思っていなかったが、それに近い気分があったのは否めない。

作者についてすらそう考えていたんだから、演奏しないプロデューサーなんて、いったいぜんたいこのレコードでなにをやっている人なんだろう?はたしてなにかをやってんの?ってサッパリ分っていなかった。少数の例外を除き、レコード・ジャケット裏に記載されていた(と思うが記憶すらない)プロデューサー名なんか完全無視に近いというか、ほぼ一瞥もくれなかった。だってホントなにをやる人なのかぜんぜん分ってなかったんだもんね。

一部例外的プロデューサーの代表が、僕にとってはジョン・ハモンドとテオ・マセロ。この二名は音楽に具体的にどうかかわっているのかが、むかしの僕にもきわめて明快だった。ジョン・ハモンドのばあいは、レコード・プロデュースもさることながら、タレント・スカウト能力とか、発掘して契約させたり、またあるいは調整役とか、そんな部分だってかなりはっきりと見えていた。ベニー・グッドマン楽団1935年の爆発的大ブレイクはハモンドなくしてありえなかったのだと、大学生のころの僕でも知っていた。そんな部分だってもちろんプロデューサーの定義に含まれる。

狭義だと、僕にとってはテオ・マセロだ。テオのばあいは、やはり僕はマイルズ・デイヴィスをプロデュースした人物だと認識していて、演奏録音後のテープを切ったり貼ったりする人なんだという考えだった。これこそ僕にとってプロデューサーとしてレコードに名前が明記されている存在のうち、なにをやっているのかいちばん分りやすかった。だからある時期の僕は、レコード・プロデューサーのやる仕事とは、テープの切り貼り作業なのかと思ってたくらいだもんね。テオこそが僕にとっては音楽プロデューサーの典型というような感じだったなあ。

じゃあほかのプロデューサーたちはいったいなにをやっているんだろう?と思うと、むかし僕はまったく分っていなかったんだよね。例えばプレスティジのボブ・ワインストックにしろブルー・ノートのアルフレッド・ライオンにしろ、レーベル・オーナーも兼ねているインディペンデント系の人たちは、サウンドに携わるというんじゃなく、もっとこう、経済的、会社運営的立場でレコーディング・スタジオにもいるのだろうか?スタジオの手配を含む各種調整とかはやるんだろう?とか、なんだかその程度しか推測できていなくて。だから当然いわゆるレーベル・カラーみたいなものも意識せず。

でもブルー・ノート(アルフレッド・ライオン)やアトランティック(ジャズ部門はネスヒ・アーティガン)らと比較して、もっとぐっと新興の ECM(マンフレート・アイヒャー)なんかは、やっぱり音楽の傾向がなんだかちょっと(本当に当時はちょっとだけしか自覚できなかった)違うよなあとは感じていたが、それはレーベル・カラーとか、それの源泉になっているオーナー兼プロデューサーの音楽趣味志向とかによるものではなくって、たんに演奏しているジャズ・メンの資質の違いに由来するものだと信じ込んでいたもんね。

演奏家の資質によってできあがる作品の特色が決定づけられるという部分は、やっぱり大きいんだといまでも信じているのだが、そこにプロデューサーがどう入り込んでいるのかが、むかしは分っていなかった。ジャズのばあいだって、どのメンツでやるか人選して呼ぶ、どの曲をやるかチョイスするなんてのは当たり前だが(当の演奏家本人がこれをやることだって多い)、ときには曲を書いたりアレンジしたり、または楽器演奏の具体的な中身に踏み込んだり、歌手の場合は歌唱指導までしたり、その他サウンド・メイクの全般に深くかかわっているのだと分ってきたのは、僕の場合、わりと最近の話だ(^_^;。

例えば最近、僕は原田知世の歌にどんどん没入しつつあるのだが、っていうか、しつつあるというよりももはや完全に脱出不可能な次元にまでハマってしまっているが、彼女のばあい、近年の伊藤ゴローがプロデュースする作品では、同じ曲を歌ってもイメージが、というより音楽や曲そのものがガラリと変貌して、魅力がものすごく上昇している。とんでもなくチャーミングで美しく聴こえるもんね。聴こえるっていうか、実際マジで美しい。

「時をかける少女」っていう松任谷由実が書いた曲が、原田知世が1983年に同名の映画に主演して主題歌として自ら歌った有名なものなのは、僕だって以前からいちおう知ってはいた。長年封印していたらしいこの曲を、2007年の『music & me』のラスト12曲目で歌っている新ヴァージョン(それよりもっと新しいリメイク版が一つリリースされている)が、こりゃもうオリジナルとはぜんぜん違っている。『music & me』も伊藤ゴローがプロデュースしたアルバムなんだよね。

2007年『music & me』ヴァージョンの「時をかける少女」では、ナイロン弦ギターで完璧なるボサ・ノーヴァを演奏するのも伊藤ゴローだ。アレンジだってサウンド・メイクだって、原田知世にこう歌ってほしいというアドヴァイスだって彼がやっているはずだ。ギターも素晴らしいが、原田知世が故意にちょっと不安定気味にというか、わざとヘタクソ気味にというか、ノペ〜ッと平坦に歌ってボサ・ノーヴァ・ヴォーカルの典型を表現しているのは、プロデューサー伊藤ゴローによる歌唱指導だとしか思えない。
日本の音楽のなかで、縁あって最近知り合ったもののなかでは、こんな原田知世と伊藤ゴローのコンビは、歌手とプロデューサー(兼ギタリスト兼アレンジャー)の理想的関係の一つに思える。主役の女性歌手の美しさを最大限にまで引き出して極め、最高にチャーミングなヴォーカリストに仕立て上げ、同時にギタリストでありかつプロデューサーである自らの音世界をも表現できている。

『music & me』収録の「時をかける少女」を具体例に出したが、この2007年ヴァージョンは、今年のこないだ8月23日に発売された原田知世のベスト盤 CD『私の音楽 2007-2016』の冒頭にも収録されている。僕の大好きな『恋愛小説2 - 若葉のころ』の「September」も入っているし、全体の流れも考え抜かれているし、ぜんぶ伊藤ゴローの絶品アレンジ&プロデュースだしで、オススメ!

このベスト盤と、これより少し前にリリースされていた、代表作のリメイク・アルバム『音楽と私』(これに最新ヴァージョンの「時をかける少女」がある)とを聴きくらべ、またなにか書くことがあるだろう。

2017/09/18

レスター躍動す

Unknown








以前、猫ジャケというくくりでご紹介したエピック・イン・ジャズのシリーズ。
このときには書かなかったが、このシリーズ、猫ジャケであるデザインも中身の音楽も、すべて大学生当時から知ってはいたが、自分でレコードを買ったことがない。ほしくてたまらなかったのだが、僕が存在を知ったころにはすでに入手がかなり困難だった。買えなかったんだよね。ぜんぶジャズ喫茶で聴きジャケットも眺めていただけだ。あ、ご存知のようにジャズ喫茶では、いまかけているレコードとしてジャケットが見えるようにしてくれる。いまでもそうなの?煙草をやめてからは、ヤニ臭くなってしまう場所には足が向かなくなった。このジャズ喫茶観も時代錯誤?

そんなエピック・イン・ジャズ・シリーズのなかから、今日は『レスター・リープス・イン』のことを書いてみよう。タイトルどおりテナー・サックス奏者レスター・ヤングにスポットライトを当てた一枚だ。上記のような事情で自分ではレコード持っていなかったから、これを含め、エピック・イン・ジャズのシリーズは、すべて、リイシュー CD で揃えたのが自分で買って持った最初。でも A 面 B 面の切れ目がどこだったかは記憶がある。『レスター・リープス・イン』の場合は、CD 七曲目「レスター・リープス・イン」が B 面トップだったはず。

さてエピック盤ということは、レスターに限らずこのシリーズはすべてコロンビア系の音源なわけだけど、『レスター・リープス・イン』のばあい、収録の全12曲は1936、39、40年の録音だ(日本語解説文の岩浪洋三は、これを一ヶ所”わざと”間違えて、36年録音の三曲を39年と書いている)。しかし、レスター・ヤング名義のレコードは一つもない。当然ながらすべて当時のボス、カウント・ベイシー名義のビッグ・バンドかコンボ編成録音だ。

1936年と書くと、エッ?と思われるファンの方もいらっしゃるかも。36年のベイシー楽団はデッカと契約していたので、コロンビア系レーベル(『レスター・リープス・イン』収録曲のばあいぜんぶヴォキャリオン)に堂々と名前を出せるわけがない。だから36年録音はジョーンズ - スミス Inc というコンボ名でレコード発売されたのだが、メンツは全員ベイシー楽団からのピック・アップ・メンバー五人(どうしてだかギターのフレディ・グリーンが異例の不参加)で、だから完璧なるベイシー・コンボ。いまではベイシー名義のコロンビア録音集ボックスにだって収録されている。岩浪洋三が39年録音だと誤記したのが故意だと僕が判断するのは、36年と書いたらそれはデッカ時代だから、ファンがエッ?となるはずだと岩浪も想定したんだろうということ。

『レスター・リープス・イン』には、ベイシーのヴォキャリオン初録音である1936年11月9日の四曲から「イヴニング」を除く三つが、それもアルバム・ラストに収録されている。「シュー・シャイン・ボーイ」「オー、レイディ、ビー・グッド」「ブギ・ウギ(アイ・メイ・ビー・ロング)」。「ブギ・ウギ」(と未収録の「イヴニング」)では、ブルーズ歌手ジミー・ラッシングが歌っている。デッカにも録音があるし、ラッシングも戦後ヴァンガード盤で再演しているしで、お馴染のはず。

アルバム『レスター・リープス・イン』は、やはりいちおうはレスター・ヤングをフィーチャーしようとしたコンピレイションなので、そこに話を絞りたいが、1936年11月9日の三曲では、以前も触れた「シュー・シャイン・ボーイ」でのソロが圧倒的に素晴らしく leap in している。このセッション・デイトでの管楽器はカール・スミスのトランペットとレスターのテナーだけなので、ソロも長めで分りやすい。「オー、レイディ、ビー・グッド」でのテナー・ソロも文句なし。
アルバム・ラストに収録の「ブギ・ウギ」はジミー・ラッシング・ナンバーだが、これは8ビートのブルーズ・シャッフルなんだよね。8ビート・シャッフルは、むかしからデューク・エリントンその他みんなやるのだが、むかしのジャズのビートは2拍子か4拍子だってのはウソなんだよね。8ビート・シャッフルをやるのは、要は踊りやすいから。ベイシーの場合カンザス・シティ出身なわけだから、より一層そうなる。KC ジャズはダンス・ミュージックなんだもんね。
録音順に並び替えると次に来るのが、アルバム『レスター・リープス・イン』 CD だと六・七曲目と連続する「ディッキーズ・ドリーム」「レスター・リープス・イン」の二曲。カウント・ベイシーズ・カンザス・シティ・セヴン名義の六人編成による1939年9月5日ヴォキャリオン録音。39年でようやくボスの名前を出すことができた。しかしやはりフレディ・グリーンが不参加なんだなあ。ディッキーとは、このセッションにも参加のトロンボーン奏者ディッキー・ウェルズのこと。

この二曲では、やはり「レスター・リープス・イン」における主役のテナー・ソロがあまりにも素晴らしい。自在に躍動するブロウとはまさにこのことだ。この曲はジャム・セッションの素材になりやすいので、チャーリー・パーカーらもとりあげた。あっ、パーカーもカンザスの人間じゃないか。以前も書いたが、カンザスはサックス・タウンでもあるんだ。
録音順で次になるのが、アルバム『レスター・リープス・イン』ではトップに並ぶ五曲で、それらはカウント・ベイシー・オーケストラでの演奏。1939年3月19日(「ロック・ア・バイ・ベイシー」「タクシー・ワー・ダンス」)、39年4月4日(「ジャンプ・フォー・ミー」)、39年4月5日(「トゥウェルフス・ストリート・ラグ」)、39年8月4日(「クラップ・ハンズ!ヒア・カムズ・チャーリー」)。

それらはビッグ・バンド録音であるがゆえ、ソロも入れ替わり立ち替わりいろんな人が取って、テナー・サックスだけでもレスターだけじゃなくバディ・テイトも吹くし、アルトのアール・ウォーレンも吹くしで、レスターの名人芸にだけ集中しにくい面がある。しかも「ロック・ア・バイ・ベイシー」と「ジャンプ・フォー・ミー」ではレスターのソロはなし。

それでもソロ時間が短めだとはいえ、出てくると一聴でレスターだと分る独自スタイルがあるのはさすがだ。特に「タクシー・ワー・ダンス」「トゥウェルフス・ストリート・ラグ」ではメロディアスによく歌い、それでいながらよく跳ねる見事なソロを吹いている。「クラップ・ハンズ!ヒア・カムズ・チャーリー」では、最初アール・ウォーレンが短いアルト・サックス・ソロを吹くが、その後はずっとレスター一人が華麗に吹く。
残す二曲、CD だと八、九曲目の「ソング・オヴ・ジ・アイランズ」(1939年8月4日録音)「モーテン・スウィング」(40年8月28日録音)もカウント・ベイシー・ビッグ・バンドでの演奏。前者のアイランズとはハワイ諸島のことで、曲も元はハワイアン・ナンバーだが、それをスウィング・ジャズ化している(冒頭のバック・クレイトンのトランペットに、かすかなハワイアンの痕跡があるよね)。後者は KC ジャズ・アンセムなんだけど、残念ながらレスターのソロはなし。後半部のフル・バンド・スウィング怒涛の迫力を楽しんでほしい。

2017/09/17

僕はマンボ(マンボ No. 2)

Bennymoreconperezpradoelgranencuent

Unknown








昨日ああいった文章を書いたら、やっぱり我慢できなくなってベニー・モレー&ペレス・プラード共演集のディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』をなんどもなんども聴きまくってしまった。そうせずにおられないという麻薬的中毒性の高い音楽だよなあ、マンボって。それで昨日は、これについて書くのは先になるのだというような匂わせかたをしたけれど、もう今日書いてしまう。こんなこらえ性のない人間でゴメンナサイ。ベニー・モレー&ペレス・プラード、やっぱり最高の一枚だ。

さて、昨日触れようと思っていたのに書き忘れてしまったことを二つ、最初に。一つ、キューバのビッグ・バンド・ミュージックには、北米合衆国におけるジャズ・ビッグ・バンドの影響がかなりありそうだ。一つ、それにもかかわらずマンボはかなりアフリカ的な音楽だ。しかしこの二点は聴けばだれにでも分りそうなものだという気がするので、これ以後詳述しておく必要はないのかもしれない。

ディスコロヒア盤の解説文で田中勝則さんもお書きだが、『素晴らしき出会い』に収録されている、ベニー・モレーとペレス・プラードのメキシコでの共演録音は、すべてベニーが主役の録音セッションで、レコードもベニー名義で発売された。その後ペレス・プラードは北上しアメリカ合衆国に渡り 、あまりにも目覚ましい大活躍をして、同楽団の代表的なマンボ楽曲は、文字どおり世界中に普及した。ペレス・プラードのほうがあまりに超有名になりすぎてしまっているが、共演録音はあくまでベニーのレコードだったのだ。

ところでやっぱり書いておいたほうがいいのかなと思うのだが、ベニー・モレーを知ったのは大人になってからだが、以前から再三再四書いているように、ペレス・プラード楽団のマンボは幼少時から知っていた僕。知っていたなんてもんじゃない、カラダに染み込むように体験していた。父のマンボ好きのせいでね。でも詳しいことはだいぶ忘れてしまった。記憶で鮮明に遡れる僕の私的音楽史の1ページ目は10歳のときの山本リンダ「どうにもとまらない」なのだが、マンボ体験がそれより先だったことだけは絶対に間違いない。上でも書いたが、それくらいペレス・プラードのマンボは世界中にとどろいていたんだよね。

でもあれだよなあ、ほぼ自覚なしだったがそんなマンボ体験のせいで、山本リンダの「どうにもとまらない」みたいなもの、すなわち超ダンサブルなキューバン歌謡曲にノックアウトされてしまったのかもしれない。いや、かもしれないっていうかねぇ、いま振り返って考えると、絶対に間違いなくそうだ。父が、運転するクルマの助手席に小学校低学年の僕を乗せ、8トラ・カセット(もはやだれにも通じないであろう物体)のペレス・プラード楽団ばかりどんどんかけていたおかげで、そんな教育というか躾というか、そんなようなもののおかげで、ラテン好き素地が僕のなかにできあがってしまった。

その結果、山本リンダのアフロ・キューバン・アクション歌謡で音楽に目覚め、その後七年ほど経ってジャズにハマって本格的に極悪道に染まってしまって以後も、ラテン要素にオッ!となってしまうようになったし、そのもっとあとで中南米音楽(的なものも含め)そのものが大好きになったという、そんな人間ができあがる歴史のまず最初の1ページ目が、幼少時に父のクルマのなかで無自覚にとはいえ、どんどん聴きまくったペレス・プラードだ。

つまるところアメリカ合衆国音楽(ジャズ、ブルーズ、リズム&ブルーズ、ロック、ソウル、ファンク)のなかにある中南米要素だとか、中南米音楽のルーツを辿るかのようにしてアフリカ大陸に渡ったり、トルコ音楽やアラブ音楽やギリシア音楽や東南アジア音楽や日本の歌謡曲(含む演歌)を聴いても、やはりラテン・テイストを見出しては喜んだりっていう 〜 こんな人間なわけだよね、僕は。ってことは、すべてが幼少時に父がクルマのなかでかける8トラ・カセットのペレス・プラード体験のせい、というかおかげなんだよね。これはもはや認めないといけない。思い出したぞ、僕はマンボだ。

そんなわけだから、ディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でベニー・モレー&ペレス・プラード共演を聴いても、はっきり言って冷静な気分ではいられない。いくらベニー・モレーのための録音セッションで、ベニー名義のレコードで発売され、そもそもベニーのほうが先輩で先にメキシコに来て活動していて、そこへあとからやってきたペレス・プラードはベニーの歌の伴奏をやっただけだ、素晴らしいのはベニーのヴォーカルだと、こんなことを知ってはいても、僕の耳は、例えば伴奏楽団のブラス群の咆哮やリード群のウネリへと向かってしまい、ベニーの歌をあまり聴いていない。

そんな僕にディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』を語る資格などないのだが、なんとか勘弁してもらって、だから耳にイマイチ入ってこないベニー・モレーの歌ではなく、僕にはこの時期のでもすでにぐいぐい迫るペレス・プラード楽団のマンボ・サウンドについてだけ、メキシコにわたった直後に、ビクターのマリアーノ・リベーラ・コンデの商略でベニーと出会い、つまり仕組まれて<政略結婚>し、あくまでビジネスとしてやった結果、たくさんのかけがえのない宝石を二人で産んだ片方であるペレス・プラード楽団のマンボ・サウンドについてだけ、少し書いておきたい。ベニーのヴォーカルそのものや、それがいかにペレス・プラードを成長させたのかを書かないのでは、このディスコロヒア盤についてものを言ったことにはならないが。

まず、みなさんにエッ?!と思われそうなことを書く。深沢美樹さんの『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』収録の音源のなかには、ペレス・プラード楽団のマンボみたいなものがある。僕がいちばんハッキリこれを感じるのが、二枚目三曲目 E.K.’s Band の「Hwe Me Yeye」だ。これは1963年らしいので、ペレス・プラード楽団のマンボ完成よりもあとだ。しかしメカニカルに一定のパターンを反復するあたり、よく似ているよなあ。これは偶然みたいなものとは思えないけれど、どうだろう?一方が他方を聴いて影響されたとかいうたぐいのことではない。アフロ(・ルーツ的)音楽の普遍的特性ってことじゃないかなあ。

たまたま昨夜遅くにディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』とエル・スール盤『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』を続けて聴いてしまい(どうしてだかそうしたい気分になった)、それでオッ!とこれに気づいただけであって、この件にかんしても僕に深い考察などない。ただなんとなくフィーリングが似ている、っていうか相通ずるものがありそうだ、そうだそうだと、深夜にひとりごちてしまっただけなのだ。

最初にマンボはアフリカ的な音楽だと書いたのには、まあこういうことがあるんじゃないかなと思うのだ。ソンのモントゥーノ部だけを取り出して拡大発展させたのがマンボなわけだし、それは短い一定パターンを延々と反復するものなわけで、アフリカ音楽的なものに違いない。キューバに強制移住させれたアフリカン・ルーツな人たちが活かした音の記憶の蘇り、回帰というかさ。

ディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でベニー・モレーの伴奏をやっているものだって、ペレス・プラード楽団はそういうことをやっているんじゃないかと思う。打楽器群がというだけじゃなく管楽器群が、金管と木管がせめぎあいながら短い同一パッセージを反復している場合が多いよね。言い換えればメカニカルで、なめらかな旋律(=西洋)には流れず、吹きつけるというかまるで叩きつけるかのように、ホーン・セクションが咆哮する。

叩きつけるで思いが及んだので書いておく。ペレス・プラード自身が弾くピアノって、まるでアメリカ合衆国ジャズ界のセロニアス・モンクの弾き方みたいだよね。録音年から判断して、モンクの師匠格デューク・エリントンに似ていると言うべきか。右手のシングル・トーンでなめらかでスムースな直線的ラインを弾くことがほぼなくて、だいたいいつもブロック・コードで、それも不協和なハーモニー(矛盾した表現だ)を、ガンッ!ガンッ!と叩きつけるように、引っかかるように弾く。それがペレス・プラードのピアノ・スタイル。

どこで聴けるかなんて問わないで。そりゃもうディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でだってオープニングからラストまで、ほぼ全曲で聴けるもんね。不協和音を激しくぶつけてくるじゃないか。まるで打楽器を演奏するみたいにガンッ!ゴンッ!と、引っかかりながら叩きつけるようにね。これはもちろんアフリカ的なピアノ奏法だと言えるはず。

ピアノは西洋白人音楽の、それも平均律の、権化みたいな楽器だが、世界のいろんなピアニストがそうじゃない弾き方を独自工夫し、開発して実行している。中北アメリカにおけるデューク・エリントン、ペレス・プラード、セロニアス・モンクなどらは、そんななかの一種類のスタイルとして、つまりアフリカン・ピアノ奏法を実行しているという点で、だれがだれに影響を与えたとかいうことじゃなく、軌を一にしているわけだよ。

あ、そういえばディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でもはっきり聴けるものだが、ペレス・プラード楽団の場合も、まるでデューク・エリントン楽団やアルセニオ・ロドリゲス楽団みたいに、ホーン・アンサンブルのサウンドが<濁って>いるというか<歪んで>いる。そんな響きがするよね。

ペレス・プラード楽団の場合では、特にトランペット合奏にこれを感じる。音の濁り、三味線でいうさわりっていうやつ。エレキ・ギターの電気増幅で音をわざと歪めたりするのは、いったんは西洋的に洗練された楽器のアフリカ回帰だと、いろんな方々が言っている。ホーン・アンサンブルが濁って聴こえるのもまた、アフリカ志向なんじゃないかなあ。

ペレス・プラード楽団のブラス、っていうかトランペット群のばあいは、音量を限界まで上げて目一杯ブロウするから結果的に歪んで聴こえるってことかもしれないが、これってエレキ・ギターの音を歪ませるのと、原理は同じことなんだよね。

いやあ、しかし主役であるはずのベニー・モレーのヴォーカルについて、本当にまったく一言も書いていないよなあ(^_^;;)。こんな文章を公開して許されるのだろうか……。

2017/09/16

キューバのダンス・ミュージックと、トランペットと、マンボ誕生(マンボ No.1)

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Bennymoreconperezpradoelgranencuent








キューバのハバーナでは、ヘヴィー級ボクサーのジャック・ジョンスンも試合をしたことがあるんだよ。そう、あの黒人初のヘヴィー級王者になった人で、のちのモハメド・アリが敬愛を表明したり、マイルズ・デイヴィスのアルバム名になったりなどしている、あのジャック・ジョンスン。

あまり関係ない話だったが、さてつい最近、ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集が田中勝則さんのディスコロヒアから出て、かなり好評みたいだ。それまでこの人からキューバ音楽の話を特に聞いたことがないというような音楽ファン、特にエル・スール・ゴーワーズのなかにでも、このアルバムのことを熱心にしゃべる方がいらっしゃる。そりゃそうだよなあ、トロピカル音楽の一つの頂点だもん。

そんな方は、ひょっとしてそのベニー・モレー&ペレス・プラード共演盤がキューバ音楽入門だったりするのだろうか?もしかりにそうだとしたら、次にこれを聴いてほしいというのが、中村とうようさん編纂・解説の2003年ライス盤『キューバ音楽の真実』。このなかにはディスコロヒア盤にも収録されているベニー・モレー&ペレス・プラード楽団共演の一曲「ババラバティリ」だってあるんだよ。とうようさんいわく「この曲はモレー、プラード両者にとって代表的な名演だと思う」(ブックレット p. 19)。

そう、つまりライス盤『キューバ音楽の真実』は、まさしくマンボに焦点が当てられている。とうようさん自身はこれをさほどはっきりとは明言していないけれども、このアンソロジー編纂の意図は間違いなくマンボ誕生の経緯を、実際の音源で辿るというものだ。この非常に強く鮮明な編纂意図がとうようさんにあったことを、僕はまったく疑わない。その際、トランペットが最重要楽器だったとも示すこともあったはず。

それと一緒に、マンボの勃興と実は軌を一にしていた同時期のキューバ音楽であるフィーリンを並べ、この二つともが第二次世界大戦後のキューバ音楽における新解釈、新感覚というもので、実は同じような動きだった、音の表層は異なっているかもしれないが、マンボもフィーリンもモダン・キューバン・ミュージックとして相通ずるものがあったと示すこと、これもまた『キューバ音楽の真実』におけるとうようさんの編纂意図に間違いない。

そのために、もちろん『キューバ音楽の真実』は第二次大戦前の音源からはじまって、それがアルバム全体の25曲中16曲目まで続く。基本的にはボレーロとソン。この二つはそのまま発展して、第二次大戦後にフィーリンとマンボになったわけだから当然だ。<ボレーロ&ソンからフィーリン&マンボへ>。この流れを、『キューバ音楽の真実』を聴いていると僕ははっきりと感じる。

9曲目のセステート・アバネーロ、10曲目のセプテート・ナシオナルなど典型的なソンだって収録されている。ナシオナルのほうにはすでにトランペット奏者がいて、アバネーロのほうにも後年同楽器奏者が加入してセプテートとなるのだが、このトランペットが入るか入らないかの違いは非常に大きい。最初は一本だから自由にアド・リブで吹いているのだが、1940年代に入ったあたりから複数本のトランペットを使うようになり、そうなるとトランペット・セクションの演奏はかっちりアレンジされるようになる。

それが『キューバ音楽の真実』で分るのが13曲目のラ・ソノーラ・マタンセーラ、14曲目のアルセニオ・ロドリゲスあたりから。後者アルセニオの「キラとキケとチョコラーテ」ではサルサまで見えるかのようだが、この話は今日はしない。すでにマンボの祖型みたいな、ハードでメカニカルなソン・モントゥーノ演奏が聴けるという部分に注目したい。
がしかしアルバムのもっと前の収録曲にだって、似たような音傾向のものがある。例えば7曲目オルケスタ・オテール・ナシオナルの「ロス・ダンディーズのコンガ」などはそれだ。1942年のレコードで、トランペットはまだ一本だがアド・リブで吹かず、ほかの管楽器との合奏で短い機械的なフレーズを反復。また、打楽器群によるリズム演奏がハードな疾走感、スピーディさに満ち溢れていて、もうすでにマンボっぽい。
17曲目に来て、そして続けて18曲目と続けて、アンセルモ・サカーサスが収録されているが、『キューバ音楽の真実』のとうようさんは、だれがマンボを創りだしたのかというキューバ音楽史最大の命題への回答候補第一として、このアンセルモ・サカーサスをあげている。確かに17曲目の1943年「B フラット・マンボ」を聴けば、すでに完璧なマンボが完成しているのだとみんな納得するだろう。甘さを徹底排除した、乾いて硬質なサウンド、メカニカルな反復などマンボ「らしい」なんてもんじゃなく、100%ピュアなマンボそのものだ。以下の YouTube 音源では「1949」と見えるが、この流通しているデータが誤りであることも、とうようさんは指摘している。
その後、合間にホセ・アントニオ・メンデスの名曲「至福なる君」(ラ・グローリア・エレス・トゥ)などのフィーリンを挟みながら(う〜ん、どうやら今日はやはりこっちを述べる余裕はなさそうだ)、21、22曲目のベニー・モレーへと辿り着く。21曲目の「サンタ・イサベール・デ・ラス・ラハス」もコクのある素晴らしいマンボだが、なんたって22曲目でペレス・プラード楽団と共演した「ババラバティリ」が凄すぎる。もんのすごく硬いサウンドで、しかも猛烈にスピーディ。ロック・ミュージックの世界で言えば、1960年代末〜70年代のブリティッシュ・ハード・ロックを聴いているかのような、思い切り突き抜ける快感がある。いやあ、凄い凄い。
これの続きは、最初のほうで書いた、今年リリースのディスコロヒア盤ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集『素晴らしき出会い』で書くとしよう。また、それとは別個にホセ・アントニオ・メンデスらのフィーリンにかんしても、ちゃんとまた一度書く腹づもりでいる。さあいつになるやら…。

2017/09/15

マイルズ『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』

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マイルズ・デイヴィス、五週連続シリーズの四回目である『オン・ザ・コーナー』篇。しかしこれ、書こうと思い、すでに作成済みの『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』プレイリストをじっくり聴きなおしてみたら、どうもイマイチな感じに聴こえてしまって、ちょぴりガッカリ。作ったときはそうでもなかったのになあ。まあな〜んも考えてなかったんだろう。

でもこれ以外のものを作りようがないってのも事実。なぜならば、1972年録音に絞りたいと思ってやってみたのだが、72年のスタジオ録音はたくさんあるものの、当時からリアルタイムでリリースされていた72年発売の『オン・ザ・コーナー』と74年発売のどっちも二枚組『ビッグ・ファン』と『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に面白い部分がかなり収録されてしまっているからだ。

1973〜75年録音であればそうでもなくて、完全未発表、あるいは短縮編集ヴァージョンがリリースされていたとか、または通常の方法では入手困難となっていたものなどのなかにも、かなり面白い演奏がたくさんあるから、来週の『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』はそんなひどく悪くもないんじゃないかと自負しているのだが、今日の『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』は、う〜ん…、ちょっとこれは…。熱心なマイルズ愛好家以外にはちっとも面白くなさそうだ。でも72年の未発表もので作るとこうなってしまうんだ。かといって73年以後だと音傾向がかなり変化するので、『オン・ザ・コーナー』の”アナザー”篇としてはふさわしくない。難しいなあ。

と言い訳ばかりしておいてから書く以下のプレイリスト、すべて2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』六枚組の CD1と CD2からとってある。

1. One And One (Unedited Master)
2. Jabali
3. Chieftain
4. U-Turnaround
(Total 53 min)

以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティ。

1. Recorded June 6, 1972

Miles Davis - trumpet
Carlos Garnett -  tenor sax
Bennie Maupin - bass clarinet
Dave Ceamer - guitar
Herbie Hancock - electric piano, synthesizer
Harold Ivory Wiliams - organ, synthesizer
Colin Walcott - sitar
Michael Henderson - bass
Jack DeJohnette - drums
Billy Hart - drums
Don Alias - persussions
Badal Roy - tablas

2. Recorded June 12, 1972

Miles Davis - trumpet
Bennie Maupin - bass clarinet, flute
Herbie Hancock - electric piano, organ
Lonnie Liston Smith or Harold Ivory Wiliams - electric piano
Colin Walcott - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Billy Hart - drums
Don Alias - percussions
Badal Roy - tablas

3. Recorded August 23, 1972

Miles Davis - trumpet
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas

4. Recorded November 29, 1972

Miles Davis - trumpet
Carlos Garnett -  soprano sax
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas

この1972年『オン・ザ・コーナー』期最大の特色は、サウンド・カラー、リズム・テクスチャーが、良く言えば彩り豊かでゴージャス。悪く言えばゴチャゴチャしていてまとまりがなく、はっきり言って聴きにくくノリにくいような部分もある。先週の『”アナザー”・ジャック・ジョンスン』の明快なシンプルさとは大違いだ。来週の『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』で、それがまた少し戻ってくる。だから『オン・ザ・コーナー』期だけのキャラクターなんだよなあ。

そんなふうになっている最大の理由はシタールとタブラだろうけれど、これしかし、1969年末に一度導入して使っていたにもかかわらず、先週書いたように70年春ごろの『ジャック・ジョンスン』期の関連セッションでは使わなかった。72年になってまた再び使いはじめたわけだけど、これも73年の初頭でやっぱりやめて、その後は死ぬまでずっと使っていない。ってことは69年末〜70年頭の冬と72年だけの、例外的な楽器使用だったんだよなあ。マイルズの胸中やいかに?

しかしそんな例外期に、例外的なインド楽器を大胆に使って、例外的に面白い『オン・ザ・コーナー』収録曲ができあがってしまって、例外的に強い印象を大勢にいまだに与え続けているもんだから、あたかも<これぞマイルズ・ファンクだ!>みたいな捉え方をされているかもしれない。マイルズ・ファンク全体から見たらそうでもないんだよ。例外のほうにいちばん面白い本質が出現するのだという、この世の真実がここにもあるのかもしれないが。

そんなわけで、上で書いたように僕作成のプレイリストも四曲ぜんぶシタールとタブラ入り。これは当たり前だ。1972年録音でそれらを使っていないセッションは、スタジオ録音はもちろんライヴ・コンサートでもまったくひとつもない。それで相当ややこしいというか、サウンド・カラーが鮮やかなというか、めんどくさそうで聴きにくくとっつきにくい音楽ができあがっている。

1「ワン・アンド・ワン(アンエディティッド・マスター)」は、こんな曲題になっていて、『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』附属ブックレット記載でも<コンプリートでは未発表>という記載になっているから、短縮編集でもされて一部がどこかに使ってあるのか?と思うんだけど、「ワン・アンド・ワン」という同一題のトラックを含む『オン・ザ・コーナー』には存在するように聴こえない。あれじゃないかなあ、以前書いた1998年リリースのビル・ラズウェル・リミックス『パンサラッサ』の一部に流用されているもののことを指しているんじゃないのかなあ。
この記事で書きたいことはぜんぶ書いたので、繰り返さなくてもいいだろう。とにかくいきなり出だしのエレキ・ギター(デイヴ・クリーマー)がギョイヨ〜ンとカッコイイのなんのって。マイルズのスタジオ録音ではあまり聴けないサウンドだよなあ。あまりっていうかほとんどないんじゃない?こんなヘヴィ・メタル・ギターみたいなのはさ。それ以外は、やっぱり『オン・ザ・コーナー』とほぼ共通する音楽性だ。でもこんなギター・サウンドはないからなあ。
2「ジャバリ」というこの曲題は、この曲の録音やその他『オン・ザ・コーナー』になったトラック群など、1972年にはマイルズのスタジオ録音セッションによく参加していたドラマー、ビリー・ハートのこと。でも彼はこの曲ではあまり活躍していない。主にマイクル・ヘンダスンの弾くエレベの同一フレーズ反復が土台をつくって、三管が絡み合いながらソロを取る。バス・クラリネット&フルートのベニー・モウピンがマイルズのセッションに参加したのは、これが最後のはず。まあ聴いてもあまり面白くないだろうが、こんな傾向の曲がこの時期に複数あって、それが結局1975年来日公演盤『アガルタ』『パンゲア』のどっちも二枚目で開花するんだよね。すなわち「イフェ」の路線だ。
3「チーフタン」は、1973〜75年のライヴ・コンサートでは毎回必ずやっていた「チューン・イン・5」のスタジオ・オリジナルだ。偶数拍子じゃないリズムがまるでヨレて突っかかるみたいで、ちょっと面白いかもしれない。それからこの1972年8月23日は、レジー・ルーカスの初お目見え。その後73〜75年(の特にライヴ)では欠かそうにも欠かせない、マイルズ・ファンク絶対必須の要石だったレジー。このことはマイルズも75年来日時のインタヴューで明言していた。
4「U - ターナラウンド」は、同じ日の録音で「ターナタウンド」と題されたトラックの録音も『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』に連続収録されているのだが、演奏時間が九分も違うわりには、内容にまったく差がない。同じ曲、というかモチーフをやっていて、「ターナタウンド」のほうはそれを延々とリピートしているだけだ。だったら時間が短いほうがいいと思い、こっちを選んでおいた。これは1975年来日公演盤『アガルタ』で聴ける「プレリュード」での二管でやるテーマ・モチーフと同じもの。スタジオ録音があったんだよね。まだこの時期はイマイチ面白味に欠けるけれどね。

2017/09/14

Hats Off to Patti Page Singing the Duke

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田中勝則さん編纂のディスコロヒア盤2014年の『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』。これをエル・スール(http://elsurrecords.com)で買うときにだけ附属してくる無料 CD-R『パティ・シングズ・スタンダード』が、も〜うホ〜ントすんばらしいのなんのって。なんなんだこの素晴らしさは!パティ・ペイジのことを、そのへんのただの甘ったるいポップ・シンガーで人気はあったがシリアスに耳を傾けるにはちょっとね…、なんて考えているジャズ・ファンの方々は、速攻、エル・スール(http://elsurrecords.com) で『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』を買い、附属する『パティ・シングズ・スタンダード』を入手し聴いてほしい。
ジャズ聴きである僕の耳には、ワルツ・ナンバーがどんどん来る『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』は、まあ最近どんどんいい感じに聴こえるようになってはいるものの、それでもいまのところはまだ『パティ・シングズ・スタンダード』のほうがずっとイイ。本来附属品であるはずのもののほうが本体みたいになっていて、愛聴することこの上ない大好物になっているんだよね。

『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』解説文の田中勝則さんによれば、パティはマーキュリー・レーベル時代の1954年にスタンダード・ナンバーの録音を開始。7インチ EP シングルでなんまいか発売され、その後10インチ、12インチの LP レコードでいくつか出て、コロンビア移籍後の1963年までアルバムがあるそうだ。しか〜も!なんと!どれもこれもまだ CD リイシューすらされていない(というのは2014年時点での情報だが)そうだ。こんなに嘆かわしい事態があるだろうか?ポップ・ファン、ジャズ・ファンの双方にとってアメリカ音楽史上最大の痛恨事じゃないだろうか?

僕がこう言えるのも、たった12曲、たった37分間とはいえ、『パティ・シングズ・スタンダード』で一部が聴けているからだ。あるいはひょっとしてこの CD-R 収録曲以上の、あるいは同じくらいの出来のものは、ほかにないのかもしれない。そんな厳選した12曲なのかもしれないが、これほどまでに素晴らしいんだから、これらよりちょっとくらい劣っていたって、僕ならぜんぶ聴きたいね。

ちゃんとそれらパティのスタンダード曲歌唱をどこか CD 化してくれ!それまで待つことなど不可能だから、と思えるほど『パティ・シングズ・スタンダード』で聴ける歌が素晴らしく輝いているから、辛抱たまらず今日書いているんだよね。

なんたっていちばんすごいのがトップに四曲並んでいるデューク・エリントン・ナンバーだ。その四曲こそ、パティの持つ真の意味での技巧が非常によくわ分るものだ。どうしてかって、それら四つとも元は歌じゃない器楽演奏曲だからだ。ところがそれらをパティは軽々と余裕綽々で、あたかも最初からヴォーカル・ナンバーとして作曲されたものであるかのように、実にスムースかつナチュラルに歌いこなしている。

『パティ・シングズ・スタンダード』トップの四曲は、どうやらマーキュリー1954年の7インチ EP『パティ・ペイジ・シングズ・ザ・デューク』(EP-1-3089)に収録されているものを、そのまま持ってきているようだ。曲は「アイ・ガット・イット・バッド」「ドント・ゲット・アラウンド・マッチ・エニイ・モア」「ドゥー・ナシン・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」 「アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オヴ・マイ・ハート」。エリントン愛好家じゃなくたってジャズ・ファンなら間違いなく全員知っている。

しかもですね、その『パティ・ペイジ・シングズ・ザ・デューク』のジャケットには御大エリントンが写っていて、しかも歌うパティの背後でのアンサンブル・サウンドを聴いて判断するに、これはデューク・エリントン楽団自身が伴奏をつけているんじゃないだろうか?楽団はそうじゃないかもだけど、アレンジだけは間違いなくエリントン本人のペンだ。紙に情報があるわけないのでネット検索したが、いくら調べてもこの伴奏がエリントン楽団だ、アレンジャーがエリントンだということを書いてあるものはなかった。エリントンの各種ディスコグラフィをどれほど見ても分らないんだよね。

だからまたしても僕の耳判断という、この世で最も信頼ならないものをアテにするしかないのだが、『パティ・シングズ・スタンダード』のトップ四曲エリントン・ナンバーは、すなわち7インチ EP『パティ・ペイジ・シングズ・ザ・デューク』は、エリントン楽団が伴奏か、あるいはほかの演奏家たちかが、エリントンの書いたスコアをやっていると言い切ってしまう。最も顕著なのがリード楽器(サックス&クラリネット)セクションの、あの独特のハーモニー・カラーだ。それにブラス群が絡むときの、ちょっぴりジャングル・サウンドっぽくグロウルしているあたりとか、ブラスのなかでもトロンボーン・セクションのブワッ、ブワッっていうあの茫洋とした響きとか、エリントンっぽいよなあ。

この御大デューク・エリントンがアンサンブル譜面を書き、自楽団か別楽団で伴奏をつけて、スタンダード化している自身の有名代表曲をパティ・ペイジが歌ったのだという、この僕の推測が当たっているのだとすれば、パティは、ジャズ界最高の、いや、アメリカ音楽史上最高のアンサンブル集団(かあるいはそれを率いる人物の書いた譜面)を向こうに廻し堂々と微塵も臆するところもなく、もともとは楽器で演奏するために書かれたメカニカルな旋律である上記四曲を、まったくメカニカルに聴こえないほどスムースな歌として、しかしそれでも元旋律には忠実正確に歌いこなしているっていう 〜 なんだこりゃ?!神業じゃないか!!ひょっとしてパティ・ペイジって、アメリカ音楽史上最高峰の歌手だったんじゃないだろうか?

『パティ・シングズ・スタンダード』ではトップ四曲のエリントン・ナンバー以下、五曲目以下の八曲も大変に素晴らしいが、いやあ、参りました。完全に脱帽だよね、こんな歌の数々。どうして本家がちゃんとした CD リイシューをしないのか、それだけが不可解千万。リイシュー CD がないのは大失態だ。全人類にとって大損失だとしか思えない。

2017/09/13

ヴェトナム女性歌手実力ナンバー・ワン?のベスト作?

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あいかわらずヴェトナム歌謡完全無知状態が続いている僕だけど、これをどうして買ったのか分らないのだが、女性歌手フーン・ラン(Hương Lan) の2014年作『Tạ Ơn Mẹ』を僕は持っている。なんでもアメリカ西海岸に拠点を置いて活動しているらしい。妹のフーン・タンがわりと知られているかもしれないような様子だけど、そっちも僕はぜんぜん知らない。この姉妹、姉の『Tạ Ơn Mẹ』が今年二月にエル・スールに入荷したのを買っただけで、いまだにその一枚だけしか聴いていない。フーン・ランについての Wikipedia があるが、ヴェトナム語だからいまの僕には読めない。
なにを歌っているのかサッパリ分らないのだが、フーン・ランの『Tạ Ơn Mẹ』はかなりいい内容だ。アメリカ西海岸で作品創りということで、ほかのアルバムは、なんでも洩れ聞く話によれば打ち込み系などの電子楽器サウンドがやかましいなどということになっているらしく、ヴォーカルの力量は文句なしなのにサウンド・プロダクションがなあ〜…と言われているんだそうだ。『Tạ Ơn Mẹ』一枚だけしか聴いていない僕に言う資格ゼロだが、そんな部分が微塵もないアルバムで、こ〜りゃいいね。

『Tạ Ơn Mẹ』は、収録の10曲、すべて地味目の伴奏。中心がアクースティック・ギターで、あとはヴァイオリンと、それからアコーディオンかハーモニカか、とにかくそんな撥音構造の楽器音、場合によってはストリングス・アンサンブルと、かなり控え目なバック・コーラス陣。いちおうドラムス(は打ち込みか?)とエレベも入ってはいるのだが、ほぼ聴こえないに等しいとまで言いたいほどの脇役ぶり。

そんなサウンドで、ひたすらフーン・ランの、味わい深い極上ヴォーカルのみにフォーカスしたようなアルバム『Tạ Ơn Mẹ』。こりゃ最高の一枚だ。これ以外のこの人のアルバムも興味があるところなんだけど、どんなもんなんだろう?お聴きになっている方は例外なく、これまでのアルバムはオススメできる内容ではないのだとかで、その原因は彼女の歌ではなく、バック・アンサンブルにあるのだとか。みなさんそうおっしゃっているので(ということは、僕の場合、『Tạ Ơn Mẹ』を聴いてこりゃイイネと思ったあとに調べて読んだ)、う〜ん、それだったらあまりにももったいない。『Tạ Ơn Mẹ』で聴く限りでは、本当にヴェトナム女性歌手実力ナンバー・ワンと言いたいほどなのに。

レー・クエンやヴィ・タオあたりよりも、一人の女性ヴォーカリストとしての実力はフーン・ランのほうが上かもれないよなあ。そしてこれら三名になにか共通する要素が非常に濃いように感じるのは、もともとそんな曲ばかり歌っているということなのか?そんな音楽世界に立っている存在たちなのか?あ〜るいは、ひょっとしてヴェトナム語で歌うときの、この言葉の発音が持つ、なんらかのしっとり湿ったようなものがあるってことなのか?ヴェトナム語がまだまったく一言も分らないが、ほかの言葉で歌われる抒情歌謡とはなにかが違っている。そしてその違いが生み出す特質は、上記三名のヴェトナム女性歌手はみんな共有している。あと、北ではなく南ヴェトナムの音楽世界という部分もあるのだろうか?どうなんでしょう?どなたか教えてください。

分らないことだらけで暗中模索状態なんだけど、フーン・ランの『Tạ Ơn Mẹ』は本当に素晴らしい。主役女性歌手の声にシットリと湿った落ち着きがあって、歌い廻しも決して昂ぶったり激しく情感をぶつけるようなことがない。じっくりゆっくりと優しく、そんな感じで切なくリリカルな表現をする。そして伴奏サウンドもそれを支える控え目な脇役に徹していて、耳障りに出しゃばる部分、歌を邪魔する部分がまったくない。

こんな世界は、僕の場合、若いころだとまったく馴染めなかっただろうなあ。55歳なのにまだまだ幼稚な男子高校生みたいな僕だけど、最近はこんな音楽「も」、本当にイイと心の底から実感するようになった。いやホント素晴らしんだよね、フーン・ランの『Tạ Ơn Mẹ』。エル・スールのサイトでは再入荷待ち状態になっているので(しかし、僕はマジでどうしてこれを買ったのだろう?)、その筋には人気があるってことだよなあ。

その筋じゃない方々、またヴェトナム女性抒情歌謡世界のファンのみなさん、またそんな世界が好きだけど、レー・クエンのハスキーで重たい歌い廻しはちょっと苦手かも…とおっしゃる向き(がけっこういらっしゃる)、その他あるいは、どこの国のどんな音楽でも、ポップでありかつ賑やかに跳ねすぎず、しっとり落ち着いたフィーメイル・ヴォーカル・アルバムをなにか一枚、とお探しのあなた、推薦盤ですぞ、フーン・ランの『Tạ Ơn Mẹ』。ぜひに。

2017/09/12

コルトレーンなジャズ・ファンク 〜 1970年ライトハウスのリー・モーガン

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1970年7月10〜12日にカリフォルニアで行われたリー・モーガン・クインテットのライヴ・パフォーマンスを少し収録した CD 三枚組『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』。少しというのは、このアルバム附属のブックレット末尾に三日間のセット・リストがぜんぶ掲載されているのだが、三枚の CD には全パフォーマンスの約半分しか入っていない。

それでも1971年に LP 二枚組でリリースされたときは、片面一曲ずつの計四曲しか収録がなかったわけだし、また、セット・リストを眺めていると、一日三回ステージの三日間計12セットでは同じ曲がなんども演奏されていて、同じメンツによる一続きの三日間であることを踏まえると、同じ曲の演奏内容にはあまり差がないんだろうと判断できる。1996年にリイシュー CD をプロデュースするためブルー・ノートのテープ倉庫に入り、おそらくは全部聴いたであろうボブ・ベルデンもそう考えたはず。

それでリー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』は CD 三枚で計12曲の収録となっているのだが、まず第一印象としては、LP で聴いていたみなさんも同じだと思うのだが、一曲の演奏時間が長い!長すぎるんじゃないかとすら感じる場合もある。がしかしこれはちょっと興味深い考察テーマになりうるかもしれない。なぜならば、これ、1970年のライヴでしょ。同時期の(一部の)ロック音楽家のライヴ・アルバムのことを思い出してみて。

英クリーム、ブラインド・フェイス(は1970年にはもうないが)、米グレイトフル・デッド、オールマン・ブラザーズ・バンドなどなどその他たくさん、その後90年代のジャム・バンドの先駆け的存在だったロック・バンドは、スタジオ録音作品ではそうでもないが、ライヴ演奏は長尺になることがかなりあったじゃないか。そんなアルバムがたくさんある。今日話題にしているリー・モーガンのライヴは1970年7月で、しかも西海岸で行われたものなんだよね。ねっ、ちょっと面白そうでしょ。

1960年代末ごろからロック・バンドのライヴ演奏が長尺化していたのは、私見ではブルーズをサイケデリック化してジャムっていたから、ってことに煎じ詰めるとそうなるんだけど、一面、60年代フリー・ジャズのライヴ・パフォーマンスにも影響された面があったかもしれないよね。ジョン・コルトレーンだって、ライヴでは一曲を延々20分とか30分以上もやっていた。フリー・ジャズ・メソッドのロックへの流入?

リー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』は、あくまで直接的にはコルトレーン的1960年代モーダル(&ちょっとだけフリー・)ジャズ・ライヴの延長線上にある。なんたって(ほとんどの曲で)テナー・サックスのソロを吹くベニー・モウピンのスタイルなんか、コルトレーンのそれをソックリそのまま引き写したものだし、ピアノのハロルド・メイバーンだってドラムスのミッキー・ローカーだって、マッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズみたい。ベースのジミー・メリットとリーは、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ時代からの旧知の仲。

ただし、コルトレーンの1960年代モーダル・ジャズ、フリー・ジャズ風が基本になっていて、CD 三枚の収録曲の多くがそんな演奏であるリー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』だけど、最大の違いは、このリー・モーガンのアルバムではかなり重要なことだから強調しておきたい。それはリー・モーガンのほうはファンキーで、しかもジャズ・ロック風だということ。ジャズ・ファンク一歩手前みたいな演奏や、ラテン・ジャズ・ロック(or ファンク)みたいなものだってある。

しかしながらじっくり考えてみたら、そんなファンキーなロック、ファンク、ラテンへのジャズ・メン側からの接近だって、実は1967年に死んだコルトレーンの遺産だという面もあるんだよね。かつてのボスだったマイルズ・デイヴィスがそれを70年代に本格継承して発展させ開花させたんだ、マイルズのあんなのは、要はかつての弟子コルトレーンからこうむった逆影響だったんだと、僕は以前から繰返している。そんな影響はリー・モーガンにだってあっただろうし、なんたって完璧コルトレーン・スタイルで吹くテナー・サックスのベニー・モウピンが、もう…。ベニー・モウピンにかんしてはこんな路線の発展系が、『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』の少しあとからハービー・ハンコックのファンク・バンドでの活動につながったと考えれば、いろんなことがだいたい分るでしょ〜。

そんなわけだから、まだずいぶんと1960年代モーダル&フリー・ジャズそのまんまみたいな部分を(特にベニー・モウピンが)残しているとはいえ、リー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』で聴けるジャズ・ファンクへの予兆みたいな部分だって、コルトレーンの蒔いた種が花開き収穫したものなんじゃないかなあ。ベニー・モウピンが8/16系ビートのファンキー・リズムに乗ってフリーキーにブロウしまくるのを聴いていると、あと三年だけでもコルトレーンが生きていてくれたら間違いなくこうなったはずだと確信できる。ジャズ・ロック、ジャズ・ファンクなどと言うと、一部のコルトレーン信奉者は顔を真っ赤にして怒り出すかもしれないが、分っていないのはアンタがたのほうだ。

リー・モーガンの場合は、七年前の1963年に『ザ・サイドワインダー』みたいな作品を発表してはいるので、62年に「ウォーターメロン・マン」(『テイキン・オフ』)をリリースしていたハービー・ハンコックみたいな資質は間違いなくあった。そんなロック/ファンクな8/16ビート・グルーヴを発展させて、その後のコルトレーン(的モーダル、フリー)・ミュージックを滋養とし、さらに結果的には同じところに辿り着いた同時代のロック・バンドみたいな長尺ライヴ演奏を展開した 〜〜 これが1970年録音の『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』の本質なんだと僕は信じている。

曲「ザ・サイドワインダー」だって、オリジナルよりもグッとファンキーさを増して再演しているのが、三枚目ラストに収録されている。この曲はいわばアンセムみたいなもんなのだ。リー・モーガンもベニー・モウピンも激しくブロウするのがイイし、その背後でミッキー・ローカーがファンク・ドラミング(特にスネアの叩き方)を聴かせてくれるのもウレシイが、最大の歓喜はハロルド・メイバーンのピアノ・ソロ後半だ。
ピアノ・ソロの真ん中でトランペット+テナー・サックスの二管アンサンブルによる伴奏リフが入るのだが、それが終った瞬間(10:01)にハロルド・メイバーンは、いきなりウィルスン・ピケット1962年の大ヒット・チューン「ダンス天国」(Land of 1000 Dances) のかの有名なリフレイン部分を弾くんだよね。なんてカッコよくてなんて楽しいんだろう!録音状態にやや難ありと判断されたのか、1971年のレコード・リリース時にお蔵入りし、三枚組 CD でもラストにオマケみたいにひっついているのだが、とんでもない。付録どころか、「ダンス天国」なこの「ザ・サイドワインダー」こそが最大の目玉なんだよなあ。

最後に、リー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』で聴けるラテンとブラジリアンについてちょっとだけ。スパイス的に使われているラテン・テイストなら随所にあるが、いちばんはっきりそのまんまなのは二枚目三曲目「サムシング・ライク・ディス」。ミッキー・ローカーのドラミングがなかなか凄い。
続く二枚目ラストの「アイ・リメンバー・ブリット」。これは明快なボサ・ノーヴァ・ジャズ。ミッキー・ローカーがリム・ショットをそれふうに多用し、またベニー・モウピンはフルートを軽やかに吹く。この一曲だけは1960年代コルトレーンからの影響を僕は感じない。作者はハロルド・メイバーンだけど、アントニオ・カルロス・ジョビンの「ウェイヴ」にそっくりだよね。

2017/09/11

ヤー・ハビービー

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現代アラブ歌謡ってどんなもの?と問われたら、迷わずこれを差し出したいアオラ盤 CD 二枚組『アラブの偉大な声たち』。もとはフランスの MLP が2016年にリリースしたもの(『Grandes Voix Arabes』) だけど、これはもう断然日本盤のほうをオススメする。唯一にして劇大なる根拠は、アラブ・ヴァイオリニストである及川景子さんがお書きになっている日本語解説文があまりにも素晴らしすぎるからだ。たんに内容が優れているというだけではない。仏 MLP 盤 CD 記載の作詞・作曲者名や年号の間違いまでもすべて正してくださっている。現代アラブ歌謡とはどういうものなのか?ということも及川さんが丁寧に説明してくださっていて、いまの日本で実際の音源を聴きながらそれが実感できるものとして、『アラブの偉大な声たち』が最高の一品だ。

というわけで、僕の今日のこれ以下の文章は、ほぼ九割がた以上、『アラブの偉大な声たち』解説文で及川景子さんがお書きになっている内容のソックリそのまま引き写しをやろうと思う。だからこの日本盤 CD をお持ちの方々はお読みになる必要などまったくない。そんなことでいいのか?と言われそうだけど、実際の演奏活動をとおしても中東アラブ地域、トルコ、ギリシアなどの音楽に造詣が深い及川さんの文章を利用しない手はない。この『アラブの偉大な声たち』日本盤 CD をお持ちでない方々向けには、及川さんの引き写しこそがいちばんいい現代アラブ歌謡解説になるはずだ。

『アラブの偉大な声たち』に収録されているのはたったの五人だけ。フェイルーズ(レバノン 1935〜)、ファーイザ・アハマド(レバノン、シリア 1934〜1983)、ムハンマド・ファウズィー(エジプト 1918〜1966)、ムハンマド・アブド・エル・ムッタリブ(エジプト 1907?1910?〜1980)、サイード・ダルウィーシュ(エジプト 1892〜1923)。

これら五人のうち、『アラブの偉大な声たち』二枚組のラストに三曲収録されているサイード・ダルウィーシュだけは異色というか、<現代>アラブ歌謡歌手ではない。ダルウィーシュは、いわば産みの親であって、彼から、この『アラブの偉大な声たち』でもファーイザ・アハマドがたくさんその曲を歌っているムハンマド・アブドゥルワッハーブなどへ辿り着き、アブドゥルワッハーブの流れを汲むようにして、その後の現代アラブ歌謡が誕生した。

だから基本的には現代アラブ歌謡を収録している『アラブの偉大な声たち』のラストにサイード・ダルウィーシュが書き歌ったものが収録されているのは、いわば<特別枠>であって、すべての歌手たちの先駆者的存在だったことを踏まえ、源泉を示して、日本でもかなり知名度が高いフェイルーズその他が活躍するようになる素地がどんなものだったのかを、実際の音源でわ分りやすくしようという意図だったんだろう。

『アラブの偉大な声たち』ラストに三曲収録されているサイード・ダルウィーシュの歌は、原盤 CD クレジットだと1930年という記載になっているのだが、彼は1923年に亡くなっているわけだから、これは曲の版権登録年か楽譜出版年という意味なのか?音を聴くと、そんなムチャクチャ古いような気がしないので1920年代の録音か、そのちょっと前あたりじゃないかなあ。以前も触れたがエジプトはレコード産業が全世界で最も早く活発になっていた国。そしてアラブ音楽産業のメッカだから、1920年代でもこれくらいの良好音質で録れていてもまったく不思議はない。

それら三曲で聴くサイード・ダルウィーシュの曲と歌では、例えば同じ『アラブの偉大な声たち』収録のファーイザ・アハマドが歌うムハンマド・アブドゥルワッハーブなんかの曲と比較しても遜色ないモダンさを僕は感じる。というのはたんに古典好き資質が抜きがたい僕だけの感想かも。控え目に言えば、アラブ古典の粋を極めているがゆえに現代性を獲得しているとでもいう感じかなあ。とにかく曲も情感豊かだし、歌声・歌い方にも艶、セクシーさが感じられて素晴らしい。こんなダルウィーシュの歌なら何時間でも続けて聴いていたいよ。でも本格的なアルバムがまだないはずだよなあ(嘆息)。

サイード・ダルウィーシュがいくら素晴らしいからといっても、<祖>にばかりこだわっているわけにはいかない。『アラブの偉大な声たち』収録の他の四人の話もちょっとはしておかなくちゃね。

最初に登場するのがご存知フェイルーズだが、二枚組全体をとおしてなんども聴いていると、アルバム・トップのフェイルーズに戻ったときに、やはりハッとしてしまう。群を抜いて素晴らしいキラメキのある声と歌い方だよなあ。ラハバーニ兄弟の曲創り、オーケストレイションもゴージャスで文句なし。こういったたぐいの伴奏と歌い方を、今年リリースされた新作におけるヒバ・タワジと、そのアレンジ、プロデュースをやったウサマ・ラハバーニも間違いなく継いでいる。っていうかソックリそのままじゃんねえ。
『アラブの偉大な声たち』二番目登場のファーイザ・アハマドは、間違いなくアスマハーン・フォロワーだ。収録の六曲はすべて1957年の歌のようだから、ちょうど中心地カイロの芸能シーンに足を踏み入れたあたりの時期なんだろう。重厚で気品があって、しかも輝きのある声と歌い方。曲はラストの CD1 - 11曲目を除きすべてムハンマド・アブドゥルワッハーブのもの。なかでも特に6曲目の「最愛なる貴婦人」(Sett El Habayeb)なんか、超絶名曲だよなあ。アブドゥルワッハーブ自身の歌もよかったが、ファーイザ・アハマドが歌うとまた違った感じで味わい深い。

ファーイザ・アハマドは、個人的嗜好だけなら、フェイルーズの声よりも好きだ。9曲目「誰よりも尊い貴方」(Ya Ghali Aalaya)で、なんどもなんども「ヤー・ハビービー」(私の愛する人)とリピートするあたり、たまらない。異性愛ではなく兄弟愛の歌なんだそうだが、僕は自分勝手にワガママに、女性が僕に向けて歌ってくれているのだとメイク・ビリーヴしながら聴いている。それでいいじゃん、許して。

『アラブの偉大な声たち』。二枚目収録の男性歌手のうち、上で触れたサイード・ダルウィーシュ以外の二名について書く余裕が少なくなってしまった。最初に登場のムハンマド・ファウズィーの四曲はファウズィー自身が書いている。曲もいいのだが、それよりも僕はファウズィーの堂々とした声の張りと歌いっぷりに聴き惚れる。三曲目の「世界に向かって微笑んで」(Ebtesmi Lel Donia)では、即興的詠唱のあと中盤(2:23あたり)以後はラテン・リズムを活用。例によってのお馴染で、アラブ音楽とラテン・リズムの親和性の高さを示すあたりも楽しい。

続いてやはり四曲収録のムハンマド・アブド・エル・ムッタリブはやや塩辛い声質で、重厚なヴェルベット・ヴォイスが多い世界ではちょっと珍しいタイプなのだろうか?いや、もちろんエル・ムッタリブも朗々とした発声・歌い方・節廻しで聴き入るけれども、ちょっとだけ資質が異なっているように僕は感じる。なんというか、このアブド・エル・ムッタリブの歌には、近寄りがたい気高さよりも、身近な庶民感覚みたいなものを聴きとるのは僕だけ?つまり、ちょっとだけシャアビっぽいような、そうでもないような?

2017/09/10

ブラウニーのストックホルム・セッション四曲

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そういえば最近ないなと気がついたので、なんでもないふつうのモダン・ジャズのことも書いておこうっと。どなたかお待ちになっている読者さんが…、ということはぜんぜん分らないのでそういうことじゃなく、僕自身がやっぱりたまには書きたいだよね、ハード・バップみたいな音楽のことをね。心の底からさ。

それでクリフォード・ブラウンの、スウェーデン録音を含む『メモリアル』をチョイスしたのだが、ちょっとややこしく混同しそうなので注意が必要なのは、ブラウニーの場合、『メモリアル・アルバム』というタイトルのものもあって、タイトルだけからしたら混同必至だけど、なんの関係もない別のアルバムなのだ。同じ1953年録音だけど、『メモリアル』は6月のニュー・ヨーク録音と11月のストックホルム録音でプレスティジ盤。『メモリアル・アルバム』のほうは6月と8月のブルー・ノート録音。

う〜ん、でも似ていることは似ているなあ。同じ年だしパーソネルもジジ・グライスが重なっている。これは当然なんだよね。この1953年というとブラウニーはライオネル・ハンプトン楽団の一員だった時期で、同楽団で冬に渡欧した際、パリで楽団員の一部と深夜に繰り広げたセッションの録音集が、例の九月録音の三枚『パリ・セッションズ』(その他種々のタイトルで出ている)なんだよね。そしてこの『パリ・セッションズ』一枚目はビッグ・バンド編成だが、そのアレンジを書いたのが(クインシー・ジョーンズではなく)やはり同楽団員だったジジ・グライスにほかならない。

クインシーだってこの当時のライオネル・ハンプトン楽団に在籍していたのに、あの譜面を書いたのがジジ・グライスだという(のは間違いない)のは、どうしてだったんだろうなあ?あの一連のパリ・セッションは、同楽団メンバーがボスには秘密にしたまま、深夜にホテルを抜け出して実施したものだと言われているのだが(本当だろうか?)、クインシーはホテル脱出に参加しなかったってことかなあ?

あっ、ふつうのモダン・ジャズの話をするといいながら、またしてもいつもの方向へ話が逸れていきそうなので、退却退却、話を戻して『クリフォード・ブラウン・メモリアル』。同じ1953年録音だけど、僕にとってはストックホルム録音の四曲こそが沁みるので、もう片面のニュー・ヨーク録音5曲6テイクは、実はさほどでもない。11月ストックホルム録音の、例えば「ストックホルム・スウィートニン」とか「恋に恋して」(Falling In Love With Love)とか「恋人よ我に帰れ」(Lover Come Back To Me)とか、いいじゃんねえ。

告白するけれども、大学生のころの僕が『クリフォード・ブラウン・メモリアル』をレコード・ショップ店頭で見て買おうと思った最大の理由が、「恋人よ我に帰れ」があるからだった。大好きなんだよね、この曲のメロディの動きが。特にサビ部分が。そういえばこれも大学生のころだったかもっとずっとあとだったか、ジュリー(沢田研二)が、なにかのテレビ・ドラマ(?)のなかで、この曲を歌っていたよなあ。どんな感じだったのかも忘れてしまったが、とにかく僕は好きな一曲。女性ジャズ歌手のものなら、ビリー・ホリデイのとかじゃなく、ミルドレッド・ベイリーのがいちばんいいと思うよ。

ありゃ、またよりみちをしそうに…。ほんみちに戻して戻して『クリフォード・ブラウン・メモリアル』。じゃあその「恋人よ我に帰れ」の話からしようっと。ピアノ・イントロに続きいきなり朗々と吹きはじめるのがブラウニーだ。このストックホルム・セッションには、当時のライオネル・ハンプトン楽団の同僚だったアート・ファーマーも参加していて、彼もかなり上手いのだが、出だしのトランペットがブラウニーであることは誰も疑わないだろう。この二名以外はスウェーデン人ジャズ・メンが演奏している。
いやあ、「恋人よ我に帰れ」って歌詞がどうこうっていうんじゃなくって、(なかでも特にサビ部の)メロディの動きが本当に素晴らしいよ。それをブラウニーみたいな輝かしいトランペット・サウンドで演奏されるからタマラン快感だ…、と思いきや吹かず、いきなりアド・リブ・ラインをやる。でもコード進行はイイネ。これを録音した1953年というと、一般的な見方としては、ブラウニーはまだ完成しきってはいないということになりそうだけど、そんなことないぜ〜。レコード・デビューである1952年のクリス・パウエル楽団での録音からして、すでにブラウニーは立派で完璧だ。
ストックホルム録音の「恋人よ我に帰れ」。一番手のブラウニーに続き、名前の読みが分らないスウェーデン人ピアニスト(Bengt Hallberg)のソロはちょっぴりエディ・コスタっぽい弾き方(でもぜんぜん知らん)。続きアルト・サックスのソロ(Arne Domnérus)はアメリカ西海岸の白人サックス奏者に似た柔らかく軽いサウンド。内容はどうってことないような。次いでバリトン・サックス・ソロ(Lars Gullin)。この人はジェリー・マリガンに似ているから、マリガン好きな僕にとってこのバリサクは、『クリフォード・ブラウン・メモリアル』のストックホルム録音四曲で、ブラウニー&区別がつきにくいアート・ファーマー(はどこでソロ吹いてんの?)の次に楽しめるものだ。

ところでそれらストックホルム録音四曲は、2トランペット+アルト&バリトンの2サックス+トロンボーンで、計五管。しかもそれら五本&リズム・セクションが、つまり全体が、かなりしっかりとアレンジされているのは、聴けば誰だって分ることだ。緻密に入り組んだ部分だってあるし、ソロ廻しの順序だって考え抜かれている。アレンジャーのクレジットはないものの、クインシー・ジョーンズの仕事だったとみんな知っている。根拠は三つ。一つ、上でも書いたようにこの当時のライオネル・ハンプトン楽団で同僚だったクインシーだが、このストックホルム録音には監修役として立ち会っている。一つ、二曲がクインシーのコンポジションだ。一つ、後年の、クインシーがアレンジャーとして明記されている録音で聴けるもの、例えば『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』などで聴ける内容と酷似している。

『クリフォード・ブラウン・メモリアル』のストックホルム録音ではいちばん最初に来るクインシー作曲の二つ。二曲目はふつうの12小節定型ブルーズで、といってもクインシーのペンになるものだから、エンディング部を除きそんなストレートにブルージーではない。それにしては、当時からレイ・チャールズその他リズム&ブルーズ系の仕事とか、自己名義作品でもず〜っとあとになってからのクインシーは、真っ黒けなブラック・コンテンポラリー(死語)をやっていますけれども。あっ、よりみちよりみち…。戻します。

その二曲目のブルーズ「スキューズ・ザ・ブルーズ」では、トランペット二本での掛け合いが聴けるので、どっちかがブラウニーでどっちかがアート・ファーマーなんだよなあ。この当時のこの二人、どこでどうやって区別したらいいんだ〜^^;;??誰か、区別の仕方を教えてちょ。ソロの応酬部分では、二人ともがカップ・ミュートをつけちゃっているし、オープンだろうがミュートつけようが、スタイルの似ている二人なんだから、どっちかオープンで吹いてくれてたら分りやすかったのに、これまたクインシーの策略なんだなあ。
『クリフォード・ブラウン・メモリアル』のストックホルム録音一曲目の「ストックホルム・スウィートニン」は、僕みたいに特別「恋人よ我に帰れ」に思い入れがあるのではないふつうのジャズ・ファンだったら、四曲のうちいちばんグッと来るものなんだろうと思う。クインシーが書いた出だしのアンサンブルの音色なんか、まさしく暖かい。一番手で出るブラウニーのソロには文句のつけようがないね。
『クリフォード・ブラウン・メモリアル』のストックホルム録音三曲目「恋に恋して」では、出だしの八秒間だけラテン・リズムが使ってあって、その後ストレートな4/4拍子になる。僕もむかしは最初からふつうにやってくんないかな?とか思ってたんだけど、いまはこの気分が完全に逆転していて、どうして最後までずっとラテンなままでやってくんないのかな?とかって思ってるんだよね。トップ・バッターのバリトン・サックス・ソロに続き出るトランペット・ソロは、たぶんブラウニーじゃなくてアート・ファーマーだと思う。その後のアルト・サックス・ソロに続く四番バッターのトランペットがブラウニーだね、きっと。
もう片面のニュー・ヨーク録音5トラックもわりと好きなんだけれど、その話はまた今度。

2017/09/09

マヌ・ディバンゴみたいなアフロ・レア・グルーヴものが再発されたそうで

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またまた1970年近辺のスワンプ・ロックの話で申し訳ない。ホントこればっかりだよなあ。好きなんだからしょうがないだろう。これこそがきっかけでいろんな UK ロッカーたちが LA スワンプ路線どっぷりになってしまった<伝説の>ディレイニー&ボニー・バンド1969年冬の英ツアー。むかしから『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』という一枚のレコードでリリースされていた。すべてがここからはじまったという、LA スワンプ勢を起用した UK ロックこそがいちばん好きだという人間にはタマラナイ内容。

しかしながらなんだかエリック・クラプトンのアルバムみたいな扱いで、いままでずっと来ているよなあ。知名度が違うんだから、ディレイニー&ボニーの名前しか出さないのとでは売れかたがそりゃもうぜんぜん違うとは分るのだが、クラプトンはあくまでツアーに帯同したゲスト・ギタリストだ。まあたくさん弾きまくっているけれど。ちょっとだけ歌ってもいるが、あくまでこれはディレイニー&ボニーのバンドなんだからさっ。

そんなディレイニー&ボニー&フレンズの『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』だけど、2010年にライノが CD 四枚組で完全盤デラックス・エディションみたいなものをリリースした。アルバム・タイトルもそのまんま同じで、パッケージにも CD 盤面にも附属ブックレットのどこにもデラックスだとかコンプリートだとかいう文字はまったく見当たらないのだが、1969年12月1日のロイヤル・アルバート・ホール公演(一枚目)、2日のコルストン・ホール(二枚目)、7日のフェアフィールド・ホール公演の二回セット(三枚目、四枚目)を完全収録してある。

これが2010年にライノ・ハンドメイドから発売されたとき、僕はもちろん即買いだったのだが、しばらくして入手困難となってしまっていた。ずっとそれが続いていたから、新規参入組は困っていたと思うんだよね。そしてなんとこれが、今年2017年に再発されたんだそうだ。僕は買わないけれど、2010年のボックス・セットと、中身の音楽は完璧同じであるはずだ。パッケージングが少し違うのかもしれないが。まあそんなわけでこのボックス・セットの話を、いまごろちょっと書いておこう。だってね、マヌ・ディバンゴがあるんだもんね。

この1969年12月の UK ツアーをやったディレイニー&ボニー&フレンズ。メンバーを書いておく必要などないはずだが、どうかお願いだから書かせてほしい。ディレイニー(ギター、ヴォーカル)とボニー(ヴォーカル)のブラムレッツ、ボビー・ウィットロック(オルガン、ヴォーカル)、カール・レイドル(ベース)、ジム・ゴードン(ドラムス)、ジム・プライス(トランペット、トロンボーン)、ボビー・キーズ(サックス)、テックス・ジョンスン(パーカッション)、リタ・クーリッジ(ヴォーカル)。

ここまでが米 LA スワンプ勢で、これに UK 側からエリック・クラプトン、デイヴ・メイスン、そして秘密ゲストとしてフェアフィールド・ホール公演にだけジョージ・ハリスン、という三名のギタリストが参加している。

四枚の収録曲はここにぜんぶ書いてある。
さて、四枚組『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』は三日間の4セットを収録してあるわけだが、当たり前のこととして演奏曲目は大半同じでダブりまくる。僕やみなさんみたいに、こういったたぐいのロック・ミュージックが好きで好きでたまらないという人間ならば、計四時間以上流し聴きして本当に心地イイのだが、そうじゃなければ退屈の一言だろうと思う。演唱内容だってほぼ変わらないしね。

どういった音楽なのかも、もはや完全に説明不要で繰返す必要もない。ふつうは一枚もの『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』だけあれば充分だろう。四枚組はあくまで愛好家向けの、一種のメモラビリアみたいな意味合いもあるもので、愛でまくりたいという人間にしかオススメできない。だが!ちょっと待って!このなかには、この四枚組で初めて日の目を見たもののうち、相当に面白いという演奏だってあるのだ。その一つについてだけ少し書いておく。スワンプ・ロックという部分については、まったくなにも書かないつもり。

といいながらちょっとだけ最初に触れておくと、1970年リリースのレコード『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』は、大半が12月7日のフェアフィールド・ホール公演セカンド・ショウから採用されている。そうじゃないものはファースト・セットから「ウェア・ゼアズ・ア・ウィル、ゼアズ・ア・ウェイ」と、12月1日のロイヤル・アルバート・ホール公演から「アイ・ドント・ワント・トゥ・ディスカス・イット」だけ。だから四枚組ボックスでも、やっぱり四枚目こそが目玉なんだよね。

『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』四枚組。約一時間七分の四枚目も、ほかの三枚と同じようにはじまって、まったく同じ音楽をやるけれど、最大の問題はスペンサー・デイヴィス・グループ・ナンバー「ギミー・サム・ラヴィン」(ほかの3セットでも毎回ぜんぶやっている)が終わったあとの本編二曲目だ。曲題はなぜだか「ピグミー」。「ピグミー」はヴォーカルが一切ないインストルメンタル演奏で、それが八分以上続く。八分というのは四枚全部でもいちばん長いものなんだよね。

その「ピグミー」がすごいんだ。ふつう LA スワンプ系 UK ロックがお好きなリスナーのみなさんは、こんなもの相手にしないだろう。が!これがなんと、マヌ・ディバンゴのアフロ・ジャズ・ファンクなんだよね。マヌとはもちろんテナー・サックスを吹くボビー・キーズのこと。本当にマヌに聴こえるから、お疑いのそこのあなた、ぜひこれを聴いてみて!間違いないよ。
な〜んじゃこりゃ!ボビー・ウィトロックの弾くオルガンもファンク・マナーだし、カール・レイドル&ジム・ゴードンのリズムもそうだし、テックス・ジョンスンのパーカッションもアフロふうにスパイシーだけど、なんたってボビー・キーズのサックスがイイよなあ。中盤 4:47 あたりで、エリック・クラプトンのギター・ソロに続いて出るボビーのサックス・ソロが超絶カッコエエ〜!いつもは激熱テキサス・スタイルで吹くテナー奏者なんだけど、どうしてこんなマヌ・ディバンゴになっているんだぁ〜!しかしそのソロは 6:08 までとたった二分もないんだぜ〜。その後もちょろちょろっと出るものの、どうしてもっと長くソロを吹いてくれなかったんだ、ボビー?!10分、いや、せめて5分は吹いてほしかった。

マヌ・ディバンゴみたいなアフロ・ジャズ・ファンク愛好家のみなさんは、ディレイニー&ボニー&フレンズの『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』四枚組なんか、まったく眼中にないだろう。相手にしていないはずだ。逆にこれを買うロック・リスナーのみなさんも、「ピグミー」みたいなジャズ・ファンクになんか興味が薄いはずだ。この「ピグミー」なんかを、誰が聴いて誰が面白がるんだ?そう、僕なんだよね。

スワンプ・ロックのボックス・セットの話なんだが、今日、僕がいちばん言いたいことは、こんな「ピグミー」みたいな、マヌ・ディバンゴふうアフロ・ジャズ・ファンクのことだったんだよね。でもこれ一曲のためだけに、本当にこれ一曲しかないから、ほかはぜんぶお馴染のスワンプ・ロックだから、今年再発された四枚組の『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』を買ってくれとは言えないよなあ。

2017/09/08

マイルズ『"アナザー”・ジャック・ジョンスン』

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マイルズ・デイヴィスの1969〜75年録音アナザー・シリーズ。五週連続シリーズ三回目の今日は『ジャック・ジョンスン』篇。『”アナザー”・ジャック・ジョンスン』プレイリストは、すべて2003年リリースの『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』からとってある。

1. Right Off (take 10) 11:10
2. Johnny Bratton (take 4)   8:19
3. Archie Moore  4:45
4. Duran (take 6)   11:22
5. Sugar Ray  6:16
6. Ali (take 4)  10:16
Total 53min

以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティ。

1. Recorded April 7, 1970

Miles Davis - trumpet
John McLaughlin - guitar
Michael Henderson - bass
Billy Cobham - drums

2. Recorded February 27, 1970

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Dave Holland - electric bass
Jack DeJohnette - drums

3. Recorded March 3, 1970

Miles Davis - leader, director
John McLaughlin - guitar
Dave Holland - electric bass
Jack DeJohnette - drums

4. Recorded March 17, 1970

Miles Davis - trumpet
Wayne Shorter- soprano sax
Bennie Maupin - bass clarinet
John McLaughlin - guitar
Dave Holland - electric bass
Billy Cobham - drums

5. Recorded March 20, 1970

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Dave Holland - electric bass
Lenny White - drums

6. Recorded May 19, 1970

Miles Davis - turmpet
Steve Grossman - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Herbie Hancock - organ
Keith Jarrett - electric piano
Gene Parla - electric bass
Billy Cobham - drums
Airto Moreira - berimbau

この『”アナザー”・ジャック・ジョンスン』の特徴はとても明快でとてもシンプル。ジョン・マクラフリンがロック・ギターを弾きまくり、エレベがブンブン鳴るカッチョええロック・マイルズってことだ。まあお嫌いな向きもいらっしゃるでしょうが、僕なんかは本当にすごく好きなんだよね。

1「ライト・オフ(テイク10)」は、1971年2月24日リリースのアルバム『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』の A 面「ライト・オフ」の元音源。『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』にはこの曲の演奏が4ヴァージョン収録されているのだが、4つ全部聴くと、71年発売の商品は、4つすべてからテオ・マセロが採用して切り貼りしているのだと分る。だがあくまで本体はテイク10なのだ。これにいろいろと継ぎ足しているだけ。だから贅肉をそいだ生状態のテイク10が一番カッコイイ。しかしテイク10って、これ以前に9個あるんだろう?ぜんぶ出せ〜っ!
2「ジョニー・ブラットン(テイク4)」は、3、5、6とあわせ2003年の「ジャック・ジョンスン」ボックス・リリースまで完全未発表だったもの。こんなにカッコイイのに不思議だよ。このエレベ、デイヴ・ホランドなんだよね。以前も書いたことだけど、まるでラリー・グレアムみたいじゃないか。左チャンネルのマクラフリンが弾くロック・ギターもやっぱりキモチエエ〜!
3「アーチー・ムーア」はスローなリズム&ブルーズ/ロックそのまんま。いきなり左チャンネルでマクラフリンがグルーヴィに弾きはじめるのもいいが、これのエレベもデイヴ・ホランドなんだよね。二人とも信じらんないカッコよさ。なんだこれ〜。この曲ではその二人とドラマーのジャック・ディジョネットだけのトリオ編成で演奏している。マイルズのトランペットもお休み。
4「デュラン(テイク6)」は、1981年リリースの未発表集『ディレクションズ』に短縮編集ヴァージョンが収録されていたもののオリジナル・コンプリート・ヴァージョン。デイヴ・ホランドがやはりエレベを弾き、しかもそれにエフェクターをかませて音を歪め、さらに同一フレーズをヒプノティックに反復しているのが素晴らしい。そんなエレベ・ラインがこの演奏の根幹を成しているし、マイクル・ヘンダスンをエレベに起用した1973〜75年までのファンク・マイルズの基礎がすでにしっかりある。バス・クラリネットでベニー・モウピンが参加しているのが、この70年3月時点では例外的だが、まるでハービー・ハンコックのファンク路線を聴いているかのよう。
5「シュガー・レイ」ではドラマーがレニー・ワイト。マイルズの録音セッションでは珍しい名前だが、それ以外は当時のレギュラー・メンツでやるミディアム・グルーヴィな一曲。それにしてもここでのデイヴ・ホランドのエレベの音なんか凄いじゃないのさぁ。あのブーツィ・コリンズみたいだよ〜。マイルズもブツ切りにした断片を投げつけるように吹いている。
6「アリ(テイク4)」ではエレベがジーン・パーラ。マイルズと一緒に録音したのはこれ一曲だけのはず。ジーンのエレベもいいが、アイアート・モレイラのビリンバウも面白い。そして右チャンネルのキース・ジャレットのフェンダー・ローズもエフェクターで音を歪ませてあって、弾きかたもグルーヴィでカッコイイよね。ボスのトランペットのオープン・ホーンも輝かしい音色だ。
それにしてもこの1970年春ごろのこんなロック・マイルズって、ホンット〜〜っにカッコイイ。キモチエエ〜〜!

2017/09/07

生聞電飾公園

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ローウェル・ジョージ時代のことにまだまったく触れてもいないのに、いきなりポスト・ローウェル時代のリトル・フィートについて書くのもどうかとは思うんだけど、なかなかいいライヴ・アルバムだと思う1996年リリースの CD 二枚組『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』。ポートランド(オレゴン)とサン・フランシスコとロス・アンジェルス三ヶ所での1995年のライヴ収録から抜粋して編集されたもの。ホ〜ント、かな〜りいいんだぞ。たぶんローウェル亡きあとのフィートのアルバムではいちばんいい。

まあローウェルのスライド・ギターとあの声がないのはやっぱり寂しいわけではあるけれど、1995年のライヴ収録盤二枚組で、フィートの代表曲がだいたいぜんぶ聴けるし、それも演奏内容だってかなりいいし、だからまだフィートをまったく聴いたことがないんだけど、手っ取り早く有名代表曲をまとめてぜんぶ聴けるものってないですか?と問われたら、僕ならこの『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』を推す。ローウェルのいないフィートを推薦するなんてケシカランと怒られそうだよなあ。

この1995年当時のフィート最大の特色は女性ヴォーカリスト、ショーン・マーフィーがいることだ。フィートで女が歌を歌うなんて許さん!なんてカタイこと言わないで。そんな狭量な偏見を捨てて『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』を聴いてほしい。相当にいい女性ヴォーカリストだと実感できるはずだし、このライヴ・アルバムではほかの、全員男性でヴォーカルも担当する人たちに混じって、ほとんどの曲におきマイク・リレーでいい味付けになっている。それに専業歌手はショーン一人だしなあ。男性歌手陣は、当然、楽器演奏のあいまに歌っている。

『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』。「イントロダクション」に続き本編一曲目の「トゥー・トレインズ」がはじまる。エレキ・ギターのシングル・トーン弾きでリフがはじまって、ハモンド B3 オルガンも入り雰囲気が出てきたなと思う刹那に、リッチー・ヘイワードがド〜ン!と叩きはじめるのだが、あの瞬間の背筋ゾクゾクはホンモノの音楽的スリルだね。あれを感じない人はいないはず。いくらローウェルがいなくても、あのリッチーのドラミングにヤラレないフィート・ファンなんているのかな?

「トゥー・トレインズ」のメイン・ヴォーカルは男性だけど(誰の声だろう?)、それに女性ショーン・マーフィーが絡む。マイク・リレーで受け持ちパートを交代するだけでなく、男性ヴォーカリストとハモったりしてゴージャスな感じでかなりいいぞ。エレキ・ギターのスライド・プレイによる間奏ソロもある。この一曲目「トゥー・トレインズ」だけで、それもリッチーの叩き出すグルーヴだけで、この『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』のクオリティの高さは保証されたようなもんなんだよね。

二枚組で全部で22トラック、計1時間22分あるので、かいつまんで話をするしかないが、一枚目四曲目の「ロック・アンド・ロール・エヴリナイト」は当時の新曲か。この曲ではショーン・マーフィーのヴォーカルが大きくフィーチャーされていて、リズムとサウンドは曲題とおり典型的ロックンロール・シャッフル。ショーンは迫力のあるうなり声でなかなかいい。中間部でストップ・タイムを使ってあるところでの凄み方なんか大変なもんだよなあ。やはりスライド・ギター・ソロと、それからこの曲ではホンキー・トンク・スタイルのピアノも聴こえる。

六曲目の「ウィリン」。知らぬ人はいないローウェル・ナンバーだが、ここではアクースティック・ギターをまずスライドで、次いで指での押弦でポール・バレーアが弾き、お馴染のローウェル・スタイルのトーキング・ヴォーカルを聴かせる。なかなかいい味だ。はい、そこのあなた、ローウェルのあのボソボソしゃべりと比較しちゃいけません。この曲でもコーラスでショーンが参加(女に「ウィリン」を歌わせるなって言わないで)。エレピ・ソロもある。マンドリンが入るので、それはフレッド・タケットだが、その部分でカリブ風南洋ムードが漂っている。アメリカ西海岸にはだいたいヒスパニックが多いんだしね。

八曲目の「キャント・ビー・サティスファイド/ゼア・レッド・ホット(ホット・タマルズ)」のことは以前触れた。マディ・ウォーターズ&ロバート・ジョンスンのメドレーを、前半はアクースティック・ギター・スライドでデルタ・ブルーズふうにやり、後半部はディキシー・ランド・ジャズでやる。だからホーン・アンサンブルとクラリネットのソロも出る。
このロバート・ジョンスンのオリジナルからしてラグタイム・ナンバーである「ゼア・レッド・ホット(ホット・タマルズ)」部は、『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』二枚目六曲目の、17分以上もあって大上段に構え劇的に大展開するクライマックス「ディキシー・チキン」への布石になっているんだよね。まあでも「ディキシー・チキン」のほうはちょっとやりすぎなんじゃないかと思わないでもないので、このあとも触れないでおこう。

9曲目の「キャディラック・ホテル」もショーン・マーフィー一人の上手いヴォーカルをフィーチャーしたものだけど割愛して、もっと素晴らしいのが11曲目のアイザック・ヘイズ・ナンバー「ユア・テイキング・アップ・アナザー・マンズ・プレイス」だ。この切ないソウル・バラードをショーンが実に胸に迫る歌い方でやるのだが、これが実にいい。おそらく『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』二枚組全曲の全員のぜんぶのヴォーカル・パフォーマンスを通しても、この曲でのショーンの歌がいちばんいい。ソウル・バラードだけど、ちょぴりイーグルズみたいなフィーリングもある。ポール・バレーアのギター・ソロも感動的。それはテナー・サックス・ソロと絡んでのもの。いやあ、ショーン・マーフィーってすごくいい歌手じゃないか。

『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』二枚目は、やはり当時の新曲?「テキサス・トゥウィスター」で幕開けだけど、続く二曲目がローウェルでお馴染「ファット・マン・イン・ザ・バスタブ」。リッチー・ヘイワードがやはりセカンド・ライン・ドラミングを聴かせてくれて、ビル・ペインのシンセサイザーも大活躍。四曲目がやはりお馴染「ロング・ディスタンス・ラヴ」だけど、これもショーン・マーフィーのヴォーカルをメインに据えているんだよね。それがいい味なんだ。遠距離恋愛の切々たる感情をこれだけ哀感をともなって歌えるんだから、素晴らしいじゃないか。

一曲はさんで六曲目が問題の?「ディキシー・チキン」。これを18分近くも延々とやったあとに続く4トラックは、『ライヴ・フロム・ニオン・パーク』のなかではあくまでオマケ的位置づけでしかないから、やはりこの「ディキシー・チキン」こそがこの二枚組ライヴ・アルバムのクライマックスなんだよなあ。音楽スタイルや曲調やキーやリズムやテンポが、どんどんなんどもチェンジして、かなり壮大でドラマティックに激しく展開するが、う〜ん、ちょっとこれはどうなんだ?楽器ソロ部分なんか、まあなんというかその〜、ダラダラしていませんか…?

2017/09/06

ソウル・ギター・ジーニアス 〜 コーネル・デュプリー『ティージン』

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ギタリスト、コーネル・デュプリーの1974年作『ティージン』。いいよねえ。フュージョンでもいいし、フュージョンはもともとインストルメンタル R&B みたいな部分もあったわけだから、このアルバムはソウル・ギター作品と呼んでもいい。後者のほうがピッタリ来そうな内容だ。しかも都会的にオシャレで、そうかと思うと軽く適度な泥臭さもあって、申し分ない一枚。

『ティージン』がアトランティックからリリースされた1974年は、まだバンド、スタッフは発足していない。コーネル・デュプリーはキング・カーティスのバンドで活躍し、したがって当然アリーサ・フランクリンの伴奏もやっていた。だからまあやっぱりソウル・ギタリスト的資質の人だよねえ。しかもシングル・トーンでよく歌う。「歌心がある」なんていうことは「どうでもいい」んだというのがここ最近の言い方らしいんだけど、僕の世代からしたらそんなことを口にするなんて、おそろしくてとてもとても…。

コーネル・デュプリーの『ティージン』はカヴァー・ソングがメインで、コーネルのオリジナル・ナンバーは A3の「ジャマイカン・レイディ」(チャック・レイニーとの共作名義)と B4の「プレイン・オール・ブルーズ」の二つだけ。この二曲はなかなか面白いのでそれらの話からしておこう。それにしてもフュージョンのなかには、ジャマイカなんちゃら、カリビアンなんちゃら、ブラジリアンなんちゃら、マダガスカルなんちゃら、アフリカンなんちゃら…がとっても多い。

A 面三曲目の「ジャマイカン・レイディ」は、いわば典型的なフュージョン・サウンドで、曲題どおりややカリビアンな趣もあるジャジーな一曲。曲じたいがそうだけど、特にパーカッションのラルフ・マクドナルド(当時のニュー・ヨークではトップのファースト・コール・パーカッショニスト)がカリブ要素を表現している。中盤でリム・ショットも多用するバーナード・パーディもそんなフィーリング。印象的なフェンダー・ローズはリチャード・ティー。 主役のギターはみなさんお馴染の弾き方で申し分ないが、やや控え目。その後のスタッフもほぼこんな感じだよね。
B 面四曲目、すなわちアルバム『ティージン』ラストの「プレイン・オール・ブルーズ」は、コーネル・デュプリーのオリジナル・ナンバー、というよりもこれは12小節の定型ブルーズだから、なにか「書いて」用意なんかはしていない。キーだけ決めて軽くヘッド・アレンジだけして演奏しはじめたものに違いない。エレベのチャック・レイニーが弾くラインは6/8拍子で、モダン・シカゴ・ブルーズのスタイル。ギターが左右で二本聴こえるのはもちろん、ホーン・セクションも、本演奏後のオーヴァー・ダビングに違いない。右チャンネルでシングル・トーンを弾く主役のギターに泥臭いブルージーさは薄い。ギターだけじゃなくバンドの演奏全体が都会的洗練を聴かせるのが、このフュージョン全盛時代(前夜)におけるブルーズ演奏だったんだろう。この曲はなぜか YouTube にない。

『ティージン』では、これら二曲以外はぜんぶカヴァー・ソングだけど、いちばん多いのがかつてのボス、キング・カーティスの曲なんだよね。A1の「ティージン」(ディレイニー・ブラムレットとの共作)、A2の「ブルー・ノクターン」、A4の「フィール・オー・ライト」と、A 面はほぼキング・カーティス・ナンバーのオン・パレード。1974年だとやはりまだボスの影響がかなりあったということかなあ。

A 面一曲目の「ティージン」はファンキーなホーン・リフも入って、サザン・ソウルをそのままインストルメンタル演奏したようなフィーリングで大好き。フュージョンがもともとどういう由来の音楽なのかよく分る。個人的な好みだけだと、僕はそれに続く二曲目のブルーズ「ブルー・ノクターン」がもっと好きだ。リチャード・ティーのゴスペル・オルガンも素晴らしいバラード・ナンバーで、6/8拍子のリズムに乗ってコーネル・デュプリーが、まるで語りかけてくれているかのようなフレイジイングでじっくり弾くのがイイ。弾き方じたいもオルガンとの会話みたいに感じるよね。
四曲目の「フィール・オー・ライト」は快調に飛ばすブギ・ウギ・シャッフル。主役のギターよりも、ジョー・ファレルのテナー・サックス・ソロとポール・グリフィンが弾くブギ・ウギ・ピアノが楽しい。これはどうってことないようなごくごくふつうの一曲ではあるのだが、クオリティはなかなか高い。これも YouTube で見つからないなあ。

B 面に行って一曲目の「ハウ・ロング・ウィル・イット・ラスト」はエリック・ゲイルの曲で、スタッフ結成後も第一作で再演しているので割愛。出来はどっちも同じくらいかなあ。それよりも、二曲目のレイ・チャールズ・ナンバー「ワット・ウッド・アイ・ドゥー・ウィズアウト・ユー?」 がとてもイイ。個人的にはこれこそアルバム『ティージン』のハイライトで白眉の一曲。ソウル・ギタリストとしてのコーネル・デュプリーの資質、魅力が最大限に発揮されている。大好きだなあ、こういうの。ジョージ・スタッブズのピアノとオルガンのなかにも自然とそこはかとなきゴスペル色が自然に混じって、やはり同じようである主役のギター同様、こういうのこそ、まさに理想的フュージョン。別名インストルメンタル・ソウル。
コーネル・デュプリー以下、全員がそれまで積み上げてきた音楽的キャリアの総決算として花開いたような、この「ワット・ウッド・アイ・ドゥー・ウィズアウト・ユー?」 こそが名演だから、これに続くアルバムB 面の二曲は余韻みたいなもんだよね。三曲目の「オーキー・ドーキー・ストンプ」はクラレンス・ゲイトマウス・ブラウンのレパートリーで、ゲイトマウスはコーネル・デュプリーのアイドルだったからとりあげたんだろうか。かなりジャジーなブギ・ウギ演奏で、伴奏もジャズ・ビッグ・バンドみたいなスタイルだ。楽しいね。

2017/09/05

岩佐美咲のものすごさ 〜「糸」

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去る8月23日に発売された岩佐美咲の CD シングル「鯖街道(特別記念盤)」。二種類リリースされたのだが、通常盤のほうにだけ収録されているライヴ・ヴァージョンの「糸」がとんでもなくすごい。先に結論から書いてしまうが、この「糸」を聴かないでいるなんてのは、世のなかのありとあらゆる音楽愛好家にとって、重大な過失だ。いいのか、みんな、聴かずに済ませて、いいのか?!真の意味で「歌がうまい」ってのはこういうもののことを言うんだけどなあ。

岩佐美咲には、僕もいままでなんども書いているように多くのカヴァー・ソングがあって、中島みゆきの「糸」もそんななかの一つ。「鯖街道(特別記念盤)」通常盤収録の「糸」は、今年5月7日に新宿明治安田生命ホールで行われた<岩佐美咲 春LOVEライブ>で披露されたのを録音したものだそうだ。このことは CD パッケージには記載がないが、ご覧になったファンの方に教えていただいている。岩佐自身のアクースティック・ギター弾き語りで演唱しているものだ。

さて、ちょっと書いておきたいが、中島みゆきの「糸」は、個人的には中島みゆき本人の歌唱がいちばんいいと思っている。作者本人の「糸」を聴いた僕は、震えがしばらく止まらなかったもんね。適齢期の女性が歌うべきもので年齢差を超えられないとか、また女性が歌うべきもので男性歌手が歌うと性差を超えられないとかってことは、僕は思わない。
こういった部分は、歌手にしろ俳優にしろ、演者の、(自分とは違う)役や立場になりきる力、想像力ということを僕は以前からなんども繰返している。歌の中身と歌手自身の実際の姿とがあまりピッタリ張りつきすぎないほうがいいんだ。そのほうが、適度が距離があったほうが、かえって歌に説得力を持たせられる。男歌・女歌のテーマやその関連でなんどもなんども繰り返し強調しているので、今日はこれ以上はやめておこう。岩佐美咲の「糸」がものすごいということについてだけ書きたい。

中島みゆき本人のヴァージョンを別格として、いろんなほかの歌手がやっている各種の「糸」は、まあ具体名を出すのはやめておきたいが、だいたい全部ダメなんだよね。どうしてかというと熱唱してしまっているからだ。肩に力が入っていて、上記リンク先のわいるどさんの表現を借りると、「歌を聴かそう聴かそうという思いが感じられる」。聴き手に感動を与えようと力唱してしまうと、ある意味、曲が<死んで>しまう。そんな難しいものなんだよね、「糸」って。

いやホント、だれの「糸」がどれほどダメか、具体名をあげて例証したい気分なんだけど、ちょっとそれもねぇ、できにくいだろう。岩佐美咲ヴァージョンの「糸」が優れている、っていうか、そもそも岩佐一人だけが完璧に別次元に立っているような、そんなものすごさを感じるのは、これまた岩佐関連で僕が以前から強調しているナチュラルでスムースな自然体歌唱だからこそなんだよね。

ずっと前にエリック・クラプトン関連の文章で、八代亜紀の一つの言葉をご紹介したことがあるよね。八代亜紀の言うには、歌手は歌に感情を込めないほうがいいんだそうだ。感情を込め(過ぎ)て、聴き手に伝えよう、感動させようと力を入れれば入れるほど、それはある種の邪心のようなものになってしまい、歌は歌手本人だけのものになってしまい、聴き手は冷めてしまう。

八代亜紀はこういったことを、若いころの銀座クラブ歌手時代に実体験で学んだそうだ。いつもは感情を強く込めて歌っていたらしいのだが、あるときふと感情を込めないで軽くサラリと歌ってみたら、クラブ・ホステスさんたちがどんどん泣き出してしまったそうだ。この体験で八代は、上で書いたようなことを身をもって学んだ。

そんな歌いかたをする歌手というと、アメリカのパティ・ペイジや台湾出身の鄧麗君(テレサ・テン)などがいるが、同資質の歌手である岩佐美咲はといえば、僕の知る限り、八代亜紀のような実体験を踏んだらしき情報も僕は持っていない。それなのに、なんでも岩佐本人は、以前、「こういうやりかたがいちばん歌が伝わるからやっている」と、ある方との会話で何年か前に語ったことがあるそうだ。

いったいぜんたい岩佐美咲というこの歌手は、どこらへんからこの考えを持つようになり、実際の歌で実現できるようになったのか?僕には不思議だ。まああんな岩佐みたいな超天才歌手のことを「理解しよう」なとどいう僕のこの心根がハナから間違っているのだが。僕はただ、岩佐の歌を聴いて激しく感動し泣くだけだ。それで十分。岩佐のやっていることは、僕なりにぜんぶ伝わってきているよ。

中島みゆきの「糸」の場合、もとから歌詞の持つパワーがデカすぎる。だから熱唱したらかえってダメなんだよね。歌の<うまい>(と一般に言われる)歌手が、その人の持つ技巧で歌のうまさをひけらかすように「糸」を歌ったらアウトになってしまう。そんな曲なんだよね。そんなとても難しい曲なのだということを、具体名は出さないが、僕もいろんな歌手のヴァージョンで聴いて痛感している。

岩佐美咲は、天才だからゆえの直感的理解によってなのかどうなのか、「糸」をまったく熱唱していない。「糸」をカヴァーしている数多の熱唱系や歌ウマ系のシンガーたちとは、歌に向かう <アティテュード> がぜんぜん違うんだよね。うまく歌おうとか、人を感動させようとかいう邪心のない素直でストレートな歌唱だ。

だからこそ、その「糸」を聴く僕たちにより一層大きな激しい感動を与えることが、岩佐美咲はできているんだよね。熱唱したりうまく歌おう、伝えよう伝えようとしたらダメな曲なんだということを、岩佐はよく理解している。つまり岩佐は元歌の、つまり音楽の、本質をとてもよく分っている。

岩佐美咲の「糸」は、アクースティック・ギター弾き語りでやっている(バック・バンドからもう一名のギタリストと、さらにヴァイオリニストも参加しているが)のも最大限に功を奏している。岩佐のナチュラルでスムースな自然体歌唱で元歌じたいが持つ味わいを際立たせるのにいちばんピッタリ来るのが、ギター弾き語りじゃないかな。出だし、右チャンネルでの弾きはじめはややつたない感じだが、かえってそれがプラス効果になっているようだ。

それから岩佐美咲の「糸」は、繰り返しているように決して力を入れず、あのチャーミングで可愛い声質でリキまず、愛する大切なものをそっと優しく置くようにスムースに歌っているものだが、一ヶ所だけ岩佐がここにポイントを置いたのかなというところがある。三回目の「縦の糸はあなた」の「あ〜なた」(2:34)。ここでだけ、ちょっとだけ、泣きそうなフィーリングでやや声を強めに張っている。

淡々と静かに歌う岩佐美咲の「糸」。あえて強い自意識を消し、それが皆無状態であるかのようにして、さらにしっかりと声と歌い方をコントロールして、歌が本来持っているパワーに身を任せるように歌っているのがイイ。だがしかし、どんな曲でも、そんなやりかたで歌いこなすことが、実はいちばん難しいんじゃないだろうか。岩佐がが命を吹き込むことで、中島みゆきの「糸」という曲じたいの持つ繊細さやスケールの大きさが自ら立ち上がってくるかのようだ。3分24秒が本当に一瞬で終ってしまう。岩佐美咲、とてもおそろしい歌手だ。

2017/09/04

エリントン・サウンドの形成期を聴く

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2012年リリースの Frog 盤『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』。三年ほど前に買ったものだが、僕の知る限り、これこそデューク・エリントンの最初期録音が聴けるアルバムで、これ以外にもそれらを収録した CD はありそうだが(僕は知らない)、全26トラック、これだけまとめてエリントンのレコード・デビュー期を聴けるものって、やっぱりないんじゃないかなあ?

エリントンをボスとするレコード・デビューはこの『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』収録一曲目の「チュー・チュー(ガタ・ハリー・ホーム)で、1924年11月録音。11月というのはおおよその推測で、確定的なものではない。同日にもう一曲録音していて「レイニー・ナイツ」。これらを AB 面にしたブルー・ディスク・レーベル盤こそ、エリントンの生涯初レコードだ。

ただしエリントンの初録音はもっと早い1923年7月26日のヴィクターへのもので、それはバンジョー奏者エルマー・スノウデンのバンド、スノウデンズ・ノヴェルティ・オーケストラ名義のもの。曲は「ホーム」。エリントンのデビューがスノウデンのバンドに加わってのものだったことはよく知られているとおり。しかしこのヴィクター録音は発売されず廃棄されてしまった。

ほぼ同じバンドで続く同年10月16日にもこの曲をリメイクし再録音。同日に「M.T. ポケット・ブルーズ」も録音しているのだが、これらも廃棄処分。どんなメタル・マスターもテスト・プレスもまったく現存していないそうだ。スノウデンによれば、当時のレコード会社は、黒人が<スウィート>・ミュージックをやるのは認めなかったせいだと。スウィートとは、当時の表現で<ガット・バケット>または<ホット>・ミュージックの対語。

しかしそのスノウデンのバンド、1923年10月時点で、ボスのバンジョー、エリントンのピアノだけでなく、トランペットのジェイムズ・ウェズリー・"ババー"・マイリー、チャーリー・アーヴィスのトロンボーン、アルト・サックスのオットー・ハードウィック、ドラムスのソニー・グリーアらが揃っている。ここからそっくりそのまま引き継いで、ボスのスノウデンを抜き、バンジョーを(フレディ・ガイではなく)ジョージ・フランシスに置き換えたのが、上で書いたエリントンをボスとする初録音レコードなんだよね。名義はまだワシントニアンズのまま。

エリントン自身の名前を出してレコード発売するようになったいちばん最初が1925年9月録音の二曲「アイム・ゴナ・ハング・アラウンド・マイ・シュガー」「トロンボーン・ブルーズ」で、これはパーフェクトというレーベルからのレコード。名義はデューク・エリントンズ・ワシントニアンズ。しかしババー・マイリーがなんらかの問題で一時的に抜けて別のトランペッターが入り、またクラリネット奏者プリンス・ロビンスンが参加。またバンジョーがお馴染のフレッド・ガイになっている。

このあと1926年3月まで、ババー・マイリーが抜けたままパーフェクトとジュネットに計四曲を録音しレコード発売されているのが『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』に収録されているのだが、ど〜うもまだぜんぜん面白くない。ババー・マイリーのトランペット・サウンドこそが初期エリントン・サウンドを決定づけた重要要素だから、これは当然なのかもしれないよね。バンド全体もまだ(悪い意味で)スウィート・ミュージックふうで、ホットにスウィングできていないし、エリントンの独自カラーとなる、あの粘り気のあるグルーヴや、濁ってたゆたうようなサウンドもまだない。

ババー・マイリーは、1926年6月21日のジュネット・レーベル録音二曲(ただしレコードはバディ、チャンピオン、チャレンジといったレーベルからも同じものが発売されている模様)からエリントン楽団に復帰。名義はまだデューク・エリントン&ヒズ・ワシントニアンズ。そりゃエリントンはワシントン D.C. の人間だけどさぁ。しかしその二曲「(アイム・ジャスト・ワイルド・アバウト・)アニマル・クラッカーズ」「リル・ファリーナ」で、ようやくエリントン楽団らしきサウンドの萌芽が聴けるのだ。この1926年6月21日録音をもって、エリントン・サウンドの芽生えと僕は言いたい。
そしてこれの次に録音したのがヴォキャリオン・レーベルで、1926年11月29日。もちろん『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』に収録されているのだが、スティーリー・ダンもカヴァーしたかの有名代表曲「イースト・セント・ルイス・トゥードゥル・オー」がここで登場。もう一曲「バーミンガム・ブレイクダウン」を録音し、ヴォキャリオン 1064の両面となって発売された。「イースト・セント・ルイス・トゥードゥル・オー」のほうは、すでにのちの高名な1927年のブランズウィックやヴィクターへの録音ヴァージョンと比較してもほぼ遜色ない内容だ。
お聴きになって分るようにトランペットのババー・マイリーがワー・ワー・ミュートを付けてグロウルし、その背後でもブルージーなホーン・アンサンブルが入り、またリズムに粘り気が出てきていて 〜 すなわちエリントンの代名詞 <ジャングル・サウンド> が完成しているよね。濁った音のアンサンブルのあいまにサビ部分などにおいてスウィート・サウンドで中和するスタイルも、みなさんすっかりお馴染のはず。1926年11月29日、エリントン・サウンドの完成。

この1926年11月では、ジャングル・サウンドの一翼を担ったトロンボーンのトリッキー・サム・ナントンもすでに参加しているが、のちのエリントン楽団の番頭格であったバリトン・サックス&クラリネットのハリー・カーニー参加の初録音は、『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』18〜21曲目のオーケー録音1927年11月3日。このときの四曲をレコード発売するところから、名義もデューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラになっている。

そしてこの1927年11月3日のオーケー・セッションでは、エリントン楽団最大の代表曲とも言える「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」を2テイク録音。しか〜し!これまたババー・マイリーがいないのだ。これは痛恨事だよなあ。まあ自身の深酒癖もあって、ババー・マイリーはよく抜けるんだよね。1929年に解雇になったのだってそのせいだった。 ってことは、それら2テイクの「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」で聴けるあのトランペットのグロウル・サウンドは、記載されているクライディーズ・ジャボ・スミスかルイス・メトカフかのどっちかだってことになるのだが。ジャボの可能性が高いように僕は思う。トロンボーンにワー・ワー・ミュートを付けてジャングル・スタイルで吹くのはもちろんトリッキー・サム・ナントンだろう。
ここまで来ると、もう誰がどう聴いてもまごうかたなきエリントン・サウンドだと瞬時に判断できる独自カラーを発揮・完成している。『ザ・ワシントニアンズ:レア・アンド・アーリー・デューク・エリントン・セッションズ 1924-1928』収録のラスト四曲1927年1月9日のハーモニー・レーベル録音には、クラリネットのバーニー・ビガードも参加。このアルバムには収録がないが、1928年の11月にアルト・サックスのジョニー・ホッジズが参加して、エリントン楽団は初期最強布陣となる。

2017/09/03

音楽は「分る」ようなもんじゃない 〜 ランディ・ニューマンの新作で

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ついこのあいだ出たばかりのランディ・ニューマンの新作『ダーク・マター』。これを題材にして、昨日、荻原和也さんが素晴らしい文章を書いていらしたので、必要はないとは思うけれど、ご紹介しておく。
コメント欄で書いてあるけれど、こりゃ完璧に僕が書いた文章だとしか思えない。「我が意を得たり」という言葉が、55年間の僕の人生でいちばんピッタリ来た瞬間だった。この萩原さんの文章に完全同意するのはいくつももあるが、大きく分けて以下の三点。

1. 音楽を聴くときに歌詞の意味内容に頓着しない。
2. 味わうのはサウンドの快楽。
3. 音楽(その他)は分るものなんかじゃない、感じるものだ。

萩原さんがぜんぶ丁寧に説明してくださっているので、しかも続きを次回も書くとコメントでおっしゃっているので、僕なんかが、それも慌てて今日書かなくてもいいのだが、やはり僕もこれはものすごく強調したい、それもいますぐ言葉にしたいというテーマなので、僕なりの表現で少し綴っておこう。

歌詞の意味にこだわらないと言っても、萩原さんと僕とでは、内実がかなり違う。だって萩原さんはああおっしゃりながらも、世界のいろんな言葉を読んだり書いたり聴いたりできているのだと分っている。僕はといえば日本語だって怪しい上に、ちょっとだけなんとなるかと思う外国語は英語だけ。僕がふだんから「歌詞の意味なんかどうでもいいぞ」と発言するのにはこういう事情も含まれているのだ。萩原さんはぜんぜんそうじゃない。歌詞の音を聴いて意味が分るにもかからわず頓着しないとおっしゃっているんだよね。だいたい、「頓着しない」は分っている人の言葉だしね。

この点では僕なんか完璧に失格なんだけど、ただ類推というか想像力というものがあって。日本語や英語の歌を聴いてもやはり僕は意味を聴いておらず、日本語でも英語でも分らなかった意味が分ったときに、その歌を聴いて得られる感動が深まった経験があるかというと、そんなことなど一度もなく。そういえば以前一度どこかで田中勝則さんが、ブラジルのポルトガル語を勉強して意味が理解できるようになったのち、ブラジル音楽を聴く感動が深まったかというと、ぜんぜんそんなことはなかったと書いてらしたなあ。

そんなことがあるので、僕の場合は聴解できるのは日本語と英語だけだけど、それらでの歌を聴いての、上で述べたような経験から敷衍して、アラビア語やトルコ語やヴェトナム語やアイヌ語や、アフリカの諸言語などなど、一部勉強中ではあるのだが、それらでできた歌詞の意味内容が分る必要などないはずだという、前の段落で書いた類推・想像力とはそういうことで、だから世界の音楽を聴く際に歌詞の意味内容にこだわる必要などない。と僕は信じているんだけどね。

音楽に、分らないといけない「意味」があるのだとすれば、それは歌詞内容ではなく、サウンドやリズムによって表現されているんだろう。エレキ・ギターのギュイ〜ン、ベースのブンブン鳴り、ドラマーが叩くスエアをバンバン、トランペッターが吹く、それもハーマン・ミュートを付けて出すデリケートなニュアンス、ダルブッカの腹を叩く音、ウードを弾くあの独特のサウンド、電気でアンプリファイされた親指ピアノやトンコリのサウンド 、などなど〜〜 こういったものにこそ「意味」を聴きとるべきだと、僕はそう思う。

もう一つ、僕が音楽の世界に本格的にのめり込むようになったのはジャズによってだった。ジャズは、なんだかんだいって、やっぱりインストルメンタル音楽だろう。歌詞付きの歌が占める重要性は低い世界だ。そんな音楽に完全にズブズブにはまってしまい、楽器の出す一個一個のサウンド、それらが表現するグルーヴを、文字どおり細大漏らさず聴き取ろう、一音たりとも逃すまいと集中し必死で耳を凝らしてきたっていう、それで音楽の聴き方を憶えたんだっていう、こんな個人的経緯も、その後の僕の音楽人生を決定づけることになったはず。

通常の意味のある歌詞付きの音楽を聴くときにでも、僕は意味内容ではなく言葉の織りなす「音の響き」〜 一個一個の音やイントネイション、アクセント、ストレスなどなど(が、まあ通常の言い方での「意味」を生み出すものなんだけど)〜 要するにやはりサウンドやリズムやグルーヴを聴いている。楽器を聴くのとまったく同じアティテュードでヴォーカルも聴いているんだよね。

だから例えばランディ・ニューマンの新作『ダーク・マター』でも、萩原さんがお書きのようにずっと以前からこの音楽家は同じだけれど、あの独特のアクのある声質、歌い廻し(節廻し)、語り口にこそ僕も最も強く惹かれて愛聴している。ランディのことは僕もずっとそうなのだ。今回、歌詞カードも附属していて、萩原さんと違いそれは聴きながら眺める僕だけど、そしてやはり違って、そうすると楽しみが広がるように思うんだけど、でもそうしないとこの音楽家を楽しめないなんてことはぜんぜんないよね。

ランディ・ニューマンの『ダーク・マター』だと、例えば二曲目の「ブラザーズ」にセリア・クルースなんていう言葉が出てくるけれど、その人名やそれを含む英語詞(「キューバ」とかなど)の意味合いよりも、後半部でサウンドとリズムが完璧なキューバン・ミュージックになるあたりとの関係こそ面白いと思うのだ。(英語だから)シリア・クルースと歌われるのも、その部分でなんだよね。う〜ん、楽しい。

三曲目のタイトルが「プーチン」だったり、五曲目が「サニー・ボーイ」だったりするのも大いに気になるところではあるんだけど、そんな言葉の意味内容(だけ)を取り沙汰すのは、音楽を聴く態度としてはやっぱりちょっとオカシイよなあ。後者五曲目ではサニー・ボーイ・ウィリアムスンを名乗る二人ともに言及しているみたいだけど、そう歌いながらの曲調、サウンド、リズムがホンキー・トンクのジェリー・ロール・ミュージックふうであることをこそ、僕は楽しみたい。やっぱりそういうのがブルーズと関係あるからね。

また、ランディ・ニューマンの『ダーク・マター』では、ほかのいろんな曲でもホーン・セクションやストリングスがいつものように活用されていて、楽しく美しく響く。ストリングスは特に美しい。それらの管弦楽アレンジは、たぶん19世紀末〜20世紀初頭あたりの欧米クラシック音楽由来であるんだろう。旧大陸と新大陸の両方で活動したアントニーン・ドヴォルザークとか、あのへんから来ているんじゃないかなあ。

そんなサウンドやリズムや、それらぜんぶひっくるめてのグルーヴなんて「分る」ようなものじゃないだろう。ただ感じることしかできないものだ。分るよりも感じることのほうが、(音楽だけじゃなく人間の)体験としてはより深いものなんじゃないかなあ。考えるな、分ろうとするな、感じるんだ、感じて感動するんだ。感じ方は聴く人によって千差万別になる個人的な体験だけど、それが音楽の楽しみ方。すごくパーソナルなものであるからこそ、ユニヴァーサルな説得力を持つ場合もあるんだってことじゃないのかな。

音楽は教養なんかじゃない。単なる娯楽なんだよね。だから分ろうとしないで。分る/分らないで価値判断しないで。もっと気楽に接すればいい。音楽作品は大衆娯楽品なんだからさ。聴いて感じて面白がっていればいい。それだけでいいじゃないか。それこそ至高の体験じゃないか。

2017/09/02

ブラック・ウッドストックの興奮

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この感動をどう表現したらいいのだろう?通常の意味での言葉では不可能だと思える。いっそ踊りまくるか、あるいはなにか、とにかく身体で激しく動いて表現する以外にこの強い興奮を鎮め、大きな感動を伝えることなど不可能かもしれない。それほどまでと思う『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』。こりゃとんでもないブツだ。今年の発掘・リイシューもの第一位は、もはやこれ以外ありえない。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』CD 二枚組は、ブラック・ウッドストックとも呼ばれる1974年9月22〜24日にザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサにある5月20日スタジアムで開催された音楽祭の(一部の)記録。つまりライヴ・アルバムだ。1974年のキンシャサの5月20日スタジアムで、というと多くのみなさんがあれを思い出すだろう。そう、ジョージ・フォアマン対モハメド・アリの世紀の一戦。その前夜祭という位置づけで同じスタジアムで音楽コンサートが開催されたのだった。

「キンシャサの奇跡」関連の詳しいことは書いておく必要がないだろう。音楽コンサートのほうは前夜祭になるはずだったのが、フォアマン対アリの世紀の一戦は延期されてしまったので、前夜祭としての意味を失い、したがってヘヴィー級タイトル・マッチ目当てでの集客も見込めず、興行的には散々な結果に終わってしまった。それもあってか音楽祭<ザイール 74>の音源はお蔵入り。43年間も眠ったままだった。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』に収録されているのは、タイトルどおりアフリカ側からこの音楽フェスティヴァルに出演した音楽家だけ(しかもコンプリートではないようだ)。アメリカ側から参加した黒人音楽家の音源は、以前から少しリリースされていたみたい?だが、僕はそれもよく知らない。個人的にジェイムズ・ブラウンやファニア・オール・スターズあたりには強い興味があるのだが、今日はアメリカ側はおいておく。アフリカ人音楽家の話だけしたい。実際『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』にはそれのみ収録されている。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』は、しかも超高音質。だって16チャンネルのマルチ・トラック・テープ・レコーダーで録音したものだからね。1974年のアフリカン・ポップスをこんないい音で聴いたのは、個人的に生涯初。こんなの絶対ウソだ、奇跡だとしか思えない。だいたい全盛期のフランコの、あのまろやかな味わいがこれ以上によく分るものって、ないのでは?つまり最高級の音源。それだけでも十分買う価値のある二枚組ボックスだ。興奮しているのは僕だけじゃない。なんたって解説文をお書きのアフリカ音楽玄人である荻原和也さんだって、文中で胸の高鳴りを抑えられていないもんね。すれっからしの萩原さんですらそうなんだから、僕みたいな人間なんか、いままさに最大級の興奮が爆発せんとしている。

だからなにからどう書いたらいのか分らないくらいなのだが、ちょっと気持を落ち着けてみよう。『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』に収録されている計七組の音楽家のなかで、僕にとって一番グッと来るのは四組。一枚目収録のタブー・レイ・ロシュロー&アフリザ、アブンバ・マシキニ、二枚目収録のフランコ&TPKOジャズ、オルケストル・ストゥーカスだ。これら四組には共通する特徴がある。それは複数台エレキ・ギターの絡みが超カッコイイってこと。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』一枚目一曲目。MC に続きタブー・レイ・ロシュロー&アフリザの演奏がはじまった瞬間に、左右両チャンネルで刻む二本のエレキ・ギター・リフがあまりにもカッコよく、しかもファンキーで超絶グルヴィでイカされてしまう。ドラマーもベース・ドラム、ハイ・ハット、スネアの三つで組み立てる躍動感のある叩き方。ホーン・リフも素晴らしい。二曲目からヴォーカルが出るが、やはりギターがカッコよすぎる。なんなんだこれ?

急速調にアレンジされた「サロンゴ」は、この CD だと三曲目、四曲目とトラックが切れているが、パート2のほうではグッとテンポを落としミディアム・グルーヴィな感じになる。やはりこれでも名手マヴァティクのエレキ・ギターと、もう一本のギターとの激しい絡み合いが素晴らしく感動的で、しかもスーパー・ダンサブル。な〜んだこりゃ!いやあ、すごい楽しい。音楽の快楽ってこういうもんだよね。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』一枚目に二曲だけ収録されているアブンバ・マシキニはかなりの僕好みギタリストだ。これは女性歌手アベティ登場の露払いとして、弟アブンバ・マシキニが演奏したもの。個人的にはアベティもさることながら、弟のギターのほうに強く惹かれてしまう。僕は初めて聴いたギタリストなんだけど、ジミ・ヘンドリクス、そして誰よりもカルロス・サンタナによく似ている。ヴォーカルのほうはたいしたことないような。

特に CD1六曲目「マガリ・ヤ・キンシャサ」でのアブンバ・マシキニは、ギターにファズ(かなり深い)とワウをかませ、サステインのよく効いたサウンドで弾いてキモチエエ〜。アフリカ音楽に特に強い興味のない米英ロック・ミュージック・リスナーに『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』を聴かせたら、間違いなくこのアブンバ・マシキ(と CD2のミリアム・マケーバ)に惹きつけられるはずだ。サンタナ風ラテン・ロック・テイストで、そんなソロを、それもジミヘンばりに弾くわけだからさ。七曲目「リンビサ・ンガ」もサンタナだ。はっきり言って「トライ・ジャー・ラヴ」にそっくりだが、この「リンビサ・ンガ」のほうがパフォーマンスは先だ。

『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』二枚目は、いきなりフランコ&TPKOジャズからはじまり、計11トラック。上でも書いたが、この11トラックこそ夢の、奇跡の、音源。1974年というフランコの全盛期に、しかも正真正銘のライヴ録音で、しかも地元ザイールのキンシャサで行われたコンサート音源で、これほどまでクリアな極上録音で、それが聴けるという、あぁ〜、もう興奮するなあ。つまり<最高の>フランコがこれなのだ。嗚呼、どうしよう?!!

音楽フェスティヴァル<ザイール 74>は、まさにフランコが音楽生涯の頂点に達していた時期に、しかも地元キンシャサで開催されたものなわけだから、つまりすべてがピッタリ合致している。それが録音されていて、しかもこんなにもいい音で録音されていたなんて。それがいまここに聴けているなんて。こりゃ絶対ウソだ。夢だ。奇跡だ。全盛期のフランコのバンドの、そのまろやかな味わいは特にエレキ・ギターのサウンドに集約されている。ギター・アンサンブルと分厚いホーン群のリフも、ここまで鮮明に分離した音で味わえるなんてなあ。

フランコの11トラックについては、いまだ聴くたびごとに興奮しすぎるので、冷静に言葉を綴ることなど僕にはできない。とにかく素晴らしく楽しい。快感だ。フランコのライヴでは定番だったインストルメンタルなダンス・パートも味わえる極上の11トラック。実際、フランコのパートでは、いやまあ『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』はだいたいぜんぶそうだけど、聴きながら僕は部屋のなかで踊っている。そうせざるをえないグルーヴ感じゃないか。あなたもぜひ『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』を買って聴いて踊っていただきたい。

フランコについては冷静に書くことができないのでこのあたりまでにしておいて、CD2のほうで僕のかなりのお気に入りであるオルケストル・ストゥーカスの四曲についてちょっとだけ書いておこう。このバンドも間違いなくこの1974年当時のザイールのルンバ・サウンドを演奏していて、しかも世代的にフランコあたりよりも若いせいか、新感覚のスピードとスリルあふれるロック的なルンバでイイネ。

個人的な趣味嗜好だけを言わせていただくと、告白すると僕は11トラック収録のフランコよりも、4曲収録のオルケストル・ストゥーカスのサウンドのほうがイイ。だぁ〜ってね、最高にカッコイイもんねえ。エレキ・ギター複数台の絡みで進むあたりはお馴染のルンバ・マナー。それもいいが、ドラマーとコンガ奏者の叩き方が疾走感・躍動感満点で、スピーディで超カッコエエ〜!このスピード感はストリート感覚っていうことでもあるんだろうね。

2017/09/01

マイルズ『”アナザー”・ビッチズ・ブルー』

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五週連続のマイルズ・デイヴィス「アナザー」・シリーズ。二回目の今日は『ビッチズ・ブルー』篇だが、音源は1998年リリースの『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』と2003年リリースの『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』の両方から取った。前者四枚組が1969年8月19日〜70年2月6日の、後者五枚組が70年2月18日〜70年6月4日の録音集だが、後者「ジャック・ジョンスン」の名を冠したボックスのほうにも、どっちかというと『ビッチズ・ブルー』の音傾向に近いようなものがある。

ってことで、以下がその『”アナザー”・ビッチズ・ブルー』プレイリスト。いまどき CD フォーマットにこだわるのはあまり意味がないのだとは分りつつ、それでもやはり CD 二枚組という体裁は考慮してある。

CD1

1. The Little Blue Frog (Alt)  12:15
2. Yaphet  9:42
3. Corrado  13:12
4. Guinnevere  21;08
5. Double Image  8:28
(Total 65 min)

CD2

1. Willie Nelson(Remake Take 2) 10:19
2. Recollections 18:58
3. The Mask (Part Two) 15:48
4. Konda  16:32
5. Little High People (Take 8)  9:29
(Total 72 min)

CD1はすべて『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』から。CD2は二曲目「リコレクションズ」だけが『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』からで、それ以外はすべて『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』から。

以下、録音データ。すべてニュー・ヨーク・シティのコロンビア・スタジオでの録音。

CD1

1. Recorded November 28, 1969.

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
Benny Maupin - bass clarinet
John McLaughlin - guitar
Herbie Hancock - electric piano
Chick Corea - electric piano
Larry Young - organ
Dave Holland - bass
Harvey Brooks - electric bass
Khalil Balakrishna - sitar
Bihari Sharma - tamboura, tabla
Billy Cobham - drums
Airto Moreira - percussions

2 & 3. Recorded November 19, 1969.

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
Benny Maupin - bass clarinet
John McLaughlin - guitar
Herbie Hancock - electric piano
Chick Corea - electric piano
Ron Carter - bass
Harvey Brooks - electric bass
Khalil Balakrishna - sitar
Bihari Sharma - tamboura, tabla
Billy Cobham - drums
Airto Moreira - percussions

4. Recorded January 27, 1970.

Miles Davis - trumpet
Wayne Shorter - soprano sax
Benny Maupin - bass clarinet
John McLaughlin - guitar
Chick Corea - electric piano
Joe Zawinul - electric piano
Dave Holland - bass
Harvey Brooks - electric bass
Khalil Balakrishna - sitar
Jack DeJohnette - drums
Billy Cobham - drums
Airto Moreira - percussions

5. Recorded January 28, 1970.

Miles Davis - trumpet
Wayne Shorter - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Chick Corea - electric piano
Joe Zawinul - electric piano
Dave Holland - electric bass
Harvey Brooks - electric bass
Khalil Balakrishna - sitar
Jack DeJohnette - drums
Billy Cobham - drums
Airto Moreira - percussions

CD2

1. Recorded Februay 28, 1970.

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Dave Holland - electric bass
Jack DeJohnette - drums

2. Recorded February 6, 1970.

Miles Davis - trumpet
Wayne Shorter - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Chick Corea - electric piano
Joe Zawinul - electric piano
Dave Holland - electric bass
Jack DeJohnette - drums
Billy Cobham - triangle
Airto Moreira - percussions

3. Recorded June 6, 1970.

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
John McLaughlin - guitar
Herbie Hancock - organ
Chick Corea - electric piano
Keith Jarrett - electric piano
Dave Holland - bass
Jack DeJohnette - drums
Airto Moreira - percussions

4. Recorded May 21, 1970.

Miles Davis - trumpet
John McLaughlin - guitar
Keith Jarrett - electric piano
Jack DeJohnette - drums
Airto Moreira - percussions

5. Recorded June 3, 1970.

Miles Davis - trumpet
Steve Grossman - soprano sax
Herbie Hancock - electric piano
Chick Corea - organ
Keith Jarrett - electric piano
Ron Carter - bass
Jack DeJohnette - drums
Airto Moreira - percussions

CD1の幕開け「ザ・リトル・ブルー・フロッグ」は別テイクのほうが断然カッコイイのでそっちを。しかしマスター・テイク含めこんな楽しいグルーヴ・ナンバーが、1998年までまったく一度も日の目を見たことがなかったなんてなあ。確かにリアルタイム・リリース作品ではどのアルバムにも入りそうもない感じのものだけど、もう一枚新作を仕立て上げればよかったんじゃないか、テオ・マセロ、これだけ録りだめたものがあったんだからさあ。特にジョン・マクラフリンのギターと、右チャンネルのフェンダー・ローズはたぶんチック・コリアのスタイルだからチックだと判断するが、二者の刻みが生み出すグルーヴが気持ちいい。
2「ヤーフェット」、3「コラード」は、いかにも『ビッチズ・ブルー』期、しかもその直後のセッションだというティピカルなサウンド。そしてこの日は、シタールやタブラなどインド楽器のマイルズ録音史上初導入だった。このサウンドの延長線上で、リズムをもっとハードでファンキーでタイトにしたのが1972年録音の『オン・ザ・コーナー』だ。3「コラード」のゆったりとした大きなノリ、うねりはアメリカ黒人リズム&ブルーズのもので、ジョン・マクラフリンのギター・ソロの弾き方もその系統。
4「グィネヴィア」は、まあ退屈な感じではあるけれど、これを入れておかないわけにはいかないのだ。この時期(1968〜75年)のマイルズにはほかに一曲もないカヴァー・ソングだし、しかもそれはロック・ナンバーだ。そう、みなさんご存知クロスビー、スティルス&ナッシュの曲で、書いたのはデイヴィッド・クロスビー。アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』三曲目収録のオリジナルは五分もないものだけど、女性への敬愛を歌ったものなのと、ちょっと風変わりなサウンドの響き(特にギターが変態的だ)と、モーダル・ナンバーであるのとで、マイルズはとりあげたのかなあ。それにしても21分間も、しかもダラダラとやりやがって。う〜ん、退屈だ(じゃあ選ぶなよな>自分)。
5「ダブル・イメージ」はジョー・ザヴィヌルの書いた曲で、リアルタイムでは短縮編集されたものが『ライヴ・イーヴル』に収録されていた。それは「ジェミニ/ダブル・イメージ」という曲題だが、「ジェミニ」なんていう曲の録音はない。テオが編集してそんな曲題にしただけなんだよね。約八分間のオリジナル・ヴァージョンのほうが、この曲の楽想がもとから持つグルーヴ感と、そしてマクラフリンのロック・ギターのカッコよさが分りやすい。

CD2。1の「ウィリー・ネルスン(リメイク・テイク2)」 は最終完成品。これより前のものは5ヴァージョン発表されているが、この完成品が一番グルーヴィでカッコいい。このエレベ、デイヴ・ホランドなんだよね。左チャンネルで弾くマクラフリンのギター・スタイルが、どっちかというとまだ『ジャック・ジョンスン』じゃなく『ビッチズ・ブルー』寄りだと判断して、このプレイリストに入れた。ボスのトランペット吹奏内容は、どっちにでも入りそう。10:45 から。
2「リコレクションズ」でちょっとだけ時間を逆戻り。ジョー・ザヴィヌルの書いたこれは「イン・ア・サイレント・ウェイ」の異名同曲。確かにこれもテンポのないユートピア・サウンド。でも1969年2月のときの録音と比べると、やはり少しだけサウンドは変化しているのがお分りいただけるはず。しかしこれは、このプレイリスト『”アナザー”・ビッチズ・ブルー』全体のチェンジ・オヴ・ペースのつもり。それにしては約19分と長いけれど。
3「ザ・マスク」はチック・コリアのオリジナル・ナンバーで、この時期のマイルズには珍しいストレート・ジャズ風な演奏。スタジオ録音ヴァージョンは2003年まで未発表だったが、ライヴでは演奏していたので、例えば1970年6月の四日間を収録した『マイルズ・アット・フィルモア』二枚組でも断片的に聴ける。「ザ・マスク」なんていう曲名はもちろんどこにもないが。

4「コンダ」はベーシスト不参加の、マイルズにしてはかなり珍しい一曲で、主にキース・ジャレットのフェンダー・ローズとマクラフリンのギターだけに乗ってマイルズが吹くというもの。ちょっと面白いんじゃないだろうか。スタティックなフィーリングだけどグルーヴ感はある。アイアート・モレイラのビリンバウも聴こえるね。それにしてもマイルズが吹くパートは、一部で低音管楽器がオクターヴ・ユニゾンしているかのように聴こえなくもないが、オクターヴァーかなにかのエフェクターを使っているのだろうか?
5「リトル・ハイ・ピーピル」 で締めたのは、これまたカッコいいファンキーなグルーヴ・チューンだからだ。ハービーもキースも(たぶん右がハービーだ)リング・モデュレイターとワウをかませて音を歪めてあるのが、僕には気持いい。リズムのフィーリングもシャープでタイトだ。全体で約九分間の七分半過ぎでようやく出てくるマイルズのトランペットも電気を通しているし、またトランペット・フレーズはインプロヴィゼイションではなく、断片的でシンプルなモチーフを反復演奏するだけ。『オン・ザ・コーナー』だって見えているよね。

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