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2017/09/16

キューバのダンス・ミュージックと、トランペットと、マンボ誕生(マンボ No.1)

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キューバのハバーナでは、ヘヴィー級ボクサーのジャック・ジョンスンも試合をしたことがあるんだよ。そう、あの黒人初のヘヴィー級王者になった人で、のちのモハメド・アリが敬愛を表明したり、マイルズ・デイヴィスのアルバム名になったりなどしている、あのジャック・ジョンスン。

あまり関係ない話だったが、さてつい最近、ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集が田中勝則さんのディスコロヒアから出て、かなり好評みたいだ。それまでこの人からキューバ音楽の話を特に聞いたことがないというような音楽ファン、特にエル・スール・ゴーワーズのなかにでも、このアルバムのことを熱心にしゃべる方がいらっしゃる。そりゃそうだよなあ、トロピカル音楽の一つの頂点だもん。

そんな方は、ひょっとしてそのベニー・モレー&ペレス・プラード共演盤がキューバ音楽入門だったりするのだろうか?もしかりにそうだとしたら、次にこれを聴いてほしいというのが、中村とうようさん編纂・解説の2003年ライス盤『キューバ音楽の真実』。このなかにはディスコロヒア盤にも収録されているベニー・モレー&ペレス・プラード楽団共演の一曲「ババラバティリ」だってあるんだよ。とうようさんいわく「この曲はモレー、プラード両者にとって代表的な名演だと思う」(ブックレット p. 19)。

そう、つまりライス盤『キューバ音楽の真実』は、まさしくマンボに焦点が当てられている。とうようさん自身はこれをさほどはっきりとは明言していないけれども、このアンソロジー編纂の意図は間違いなくマンボ誕生の経緯を、実際の音源で辿るというものだ。この非常に強く鮮明な編纂意図がとうようさんにあったことを、僕はまったく疑わない。その際、トランペットが最重要楽器だったとも示すこともあったはず。

それと一緒に、マンボの勃興と実は軌を一にしていた同時期のキューバ音楽であるフィーリンを並べ、この二つともが第二次世界大戦後のキューバ音楽における新解釈、新感覚というもので、実は同じような動きだった、音の表層は異なっているかもしれないが、マンボもフィーリンもモダン・キューバン・ミュージックとして相通ずるものがあったと示すこと、これもまた『キューバ音楽の真実』におけるとうようさんの編纂意図に間違いない。

そのために、もちろん『キューバ音楽の真実』は第二次大戦前の音源からはじまって、それがアルバム全体の25曲中16曲目まで続く。基本的にはボレーロとソン。この二つはそのまま発展して、第二次大戦後にフィーリンとマンボになったわけだから当然だ。<ボレーロ&ソンからフィーリン&マンボへ>。この流れを、『キューバ音楽の真実』を聴いていると僕ははっきりと感じる。

9曲目のセステート・アバネーロ、10曲目のセプテート・ナシオナルなど典型的なソンだって収録されている。ナシオナルのほうにはすでにトランペット奏者がいて、アバネーロのほうにも後年同楽器奏者が加入してセプテートとなるのだが、このトランペットが入るか入らないかの違いは非常に大きい。最初は一本だから自由にアド・リブで吹いているのだが、1940年代に入ったあたりから複数本のトランペットを使うようになり、そうなるとトランペット・セクションの演奏はかっちりアレンジされるようになる。

それが『キューバ音楽の真実』で分るのが13曲目のラ・ソノーラ・マタンセーラ、14曲目のアルセニオ・ロドリゲスあたりから。後者アルセニオの「キラとキケとチョコラーテ」ではサルサまで見えるかのようだが、この話は今日はしない。すでにマンボの祖型みたいな、ハードでメカニカルなソン・モントゥーノ演奏が聴けるという部分に注目したい。
がしかしアルバムのもっと前の収録曲にだって、似たような音傾向のものがある。例えば7曲目オルケスタ・オテール・ナシオナルの「ロス・ダンディーズのコンガ」などはそれだ。1942年のレコードで、トランペットはまだ一本だがアド・リブで吹かず、ほかの管楽器との合奏で短い機械的なフレーズを反復。また、打楽器群によるリズム演奏がハードな疾走感、スピーディさに満ち溢れていて、もうすでにマンボっぽい。
17曲目に来て、そして続けて18曲目と続けて、アンセルモ・サカーサスが収録されているが、『キューバ音楽の真実』のとうようさんは、だれがマンボを創りだしたのかというキューバ音楽史最大の命題への回答候補第一として、このアンセルモ・サカーサスをあげている。確かに17曲目の1943年「B フラット・マンボ」を聴けば、すでに完璧なマンボが完成しているのだとみんな納得するだろう。甘さを徹底排除した、乾いて硬質なサウンド、メカニカルな反復などマンボ「らしい」なんてもんじゃなく、100%ピュアなマンボそのものだ。以下の YouTube 音源では「1949」と見えるが、この流通しているデータが誤りであることも、とうようさんは指摘している。
その後、合間にホセ・アントニオ・メンデスの名曲「至福なる君」(ラ・グローリア・エレス・トゥ)などのフィーリンを挟みながら(う〜ん、どうやら今日はやはりこっちを述べる余裕はなさそうだ)、21、22曲目のベニー・モレーへと辿り着く。21曲目の「サンタ・イサベール・デ・ラス・ラハス」もコクのある素晴らしいマンボだが、なんたって22曲目でペレス・プラード楽団と共演した「ババラバティリ」が凄すぎる。もんのすごく硬いサウンドで、しかも猛烈にスピーディ。ロック・ミュージックの世界で言えば、1960年代末〜70年代のブリティッシュ・ハード・ロックを聴いているかのような、思い切り突き抜ける快感がある。いやあ、凄い凄い。
これの続きは、最初のほうで書いた、今年リリースのディスコロヒア盤ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集『素晴らしき出会い』で書くとしよう。また、それとは別個にホセ・アントニオ・メンデスらのフィーリンにかんしても、ちゃんとまた一度書く腹づもりでいる。さあいつになるやら…。

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