デクスター・ゴードンをちょっと一枚
ジャズ・テナー・サックス奏者デクスター・ゴードンのアルバムでは、1965年録音66年リリースの『ゲティン・アラウンド』が僕は一番好き。まずジャケットが美しいもんねえ。なかではやはり一曲目の「カーニヴァルの朝」が、大学生のころに聴いて好きになったものなんだけど、その「カーニヴァルの朝」は、あんまりなんども聴くと聴き飽きちゃうっていう意見もあるみたい。でもそんなことないよなあ。いまでも聴くとチャーミングだと思う。いいよね、これ。
僕がこのルイス・ボンファの曲を最初に知ったのが、なにを隠そう大学生のころのデックスのこの『ゲティン・アラウンド』LP でだったんだけど、これ、日本盤レコード記載の邦題が「黒いオルフェ」なんだ。でもレコード・ジャケット記載の原題は「Manhã de Carnaval」だから、これ、どうして「黒いオルフェ」になっているんだろう?って、しばらく分んなかった。そしてこの同じ曲がレコードによって原題も「Manhã De Carnaval」だったり「Black Orpheus」だったりもした。それでも本当にいろんな人がやっているからかなり有名な曲なんだって、その程度の認識が続いてた。
ヴィニシウス・ジ・モライスが原作脚本を書いた1956年の『オルフェウ・ダ・コンセイソン』を59年に映画化した際の映画タイトルが『黒いオルフェ』(Orfeu Negro)で、その主題歌として「カーニヴァルの朝」が書かれて使われたんだって知ったのはずっとあとのこと。だからそれまで僕のなかでは、印象的なボサ・ノーヴァ・リズムと一度聴いたら忘れられないあのメロディは同じだけど、これ、いったいなんていう曲なのかなあ?って、ちょっと不思議な気分が続いてたよ。
映画題が、そのまま主題歌題になっていることもあるんだろうね。曲そのものにちゃんとしたタイトルがあるのにどうして?ってのは、いまでもやはりよく知らない。まあでもありそうなことではあるよね。映画『黒いオルフェ』には批判もあるらしく、ヴィニシウス原作にあったブラジルやファヴェーラの本質を描いてない、したがってブラジル人はまったく評価してないだとか。実は僕、映画のほうはいまだに観たことないだ。曲「カーニヴァルの朝」がいいなあって思ってるだけなんだ。
さてデクスター・ゴードンの『ゲティン・アラウンド』は、デックスのパリ時代の作品で、1965年にどうやらアメリカに一時帰国した際の録音セッションだったんだってさ。それでプロデューサーがアルフレッド・ライオンで、スタジオがニュー・ジャジーのルディ・ヴァン・ゲルダーのところなんだろうね。同じデックスの同じブルー・ノート盤でも、有名な『アワ・マン・イン・パリ』は、タイトルどおり現地パリ録音で、パリ在住のバド・パウエルとケニー・クラーク(とベーシストはフランス人)を起用。プロデューサーは渡仏したフランシス・ウルフだったよね。
『ゲティン・アラウンド』のほうの編成は、バリー・ハリス(ピアノ)、ボブ・クランショウ(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)って、これ、リー・モーガンの1963年盤『ザ・サイドワインダー』とまったく同じリズム・セクション。だから…、ってわけじゃないかもだけど、僕のなかでこれら二枚の音楽がちょっと似てるように聴こえる部分があるよ。
さらに『ゲティン・アラウンド』のほうにはもう一名、ヴァイビストのボビー・ハッチャーソンが参加してるのがやや異色かなあ。例えばテーマ・メロディの演奏をテナー・サックスとヴァイブラフォンとのユニゾン・デュオでやったりしてるばあいがあって、ブワッっていうサックスと、コンコンっていうヴァイブの音色の違いを考えると、アンサンブルで解け合わないんじゃないかって思っちゃうけれど、『ゲティン・アラウンド』では、そのユニゾン・サウンドがなかなか面白かったりするじゃないか。
アルバム『ゲティン・アラウンド』では、確かに一曲目の「カーニヴァルの朝」が有名だけど、二曲目以後もかなりいい内容なんだ。二曲目はスタンダード・バラード「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ(ウェン・ノーバディ・ニーズ・ミー)」。この曲題だけでも哀しそうな感じだよね。スタンダードと書いたけど、それは現在ではという意味なんだ。そもそもこの曲が使われたミュージカルは1964年のもの。レコードとしても同年にシャーリー・バッシー(僕には忘れられない歌手)が歌ったシングル盤がリリースされたのが最初(それはヒットせず、トニー・ベネット・ヴァージョンで知られるようになったんだって)。だから『ゲティン・アラウンド』でデックスがとりあげたときは、時代のホットな流行歌だったはずだよ。
「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ」を吹くデックスは、この哀しい歌を、そのまま実に切々たるフィーリングで表現して、しかもこの曲のメロディは陰影に富むというか、ただ暗く哀しく落ち込んでるようなものでじゃなくって、メジャーとマイナーのあいだを行ったり来たりして、細やかな表現ができる旋律なんだよね。それをデックスが実にうまく吹いてるよね。二番手ボビー・ハッチャースンのソロは、デックスと絡みながらのもの、ってかこれはヴァイブ・ソロでもないなあ。ピアノ・ソロもなく、終始デックスが美しく吹くってもの。あぁ、綺麗だね。
アルバム三曲目「ハートエイクス」。1931年発表のこの古めかしいスタンダードも、曲題といい歌詞といいつらそうな歌に思えるんだけど、『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンにそんな雰囲気はあんまりないよね。テンポといい、ちょっぴりだけラテン・アクセントのあるリズム・アレンジといい、陽気で快活なフィーリング。リズム・セクションの演奏も躍動的。ソロを取るデックスもボビーもバリーもノリノリでいいね。デックスは曲終盤で、スタンダード曲「アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オヴ・ユー」のメロディを引用しながら吹いてるよ。
ここまでが LPでは A 面だった。CD では四曲目「シャイニー・ストッキングズ」はフランク・フォスターが、当時在籍していたカウント・ベイシー楽団のために書いた超有名曲だから、知らない人はいないミディアム・スウィンガー。でも『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンはどうってことないような気がするね。
五曲目「エヴリバディーズ・サムバディーズ・フール」はコニー・フランシスの1960年のレコードで有名だが、もともと1949年(リリースは50年)にリトル・ジミー・スコットがライオネル・ハンプトンとやったのが初演のブルージーなバラード。ダイナ・ワシントンも歌ったよね。デックスの『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンでは、途中までピアノのバリー・ハリスのソロが目立っている。デックスのソロは後半からだ。
CD アルバム六曲目の「ル・コワフュール」(Le Coiffeur)って、美容師っていう意味だけど、フランス語題なのは当時のデックスがフランスに住んでいたからなんだろうね。どうして美容師なのかは分らないが、これもちょっとラテン風な曲想とリズム・アレンジ。リム・ショットの使いかたといい、やっぱりビリー・ヒギンズってこういうドラミングが上手いよね。デックスのオリジナル曲なんだけど、旋律がひょこひょことユーモラスだ。まるでホレス・シルヴァーのペンみたい。
LP ではこれでお終いだった。『ゲティン・アラウンド』現行 CD には、このあとに二曲のボーナス・トラックがある。(アルバム全体の)七曲目「ヴェリー・サクシリー・ユアーズ」はどうってことない気がするが、次の八曲目「フリック・オヴ・ア・トラック」はなかなかいいよ。ふつう LP アルバムの CD リイシューに追加されるボーナス・トラックは、完全に不要であるばあいが多いよね。でもこの『ゲティン・アラウンド』の「フリック・オヴ・ア・トラック」はあってよかったと思える内容じゃないかな。
どうしてかって、これはレイジーにくつろいでいるようなフィーリングの12小節定型ブルーズだからなんだよね。ベン・タッカーのオリジナル曲らしいけど、僕はデックス『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンしか聴いたことないんだ。デックスも泥臭く攻めるし、二番手バリー・ハリスがブルーズを弾く上手さは説明不要。ふだんは乾いて硬い感じのプレイが多いボビー・ハッチャースンですら、湿った感じでブルージーに叩いていて、これはほぼミルト・ジャクスンになってる。アルバムで唯一、ボブ・クランショウのベース・ソロもある。野太い音でイイネ。
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