サッチモのディズニー・ソングズ
ルイ・アームストロングのことが好きな人たちでも熱心に愛好を表現することが滅多にない1960年代後半以後のサッチモ。だからお堅いマジメなジャズ・リスナーは、だれ一人としてあのあたりの作品のことなんか、意識の片隅にすらもないはずだ。けれども僕はかなり好きなんだよね。以前は最晩年の一枚『ルイ・アームストング・アンド・ヒズ・フレンズ』(1970)のことについて書いた。
これ以外にも楽しくて美しい音楽を、1960年代後半以後だってサッチモはやっていた。もちろん音楽はゲージツであるというお考えのみなさんには絶対に好かれることのないものばかりだけど、音楽はポップ・エンターテイメントであるというお考えの方々であれば、きっと気に入っていただけるはず。サッチモって生まれてから死ぬまでやっている音楽の本質は変わらなかった人だから、なにも1920年代のものばかり聴くことはないじゃないか。あ、20〜30年代録音については、以前四日連続で詳述した。
まだまだ書いていないことが多い時代なんだけど、これら四つでいったんは僕の気持も落ち着いているので、今日はまた1960年代後半のアルバムから一つ、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の話をしたい。タイトルどおりディズニー映画で使われた曲をサッチモがやったもので、レコード・リリースは1968年。そしてこのアルバムの録音が、トランぺッターとしてのサッチモは生涯ラストになった。
ウォルト・ディズニーは、エンターテイナー音楽家としてのサッチモを非常に高く買っていて、もちろんそれは、僕を含むディズニー世界のファンのみなさんであれば、誰だって納得できるはずだ。ほんの一例をあげれば、日本にだってあるディズニーランド内で生バンドが演奏している音楽を現場でお聴きになったことがあるだろうか?ディズニーなんて…子供のお遊びだろ…、と<音楽=ゲージツ>派のみなさんはおっしゃるけれど、バカにしたもんじゃないんだよね。1937年の映画『白雪姫』が第一号だったディズニー関連作品こそアメリカン・エンターテイメントそのもので、それはすなわちサッチモが生きた世界だ。
だからウォルト・ディズニーがサッチモに、ディズニー・ソングをやってくれないか、アルバムでも創ってくれないかと依頼するのは至極当然の成り行きだ。まず最初は1966年にプライヴェイトで声をかけてプロジェクトが開始しようとしたらしいが、このときは実現せず。そのまま同年12月にウォルトが亡くなってしまい、<サッチモ、ディズニーを歌う>の発案者にしてディズニー世界の総帥に作品を届けることは叶わなかった。
『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録曲は、約二年後の1968年2月にニュー・ヨークで録音を開始。ハリウッドで、というのは5月録音のことなので、Wikipedia その他各種情報は少しだけ不正確だ。2月27日のニュー・ヨークで三曲録音したのち、5月16、17日のハリウッドで八曲を録音し、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録の全10曲が完成した。
『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の収録全10曲と、それらのディズニー映画での初出を以下に書いておく。すべて日本語題で。だってディズニー世界は映画も歌も、日本を含む世界中でローカライズされて楽しまれているからだ。以前も触れたように、今2017年リリースのヒバ・タワジ(レバノン)の新作二枚組のラストにだって一曲あるしね。ただし括弧内の数字はアメリカでの作品公開年。
1「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」(『南部の唄』1946)
2「地面より10フィート」(『ファミリー・バンド』1968)
3「ハイ・ホー」(『白雪姫』1937)
4「口笛ふいて働こう」(『白雪姫』)
5「チム・チム・チェリー」(『メリー・ポピンズ』1964)
6「ビビディ・バビディ・ブー」(『シンデレラ』1950)
7「バウト・タイム」(『ファミリー・バンド』)
8「デビー・クロケットの唄」(『ディズニーランド』1954)
9「ザ・ベアー・ネセシティ」(『ジャングル・ブック』1967)
10「星に願いを」(『ピノキオ』1940)
これでたった計32分間のアルバム。短いよねえ。ディズニー・ソングってほかにもいいものがいっぱいあるんだけど、1968年リリースの LP レコードだからこんな尺なんだろうなあ。二月のニュー・ヨーク録音三曲「バウト・タイム」「ザ・ベア・ネセシティ」「地面より10フィート」と、それら以外のハリウッド録音七曲とでは、サウンドがかなり違う。二月録音はクラーク・テリーらを含むジャズ・バンドの演奏。全員の演奏パーソネルも判明している。
それに対し二日で七曲を録音した五月のハリウッド録音では、サッチモのヴォーカルとトランペットだということ以外は、管弦楽オーケストラと、ジャズふうのリズム・セクションと、男女入り混じってのバック・コーラス(はけっこうな大編成に聴こえる)が参加しているということしか分っておらず、それだって音を聴いて僕が判断しているだけで、どこにもまったく記載はない。当然パーソネルなんか分りようもない。
がしかしそれで十分なんじゃないかなあ。だいたいジャズ・バンド演奏である二月のニュー・ヨーク録音三曲でだって、ヴォーカルでも楽器でもサッチモしかソロは取らない。五月のハリウッド録音七曲だと、伴奏の全員がサッチモのサポートに徹していて、目立つサウンドはこれぽっちもない。バンド編成がかなり違う二月のものと五月のものをアルバムでは混ぜて並べてあるのに、どこにも違和感がない。
違和感がないのはサッチモの存在感というものがなせる技だろうなあ。ディズニーで使われた曲そのもののが持つポップさ、分りやすさ、楽しさ、美しさを、サッチモはただひたすらストレートに歌い演奏しているだけなんだけど、だから曲そのものの良さが立ち上がってくると同時に、それをそのまま伝えてくれる演唱家サッチモの持つ真の技巧や、ジャズ・マン、いや、ポップ・マンとしてのレヴェルの高さも際立っている。
『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の全10曲。いちばん素晴らしいなと聴くたびに感動するのは、5曲目の「チム・チム・チェリー」、6曲目「ビビディ・バビディ・ブー」、そしてラスト10曲目の「星に願いを」。「ビビディ・バビディ・ブー」は、ご存知のように楽しく愉快な曲なので、サッチモも賑やかでワイワイやっていると感じて、僕の気分もウキウキ。
「チム・チム・チェリー」と「星に願いを」は本当に美しい。前者はアルバム中いちばん長い六分以上あるもの。マイナー・キーの悲哀感の漂うメロディと曲調だが、歌詞内容は前向きなもの。サッチモのあの声でこれを歌われると美しさが沁みて、泣きそうになっちゃうんだよね。ずっと伴奏が入れている短いフレーズの反復も効果大。
アルバム・ラストの「星に願いを」。キューバ人音楽家エルネスト・レクオーナの「シボネイ」を知るまでずっと長年、この曲こそ僕の最愛好ポップ・ソングだったことは繰り返さなくてもいいんだろう。そしてサッチモが歌いトランペットを吹く、この『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』ヴァージョンの「星に願いを」こそ、僕にとっては最高、至高の「星に願いを」だった。だったと過去形で言わなくたって、いまでもこの曲のいちばん美しい解釈だと、僕は心の底から信じている。
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