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2017/09/29

マイルズ+ギルの「バラクーダ」

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マイルズ・デイヴィスとギル・エヴァンスとのコラボレイション作品。1962年録音63年リリースの『クワイエット・ナイツ』についてだけ、まだまったく一言も書いていないが、別に嫌いだとかいうわけではない。確かに高く評価することは難しそうな気がするが、あんがい悪いもんじゃないように思う。マイルズもギルも自身では、「あれはリリースされるべきではなかったもの」だと発言しているし、そう発言する根拠となる経緯も知られているが、リスナー側としてはね、また違う気分もあるんだ。

 

 

だから折を見て『クワイエット・ナイツ』についても書こうと思っているのだが、このアルバムの現行 CD の末尾にボーナス・トラックが一個入っている。曲題は「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。もちろん『クワイエット・ナイツ』の録音セッションにそんなアウトテイクはない。「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は1963年10月9、10日録音で、これはそもそも当時リリースされる予定はなかったもの。なぜならばこれは脚本家ピーター・バーンズの書いた同名劇の生ステージで使われるものとして録音されただけのものだからだ。中山康樹さんは「ミュージカル」だと書いているが(『マイルスを聴け!』)、それはちょっとどうなんだろう?

 

 

ピーター・バーンズの『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』は、サン・フランシスコのカラン・シアターで1963年10月21日に開幕し、同11月23日にロス・アンジェルスのハンティントン・ハートフォードで閉幕した。のちに名を成すピーター・バーンズだが、この63年『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』のときはまだまだ、っていうかそもそもこれはバーンズの処女作なんじゃないのかなあ?

 

 

それで、音楽を依頼されたマイルズとギルは、舞台開幕の約10日ほど前にハリウッドで、トラック「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」(と現在呼ばれているもの)を録音したってわけ。ただ問題はこの現在聴けるものが、そもそもピーター・バーンズの生舞台演劇で使用されたかどうかが分らないってことなんだよね。いくら調べても使われたような痕跡が、というか証拠が出てこない。録画録音されたわけでもなさそうだから文字で書かれた伝聞みたいなものしかないんだけど、どうも使われなかった可能性があるかもしれないような気がする。

 

 

そのあたりのちゃんとしたことは分らない。曲、というか複数のピースが連続した1トラックである、マイルズ&ギルの「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のほうはコロンビアがちゃんと録音したので(そりゃ演劇生舞台で使おうとしたんだから、生演奏しない限りは録音しなくちゃね)、現在僕たちも聴けるってわけ。『クワイエット・ナイツ』の現行 CD 末尾に追加されているのは、録音時期が近いという理由だけだったんだろう。

 

 

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」の初リリースは、ある時期の『クワイエット・ナイツ』CD リイシューではない。1996年発売のマイルズ+ギルのボックス『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』六枚組の四枚目に収録されたのが初出。マイルズとギルのコラボで「バラクーダなんちゃら」とか、なんかそんなもんがあるらしいぞという噂だけは僕も前から読んでいたものの、音源を聴いたのはこのときが初めて。

 

 

マイルズ&ギル関連で噂だけ読んでいたといえば、噂ではなく本人の明白な発言なんだけど、1975年来日時のインタヴューで(インタヴューワーは児山紀芳さん)マイルズは、「ギルとは1968年にやったのが最後だけど」「あの時は…(中略)従来の形にとらわれないでね…(中略)ハープやマンドリンまで使った」と明言していた。児山さんが「マンドリンですって!」と驚いたような反応を見せるとマイルズは、「キミはストラヴィンスキーの『春の祭典』を聴いたことがないのかい」と言っていた。

 

 

だから『アガルタ』日本盤 LP のライナーノーツに掲載されたそのインタヴューを読んだ僕たち日本のマイルズ・ファンは、そのときから1968年録音でなにかがあるんだよなと知ってはいたのだが、こっちも実際の音源がなかなか聴けるようにならず。そしてその68年録音のマイルズ+ギルは、やはりこれも1996年の『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』の四枚目に収録された。その68年2月16日録音の「フォーリング・ウォーター」4テイクが、ギルのアレンジするオーケストラとマイルズとのラスト共演録音だ。

 

 

1968年録音「フォーリング・ウォーター」の話をする余裕は今日はないと思う。ここでも『マイルスを聴け!』の中山さんと意見が違うのだが、僕の耳には(中山さんが完成品に近いと言う)「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」よりも、(中山さんが実験品にすぎないと言う)「フォーリング・ウォーター」のほうが面白く響くんだよね。

 

 

ちょっとだけ書いておくと、「フォーリング・ウォーター」を録音した68年2月のマイルズは、ちょうど未発表だった「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」といったカリビアン路線作品も録音し終え、(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』を経て)、68年5月からの『キリマンジャロの娘』収録曲に手をつけはじめていた時期なんだよね。『キリマンジャロの娘』にギルが(まったくノー・クレジットとはいえ)かなり貢献している、和声面その他で大きなアドヴァイスをしているのだという事実は、今2017年8月末に出版されたばかりの村井康司さんの新著『あなたの聴き方を変えるジャズ史』でもはっきりと指摘されている(p. 214)。僕はアルバム丸ごとマイルズとギルのタッグ作品と言いたいくらいだ。

 

 

アフロ・カリビアンなリズム・セクションの上に、ヨーロッパ白人クラシック音楽のサウンドが乗っかり合体したみたいな「フォーリング・ウォーター」 の話は今日はよしておこう。録音時期も楽器編成もかなり違う「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のことだけだ。この1963年10月録音作品、まず音源をご紹介しておく。

 

 

 

 

お聴きになれば分るように、約13分間のこのトラックは、10個の短いフラグメンツを並べたもので、構成は以下。

 

 

パート1 (0:00〜

 

パート2 (1:38〜

 

パート3 (2:01〜

 

パート4 (5:22〜

 

パート5 (5:43〜

 

パート6 (6:12〜

 

パート7 (6:57〜

 

パート8 (10:03〜

 

パート9 (11:02〜

 

パート10 (12:13〜

 

 

各パートはスッと音が小さくなっていったん終了するので、終りと次のパートの切れ目は分りやすい。もちろんこんなふうに連続演奏してそのまま録音したんじゃなく、おそらくハリウッドのスタジオ現場では一個一個バラバラに演奏したんだろう。しかも個々がもう少し長めだったのかもしれない。録音後の編集でこうなっているんじゃないかなあ。いや、あるいは連続演奏して、それをそのまま録音しただけという可能性は捨てきれないように、音を聴くと思う部分もある。

 

 

しかもギル・エヴァンス作品のファンの方であれば、アッとすぐに気がつくはず。そう、この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は、ギルのアルバムではお馴染の「ジェネラル・アセンブリー」と「ホテル・ミー」(aka「ジェリー・ロールズ」)が本体になっているだけのものだ。

 

 

僕の書いた上記パーツ記述だと、パート3とパート4が「ジェネラル・アセンブリー」。パート7が「ホテル・ミー」(っていうか、僕は「ジェリー・ロールズ」題記載のアルバムで知ったものだから、そっちの曲題のほうに思い入れがあるけれど)。それ以外は時間も短いし、約13分間の全体で見れば前奏、間奏、終奏みたいなもんだよね。

 

 

この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。1963年10月録音ということで、5月にすでに発足済のニュー・クインテットから、テナー・サックスのジョージ・コールマンだけ外し、リズム・セクションの三人、すなわちハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズが参加して演奏している。ロンとトニーはさほど大きく目立たないが、例えばパート1部でのハービーのピアノなんかは、クラシカルかつリリカルでいいんじゃないだろうか。

 

 

「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部では、しかしトニーのドラミングもなかなかいいね。リズムが活発な曲想だしさ。とはいえ、翌64年以後のライヴでのトニーの鬼神と化したような超絶ぶりを知っているだけに、まだまだこれくらいのものでトニーらしいとは僕には言えない。「ホテル・ミー」部は、別名「ジェリー・ロールズ」であるのでも分るように、かなり泥臭くブルージーな曲想。ギル自身のバンドでの演奏はもっとそれが強調されているんだよね。マイルズはまだおとなしいんだ。

 

 

またギル自身のビッグ・バンド演奏での「ホテル・ミー」(ジェリー・ロールズ)と比較すると、「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」パート7でマイルズがトランペットで吹くラインは、まったくインプロヴィゼイションではない。あらかじめギルが譜面化してあったものだ。あ、いや、待てよ、この1963年10月録音がギルにとっても初演のはずなので、そこでマイルズがアド・リブで吹いたそれを採譜して、その後ギル自身のバンドでそれをそのまま転用したんだろうか?

 

 

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部以外は、4ビートのストレート・ジャズなパート9を除き、だいたいはかなりクラシカルな西洋音楽ふうのものに近いように聴こえる。前々から僕も繰返しているが、マイルズにはそんな音楽志向がかなりある。そんな志向をビッグ・アンサンブル化できる人物であるギルのアレンジを使って、なかなか美しくチャーミングに聴こえる部分もあるよね。マイルズのトランペットもそうだが、なによりギル・アレンジの柔らかい複数木管アンサンブルが美しく響く。

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