マイルズ『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』
マイルズ・デイヴィス、五週連続シリーズの四回目である『オン・ザ・コーナー』篇。しかしこれ、書こうと思い、すでに作成済みの『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』プレイリストをじっくり聴きなおしてみたら、どうもイマイチな感じに聴こえてしまって、ちょぴりガッカリ。作ったときはそうでもなかったのになあ。まあな〜んも考えてなかったんだろう。
でもこれ以外のものを作りようがないってのも事実。なぜならば、1972年録音に絞りたいと思ってやってみたのだが、72年のスタジオ録音はたくさんあるものの、当時からリアルタイムでリリースされていた72年発売の『オン・ザ・コーナー』と74年発売のどっちも二枚組『ビッグ・ファン』と『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に面白い部分がかなり収録されてしまっているからだ。
1973〜75年録音であればそうでもなくて、完全未発表、あるいは短縮編集ヴァージョンがリリースされていたとか、または通常の方法では入手困難となっていたものなどのなかにも、かなり面白い演奏がたくさんあるから、来週の『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』はそんなひどく悪くもないんじゃないかと自負しているのだが、今日の『”アナザー”・オン・ザ・コーナー』は、う〜ん…、ちょっとこれは…。熱心なマイルズ愛好家以外にはちっとも面白くなさそうだ。でも72年の未発表もので作るとこうなってしまうんだ。かといって73年以後だと音傾向がかなり変化するので、『オン・ザ・コーナー』の”アナザー”篇としてはふさわしくない。難しいなあ。
と言い訳ばかりしておいてから書く以下のプレイリスト、すべて2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』六枚組の CD1と CD2からとってある。
1. One And One (Unedited Master)
2. Jabali
3. Chieftain
4. U-Turnaround
(Total 53 min)
以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティ。
1. Recorded June 6, 1972
Miles Davis - trumpet
Carlos Garnett - tenor sax
Bennie Maupin - bass clarinet
Dave Ceamer - guitar
Herbie Hancock - electric piano, synthesizer
Harold Ivory Wiliams - organ, synthesizer
Colin Walcott - sitar
Michael Henderson - bass
Jack DeJohnette - drums
Billy Hart - drums
Don Alias - persussions
Badal Roy - tablas
2. Recorded June 12, 1972
Miles Davis - trumpet
Bennie Maupin - bass clarinet, flute
Herbie Hancock - electric piano, organ
Lonnie Liston Smith or Harold Ivory Wiliams - electric piano
Colin Walcott - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Billy Hart - drums
Don Alias - percussions
Badal Roy - tablas
3. Recorded August 23, 1972
Miles Davis - trumpet
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas
4. Recorded November 29, 1972
Miles Davis - trumpet
Carlos Garnett - soprano sax
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas
この1972年『オン・ザ・コーナー』期最大の特色は、サウンド・カラー、リズム・テクスチャーが、良く言えば彩り豊かでゴージャス。悪く言えばゴチャゴチャしていてまとまりがなく、はっきり言って聴きにくくノリにくいような部分もある。先週の『”アナザー”・ジャック・ジョンスン』の明快なシンプルさとは大違いだ。来週の『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』で、それがまた少し戻ってくる。だから『オン・ザ・コーナー』期だけのキャラクターなんだよなあ。
そんなふうになっている最大の理由はシタールとタブラだろうけれど、これしかし、1969年末に一度導入して使っていたにもかかわらず、先週書いたように70年春ごろの『ジャック・ジョンスン』期の関連セッションでは使わなかった。72年になってまた再び使いはじめたわけだけど、これも73年の初頭でやっぱりやめて、その後は死ぬまでずっと使っていない。ってことは69年末〜70年頭の冬と72年だけの、例外的な楽器使用だったんだよなあ。マイルズの胸中やいかに?
しかしそんな例外期に、例外的なインド楽器を大胆に使って、例外的に面白い『オン・ザ・コーナー』収録曲ができあがってしまって、例外的に強い印象を大勢にいまだに与え続けているもんだから、あたかも<これぞマイルズ・ファンクだ!>みたいな捉え方をされているかもしれない。マイルズ・ファンク全体から見たらそうでもないんだよ。例外のほうにいちばん面白い本質が出現するのだという、この世の真実がここにもあるのかもしれないが。
そんなわけで、上で書いたように僕作成のプレイリストも四曲ぜんぶシタールとタブラ入り。これは当たり前だ。1972年録音でそれらを使っていないセッションは、スタジオ録音はもちろんライヴ・コンサートでもまったくひとつもない。それで相当ややこしいというか、サウンド・カラーが鮮やかなというか、めんどくさそうで聴きにくくとっつきにくい音楽ができあがっている。
1「ワン・アンド・ワン(アンエディティッド・マスター)」は、こんな曲題になっていて、『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』附属ブックレット記載でも<コンプリートでは未発表>という記載になっているから、短縮編集でもされて一部がどこかに使ってあるのか?と思うんだけど、「ワン・アンド・ワン」という同一題のトラックを含む『オン・ザ・コーナー』には存在するように聴こえない。あれじゃないかなあ、以前書いた1998年リリースのビル・ラズウェル・リミックス『パンサラッサ』の一部に流用されているもののことを指しているんじゃないのかなあ。
この記事で書きたいことはぜんぶ書いたので、繰り返さなくてもいいだろう。とにかくいきなり出だしのエレキ・ギター(デイヴ・クリーマー)がギョイヨ〜ンとカッコイイのなんのって。マイルズのスタジオ録音ではあまり聴けないサウンドだよなあ。あまりっていうかほとんどないんじゃない?こんなヘヴィ・メタル・ギターみたいなのはさ。それ以外は、やっぱり『オン・ザ・コーナー』とほぼ共通する音楽性だ。でもこんなギター・サウンドはないからなあ。
2「ジャバリ」というこの曲題は、この曲の録音やその他『オン・ザ・コーナー』になったトラック群など、1972年にはマイルズのスタジオ録音セッションによく参加していたドラマー、ビリー・ハートのこと。でも彼はこの曲ではあまり活躍していない。主にマイクル・ヘンダスンの弾くエレベの同一フレーズ反復が土台をつくって、三管が絡み合いながらソロを取る。バス・クラリネット&フルートのベニー・モウピンがマイルズのセッションに参加したのは、これが最後のはず。まあ聴いてもあまり面白くないだろうが、こんな傾向の曲がこの時期に複数あって、それが結局1975年来日公演盤『アガルタ』『パンゲア』のどっちも二枚目で開花するんだよね。すなわち「イフェ」の路線だ。
3「チーフタン」は、1973〜75年のライヴ・コンサートでは毎回必ずやっていた「チューン・イン・5」のスタジオ・オリジナルだ。偶数拍子じゃないリズムがまるでヨレて突っかかるみたいで、ちょっと面白いかもしれない。それからこの1972年8月23日は、レジー・ルーカスの初お目見え。その後73〜75年(の特にライヴ)では欠かそうにも欠かせない、マイルズ・ファンク絶対必須の要石だったレジー。このことはマイルズも75年来日時のインタヴューで明言していた。
4「U - ターナラウンド」は、同じ日の録音で「ターナタウンド」と題されたトラックの録音も『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』に連続収録されているのだが、演奏時間が九分も違うわりには、内容にまったく差がない。同じ曲、というかモチーフをやっていて、「ターナタウンド」のほうはそれを延々とリピートしているだけだ。だったら時間が短いほうがいいと思い、こっちを選んでおいた。これは1975年来日公演盤『アガルタ』で聴ける「プレリュード」での二管でやるテーマ・モチーフと同じもの。スタジオ録音があったんだよね。まだこの時期はイマイチ面白味に欠けるけれどね。
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