ポリリズミックなアトーナル・ブルーズ 〜 ビーフハートの『トラウト・マスク・レプリカ』
フリー・ジャズ好き&カントリー・ブルーズ好きにはけっこう聴きやすい面だって あるかもしれない、キャプテン・ビーフハートの1969年盤『トラウト・マスク・レプリカ』。どうしてかって、このアルバムは大半がアトーナル・ブルーズなんだろうと思うからだ。生のままの、しかしそれでもかなり抽象化された無調のカントリー・ブルーズ。ってことはつまりフリー・ジャズじゅないか。そして一部のアフリカ音楽にも近いように感じるときがある。
『トラウト・マスク・レプリカ』がアフリカ的だというのは、主にそのポリリズミックなありように僕は感じるんだよね。以前、ローリング・ストーンズの「ダンス」(1980年『エモーショナル・レスキュー』)について書いたのと同じようなことが、『トラウト・マスク・レプリカ』の大半の曲に当てはまる。演奏とヴォーカルのすべてのパートが異なったリズム・フィギャーをとりながらそのまま並んで同時進行し、さらに調性的にもやはり異なったまま同時並行。だから、ちょっと聴いた感じものすごく難解な音楽に聴こえる、というかそもそもこれは音楽なのか?という疑問すら抱くかもしれない。
『トラウト・マスク・レプリカ』ほどアメリカ大衆音楽でポリリズミックかつアトーナルな演奏を、それもアルバム全編にわたって繰り広げているものはないから、異形のものだとされて、しかも褒められかたがこれまた異様にものすごく、なんだかとんでもない超大傑作だとかいう持ち上げられようなんだけど、アメリカ内でも南部の一部のカントリー・ブルーズには同質のものがあるし、アフリカやヨーロッパに目を向けたらそんなに物珍しいマスターピースでもない。
しかも『トラウト・マスク・レプリカ』のばあい、一曲一曲がぜんぜん長くない。全28トラックが、いちばん長いものでも17トラック目の「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」の 5:18。ほかに4分台のものがちらほらあるが、あとは3分もないものばかりがどんどん流れてくる。長めの曲でも複数パートを組み合わせてそうなっているだけだから、結局一個一個のピースはぜんぶ短いものばかり。
ところでその「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」なんかはまだ相当分りやすいんじゃないだろうか?まあノリやすい定常ビートらしきものが、特にドラミングに、この曲だけでなくアルバムのほとんどの曲で存在しないから、とっつきにくいかもしれないが、エレキ・ギターが短いパッセージを延々と反復し、ほかの楽器はそれを聴きながら、それに合わせるでもなく別のパターンを演奏し(でもときどき合わせている)、その上にビーフハートがハウリン・ウルフみたいなあの塩辛いダミ声でブルーズ・シャウトを乗せて、そのあいまにサックスでフリーキー・トーンをブロウしているというもの。
実際、演奏しやすいらしく、しばらくのあいだライヴでも披露していたみたいだ。YouTube で検索すると、1970年代初頭あたりのライヴが数個見つかった。この「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」もアトーナル・ブルーズだけど、でもワン・コードで合わせているように聴こえる部分もあって、リズムも複合的でありながら、同一パターンに一斉に乗っかっているように聴こえる部分もある。特にドラマーがシンバルを叩くタイミングは完全にエレキ・ギターのシングル・トーン・リフを聴いて、そのタイミングにピッタリ合わせているよね。
ビーフハートの吹く各種サックスも、フリー・ジャズ好き、あるいはフリーではないがエリック・ドルフィーのフリーキー・トーンを聴き慣れている(人はかなり多いはず)ならば、そんなに珍しがることも難解に感じることもない。オーネット・コールマンみたいにフリー・ジャズの旗手とされながら、その実、モーダルであることの多い人みたいな明快さはビーフハートにはないが、以前書いたようにアルバート・アイラーが最初から分りやすかった僕としては、その後出会ったビーフハートのサックスはぜんぜんどうってことはない。
僕が『トラウト・マスク・レプリカ』でいちばん分りくいと感じる部分は、ボスのヴォーカル&ナレイション、特に後者なんだよね。特に楽器伴奏なしでただしゃべっているだけ、それもさほど抑揚もなくリズミカルでもなく、音楽的なしゃべりに感じないものはちょっと苦手かも。そういえばフランク・ザッパにも、アルバム一枚が丸ごとぜんぶそうであるような作品があったよなあ。なんだっけ(^_^;;。あれはもう一回聴こうという気にいまのところはなれない。僕が熱心なザッパ信者じゃないせいかもしれないが。
そういう無伴奏ナレイション・トラックじゃないものでも、『トラウト・マスク・レプリカ』でのビーフハートの歌いかたはメロディアスではない。ふつうのいわゆる歌には聴こえないのだが、この人のばあい、ヴォーカルだけは前からそうだ。デビュー・アルバム『セイフ・アズ・ミルク』でもヴォーカルはそうだったじゃないか。ただ、バンドの演奏がきわめて明快なデルタ〜シカゴ・スタイルのブルーズで定常ビートも刻んでいたから聴きやすいものだったのだが、『トラウト・マスク・レプリカ』でもその基本は変わっていない。そこからちょっと、いや、かなり、抽象化しているだけだ。
明快なブルーズだって『トラウト・マスク・レプリカ』に一曲だけとはいえあるもんね。11曲目の「チャイナ・ピッグ」。もろ南部風、というかデルタ・ブルーズそのまんまで、このアルバムのなかにこんなに典型的で従来形式にのっとった演奏があるのが不思議なくらい、だれでも分るカントリー・ブルーズ。弾き語りではなく、ギターは(バンド・メンバーではない)ダグ・ムーンが弾いている。
これほどモロそのまんまな明快さではないものの、アメリカ音楽に前からあるような従来路線を利用したような曲はほかにもあって、例えば6曲目の「ムーンライト・オン・ヴァーモント」(あの有名スタンダードの曲名もじりか?)、9曲目「スウィート・スウィート・バルブズ」、12曲目「マイ・ヒューマン・ゲッツ・ミー・ブルーズ」、13l曲目「ダリズ・カー」、19曲目「シュガー・ン・スパイクス」 、25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」、そしてラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」あたりがそう。
特に25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」なんか、わりとポップでファンキーだもんなあ。リズムも明快(でもポリリズミックではある)。冒頭からリズム・セクション(ドラムス&ベー&ギター)が一定のリズミカルなパターンを反復するのだが、ボスらしきものはヴォーカルもサックスもなし。だれかの声が乗っている(女性?)が、ファンキーな、ほぼインストルメンタル演奏だ。
ラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」(退役軍人の日のポピーってどういうことだろう^^;;?)なんか、スウィートなフィーリングすらあるもんね。特に約2分目あたりからエレキ・ギターが弾くパターンが甘くてメロウな感じだ。ポリリズミックであるがアトーナルではない。『トラウト・マスク・レプリカ』の全体は、ひたすらハードでハーシュでパンクに突き進んでいたかのように聴こえるから、70分目ごろのラストでこういう演奏が来るのは意外でもあるが、締めくくりのスウィーツとしてはなかなかいいんじゃない?
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