スキップ・ジェイムズの明るいピアノ・ブルーズ
ミシシッピ・ブルーズ・マン、スキップ・ジェイムズ。楽器はギターのイメージしかないかもしれないが、ピアノで弾き語るものだってある。といっても、ギターでやったものとぜんぶあわせても、例によっての1960年代フォーク・ブルーズ・ブームの最中に熱心なブルーズ愛好家の手で64年に再発見されて以後のものを除く戦前録音だと、たったの18曲、すなわち SP レコード九枚しかないんだけどね。
それら九枚はすべて1931年のパラマウント盤。たった18曲だし、版権も切れているしで、いろんなレーベルが出していそうだけど、僕が持っているのは1994年の米 Yazoo 盤だけ。しかし表ジャケットにどうしてだか「1930」の文字が見える。18曲すべて1931年のレコードのはずだけど、ひょっとして録音は30年に行われたものだったりするのだろうか?どなたかご存知の方、教えてください。ヤズー盤にはなにも書いてないです。
さて、1931年の18曲のなかには、書いたようにギター・ブルーズだけでなくピアノを弾いて歌う録音もあるスキップ・ジェイムズ。ギターのほうは特に教わらなくても素人なりになんとか弾けるようになる楽器だけど、ピアノはおそらくそうでもない面があるんだろうから、スキップ・ジェイムズもそれなりに教育は受けた人物だったんじゃないんだろうか?なんだかアメリカ南部の黒人カントリー・ブルーズ・マンは、みんな貧困で無教養だみたいなイメージを、僕だってふだん持ってしまっているが、そんなこともないんだろうね。
スキップ・ジェイムズのばあい、主にギターで弾き語るブルーズには、本当に暗くて不幸せで悲しみに満ちていてつらそうなものが多いので、やはり貧困と無知と苦悩にあえいでいたのかという印象が、ただ録音物を聴いているだけだとしてしまうんだけど、あんがいそうでもなかったんじゃないかなあ。実際、1931年の18曲のなかには、やや明るくて跳ねているようなものだってある。特にピアノで弾き語るものに暗いものは一曲もない。
だいたいさぁ、スキップ・ジェイムズのやったもののなかでいちばん有名なのは「アイム・ソー・グラッド」じゃないか。英ロック・バンド、クリームがとりあげてスタジオでもライヴでも演奏し、どっちも公式発売されている。そのおかげでこの「アイム・ソー・グラッド」がかなり知られることとなった。これはピアノではなくギター弾き語りだけど、これは曲題でも分るようにまったく暗くない。ギターのパターンも、かなり細かく弾きこなしながら喜ぶようにジャンプしている。これはブルーズというよりラグライム・ナンバーだね。
スキップ・ジェイムズ = ギター&暗いというイメージは、たぶん「デヴル・ガット・マイ・ウーマン」だけでできあがっているものなんじゃないかと思う。1931年の18曲ぜんぶをじっくり聴きかえすと、この曲がいちばん悲しそうで暗く、ピッチの高い声で泣いているかのように歌い、ギターもフィンガー・ピッキング(はこの人のばあい、いつもけっこう入り組んでいる)で後ろ後ろへと引きずるようなフレーズを弾き、まるで消えた女のことを振り返ってばかりいるみたいだ。
それにしてもこの YouTube 音源のタイトルも「デルタ・ブルーズ・ギター・レジェンド」 の文字が見えるが、だいたいスキップ・ジェイムズは(同じミシシッピ州とはいえ)デルタ地帯とは、地理的にも音楽スタイル的にも、あまり関係なさそうだ。もちろんデルタ地帯を旅して歌うことくらいはあっただろうけれど、同州ベントニア生まれで、1931年の18曲だと、デルタ・スタイルのブルーズはどこにも聴けないもんねえ。
同州の後輩で、スキップ・ジェイムズからの影響もはっきりしている新世代ブルーズ・マンのロバート・ジョンスンなんかも、やはり典型的なデルタ・ブルーズ・マンではなく、彼のばあいは、リロイ・カー的シティ・ブルーズのスタイルと、さらにブギ・ウギ・パターンの影響が濃いのだが、それでもまだ典型的デルタ・スタイルのブルーズも少しは録音している。これがスキップ・ジェイムズとなると、ただの一曲もない。
リロイ・カーの名前を出したついでに書いておくと、カーの影響はスキップ・ジェイムズにも聴ける。スキップ・ジェイムズの1931年の18曲のうち、ピアノでやっているのが5曲あるので列挙すると、「リトル・カウ・アンド・カーフ・イズ・ゴナ・ダイ・ブルーズ」「ハウ・ロング・”バック”」「22-20・ブルーズ」「イフ・ユー・ハヴント・エニイ・ヘイ・ゲット・オン・ダウン・ザ・ロード」「ワット・アム・アイ・ドゥー」。
これら五つのうち、「22-20・ブルーズ」はロバート・ジョンスンへの直接のつながりが一番見えやすいだとか、「ワット・アム・アイ・ドゥー」は、そもそもピアノなのかギターなのかの判別すら一瞬迷うかもと思うほど(本当です、疑う方は聴いてみて)録音状態が悪く、これの A 面だった「ドランクン・スプリー」はそんなことないのに不思議だなあ、本当に1931年なのかと思っちゃうくらいなんだけど、そんなことはこの際、あまり関係がない。
大事なのはピアノでブルーズを弾き語るときのスキップ・ジェイムズは、間違いなくリロイ・カー・フォロワーだということだ。例えば「22-20・ブルーズ」に例をとると、出だしや中間部(っていうか、ギターでもそうだけど、歌のワン・フレーズが終わりかけるたびに楽器で弾く) において三連でダダダ、ダダダとやるのは、リロイ・カー・スタイルだ。これじゃないほかのピアノ弾き語りでも、一曲のほぼ全体にわたり、カー・スタイルを模倣したピアノをスキップ・ジェイムズは弾いている。
スキップ・ジェイムズにおいてリロイ・カーからの影響が最も鮮明なのは「ハウ・ロング・”バック”」。曲題だけで察しがつくように、これはリロイ・カーのデビュー録音にしてメガ・ヒット・ チューンになり、アメリカ音楽界に多大なる影響を与えた1928年の「ハウ・ロング・ハウ・ロング・ブルーズ」の焼き直しなんだよね。ピアノの弾き方なんかは、それでもスキップ・ジェイムズふうに工夫してあるけれど、やはりかなり似ている。
この「ハウ・ロング・”バック”」はかなり面白いよね。ピアノでスタッカートを弾きながら、ちょっと進んでは立ち止まりを繰返している。だからまるでリズムが突っかかっているみたいに聴こえる。リロイ・カーの「ハウ・ロング」にあったなめらかな流麗さがない。あれはブルーズに多いトレイン・ピース(鉄道ソング)でもあったので、カーのあんなリズムは列車の動きを表現したような部分があったかもしれない。スキップ・ジェイムズの「ハウ・ロング」ではそれが完全に消え失せている。まるでヨボヨボ歩くか、あるいはオンボロ馬車に揺られているかなにかの動きみたいに聴こえる。
スキップ・ジェイムズについて書いて、ギター&ヴォーカルのスタイルと、悲しげに泣いているような暗さについては、ほぼなにも触れていない文章ができあがってしまった。だがしかしそういった部分はみなさんがどんどんお書きになっていて、ネットで少し検索してみただけでもどんどん見つかる。スキップ・ジェイムズのピアノ・スタイルについて言及してある文章は見つけられなかったからさぁ。
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