マイルズ・コンボ1960年春の欧州公演
おそらく来年二月ごろになるらしいんだけど、マイルズ・デイヴィス・クインテット1960年春の欧州ツアー(のたぶん一部)を記録したボックス・セットがレガシーから公式リリースされるようだ。例の(ボブ・ディランの真似をした)<ブートレグ・シリーズ>の最新巻として。ただしまだ公式なアナウンスがないし、アナウンスされても、いままでは大きく遅れたり内容が変更になるなどしたばあいもあったので、まだちょっと迂闊なことは言えない。
無事なんとかリリースされてほしいその1960年春のマイルズ・バンド欧州ツアー音源集。いままで公式リリースがまったくないかというとそんなことはなく、たった一つだけ DIW 盤、すなわちディスク・ユニオンがリリースした CD 二枚組がある。タイトルは『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』。パッケージのどこにもリリース年の記載がないが、5,800円(!)と値段が記してあるので、まあだいたいの時期は想像がつくよね(笑)。あったよなあ、CD 二枚組で5000円を越えていた時代が。しかも、これ、ちょっとブートレグ臭いようなものでもある。スウェーデンの Dragon っていうレーベルが出したものを借用しているか、あるいは Dragon が DIW 盤をパクったか、どっちなんだろう?やっぱり DIW 盤もブート?
まあいちおう公式盤として扱って、来年二月のレガシー盤公式ボックス・リリースの予告編となる文章を今日は書きたい。DIW 盤の『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』は、文字どおり1960年のストックホルム公演を収録したもので、日付は3月22日。メンバーはマイルズ以下、ジョン・コルトレーン、ウィントン・ケリー、ポール・チェンバーズ、ジミー・コブのレギュラー・クインテット。このメンツで60年の4月頭まで欧州ツアーをやっていて、ブートもなんまいかある。
このメンツのレギュラー・クインテットでマイルズが1960年にやった欧州公演は、記録が残っていて辿れる範囲でいうと(ギル・エヴァンスとのコラボレイションでアルバム『スケッチズ・オヴ・スペイン』を録音した最終セッションである60年3月11日の直後の)3月21日、パリ公演が最初。その後各地を廻り、4月9日のアムステルダム公演が記録としては最後となっている。9月になって27日の英マンチェスター公演から、リズム・セクションはそのままでサックスがソニー・スティットに交代。60年いっぱいはスティットでやって、翌61年3月7日の『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』になった一部を録音するときからハンク・モブリーになっている。
そんなわけで1960年3、4月の欧州公演は、マイルズ・バンドのレギュラー・メンバーとしては最後のジョン・コルトレーンをとらえたライヴ・ツアーなので、その点でも非常に大きな意味がある。レガシーが(まだ公式アナウンスはないが)このときのライヴ音源集ボックスを発売する判断をしたのも、ここに力点が置かれているのだろう。
DIW 盤『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』は、CD 二枚で計7トラック。7トラック目はいわゆる音楽ではなく、マイルズも関係なく、この欧州公演時のジョン・コルトレーン単独のインタヴューが収録されている。それ以前の六曲を見ると、一枚目も二枚目も「ソー・ワット」ではじまっている。この日のストックホルム公演は2セットやったからだ。上の段落でも書いたし、コルトーン単独のインタビューがオマケみたいに収録されているのでも分るように、世のほとんどのジャズ・ファン、あるいはマイルズ狂にとってすらも、この60年春の欧州公演はコルトレーンのマイルズ・コンボ卒業の姿にこそ聴きどころがあるとされている。
だが僕にとってはちょっとだけ違う部分もあるんだよね。確かにコルトレーンのソロは素晴らしいが、個人的にはウィントン・ケリーのピアノ・ソロもかなり楽しいんだよね。これはほぼだれも言わないことで、みんなコルトレーンコルトレーンの大合唱だけど、そればっかりでもないんじゃないかなあ。それがよく分るのが、やはりコルトレーンを聴くべきとされる二つの「ソー・ワット」だ。もちろんコルトレーンのソロ内容が壮絶で素晴らしいのは、僕も完全同意の文句なしなので、そこは強調しておきたい。
この1960年3月22日の2セット公演では、最大の聴きものが二つの「ソー・ワット」で、というかほぼそれだけで充分であって、その他お馴染のブルーズ・ナンバー「ウォーキン」や、また1958年録音作品から「フラン・ダンス」や「オン・グリーン・ドルフィー・ストリート」、また『カインド・オヴ・ブルー』からこれまたブルーズの「オール・ブルーズ」もやっているが、「ソー・ワット」のグルーヴィさと比較したらイマイチなんだよね。「ウォーキン」なんかグルーヴィになるはずのもので 、同一リズム・セクションによる同曲1961年ライヴだと素晴らしいのに、この60年ストックホルム公演ヴァージョンだと食い足りなく感じるのは、どうしてだろう?テンポがなんというか、もったりとしていて面白くない。ノリもよくない。
だから二つの「ソー・ワット」しかご紹介しないことにする。
この二つの「ソー・ワット」。DIW 盤だと、なぜだかファースト・セットのが CD2に、セカンド・セットのが CD1に収録されているのは不思議だ。 だから解説文の悠雅彦も間違えているが、文末に「1986 - 6」と記載があるので、執筆したその時点だと情報がかなり少なかったから仕方ないよね。いまは同一公演を収録した DIW 盤じゃないほかのブートでは訂正されているし、各種ディスコグラフィでもそれを確かめられる。
1960年3月22日の二つの「ソー・ワット」だが、ファースト・セットのもののほうが演奏時間が約五分長い。そうなっている最大の理由はやはりジョン・コルトレーンのソロの長さだ。セカンド・セットでは6コーラスのソロを吹くが、ファースト・セットでは倍の12コーラスもやっているもんね。これはあれかなぁ、ファースト・セットであまりに長くやりすぎて、幕間でボスに「トレーン、お前、長すぎるぞ、半分にしろ」と文句言われたんだろうか(笑)?だいたいこのころのマイルズ・コンボのライヴではトレーンのソロが長すぎると、常日頃からマイルズは思っていたらしいね。
マイルズのトランペット・ソロの内容は、ファースト・セット(7コーラス)、セカンド・セット(6コーラス)ともに均整がとれていて、普段から僕もくどいほど繰返しているが、この音楽家は全体の構築美を重視する人なんだよね。自分のソロでも(ある時期の例外を除き)この態度をほぼ崩さなかった。だから1960年の欧州公演でも、バンド全体でそんなやりかたをしたかったかもしれないが、ジョン・コルトレーンがすべてを(いい意味で)ぶち壊しにしてしまう。
でも、マイルズはこんなジョン・コルトレーンのことが大好きだったんだよね。確かにもう少しだけ簡潔にまとめてくれないか?という願望があったかもしれないが、心の底から本気でそう頭に来たりなどするならば、衆人環視のステージ上でも遠慮なく実力行使する人だったもんね。ずっとあとの1980年代末の日本公演では、サックスのケニー・ギャレットがあまりにも延々とソロをとるので、ボスが蹴りを入れて強制終了させたのを僕は生で目撃した。肉体的暴力でなくとも、サウンド的ヴァイオレンスで割って入りやめさせている証拠ならいくつもある。
だからあんなことをインタヴューなどで言いながらも、実はマイルズだって、あの延々と吹いて演奏全体のバランスを悪くするジョン・コルトレーンの長尺ソロをそれなりに楽しんでいたはずと僕は思うのだ。そしてそれは確かに本当に素晴らしい内容なのを、上の二つの「ソー・ワット」でも聴きとっていただけるはず。この壮絶さはこのままのありようで、帰米後独立して自らのバンドを率いるようになって以後のトレーン・コンボで表現されているので、これ以上の説明は不要だろう。
必要な説明は、三番手でピアノ・ソロを弾くウィントン・ケリーの極上グルーヴだ。この1960年ライヴではみんなコルトレーンのことしか言わず、ケリーにかんしては褒める文章を見かけたことがない。だが、ジョン・トレーンのソロ内容がややシリアスで重すぎると感じるばあいもある僕は、いつも三番手でケリーが出てくると、本当に楽しくノリやすくていい気分なんだよね。ケリーのピアノ・ソロに入ると、ジミー・コブが僕の大好きなリム・ショットを入れはじめるのもイイよ。
しかも二つの「ソー・ワット」で聴けるウィントン・ケリーのソロ内容は、マジで素晴らしいもんね。終盤まで右手のシングル・トーン弾き中心で行って、その部分もノリ良く軽快で気持いいが、最後にブロック・コードでガンガンガンと、ジミー・コブとの合奏で三連符の変形を複数回演奏するあたりのスリルと興奮は、僕にとって1960(〜61)年のマイルズ・ライヴを聴く際の最大のポイントだ。
あの変形三連符合奏は、「ソー・ワット」最初のテーマ演奏部におけるベースの弾くラインとホーン合奏とのコール&リスポンスにあるゴスペルふうなフィーリングを、離れた場所で出現させ拡大したものだと僕は思っている。そしてそのままエンディング・テーマになだれこむから、効果絶大なんだよ。
ピアノ・ソロ最終盤であんなブロック・コードの連打をウィントン・ケリーとジミー・コブの合奏でやろうっていうのは、いったいだれのアイデアだたんだろうか?それを知りたいとむかしから思っているのだが、なにしろ「ソー・ワット」をライヴ演奏した最初のマイルズ・バンドが今日書いたこの五人だから、ちゃんとしたことが分らないんだよね。マイルズかケリーかのどっちかじゃないかと思うんだけどね。
「ソー・ワット」三番手のピアノ・ソロの最終盤でこうなるのは、63年6月以後のハービー・ハンコック&トニー・ウィリアムズも継承している。レコードはなかったはずだから、テープを聴かせてもらっていたに違いない。
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