失われたショーロを求めて(2) 〜 イリニウ曲集ふたたび
(最初にまずご報告。7月16日朝におかしくなり聴こえが悪くなった僕の右耳は全快いたしました。本日夕方、通っていた耳鼻科での診察でそのお言葉をいただきました。僕自身もこの実感があります。急性中耳炎にしては治りかたがかなり遅いと言われ続け、一度は愛媛大学附属病院で精密な検査も受けましたが、そのあいだも不十分で妙な聴こえかたながらずっと音楽に触れ続け、それについて書き続けました。今後ともよろしくお願いします。今日のこれ以下を含め来週水曜日までは、聴こえがイマイチな時期に書いた文章です。ー 10月6日付記)
先週土曜日の記事、ショーロにかんするそれを書いてこのアルバムに言及したら、やっぱり我慢できなくなって(苦笑)、またしても繰返し聴きまくってしまった。エヴェルソン・モラエス、レオナルド・ミランダ、アキレス・モラエスらによる『イニリウ・ジ・アルメイダ・エ・オ・オフィクレイド・100・アノス・ジポイス』。なんども繰返し再生して流しっぱなしにしたいアルバム(だからそれが容易な iTunes で僕は聴く)。 だぁ〜ってね、こんなにも素晴らしいショーロ・アルバムなんて、そうそうこの世にあるもんじゃない。荻原和也さんは昨年、20年に1枚というレベルだと書いていらしたけれど、もっと稀な大傑作なんじゃないかなあ。
百数十年に及ぶショーロ史に燦然と輝くエヴェルソンらのイリニウ曲集(アルバム題が長く、だれのアルバムとの記載もないので、以下はこう書く)。昨年、僕も一度ブログ記事にしたけれど、あんなものではちょっとなあ。音についてちゃんと書いていなかった。昨日からまたなんども聴きまくっているので、っていうかそもそも昨年このイリニウ曲集が自宅に届いて以来一年以上が経過する現在でも、これを聴かない日なんて三日もないんだ。届いた当初から年末あたりまでは「文字どおり」毎日、それもなんども繰返し、聴いていた。少し気分が落ち着いているいまですら、やっぱりけっこう頻繁に聴くんだよね。三日と開けず聴く。
だからもはやすっかり僕んちの定番ヘヴィ・ローテイション・アルバムになったままのエヴェルソンらのイリニウ曲集。今日は少しだけ詳し目に書いてみよう。それはそうと、これ、日本盤が出てほしいんだよね。そうすれば少しは知られるようになるし、一般の音楽ジャーナリズムもとりあげてくれるかもしれないし、みんなが買いやすくなるというのが一つ。もう一つは附属ブックレットの邦訳がぜひほしいんだ。せめて英訳でもいい。僕のポルトガル語読解能力なんてゼロだからね。
ブックレット解説文は5パート構成になっている。(1)トロンボーン&ボンバルディーノ奏者エヴェソンが中古楽器店で、偶然、失われた楽器オフィクレイドを見つけて買ったところから、イリニウ曲集アルバムの企画に結びついたあたりのいきさつ。(2)イリニウ・ジ・アルメイダがどんな音楽家だったのか、略歴も含めての軽い紹介文。(3)アルバムのプロデューサー、マウリシオ・カリーリョのコメント。(4)失われていた低音管楽器オフィクレイドの紹介。(5)アルバム収録曲一覧と、その一曲ごとに、どんな曲なのかの短い紹介、パーソネル、担当楽器の記載がある。
これら、やっぱり僕にはなにが書いてあるのかほぼ分らない。ぜひ!このイリニウ曲集の日本盤を、それもブックレットの邦訳を付けて、どこか発売してくれ!切に切にこれを願う。アルバムが日本中で買いやすくなって、しかも日本語文でイリニウ・ジ・アルメイダのことや楽器オフィクレイドのことなんかがちゃんと読めたら、そりゃ申し分ないんじゃないだろうか?本当にどこか日本のレコード会社さん、お願いしますよ。
さて、エヴェルソンらのイリニウ曲集。一曲一曲はやはり YouTube で見つからないので残念ながらご紹介できないものの、以下のようなアルバム紹介のティーザーがあった。これはちょっと面白い。まずエヴェルソンがオフィクレイドを吹いているシーンからはじまるので、どんな外見とサウンドの管楽器なのか、とても分りやすい。アルバムをお聴きの方も、ちょっと見てほしい。
しゃべっているときの BGM は、アルバム13曲目の「アイ!モルセーゴ」が使われているので、未聴の方もだいたいこんなような音楽なんだなって思っていただいて間違いない。確かにその13曲目がこのイリニウ曲集全体のなかではいちばん快活だし楽しいしダンサブルだしで、屈指の出来栄えなんじゃないかなあ。この曲、ブックレット記載の曲名のあとには「タンゴ・ブラジレイロ」と添えられている。
そもそもこのアルバムの全14曲、ブックレットではすべて曲名のあとに、「ショーロ」だけでなく「タンゴ・ブラジレイロ」とか「ポルカ」とか「ヴァルサ」とか「マルシャ」とか「ショーティシ」とかって書かれてあるんだよね。これは音楽ジャンル名というより、どう踊るか、ダンスの指示なんじゃないかなあ。むかしのジャズ・レコードなんかも SP レーベル面にその記載があったんだけけどね。2016年のショーロ・アルバムでこれをやっているのは、たぶん制作側がいにしえのショーロ曲レコード発売の伝統に則ったってこと?
主役のエヴェルソンが吹く、アルバムの主役楽器オフィクレイドは、先ほどご紹介したような楽器で、そんなサウンドがアルバム全編で鳴り響いている。柔らかい丸みのあるサウンドで、バンドのボトムスをしっかり支えているんだよね。ご存知ない方向けに付記しておくと、だいたいの古典ショーロ・バンドにベーシストはいない。ドラマーもいないのでベース・ドラムもなし。
打楽器はなにを?というと、パンデイロみたいな小型のものが一個か二個入るだけなのだ。リズムを表現するということもあるが、それよりもスパイスみたいな味付けで、バンドのリズムの肝は打楽器ではなく弦楽器。すなわちショーロのばあいギターとカヴァキーニョの刻みなんだよね。サンバだって似たようなもんじゃないか。
ただしエヴェルソンらのイリニウ曲集では、13曲目の「アイ、モルセーゴ!」と14曲目「アルトゥール・アゼヴェード」にだけ太鼓奏者が参加している。北米合衆国のドラム・セットでいえばスネアを、それも打面とリムの両方を叩いているような音が聴こえるのだが、それはたぶん Bombo とクレジットされれいるものじゃないかなあ。Pratos もクレジットされているが、シンバルみたいな音って聴こえないような気がするが…。14曲目では太鼓の低音もある。それはベース・ドラムっぽいサウンドだ。
このイリニウ曲集の楽器編成は一曲ごとにほんのちょっとだけ違っているが、すべてに共通するのはオフィクレイド、コルネット、フルートの三管と、ギター、カヴァキーニョの二本の弦楽器、打楽器パンデイロだ。これに七弦や八弦のギターが参加したり、パンデイロ以外の小さな打楽器が入ったりするだけだから、サウンドに統一感がある。上の段落で書いたように最後の13、14曲目でだけ、打楽器だけでなく管楽器もチューバやクラリネットなども加え、もう少し大きな編成になっているので、やはりクライマックスということなんだろう。
アルバム13、14曲目の盛り上がり方は確かに素晴らしい。僕も聴くたびにいまだにワクワクして上気する。しかしながらこのイリニウ曲集では、それ以前の1〜13曲目の淡々と進む流れも実にいいと思うんだよね。イリニウの書いた快活で陽気な楽曲と、しっとり落ち着いたスロー〜ミディアム・テンポの(バラード調)楽曲がバランスよく配置されていて、曲順の並びも考え抜かれている。ラストのクライマックス二曲のような強い興奮はない代わりに、優しい平常心で本当に気分良く聴けるもんね。
特にオフィクレイド、フルート、コルネット三管の絡み合いのホーン・アンサンブルが見事だ。ギターとカヴァキーニョのスムースに進むリズムに支えられ、三本で縦横・複雑に交差しながらも、サラサラした川のごとく流麗で、どれか一本だけがソロ(みたいなものは北米合衆国音楽の考えかただが)で目立つことはなく、だいたい常に三管アンサンブルで演奏し、クラシカルでありりつグッとモダンなフィーリングもある。
エヴェルソンらのこのイリニウ曲集。1〜3曲目ではわりと陽気な感じのものが続くのだが、4曲目「レンブランサス」がやはりしっとり系の落ち着いたバラードふう。パンデイロではじまる続く5曲目「マリアーナ・エン・サリーリョ」はリズムがややサンバふうに快活で、っていうかそもそもサンバのあのリズム・フィールだってもとを正せばショーロ由来なんだもんね。この5曲目の中盤でエヴェルソンが吹くオフィクレイドの旋律は面白い。続くフルート、コルネットもユニーク、っていうか可愛くてチャーミングだ。
と思うと続く6曲目「イレーニ」は、かなりゆっくりしたテンポで演奏される切な系のワルツ・バラード。これは好きになる方が多いはずだ。続く7曲目「アルベルティーナ」、8曲目「コルケール・コイザ」で再びテンポを上げて快活に。9曲目「ジャシ」がまたしてもゆったりテンポ。二拍子のショーティシで、これは切ない感じはさほど強くないなあ、と思っていると、中盤以後やはりサウダージが来る。
11曲目は8曲目と同じ曲「コルケール・コイザ」で、これは同じものの二種類の解釈があるってこと。8曲目ではポルカ記載だったのが、11曲目ではショーロ記載になっている。テンポは8曲目ヴァージョンのほうが速く、フィーリングもよりダンサブルだ。主旋律も8曲目ヴァージョンではオフィクレイドが吹くが、11曲目ヴァージョンではフルートが同じものを吹く。11曲目ではテンポが少しだけ落ちているせいもあってか、落ち着いてしっとりした情緒が出ているのも面白い。ただしバックでずっと刻んでいるカヴァキーニョのリズムは細かく躍動的だ。
このあと12曲目「ジスピジーダ」は「別離」という曲題どおりのかなり物悲しく切ないフィーリングのワルツ・バラード、っていうかこれは一種のトーチ・ソングみたいなものなのか?フルートとクラリネット二管アンサンブルの背後で、チューバとオフィクレイド二管の低音が入れるリフもやはり哀しく、だからそれが効果的に響いて曲想を表現している。
しかしそんな12曲目「ジスピジーダ」は、言ってみれば続く13、14曲目で迎えることになるこのアルバムのクライマックスへの露払い的な役目なんだよね。切な系ワルツで泣く(ショラール)のもいいが、僕としては楽しく愉快に、人の掛け声も入ったりするラスト二曲で、いつもはじけている。
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