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2017/10/24

お静かに!美しいものだから

 

 

日曜日の文章の最後でオマーラ・ポルトゥオンドの名前を出したでしょ。ナンシー・ヴィエイラがやるボレーロ関連で。すると今度はオマーラのことが気になりはじめて、存命中のこのキューバ人女性歌手のことを僕が知った当時のことを思い出していたんだった。それはヴィム・ヴェンダース監督映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』でのことだった。

 

 

この映画と、その前にリリースされていた、ライ・クーダー・プロデュースの音楽アルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のことは詳しく書かないが、この映画のなかで当時の僕にとって最も鮮烈な印象で、いまでも忘れられないワン・シーンがある。それは本当に美しいものだった。ボレーロの名曲「シレンシオ」をオマーラ・ポルトゥオンドとイブライム・フェレールがデュオで歌い寄り添ううところ。あそこに僕は激しく感動して、この女男二名の歌手のことも初めて知ったのだった。

 

 

これだ。

 

 

 

スタジオのなか、リズム・セクションだけのシンプルな伴奏でオマーラとイブライムが「シレンシオ」を歌っているが、途中からそのままライヴ・ステージで同曲をやはり同じデュオでやっているカットにつなげてある。プエルト・リコのラファエル・エルナンデスの書いた(ということは当時の僕がちっとも知るわけない)曲がなんて美しいんだ!しかも、このオマーラとイブライム二名の歌手もなんて甘くて美しい声と歌いかたなんだ!って、猛感動したんだよね。

 

 

ライヴ・シーンはアムステルダム公演?だとかいうことらしいが、僕のばあい、キューバのスタジオ(上掲 YouTube 動画で “EGREM” と入り口にはっきり書いてあるのにいま初めて気がついたが、当時気づいていてもなんのことだか分るわけなかった)で、オマーラとイブライムが対面して見つめあって、この美しいボレーロを歌っているシーンこそが強烈に脳裏に焼き付いたのだ。

 

 

だがしか〜し!こんなにも美しい名曲ボレーロの名歌唱は、音楽アルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』に収録されていなかったのだ。いま考えたらどうして入れなかったのか?これこそクライマックスなのに…、というのは僕だけが抱いた感慨だったのか?それは分らないが、やや不可解で、もう一回聴きたい、あの絶品美を!それもオマーラとイブライムのデュオでぜひ同じように!と思っていたらリリースされたのが、1999年の CD『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』だったのだ。

 

 

『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』は、この男性歌手のソロ・デビュー・アルバムということになるらしい。ベニー・モレーの楽団などでも活動した人だが、まったくアルバムなどなかった、出せるわけもなかったイブライムが自己名義の単独アルバムを出せたりしたんだから、その点だけでもライ・クーダーとヴィム・ヴェンダースと、北米合衆国資本に感謝しなくちゃいけないのかもしれない。

 

 

はたして、映画で観て、なんという美しさだと泣きそうになったあのワン・シーン、あの男女が向かい合い見つめあって愛を語り合うがごときあの「シレンシオ」は、アルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』の八曲目に収録されていた。それもイブライムとオマーラのデュオ・ヴァージョンで。しかしこれは当然のように録音しなおしたヴァージョンで、ストリングスなども入っている。

 

 

 

イブライムとオマーラ二名の声も歌いかたも、映画ヴァージョンよりずっといい。ライがちょろっとギター・スライドでビョ〜っと余計なことをしてくれちゃっているのが、このあまりにも美しい玉のただ一つの瑕で、それさえなければ100点満点の音楽美。でもライのおかげで実現したんだから感謝しなくちゃいけない。それにこのあまりにも美しすぎる曲と二人のヴォーカルとストリングスの前では、ライのスライドもさほど邪魔だとも思えない。それほどまでに美しい。

 

 

あ〜、なんだか今日もここまで「美しい」としか口にしていないが、それ以外の表現が出てこないもんね、こんなボレーロを聴かされたら。まず映画で観て、CD『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』でもっといいヴァージョンを聴いちゃった1999年、ではなく、映画を2000年に観たあとだから同じ年か翌年あたりから現在まで、僕はこの CD ヴァージョンの「シレンシオ」を聴くたびにマジで身も心も溶解してしまって、骨抜き状態にされてしまう。

 

 

 

イブライムも素晴らしいボレーロ歌手で、でもちょっとだけアマチュアっぽいフレージングも、アルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』のほかの曲では散見するものの、特にアルバムにぜんぶで五曲あるボレーロ・ナンバーでのヴォーカル表現などは文句なしだ。アルセニオ・ロドリゲスの曲をやったソン・モントゥーノとかも年輪を感じるいい味で、また、かつてのボスであるベニー・モレーの曲を二つ(一個はベニー自作)やっていて、一個は完璧なマンボ、一個は名曲ボレーロの「コモ・フエ」で、それらも見事だ。

 

 

だが、僕にとってアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・プリゼンツ・イブライム・フェレール』はボレーロ曲こそがすべてなんだよね。それもこれ一曲だけ、容姿も表情も姿勢も声も美しいオマーラ・ポルトゥオンドを迎えてデュオでやるラファエル・エルナンデスの「シレンシオ」〜 これこそ、僕にとってのこのアルバムの「すべて」だと言って間違いない。

 

 

「シレンシオ」。歌の中身はつらく苦しい(悲恋?)内容で、しかし主人公の語る心情 〜 庭に美しい花々が眠っているんだから、どうかお静かに。わたしが泣いているということを、わたしの苦しみをこの花々に知れたりなどすれば、花々はわたしをあわれんで一緒に泣くでしょう。だからわたしは花々に自分のかなしみを知られたくないのです。もし知れたら彼らは死んでしまいますから 〜 もなんて美しいんだと思うけれど、それをそっと優しくささやくように歌うイブライムとオマーラの表現が、まるでこの世のものとは思えない。

 

 

特にイブライムがまず一連歌ったあとサビになって、オマーラが “Yo no quiero” で出てきた瞬間に、そのオマーラの声の美しさにゾッコン惚れてしまう。いまだになんど聴いてもオマーラのヴォーカル、ボレーロ歌手としての素晴らしさに降参する。また歌のいちばん最後で、オマーラとイブライムのハーモニーで “morirán” と歌う部分で、なんど聴いても僕の涙腺が爆発的に崩壊してしまう。

 

 

やはりデュオ・ハーモニーで歌う大サビの “ Silencio” とかねえ、こんな美しい言葉をこんな美しく発するなんてことが、ほかにこの世にあるのだろうか?なんて綺麗なんだ、オマーラ。本当に美しいと心の底から思う。好きだぁ〜!オマーラ!!年齢なんか関係ない、いまからキューバに行ってもいいですか?

 

 

(追記)オマーラのアルバムのことは、またちゃんと文章にします。

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コメント

 ある時仕事で出入りしているところの人から「音楽好きでしたよね。今日武道館でキューバのショウがあるんだけど、入りが悪くてタダで良いから人を集めて、と言われてるので行きませんか」と電話があった。キューバンは詳しくはないが好きだったので行きますと答えて、タダで行かせてもらったのが「ノーチェ・トロピカール」であった。
 素晴らしい音楽、歌、踊り!ただただ聞きほれ、見とれて夢のような時間だった。中心歌手がオマーラという人だということ、とんでもなくすばらしいメンバーだったということは後でミュージック・マガジンで知った。今その時のカタログ(けっこう立派)を見ると改めてすごい。アラゴンのフルート、エグエスまでいた!
 あんな凄いショウがタダで見れたのは幸運としか言いようがない。1992年1月(カタログに日時がなくネットで調べた)のことでした。
 

ノーチェ・トロピカールを生で体験なさったとは、うらやましい限りです。

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