エキゾティックなモダン・ショーロ 〜 チアーゴ・ソウザ
新人のショーロ演奏家、チアーゴ・”ド・バンドリン”・ソウザのデビュー作2017年の『ジ・ソスライオ』。確かに一曲目のリズムのキレがかなりしゃっきりシャープだから目が覚めて、その後もノリのいい曲が続くのでそういうアルバムではあるけれど、なかにはしっとり落ち着いた静かで典雅なショーロもあるよなあ。6曲目「パーサロス・ジ・フェスタ」とラスト12曲目「セレーナ」はそうだ。この二曲ではかなり安らかな気分になって、目覚めるどころか入眠向きだけど、二曲だけだから少数派なんだろう。だから全体的にはやっぱり爽やかな目覚めのショーロ・アルバムだ。
ところでそれら二曲の安らかショーロ。聴きおぼえがあるような気がするし、聴いたことなくても間違いなく19世紀末あたりの古典ショーロ楽曲の趣だなあと思ってブックレットを見たらやっぱりだ。6曲目「パーサロス・ジ・フェスタ」はエルネスト・ナザレーの曲。12曲目「セレーナ」はゼー・パウロ・ベケールの曲で、こっちは現代人だけど楽想は古典的。チアーゴ・ソウザのこの『ジ・ソスライオ』では、一曲目が同名の自作曲で、ほかはぜんぶほかの人の書いたショーロ曲をやっている。
ついでだから安らか典雅ショーロ二曲の話からしておこう。エルネスト・ナザレーの6曲目「パーサロス・ジ・フェスタ」はワルツで(クラシック・ショーロには実に多い)、このアルバムのヴァージョンは最少人数編成のトリオ。チアーゴのバンドリン+六弦と七弦のギターだけなんだよね。しかしこれが実にいい。しっとり落ち着いて、ナザレーの時代のあの雰囲気をストリング・トリオでよく再現している。いまの時代でも、っていうかだいたい全人類普遍の感情をそっとやさしく撫でてくれる。ぜひ聴いていただきたいのだが、YouTube にも Spotify にも一曲もない。そもそもチアーゴがぜんぜんない。って当たり前か、処女作だもんな。う〜ん、CD 買ってください。僕はディスクユニオン通販で見つけました。
アルバム・ラスト12曲目「セレーナ」はこのトリオ編成にチェロだけ入るカルテット。チェロという楽器が本来持っている音色の艶っぽさが大好きな僕だけど、ここではクールで落ち着いたサウンドに聴こえるのがイイ。これなんか、まさにベッドに入る前に聴いたらすんなり眠りに落ちそう。静かでムーディで、七弦ギターの低音部が(いつもそうだけど)軽めのウッド・ベースみたいで、そこにスーッとチェロが入ってきて、チアーゴのこれまた落ち着いたバンドリンにからむと、いうことなしの心地良さ。う〜ん、ご紹介したい。僕が YouTube に上げてもよかですか?なしてチアーゴは自分で上げんと?
さて、これら二曲を外すと、最初に書いたようにこのチアーゴ・ソウザの『ジ・ソスライオ』は目が覚めるようなさっぱりしたシャープでキレのいいショーロ・アルバムだ。しかもちょっぴりエキゾティックでもある。キューバンなショーロがあったり、バイオーンみたいなノルジスチ・ショーロもあって、こりゃ面白くて楽しい。
そのキューバン・ショーロとは9曲目の、曲題もそのものズバリ「ショーロ・クバーノ」。これはマウリシオ・カリーリョの書いた曲で、これでソンふうなトランペットを吹くのがアキレス・モラエスだなんて〜。このアルバム、まるで僕のためにわざわざあつらえられたものなんじゃないかな〜。だって、弟エヴェルソンがオフィクレイドを吹いた例のイリニウ曲集はマウリシオのプロデュースで、全曲アキレスがコルネットを吹いていたもんね。あ、そっちは Spotify にあるんだ。今日の話題じゃないけれど、いちおうリンクだけ貼っておこうっと。
チアーゴ・ソウザの『ジ・ソスライオ』9曲目の「ショーロ・クバーノ」は、まずウッド・ベースのリズミカルなリフ反復ではじまって、その背後で打楽器の硬い音が二つ鳴っている(多重録音だろうが、一個はクラベス)。チアーゴのバンドリン(クレジットではテナー・ギターとなっているけれど、バンドリンだよねこれ?)も入り、アキレスのトランペットが主旋律を吹く。ドラム・セットとコンガも賑やかに叩かれて、完璧なキューバン・ショーロだ。
アキレスがソンふうなトランペットをと書いたが、曲の中盤でモロそのまんまを吹いているんだよね。しかもこれはあれじゃないのかなあ、「南京豆売り」のパラフレーズじゃないかなあ。そのアキレスがトランペットで吹く「南京豆売り」の言い換えに続き、そのまま打楽器オンリーの乱れ打ちパートがあって、ショーロでこんなのあんまり聴けないよなあ。リズムも派手で賑やかで、曲調もエキゾティックだし、なんたって楽しくて、僕は大好きだ。
続くアルバム10曲目「マンダカル」がバイオーンふうのノルジスチ・ショーロなんだよね。これもショーロとしてはかなりエキゾティック風味だ。ヴァイオリン奏者が参加しているが、はっきり言ってブラジル北部を通り越してアラブ音楽ふうなヴァイオリン旋律だと言ってしまいたいくらいの雰囲気。打楽器群がここでもかなり賑やか。ショーロではまず聴けないような種類の金属製、木製両方の各種パーカッションが(ダニエル・カリン一人の多重録音で)鳴っている。
さてここまで安らかで典雅な古典(ふう)ショーロと、その正反対の賑やかでエキゾティックなラテン・ショーロの話しかしていないが、それら四曲いがいでも、オッ!と思わせる意外な仕掛けが随所に施してあって、ちょっと聴くとオーソドックスなショーロ・アルバムかと思いきや、かなり思い切った冒険、実験もやっているチアーゴ・ソウザの『ジ・ソスライオ』。
主役は、エキゾティック・ショーロ二曲(はバンドリンのクレジットじゃないが)を含め、ぜんぶバンドリンを弾くが、そのサウンドも質がいい。粒立ちが良くて、新人だけど、間違いない人だよなと確信できる。さらに演奏技巧だけでなく、オープニングの自作曲といい、ほかの他作曲でのアレンジといい、かなりしっかりした、しかもテクニカルな組み立て能力も兼ね備えているのだと分る。それでいて、アルバム一枚をとおしショーロ本流の味がしっかり出せているのが好感度大だ。
新人ではあるものの、チアーゴ・ソウザ、このアルバム『ジ・ソスライオ』8曲目に特別参加のロナルド・ド・バンドリンの息子さんみたいなんだよね。ロナルド(ってかロナウドかな?)があのエポカ・ジ・オウロの有名バンドリン名手なのは説明しておく必要はないんだろう。僕もいままでの過去記事でなんどか名前を書いたことがある。血は争えないってことか。やっぱりな〜。
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