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2017/10/03

爽やかさのなかに深い悲しみをたたえたボレーロ・アルバム 〜 ロサリー・エレーナ・ロドリゲス

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ロサリー・エレーナ・ロドリゲスは北米合衆国で活動するチカーナ(メキシコ系女性)のマリアッチ歌手。カリフォルニアに拠点を置く、女性ばかりのマリアッチ・バンド、マリアッチ・ディーヴァズで、歌だけでなくヴァイオリンも弾いて大活躍中。そんなロサリーが今2017年にリリースした(んじゃないかなあ、リリース年の記載がどこにもないが)ソロ・デビュー・アルバム『フレンテ・ア・フレンテ』がかなりいい。

 

 

マリアッチの歌手兼ヴァイオリニストのアルバムだけど、新作『フレンテ・ア・フレンテ』ではまったくマリアッチはやっていない。でもこれ、マリアッチではないけれど、なんだろうなあ?と思いながらまず最初一回目に聴き進み、四曲目あたりでようやく、あっ、これはボレーロ・アルバムじゃないか!と気がついたっていう、なんたる僕の鈍感さ。

 

 

鈍感さついでに恥をさらしておこう。このロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』、表ジャケットに写る彼女がずいぶんと爽やかな印象だよなあと思って CD をプレイヤーのトレイに入れて鳴らしはじめ、全体を二回、三回聴いた程度時点までの僕は、うんうん、これはジャケ写そのままの中身だ、爽やかで軽快なボレーロ・アルバムだ、ボレーロの解釈としてはあまり聴かないものだけど、これは新鮮でいいよねえと、本当にそうとしか感じていなかった。

 

 

気に入ったのでその後も繰返して聴くうちに、ところがロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』はずいぶんと深い悲しみをたたえているじゃないか、心のひだの奥にそれが深く刻まれて闇のようになっていて、表面的には爽やかさが目立つものの、その実、本質的にかなり悲しい歌をやっているんだと分るようになったなんていう、そこまでにかなり時間がかかったっていう、これは僕の音楽耳がダメなのか、それともそれも含めそもそも人間として僕が鈍感で薄っぺらいせいなのか、どうなんだろう?まあそれらぜんぶなんだろうな。なんて鈍感でダメな僕…。

 

 

表面的な爽やかさのなかに隠すようにしてあるが、実はその歌声のなかにかなりはっきりと表現されている深い悲しみ、苦しみに気がついてから、デジパック・ジャケット内側に書かれてある英語によるロサリー自身の言葉を読んでみたら、このアルバム制作の動機が、そもそも2015年に彼女の弟ホセ・ホアン・ロドリゲスが亡くなってしまったことにあるんだそうだ。 ふだんはマリアッチをやっているロサリーがボレーロばかりやろうと思ったのは、そこにも一因があるのかもしれない。

 

 

もちろんボレーロはそんな個人的事情とは無関係に、中南米スペイン語圏の歌手はみんなよく歌う大人気のものだ。だからロサリーも、たんにちょっとやってみよう、ロマンティックな恋愛歌集を創ってみようと思っただけの動機ではあったんだろう。ロマンティックでセンティメンタルで、しかもソウルフルになったりもするボレーロ。しかしそれはときどき、失ってしまいもう想いが届かない苦しみ、悲しみも表現できるものだ。

 

 

そんなことに気がついて考えながら、ロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』をもう一回聴くと、たった八曲でたった35分しかないこのアルバムのなかには、本当に泣いているようなものもあると分ってくるようになった。直接的には、例えばホアン・アロンド(キューバ)の書いた四曲目「フィエブレ・デ・ティ」。これはアクースティック・ギター(ペルーのマヌエル・モリーナ)一台だけの伴奏で歌った、マイナー・キーの悲しみのボレーロ。ロサリーの解釈、歌い方は本当に美しい。しかも最初のころは気づかなかった彼女の心のうちがいやというほど沁みてくる。

 

 

またアルバム七曲目の「オルビダルテ」。これはニカラグァのエルナンド・ズニーガが1980年に書いて歌った「プロクーロ・オルビダルテ」だ。どうしてロサリーがちょっとだけ曲題を変更しているのかは分らないが、”Procuro Olvidarte” とは “I try to forget you” の意味なので、この曲だけは間違いなく亡くなった弟のメモリーを抱いてロサリーが選曲したに違いない。これもアクースティック・ギター一台だけが伴奏で、深い悲しみを、この曲でだけはまったく隠さずに、表現している。

 

 

これら「フィエブレ・デ・ティ」と「オルビダルテ」以外の八曲は、そんな悲しそうでもつらそうでもなく、サラリあっさりとしているようでいながらも、けっこう情感たっぷりの表現。そんなふうに恋愛歌としてのボレーロを歌っているロサリーだが、アルバム『フレンテ・ア・フレンテ』が、亡き弟のメモリーに捧げられているのを知ってから聴くと、また味わいが違って聴こえるから、僕ってヘッポコだよなあ。音を聴いているんだか、事実関係を反芻しているだけなんだか…?

 

 

例えばアルバム中おそらく最も有名な二曲目「ノ・テ・インポルテ・サベール」。これはレネ・トゥーゼの曲で、このアルバムでもやはりリズムはちょっとだけチャチャチャふうだけど、ロサリーの解釈ではゆったりとしたバラードになっている。穏やかな表情を見せながら、そのなかに深い心情が微妙に刻まれ隠されているみたいだ。

 

 

それでも三曲目のアルマンド・マンサネーラ「ジェバテラ」はかなり快活なスタイルにアレンジしてある。この曲がアルバム中最も陽気そうで、ストップ・タイムを繰返し効果的に使う伴奏リズムも賑やか。ロサリーの歌も元気に跳ねているし、声に伸びがあって、まあそもそも曲じたいがそういうものだからなあ。オーヴァー・ダブしてあるパーカッション群もかなり活躍している。後半ハンド・クラップが入る部分ではかなり快活に盛り上がる。

 

 

なお、ロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』はボレーロ集といっても、素材は二曲のキューバン・ソング、三曲のメキシカン・ソング、エクアドルのものが一曲、ニカラグァが一曲、さらにスペインの曲も一つある。伴奏は(たぶん)全員ペルーはリマで活動する演奏家たちで、ギターのほかピアノ、ベース、小物パーカッションだけという少人数編成で、しっとりとしたサウンドの伴奏だ。アレンジと音楽監督はギターのマヌエル・モリーナがやっている模様。

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