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2017/11/10

マイルズのカリブ&ラテン(1) 〜 トニーとアレンジを聴け

 

 


この時代のマイルズ・デイヴィス・バンドのスタジオ録音は、オリジナル・アルバムから拾っていってもいいが、1998年リリースのレガシー盤六枚組ボックス『ザ・コンプリート・スタジオ・レコーディングズ・オヴ・マイルズ・デイヴィス・クインテット 1965-1968』に、当時の未発表ものも含めぜんぶ録音順に整理さているので、それからピック・アップするのがいちばん手っ取り早い。

 

 

さて、1966年録音67年発売のアルバム『マイルズ・スマイルズ』から、突如カリブ〜ラテン・ジャズ路線が顕著になってくるマイルズ・デイヴィスの音楽。前作65年の『E.S.P.』ではほぼなしに等しかったのに、ホント突然どうしたんだろう?と思うんだけど、これはマイルズだけを追いかけているばあいの話であって、広げる視野をジャズ界だけに限定しても、カリブ〜ラテンなアクセントはこの音楽の最初期からたくさんある。

 

 

だからマイルズのそんな系統の音楽だって、新しい時代への突入でありながら、同時に伝統の見直し作業でもあったわけだ。西洋のルネサンスを例にとっても分るように、っていうかそもそもルネサンスという言葉じたいが、伝統復興(によって新時代を切り拓く)という意味なんだから、人間文化ってだいたいいつもそうなんだよね。失われていた、あるいは地下にもぐっていたものの掘り起こしと再評価が、革新的文化の誕生へとつながる。

 

 

アルバム『マイルズ・スマイルズ』にはカリブ〜ラテン・ジャズ・ナンバーが四曲もある。ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズを擁する1965〜68年のマイルズ・セカンド・クインテットのことが、僕は長年ちょっと苦手で、少し敬遠してあまりちゃんと聴いてこなかった。しかし、ここでいままたふたたび君子は豹変するのです(←アホ)。『マイルズ・スマイルズ』は大変に面白い傑作アルバムだと、いまはじめて言う。

 

 

<ふつうのジャズ>として聴いたら、前作『E.S.P.』のほうが分りやすく楽しいけれど(だから30年以上前のジャズ・ディスク・ガイドには『E.S.P.』がよく載っていた)、ことカリブ〜ラテン・マイルズというところに視点を置くと、『マイルズ・スマイルズ』こそこのセカンド・クインテットのアルバムでいちばん面白く楽しい。しかしこれの次作1967年録音・発売の『ソーサラー』では、このリズム探求が深まりを見せるものの、全体で二曲に減り、その次の67年録音68年発売の『ネフェルティティ』ではたったの一曲だけになってしまう。

 

 

だからやっぱり僕としては、うんまあ『ソーサラー』はそれでもかなりいいぞと思うんだけど、『ネフェルティティ』のほうは、いまでもやはり苦手だと感じることもある。でも『ネフェルティティ』 B 面二曲目の「ライオット」は素晴らしいリズムのかたちをしていて、これこそこのアルバムでいちばんイイ。僕にはね。特にトニーのドラミングがすごいよなあ。

 

 

 

この「ライオット」はハービー・ハンコックが書いた曲で、ハービー自身も自分のリーダー作『スピーク・ライク・ア・チャイルド』で再演している。そっちのホーン編成はちょっと風変わりな三管だから、そのサウンドは面白いが、リズムはこりゃもうどう聴いたってマイルズ・ヴァージョンのほうが素晴らしい。トニーの頭がオカシイせいで。『スピーク・ライク・ア・チャイルド』ヴァージョンの「ライオット」はこれ。

 

 

 

マイルズ・ヴァージョンの「ライオット」を聴くと、トニーってどうしてこんなドラミングができるんだろう?って思っちゃうなあ。(特にハイハットで)4/4拍子をステディにキープして表現しつつ、同時にスネアの打面やリムやシンバルで8ビート系の細かく込み入ったリズム・アクセントをつけている。アクセントなんてもんじゃなく、全体的にほぼ8/8拍子になりつつあるが、ジャズの保守本流にも目配せしているんだよね。すごいすごいと関心しきりの僕なんだが、もっとシンプルな8ビートになってくるのが、当時は未発表だった、1967年暮れと68年頭録音の「ウォーター・オン・ザ・パウンド」と「ファン」。

 

 

 

 

お聴きになって分るように電気楽器が導入されている。マイルズがそれを使うようにとバンド・メンに指示した最初期の二例だ。しかもこれら、どっちもまごうかたなきカリビアン・ジャズじゃないか。だれが聴いたって分る鮮明なカリブ音楽色が濃厚に出ている。いま聴くとこんなに面白いことをマイルズ・バンドはやっていたんだと思うのに、この二曲「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」は、1981年リリースの未発表集『ディレクションズ』に収録されるまでまぁ〜ったくのお蔵入り状態だった。どうしてだったんだ〜っ?!ティオ・マセロ〜〜っ!

 

 

これら二曲で聴ける音楽は、1968年の作品『キリマンジャロの娘』を疑いなく予告しているし、もっと言えば1970年代になってマイルズも探求し成果を発表するようになる、例えば「マイーシャ」とか「カリプソ・フレリモ」とか、その他いくつもあるラテン(〜アフリカン)・ファンクなマイルズ・ミュージックに、直接、つながっている。

 

 

「ウォーター・オン・ザ・パウンド」と「ファン」。どっちも面白いが、比較すると「ファン」のほうがより鮮明なカリビアンで、明るい陽光のもとにあるような曲調。リム・ショットを頻用するトニーのドラミングも楽しいが、それとあいまってトランペット&テナー・サックス二管が演奏するモチーフが間違いなくカリプソだ。さらにそのモチーフ演奏後、エレキ・ギターのバッキー・ピザレリとウッド・ベースのロン・カーターがダブル・ラインでリフを演奏して、その反復の上にホーン・ソロが乗っていたりするっていう面白いサウンド創り。

 

 

もうお分りでしょう、そう、これはかなりはっきりと強くアレンジされている。それも譜面化していないとやりにくいようなアレンジだ。それを書いたのがギル・エヴァンズだと、かなり最近僕は知った。たしかになぁ、マイルズにも当時のサイド・メンのだれにも書けなさそうな複雑なリズム+鍵盤+ホーン三位一体のアレンジで、ギルだと知れば、1968年初頭あたりの仕事で思い当たる似たようなものがあるもんなあ。

 

 

ここまで来てようやく最初に戻れるのだが、『マイルズ・スマイルズ』になった1966年10月24、25日の録音セッションで、かなりな部分、ギルがアレンジで協力したそうだ。こっちは自分で得た確証がないのだが、証拠が残っている68年1月12日の「ファン」や、またその後のアルバム『キリマンジャロの娘』(はギルとの実質コラボ作だから)になった68年6月と9月のセッションなどで聴けるサウンド・アレンジと、『マイルズ・スマイルズ』で聴けるものは、スタイルが似ているんだよね。

 

 

『マイルズ・スマイルズ』でギルが協力してアレンジを書いたのは、録音順に「オービッツ」「フリーダム・ジャズ・ダンス」「ジンジャーブレッド・ボーイ」「フットプリンツ」の四曲だと思うのだが、どうだろう?たしかにそうだと聴こえないだろうか?リズム演奏も、トニーが一人で勝手に暴れているようでいて、実はロン、ハービーの二名と有機的かつ複雑にからみあっていて、それは100%の即興ではやりにくそうだ。サウンド・テクスチャーだって練られているし、それの上でホーンの二人が吹くテーマだって、ストレートに合奏している部分は少ない。

 

 

 

 

 

 

リズム・セクションがストップ&ゴーを繰返しながら、その合間を縫うように二管アンサンブルでテーマが演奏されたり、テーマ部でもトランペットかテナー・サックスの一人だけがまず出て、その後二管アンサンブルになったかと思うと一管に戻ったりなど、こんな緊密で細かいアレンジは、マイルズ(・バンド)だけの発想だと、それまであまりないんだよね。

 

 

ただトニーのドラミングだけは、<ある程度まで> 自由にやらせてもらっていたと思う。8ビート系のリズムをマイルズ・バンドに本格的に持ち込んだのだって、最初はたぶんトニーだったと僕は踏んでいる。『E.S.P.』の「エイティ・ワン」があるからまずはロンだったかもしれないが、それを4/4系とのパート分割ではなく、同時演奏のなかに混在させてポリリズミックにする発想はトニーのものに違いない。

 

 

それで上で四つご紹介した『マイルズ・スマイルズ』の四曲みたいなリズムとサウンドの面白さが誕生した。しかしここにギル・エヴァンズが一枚噛んでいたとは、僕は最近まで気がついていかなったんだよね。『マイルズ・スマイルズ』でギルの知恵を借りてできあがり、1968年1月のカリビアン・ジャズ・ピース「ファン」でまた借りてそんな路線を発展させ、その数ヶ月後に録音したアルバム『キリマンジャロの娘』では、ふたたび全面タッグを組んだんだよなあ。

 

 

このあたりからのマイルズ・ミュージックは、聴くべきものがテーマとかソロとかの演奏内容ではなく、リズム・フィールやサウンド・テクスチャーや、要は雰囲気(ムード=モード)一発になる。

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