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2017/11/22

ウェインとミルトン、1974年の奇跡



ウェイン・ショーター(とミルトン・ナシメント)の1974年作『ネイティヴ・ダンサー』では、六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」がベストってことで OK?少なくとも僕のなかではそうなっているんだけどね。八曲目の「リリア」も同系の曲で、これも同じくらい素晴らしい。全体的に傑作である『ネイティヴ・ダンサー』でも、これら二曲は、聴く人を一瞬で虜にしてしまうような魔法がかけられている。

ウェイン・ショーターがブラジル音楽に接近するようになったのは、妻であるブラジル人、アナ・マリアのおかげだったんだろうか?1974年に『ネイティヴ・ダンサー』を録音するもっと前から、ウェイン自身がブルー・ノートに録音したリーダー・アルバムのなかには、ブラジル音楽がまあまああった。『モト・グロッソ・フェイオ』ではミルトン・ナシメントだってすでにとりあげている。

もっとも、ミルトンの曲「ヴェラ・クルス」を含むブルー・ノート盤『モト・グロッソ・フェイオ』は1970年に録音されたにもかかわらず、どうしてだか発売が遅れて、リリースされたのは74年8月のこと。コロンビア盤『ネイティヴ・ダンサー』が、同年翌九月のリリースだったから、当時のファンのみなさんはどう受け止めただろうなあ。ウェインがこの年、突如、ミルトン・ナシメントに接近したと思ったかもしれないよね。

それに1974年だとウェインは、ジョー・ザヴィヌルとのバンド、ウェザー・リポートをやっていて、同年三月に『ミステリアス・トラヴェラー』がリリースされていたあたりだ。これの次が75年作の『幻想夜話』(Tale Spinnin’)で、このあたりからウェザー・リポートも明快でポップでファンキーなサウンドとリズムを追求するようになる。がしかし、まだまだザヴィヌルはヴォーカリストを本格起用はしていない時期。

ザヴィヌルがウェザー・リポートで歌手を大きくフィーチャーようになるのは、1983年の『プロセッション』からで、その後はずっとたくさん使っている。しかもかなり分りやすいポップ路線に転向。最初のころの1970年代前半あたりのウェザーからしたら到底考えられない変貌ぶりで、ふつうのジャズ・ファンだとみんなああいった明快ポップ路線のウェザーのことは相手にしてないんだよな。でも1977年の「バードランド」なんかだって、すでに相当ノリやすくキャッチーだけどね。

そんなウェザー・リポートの双頭リーダー(でもなくなったが、ある時期以後は)の一人、ウェイン・ショーターの1974年作『ネイティヴ・ダンサー』は、ザヴィヌルとのレギュラー・バンド活動期に、それを離れてウェインが製作した唯一のソロ・アルバム。バンド外での活動にある程度の縛りが契約上あったんじゃないかと想像するんだけど、まあ一枚くらいなら OK だったんだろう。同じコロンビア・レーベルへの録音だし。

『ネイティヴ・ダンサー』を聴くと、書いてきたようなウェザー・リポートの音楽性の変化を、まだそうなる気配すらなかった1974年に完璧に先取りしていることにやや驚く。しかもウェザー以前のウェインのソロ・アルバムや、ウェザー解散後にジャズ回帰したソロ・アルバムのなかに、一枚丸ごと同系色だという音楽アルバムもない。だから『ネイティヴ・ダンサー』だけが奇跡の突然変異のように異様に輝いているんだよね。

ブラジリアン・ジャズ・フュージョン。それじたいは、僕のばあい、渡辺貞夫さんの音楽に先に出会っていたので、音楽性そのものに驚きは小さかったが、貞夫さんのばあいはあの当時、ボサ・ノーヴァや、それに近いブラジル音楽との融合がメインで、しかもヴォーカリストをフィーチャーしたりすることも少なかった。だからウェインの『ネイティヴ・ダンサー』を聴いて、最初、僕がこりゃなんだ??となったのは、ミルトン・ナシメントのあの声と歌いかただったんだよね。

レコードに針を下ろし、まず一曲目の「ポンタ・ジ・アレイア」で、いきなりフワ〜っ、ボワ〜っとしたようなヴォーカル・コーラスが聴こえて、あれって、むかし嫌いだったなあ。いまでもちょっぴり苦手かもしれない。リズムが入ってきてしばらく歌ったあと、またリズムが止まってテンポ・ルパートで演奏するウェインのソプラノ・サックスも、なんだかのんびりのどかな南洋ふうで、大学生のころは、早く二曲目になれ!とか思いながら聴いていた。

だってさ、二曲目の「美女と野獣」はブラック・ファンクだもんね。ミルトンは参加せず、ミナス音楽ふうな要素もほぼなしの北米合衆国産ファンク・ミュージックだ。ハービー・ハンコックがブロック・コードでイントロを弾くあたりからしてすでに僕は大好きで、しかしウェインのソプラノ・サックスが入ってくる瞬間は、やっぱり少し柔らかい。1974年というと、ジャズ系でもシビアでゴリゴリのファンクをやる人もいたけれど、ウェインとハービーの「美女と野獣」は趣がかなり異なっている。

ハービーといえば、ウェインとミルトンがこの『ネイティヴ・ダンサー』をロス・アンジェルスで1974年9月12日に録音したセッションにどうして呼ばれたんだろう?たんにウェインとハービーはマイルズ・デイヴィス・バンド時代以来の親友で(こないだ数日前?にも東京で共演ライヴをやった模様)、しかもハービーは当代随一の腕利き鍵盤奏者で、ヴァーサタイルに対応できる人だし、自身でもファンク・ミュージックをやっていたからだったからかなあ。でも大学生のころは、ハービーのピアノやフェンダー・ローズにミルトンの声が乗ると、なんだか不思議な雰囲気だなあと感じていた。いまではそれにウェインのサックスも入っての三位一体が、素晴らしく心地良い。

ミルトンのヴォーカル。なかでも歌詞のないスキャット(?)というかそんなものでアアァ〜とかやっているあいだは、いまでも僕はちょぴり好きじゃない部分が残っている。なんというか、あの声質というか声のカラーがそんなには好みじゃないのだ。歌詞のある部分でも、地声なんだかファルセットなんだか分らないみたいな、あのフワ〜っとした声の出しかたは、ちょっと苦手かもしれない。

でも、今日一番最初に書いたように、アルバム『ネイティヴ・ダンサー』六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」と八曲目の「リリア」では、ミルトンが同じ歌いかたをしているにもかかわらず、メチャメチャいい感じに聴こえて本当に好きだから、自分で自分のことが分らないが、これら二曲ではビート感がかなり強靭でタイトでシャープ。ぜんぜんフワッとしておらず、途中から入ってくるウェインのサックスも切れ味があるから、ミルトンのあんな空気みたいなヴォーカルが、かえっていい感じに聴こえるのかもしれない。

八曲目「リリア」のほうは、どっちかというとミルトンのスキャット(?ヴォーカリーズ?)を大きくフィーチャーしていて、途中からウェインのソプラノ・サックスも出るものの、曲のメインはあくまでミルトンのふわふわヴォーカル。でもリズム・セクションの演奏はぜんぜんふわふわしていない。カッチリしていて、ほんのかすかにこの1974年当時のマイルズ・デイヴィスの音楽を思わせる部分があるかも。後半部、右チャンネルでハービーがフェンダー・ローズでなんども叩く不協和なブロック・コードが不穏な感じで、この曲、というかアルバム全体のなかでも異物だけど、かなり面白い。

六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」は、たったの三分ちょいしかない短い曲だけど、これこそどこからどう聴いてもまさにパーフェクトな一曲。遠方から徐々に近づいてくるハービーのピアノ・イントロに続き、ミルトンが歌詞のないものを歌いはじめ(これは即興だよね?)、その背後でのリズムがかなりハードでカッコイイ。この六曲目でのリズムが、アルバム中、最もファンキーで強靭だ。

すると、1:26 でウェインがテナー・サックスを吹きはじめるのだが、そのソロ演奏内容も、アルバム『ネイティヴ・ダンサー』ではピカイチの素晴らしさ。その後、ミルトンとウェインがからみあいながら進行し、あぁ〜こりゃ気持いいなぁ〜と思っていると、あっという間に終わってしまう。まるで本当に孤独な午後のつかの間のまどろみだったみたいだ。

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