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2017/11/24

マイルズの中南米とアフリカ (3) 〜 81年復帰後篇

 

 





1981年復帰後のマイルズ・デイヴィスが最もアフリカ音楽に接近した作品は、生前に完成してリリースしたラスト・アルバムである1989年発売の『アマンドラ』だ。一曲目「カテンベ」(Catémbe)、四曲目「ハニバル」などは曲名だけでもアフリカへの言及だと分る。必要ないと思うけれど書いておくと、「カテンベ」はモザンビークにある町の名前。「ハニバル」は古代カルタゴ(北アフリカ地域の都市国家、いまのチュニジアあたり)の将軍名としてあまりにも有名。どっちもおそらくはマイルズ本人というよりも、コラボレイションを組むマーカス・ミラーが関心を寄せていたということだろう。

 

 

だがしかしマイルズだって、『アマンドラ』録音以前から、たとえば南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策に抗議する音楽作品に参加したりもしているし、また音楽的にもアフリカに強い興味を抱いていた。これ、ホント書こう書こうと思いつつ、僕には無理なことじゃないかと思ってどんどん先延ばしにしている1968年のアルバム『キリマンジャロの娘』あたりから、このアメリカン・ジャズ・トランペッターもどんどんアフリカ志向を鮮明にするようになっていた。

 

 

『アマンドラ』に取り組むあたりの時期にマイルズがかなり気に入って好んで聴いていた音楽にズークがある。カッサヴというバンドが大好物だったみたいだ。カッサヴ(はグアドループとマルチニーク出身のメンバーがパリでやっていた)のズークは、もちろん西インド諸島の音楽であって、直接的にはアフリカ音楽ではない。だがやはりクレオールで歌うブラック・カリブの音楽だし、アフリカ大陸につながっていないとはだれも考えないだろう。

 

 

カッサヴのことがすごく気に入ってしまったマイルズは、次作もこいつとのコラボでやろうと考えていたマーカス・ミラー(マイルズ生前のワーナー盤はすべてこの二名のコラボ作)にこのことをたぶん電話で伝え、ズークのリズムやフィーリングをとりいれた曲を創ってくれ、それを次のアルバムに入れようじゃないかと指示したのだった。その結果が『アマンドラ』収録の上記「カテンベ」「ハニバル」、それから「ジョ・ジョ」と「ジリ」と、計四曲なんだよね。

 

 

ここでちょっと時間を巻き戻して、1981年の復帰第一作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』にある A 面二曲目「バック・シート・ベティ」のことから書いておこう。この曲のリズムはかなり面白いと思うよ。これはアフリカじゃなくて中南米音楽のグルーヴだ。最初、バリー・フィナティがジャ〜〜ン!とエレキ・ギターでコードを盛大に弾くのだが、いわばファンファーレみたいなもので(ダサッ!)、中間部にも同じものが出てくるが、そこではなく本編でアル・フォスターとマーカス・ミラーが出しているリズムの感じがいいよね。

 

 

 

アル・フォスターが特にいい。ファンファーレ部分での叩き方も僕は好きだけど、それが終わって本編に入りマイルズが吹きはじめると、スネアの打面とリム、ハイ・ハット、ベース・ドラムでかなり細かく複雑なビートを刻んでいるが、まるでサンバ〜ボサ・ノーヴァといったブラジル音楽のノリみたいじゃないだろうか。マーカスのベースの弾きかたにせわしなく細かい感じはなく、スラップを頻繁に交えながら音数少なめでゆったりと弦をはじいている。ギターのバリー・フィナティはほとんどなにもやっていないから、ドラムス、エレベ、パーカッション(サミー・フィゲロア)の三名+マイルズのトランペットというカルテットでの演奏。マイルズはゆったりと大きく乗っている。

 

 

先週も書いたことだが、1970年代半ばごろからのマイルズは、こんな感じでバンドには細かく刻ませて、上物であるホーンなどのソロは大きく乗るという二種混交表現をよくやっていた。北米合衆国のジャズ界にはそれまであまりなかったリズムのぶつかりあいだけど、書いたようにブラジル音楽や、またアフリカ音楽や、また世界のアフロ・クレオール・ミュージックではわりとよくあるものじゃないか。ってことは「バック・シート・ベティ」を録音した1981年1月のマイルズは、まだ1970年代半ばの自分の音楽を持っていたんだね。

 

 

カム・バック・バンドによるライヴ・ ツアーでは、それまでマイルズ・ミュージックのなかに姿を見せたことがないものが出てくるようになる。それがレゲエ。公式録音盤では二枚組『ウィ・ウォント・マイルズ』の二枚目 B 面だった「キックス」が最初の一例だ。その後いくつも出てくるようになるのだが、1981年初登場とはちょっと遅かったよなあ。「キックス」のばあいは、レゲエ・ビートと4/4拍子のストレートなジャズ・ビートが交互に出てきて、両者を行ったり来たりする。テンポもどんどん変化する。

 

 

 

レゲエの活用は、マイルズのコロンビア最終作1985年の『ユア・アンダー・アレスト』に二曲あり、「ミズ・モリシン」と「タイム・アフター・タイム」。もっとも前者がそのまんまの鮮明なレゲエ・ナンバーであるのに対し、後者におけるレゲエはあくまで控えめな隠し味程度だ。僕のばあい、その隠し味になかなか気がつかず、昨年あたりだったか?に、ようやくアッ!と思ったっていう…(^_^;)。いまはローリング・ストーンズのサポートで活躍するダリル・ジョーンズのベースが、特に後半部でシンコペイトするのも隠れた聴きもの。

 

 

 

 

ワーナー移籍後第一作の『TUTU』(このアルバム名も南アフリカへの言及であることは説明不要だ)にも、レゲエが一曲あって、(むかしでいう B 面だった)CD 六曲目の「ドント・ルーズ・ユア・マインド」。この曲は、このアルバムのなかでは音響がちょっとヘンで、エコーのかかりかたとか、マイルズのトランペットの音だって、ミュートでもオープンでもおかしな響きだよなあ。電気ヴァイオリンをミハル・ウルバニアクが弾く。マイルズがヴァイオリニストと共演した唯一の録音。

 

 

 

 

さて、『TUTU』の次作である問題の『アマンドラ』収録の四曲だが、ところでこのアルバム・ジャケットにはマイルズ自身が描いた絵が使われている(コロンビア盤『スター・ピープル』もそう)のだが、よく見てほしい。アフリカ大陸が描かれているじゃないか。当時リアルタイムで1989年にこれを買って見ていたころの僕は、どうしてアフリカなんだろう?「ハニバル」はたしかに北アフリカ人の名前だけど、それだけじゃん、と意味が分らなかったのだが、いまではこのアルバムの隠しテーマみたいなものとしてアフリカがあるぞと気がつくようになっている。

 

 

ジャケット・デザインにアフリカがあるとか、「カテンベ」「ハニバル」の二曲がアフリカへの直接的な言及であるとかいうこと以上に(「ハニバル」のほうは直接的にはジャズ・トランペッター、マーヴィン・ピータースンのことだけど、彼のそのニックネームがそもそもカルタゴの将軍から来ている)、ほかの二曲「ジョ・ジョ」「ジリ」も含めた四つは、音楽的にもブラック・カリブ・ミュージックの衣を借りつつ、アフリカ大陸を見つめているような演奏じゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ジリ」を除き、すべてマーカス・ミラーの書いた曲で、当時のマイルズ・レギュラー・バンドからのサックス奏者ケニー・ギャレット以外は、演奏面でもマーカスが多くの楽器を多重録音している。それでも前作『TUTU』よりは多くの生演奏ミュージシャンが参加していて、例えば「ハニバル」でドラム・セットを叩くのはオマー・ハキム。「ジリ」では、やはり当時のレギュラー・ドラマーだったリッキー・ウェルマンが叩いている。これまたレギュラーだったフォーリーもギター(とクレジットされているのだが、弾いているのは四弦リード・ベースのはず)で参加。

 

 

だがしかしあくまで、これら四曲以外のものも含め、曲を書いたりアレンジしたりベーシック・トラックを創ったりして土台を組み上げたのはマーカス・ミラー独りの仕事だ。演奏面でも『アマンドラ』全曲に参加しているのはマイルズとマーカス二名だけだしね。自らアフリカに、特にモザンビーク解放運動に深い関心を持っていたマーカスが、それでもこんな曲創りをした背後には、やはりボスであるマイルズのカッサヴ体験があったと思うんだよね。その西インド諸島音楽を示されたマーカスが、もとからあったアフリカ志向とそれを合体させて、『アマンドラ』収録の、カリビアン〜アフリカン・ジャズ・フュージョンみたいなものができあがった。

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