坂本冬美のフィーリン ENKA
どうだろう、このジャケット?素晴らしいじゃないか。坂本冬美が美しい。そして中身の音楽も美しんだよね。今2017年10月25日に発売されたばかりの冬美の新作アルバム『ENKA II ~哀歌~』がいいぞ。前2016年に『ENKA ~情歌~』がリリースされていたが、シリーズものだとはいえ、それとはまったく比較にならないほど二作目の『ENKA II ~哀歌~』が素晴らしい。そしてこれはいわゆる演歌じゃない。和製フィーリンなんだよね。
『ENKA II ~哀歌~』。シンフォニックなハード・ロックになっている「帰ってこいよ」だけがダメなアレンジだけど、ほかはだいたいアレンジが極上だ。あ、いや、「北の宿から」でも、ちょっと大げさでケバいアレンジだなあ。まあこの曲はだれが歌ってもあまり期待できるものじゃないから、それを踏まえると、冬美はまだ大健闘していると言えるはず。
アメリカ黒人ブルーズになっている九曲目「圭子の夢は夜ひらく」も、人によって好みが分かれそうだ。僕は好きなんだけど。ブルーズ吹きスタイルのハーモニカ(八木のぶお)も入り、じゃあブルージーかというとさほどでもなく、泥臭くないモダンで都会的な洗練を聴かせるものになっていると僕は思う。「夢は夜ひらく」」という曲じたいはドロドロしたものだから、そのままブルーズ仕立てにしたら似合いそうだけど、いいほうへ予想を裏切ってくれた。こんなアッサリした解釈で「夢は夜ひらく」を聴きたかった…、って岩佐美咲が昨年来実現してますけれどね。曲は「女のブルース」のほうだけど。
あまりにも岩佐岩佐言いすぎて逆効果になってしまっているように見えているので、やめておく。坂本冬美の新作『ENKA II ~哀歌~』では、ここまで書いた三曲以外は、だいたい軽くフワッと漂うようなサラリとしたアレンジで、まさにこれはフィーリンのやりかただ。キューバの歌謡スタイルであるフィーリンは、演歌ファンのあいでは認知度が低いかもしれないが、ボレーロなど旧来からある恋愛歌をとりあげて、それをモダンな解釈でアレンジもしなおして、アッサリ軽めのソフトでクールなフィーリン(グ)で歌ったもの。
こう書けば、坂本冬美の『ENKA II ~哀歌~』が和製フィーリン・アルバムだということは、お聴きになった演歌ファンでもみなさん納得していただけるはずだ。一曲目「雨の慕情」(八代亜紀)、二曲目「骨まで愛して」(城卓矢)、七曲目「アカシアの雨がやむとき」(西田佐知子)などは、本当に素晴らしいの一言。アレンジも最高なら、それに乗って優しく軽くソフトに歌う冬美の歌唱も最高。「アカシアの雨がやむとき」なんか、そもそもあんな歌詞なもんだから、僕、泣いちゃったもんね(アンタ、よく泣くな)。
アレンジャーはアルバム・ラストのボーナス・トラック「百鬼行」を除き、すべてキーボーディストの坂本昌之がやっている。演奏面でも全曲でピアノなど鍵盤楽器を弾いているが、このアルバムでの坂本は、もうなんたってアレンジ面での貢献が絶大だ。演奏のほうではさほど目立っていない。むしろ、このリズム・アレンジやストリングス譜面を書くペンの冴えなど、やっぱりそっちのほうでの仕事ぶりを手放しで賞賛したい。
アルバム『ENKA II ~哀歌~』は全11曲がすべて有名曲のカヴァーなわけで、どれも手垢がついていると言っても差し支えないほどいろんなカヴァー・ヴァージョンがある。それをいまさらとりあげて、しかしいままでだれもやったことのないフィーリン・スタイルで解釈しなおして再アレンジし、主役の女性歌手もフィーリンっぽく(怨念うずまくような曲でも)ソフトに歌いかえる 〜 これはいったいだれの企画だったんだろう?ぜひ知りたい。
アルバムのプロデューサーは UNIVEARSAL の山口栄光。2016年の前作『ENKA ~情歌~』もやはり山口だった。フィーリン演歌っていうのは彼のアイデアなのかなあ。でもさぁ、その前作『ENKA ~情歌~』はまだそんなでもないんだよね。そっちも Spotofy で聴いて、こっちはイマイチだなと思ったものの、まあまあ、続きものだしと思って僕は CD も買ったのだ。悪くないのもあるんだよ。二曲目の「大阪しぐれ」とか、五曲目の「千曲川」とかはよかった。特に「千曲川」が素晴らしい。
2016年の『ENKA ~情歌~』でも、アレンジャーはやはりボーナス・トラックを除きぜんぶ坂本昌之で、演奏メンツだって二枚ともほぼ全員同じ。坂本冬美の歌唱は、アレンジがイマイチな16年作でも文句なしだ。ってことは17年作『ENKA II ~哀歌~』で製作陣になんらかの違う発想があったのか、あるいは自然な経年変化でこうなったのか?う〜ん、でも16年作にある「千曲川」なんかを聴けば、17年作の、例えば「アカシアの雨がやむとき」が展望できるような気がすることはする。
だから UNIVERSAL のスタッフと、全曲のアレンジをやる坂本昌之と、歌う坂本冬美と、これら三者がはなしあって、自然に熟成したってことなのかもしれないよね。それにしてはたった一年でアレンジャーのペンの冴えがあまりにも違っているような気がするけれど、まあこういうもんなんだろう。書けるときは書けちゃうもんなんだろう。
例えば一曲目「雨の慕情」では、ナイロン弦ギター(福原将宜)とストリング・アンサンブル(クラッシャー木村ストリングス)に、フルート(黒田由樹)を重ねてあるけれど、フルートの使いかたが絶妙すぎるんだよね。ストリングスはフィーリンで実によく聴けるようなアレンジ・スタイルで演奏しているけれど、こういったフルート(は多重録音でアンサンブル化してあるパートもある)の使いかた、フワッ、フワッと短いフレーズを反復して、それも演歌をフィーリン化したもののなかに入れるのを、アレンジャーの坂本昌之はどこから学んだんだろう?「雨、雨、降れ降れ、もっと降れ」というあのサビで盛り上がる部分でそんなスタイルのフルート反復が入ってくるからタマランのだよ。素晴らしすぎるアレンジだ。
僕がこれこそアルバム『ENKA II ~哀歌~』のクライマックスだと思う七曲目「アカシアの雨がやむとき」。この曲の伴奏がアルバム中最小人数編成で、ギター(は複数本を多重録音)、ピアノ、ベース、ドラムスだけ。ストリングスもなしで、つまりリズム・セクションだけの伴奏で、あんな歌詞を坂本冬美が情感を込めすぎず、ノン・ヴィブラートで軽くそっと優しく歌っている。すんばらしい〜。しかもこの間奏のエレキ・ギター・ソロ(by 今 剛)。非常に短いが、まるでラヴ・バラードを弾くときのエイモス・ギャレットそのままじゃないか。も〜うこ〜りゃ!この冬美ヴァージョンの「アカシアの雨がやむとき」を聴きながら、僕だって「このまま死んでしまいたい」よ。
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