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2017年11月

2017/11/30

河内グルーヴ

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錦糸町でやるようになったのは何年からだっけ?河内音頭。盆踊りの伴奏音楽だけど、お祭りとかお神輿とか、以前も書いたが獅子舞とか、子供時分はあまり好きじゃなかった僕。こわいような気がしていたし、それにちょっと暴力的な感じがしていて、実際、全国のいろんなお祭りやお神輿のぶつかり合いなどでは怪我人や、ばあいによっては死人が出たりもするもんなあ。音楽が面白いなあと感じていたかもしれないが、あまり積極的には行かなかった。

だからどんなお囃子とか音頭とかでも、音楽だけを取り出してレコードや CD でどんどん聴くようになったのは音楽狂になった17歳以後のことで、その後は現場体験もおそろしい感じが薄くなってきた。いやまだ少し残っているけれども。そもそもお酒が付き物だし(下戸で華奢なヤサ男でスンマセン)、やっぱりアルコール類はダメだけど、暴力的な要素はダンス・ミュージックには必然的についてくるものだと理解できるようになった。それでもやっぱり部屋のなかで聴いているばあいが多い僕。

河内音頭をレコードや CD で聴く体験はホンモノじゃないと言われそうだけど、僕は必ずしもそうは思わない部分もある。ダンス・ミュージックは世界にいっぱいあるが、現場体験できるものなんてかなり限られているじゃないか。アメリカの黒人ファンク・ミュージックだって、ふつうの多くの日本人音楽愛好者は録音物で知っているにすぎないはずだ。それでダメだと否定されるべきってことはないだろうと思う。むろん現場体験できればそれに越したことはない。

そんなわけで何枚か持っている河内音頭の CD から、今日は2012年のテイチク盤『続、続々カワチモンド』をチョイスした。書いたように盆踊りの際の伴奏音楽だから、現場では延々とやっているものだけど、この二枚組 CD に収録されているものはすべて45回転のアナログ・シングル盤音源。それも一度は発売されたものの、シングル・レコードという企画ものであるがゆえイロ物、ゲテ物扱いされて、店頭から消えたが最後、二度と日の目を見ることがなかったものがほとんどらしい。ってことはつまり、日本のレア・グルーヴ?

実際、『続、続々カワチモンド』には、クラブ向けみたいなものだってあるみたいだ。例えば二枚目一曲目の「千両幟 VooDoo Ciranda」。音頭取りは桜川百合子だが、これは原曲を久保田麻琴がリミックスしたものだ。これ以外にもありそう、っていうかそもそも伝統形式そのままであっても河内音頭はダンス・ミュージックなんだから、クラブ向けみたいな?グルーヴはしっかりある。

伝統形式と書いたものの、河内音頭は一度衰退したらしい。詳しいことは知らないんだけど、これだけは僕でも知っている有名な1961年の鉄砲光三郎のレコード「鉄砲節河内音頭」シリーズが、(公称で)累計100万枚を売ったらしく、これ以後、世間に河内音頭が広く拡散するようになったんだそうだ。そのシリーズもテイチク盤なんだよね。鉄砲光三郎は CD『続、続々カワチモンド』にも二曲収録されている。どっちも曲題は「鉄砲節河内音頭」となっているが、一枚目一曲目のものはご存知のよく知られている河内音頭の通常スタイル。六曲目のものはハワイアン・スティール・ギターが入っている。

YouTube で探すと、ハワイアン・スタイルの「鉄砲節河内音頭」のほうはそのままあった。スティール・ギターはバッキー白片。
伝統スタイル?の、というかみなさんよくご存知のやりかたでやる河内音頭というべき一曲目の「鉄砲節河内音頭」は、そのままのものが YouTube にないが、同じ鉄砲光三郎の河内音頭はどれも同じなので、ちょっとこれをご紹介しておこう。CD アルバム『続、続々カワチモンド』一曲目収録の「鉄砲節河内音頭」は、こういった感じのものを45回転ドーナツ盤用の約三分間に短縮して歌っているだけみたいなもんで、それが1961年に発売された。
その他 YouTube で探せば、現在までも連綿と受け継がれているこの「鉄砲節」の実際の演唱風景も合わせ、去年のだとか今年のだとか(鉄砲光三郎は2002年没)がたくさん上がっているので、ご興味のあるかたはご覧あれ。でもどれ聴いても同じですけれどもね。つまり鉄砲光三郎の功績がそれだけ大きかったということと、毎年恒例の盆踊りの伴奏音楽なんて、現場でのありように変化なしってことなんだろうね。世界のどんな伝統的ダンス・ミュージックもそうだ。

CD アルバム『続、続々カワチモンド』に収録されているものは、いずれも45回転のドーナツ盤商品として売ろうとして企画され録音され発売されたものなので、なかにはダンス向けというだけじゃないようなものだってある。いや、ダンサブルではあるものの、盆踊り現場では使いにくそうだ。あくまでシングル盤レコードですから〜、聴かせるための歌謡音楽化しているばあいもあるんだよね。それなもんで、上述のとおり異端視されて売れなかったのかなあ?

一枚目八曲目「ソウル河内音頭」(椿秀春)や、二枚目六曲目「ディスコ河内音頭」(これも椿秀春)、十一曲目の「商売繁盛じゃ笹持ってレゲエ〜レゲエ河内・鉄砲節〜」(James Bon = 若井ぼん)なんかは、そのままじゃ盆踊り伴奏としては使いにくそう。でもダンス・ホール、クラブなどでなら難なく踊れるものだから、むしろある時期以後の DJ あたりの注目は集めそうだ。だからまあやっぱりイロ物、ゲテ物かもしれないが、河内音頭の生命力を物語るものじゃないか。CD 附属ブックレットで複数氏が言う<雑食性>とまで言うのはちょっとどうかと思うのだが。だって、(世界の)民族伝統と現代ポップスの合体はよくあることだから。

それよりも僕にとっては、『続、続々カワチモンド』一枚目で桜川唯丸がやる、三曲目「江州音頭唯丸節 浪花遊侠伝」と十二曲目「民謡ヤンレー節 鈴木主水」がかなり強烈に脳裏に焼き付いたままだ。2012年に買って最初に聴いたときからそうで、いまでもこの印象が変わらない。どっちも1975年のレコードだけど、これらはアフリカ音楽だもんね。
どっちもアフリカのサハラ地域でトゥアレグ族のやるエレキ・ギターを中心とする音楽、いわゆる砂漠のブルーズにあまりにも似ているよね。しかも桜川唯丸のこれら二曲は1975年のレコードだもんなあ。砂漠のブルーズはまだない。桜川唯丸が使ったギタリストは、近隣のそこいらへんのスナックで弾き語る流しをスカウトしたものらしい。う〜ん、マジか…。おそろしいことだ。これら二曲ともエレキ・ギタリストが繰返すリフ・パターンは、どう聴いても砂漠のブルーズのものじゃないか。太鼓が入っているのかどうかの違いしかない。ヴォーカルのコール&リスポンスも同じだ。

これら桜川唯丸の二曲はエレキ・ギターの弾きかたがあまりにも砂漠のブルーズだけど、音頭取りやら三味線やら太鼓やらもあわせた曲の演奏のグルーヴじたいは、『続、続々カワチモンド』収録のほかの多くの曲でも近いものがあるんだよね。そもそもの中興の祖だった鉄砲光三郎の河内音頭が収録されている二つだってそうだった。

大阪は河内に、っていうよりも日本人のなかに、しかも古くから伝承的に、こんなリズム感覚、グルーヴが存在していて、しかもそれは毎夏日常的に発揮されているってことだよね。しかも演奏されるそんなのにあわせ、僕たちのようなどこにでもいるごくふつうの一般人が踊っているってことだ。

アフリカン・グルーヴは中南米のアフロ・クレオール音楽の土台にもなっているんだから、ってことはブーガルー・ブルーズみたいなハービー・ハンコックの「ウォーターメロン・マン」の、特に別テイクのほうのノリが、まるで河内音頭のそれみたいじゃないかという昨日の僕の印象も、まったくゆえなきものじゃない?

2017/11/29

南洋の河内音頭ジャズ 〜 別テイクのほうがいいハービーの「ウォーターメロン・マン」


ハービー・ハンコックのデビュー・アルバム1962年の『テイキン・オフ』。これについてお気楽にいい加減なことを書いておこう。っていうのは、以前、この作品にかんしやや大げさな前振りをしてしまい、なんだか大層なことを書くぞみたいに言ってしまったせいで、書きにくくなっているんだ。自分で自分の首を絞めちゃっていて、このままだといつまで経っても書かずじまいに終わりそう。だから方針転換。軽い気分でテキトーなことを書いておく。

ハービーの『テイキン・オフ』現行アルバムは、上の Spotify にあるものでご覧になっても分るように、三曲のボーナス・トラックが追加されている。まず最初、1996年の CD リイシューの際にそうなって、その計九曲のまま2007年にルディ・ヴァン・ゲルダー・リマスター盤が出た。僕はもっぱらその RVG リマスターの2007年盤で聴いていて、Spotify にあるものも、それをそのまま使ってある。

高音質化もボーナス・トラックもふだんは不要だと思うことの多い僕だけど、ハービーの『テイキン・オフ』のばあい、「ウォーターメロン・マン」の別テイクだけは面白い。ほかにも追加の二曲の別テイクはぜんぜんいらない。「ウォーターメロン・マン」だけ二種類あればいい。たんに僕が大好きなラテン・ブルーズ(16小節構成)で、こんなのが1970年代以後のファンク・ハービーのルーツだということはもちろんある。でもそれだけじゃないんだ。別テイクは本テイクと大きく違うんだよね。そしてこの二つのことはかなり関係がある。

ハービー1962年の「ウォーターメロン・マン」二種類がどう異なっているのか、上の Spotify にあるアルバムはネット環境さえあればパソコンでもスマホでも聴けるので、ぜひ聴き比べていただきたい。アルバムのオープナーである本テイクのほうはあまりにも有名だから、どっちかというと七曲目の別テイクのほうに力を入れて耳を傾けてほしい。

「ウォーターメロン・マン」別テイクのほうは、リズムのノリが本テイクよりもずいぶんとリラックスしているよね。くつろいでいる。ブルーズ・ロックの世界で言えば、例のレイド・バックしたようなフィーリングってやつになるんじゃないかなあ。レイド・バック。ロック好きのみなさんには説明不要の用語だが、今日のこの文章はジャズだけを聴くファンのかたがたもお読みになる可能性があるので、少しだけ説明しておくと。

端的に言えば、メトロノーム的にきっちりのリズムではなく、小節をいっぱいに使ってゆったり大きくノるってことかなあ。(主に米南部ふうブルーズ・)ロックの演奏の際、ヴォーカルやギターなど上物が、リズム・セクションの刻むビートにほんの少しだけ遅れているかのような歌いかたや演奏法をして、するとゆったりとくつろいだようなフィーリングが出せる。いわゆる後乗りということかどうか言うのは僕には自信がないが、ひきずるような粘り気とリラックスした感じが出るので、みんなよくやるんだよね。

ハービーの1962年「ウォーターメロン・マン」別テイクでも、そんなフィーリングが本テイクよりも強くあるように僕には聴こえる。間違いないと思うんだけどね。出だしのリズム・セクション三人によるイントロはほぼ同じだが、まずトランペット&テナー・サックスによるテーマ吹奏がかなり鮮明にスタッカートを多用する。どっちが先に録音されたテイクなのか、それが分らないのが個人的にはかなり悔しんだけど、ハービーの譜面が違うんだろう。あるいは譜面は同じだったとすれば、演奏前のヘッド・アレンジで確実に指示している。

その鮮明で強烈にスタッカートを効かせたテーマ吹奏部分だけでも、別テイクの「ウォーターメロン・マン」のほうが、本テイクよりも一層濃厚にファンキーだ、と僕は感じるんだけどね。より強く跳ねているしね。だから本テイクでもはっきりしているラテン・アクセントを、より強く感じることができるんじゃないだろうか。

あんなふうなスタッカートは本テイクに存在しない。トランペット(フレディ・ハバード)とテナー・サックス(デクスター・ゴードン)のソロになると、二名のソロ内容ともフレイジングは基本的に本テイクとあまり変わらないが、ノリははっきりと違うもんね。一層リラックスして、悪く言うとモタっているが、つまりレイド・バックしている。フレーズの末尾末尾でも。

別テイクでは、フレディ・ハバードも粘っこく吹いているが、それ以上にデックスのテナーがリラックスしていていいよなあ。途中、ブルーズ歌手リル・グリーン1941年の「ワイ・ドント・ユー・ドゥー・ライト」(ギターはビッグ・ビル・ブルーンジー) の一節を引用しながらソロを吹くあたりもいい(3:15〜3:21)。でもこれ、本テイクのほうにもあるんですが〜(3:13〜3:19)> 原田和典さん。それから原田さん、デックスのこの引用、どっちかというとポップ・ヒットした1943年のベニー・グッドマン楽団のヴァージョン(歌はペギー・リー)を下敷きにしたのではないでしょうか?
イントロ〜テーマ吹奏〜ホーン・ソロのあいだのハービーのピアノは、ずっとブロック・コードでアーシーなリフを叩いていて、これは間違いなくゴスペル由来だね。もちろん本テイクでもそうなのだが、別テイクでの弾きかたのほうがより粘っこくてイイネ。粘っこいといえば、ドラマーがこれまたビリー・ヒギンズなのだが(ホント多いなあ、リー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」も、デックスの「カーニヴァルの朝」もヒギンズだしな)、ドラミングも別テイクのほうが、より一層強い粘り気を出しているよね。

「ウォーターメロン・マン」別テイクのビリー・ヒギンズはスネアのロールも多用したりして、シンバルの叩きかたやハイ・ハットとあわせ、こりゃまるで河内音頭みたいな祭囃子グルーヴに聴こえる。しかも曲はブーガルーみたいなラテン・ブルーズなんだから、南洋ふうな河内音頭と化している。ような気がする、個人的には。う〜ん、こ〜りゃイイネ。別テイクで、同じ1962年5月28日に録音されながら、1996年までずっとお蔵入り状態だったなんて〜。シンジランナ〜イ。

最後にまたまた原田和典さんに異を唱えるけれども、別テイクのほうがマスター・テイクとして選ばれて当時発売されていたら、もっともっとクロス・オーヴァー・ヒットになっていたと僕は思うなあ。ジャンルを超えてもっと支持を拡大できていたと思う。それが疑わしいと原田さんはおっしゃるのだが、「ウォーターメロン・マン」がポップ・ヒットしてダンス・クラシックスとなったのは、ハービーのオリジナルによってではなく、直後にモンゴ・サンタマリアがやったカヴァー・ヴァージョンのおかげだもんね。
ありゃ〜、しかしハービーの『テイキン・オフ』の話をすると言いながら、「ウォーターメロン・マン」の、それも別テイクのことしか書かなかったぞ〜(^_^;)。いつもいつものことではありますが、毎度こんな調子でスンマセン。ハービー自身による(ファンク化された)セルフ・カヴァーも含め、いろんな「ウォーターメロン・マン」のことも、一度はまとめてみたいと思っちょりまする〜。大上段に構えた大げさで大層なことは、結局、書けたような気がしないでもありません。

こんなブーガルー・ブルーズが…。

2017/11/28

どこにでもある(が狂おしい)ソウル

ニュー・ヨークに拠点を置いて活動するインディ・ソウル界のレイディ・シンガー、ミズ・アイリーン・リネー。今2017年に新作をリリースした。これが二作目だが、タイトルは『ユビキタス・ソウル』。この「どこにでもあるソウル」というタイトルと、ミズ・アイリーンの顔が大写しになったジャケット・デザインと、その二つで、これは中身も素晴らしいに違いないと思って買ったら、大正解。

がしかしそのとき、まだこのアルバムがなにを投げかけているのかまではぜんぜん気が付いていなかった僕。なんだか全14曲がソウル・バラードばかりで、ほぼすべてゆったりしたテンポで、ミズ・アイリーンが情感豊かに歌っているなあとか、その情感はかなり深いものだとか、そうか、こういうルックスの女性にこういう情深い歌を眼前で歌われたいもんだとか、実際、録音がかなりいいから、本当に目の前で歌われているかのようで、その情深い迫力に、かえって少し後ずさりしちゃうなあとか 〜 こんなふうにしか、アルバム『ユビキタス・ソウル』を聴いていなかった。

基本、そんな聴きかたでいいと思うんだけど、ミズ・アイリーンの『ユビキタス・ソウル』とは、かなりメッセージ性の強い作品みたいなんだよね。アメリカで黒人として生きるということについての、つまり人種差別にかんしての、強烈な反レイシズムのメッセージを投げているんだ。つまり、これは一種のコンセプト・アルバムだと言えるかも。アンチ・レイシズムのメッセージ・ミュージック・アルバムなんだよね。

それに気がついたのは、アルバム・ラスト14曲目「Njnp」をちゃんと聴いたとき。この曲題は「No Justice, No Peace」の頭文字みたいだ。もうそれだけでなにを言わんとしているか分るけれど、曲後半部の途中と最終盤のエンディング部で、マーティン・ルーサー・キングのサーモンをサンプリングして抜粋し挿入してある。曲「Njnp」は、そのサーモンの声で終わるんだ。

僕がくどくど説明するよりも、曲「Njnp」にはオフィシャル・ミュージック・ヴィデオが用意されているので、それをご覧いただければ、ミズ・アイリーンがなにを言いたかったのか、映像でも分るんじゃないかと思う。リスニングに自信がないかたでも字幕が出る。歌詞部もキング牧師のサーモン部も出るので。
ラップを披露しているのがゲスト参加のクラウンド 1なんだろう。アルバムでラップ・ヴォーカルが入るのはこの曲だけ。「正義がなければ平和もない」という曲題の意味は説明不要だ。後半部途中 4:09 〜 4:30 で挿入されているキング牧師のサーモンには、(lacked) ”the soul and commitment to make justice a reality for all men” という言葉があるよね。それを欠いたがために、未来の歴史家は「ある偉大な文明が死滅した」と語らざるとえなくなるばあいもあるだろうと、キング牧師は説教している。

そしてエンディング部でふたたびキング牧師の “Aint gonna let nobody turn us around” という言葉を引用したまま、曲「Njnp」が、つまりミズ・アイリーンのアルバム『ユビキタス・ソウル』は終わるのだ。そうなってみると、最初はなんのことだかボンヤリとしか考えていなかった、まあ音楽の種類もレイディ・ソウルなんだし、まあそんなことにもひっかけてあるんだろうとしか思っていなかった「どこにでもあるソウル」っていうこの “soul” 。この言葉、それが(地球上)どこにでもあるものだという、その言葉の意味が、鈍感な僕にもようやくつかめてきたのだった。

ミズ・アイリーンのアルバム『ユビキタス・ソウル』では、オープナーが「ユビキタス・ソウル」で、それは(プレリュード)と題されているけれど、アルバム・クローザーの「Njnp」と完璧に呼応しているのだった。この最初と最後の二つで、ほかの12曲、はまあふつうのネオ・ソウル(?でもない?)かもしれないが、それらをサンドウィッチしているんだよね。そうなると、それら12曲の聴こえかたも変わってきちゃった。姿を変えたのだった、僕にはね。

アルバムの曲はぜんぶミズ・アイリーンの自作。二曲だけほかの人物とのコラボだけど、それもアイリーンが参加し、それら以外はアイリーン一人で曲を書き、アレンジやサウンド創りに自身でどこまでかかわっているのか分らないが、ひょっとしたらかなりな程度まで彼女自ら音も創っているんじゃないかなあ。いろんなプロデューサーを招いてやっているので、プロデューサー連中が基本的には音創りしたんだと思うけれど、インディ界の存在だから大金はかけられないはず。

伴奏もかなりな程度までコンピューターとシンセサイザーでやっているみたいに聴こえる。そこらへんの詳しいクレジットがないので想像だけど、例えばドラムスのサウンドは全曲打ち込みに違いない。随所で聴こえるストリングスも、エレピやその他鍵盤楽器のサウンドも、シンセサイザーで出しているものじゃないかなあ。エレキ・ギターやヴォーカル・コーラスは人力でやらなくちゃしょうがないものだけど必要最小限のはずで、実際、バック・コーラスはミズ・アイリーンの一人多重録音パートが大きい。

だからサウンドの基本は、打ち込みドラムス&鍵盤シンセ&(控えめな)エレキ・ギターで(ベースが鮮明に聴こえる曲は少ない)、その上にミズ・アイリーンのヴォーカルを乗せて大きくフィーチャーしているっていう感じに聴こえる。あくまで自分の生声だけ、それ一本で勝負しようっていう、この女意気と覚悟がイイネ。実際、素晴らしい声だし、歌いかたも見事だ。

僕の印象に妙に残るものを最後に付記しておく。アルバム七曲目の「ベター・デイズ」。ほかの曲では鍵盤楽器のサウンドが中心なのに、この曲だけはエレキ・ギターの音を中心に組み立てている。約3分30秒のこの曲では、エレキ・ギター&(打ち込み)ドラムス、それにアイリーンの(リード&バック・コーラス・)ヴォーカルしか使われていない。ギターの音色も、録音を工夫して生な感じを出しているし、フレイジングも印象的な情感深さ。そんな伴奏で「よりよい日々を求めて」と繰返し歌うミズ・アイリーンの声が強い印象を残す。

インディ・リリースのアルバムだけど、コンテンポラリーなレイディ・ソウル作品にして普遍的なメッセージを投げかけるミズ・アイリーン・リネーの『ユビキタス・ソウル』、ぜひともご一聴のほどを!

2017/11/27

故国レバノンとアラブ世界を思うフェイルーズにいっぱいキスしちゃおう


こないだリリースされたばかりのフェイルーズ(今回は Fayrouz 表記)のニュー・アルバム『Bebalee』について今日僕が言いたいことをいちばん最初にまとめてしまうと、それは<フォーク・ミュージックとしてフェイルーズの新作を聴く>ってことだ。フォーク・ミュージック、すなわち民謡の世界。だれでもよく知っていて馴染深く、鼻歌なんかでよく口ずさむような、ふだんの庶民生活の日常のなかに溶け込んでいる、そんな歌だってことなんだよね。

これはたんにアルバムの全10曲がぜんぶそんなようなスタンダード曲ばかりだということだけを指摘しているということではない。もちろんそれもあるのだが、たんに選曲だけでこんなふうな普段着姿の日常のありよう、81歳の女性にしてメイクもやりすぎずほぼ素顔に近いような、はっきりいうとボロボロの声で老醜をさらし、それをおおやけのリリース物に乗せて届けてしまえるとは僕は思わない。

老醜も老醜、『Bebalee』で聴けるフェイルーズの声はマジでもうダメなんだよね。CD が自宅に届いたその日の夜11時すぎに Instagram に簡単な感想を書いてアップしたけれど、これはあるいはいわゆる白鳥の歌になってしまうんじゃないだろうか?これがフェイルーズの<最後>になってしまうんじゃないだろうか?アルバムを聴いているとそんな予感が強くしてしまう。死の香りがプンプン漂っているもんね。フェイルーズほどの存在の心中を察するなんて大それたことは僕には不可能だが、う〜ん、ひょっとして彼女自身…、いや、やめとこう。

ちょっと見は世界の有名ヒット・ソングをたんにお手軽に並べてみましたっていう、なんの工夫もないお気楽な凡庸選曲に思えてしまうだろう。一曲目「Rah Nerjaa Netla’a」(蛍の光)、二曲目「Yemken」(イマジン)、三曲目「Bebalee」(追憶、バーブラ・ストライザンドのやつ)、四曲目「Ma Tezaal Mennee」(アルゼンチンよ、泣かないで)、六曲目「Ana Weyyak」(ベサメ・ムーチョ)、七曲目「Hkayat Kteer」(フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」としてが最も有名)なんてところは、ふだん音楽を聴かないっていう、しかも日本人でも、たいてい知っているものだ。

しかもそんな超有名曲ばかりを、かなりジャジーな少人数コンボ編成の伴奏でやっている。演奏スタイルは相当安直にも聴こえるモダン・ジャズ・マナー。ラテン・テイストが結構あり、またボサ・ノーヴァもあるけれど、それはジャズのなかにもあたりまえにあるものだから強調しなくてもいいんだろう。アラブ歌謡のなかにもむかしからあるものだけど、フェイルーズの今回の『Bebalee』はアラブ音楽とは呼びにくい。とにかく激渋ではあるけれど、軽〜い、なんの工夫のない(ように聴こえてしまう)ふつうのジャズ伴奏だ。

ここまで(一見安直に)並んでいると、僕なんかはかえってこりゃなんらかの意図が隠されているに違いない、たんにそのへんのジャズ歌手がちょこっとスタンダード集をやりましたっていうようなものじゃないんだからさぁ〜、フェイルーズ(とリーマ・ラハバーニ)がそんな安易な作品を企画するわけないだろうと、警戒しちゃうんだよね。はたして、その警戒心はビンゴだった。これはかなり深い選曲意図と、アレンジ・マナーと、歌いかた 〜 それらぜんぶひっくるめてのアルバム・プロデュース・ワークなんだよね。

アルバム・タイトルにしている「Bebalee」のオリジナルがバーブラ・ストライザンドの「追憶」であることに注目したい。これは1973年のアメリカ映画『追憶』(The Way We Were)の主題歌だった。どんな映画だったか、思い出してほしい。英語の原題は「私たちはこうだった」という意味だけど、いまのフェイルーズがそんな曲をとりあげて、アルバム題にまで持ってくるというのに、もはや死が近いかつての大歌手、一つの世界を代表する偉大な存在だった自分の、81歳での深い思いが垣間見える、なんてもんじゃなくかなりはっきりと見てとれるじゃないか。

そう思うと、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」だって、もちろん僕だって吐き気がするほど大嫌いな曲だけど、堂々と胸を張って歌い上げるシナトラ(はえらそうで気持悪いのだ、この曲の英語詞を踏まえたら)とは正反対に、フェイルーズはかなり弱々しく、あぁ、 私の人生ってこんなちっぽけなものだったのね、ダメだったのねとでも言いたげな、そんなフィーリングすら伝わってくる。

そんな自信なさげな七曲目「Hkayat Kteer」(マイ・ウェイ)をどう聴いたらいいのか、荻原和也さんの見解(「空想」とご本人はお書きだが)はこうだ。
「傷ついた祖国や、いまだ平和と安定が約束されない、アラブの庶民の苦しみを思う悲しみの深さが、勇ましく堂々と歌うのをよしとせず」という解釈なんだよね。これはこのとおりなんだろう。ただ、僕はここまでの解釈を、フェイルーズ81歳流の「マイ・ウェイ」を聴いて施すことはできなかった。アラブ世界全体を引き受けて、それがいまやどんどん世界から疎ましく思われているかのような、そんな 9.11 以後の時代に対するフェイルーズの深い深い嘆き、悲しみが、こんな歌いかたをもたらしているのだ、と言ってもいいのかもしれないが。それが 間違っているということではなくて、問題が大きいから僕の手に負えないんだ。う〜ん、たしかに「イマジン」も「アルゼンチンよ、泣かないで」もあるから、やっぱりそういうことなんだろうけれど。

僕は音のかたちしか聴けない人間だ。「マイ・ウェイ」の新解釈みたいな「Hkayat Kteer」も、僕の聴きかたは、たんにこの女性歌手自身が年老いて、自分の人生に自信が持てなくなって、歌手としても声が完全に衰えてボロボロだし、あの重厚なヴェルヴェットとまで言われた立派な声は見る影もなく、音程もふらついているし 〜〜 そんなこんなの彼女の老境を「マイ・ウェイ」に託して、弱々しく歌ってみたってだけのことじゃないかと僕は聴いた。

ただですね、そんな老境にあって、もう自信が完全消滅した自らの歌手人生を追憶しているようなフェイルーズの新作だけど、一曲だけ、これはキラキラ輝いていると僕が感じるものがある。六曲目の「Ana Weyyak」(ベサメ・ムーチョ)だ。原曲のスペイン語が「いっぱいキスして」という意味なのはみなさんご存知だろう。そんな歌を老婆に歌われたって気持悪いだけだよとみんな思うかもしれないが、僕は正反対の気分になったのだ。

まあたんに年増好きの戸嶋くんというだけの、つまり年上の女性にこそそんな魅力を感じる人間なだけだからってことかもしれませんけれど(^_^;)、それでも、もう一回 CD で、あるいは今日いちばん上でリンクを貼った Spotify のアルバムでもいいが、六曲目を聴きなおしてみてほしい。ちょっとセクシーなニュアンスが漂っていると思わない?なんというか老成の色気みたいなものを感じない?僕はそれをはっきりと感じたんだけど。

アルバム『Bebalee』のなかでも、その六曲目のアレンジが最も快活なラテン調だ。ウキウキしているようなリズムとサウンドで、フェイルーズも本編を歌いはじめる前に、セクシーな吐息を漏らすみたいに「ンン〜」って言っているじゃないか。本編の歌い出しがいきなり「ハビビ〜」となっているし、その「ハビビ」を繰返す歌詞全体はアラビア語なんだろうが、後半部で一回だけスペイン語で「ベ〜サメ〜、ベサメ・ムーチョ」って歌っているもんね。いいよ、これ、僕にはね。

僕はたまりません。僕はあの歌い出し前の吐息と、「ハビビ」反復と、後半のスペイン語による「いっぱいキスして」で、もうダメになりました。イケナイ気分になったのです。そうか、そんなふうに歌うのでしたら、僕でよければいまのフェイルーズにいっぱいキスしちゃます。だって、フェイルーズが故国レバノンとアラブ世界を思う、その思いの深さと、深く深く傷ついているのだろうということを想像するに、いくらでもキスしてさしあげます(って、僕もずいぶん失礼な男だな)。

2017/11/26

アジアの洗練(2) 〜これがひばりの魅力だ

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(自分が好きで人生をかけて楽しんでいる世界には、入ってくるひとがひとりでも増えたら嬉しいと、僕だったら感じます*^_^*。)


美空ひばりには、当然のことだろうがオフィシャル・ウェブ・サイトがある。そこがこの日本の歌手について最も詳しく調べられる場所だ。なかでもディスコグラフィが素晴らしすぎる。そのディスコグラフィさえ見れば、あとは実際の音源があれば、それだけでほかにもうなにもいらないと断言できるほど、充実しているものだ。
これをご覧いただければ、充実しすぎているという僕の言葉でもぜんぜん物足りないほどの出来栄えだと納得いただけるはず。検索方法も各種あって簡便にして必要十分。当該曲のところをクリックすれば、オリジナルのレコード・ジャケットと、データ面でのなにからなにまですべてが出てきて、しかも試聴だってできちゃうもんね。試聴すれば歌は素晴らしいので、結局アルバムを買わざるをえないってことになるけどねっ。

しかしながら、僕が「歌は素晴らしい」と言えるひばりは10代のころに限る。ひばりの10代、というか20歳までというと1957年5月までということになる。レコードでいえばデビュー・シングルの「河童ブギウギ」(1949年6月23日録音、8月10日発売)から、「むすめ旅唄」(1957年2月28日録音、5月15日発売)までだ。

がしかし上掲公式ディスコグラフィで見るその間のひばりのぜんぶの歌を網羅的に収録したものは、もはや入手不可能な全集しかなかったはず。全集ということは、僕が必要としない時期のひばり(のほうがずっと長く多い)だってあるわけで、望みはないが再発されたとしても、僕が買うかどうか気持が微妙だ。僕が必要とするのは「河童ブギウギ」から「むすめ旅唄」までの223曲だけ。

だから日本コロムビアさんには、その223曲をコンプリート収録したボックスを発売してほしいのだが、ある時期以後の日本におけるひばりの聴かれかた、評価のされかたをかんがみるに、そんなものがプロデュースされる理由などまったく見当たらない。でも諦めることはない。やはり日本コロムビアが2007年にリリースしてくれた CD 二枚組『ミソラヒバリ アーリーソング コレクション 1949~1957』がある。これで10代のころの、本当に素晴らしかったころの、ひばりの代表作は揃う。

この『ミソラヒバリ アーリーソング コレクション 1949~1957』は本当に素晴らしいんだよね。それがなんといまや、いちばん上でリンクを貼ったように Spotify でも聴けるんですよ。前から言うように Spotify での配信は権利関係をクリアしていて本人や権利者にお金がちゃんと行く仕組みの正規販売ですがゆえ〜。僕みたいに手許に CD で持っておきたいというんじゃない人で、戸嶋くん、そんなに褒めるのか、じゃあちょっと試聴してみるね、とおっしゃる向きには Spotify でぜひ聴いてほしい。

聴いたら最後、CD がほしくなると思うけどね。ほしくならなくても、このアルバム『ミソラヒバリ アーリーソング コレクション 1949~1957』が知られず、聴かれずに、放置されたまま年月が経過するようなら、ネット配信でも、しかも正規流通品として Spotify で全曲1秒残らず聴けたほうが、百万倍マシだろう。

さて、いままでそんな10代のあたりのひばりを熱心に聴いていらっしゃるかたがたには説明不要なのだが、まだあまり知らないという向きで、アンタがそんなに素晴らしかったと賞賛するひばりを、じゃあちょっと聴いてみようというならば、ぜひ次の14曲だけは聴き逃さないでほしい。ひばりの真骨頂はここにある。

1 河童ブギウギ
2 悲しき口笛
5 東京キッド
7 ひばりの花売娘
8 銀ブラ娘
10 リンゴ追分
12 お祭りマンボ
19 心ブラお嬢さん
24 港町十三番地
25 上海
26 エル・チョクロ
27 アゲイン
39 薔薇色の人生
40 A列車で行こう

CD だと「港町十三番地」が一枚目のラストで、「上海」から二枚目になる。この分割はたんに曲数によるというだけのことではない。CD1はひばり用に用意されたオリジナル楽曲篇。CD2はアメリカのジャズなど洋楽ソングのカヴァーが中心のもので、コロムビアが当時、<JL シリーズ>と銘打っていた自社傘下の別レーベルでのレコードだった。JLシリーズにはひばりだけでなく、山口淑子とか、あるいは(僕はイマイチ好きじゃない)越路吹雪とかのレコードも発売していた、要するに洋楽カヴァー専門レーベルだった。ひばりのばあい、ご覧になれば分るように JL シリーズでも七曲だけオリジナル曲があるが、それらも洋楽ふうにつくられたものだ。

オリジナル楽曲とカヴァー曲と、ひばりの歌には微塵も差異がない。どちらも同じように素晴らしい。しかも音楽のグルーヴのタイプが同じで、同じような歌として扱って、もののみごとに歌いこなしているじゃないか。お疑いになるかた、ネット配信なんか…、とおっしゃらず、この記事最上部リンクの Spotify にあるアルバムで聴いてほしい。間違いないんだ。

レコード・デビュー前の劇場などで歌っていたころのひばりは、服部良一が笠置シヅ子のために書いたブギ・ナンバーを得意レパートリーとして歌っていた。当時の服部は、洋楽、特にアメリカ産のスウィング・ジャズ〜ブギ・ウギあたりをかなり勉強していて、強い影響を受け、アメリカのそのへんのブギ・ウギ調スウィング・ジャズのフィーリングを日本化したオリジナル曲を書いていた。笠置がどうだったかは言えないが、ひばりはそんな曲をいくつか10代前半にして歌いこなしていたんだよね。

だからレコード・デビューが、服部良一の曲ではないが「河童ブギウギ」になったのは当然の成り行きだった。その後も、スウィング・ジャズっぽい和製ポップスを、ノリよく軽快に歌っていたことは、お聴きいただければ分るはず。これがあの「柔」とか「悲しい酒」とか、あるいはずっと後年の「愛燦燦」「川の流れのように」と同一人物の歌なのか?と驚くかもしれない。

服部良一の曲も、例外的に一つだけある。それが上記セレクションにも入れた8「銀ブラ娘」。ブギ・ウギふうジャズにして、ややラテンっぽいリズム・フィールもあるじゃないか。言うまでもなく銀座をブラブラする内容で、楽しく陽気に「ブギウギ」などとも歌いながら、リズム感も極上の良さで跳ねている。こういう歌手ですよ、ひばりはね。

セレクション12の「お祭りマンボ」は、服部良一の弟子だった原六朗の作詞作曲編曲(どうしてだか、公式ディスコグラフィでは、原六郎の表記)。1952年7月19日録音で、同8月15日にコロムビア A-1490の A 面曲としてレコード発売されたこの「お祭りマンボ」こそ、オリジナル楽曲ではひばりの生涯最高傑作に違いないと僕は断言する。百歩譲って、そう信じている。

「お祭りマンボ」。イントロ部で楽団がパッとダークで不穏な感じに転調するあたりのスリルには、いまだになんど聴いても背筋がゾクゾクする快感がある。リズムも、マンボかどうかは微妙だが、ラテン調であるのは間違いない。しかもただのラテン調というだけでなく、曲題でも分るように、日本の伝統的なお祭り囃子のそれと合体し、ひばりが歌うメロディがヨナ抜きだっていう面白さ。言葉の数が多く細かく上下するフレイジングを持つ難しい旋律を、余裕綽々でスイスイ難なく泳ぎ切っているよね。

しかも「お祭りマンボ」は、終盤でお祭りが終わるんだよね。リズムも止まり、哀しく寂しげな調子に変化する。歌詞内容もそうだ。そのパートではひばりも、にぎやかで楽しかったお祭りが終わってしまったのを名残惜しく振り返っているような歌いかた。日本中がバブル景気のころはバカ騒ぎして、それがはじけてしぼんだまましょぼくれている21世紀の姿と、まるで1952年にそんな僕たちのことを予見したかのような一曲じゃないだろうか。「いくら泣いてもかえらない〜、いくら泣いてもあとの祭りよ〜」。

ひばりの「お祭りマンボ」では、しかし最終盤でもう一回お祭り囃子が入ってアップ・ビートになる。本当に一瞬だけどね。これって、どういうことなんだろう?

あぁ〜、絶品すぎる「上海」「アゲイン」など、アメリカ産ジャズ・ソングのカヴァーについては書く余裕がなくなってしまった。無念だが、僕はいままでぜんぶ実行している「今度」の機会に譲ることにする。とにかく聴いてくれっ!Spotify でとりあえずちょっと試し聴きするだけなら、簡単でお金もかからないからさ。ブログを読むネット環境があれば、みんなできることだ。ねっ、お願い!

2017/11/25

アジアの洗練(1) 〜ジャズ・ファンも聴いてほしいサローマとひばり

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(記事題は PUFFYのヒット曲からいただきました。)

こういうのこそ Spotify で聴けるようにしてほしいサローマの『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』。でも入っていないのはあたりまえだ。この田中勝則さん選曲・編纂・解説のディスコロヒア盤は、サローマの初期音源を復刻した世界初の CD で、2013年のリリース。ってことは、このへん、すなわち1950年代後半から60年代初頭あたりのサローマの歌は、いまだ世界でこれ一枚しかないのかもしれない。

だいたいディスコロヒア盤をそのまま Spotify で聴けたらいいなぁ〜って思う僕が間違っているわけだけれど、Spotify にあれば、ふと、どなたかが出会うことがあるかもしれない。それであっ、これはイイ!ってなる可能性は十分ある。っていうか聴いてもらえさえすれば、このころのサローマの歌は、みんな好きになると思うよ。間違いない。特にジャズ・ファンがね。だってコスモポリタンに洗練されていて、しかもストレートなジャズ・ナンバーだって多いんだもん。

その1950年代後半〜60年代初頭あたりのサローマがどこの「国」の歌手だったのか?ということは、非常に言いにくいみたいだ。僕のばあい、田中勝則さんのディスコロヒア盤はぜんぶ買うと決めているからサローマの『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』も買ったけれど、それを放置したままにしていて、最近本気で聴きなおし、田中さんの解説文もじっくり読んで、僕はマレイシアの歌手だと思っていたのだが、そのへんの事情が難しいのだと知った。

詳しいことは、ぜひディスコロヒア盤『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』を、どっちかというとエル・スール(http://elsurrecords.com)で買って、解説文をお読みいただきたい。アマゾンなどのネット通販や一般の CD ショップでも買えるけれど、エル・スール(http://elsurrecords.com)で買うと非売品の特典 CD-R が付いてくるからだ。こういうケース、わりと多いんだ。ディスコロヒア盤やエル・スール盤などは、ぜひエル・スールで買ってほしい。
僕なんかがくどくど説明しても、それはぜんぶ田中勝則さんの文章の受け売りなので、劣化コピーにしかならない。それだったら CD『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』をお買いになったほうがいいんじゃないだろうか?エル・スール(http://elsurrecords.com)でさ。お願いします。エル・スールさんの商売を助けたいという、たんなるマワシモノ根性です。いや、違います、ディスコロヒア盤『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』で聴けるサローマは、本当に素晴らしい歌手なんです。それを買えば無料で特典 CD-R が附属するんですから。ぜひエル・スールで、ってもうくどいっちゅ〜ねん。
それでもやっぱり劣化コピーなりに書いておくと、端的に1950年代後半のレコード・デビューから60年代頭ごろのサローマは、シンガポールを拠点として活動していた。このころのシンガポールは、もちろん国際都市だけれど、マラヤ連邦の一部。現在でいうマレイシアという国家が誕生するのは1963年で、シンガポールは65年に都市国家として分離独立。サローマと夫の P ・ラムリーが、マレイシア成立後、シンガポールを離れクアラルンプールで活動するようになるのが64年の末(ってこの段落ここまで、ぜんぶ田中勝則さんの受け売りだが)。その後、マレイ系のサローマの歌は変化したらしいので、いいか悪いかはともかく、コスモポリタンティズムは失われたのかもしれない。

そのへん、僕はディスコロヒア盤『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』一枚しか聴いていないサローマの、その後のマレイシア時代の歌もちゃんと買って聴いてみないとね。ともかくいまは、手許にあるこの一枚で聴けるサローマの歌が、伴奏も、素晴らしく国際的に洗練されているという話を、それも日本の歌手で言えば美空ひばりの10代のころにソックリだ、っていうか同資質の歌手だったということを、少し書いておきたい。

美空ひばりの10代というと1940年代末〜50年代後半あたりだから、レコードだけでたどるとサローマのほうが少しだけ後輩だ。サローマがひばりを聴いていたかどうかは分らない。日本統治時代もあったとかには関係なく、レコードは入っていただろう。だがそれはたいしたことじゃない。音楽性、歌手としてのありようとして根本的に「同じ」だと僕には聴こえることが大きなことだ。

それは日本やマレイの伝統に沿う部分も持ちながら、輸入されたジャズや各種ラテン・ミュージックの要素が濃くあるというアジアの女性歌手二名だってこと。ストレートな自国のルーツ・ミュージックっぽさが、ひばりやサローマの魅力を本当に十分に引き出すのかというとそこは微妙な問題で、多国籍的、すなわち国際都市としての東京(といってもひばりは横浜だが、やはり多国籍都市)やシンガポールにあって、日本系やマレイ系のルーツに縛られすぎず、よりのびのびと開放感のあるジャズ/ラテンっぽい歌謡をやったたときのほうが、ひばりもサローマも生きるってことじゃないかなあ。

ひばりにたくさんのジャズやブギ・ウギやラテン・ナンバーがあることは、いまさら僕が指摘する必要はない。10代、正確には1949〜57年のひばりが歌うそれらはみずみずしくて、本当に素晴らしかった。その後、いわゆる演歌路線に行って、演歌がいけないっていうんじゃなく、「柔」みたいなあのべったりと重たいフィーリングは、ひばり本来の持味じゃなかったと僕は思う。「河童ブギウギ」「お祭りマンボ」といったオリジナル曲や、「上海」「アゲイン」といったジャズ・カヴァー曲で聴ける、ひばりのピチピチしたチャーミングさとノリの良さは、ある時期後、失われた(…、ってことも、やっぱり書いておかなくちゃいけないのだろうか?)。

ひばりのやった「上海」「アゲイン」は、どっちもアメリカでドリス・デイが歌ったレパートリーで、ひばりのはそのコピーなんだよね。そして、シンガポールで活躍したマレイ系のサローマのルーツにもドリス・デイがあるみたいだ。田中勝則さんによるディスコロヒア盤解説文にある、サローマの妹ミミローマの回想によれば、レコード・デビュー前のクラブ歌手時代のサローマの歌はドリス・デイに似ていたらしく、実際、ドリス・デイの「アゲイン」なんかはクラブでよく歌う得意レパートリーだったとのこと。

ドリス・デイが「アゲイン」を録音したのは1949年で、ひばりヴァージョンのレコードは53年の発売。サローマがシンガポールのクラブで歌っていたのも、たぶんひばりの録音と同じころの50年代前半あたりだったんだろう。アメリカでロックが勃興する直前の時期で、アメリカン・ポップ・ソングの世界は爛熟期だった。以前書いたパティ・ペイジもそのあたりに位置する歌手だ。僕自身はロック・ミュージックになんらの嫌悪感もないけれど。

ひばりもサローマも、そんな1940年代末〜50年代前半のアメリカのジャズや、ジャズっぽいポップ・ソングの世界からたくさん学んで、それを自国の音楽伝統とどう一緒にできるかを考えて歌い、それでアジアの洗練を身につけたんだろう。ひばりのばあいは、ラテンといってもマンボっぽいようなものが少しあるだけで、それよりもブギ・ウギ色が大きかった。サローマのばあいは、ラテンだとボレーロやチャチャチャもあり、またツイストみたいなダンス・ソングもあって、それはマレイの伝統民謡をとりいれて現代化したような感じということになるらしい。

だからどっちかというとひばりよりもサローマのほうがコスモポリタンで、洗練度が高く、しかも本当に素晴らしかった10代のころのひばりにはない、成熟した大人の女性としてのセクシーな色香も歌のなかにあるっていう、こんな歌手、なかなかいないよなあ。マレイの伝統的楽曲を表現できながら、ジャズやラテン・ナンバーも見事に歌いこなしているんだから、かなり稀有な天才女性歌手だ。サローマこそ、音楽界における<アジアの洗練>の呼び名にふさわしい。

もちろんひばりの10代のころの魅力は、まだ女性としては成熟していない部分にある。中性的というかボーイッシュで、湿った情緒がなくサラリと乾いていて、ブギ・ウギやジャズやラテンなどなどをノリよく歌いこなす軽いグルーヴィさに、あのころのひばりの素晴らしさがあった。いわゆるオンナをあのころのひばりに求めるのは完璧な筋違いで、歌手の魅力はそんな部分にだけあるんじゃない。

サローマのばあいは、大人の女性としてのセクシーな表現もしながら、ティーネイジの少女歌手みたいなみずみずしいピチピチした輝きとノリの良さはぜんぜん失っていないいばかりか、さらに一層磨きがかかっているんだから、だからディスコロヒア盤のサローマ『ポリネシア・マンボ~南海の国際都市歌謡』を買って聴いてほしいんだよね。

最後に、このディスコロヒア盤から、やっぱりちょっと音源をご紹介しておこう。参考にしてほしい。

ジャズ楽曲としては、12曲目「空想のお城」(Mahligai Kayangan)。ちょっとハスキーな感じもあって、ますますセクシーだ。1961年ごろの歌らしい。女性ジャズ・ヴォーカル好きの方であれば、なかなかたまらない味わいじゃないだろうか。レコード・デビュー前のクラブ歌手時代には、こういうのをやっていたと思うので、これがサローマの素顔だったのかもしれない。
マレイ伝統色を出しながらのラテン(ボレーロ)としては、これも1961年ごろのものらしい11曲目「母の祈り」(Doa Ibu)がかなり素晴らしいと思うのだが、それが YouTube で見つからない。じゃあやはり相当にディープな洗練を聴かせもっと魅惑的な、59年ごろ?のマレイ・ボレーロである4曲目「涙とともに」(Dengan Air Mata)を…、と思ったらそれもないのか。う〜ん、こりゃいけません。絶対にご紹介しなくては。僕が自分で上げといた。
ディスコロヒア盤のタイトルにもなっている、1955年か56年の録音である一曲目「ポリネシア・マンボ」(Polynesia Mambo)は、ふつうに YouTube にあった。

2017/11/24

マイルズの中南米とアフリカ (3) 〜 81年復帰後篇





1981年復帰後のマイルズ・デイヴィスが最もアフリカ音楽に接近した作品は、生前に完成してリリースしたラスト・アルバムである1989年発売の『アマンドラ』だ。一曲目「カテンベ」(Catémbe)、四曲目「ハニバル」などは曲名だけでもアフリカへの言及だと分る。必要ないと思うけれど書いておくと、「カテンベ」はモザンビークにある町の名前。「ハニバル」は古代カルタゴ(北アフリカ地域の都市国家、いまのチュニジアあたり)の将軍名としてあまりにも有名。どっちもおそらくはマイルズ本人というよりも、コラボレイションを組むマーカス・ミラーが関心を寄せていたということだろう。

だがしかしマイルズだって、『アマンドラ』録音以前から、たとえば南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策に抗議する音楽作品に参加したりもしているし、また音楽的にもアフリカに強い興味を抱いていた。これ、ホント書こう書こうと思いつつ、僕には無理なことじゃないかと思ってどんどん先延ばしにしている1968年のアルバム『キリマンジャロの娘』あたりから、このアメリカン・ジャズ・トランペッターもどんどんアフリカ志向を鮮明にするようになっていた。

『アマンドラ』に取り組むあたりの時期にマイルズがかなり気に入って好んで聴いていた音楽にズークがある。カッサヴというバンドが大好物だったみたいだ。カッサヴ(はグアドループとマルチニーク出身のメンバーがパリでやっていた)のズークは、もちろん西インド諸島の音楽であって、直接的にはアフリカ音楽ではない。だがやはりクレオールで歌うブラック・カリブの音楽だし、アフリカ大陸につながっていないとはだれも考えないだろう。

カッサヴのことがすごく気に入ってしまったマイルズは、次作もこいつとのコラボでやろうと考えていたマーカス・ミラー(マイルズ生前のワーナー盤はすべてこの二名のコラボ作)にこのことをたぶん電話で伝え、ズークのリズムやフィーリングをとりいれた曲を創ってくれ、それを次のアルバムに入れようじゃないかと指示したのだった。その結果が『アマンドラ』収録の上記「カテンベ」「ハニバル」、それから「ジョ・ジョ」と「ジリ」と、計四曲なんだよね。

ここでちょっと時間を巻き戻して、1981年の復帰第一作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』にある A 面二曲目「バック・シート・ベティ」のことから書いておこう。この曲のリズムはかなり面白いと思うよ。これはアフリカじゃなくて中南米音楽のグルーヴだ。最初、バリー・フィナティがジャ〜〜ン!とエレキ・ギターでコードを盛大に弾くのだが、いわばファンファーレみたいなもので(ダサッ!)、中間部にも同じものが出てくるが、そこではなく本編でアル・フォスターとマーカス・ミラーが出しているリズムの感じがいいよね。
アル・フォスターが特にいい。ファンファーレ部分での叩き方も僕は好きだけど、それが終わって本編に入りマイルズが吹きはじめると、スネアの打面とリム、ハイ・ハット、ベース・ドラムでかなり細かく複雑なビートを刻んでいるが、まるでサンバ〜ボサ・ノーヴァといったブラジル音楽のノリみたいじゃないだろうか。マーカスのベースの弾きかたにせわしなく細かい感じはなく、スラップを頻繁に交えながら音数少なめでゆったりと弦をはじいている。ギターのバリー・フィナティはほとんどなにもやっていないから、ドラムス、エレベ、パーカッション(サミー・フィゲロア)の三名+マイルズのトランペットというカルテットでの演奏。マイルズはゆったりと大きく乗っている。

先週も書いたことだが、1970年代半ばごろからのマイルズは、こんな感じでバンドには細かく刻ませて、上物であるホーンなどのソロは大きく乗るという二種混交表現をよくやっていた。北米合衆国のジャズ界にはそれまであまりなかったリズムのぶつかりあいだけど、書いたようにブラジル音楽や、またアフリカ音楽や、また世界のアフロ・クレオール・ミュージックではわりとよくあるものじゃないか。ってことは「バック・シート・ベティ」を録音した1981年1月のマイルズは、まだ1970年代半ばの自分の音楽を持っていたんだね。

カム・バック・バンドによるライヴ・ ツアーでは、それまでマイルズ・ミュージックのなかに姿を見せたことがないものが出てくるようになる。それがレゲエ。公式録音盤では二枚組『ウィ・ウォント・マイルズ』の二枚目 B 面だった「キックス」が最初の一例だ。その後いくつも出てくるようになるのだが、1981年初登場とはちょっと遅かったよなあ。「キックス」のばあいは、レゲエ・ビートと4/4拍子のストレートなジャズ・ビートが交互に出てきて、両者を行ったり来たりする。テンポもどんどん変化する。
レゲエの活用は、マイルズのコロンビア最終作1985年の『ユア・アンダー・アレスト』に二曲あり、「ミズ・モリシン」と「タイム・アフター・タイム」。もっとも前者がそのまんまの鮮明なレゲエ・ナンバーであるのに対し、後者におけるレゲエはあくまで控えめな隠し味程度だ。僕のばあい、その隠し味になかなか気がつかず、昨年あたりだったか?に、ようやくアッ!と思ったっていう…(^_^;)。いまはローリング・ストーンズのサポートで活躍するダリル・ジョーンズのベースが、特に後半部でシンコペイトするのも隠れた聴きもの。
ワーナー移籍後第一作の『TUTU』(このアルバム名も南アフリカへの言及であることは説明不要だ)にも、レゲエが一曲あって、(むかしでいう B 面だった)CD 六曲目の「ドント・ルーズ・ユア・マインド」。この曲は、このアルバムのなかでは音響がちょっとヘンで、エコーのかかりかたとか、マイルズのトランペットの音だって、ミュートでもオープンでもおかしな響きだよなあ。電気ヴァイオリンをミハル・ウルバニアクが弾く。マイルズがヴァイオリニストと共演した唯一の録音。
さて、『TUTU』の次作である問題の『アマンドラ』収録の四曲だが、ところでこのアルバム・ジャケットにはマイルズ自身が描いた絵が使われている(コロンビア盤『スター・ピープル』もそう)のだが、よく見てほしい。アフリカ大陸が描かれているじゃないか。当時リアルタイムで1989年にこれを買って見ていたころの僕は、どうしてアフリカなんだろう?「ハニバル」はたしかに北アフリカ人の名前だけど、それだけじゃん、と意味が分らなかったのだが、いまではこのアルバムの隠しテーマみたいなものとしてアフリカがあるぞと気がつくようになっている。

ジャケット・デザインにアフリカがあるとか、「カテンベ」「ハニバル」の二曲がアフリカへの直接的な言及であるとかいうこと以上に(「ハニバル」のほうは直接的にはジャズ・トランペッター、マーヴィン・ピータースンのことだけど、彼のそのニックネームがそもそもカルタゴの将軍から来ている)、ほかの二曲「ジョ・ジョ」「ジリ」も含めた四つは、音楽的にもブラック・カリブ・ミュージックの衣を借りつつ、アフリカ大陸を見つめているような演奏じゃないだろうか。
「ジリ」を除き、すべてマーカス・ミラーの書いた曲で、当時のマイルズ・レギュラー・バンドからのサックス奏者ケニー・ギャレット以外は、演奏面でもマーカスが多くの楽器を多重録音している。それでも前作『TUTU』よりは多くの生演奏ミュージシャンが参加していて、例えば「ハニバル」でドラム・セットを叩くのはオマー・ハキム。「ジリ」では、やはり当時のレギュラー・ドラマーだったリッキー・ウェルマンが叩いている。これまたレギュラーだったフォーリーもギター(とクレジットされているのだが、弾いているのは四弦リード・ベースのはず)で参加。

だがしかしあくまで、これら四曲以外のものも含め、曲を書いたりアレンジしたりベーシック・トラックを創ったりして土台を組み上げたのはマーカス・ミラー独りの仕事だ。演奏面でも『アマンドラ』全曲に参加しているのはマイルズとマーカス二名だけだしね。自らアフリカに、特にモザンビーク解放運動に深い関心を持っていたマーカスが、それでもこんな曲創りをした背後には、やはりボスであるマイルズのカッサヴ体験があったと思うんだよね。その西インド諸島音楽を示されたマーカスが、もとからあったアフリカ志向とそれを合体させて、『アマンドラ』収録の、カリビアン〜アフリカン・ジャズ・フュージョンみたいなものができあがった。

2017/11/23

フュージョンのようなそうでないようなダニー・ハサウェイのライヴ

今日はダニー・ハサウェイのアルバムのなかで僕が一番好きな『ライヴ』のことだけとりあげたいのだが、これも当然アトランティック盤(正確にはアトコだが、ここはアトランティックの一部なので)。ダニーのアルバムは、死後リリースも含め、ぜんぶ(アトコや)アトランティックからリリースされている。

がしかしそれまでの、いわゆるアトランティック・ソウル(ウィルスン・ピケットとかオーティス・レディングなど)と比較すると、あまりにも違う。ダニーのばあい、その音楽を、いわゆるソウル・ミュージックのなかにくくってもいいのかどうか迷うほど。実際、ぜんぜん泥臭く攻めないし、言葉はあれだけどちょっとこじゃれた感じの、そうだなあ、ソウル・ミュージックと関係あるところでいえば、1980年代の例のブラック・コンテンポラリーを10年以上前にやっていたような感じじゃないだろうか?

1971年録音72年発売の『ライヴ』には、例えば A 面に キャロル・キングの「君のともだち」、B 面にジョン・レノンの「(僕は)やきもち焼き男」があるのだが、これら二曲を、例えばウィルスン・ピケットが歌ったと想像してみよう。ウィルスン・ピケットだけじゃない、多くの男性ソウル・シンガーは、ダニーが『ライヴ』でやっているほどピッタリと、これら二曲をサマになるようには歌えないはずだ。

だから多くのソウル系音楽家とダニーとは、もうだいぶ資質が違うんだよね。ダニーはどっちかというとジャズ・マンに近いものがある。歌いかたもそうだし、フェンダー・ローズの弾きかた、特にコード・ワークにおいて入れる代理コードの選びかたなど、かなりジャジーだ。『ライヴ』になった1971年のパフォーマンス時点でまだこの用語はなかったが、フュージョンっぽいようなところがあるアルバムだよね、このライヴ盤は。

『ライヴ』は、本当かどうか知らないが一説によれば、ダニーのアルバムのなかで最も影響力の強いものなんだそうで、また評者によっては、ありとあらゆる世界の音楽ライヴ・アルバム中ベスト10に入るものだとか、そんなに評価が高いこともあるらしい。ってことは、これはたんに僕の好みだってだけのことじゃないんだろう。

ダニーの『ライヴ』では A 面が完璧で、曲もいいし、一個一個の演唱も粒ぞろいで、しかも四曲の流れも素晴らしく考え抜かれていて、文句なしだ。B 面だって負けず劣らずいいのだが、A 面のあまりの完璧さとは比較できないよね。いちばん上でリンクを貼った Spotify のアルバムだと、四曲目の「You’ve Got A Friend」までがアナログ LP で A 面だった。

ところでこの Spotify のアルバムでは書いてあったりなかったりで、少しミスリーディングかもしれないので、ご存知ないかた(っているのだろうか?)のため念のために付記すると、ダニーの『ライヴ』は A 面と B 面ではっきりと録音場所が分けられている。A 面は1971年8月のロス・アンジェルスでのライヴで、B 面は同年10月のニュー・ヨークでのライヴ。演奏メンツも、リード・ギターだけは入れ替わっていて、ロスではフィル・アップチャーチだが、ニュー・ヨークではコーネル・デュプリー。ほかは全員同じ。

ダニーの『ライヴ』。 A 面が完璧すぎるっていうのは、マーヴィン・ゲイの「ワッツ・ゴーイング・オン」で幕開けして、二曲目が長尺インストルメンタルでフュージョン・ナンバーと化している「ザ・ゲトー」が来て、観客とのやりとりも演奏も熱いそれが終わったかと思った次の刹那、その汗を拭かんとばかりに三曲目の「ヘイ・ガール」で爽やかコンがが鳴って、瞬時にダニーのおしゃれなフェンダー・ローズが来て、やっぱり爽やかに歌う。フュージョン・ヴォーカル・ナンバーみたいなそれが終わると、四曲目「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」で、弱っている人にもやさしくソフトに寄り添ってくれる。ともだちが来て夜になって、ここで A 面が終わるから、ここまでが完璧な流れなのだ。いや、もちろん B 面だっていいのではあるけれど。

ダニーのいちばん素晴らしいところは、書いてきたようにジャジーなコード・ワークをして、演奏全体もフュージョンっぽし、「ザ・ゲトー」とか「リトル・ゲトー・ボーイ」とか曲題はそうなっているが、現実の黒人ゲットーのありようをそのまま切り取ってきたかのような部分はなく、やはりおしゃれで洗練された演奏と歌になっているものの、しかしジャズやフュージョンみたいな、黒人共同体基盤から離れて上昇しようという志向、メンタリティは、ちっとも感じないところだ。少なくとも僕は感じない。

もちろんライヴ現場だったロスのトゥルバドゥールとか、NY のビター・エンドとかって、例えばハーレムのアポロ・シアターやシカゴのリーガルやフィラデルフィアのアップタウンなどといった黒人音楽だけのメッカみたいな場所じゃないだろう。でもトゥルバドゥールとビター・エンドのアット・ホームな雰囲気に囲まれて、ダニーもバンド・メンもふだんどおりの姿で、ジャジーな演奏とはいっても決して着飾ったような雰囲気じゃなく、メイクをしすぎない素のままのナチュラルな顔を見せているように思う。

その点、ジャズ(とかフュージョンとか)って、やっぱりどこか<よそ行き>だよなあ。ふだんどおりじゃなく、格好つけたような音楽だ。むろんそこがジャズの魅力なんだけど、例えば『ライヴ』で聴けるダニーの音楽は、ジャズからたくさん吸収しているにもかかわらず、黒人共同体内部にあり続けているような、うわついたところのないような、そういうものだと僕には聴こえるんだよね。

だからちょっと聴いた感じ、ガツンとハードに来ないし泥臭くもないし、ソウル・マンとしてはなんだかちょっとみんなと違うなぁ〜っていうダニーだけど、『ライヴ』で聴いても、やっぱり日常的に身近なブラック・ミュージックなんだよね。同じアメリカ黒人音楽でも、ジャズとはここだけが本質的にまったく違う立ち位置にある。ように僕には聴こえるけれどね、ダニーの音楽は。『ライヴ』を聴きなおしこれを再実感した。間違っているかもしれないが、これが僕の考え。

2017/11/22

ウェインとミルトン、1974年の奇跡



ウェイン・ショーター(とミルトン・ナシメント)の1974年作『ネイティヴ・ダンサー』では、六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」がベストってことで OK?少なくとも僕のなかではそうなっているんだけどね。八曲目の「リリア」も同系の曲で、これも同じくらい素晴らしい。全体的に傑作である『ネイティヴ・ダンサー』でも、これら二曲は、聴く人を一瞬で虜にしてしまうような魔法がかけられている。

ウェイン・ショーターがブラジル音楽に接近するようになったのは、妻であるブラジル人、アナ・マリアのおかげだったんだろうか?1974年に『ネイティヴ・ダンサー』を録音するもっと前から、ウェイン自身がブルー・ノートに録音したリーダー・アルバムのなかには、ブラジル音楽がまあまああった。『モト・グロッソ・フェイオ』ではミルトン・ナシメントだってすでにとりあげている。

もっとも、ミルトンの曲「ヴェラ・クルス」を含むブルー・ノート盤『モト・グロッソ・フェイオ』は1970年に録音されたにもかかわらず、どうしてだか発売が遅れて、リリースされたのは74年8月のこと。コロンビア盤『ネイティヴ・ダンサー』が、同年翌九月のリリースだったから、当時のファンのみなさんはどう受け止めただろうなあ。ウェインがこの年、突如、ミルトン・ナシメントに接近したと思ったかもしれないよね。

それに1974年だとウェインは、ジョー・ザヴィヌルとのバンド、ウェザー・リポートをやっていて、同年三月に『ミステリアス・トラヴェラー』がリリースされていたあたりだ。これの次が75年作の『幻想夜話』(Tale Spinnin’)で、このあたりからウェザー・リポートも明快でポップでファンキーなサウンドとリズムを追求するようになる。がしかし、まだまだザヴィヌルはヴォーカリストを本格起用はしていない時期。

ザヴィヌルがウェザー・リポートで歌手を大きくフィーチャーようになるのは、1983年の『プロセッション』からで、その後はずっとたくさん使っている。しかもかなり分りやすいポップ路線に転向。最初のころの1970年代前半あたりのウェザーからしたら到底考えられない変貌ぶりで、ふつうのジャズ・ファンだとみんなああいった明快ポップ路線のウェザーのことは相手にしてないんだよな。でも1977年の「バードランド」なんかだって、すでに相当ノリやすくキャッチーだけどね。

そんなウェザー・リポートの双頭リーダー(でもなくなったが、ある時期以後は)の一人、ウェイン・ショーターの1974年作『ネイティヴ・ダンサー』は、ザヴィヌルとのレギュラー・バンド活動期に、それを離れてウェインが製作した唯一のソロ・アルバム。バンド外での活動にある程度の縛りが契約上あったんじゃないかと想像するんだけど、まあ一枚くらいなら OK だったんだろう。同じコロンビア・レーベルへの録音だし。

『ネイティヴ・ダンサー』を聴くと、書いてきたようなウェザー・リポートの音楽性の変化を、まだそうなる気配すらなかった1974年に完璧に先取りしていることにやや驚く。しかもウェザー以前のウェインのソロ・アルバムや、ウェザー解散後にジャズ回帰したソロ・アルバムのなかに、一枚丸ごと同系色だという音楽アルバムもない。だから『ネイティヴ・ダンサー』だけが奇跡の突然変異のように異様に輝いているんだよね。

ブラジリアン・ジャズ・フュージョン。それじたいは、僕のばあい、渡辺貞夫さんの音楽に先に出会っていたので、音楽性そのものに驚きは小さかったが、貞夫さんのばあいはあの当時、ボサ・ノーヴァや、それに近いブラジル音楽との融合がメインで、しかもヴォーカリストをフィーチャーしたりすることも少なかった。だからウェインの『ネイティヴ・ダンサー』を聴いて、最初、僕がこりゃなんだ??となったのは、ミルトン・ナシメントのあの声と歌いかただったんだよね。

レコードに針を下ろし、まず一曲目の「ポンタ・ジ・アレイア」で、いきなりフワ〜っ、ボワ〜っとしたようなヴォーカル・コーラスが聴こえて、あれって、むかし嫌いだったなあ。いまでもちょっぴり苦手かもしれない。リズムが入ってきてしばらく歌ったあと、またリズムが止まってテンポ・ルパートで演奏するウェインのソプラノ・サックスも、なんだかのんびりのどかな南洋ふうで、大学生のころは、早く二曲目になれ!とか思いながら聴いていた。

だってさ、二曲目の「美女と野獣」はブラック・ファンクだもんね。ミルトンは参加せず、ミナス音楽ふうな要素もほぼなしの北米合衆国産ファンク・ミュージックだ。ハービー・ハンコックがブロック・コードでイントロを弾くあたりからしてすでに僕は大好きで、しかしウェインのソプラノ・サックスが入ってくる瞬間は、やっぱり少し柔らかい。1974年というと、ジャズ系でもシビアでゴリゴリのファンクをやる人もいたけれど、ウェインとハービーの「美女と野獣」は趣がかなり異なっている。

ハービーといえば、ウェインとミルトンがこの『ネイティヴ・ダンサー』をロス・アンジェルスで1974年9月12日に録音したセッションにどうして呼ばれたんだろう?たんにウェインとハービーはマイルズ・デイヴィス・バンド時代以来の親友で(こないだ数日前?にも東京で共演ライヴをやった模様)、しかもハービーは当代随一の腕利き鍵盤奏者で、ヴァーサタイルに対応できる人だし、自身でもファンク・ミュージックをやっていたからだったからかなあ。でも大学生のころは、ハービーのピアノやフェンダー・ローズにミルトンの声が乗ると、なんだか不思議な雰囲気だなあと感じていた。いまではそれにウェインのサックスも入っての三位一体が、素晴らしく心地良い。

ミルトンのヴォーカル。なかでも歌詞のないスキャット(?)というかそんなものでアアァ〜とかやっているあいだは、いまでも僕はちょぴり好きじゃない部分が残っている。なんというか、あの声質というか声のカラーがそんなには好みじゃないのだ。歌詞のある部分でも、地声なんだかファルセットなんだか分らないみたいな、あのフワ〜っとした声の出しかたは、ちょっと苦手かもしれない。

でも、今日一番最初に書いたように、アルバム『ネイティヴ・ダンサー』六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」と八曲目の「リリア」では、ミルトンが同じ歌いかたをしているにもかかわらず、メチャメチャいい感じに聴こえて本当に好きだから、自分で自分のことが分らないが、これら二曲ではビート感がかなり強靭でタイトでシャープ。ぜんぜんフワッとしておらず、途中から入ってくるウェインのサックスも切れ味があるから、ミルトンのあんな空気みたいなヴォーカルが、かえっていい感じに聴こえるのかもしれない。

八曲目「リリア」のほうは、どっちかというとミルトンのスキャット(?ヴォーカリーズ?)を大きくフィーチャーしていて、途中からウェインのソプラノ・サックスも出るものの、曲のメインはあくまでミルトンのふわふわヴォーカル。でもリズム・セクションの演奏はぜんぜんふわふわしていない。カッチリしていて、ほんのかすかにこの1974年当時のマイルズ・デイヴィスの音楽を思わせる部分があるかも。後半部、右チャンネルでハービーがフェンダー・ローズでなんども叩く不協和なブロック・コードが不穏な感じで、この曲、というかアルバム全体のなかでも異物だけど、かなり面白い。

六曲目の「フロム・ザ・ロンリー・アフタヌーンズ」は、たったの三分ちょいしかない短い曲だけど、これこそどこからどう聴いてもまさにパーフェクトな一曲。遠方から徐々に近づいてくるハービーのピアノ・イントロに続き、ミルトンが歌詞のないものを歌いはじめ(これは即興だよね?)、その背後でのリズムがかなりハードでカッコイイ。この六曲目でのリズムが、アルバム中、最もファンキーで強靭だ。

すると、1:26 でウェインがテナー・サックスを吹きはじめるのだが、そのソロ演奏内容も、アルバム『ネイティヴ・ダンサー』ではピカイチの素晴らしさ。その後、ミルトンとウェインがからみあいながら進行し、あぁ〜こりゃ気持いいなぁ〜と思っていると、あっという間に終わってしまう。まるで本当に孤独な午後のつかの間のまどろみだったみたいだ。

2017/11/21

たたかいに負けた僕たち 〜 徴兵忌避者のペシミズムと、ビートルズちっくなメタ・ミュージック



昨日もチラッと触れたビリー・ジョエルのアルバム『ザ・ナイロン・カーテン』。1982年録音、発売で、これは売れなかったらしい。そりゃそうなんだよね。これはかなりシリアスな社会派作品だから。前作の1980年『グラス・ハウジズ』までずっとポップでキャッチーで都会的に洗練されたラヴ・ソング・ポップスの人だったビリー・ジョエルが、突如として大真面目にアメリカ社会の病理みたいなものと向き合ったから、そりゃ売れるわけないもんなあ。

1982年というと、僕はまだまだビリー・ジョエルを熱心にリアルタイムで追っかけていた時期で、だから僕だって面食らったんだよね。アルバム『ザ・ナイロン・カーテン』のオープニングは、ブルー・カラー(肉体労働者)の難渋を歌った「アレンタウン」で、さらに、A 面ラストに置いたこのアルバム最大の話題曲がヴェトナム戦争を歌った「グッドナイト・サイゴン」だもんね。僕なんかも「素顔のままで」(Just The Way You Are)とか「ニュー・ヨークの想い」(New York State of Mind)とかがいちばん好きだったので、それらの社会派ソングは、う〜〜ん、こりゃちょっと…、どう受け止めたらいいんだろう?って。

しかも僕は日本の大学生だったから、アメリカ国内の労働問題にしろアメリカ側から見たヴェトナム戦争にしろ、関心はあっても、身近に実感できるという環境にいなかった。でも(労働、貧困問題もさることながら)ヴェトナム戦争のほうは、音楽界にもそれをとりあげた作品が以前からあったし、僕にとっては高校三年のときに映画館で封切り上映を観たフランシス・コッポラ映画『地獄の黙示録』が、それを考えるきっかけにはなっていた。

ところでまた脱線だけど、あの映画『地獄の黙示録』は、のちのちの僕の人生を考えたら、かなり大きな爪痕を残してくれたんだよね。映画を観終わったその足でレコード・ショップに立ち寄って(ということが実に多かった)買ったそのサウンドトラック盤レコードで、ローリング・ストーンズ(「サティスファクション」)もドアーズ(「ジ・エンド」)も、初めて自宅で聴いたんだったもんなあ。またリヒャルト・ワーグナーもそうだった。ジャズ・ミュージックのことはすでに好きだった。

また映画『地獄の黙示録』の筋書きは、ポーランド生まれで、外国語はフランス語のほうが得意なのに英語で書いた小説家ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』(Heart of Darkness)を下敷きにしていると、のちに知った。ああいった、川をさかのぼりながら、なにかの深奥を追求するように行動し、最終的になにかを見つけてしまう、しかも全体的にミステリ小説仕立てであるという、そんな(映画であれ小説であれ)筋立てに僕が生まれてはじめて触れたのが『地獄の黙示録』だった。

その後大学の英文科に進み、僕はジョゼフ・コンラッドや、そしてコンラッドからの影響も濃いアメリカ深南部の作家ウィリアム・フォークナーを勉強するようになった。僕は卒業論文も修士論文もフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』(書題は旧約聖書への言及)で書いたのだが、この長編小説はフォークナー版『闇の奥』なんだよね。

就職してからは、英語作家ならウラジーミル・ナボコフ(は英語作家とも言いにくいのだが)などで論文を書くことが多かったけれど、僕の心のなかでいちばんの専門領域だと思っていたのがウィリアム・フォークナーだった。アメリカ深南部の作家らしく、シリアスな人種問題や、だから黒人英語や、さらにブラック・ミュージック、特にブルーズがときたま出てくる。

ってことは、趣味面でも仕事面でも、コッポラ映画『地獄の黙示録』が道をならしてくれていたのかもしれないよなあ。そんなこともこんなことも、わりと最近まで忘れていた。というか自覚していなかった。趣味の音楽愛好は変わっていないけれど、職がかわって、外国小説を読むのもいまや趣味みたいなものになっている。むろん仕事でやっている人も、ああいった世界はみんな趣味の延長でそうなっているわけだけど。

ビリー・ジョエルのアルバム『ザ・ナイロン・カーテン』。このアルバム全体の印象というか、イメージを決定づけている音楽のメンタリティは、今日の記事題にもしているように、<(なにかのたたかいに)負けたぼくたち>ってことじゃないなあ。A 面ラストの「グッドナイト・サイゴン」でヴェトナム戦争に負けたアメリカを歌っているというだけではなくて、全体的にペシミスティックで、敗北感がかなり強く漂っている。敗北感のない曲でも、えらく自省的だ。

「グッドナイト・サイゴン」のことは説明不要だから書かなくてもいいはず。 一曲目「アレンタウン」が、アメリカ工業都市の<敗北>を歌っていることも説明不要だろう。この曲における<負けた僕たち>とは、ある世代以後のアメリカ人、ふつうの一般のブルー・カラー・ワーカーズだ。ビリー・ジョエルはそこに自分の視点を重ね、僕たちの世代はたたかいに負けたんだ、つまりそれはアメリカ社会の敗北ってことなんだと言いたがっているように、僕は聴く。

ただ、そんな深刻な曲でありながら、「アレンタウン」のサウンドとリズムはキャッチーでポップだということは、ちゃんとおさえておかないといけない。そこはやはりポップなソングライターたるビリー・ジョエルの面目躍如だ。だからビルボードのチャートを上昇した。特にサビ部分でズンズンせり上がってきて、曲じたいが盛り上がる旋律になっていくあたり、さすがに素晴らしいソング・ライティング。しかもそのせり上がり部分での歌詞が最も深刻な内容だもんね。

そう考えると、同様に深刻すぎる A 面四曲目の「グッドナイト・サイゴン」は、リズムもほぼバラード調におとなしく、イントロでピアノが入るものの、途中まではアクースティック・ギター一台だけの伴奏で、ビリー・ジョエルが沈鬱な内容を、歌うというより綴る。曲調もかなり暗い。中盤でエレキ・ギターとドラムスとマス・クワイアが入ってくるが、派手な感じはなくその正反対で、心の重さをより強調しているみたいなサウンド。サビ部分では、ベース・ドラムがズンズン反復するその音だけに乗って、曲中でいちばん深刻な部分の歌詞を歌っている。結局そのまま終わってしまうんだ。 う〜ん、こりゃいまではちょっとしんどいかもなあ。

アルバム『ザ・ナイロン・カーテン』のブックレットには、一曲ずつビリー・ジョエル本人が書いた紹介文が掲載されているのだが、「グッドナイト・サイゴン」部分が最も長文。だからこの曲こそ、この音楽家もいちばん力を入れたもので、聴かせたい、受け止めてほしいものなんだろうなあ。その紹介文によれば、1949年生まれのビリー・ジョエルは、ヴェトナム戦争時期の徴兵忌避者だったとのこと。しかも1982年の「グッドナイト・サイゴン」完成までに三年かかっているんだそうだ。1979年って映画『地獄の黙示録』がアメリカで公開された年だよなあ。

あまりにも深刻すぎる曲は、これら「アレンタウン」と「グッドナイト・サイゴン」だけ。でもほかの曲も、ラヴ・ソングのように少し見せかけながら、うん、たしかにラヴ・ソングだけど、かなり内省的。歌詞も曲調も楽しそうなのは、B 面二曲目の「ルーム・オヴ・アワ・オウン」だけで、これはブギ・ウギ調のロックンロール・ナンバーでウキウキする。ギターじゃなく鍵盤楽器メインでそんなリフを演奏しているのがビリー・ジョエルらしい。

ベスト・セレクションに入れたので昨日触れた「ローラ」。A 面二曲目のこれは、しかしこの名前の女性への愛を捧げる内容かと思いきや、それだけじゃないんだ。たしかに愛しているからこそという歌詞内容だけど、ローラは僕にひどい仕打ちをするんだけど、どうしてだろう?とか、そんなラインが多いもんね。ローラは真夜中に電話をかけてくるけれど、どうして?などと言いながら、でも最終行で、そんな彼女の電話を切れるわけないだろう?と歌っているので、ラヴ・ソングには違いない。

ところでその「ローラ」でいいのは、そんな歌詞ではなく、昨日も少し書いたが、そのサウンドだよね。クラシカル・ミュージックふうにはじまり、ストリングスをピチカートで弾くサウンド(は完璧にクラシック音楽のもの)に乗せて、ビリー・ジョエルも典雅なピアノを弾いている。このイントロ部は、同じものがアウトロ部でも使われている。

そんなものにはさまれた中身は、昨日も書いたロー・ファイ的にグシャッとつぶれたドラムス・サウンドと、ファズの効いた派手なエレキ・ギターのサウンドで彩られたポップなロック・ソング。僕はこの「ローラ」で聴けるスネアの音(は加工されてかなり妙だけど)と、間奏のギター・ソロが大好き。

さらに、これが肝心なところだけど、曲「ローラ」はビートルズ・ソングふうだ。一部の、特にジョンの曲にとてもよく似ている。サビでパッとパターンがチェンジするあたりとか、まるで「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」そっくりじゃないか。

「ローラ」だけじゃない。B 面四曲目の「スカンディネイヴィアン・スカイズ」だって、その次のラスト「ウェアズ・ジ・オーケストラ?」だってビートルズ・サウンドだもんね。なかでもジョンやポールがジョージ・マーティンの手を借りて、ホーンズやストリングスを使っているものの一部に酷似している。特にストリングス・アレンジは、ビリー・ジョエル自身、わざと似せているだろう?と思うほどジョージ・マーティンのペンにそっくり。

そんなアルバム・ラストの「ウェアズ・ジ・オーケストラ?」。楽団はどこ?っていうのは、いわばメタ・ミュージックだけど、歌詞だけじゃなく曲の旋律もサウンドも内省的で、音楽の内側を見つめているかのようなものになっている。アルバム・ラストのこの曲の後半部では、アルバム・トップ「アレンタウン」の主旋律を、ビリー・ジョエルがメロディカで演奏しているんだよね。

2017/11/20

僕の大好きなビリー・ジョエルのマイ・ベスト 〜 プレイリスト





僕の洋楽初体験がイギリスのレッド・ツェッペリンだったのかアメリカのビリー・ジョエルだったのか、分らなくなってきている。もはや正確なことは憶えていない。う〜ん、どっちだっけなあ?どっちにしてもこの二者がその後の僕の音楽人生の土台を形作ったことだけは間違いない。ツェッペリンはアメリカ黒人ブルーズの世界へ、そしてワールド・ミュージック嗜好へもつながっている。ビリー・ジョエルは都会的に洗練されたポップ・ミュージックの世界へと僕をいざなった。

そう考えると、この、どちらに先に出会ったのか忘れてしまったツェッペリンとビリー・ジョエルが、その後の僕の音楽嗜好を現在まで支配し続けているってことになるなあ。洋楽、特にジャズに目覚める前の僕は、歌謡曲や演歌のファンだったのだが、このあたりは最近どんどん思い出すようになっている。岩佐美咲と原田知世のおかげでね。

洋楽好きになり、そのすぐあとにジャズ狂になる前の、思春期の僕は(演歌を含む)歌謡曲と一緒にときを過ごしていた。このことについては、機会を改めてジックリ思い出してみようと思っている。まあその前にキューバン・マンボを聴いてはいたけれどもさ。

そんなマンボ幼少期のことや、J-POP 少年期のことなど、そんなことぜ〜んぶ、たぶん17歳でジャズに出会って、そのあまりの素晴らしさの大ショックで、まるでハードディスクを一瞬で消去するみたいに、ジャズの一撃で記憶のなかから消し飛んでいたのだった。と、そんな消えていたということじたいが消えていたということも、今年、いろんなことがあり、思い出しはじめている。変貌しつつある、いや、もとの自分に戻りつつある僕。

まだまだ戻ってはいないので、というか戻れない、戻ったとしても、その後に知った世界の音楽を聴くのはやめられない。だから今日は、僕がふだん聴いている自作の、大好きなビリー・ジョエルのベスト・セレクション・プレイリストを公開したいと思う。いちばん上でその Spotify のリンクを貼ったのでもはや説明不要だけれども。僕はこのプレイリストを、Spotify に登録するずっとずっと前に自分の iTunes で作成して楽しんできた。いまでも同じだ。Spotify で同じもの(とはいかなかった部分があるが、それは後述)を作って公開したのだ。こうやって実に簡単に、ネット環境さえあれば、自分の趣味をほかのみなさんとシェアできるのが Spotify の良さだ。

そんなわけで書く必要もないだろうが、いちおう以下にその曲名一覧を記しておこう。括弧内が収録アルバム名で、その右がアルバム発表年。

My Billy Joel - A Playlist

1. Say Goodbye To Hollywood  (Turnstiles) 1976
2. Laura (The Nylon Curtain) 1982
3. Piano Man (Piano Man) 1973
4. New York State Of Mind (The Stranger : The 30th Anniversary Edition)peformed June 1977, released 2008
5. Just The Way You Are (The Sranger) 1977
6. Scenes From An Italian Restaurant (The Sranger)
7. The Longest Time (An Innocent Man) 1983
8. This Night (An Innocent Man)
9. Rosalinda's Eyes (52nd Street) 1978
10. Zanzibar (52nd Street)
11. Leave A Tender Moment Alone (An Innocent Man)
12. Keeping The Faith (An Innocent Man)
13. Souvenir (Streetlife Serenade) 1974

1曲目「セイ・グッバイ・トゥ・ハリウッド」は、まさにフィル・スペクター流儀のサウンド。ドラムスの音ではじまるのが、なにかの幕開けにふさわしいんじゃないかなあ。曲も、つらかったロス・アンジェルス時代に別れを告げてニュー・ヨークに戻ってきたよ!っていう、さぁここからが僕の本当の人生だぞっていう、そういうものだしね。

2曲目「ローラ」は、全体的にシリアスな社会派作品である『ザ・ナイロン・カーテン』にあっては、やや数の少ないラヴ・ソング的なもの。やっぱりそんなにシンプルな恋愛の歌じゃない部分もあるが、僕はこの曲のこのサウンドが好きなんだよね。グシャとロー・ファイにつぶれたドラム・セットの音とか、スネアの叩きかたも好きだ。リズムもいいし、エレキ・ギター(間奏のソロも含め)もいい。

3曲目は、まあやっぱりビリー・ジョエルの代名詞的なものだからと思って入れておいた。4、5曲目のバラード・メドレーが、ビリー・ジョエルの曲ではこの世で最も有名で、人気があって、最もたくさんカヴァーもされていて、しかもそれだけの理由が十分あるという名曲だ。4曲目「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」でのアクースティック・ピアノもいい響きだ。歌詞は、他人がどうだろうと関係ないよ、ムダにできる時間なんてもうないから僕は僕の道を行くというもので、これもいいなあ。それで、残念ながら Spotify にある「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」は、サックス部だけ差し替えたものだ。それしかない。残念無念。いまや、そっちが標準なのか?

そんなわけでかなり悔しいが Spotify で作ったプレイリストでは、「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」を、2008年リリースの『ザ・ストレインジャー』30周年記念盤二枚目収録の1977年ライヴ・ヴァージョンにしておいた。こっちのテナー・サックスは正真正銘リッチー・カタータだ。しかも曲の終盤で無伴奏サックス・ソロを吹くのが、ちょっとした聴きもの。ジャズの世界ではふつうのものかもしれないが。なお、僕の iTunes にある同じプレイリストでは、ここはオリジナル・スタジオ録音が入っている。

5曲目「ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー」(ありのままの君らしい君が好き)のフェンダー・ローズの柔らかく暖かい響きと、それにからむアクースティク・ギターのカッティングの、なんと心安まることか。君のありのままの素顔、そのままの姿かたちでいて、そんな君らしい君をこそ愛しているよっていう素晴らしい歌詞を、やさしいサウンドに乗せてソフトにビリー・ジョエルが綴る。フィル・ウッズのアルト・サックスも文句なしの代表作となった。

6曲目「シーンズ・フロム・アン・イタリアン・レストラン」は、ドラマティックな変化がある曲展開と、各種管楽器(ソロをとるのはぜんぶ木管だけど、金管のチューバが効果的に使われていたりする)がいいと思うなあ。テンポやリズムや曲調がどんどんチェンジしていくなかでサックスやクラリネットがソロを吹くのを聴くのは楽しい。アップ・ビート部分とスロー部分とのコントラストが見事で、ソングライターとしてのビリー・ジョエルの充実を感じる。

7、8曲目の「ザ・ロンゲスト・タイム」「ディス・ナイト」は、ビリー・ジョエル自作のドゥー・ワップ・ソング・メドレー。どっちもかなりシンプルなラヴ・ソング。単純明快で、しかもブラック・ミュージックふうのヴォーカル・コーラス(は、基本、どっちもビリー・ジョエル一人の多重録音)とリズム・フィール。「ザ・ロンゲスト・タイム」では、指を鳴らす音とエレベ以外は本当に人声のみだけど、曲としては楽器伴奏の入る「ディス・ナイト」のほうがすぐれている(サビはベートーヴェンの引用)。こんな歌詞、泣かずに聴けますかって〜の。

夜となったところで、9、10曲目がある。ジャズという意味のアルバム・タイトルの『5nd ・ストリート』からの曲。「ロザリンダズ・アイズ」はかなり鮮明なラテン調。「ザンジバル」のほうでは大御所ジャズ・トランペッター、フレディ・ハバードが参加してソロを吹く。いまの僕にはジャジーな?「ザンジバル」よりも、ラティーナな「ロザリンダズ・アイズ」のほうがいい感じに聴こえるけれどね。

トゥーツ・シールマンスの、いつもながらのスウィート&メロウなハーモニカが入る11曲目のバラード「リーヴ・ア・テンダー・モーメント・アローン」と、エレキ・ギターが3・2クラーベのパターンを刻む12曲目「キーピング・ザ・フェイス」が、この自作プレイリスト最終盤の盛り上げ役だ。前者でたっぷりと甘い時間を味わったあと、後者で賑やか陽気に踊れるじゃないか。

13曲目「スーヴニア」は、プレイリストの幕をおろすためのコーダとして置いた。ビリー・ジョエル独りだけのピアノ弾き語り。ある時期の(まあ全盛期の)ビリー・ジョエルは、この曲を自分のライヴ・コンサートの最後の締めくくりとして使っていた。どんな思い出もしだいにゆっくりと色褪せていくものだ。

2017/11/19

ポップで聴きやすいザッパのデビュー・アルバム



フランク・ザッパのアルバムってぜんぶ Spotify にあるんだね。いままで探したものはぜんぶあったので、ほかのものもきっとあるんだろう。これはいい。いまでは CD の入手がやや難しめになっているものがあるんだそうだし(数年前、Twitter で『ザ・イエロー・シャーク』CD 新品が、路面店でもネット通販ショップでもぜんぜん見つからないと嘆くクラシック音楽ファンのかたがいらっしゃった)、またそうでなくたって、ザッパにおそれ?をなして近づかなかった音楽リスナーが、その音楽にアクセスできる最も簡便な方法じゃないか。CD などを買わなくたってちょっと試聴さえしてもらえれば、先入見、偏見だって消し飛ぶん可能性が高い。

さて、ザッパのデビュー・アルバム『フリーク・アウト!』(といっても、ザ・マザーズ・オヴ・インヴェンションとしかジャケットには記載がない)を、日本でまず褒めたのは中村とうようさん。そして植草甚一さんだ。一般にかなりとっつきにくいものだと勘違いされているかもしれない。たしかに歌われている歌詞内容はポップじゃないばあいが多いかもだけど、個々の曲じたいはけっこうポップで明快で分りやすく、メロディも流麗でキレイで、聴きやすいように思うよ。

だからザッパが変人だとか、その音楽は難解だとかってのは、やっぱり先入見、色眼鏡なんだよね。『フリーク・アウト!』だってけっこうポップで、キャッチーさすらあるもんね。しかもその土台にはアメリカ黒人ブルーズ、ドゥー・ワップ、リズム&ブルーズがしっかりと流れていて、そういう部分はこのデビュー・アルバムでだってしっかり聴きとれるよ。歌詞内容だって、他愛のないラヴ・ソングもけっこうある。

そういう部分から話をすると、全体の4曲目「ゴー・クライ・オン・サムバディ・エルスズ・ショルダー」。これはふつうのなんでもないラヴ・ソングだ。しかもドゥー・ワップ・ナンバー。君は一年ぶりに戻ってきたけれど、僕は君のことをもう愛していないから、だれかほかの人の肩で泣いてくれっていう、女をフる内容なのかなあ?でもえらく楽しそうだよなあ。曲はホントなんでもないポップなザッパ自作のドゥー・ワップ・ソングだ。

6曲目の「ハウ・クド・アイ・ビー・サッチ・ア・フール」もドゥー・ワップ調のリズム&ブルーズ・ナンバーで、きわめて分りやすいラヴ・ソング…、っていうか失恋歌。う〜ん、哀しく切ない。君の愛を得ていたころは本当に嬉しかったけれど、いまやそれも失って涙を拭いているなんてっていう、そんな歌…。でも曲の調子にそんな悲哀感はない。左チャンネルのマリンバはだれだろう?いい効果を出していて、少しあとからのルース・アンダーウッドが、ザッパ・バンドでこんなのを本格化することになる。

6曲目がマリンバ(ほんとだれ?)がいい感じに聴こえるポップ・ソングなら、続く7曲目「ウーウィ・ズーウィ」もそう。これもザッパ自作のドゥー・ワップ・ソングなんだよね。かなり分りやすくとっつきやすい。ここまで書いた三曲ぜんぶポップでキャッチーで明快で、ごくごくふつうの他愛のないポップ・チューンこそが好きなリスナーでも抵抗感ゼロのはず。だからさぁ〜、ちょっと聴いてみてよねっ。いちばん上で Spotify のリンク貼ってあるから〜。

ドゥー・ワップふうの自作ポップ・チューンはその後もどんどん続いて、8曲目「ユー・ディドゥント・トライ・トゥ・コール・ミー」、9曲目「エニイ・ウェイ・ザ・ウィンド・ブロウズ」、10曲目「アイム・ナット・サティスファイド」、11曲目「ユー・アー・プラバブリ・ワンダリング・ワイ・アイム・ヒア」(はちょっとあれだ、少しあとからの滑稽なヴォーカル風味もすでに出ているが)。それからさかのぼって5曲目の「マザリー・ラヴ」。これらぜ〜んぶごくごくふつうの明快ポップ・ソングなんだよね。サーフ・ロックっぽいような要素すらあるもんなあ。

な〜んだ、ザッパの『フリーク・アウト!』ってけっこうなポップ・アルバムなんじゃないか。少なくとも全15曲中ポップ・ソングがいちばん数が多い。また、アルバムのオープナー「ハングリー・フリークス、ダディ」は、まあやっぱり歌詞内容はちょっとあれだけど(ってか英語が理解できないと分らない部分がすこしあるなあ、たしかにザッパは、う〜〜ん)、曲はカッコよく颯爽としたもので、しかもポップなメロディを持っていて、それから左チャンネルで聴こえるザッパの弾くエレキ・ギターもブルージーで上手い。

2曲目「アイ・エイント・ガット・ノー・ハート」、3曲目「フー・アー・ザ・ブレイン・ポリス?」も、ちょっとだけ抽象化されたブルーズ楽曲みたいなもので、ブルーズといえば、12曲目の「トラブル・エヴリ・デイ」はもろのブルーズだよなあ。ブルージーなハーモニカだって入っているのだが、これってレイ・コリンズかなあ?ってことはこの曲のリズム&ブルーズっぽいリード・ヴォーカルもレイなのか?たぶんそうだよね。はじめて自覚した(^_^;)。

その「トラブル・エヴリ・デイ」が、『フリーク・アウト!』オリジナルの二枚組アナログ LP では、二枚目のトップだったらしい。問題はそのあとに続く、現在では3トラックになっている(って、それ以前は実感がない僕だけど)「ヘルプ、アイム・ア・ロック」「イット・キャント・ハプン・ヒア」「ザ・リターン・オブ・ザ・サン・オブ・モンスター・マグネット」だ。

それら三曲は、主にドラマーが表現するリズムはかなりキャッチーで明快でノリやすいものなんだけど、その上でサウンド・コラージュが繰り広げられていて、ふつうのポップ・ソングしか聴かない人だと、こりゃいったいなにやってんの〜〜??ってなるんじゃないかと思う。特に15曲目なんか12分以上もあって、現代音楽みたいな感じだし、ムジーク・コンクレートでもあって、ポップ/ロック・ファンなら、みんなこんなの嫌いだよなあ。ビートルズにも一曲だけあるけれど、やっぱりあれもみんななにも言わないもんな。

あっ、ビートルズといえば、今日の話題であるザッパ『フリーク・アウト!』と、その英国の、というよりも世界で最も有名な四人組との関係は、でもしかし書く必要はないんだろう。ボブ・ディランとの関係はどうだろう?『フリーク・アウト!』がロック界初の二枚組レコードだという声もあるけれど、発売順だとディランの『ブロンド・オン・ブロンド』のほうが約一ヶ月だけ早い。ディランのは1966年5月16日。ザッパのは6月27日発売だ。誤差、というかほぼ同時みたいなもんか?

まあでもザッパはディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」シングル(1965年7月20日発売)を聴いて感動し、これで世界が変わらなかったらウソだ、自分が音楽家になってやることはなくなったと思い、しかしどうやら変わりそうもないので、やっぱり自分もレコード・デビューすることにしたというような人なので。だからディランの動向には鋭敏だったはずだと思うんだけどね。同じ国の同じ世界にいたわけだしさぁ。

2017/11/18

スアド・マシさんご本人に直接謝りに行きたいレベルです

(Spotify にあるこのアルバムは全17曲だけど、僕の持つ同じ人の同じタイトルの CD は14曲の収録です。)



現在、パリに住みフランスを中心に活動する女性歌手スアド・マシ。出身はアルジェリアで、ベルベル人(カビール系らしい)。いままでに六枚だったかな?ソロ・アルバムが出ていて、今世紀のマグレブ音楽家としては最も面白い存在の一人かもしれない。聴くと、やっぱりいかにもアルジェリア音楽だという部分があって、伝統的なシャアビなどを基調としながらも、広くマグレブ音楽を吸収し、それに米英産のロック・ミュージックをブレンド。さらにこれはどうだか自信がないが、ポルトガルのファド歌手の歌いかたの影響もあるような…、気がするけれど、どうだろう?

いまでは僕も大好きなスアド・マシなんだけど、わりと最近までこの音楽家の魅力に気がついてなくて、ずっと苦手だなあ〜って思っていたのがどうしてだったのか、いまとなっては自分でもぜんぜん理解できない。だいたい僕がスアド・マシを最初に買ったのは(どのアルバムからだったかは忘れちゃった)、アルジェリアの歌手だということだったからであって、マグレグ音楽好きの僕としては聴き逃せないだろうと思ったのだ。

ところが、ホントどのアルバムだったか、聴いてみても濃厚なアラブ節が聴こえず(とそのころは思っていた)、若手歌手でも、例えばパレスチナのムハンマド・アッサーフ(はそろそろ二作目を出してほしい)みたいな、濃厚なアラブ古典歌謡の発声とコブシ廻が好きな僕だから、スアド・マシにはそれがないように最初のころは聴こえていて、なんだかアッサリしてんな〜、そっかアルジェリアのジョーン・バエズとか呼ばれてんのか、それじゃあ僕はちょっと遠慮したいなぁっていう、そんな気分だったんだよね。

昨年暮れか今年頭ごろに、ちょっと気を取り直してという気分でもういっかいスアド・マシを、っていうか僕のばあい、気に入らなかった音楽 CD も処分せずに部屋のなかで寝かせておいて、しばらく置いて時間が経ってのち、ふたたびチャレンジするという人間なわけで、するとこ〜りゃ素晴らしい!と世間に大きく遅れて感動することがしばしばあるんだ。だからさ〜、やっぱ音楽 CD なんかをそうそう処分しちゃダメなんだってば。

そんなわけでスアド・マシも聴きなおして、あぁ〜、こりゃ素晴らしい、どこがアラブ色が薄いもんか!たっぷり濃厚じゃないか、シャアビなどのアラブ音楽が最大のベースになっているぞ、たしかにフォーキーな音楽性があるかもしれないが、あんまりフォーキーフォーキー、ジョーン・バエズバエズだとか言わないほうがいいぞ〜…、ってこりゃたんに僕がバエズのことが気に入らないだけの狭量なだけなんだけど(^_^;)。

スアド・マシの、それまで買っていない CD アルバムもぜんぶ買ってぜんぶ聴いて、なかにはそれでもやっぱりイマイチかも?と思うものがあったような気がするけれど、面白いものが多いし、どう聴いても僕好みの音楽家なので、少しずつとりあげて書いていくつもり。一度に複数枚をまとめて、しかも手短で簡潔に凝縮して書くという、いわゆる文才のない僕だから、今日はデビュー・アルバム『Raoui』(ラウイ?でいいの?読みは?フランス語題の10曲目を除き心配だから、これ以下の曲名もアルファベット表記でいく)だけをとりあげたい。

スアド・マシのアルバム『Raoui』は2001年のソロ・デビュー作。そして彼女のいままででぜんぶで六枚あるアルバムのなかでは、いまのところ僕のいちばんのお気に入り。その理由は、まださほど米英フォーク、ロックなどの色彩が濃くないから。あ、いや、かなりフォーキーではあるな。でもそのフォーキーさは、アルジェリアのカビール人としての自然発生的な弾き語り様式から来るもののように、いまの僕には聴こえる。

うん、たしかにアルバム『Raoui』でも、スアドのアクースティック・ギター弾き語り部分が大きいんだ。オープニングの「Raoui」からしてそう。でもこの曲、アルペジオで演奏されるギター・ノーツはアラビアンだし、スアドのヴォーカルが出ると、こりゃもう間違いなくアラブ音楽の歌手だと分る歌いかた。アッサリ味ではあるけれども。しかもなんだか哀しそうというか、深い憂いを帯びているように聴こえる。どうしてこんなにメランコリックなんだろう?このメランコリーは、例えばアラブ・アンダルース音楽のそれから来ているものだけじゃないような気が、ボンヤリとしている。

アルバム1曲目の「Raoui」は最初から最後までスアド一人での弾き語り。2曲目「Bladi」でウード奏者が参加し、スアドのギター・カッティングとからむ。そのウードが奏でるフレーズは、北アフリカ地域のアラブ音楽を聴き慣れたみなさんなら違和感なく受け入れられるものだ。スアドの歌のほうには、しかしそんなに濃厚なアラブ節はないような気がする。二曲目も最後まで伴奏はスアド自身のギターともう一名のウードだけ。

3曲目の「Amessa」!これが素晴らしいんだ。まずゲンブリ(モロッコのグナーワなどで主に用いられる低音三弦の楽器)が聴こえ、あ、いいな、と思っているとドラム・セットがバンバン!と入って強くて激しいビートが入り、同時にカルカベ(鉄製カスタネット、これもグナーワで使われる)がチャカチャカ刻みはじめ、ゲンブリ+カルカベのサウンドにかなり弱い僕としては、快哉を叫びたいほど。

エレキ・ギターも入り、ドラマーが叩き出すビートはどんどん強くなっていき、しかもフィル・インが気持いいし、上物であるスアドのヴォーカルも躍動的で文句なしに素晴らしい。これはアルジェリアとかモロッコとかシャアビとかグナーワとかいうんじゃなくって、汎マグレブ的な音楽要素を、そんな楽器も使いつつ、同時にロック・バンド様式で表現したものだ。う〜ん、この3曲目「Amessa」はグルーヴィだしカッコイイなあ。素晴らしい。

そんなノリの曲が、アルバム『Raoui』だとほかに五つある。6曲目「Nekreh El Keld」、7曲目「Denya」、11曲目「Awham」、12曲目「Lamen」、13曲目「Enta Dari」。これらはすべてドラム・セットが使われていて、テンポが高速でも中庸でもビート感が強烈で、ノリよくグルーヴィで、しかも根幹にはアルジェリア(やその他マグレブの)の伝統音楽や現代大衆音楽がある。

モダン・シャアビな6曲目「Nekreh El Keld」も、このスアドのアルバム『Raoui』では僕の大のお気に入り。男性歌手とからみながら歌うスアドは、この曲のばあい、シャアビふうに濃厚なアラブ節をやっているのが本当に僕好みなんだよね。ドラマーはちょっとオカズ入れすぎかもしれない。特にハイ・ハットが少しうるさいかも。もっと淡々と叩いてスアドのアラビアン・ヴォーカルを際立たせたほうがよかったかも。5曲目「Hayati」も(バンド形式ではないが)シャアビっぽいね。

11曲目「Awham」と13曲目「Enta Dari」は、ほほアルジェリアン・ロック・ナンバーの趣だが、12曲目「Lamen」は、なんだか分らない(シンセサイザーの電子音?でもクレジットでは鍵盤奏者なしだからエレキ・ギターだね、きっと)音が浮遊するようにアラブ音楽ふう、というかアザーンのような旋律をふわふわと奏で、そこにスアドのアクースティック・ギターがからみ、エレキ・ギターとエレベとドラムスのリズムも入ってきて、スアドが、やはりここでもフォーキーに歌っている。でもその声の質に独特の翳りというか、上のほうでも書いたが憂いがあるんだよなあ。なんだろうこれは?

これら以外の曲は(ロックふうな)バンド形式ではなく、やはりスアド一人でのアクースティック・ギター弾き語りか、そこにウードやその他若干名の伴奏が入るだけのシンプルなもの。アルバムの曲を書いたのもぜんぶスアドだし、だからやっぱりシンガー・ソングライターには違いないのだが、それでもいま聴きかえすと、それらでもけっこうなアラブ臭があっていいなあ。

アラビア語の歌詞内容が理解できないのでなにも言えないが、この独特の憂い、哀しさとか、あるいはまた曲によってはかなり戦闘的、それも政治的意味合いを帯びた闘いの歌であるような雰囲気が、曲調と声の質、カラー、出しかた、節廻しなどに感じるばあいがあるスアド・マシのアルバム『Raoui』。ホントそのあたりなにがあるんでしょう?僕の持つ CD は輸入盤なので…、と思ったら、あっ!附属ブックレットに曲名も歌詞もフランス語訳が載っているじゃないか!マジでここまで書いてきてたったいま気がついた(^_^;)。これから読もうっと。

2017/11/17

マイルズのカリブ&ラテン&アフリカ(2)〜 パン・アトランティック・グルーヴ




マイルズ・デイヴィスが(ギル・エヴァンズとのコラボレイションで)1968年の6月と9月に録音したアルバム『キリマンジャロの娘』から、1975年夏の一時隠遁前のラスト・スタジオ録音である同年5月の「ミニー」まで、マイルズのやったカリビアン〜ラテン〜アフリカンなジャズというと、鮮明なのは五曲だけ。録音順に「キリマンジャロの娘」「フルロン・ブラン」、それから「カリプソ・フレリモ」「マイーシャ」「ミニー」。

だけど、このころ、特に1970年代のマイルズ・ミュージックでは、特に鮮明でなくとも中南米〜アフリカの音楽を志向する部分があった。いちばんはっきりしているのがポリリズムで、もはやジャズの保守本流ビートは、この時期、かえりみられなくなっていて、ファンク度をかなり強めていた。マイルズのばあいも、そのポリリズミックなファンク・ビートにはラテン〜アフリカンなアクセントが、そこはかとなくではあっても、漂っていたのだ。

この事実はマイルズだけのことじゃない。そもそも北米合衆国のファンク・ミュージックとは、ラテン音楽をルーツの一つにしていたような部分がある。反復しながら強く跳ねてシンコペイトするリズム・パターンなどは、間違いなくラテン・ビート由来だ。マイルズだって、直接はジェイムズ・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンから学んだんだろうが、これら二者の音楽にラテン・アクセントがあることを、鋭敏に嗅ぎ取っていたはずだ。

マイルズのばあい、ファンク・ミュージックとの出会い以前からラテン要素があったことは、先々週と先週金曜日の文章で指摘したし、またジャズ・ミュージックはそもそもそういうものとして産まれ流れてきたものだということも、前から指摘してある。ジャズにあるそんなラテン要素は、1940年代のジャンプ・ミュージックを経て、その後のリズム&ブルーズ、ロック、そしてファンクへも受け継がれたので、じゃあ<アメリカ>音楽ってなんなんだってことになっちゃうなあ。ラテン・アメリカ音楽との境界線を、英語/スペイン語ということ以外で引けるのか?という根源的な問いが頭をもたげてくる。

そんな根源的な疑問は、1970年代マイルズを聴いていると、やはり強く持つものなんだよね。だからいちばん上でご紹介したプレイリスト作成には、少し時間がかかった。最初に書いた五曲はあまりにも鮮明だけど、そうでなくともラテン/アフリカン・ジャズなんて至るところにあって、マイルズ・ミュージックのなかに消化されて溶け込んで具現化しているから、いったん気になりはじめると、アッこれも、これもだ、となってしまって、ぜんぶ入れないとダメじゃないかという気がしてきたのだった。

それでも絞りに絞った結果、やはり長めの三時間弱のものになってしまったのだ。Spotify のリンクを貼ったプレイリストに入れなかったものでも、中南米音楽やアフリカ音楽の痕跡があるなと感じる曲、トラック、テイクは多いので、その点はご承知おきいただきたい。

オープニングを『キリマンジャロの娘』から(アルバム収録順ではなく録音順に)二曲チョイスしてある。曲「キリマンジャロの娘」は、1968年6月21日のセッションでの録音で、マイルズが率いたかのセカンド・レギュラー・クインテットのラスト録音だ。すでにハービー・ハンコックもロン・カーターも楽器をエレクトリックなものに持ち替えている。これと、九月録音でチック・コリアやデイヴ・ホランドといった新バンドになった「フルロン・ブラン」は、本当に面白い。

この「キリマンジャロの娘」「フルロン・ブラン」二曲のことは、いつになるか分らないがアルバム『キリマンジャロの娘』一枚をフルでとりあげた文章にするという腹づもりでいるので、今日は書かない。聴けばだれでもサウス・アフリカン・ジャズだと分るほど鮮明、というか露骨にマイルズの学習成果が表面化していて、う〜ん、いま2017年末の僕としては、マイルズが残した1949〜91年の全アルバム中『キリマンジャロの娘』が最も面白いようなきがしてきている。だ〜れもそんなこと言わんけれどもだなぁ。

そんなわけで話はプレイリストのその次「スプラッシュ」「スプラッシュ・ダウン」となるのだが、これらは1968年11月の録音で、当時は未発表のままだった。といっても前者だけは短縮編集ヴァージョンが1979年リリースの LP 二枚組未発表集『サークル・イン・ザ・ラウンド』に収録されてはいた。後者は完全未発表のもので、前者のフル・ヴァージョンとあわせ、2001年のレガシー盤ボックス『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』で日の目を見た。

「スプラッシュ」も「スプラッシュダウン」も、曲調がカリビアンなばかりか、なかでも特にトニーのドラミングに鮮明にラテンふうポリリズムを聴くことができる。チックとハービー二名同時演奏のフェンダー・ローズも、コード・ワークやトーナリティに南洋ふうのものを聴きとれると僕は思う。しかもかなりファンキーだよね。アメリカ黒人音楽で聴けるようなファンキーさだ。ってことはつまりやっぱりああいったファンクネスは、ラテン由来だったのかも。

これの次が1969年8月21日録音の「スパニッシュ・キー」で、アルバム『ビッチズ・ブルー』に収録されてリアルタイムで発表されていた。曲題どおりスパニッシュ・スケールを使ったところに最大の特色があるものだ。中南米音楽も、リズムはアフリカ由来かもしれないが、旋律の創りかたはスペイン(やポルトガル)人が持ち込んだものがあるので、1969年8月21日のマイルズも、スパニッシュ・ナンバーをやりながら、リズムはアフリカ大陸のほうを向くということをやっているんじゃないかなあ。僕にはそう聴こえるけれど、みなさんどうでしょう?

「スパニッシュ・キー」に続く「グレイト・エクスペクテイションズ」「オレンジ・レイディ」は、最初1974年リリースの二枚組 LP『ビッグ・ファン』に、一枚目 A 面いっぱいを占めるメドレー形式で収録されていた。69年11月19日録音で、もちろん別個に演奏されたもの。でもつなげたテオ・マセロはやはり素晴らしかった。同日録音だからということもあって、サウンドに統一感があるし、さらにどっちもラテン、というかブラジリアン・ジャズっぽい。

「グレイト・エクスペクテイションズ」にも「オレンジ・レイディ」にもアド・リブ・ソロはなく、三本の管楽器はただひたすら同じモチーフを反復するばかり。だからソロ演奏を聴きたいふつうのジャズ・リスナーにはオススメできないが、モチーフ反復の背後で、主に複数の電気鍵盤楽器が織りなすサウンド・テクスチャーのカラフルな変化や、リズム・セクションの演奏するビート感のやはりカラフルさや動きかたの変化に聴きどころがあるはず。僕はこういうの悪くないと思うんだけど、マイルズ愛好家にもジャズ・ファンにも、そしてそれ以外の音楽リスナーにも、きわめて評判が悪い。

8曲目の「デュラン(テイク4)」は、『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』からとったもの。ふつうのアメリカン・ファンク・チューンで、1970年3月17日録音。右チャンネルで叩くビリー・コバムが(この時期のマイルズ・スタジオ・セッションで叩くものはぜんぶそうだけど)えらくファンキーなドラミングでカッコイイ。タイトで斬れ味良く、しかし複雑なポリリズムを表現しているあたりに、僕はラテン/アフリカ由来のリズム・ニュアンスを感じとるので、今日のプレイリストに選んでおいた。ふつうのファンクだけど、ふつうのファンクがそもそもアフリカ志向の音楽だったから…、って上でも書いたので。

9〜13曲目は、もちろん『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』からの選曲。今日の話題からするとあまりにも鮮明な、10「カリプソ・フレリモ」、12「マイーシャ」、13「ミニー」のことは書いておく必要がないはず。このあたりの(リアルタイム・リリースだと)『ゲット・アップ・ウィズ・イット』期のマイルズ・ミュージックでは、ラテン・ファンク路線が一つの売り物だった。

がしかし、9曲目「チーフタン」や11曲目「エムトゥーメ」などで聴ける、リズムがちょっとよれて突っかかるような変拍子系ポリリズムや、また、リズム・セクションは小さく細かく刻むのを繰り返しながら、上物の管楽器ソロ(はふつうの音楽でいえばヴォーカルだ)は大きくゆったりと乗りうねるあたりのフィーリングとか、そのへんにもアフリカ音楽の影響を僕は強く感じる。

バックは細かくせわしなく刻みながら、同時にトランペットやサックスその他上物が大きく乗って、この感覚の異なる二種類が同時に(ぶつかりあいながら)進むことで、その波動で独自のグルーヴが産まれるんだよね。それはどこの国のどの音楽がというんじゃなく、ほぼ全世界のいろんなアフロ・クレオール・ミュージックに共通するものだ。このころのマイルズもまた、その一翼を担っていたのだった。

2017/11/16

どんどんよくなる岩佐美咲の「初酒」

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Unknown










(11/17 23:17付記)まずは、これを聴いていただきたい。わいるどさん、ありがとうございます。
https://gyao.yahoo.co.jp/player/00164/v09889/v0986800000000541620/

いままでにぜんぶで六つある岩佐美咲のオリジナル楽曲。最初のころの僕がカヴァー・ソングのほうがいいなあと感じていたのは、たんにそれらは有名曲だから耳馴染があるというだけの理由だったと、すでに自分でも分っている。いまではオリジナル・ナンバーのほうが岩佐のチャーミングさ、素晴らしさ、特徴が一層よりよく表現されていると考えるようになっている。しかしたったの六つだからなぁ。そろそろ新曲を、と思うのだが、たぶん来2018年になったらリリースがあるんじゃないかと、無根拠ながら勝手に想像している。

そんなわけで、ぜんぶ入れてもたったの24分しかない岩佐美咲のオリジナル楽曲篇プレイリスト。これをみなさんでシェアできれば、簡便にネットで聴けたらなあ〜って、このごろ強く思うのだが、辛抱強く待つしかないよなあ。まあわさみん関係の僕自身は、リリースされればぜんぶ CD で買いますがゆえ〜、ネット配信がなかろうと困ることはありませんが〜、ほかのみなさんにもちょっと耳を傾けてほしい、試聴できるようにしてほしいという、やっぱり強い願望がある。Spotify なんかで聴ければ、それは正規販売ですから〜、だから聴いてさえもらえれば、いままで僕が熱心に書いてきていることも、少しは納得していただけるはずだという思いがある。あるいは涙腺が大崩壊するかも?歌にそういう破壊力を持つ歌手だ、岩佐美咲は。

そのたった24分の岩佐美咲オリジナル楽曲篇プレイリストを毎日聴いている僕だけど、それら六曲のなかで、最近の僕の最大のお気に入りになってきたのが「初酒」だ。2015年4月29日発売の四作目シングル。2016年11月30日発売の二作目のアルバム『美咲めぐり ~第1章~』にも収録されている。

まずはどっちを買うべきかというオススメを、まだお聴きでないみなさん向けに書いておく。アルバム『美咲めぐり ~第1章~』には、最新シングル曲「鯖街道」より前の、五つの岩佐美咲オリジナル楽曲がぜんぶ収録されている。もとはすべてシングル盤で発売されたもの。それらがまとめて聴ける。さらにこのアルバムのために歌いおろした絶品カヴァー・ソングもたくさんあるということで、一定の洋楽リスナーに多い<アルバムで聴く>志向のみなさんには、この『美咲めぐり ~第1章~』をオススメしたい。その初回限定盤のほうには、僕が岩佐から離れられなくなったきっかけの「涙そうそう(アコースティック・バージョン)」もあるしね。

ただ2015年4月29日発売のシングル CD「初酒」の初回限定盤のほうには、あの「20歳のめぐり逢い」がカップリングされているんだよね。これは今年8月23日発売の「糸」や、こないだ発売されたばかりの新作 DVD 収録の「ノラ」が出るまでは、岩佐美咲の歌ったカヴァー・ソングのなかでも超がつく逸品だったものだ。「20歳のめぐり逢い」こそがナンバー・ワンだったんだよね。それを CD で聴こうと思ったら、シングル CD「初酒」の初回限定盤を買うしかないんだ。

そんなわけで、たただんに岩佐美咲の「初酒」を CD で聴きたいというだけなら、シングル盤でもアルバム『美咲めぐり ~第1章~』でも、どっちでもいい。どっちでもいいからどっちか買ってくれ!そして聴いてくれ!岩佐の歌を!お願いします!

さて岩佐美咲の「初酒」。以前僕はこの曲にかんし、ファースト DVD のオープニングで歌われているのを聴くまで馴染めなかったかのようなことを書いたけれど、それがいまや正反対だ。これこそ岩佐美咲の全オリジナル楽曲のなかでいちばん好きなんだよね。しかしあれだよね、こんなにいい曲の魅力になかなか気づきにくいなんて、やっぱり僕って鈍感だなあ。いや、マジでいい曲です、「初酒」は。

あ、ショート・ヴァージョンだったら YouTube にあるじゃないか。気がついていなかった。これはあれか、CD 購入促進のためのティーザーみたいなものなのか?しかしやっぱりあっという間に終わってしまう。フルで 4:11 ある曲だからね。でもほんのかすかに雰囲気みたいなものは分るのかも?
まあお酒がテーマの曲なわけで、下戸でほぼ一滴もアルコールが飲めない僕としては、その部分だけは共感度が低いのだが、それ以外の部分の歌詞には心底納得できる。というかいつもいつも「初酒」を聴くたびに励まされている僕。歌詞は例によって秋元康が書いて、曲は早川響介が書いている。しかしいちばんいいのは野中”まさ”雄一の書いたアレンジだ。野中は AKB48やその関連グループで、最もたくさんの編曲を書いているメイン・アレンジャー。

僕は苦手だと以前の記事で書いたズンドコっていうあの典型的な演歌調リズムが、いまではとても心地良く響くので、我ながら不思議だ。しかし岩佐美咲の「初酒」で野中”まさ”雄一の書いたアレンジで、僕がいちばん好きなのは、ヴォーカルのオブリガートで左右一本ずつ聴こえるギターの音色とフレーズなんだよね。オブリガートじゃないものとしてセンターに定位するギターもあるが、それについてはさほどでもない。あくまで左右で歌のオブリガートを弾くギター二本が、僕は大好き。

「初酒」イントロが終わって岩佐美咲が歌いはじめ、「生きてりゃいろいろと、つらいこともあるさ。」部の、この読点部分にはさみこむように、まず左チャンネルでナイロン弦ギターが入り、句点部分でもやはり弾く。そもそも左チャンネルのナイロン弦ギターは、曲中ずっとヴォーカルにからんでオブリガートを弾く。それが〜、実にいい!

もっといいのが2コーラス目(1:45)に入ってから。岩佐美咲が「だれかがそばにいる」と歌うと、次いで右チャンネルで、今度はスティール弦のアクースティック・ギターがオブリガートを弾く。と思った刹那、その右のスティール弦に、左のナイロン弦ギターがちょろっとからむんだよね(1:49〜50)。しかもその次に岩佐が「やさしさ身に沁みる」と歌ったら、左チャンネルのナイロン弦が、1:49〜50と同じフレーズのヴァリエイションをオブリで弾くんだ。最高だ。あの瞬間、僕は最高に気持ちいい。

天才だ、このアレンジを考えた野中”まさ”雄一は。岩佐美咲も、ふつうみんな人生はつらいことばっかりっていうのをはげますかのような歌詞を、そんな言葉をそっとやさしく、そっとチャーミングな声質で、歌ってくれているのも素晴らしい。我慢しなくていい、心の荷を下ろし、泣いて弱音を吐け、幸せも不幸せも両方合わせてが人生ってもんだ、って、こんなの当たり前のことではあるけれど、聴いていると、ちょっぴりだけ泣いちゃうもんね。

野中”まさ”雄一のアレンジも絶品なもんで、しかもあのズンドコっていうリズムは人生の応援歌的なマーチ調ってことだよなあ。まあ最終的には、だから二人で飲もうよ、ってところに帰着する歌なので、そこだけが下戸の僕としてはちょっとアレなんですが(^_^;)。でも野中”まさ”雄一の素晴らしいアレンジに乗って、岩佐美咲が可愛く、そして強く、歌うので、まさしく「だれかがそばにいる」ときの「やさしさ身に沁みる」今日このごろ。

いやあ、しかしそれにしても、2コーラス目の左右二本のギター・オブリからみあいは素晴らしいなあ。なんどもなんどもそこを聴きたいがために「初酒」をなんどもなんども聴いちゃってるもん。

2017/11/15

泡のようにはかなく消えやすい恋 〜 原田知世と伊藤ゴローの世界(3)

今2017年の夏ごろ(だっけか?)リリースされた原田知世の最新作『音楽と私』。全11曲が、知世自身の過去曲の再録で、新たな解釈で伊藤ゴローがプロデュースとアレンジもやりなおし、演奏しなおして、歌手が歌いなおしているものだ。一曲目の「時をかける少女」みたいな知世最大の代表曲もある。素晴らしかったので、ぜんぶオリジナルも聴いて比較してみようと思って、この歌手の過去の作品も買って聴いている。

がしかし『音楽と私』収録の全11曲の、その再演とオリジナルを一度にぜんぶとりあげるのは僕には無理なので、なかでも特に印象に残った「うたかたの恋」についてだけ今日は書く。いい曲なんだよね。曲題だけで、もうヤバいでしょう?見ただけで泣きそうだ。

ところで、この「うたかたの恋」というタイトルの曲は宝塚にもあるし、藤あや子(だっけな?)にもあるが、ぜんぶ違う曲。うたかたの恋というのはよくある常套句なので、いろんな人が使っているふつうの表現なんだよね。原田知世のは彼女のオリジナルで、歌詞は知世自身が、曲は伊藤ゴローが書いている。

その知世の「うたかたの恋」オリジナルは2014年の『noon moon』収録で、このアルバムも伊藤ゴローがてがけた作品。ってことで、上掲(1)で書いてあるように、『恋愛小説』シリーズ二枚でこの伊藤&知世コンビにぞっこん惚れてしまった僕は、『音楽と私』のリリース前に、この二名コンビ作はぜんぶ買って聴いていた。だから『noon moon』だって聴いていたのだった。忘れていたような部分もあったけれども…(^_^;)。この14年作でいちばん好きになったのが二曲目にある「うたかたの恋」。

まあやっぱり曲題と歌詞内容がちょっとこりゃ…、ヤバいんだ、ここ数ヶ月来の僕にはね。特に最初と最後の一行 〜 「離れるほどつのる想いは」と「夢なら覚めずにこのままあなたと」だよなあ、ヤバすぎるのは。みんなが持つありきたりの恋情を知世も書いただけの歌詞(と曲題)だろうけれど、う〜ん、これはイケマセン。泣いてしまいます。

こんな内容の歌詞に、あとから伊藤ゴローが曲を付けたのか、あるいはその逆だか分らないのだが、その歌詞と旋律の一体感が素晴らしい。いまちょうどだれかに恋していて、その恋はうたかた(泡沫)のように簡単にはじけて消えそうなはかないもので、しかしできうれば消えずに、ほんのちょっとのあいだだけでも、夢のようなものでもいいから、少しのあいだは味わわせてほしいっていうそんな気分を、伊藤ゴローの書いたメロディとアレンジが際立たせていて、この二名の作詞作曲したもののなかでは、これが最高傑作だと思う。少なくとも僕はいちばん好きだ。

「うたかたの恋」。アレンジとプロデュース・ワークは『noon moon』ヴァージョンと『音楽と私』ヴァージョンで、もちろんかなり違っている。『noon moon』収録の「うたかたの恋」では、鍵盤楽器中心のサウンド。まずアクースティック・ピアノが出てドラムスがちょっとフィル・インしたかと思うと、その後はフェンダー・ローズが伴奏のメインになっている。アクースティック&エレキ・ギター(はもちろん伊藤ゴロー)はやや控えめ。ドラマーがやや跳ね気味に刻んでいるのも印象に残る。ドラムス&フェンダー・ローズが刻むのは、ちょっぴりレゲエっぽいフィーリングのあるビートだと言えるかも。シンセサイザーがサウンド・エフェクト的に入っている。

そんな「うたかたの恋」は、最終盤で突然放り出すように終わってしまう。中断してしまったかのようで、まるで本当に泡とかシャボン玉とかがパチンと割れて消えてなくなってしまったかのようなんだよね。その突然のエンディングは、まるで異性に突然別れを告げられたかのごとき終わりかたで、なんだか計算し尽くされているよなあ。まさにうたかたの恋だ。まだご存知ない方は、最初のほうでリンクを貼った自作 Spotify プレイリストで聴いてほしい。

これまたその自作プレイリストで聴いてほしいのだが、『音楽と私』収録の最新ヴァージョンの「うたかたの恋」でも、そのプツッと突然別れを告げられたように中断するようなエンディングは同じだ。この曲はこういうものなんだろう。うたかた(泡沫)だもんね。でも曲全体のアレンジとプロデュースは、『noon moon』のものとはかなり違っている。

アクスーティック・ピアノのイントロではじまるのは同じだが、『音楽と私』の「うたかたの恋」では、その部分で二本の管楽器が泡のごとく浮遊するサウンド・エフェクトみたいにからんでいる。トランペットとソプラノ・サックス。この二管は知世が歌いはじめてからも曲終盤までずっと入っていて、なかには二管アンサンブルで演奏するパートもあるが、たいていは離れて少しずつズレながら音をくわえる。しかしアンサンブル・パート以外でもそれら二管はアド・リブでは吹いていないと思う。伊藤ゴローの事前指示どおりに演奏しているんじゃないかな。

このトランペット&ソプラノ・サックスの二本が点描的にくわえる漂うサウンドが、この「うたかたの恋」をジャジーな感じの曲に仕立て上げ、またそれがなくとも、アクースティック・ピアノや、伊藤ゴローの弾くクラシック・ギターのサウンドもあって、しかも後半部ではフェンダー・ローズの優しく柔らかい音色も入り、そこにやっぱり二管がからんだりして、う〜ん、なんだかアンビエント・ジャズみたいだ。

「うたかたの恋」というこの曲の持つ本来の持味とか特性を考えたら、そんな『音楽と私』ヴァージョンのほうが出来がいいんだっていう考えに、僕も至るようになっている。このはかない恋情をよりよく表現しているよね。『noon moon』ヴァージョンだと、まだ少し泡沫でもないみたいな心情、というかメンタル面での強靭さがサウンドに出ているようだった。特にドラミングとビート感と、ヴォーカル録音の質に。

それが『音楽と私』ヴァージョンの「うたかたの恋」では、本当に泡沫みたいな浮遊するサウンドになっていて、知世の声の質(は録音のせいかもしれないが、それだけじゃないかもしれない)もそれに近い表現をしているように聴こえる。例えば『noon moon』ヴァージョンでは部分的に知世自身の多重録音ヴォーカル・コーラス部があったが、『音楽と私』ヴァージョンにはそれがない。細くデリケートな感じのヴォーカル・サウンドになっていて、細いとは、このばあい、悪い意味ではない。いまにも消えそうな、夢なら覚めないでというはかない恋の想いを、よりよく具現化できているように感じる。

しかしながら、2017年作『音楽と私』ヴァージョンの最新「うたかたの恋」でも、ドラミングだけはそこそこ強靭なビートを刻んでいる。スネア、特にリム・ショットの使い方と、ベース・ドラムの踏み方がやや込み入ってもいて、そんな部分に強めのビート感を聴くこともできる。

2017/11/14

太田裕美「木綿のハンカチーフ」〜 アルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョン

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太田裕美の三枚目のアルバム『心が風邪をひいた日』。CBS ソニー盤で、1975年12月の発売だった。このころ僕は13歳。以前も書いたように、中学時代の最親友クリタセイジが熱烈な太田裕美ファンだったおかげでこのアルバムも…、かというと、その記憶はまったくない。ハッキリと憶えているのは、45回転のアナログ・シングル盤「木綿のハンカチーフ」ばかりなんどもなんどもクリタんちで聴いたということだ。アルバムだって聴いたかもしれないが。

しかし太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は、オリジナルであるアルバム・ヴァージョンと、その後発売されたシングル・ヴァージョンで内容が違うんだよね。長年僕は、その違いなんて微々たるものだろうと思い込んでいた。ところがジックリと聴きなおすと、かなり大きく違うじゃないか。う〜ん、気がついていなかった。というか僕はずっとシングル・ヴァージョンしか意識していなかったかもしれない。ある時期にアルバム『心が風邪をひいた日』 LP レコードも自分で買ったはずなのだが、まあちゃんと耳を傾けていなかったんだなあ。

今年八月末に太田裕美の『心が風邪をひいた日』の SACD が発売されたのだ。僕は今月になってそれを買った。それまでの通常の CD だって同じものを持っているのだが、買わずにおられないというくらい好きになっているから〜。裕美さんのことが〜、じゃなくて、いや、それもあるが、なによりもあのアルバムで聴ける音楽、裕美の歌声が、そりゃもう大好きなんだよね。SACD だろうとなんだろうと買わずにおれらますかって〜の。だいたいそれまで聴いていた CD だって、買い増した Blue-spec 盤で、その前に、たしか1990年ごろに発売されたふつうの CD だって持っている。

ふつうのアルバムとしても Spotify にはない太田裕美の『心が風邪をひいた日』。その SACD は、都会の大手路面店ならふつうに置いてあるんじゃないかと思うけれど、アマゾンなど通常のネット通販では買えない。Stereo Sound Online でしか買えないんだよね。これは謎だ。こんな素晴らしい歌手の最高傑作(ではないという声もあるが)アルバムの SACD 盤をふつうに買えるようにしないなんて…。どうしてだろう?…、と思ってパッケージをよく見たら、これはソニー盤じゃないのか?Stereo Sound 盤ってこと?それであっても、ふつうに買えたらもっといいのに…。
まあいい。地方人にも買えないわけじゃない。問題は高音質盤だとかいうことじゃない。たんに好きだからっていう、だから何枚も持っておきたいっていう、ただそれだけの理由で太田裕美の『心が風邪をひいた日』SACD を買ったのだ。だいたいそれまでのリイシュー CD と違って SACD 盤は紙ジャケットだし、それもいい。ところが、僕んちに届いたそれを聴いて、だいたい Stereo Sound の購入サイトでも商品もよく見ないで、ただ届いたものをかけたのだ。するとかなり大きなことがあった。

それは SACD のアルバム末尾に、「木綿のハンカチーフ」のシングル盤ヴァージョンが収録されているのだってこと。オリジナル・アルバムのラスト12曲目「わかれ道」を聴き終わり、いつもどおり素晴らしかったなあとため息をついていると、次の瞬間に流れてきたんだよね、「木綿のハンカチーフ」のシングル・ヴァージョンが。あっ!と思って、そのとき、はじめてダブル・ジャケットを開くと、たしかにボーナス・トラックとして記載がある。ジャケット・デザインはミニチュア LP 的なオリジナル仕様再現だから記載なし。したがって歌詞が書いてある附属の紙にも記載はなし。

つまり『心が風邪をひいた日』SACD を買えば、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」のアルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョンの両方とも聴けるってことだ。こりゃいい!素晴らしい!僕はもう今度この SACD 盤しか聴かないぞ。ってことで、たぶん生まれてはじめて僕は、この名曲の両ヴァージョンを一枚のアルバムのなかにあるものとして、かなりじっくりと聴き比べたのだった。

「木綿のハンカチーフ」が一曲目に収録されたアルバム『心が風邪をひいた日』は1975年12月5日に発売されているが、45回転シングルの「木綿のハンカチーフ」は同21日発売だった。再録音されたものだということだから、そのあいだにもう一回やったということだよね。伴奏も太田裕美のヴォーカル表現も、もちろん録音やミックスも、ぜんぶかなり違うんだ(ってことに、SACD ではじめて気がついたわけですが(^_^;)。

歌詞もちょっぴり違っているというネット情報を得て聴き比べたが、これはかなり分りにくい。たった一箇所だけなんだ。三番の歌詞「恋人よ、君は素顔で、口紅もつけないままか」。これがアルバム・ヴァージョンだが、シングルでは「恋人よ、いまも素顔で 〜〜」となっている。ここだけ。これは違いというより誤差みたいなものだけど、これも作詞の松本隆が書きなおしての指示だったんだろうか?あるいは録音時に太田裕美がアド・リブ的にそう歌っただけなのか?ひょっとして瞬時に間違えた…、なんてことはありえないよなあ。

でもこれはどうでもいいことだ。もっと大きなことは、伴奏のアレンジや、したがってサウンドやリズムがかなり大きく違っているということだ。太田裕美のヴォーカル表現もかなり違っている。「木綿のハンカチーフ」の音源をまずご紹介しておこう。

アルバム・ヴァージョン https://www.youtube.com/watch?v=6PTO2XQ17u4
シングル・ヴァージョン https://www.youtube.com/watch?v=4kavnmW3EqA

アレンジが相当違うよね。まず耳をひくのは、シングル・ヴァージョン冒頭で、渦を巻いて迫ってくるかのようなストリング・アンサンブルだ。対してアルバム・ヴァージョンではエレキ・ギターではじまっている。好みの問題でしかないように思うけれど、長年シングルのほうしか頭になかった僕でも、いまではアルバム・ヴァージョンのイントロのほうが好きなんだよね。

曲全体でもアルバム・ヴァージョンでのストリングスは控えめで、あくまでエレキ・ギター&ベース+ドラムスのリズム・セクション中心の伴奏で、弦楽器は軽く控えめだ。アルバム・ヴァージョンではエレキ・ギターがかなり目立つように活躍し、イントロやオブリガートや間奏などなど、たくさん弾いている(どなたなんでしょう?ずいぶん前にお名前をうかがったように思うのですが、忘れました)。

シングル・ヴァージョンのほうでは、ストリングスと木管アンサンブルがやや大きめに入っている。太田裕美が歌っているあいだの伴奏は、やはりあくまでエレキ・ギターを中心とするリズム・セクションが伴奏しているが、シングル・ヴァージョンには存在しない木管アンサンブル(たぶん複数本のフルート)やシンセサイザーも、またかなり小さくうしろのほうで女声バック・コーラスも、入っている。ストリングスのフレーズも違えば、ミックスによる(ものだと思うのだが)ストリングスの音の大きさも、アルバム・ヴァージョンとはぜんぜん違う、と言ってしまいたいほど違っているじゃないか。

さらにリズム・アレンジの違い。基本的なフィーリング 〜 A メロ部分でラテン音楽ふうに跳ねて、サビ部分でフラットに進むビート感になる 〜 は同じであるものの、特に A メロ部分でのリズムのラテンふうなシンコペイションが、アルバム・ヴァージョンよりもシングル・ヴァージョンのほうが、特にベースとドラムスによって、より鮮明で強く表現されている。ここだけはいまの僕もシングル・ヴァージョンのほうが好きだ。

太田裕美の歌いかたは、逆にアルバム・ヴァージョンのほうがスタッカート気味のフレイジングを多用している。シングル・ヴァージョンでは、たとえば歌詞の一番から四番のすべての出だしになっている「こいびとよ」部分でスタッカートせず、言葉は悪いかもしれないが、のっぺりと平坦な感じ。「こっ、いっ、びと、よっ」がアルバム・ヴァージョンでの歌いかただけど、「こいびとよー」がシングル。そのほか同じような歌唱法の違いが随所に聴けるのだが、ここも作曲の筒美京平が書きなおし指示したことなんだろうか?

ヴォーカルの音量の大きさは、これもシングル用のミックスということなんだろう、そっちのほうがポンと前に出ていて大きく聴こえるので、ふつうならングル・ヴァージョンのほうが聴きやすい。あくまで太田裕美の歌を聴かせたいという意図で、シングルのほうのミックスはやったんだろう。ストリングスや木管やシンセサイザーなどや、また伴奏アレンジの違いも、裕美の歌を際立たせたいという意図で、萩田光雄(と筒美京平の共同アレンジらしい、シングルのほうは。アルバムのほうは萩田光雄単独のアレンジ)がやりなおしたってことだろうね。

「木綿のハンカチーフ」のシングル盤発売に際して再録音するとなって、作詞作曲編曲のトリオと主役女性歌手が仕事をやりなおした結果、シングル盤の「木綿のハンカチーフ」は、たしかにアルバム・ヴァージョンのものよりも出来がいい。とふつうのリスナーのみなさんには受け止められるはず。僕もそういう出来栄えに違いないと考えてはいる。

個人的な好みだけでいえば、ちょっと違うんだけどね。

あれれ〜っ?しかしアルバム『心が風邪をひいた日』には、ほかにもいい曲がたくさんあって、ボサ・ノーヴァだってあるんで、それらぜんぶ書こうというつもりだったのだが、今日はもうその余裕がないなあ。「木綿のハンカチーフ」についてだって、まだまだ書きたいことがある。歌の出だし「恋人よ、僕は旅立つ」の「旅立つ」の「つぅ〜」でスッとファルセットに移行する部分のナチュラルな美しさがとてもキラキラ輝いていて…、ってキリがないなあ。

しょうがない。また今度にしよう。と言うときは、世間一般のみなさんと違って、いままで僕はは必ずその「今度」を実行してきているのだが、しかし太田裕美のアルバム『心が風邪をひいた日』では、「木綿のハンカチーフ」があまりにも突出して素晴らしすぎるように思うので…。

2017/11/13

池玲子のポルノ歌謡

東映のポルノ女優だった池玲子。1953年生まれなので、もちろんお元気でいらっしゃると思う。この方はスクリーン・デビューが1971年の『温泉みすず芸者』で、ってことは当時の池は19歳。僕自身は池が出演する映画を映画館でも自宅でも観たことは一度もないのだが、池がそのデビューの年にテイチクに録音して発売された一枚の音楽アルバム『恍惚の世界』。これがひどいのだ(笑)。全12曲で計36分間、完璧なるセックス・ワールドが展開されている。

僕はリイシュー CD で池玲子の『恍惚の世界』を持っているのだが、それはストレートなテイチク盤ではない。そのままではとてもリイシューできなさそうだ。っていうかそもそも1971年のテイチクだって、よくこんな LP アルバムを発売できたもんだよねえ。僕が持つのは TILIQUA と書いてあるレーベルからのリイシュー CD なんだけど、どこだろうこれ?いちおうテイチクのライセンス下で云々と(英語で)記してある。ダブル・ジャケット体裁や、その他もろもろ、オリジナル仕様を復元しているんじゃないかなあ。

まあお仕事ですがゆえ〜。ポルノ界と縁がない音楽家だってセックス・ソングはよくやるものだ。性は人生にとって最も重要なもので、日常生活のことだから、特に音楽が日常生活と密着するようになった時代以後は、本当に多い。アメリカ大衆音楽界だと、最初のティン・パン・アリー時代のソングブックはわりとお上品なというか、はっきり言ってしまうと浮世離れしたものが多く、庶民のふだんの生活に寄り添うようになるのは1940年代のジャンプ・ミュージック以後だ。ルイ・ジョーダンや、その流れをくむリズム&ブルーズ、そしてチャック・ベリーあたりから、セックスが日常であることをさほど隠さないようになった。

それでも池玲子の1971年テイチク盤『恍惚の世界』ほど露骨なものはなかなかない。セックスは人間の日常生活云々と書いたけれど、池の『恍惚の世界』は、こりゃ日常ではないエクスタシーが音に存在する。いちばん上でご紹介した Spotify リンクで聴いていただきたいのだが、そうすればどなたでもこのことが納得できるはず。こんな世界はふつうの人間の日常生活にはないものだ。

それでもセックス、というかエクスタシーの世界を徹底追求した結果、池玲子の『恍惚の世界』は、ある種の美しさを獲得していて、その美しさにおいては価値観が逆転してしまい、ティン・パン・アリーの世界と同質の、ちょっとこう、現実離れした高みにあるというか、リスナー側としては手の届かない夢の世界を妄想して、なんとなくボヤ〜っといい気分にひたるっていう、そんなアルバムじゃないかなあ、池玲子の『恍惚の世界』は。

などと書いてはみたものの、池玲子の『恍惚の世界』はひどいというか露骨だ。これ、しかしこんな声をレコーディング・スタジオでシラフで出していたわけだから、やっぱりプロの仕事だなあ。録音当時の池は19歳だったわけだけど、彼女のプロフェッショナルな姿勢、ありようを賞賛したい。10代のデビュー当時とはいえ、ポルノ女優としてこれくらいの仕事は難なくこなしたってことかなあ。

池玲子の『恍惚の世界』。収録の12曲はぜんぶカヴァー・ソング。一番上でリンクを貼った Spotify にあるものは表示がぜんぶ英語なので(それしかなかった、日本語そのままではとてもリイシューできなさそう)、中身は日本語で聴けばだれだって分る有名歌謡曲ばかりだけど、いちおう以下にそれを一覧として記しておこう。僕の持つ TILIQUA 盤リイシューの CD では、ぜんぶ日本語表記だから(でも肝心な部分が英語だったりするのだが(^_^;)。

池玲子『恍惚の世界』(1971)ー 括弧内は初演歌手とそのレコード発売年

1. 女はそれをがまんできない(大信田礼子、1971)
2. よこはま たそがれ(五木ひろし、1971)
3. めまい(辺見マリ、1971)
4. 雨がやんだら(朝丘雪路、1970)
5. 夜明けのスキャット(由紀さおり、1969)
6. さすらいのギター(小山ルミ、1971)
7. 私という女(ちあきなおみ、1971)
8. 雨の日のブルース(渚ゆう子、1971)
9. 恋の奴隷(奥村チヨ、1969)
10. 経験(辺見マリ、1970)
11. 天使になれない(和田アキ子、1971)
12. 愛のきずな(安倍律子、1970)

もとからセクシーな香り漂う曲が多いが、これらが池玲子の手にかかると、どこからどう聴いても完璧なポルノ・ミュージックへと変貌している。池の手にっていうか、所属していた当時の東映のスタッフと、それからテイチクの製作陣の仕事として、デビューしたての池を売ろうとして、プロモーションの一環として『恍惚の世界』みたいなものが企画されたってことかなあ。池はそのアイデアに乗って歌った、というかレコーディング・スタジオであえいだだけだったかも。

そう、アルバム『恍惚の世界』での池玲子はもちろんメイン・ヴォーカリストとして歌っているが、それ以上にメイン・ウィスパラーというか、あえぎ担当として、東映映画で握る刀をマイクに持ち替えて、そんな声ばかり出しているんだよね。いわゆるふつうの意味で歌っている時間よりも、セクシーに、いやそのまんまのセックス描写として、あえいでいる時間のほうが長い。

歌の内容はみなさんご存知の曲がほとんどなので、なにも説明する部分はない。また池玲子の歌いかたというかあえぎかたも、まったく説明しておく必要はないはず。必要があったとしてもそれを克明に記せばただの猥褻文にしかなりませんがゆえ〜。いちばん上でリンクを貼った Spotify のプレイリストでお聴きいただきたい。それだけでなにがどう展開されているのか、みなさん分ります。

露骨なセックス関連ではないことも、最後にちょっぴり書いておこう。それは池玲子の『恍惚の世界』で聴けるバンドの伴奏サウンドについてだ。マジメなジャズ・ファン向けのことからまず書いておくと、アルバム・ラスト12曲目の「愛のきずな」にはソプラノ・サックスの短いソロが挿入されているが、それは完璧なジョン・コルトレイン・スタイルだ。そこだけ転調するしね。

1971年録音だから、ソプラノ・サックスの吹きかたはコルトレイン一色に塗りつぶされていたはず。あんな感じのソプラノ・サックスが、ポルノ・ミュージックの一部として機能して、淫美に響くのも面白い(…、ってやっぱり怒られそうだ)。この部分以外のアルバム全体で聴こえるテナー・サックスは、サム・テイラーみたいなムーディさ…、って当たり前だ。

池玲子の『恍惚の世界』アルバム全体で最も目立つ伴奏サウンドはクイーカの音だ。例のブラジリアン・パーカッション。豚の鳴き声みたいな、あのクゥイ〜〜っという音は、みなさんも耳にしたことがあるはず。僕のばあいマイルズ・デイヴィス・バンドでブラジル出身のアイアート・モレイラが使っているのではじめて耳にした楽器だ。クイーカのあのクゥイ〜っていう音が池のあえぎ声にからんで、なんだか…。こういう効果を出すことができるパーカッションだったんだ…。

アルバム『恍惚の世界』全体の伴奏サウンドは、やっぱり1971年当時の日本の歌謡曲のそれだけど、ちょっと違う部分もある。それはサイケデリック風味が強く出ているところだ。アメリカのロック・バンド、13th ・フロア・エレヴェイターズとか、あのへんのサイケ・ポップ〜ロックなサウンドに(アルバムのぜんぶでないが)とてもよく似ている。

1971年のテイチク・スタジオで、ミュージシャンたちがサイケを意識したかどうか分らないが、そもそもサイケデリアって幻惑感、陶酔感をもたらす知覚混乱の表現だから、池玲子のイクスタティック・ワールドを表現するのにはもってこいの音楽スタイルだよねえ。

2017/11/12

ジャンプ・ミュージックとはロッキン・ジャズ

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日本語題が『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、英語題が『Let It Roll - The Jumping Forties』となっている2000年の MCA ジェムズ盤 CD。だから選曲・編纂・解説は中村とうようさん。これ、”Let It Roll” っていやらしい意味だから、そのままストレートには書きにくいのだが、このアルバム17曲目に収録されているラッキー・ミリンダー楽団の同名曲では、メイン歌手の女性アニスティーン・アレンが “Let it roll, let it roll” と歌うと、男性陣のバック・コーラスがすかさず “All night long!” とリスポンスするので、それだけで英語に疎い方でもだいたい想像がつくはず。
ところでこのラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロール」は1947年録音で、お聴きになって分るようにピアノがブギ・ウギのパターンを弾き、主役歌手のコールとバック・コーラスのリスポンスがあって、フル・バンドで怒涛のようにジャンプするという、この1940年代に黒人に最も人気だったダンス・ミュージックのスタイル。解説文でもとうようさんがお書きだが、フル・バンド・ジャンプの迫力なら、ラッキー・ミリンダー楽団とライオネル・ハンプトン楽団が覇を競っていた。

そのハンプトン楽団はといえば、アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、ラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロールの直前16曲目に「ビューラーズ・ブギ」が収録されている。これもすごい。聴き手を乗せずにおくもんか!っていうようなものすごいど迫力のサウンドとダンス・リズムだ。大好きだなあ、こういう音楽。
この手のラッキー・ミリンダー楽団とかライオネル・ハンプトン楽団とかのジャンプ・サウンドって、まあジャズではあるけれど、(黒人)大衆の日常的共同体基盤から離れよう離れよう、常に上へ上へとのぼっていこうっていう上昇(芸術)志向にアイデンティティを見出すようにやってきたのがレゾン・デートルであるジャズ史からしたら、やっぱり<ハミ出しもの>だったんだよなあ。

だってさ、ジャンプ・ミュージックはあくまで泥臭く泥臭く、黒人ブルーズに強く根ざして、サウンドもリズムも、また歌のあるばあいはその歌詞も、黒人日常生活のふだんのありように密着してやっていた音楽で、ダンス向けということしか考えられていない音楽で、日常生活に根ざすということはもちろんセックスのことなんかも当たり前に出てくるし、それを隠さないばかりか露骨にアピールしているようでもある。ダンス・ビートの反復だってセックス行為の隠喩だ。

そういうアティテュードって、ジャズというよりもリズム&ブルーズとかロック・ミュージックの態度だよなあ。っていうか年代順に語れば、(やっぱりあくまでジャズである)ジャンプ・ミュージックがそんなありようの音楽だったからこそ、そこから派生誕生したリズム&ブルーズ、またそれを土台に成立したロックも、ダンサブルなセックス表現を隠さない。こういうのこそが<大衆の>音楽っていうもんですよ。

とうようさんが『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』を編んだ際の意図もまさにそこにあったに違いない。だから、今日僕が記事題にしたように、1940年代のジャンプ・ミュージックは、ロッキン・ジャズだっていうんだよね。そのダンス感覚は、1940年代にあって、20世紀末ごろからの黒人系ダンス・ミュージック、すなわち R&B とかヒップ・ホップを先取りしていた。そんな歴史的位置付けもできるし、そんなことは無関係に、とにかく聴いたら魅力的で、いつでも元気になれるんだよね。だから僕は(ブログ記事にするしないはともかく)よく聴くんだ、ロッキン・ジャズ的なジャンプ・ミュージックを。

『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』に全25曲収録されている黒人ジャンプ・サウンドは、21世紀の若いリスナー、それも二十歳前後あたりの大学生世代にも訴えかけるパワーがあるみたいだ。ってことを、あれは何年のことだったか、とにかく21世紀だけど、かつての勤務大学の音楽の講義で、この MCA ジェムズ盤から二、三曲かけた際に僕は痛感した。

その日の講義終わりにではなくて、何週か経ってからの講義終了後に教室を去ろうとする僕に、とある男子学生が話しかけてきたんだよね。戸嶋先生、こないだの『ブラック・ビートの火薬庫』っていう CD は、いまでも買えるですか?!って、あれ、よかったです、僕もほしいので中古 CD 屋さんで探してみます!って、言ってくれたんだった。どの曲を僕がチョイスして授業でかけたのかは憶えていないが、ジャンプ・ミュージック特集の週だったはずだから、ハンプトン楽団の「フライング・ホーム」やアースキン・ホーキンズ楽団のコーラル盤ヴァージョン「アフター・アワーズ」なんかと並べたはず。ホント何年のことだっけなあ?と思って mixi 日記で探したら2007年の6月26日だ。この年のこの授業二週目に、ある方と初めてお会いしたんだった。

その2007/6/26の mixi 日記を読みなおすと(この年、僕はこの講義内容のレジュメを mixi 日記に書いていた)、この日はブギ・ウギからジャンプの流れを説明し、それがリズム&ブルーズ、ひいてはロック誕生につながったことを説明している回だ。この当時の僕は歴史的仮名遣で書いていたのがそのまま出てくるのも懐かしい。それにしても僕って、聴いている音楽やそれについて語る内容が、10年経ってもまぁ〜ったく変わっていないじゃないか(苦笑)。

とうようさん編纂の『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』では、ラテン・テイストも聴き逃せないところ。こっちのほうは2007年にはそんな強くは自覚していなかったが、いまやこのアンソロジー編纂の隠し意図に違いないと確信するようになっている。

例えばアルバム6曲目、スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」(1941)ー 英語では「”ランバ”・ブルーズ」の読みが正しいし、実際そう歌っている ー とか、18曲目ルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」(1947)あたりは、聴いたらだれでもカリビアン〜ラテンなジャンプ・ブルーズだと分るほど鮮明。
露骨にラテン・アクセントを隠さないのはこれら二曲だけなんだけど、どっちもトランペッターがあの有名なキューバン・ソン楽曲「南京豆売り」のフレーズを吹いている。1930年のあの全米大ヒットが、どれだけ大きなものを北米合衆国の大衆音楽にも残したのか、よく分るよなあ。スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」もルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」も、あえて意識して「南京豆売り」を下敷きにして曲づくりしたのか?と思えてくるほど。

その他、アンソロジー・アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』でも、中南米、あ、いや、中米だけか?の音楽の痕跡は随所にある。1940年代からの黒人ジャンプって、基本的にはブルーズ、それもブギ・ウギを土台にして、ジャズ・ミュージックのなかでビート感を強め、日常生活の猥雑さもとりこんで、というかもとからあるものだからそれを隠さず出して、そこにこれまた抜きがたいカリブ音楽なまりをも隠さず表現したっていう、端的に言えばこんな音楽だと言えるかなあ。

だからリズム&ブルーズやロック・ミュージックがあんな感じになっているのも当たり前なんだよね。僕自身はどっちかというと耳がジャズ寄りの人間だから、それら同系統の音楽のなかではジャンプ・ミュージックにいちばん親近感があって、これら三者ではふだんから最もよく聴くものなんだよ。前々から毎度毎度同じことの繰返しでスンマセン。

2017/11/11

キューバン・ジャイヴ歌手ミゲリート 〜 歌のなかの演劇

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日本でも著しく評価が高いアルセニオ・ロドリゲス。ひょっとしたらいま、熱心なキューバ音楽愛好家のなかで最も高く評価されているのがアルセニオじゃないかなあ。実際、それほどの価値のある音楽家だ。そのアルセニオの無名時代、キューバで最も早い時期に目をつけた一人が、ミゲリート・バルデースにほかならない。ミゲリートは人気歌手だったから、彼が歌ってくれたおかげでアルセニオの認知度が上がった面もあるんじゃないかあ。

ミゲリートの録音をいま日本盤で買おうとしたら、格好のものが二枚ある。どっちもいつもどおり中村とうようさん編纂のもので、発売順に1998年の MCA ジェムズ盤『アフロ・キューバンの真髄〜マチートとミゲリート』、2003年のライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』。前者はタイトルで分るようにマチートにフォーカスしたような面があるので、今日は後者ライス盤のことだけを話題にしたい。MCA ジェムズ盤のこともそのうち書こう。

ミゲリートのライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』の二曲目「ブルーカ・マニグァー」であれば、キューバ音楽は例のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ関連のものだけ聴いているという方々(はけっこう多いと思う)だって耳馴染があるはずだ。同プロジェクトでイブライム・フェレールがこの曲を歌ったからだ。これ、アルセニオ・ロドリゲスの書いた曲なんだよね。
https://www.youtube.com/watch?v=s4MPKz3U8vs

ライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』に収録の「ブルーカ・マニグァー」は、オルケスタ・カシーノ・デ・ラ・プラージャ時代のもので、1937年の録音。37年なんて、アルセニオのことをたぶん知っている人のほうが少なかったはず。しかもそんなアルセニオの曲をやろうとしたのは、バンドの意向というより所属歌手だったミゲリートの取り計らいだったようだ。この「ブルーカ・マニグァー」にミゲリートが目をつけたのには、大きな意味があったと思うんだよね。アルセニオ個人を云々というよりも。

っていうのも「ブルーカ・マニグァー」という曲は、アフリカ生まれの黒人の心境を歌ったもので、しかし曲はホンモノのアフロ・キューバンというよりも、ちょっとした偽アフロみたいなもんで、アルセニオは黒人だけど、ミゲリートは混血(ムラート)だったのか白人だったのか、はっきりしない。本人は白人だと語っていたようだが、ムラートだとする研究もあるみたいだ。

そのあたり、ミゲリートが白人か混血か、イマイチはっきりとしないのだが、いずれにしても肝心なのは「ブルーカ・マニグァー」に宿る演劇性なんだよね。ミゲリートが白人だったとするならば、この曲をもっともらしく歌うのは、いわば<ウソ>だ。言い換えればそれが歌における演劇性で、歌手本人の実生活における姿と歌う内容がピッタリとはりつきすぎず、虚構性(=ウソ)を持ち、演じることで、かえって歌に迫真性が出るんだよね。

しかもミゲリートが歌うオルケスタ・カシーノ・デ・ラ・プラージャ1937年の「ブルーカ・マニグァー」は、後半部(最後の約一分間)がモントゥーノになっていて、バンドが同一パターンを反復する上で、ミゲリートがヴォーカル・インプロヴィゼイションを披露している。ソンの伝統スタイルだから、これじたいはいまさら強調するべきものではないはず。

だけど、ミゲリートのばあい、結局その歌手人生をとおし、この二要素(歌の虚構性、モントゥーノ部での即興歌)に最も力を入れて追求したんじゃないかと言えるかもしれないんだよね。ライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』だと、ほかにも例えば、やはりアルセニオの書いた4曲目「キャラメル売りが行く」(1938年録音のこれのトレスがアルセニオ自身)、やはりアルセニオの7曲目「ルンバに惚れた」(1941年、ザビア・クガート楽団時代)12曲目「空ビン買い」(1942年、マチート楽団と)、13曲目「血は赤い」(1940年代末?)、15曲目「オー・ミ・タンボー」(40年ごろ?)、16曲目「ババルー」(47年)など、すべて、この二大要素を表現したものなんだよね。

つまり歌の中身は黒人性(アフリカン・ルーツ性)を打ち出したもので、ことによってはミゲリートだとそれはウソだ。歌の中身を表現するのに、それが歌手の心の底から湧き出てくるようなもの、すなわち歌手自身の体験とか生い立ちとか立場からナチュラルに出てくるようなものだからこそ<ホンモノ>になりうるのだとお考えのみなさんにとっては、ミゲリートのこんな歌の数々は腹立たしくさえあるものかもしれない。

芸能(芸術でもいいが)表現における真のリアリズムとは、そんな薄っぺらいものじゃないんだよね。ドラマを演じる、つまり表現者本人とは異なる立場の役割を演じるお芝居、要はフィクショナルな装置によって、音楽でも文学でも作品は生み出されるのであって、ってことはぜんぶウソなんだよね。ウソという言葉が悪いならば虚構なんだ。つくりもの、でっちあげたもの、ニセモノ 〜 であるからこそ本物よりもホンモノらしい表現ができる。

ミゲリートはキューバ人歌手のなかで、歌というものが持っているこの根源的なフィクショナリティを最も素晴らしく体現した人物だった。だから彼が本当のところ白人なのか混血なのかは、そんな追求しても意味は大きくないと思う。大きな意味は、ミゲリートがそういう表現スタイルをとって歌い、聴き手にイリュージョンを体験させたのだという、こっちは間違いない事実だ。

歌のモントゥーノ部でのヴォーカル・インプロヴィゼイションにジャイヴ風味があるのだということにも少し触れておこう。それはまさに北米合衆国のキャブ・キャロウェイに通じるスタイルで、っていうかキャブの楽団だって人気があった1930年代にはキューバ公演をやることがあったはずだから、ミゲリートもそれに触れたはずだし、それがなかったとしてもキャブのレコードは間違いなく聴いていた。疑えないほど似ているばあいがある。

例えばライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』の15曲目「オー・ミ・タンボー」。これの後半モントゥーノ部において、スキャットを交えながら即興でミゲリートが歌い囃しているところなどは、どう聴いてもキャブのイミテイションだ。実際、アメリカ時代のミゲリートは、ひとからキャブの歌いかたに似ていると言われることがあったそうだし、この曲だけでなく、ライス盤でも随所でそんなような姿が聴ける。がしかし、この曲だけは意識して故意に真似している。
キャブ・キャロウェイにしろミゲリートにしろ、アメリカン・ジャイヴやアフロ・キューバン・ジャイヴなど、その他すべてのジャイヴ表現は、歌のなかに演劇舞台を設定し、そこで主役歌手(など)がお芝居を演じ、聴き手とのあいだに共有できる空間をつくりだして、フィーリングをシェアするっていう 〜 こういうものなんだよね。音楽(や各種表現)が虚構だというというのは、こんな意味なんだ。

だからキューバ人歌手ミゲリートが似非アフロを歌ってリアルにやって、ジャイヴィなヴォーカル・インプロヴィゼイションを披露するっていう、この二つはピッタリはりついた同じことなんだ。そんなふうにやったからこそミゲリートは、キューバ音楽、ラテン音楽という枠すら超えた、世界の混血音楽文化の最も偉大な実践者の一人だったと言えるかもしれない。

2017/11/10

マイルズのカリブ&ラテン(1) 〜 トニーとアレンジを聴け


この時代のマイルズ・デイヴィス・バンドのスタジオ録音は、オリジナル・アルバムから拾っていってもいいが、1998年リリースのレガシー盤六枚組ボックス『ザ・コンプリート・スタジオ・レコーディングズ・オヴ・マイルズ・デイヴィス・クインテット 1965-1968』に、当時の未発表ものも含めぜんぶ録音順に整理さているので、それからピック・アップするのがいちばん手っ取り早い。

さて、1966年録音67年発売のアルバム『マイルズ・スマイルズ』から、突如カリブ〜ラテン・ジャズ路線が顕著になってくるマイルズ・デイヴィスの音楽。前作65年の『E.S.P.』ではほぼなしに等しかったのに、ホント突然どうしたんだろう?と思うんだけど、これはマイルズだけを追いかけているばあいの話であって、広げる視野をジャズ界だけに限定しても、カリブ〜ラテンなアクセントはこの音楽の最初期からたくさんある。

だからマイルズのそんな系統の音楽だって、新しい時代への突入でありながら、同時に伝統の見直し作業でもあったわけだ。西洋のルネサンスを例にとっても分るように、っていうかそもそもルネサンスという言葉じたいが、伝統復興(によって新時代を切り拓く)という意味なんだから、人間文化ってだいたいいつもそうなんだよね。失われていた、あるいは地下にもぐっていたものの掘り起こしと再評価が、革新的文化の誕生へとつながる。

アルバム『マイルズ・スマイルズ』にはカリブ〜ラテン・ジャズ・ナンバーが四曲もある。ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズを擁する1965〜68年のマイルズ・セカンド・クインテットのことが、僕は長年ちょっと苦手で、少し敬遠してあまりちゃんと聴いてこなかった。しかし、ここでいままたふたたび君子は豹変するのです(←アホ)。『マイルズ・スマイルズ』は大変に面白い傑作アルバムだと、いまはじめて言う。

<ふつうのジャズ>として聴いたら、前作『E.S.P.』のほうが分りやすく楽しいけれど(だから30年以上前のジャズ・ディスク・ガイドには『E.S.P.』がよく載っていた)、ことカリブ〜ラテン・マイルズというところに視点を置くと、『マイルズ・スマイルズ』こそこのセカンド・クインテットのアルバムでいちばん面白く楽しい。しかしこれの次作1967年録音・発売の『ソーサラー』では、このリズム探求が深まりを見せるものの、全体で二曲に減り、その次の67年録音68年発売の『ネフェルティティ』ではたったの一曲だけになってしまう。

だからやっぱり僕としては、うんまあ『ソーサラー』はそれでもかなりいいぞと思うんだけど、『ネフェルティティ』のほうは、いまでもやはり苦手だと感じることもある。でも『ネフェルティティ』 B 面二曲目の「ライオット」は素晴らしいリズムのかたちをしていて、これこそこのアルバムでいちばんイイ。僕にはね。特にトニーのドラミングがすごいよなあ。
この「ライオット」はハービー・ハンコックが書いた曲で、ハービー自身も自分のリーダー作『スピーク・ライク・ア・チャイルド』で再演している。そっちのホーン編成はちょっと風変わりな三管だから、そのサウンドは面白いが、リズムはこりゃもうどう聴いたってマイルズ・ヴァージョンのほうが素晴らしい。トニーの頭がオカシイせいで。『スピーク・ライク・ア・チャイルド』ヴァージョンの「ライオット」はこれ。
マイルズ・ヴァージョンの「ライオット」を聴くと、トニーってどうしてこんなドラミングができるんだろう?って思っちゃうなあ。(特にハイハットで)4/4拍子をステディにキープして表現しつつ、同時にスネアの打面やリムやシンバルで8ビート系の細かく込み入ったリズム・アクセントをつけている。アクセントなんてもんじゃなく、全体的にほぼ8/8拍子になりつつあるが、ジャズの保守本流にも目配せしているんだよね。すごいすごいと関心しきりの僕なんだが、もっとシンプルな8ビートになってくるのが、当時は未発表だった、1967年暮れと68年頭録音の「ウォーター・オン・ザ・パウンド」と「ファン」。
お聴きになって分るように電気楽器が導入されている。マイルズがそれを使うようにとバンド・メンに指示した最初期の二例だ。しかもこれら、どっちもまごうかたなきカリビアン・ジャズじゃないか。だれが聴いたって分る鮮明なカリブ音楽色が濃厚に出ている。いま聴くとこんなに面白いことをマイルズ・バンドはやっていたんだと思うのに、この二曲「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」は、1981年リリースの未発表集『ディレクションズ』に収録されるまでまぁ〜ったくのお蔵入り状態だった。どうしてだったんだ〜っ?!ティオ・マセロ〜〜っ!

これら二曲で聴ける音楽は、1968年の作品『キリマンジャロの娘』を疑いなく予告しているし、もっと言えば1970年代になってマイルズも探求し成果を発表するようになる、例えば「マイーシャ」とか「カリプソ・フレリモ」とか、その他いくつもあるラテン(〜アフリカン)・ファンクなマイルズ・ミュージックに、直接、つながっている。

「ウォーター・オン・ザ・パウンド」と「ファン」。どっちも面白いが、比較すると「ファン」のほうがより鮮明なカリビアンで、明るい陽光のもとにあるような曲調。リム・ショットを頻用するトニーのドラミングも楽しいが、それとあいまってトランペット&テナー・サックス二管が演奏するモチーフが間違いなくカリプソだ。さらにそのモチーフ演奏後、エレキ・ギターのバッキー・ピザレリとウッド・ベースのロン・カーターがダブル・ラインでリフを演奏して、その反復の上にホーン・ソロが乗っていたりするっていう面白いサウンド創り。

もうお分りでしょう、そう、これはかなりはっきりと強くアレンジされている。それも譜面化していないとやりにくいようなアレンジだ。それを書いたのがギル・エヴァンズだと、かなり最近僕は知った。たしかになぁ、マイルズにも当時のサイド・メンのだれにも書けなさそうな複雑なリズム+鍵盤+ホーン三位一体のアレンジで、ギルだと知れば、1968年初頭あたりの仕事で思い当たる似たようなものがあるもんなあ。

ここまで来てようやく最初に戻れるのだが、『マイルズ・スマイルズ』になった1966年10月24、25日の録音セッションで、かなりな部分、ギルがアレンジで協力したそうだ。こっちは自分で得た確証がないのだが、証拠が残っている68年1月12日の「ファン」や、またその後のアルバム『キリマンジャロの娘』(はギルとの実質コラボ作だから)になった68年6月と9月のセッションなどで聴けるサウンド・アレンジと、『マイルズ・スマイルズ』で聴けるものは、スタイルが似ているんだよね。

『マイルズ・スマイルズ』でギルが協力してアレンジを書いたのは、録音順に「オービッツ」「フリーダム・ジャズ・ダンス」「ジンジャーブレッド・ボーイ」「フットプリンツ」の四曲だと思うのだが、どうだろう?たしかにそうだと聴こえないだろうか?リズム演奏も、トニーが一人で勝手に暴れているようでいて、実はロン、ハービーの二名と有機的かつ複雑にからみあっていて、それは100%の即興ではやりにくそうだ。サウンド・テクスチャーだって練られているし、それの上でホーンの二人が吹くテーマだって、ストレートに合奏している部分は少ない。
リズム・セクションがストップ&ゴーを繰返しながら、その合間を縫うように二管アンサンブルでテーマが演奏されたり、テーマ部でもトランペットかテナー・サックスの一人だけがまず出て、その後二管アンサンブルになったかと思うと一管に戻ったりなど、こんな緊密で細かいアレンジは、マイルズ(・バンド)だけの発想だと、それまであまりないんだよね。

ただトニーのドラミングだけは、<ある程度まで> 自由にやらせてもらっていたと思う。8ビート系のリズムをマイルズ・バンドに本格的に持ち込んだのだって、最初はたぶんトニーだったと僕は踏んでいる。『E.S.P.』の「エイティ・ワン」があるからまずはロンだったかもしれないが、それを4/4系とのパート分割ではなく、同時演奏のなかに混在させてポリリズミックにする発想はトニーのものに違いない。

それで上で四つご紹介した『マイルズ・スマイルズ』の四曲みたいなリズムとサウンドの面白さが誕生した。しかしここにギル・エヴァンズが一枚噛んでいたとは、僕は最近まで気がついていかなったんだよね。『マイルズ・スマイルズ』でギルの知恵を借りてできあがり、1968年1月のカリビアン・ジャズ・ピース「ファン」でまた借りてそんな路線を発展させ、その数ヶ月後に録音したアルバム『キリマンジャロの娘』では、ふたたび全面タッグを組んだんだよなあ。

このあたりからのマイルズ・ミュージックは、聴くべきものがテーマとかソロとかの演奏内容ではなく、リズム・フィールやサウンド・テクスチャーや、要は雰囲気(ムード=モード)一発になる。

2017/11/09

栄誉殿堂の倉庫で眠っていた詠み人知らずの宝たち(1)

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(1)としているのは、この英 KENT 盤のシリーズは第三集まであるからだ。すなわち『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』のこと。アルバム題どおり、全24曲、フェイムの倉庫に眠ったままになっていた未発表曲集で、たった三曲だけ混じっている既発のものも初 CD 化だということらしい。

そんなフェイムのサザン・ソウル最深部(の話を僕なんかがしてもいいのだろうか?)、ソウル音痴の僕が知っている名前なんか…、と思うと少しだけいるよ。ジミー・ヒューズ、クラレンス・カーター、オーティス・クレイ、ジョージ・ジャクスン、この四名は僕も少しだけ知っているし聴いている。が、ほかはマジで全員知りません(^_^;)。曲はオーティス・クレイの歌う16曲目「アイム・クォリファイド」、クラレンス・カーターの歌う13曲目「テル・ダディ」(エタ・ジェイムズ「テル・ママ」の男性版)、ラストに収録の「フォー・ユー」を知っていただけ。でもブックレットを眺めたら、ダン・ペンの書いた曲とかもけっこうあるなあ。

あっ、ダン・ペンといえば、彼の『ザ・フェイム・レコーディングズ』という一枚、これも英 Ace 盤だが、これに収録されている曲が『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』にもあったりする。例えば後者九曲目の「キープ・オン・トーキング」。これは前者の一曲目だ。う〜ん、おかしい、知っていたはずなのに。後者で歌うのはプリンス・フィリップス…、ってやっぱり知らん(^_^;)。

ジミー・ヒューズ、クラレンス・カーター、オーティス・クレイ、ジョージ・ジャクスンの四名は、ソウル・ミュージックに超疎い僕ですら馴染のある名前なので、今日はまったく触れる必要がないはず。しかしかといってほかの歌手や曲について書けるのか?と言われたら書けるだけのものを僕は持っていないので、さあ困ったなあ。まあでもこの『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』、聴いて楽しいことは間違いないよ。

フェイムで録音したソウル歌手のなかでの有名人というと、例えばやっぱりクラレンス・カーターや、それからスペンサー・ウィギンズやキャンディ・ステイトンあたりかなあ。すなわち基準はソウル素人の僕でも名前を知っていて聴き馴染があるかどうかってことなんだけど、これら三人の歌には親しんでいる。オーティス・クレイにフェイム録音があったことは実はまったく知らず、日本公演盤でよく知っている「アイム・クォリファイド」がそうだったなんて…(だれも説明してくれないしな)。でもクレイはやっぱりハイの人だよね。

『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』に収録されているなかに女声歌手は、3曲目のジューン・コンクェスト、6曲目のジャッキー、17曲目のメイジャリー・イングラム、23曲目のトラヴィス・ワマックってのを除き、いない。ほかは全員男性歌手。みんな、どうして”アナザー”・キャンディ・ステイトンや”アナザー”・クラレンス・カーターみたいな存在になれなかったのか?そもそも発売すらされなかったのはどうしてなのか?かなり不可解に思う。

なかにはひどい扱いのものがあるんだぜ。アルバム18曲目「ラヴ・チェインジズ・ア・マン」なんか、歌手名クレジットが “unknown male” だもんね。曲もだれが書いたものか記載がないからなんのことやら分らないが、なかなか悪くない。三連の典型的サザン・ソウル・バラードで、エレキ・ギターとベースとドラムスとオルガンだけの伴奏で、こう歌う 〜 うまく説明できないけど君のことが好きになってすべてが変わっちゃった、間違っているかもしれないが、いまはこれでいいんだと分っている、どこにも行かないでくれ 〜 という男の心情を、わりと淡々とアッサリ目のフィーリングで歌っている。

その不明男性歌手は、声の出しかたやフレイジングのはしばしから判断して、どうも白人なんじゃないかという気がするんだけど、なんでもフェイムのテープ倉庫には、こんなだれだか特定不可能になってしまっている録音が山のように眠っているんだそうだ。実際、『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』の第二集と第三集にも少し入っている(気がしているが、いま確かめていない)。

日本の歌の世界で言えば、詠み人知らずってやつかなあ。名前が残らなくても(和)歌だけ遺っているっていうやつ。作品のできばえさえ素晴らしければ、作者や演者はアノニマスでも作品は生きのびるっていう、そんな世界がアラバマのマスル・ショールズにもあったんだよね。もちろんサザン・ソウルだけでなく、そもそも世界各地の伝承曲、トラッド、フォークなんかは、そっちのほうが当たり前だ。

そう考えると、まあたんに僕がソウルの世界を知らないだけだから馴染の名前が少ないだけなんだけど、それでも十分オーケーなんじゃないか、音楽を聴いて楽しむのに、あんまり名前とか関係ないよな、これはだれだ?データはどこだ?ってふだん僕も(みんなも)うるさすぎるんじゃないの?っていう気分になってくる。やっぱりマニアックなコレクター向けのものが多いんだそうな『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』だけど、こうやって CD で手軽に、マニアではない僕でも楽しめるほうがいいじゃん。

アルバム『ホール・オヴ・フェイム~レア&アンイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールツ』のラスト24曲目には、これはオマケというような位置付けなのか、ジョージ・ジャクスンが「フォー・ユー」を、たぶん本人のピアノ弾き語りで歌うのが収録されている。

この「フォー・ユー」は、こっちは僕もよく知っているつもりの、やはりフェイム時代のキャンディ・ステイトンが歌ったラヴ・バラードだ。これ、いい曲なんだよね。この曲は書いたのもジョージ・ジャクスンだが、忘れていた。キャンディのフェイム録音集のクレジットを見ていなかった証拠だなあ。いやあ、マジでいい曲です。ってことはピアノ弾き語りのこのジョージ・ジャクスンのヴァージョンは、録音状態もイマイチだし、キャンディかだれかのためのガイドとして、ひょっとして自宅かどこかで録音したデモみたいなものなんだろうか?

「フォー・ユー」。もちろんキャンディが歌ったものがチャーミングで好きだけど、男性ジョージ・ジャクスンがピアノだけ弾きながら淡々と歌うと、やっぱり同性だからなのか、女性に向けて歌いかけている心情に、そのままストレートに、心の底から共感して、泣けてくる。君のためだったら、僕はなんでもするよ、君のためなら一からやりなおせるんだ、僕のすべては君のため、君こそいまの僕のぜんぶなんだ、だからシンプルに僕の名前を呼んで、という歌。ちょっと聴いてみて。

2017/11/08

モーリタニアの女性グリオに、砂漠のブルーズと、ロックはあるか?

「ムーア音楽の旋法体系を、大づかみながら理解できた」とおっしゃる荻原和也さんが、そのきっかけたる来日時のヌーラ・ミント・セイマリに都内でインタヴューなさった内容が掲載されている『ミュージック・マガジン』11月号(10/20発売済み)。僕みたいな半端者が読んだって到底理解できるはずがないと思いつつかなりジックリと熟読し、やはりほぼなんのことだか分らなかった(ブハールという旋法のところ)。これは萩原さんのせいではなく、僕がムーア音楽と、それを語るヌーラのことについてあまりにも知らなさすぎるせいだ。

まあそれははじめから覚悟していたことだけど、それでも丁寧なヌーラの言葉と、それを日本語にしてやはり丁寧な記事にしてくださった萩原さんのおかげで、実にたくさんの情報に、理解できないなりに、接することができて、僕なりに大収穫を得た記事だった。モーリタリアのこの女性グリオの音楽が好きだ、興味があるというみなさんは必読の『ミュージック・マガジン』11月号 pp. 94〜97であります。

さてその記事本文のなかで僕がいちばんビックリしたのは「ヌーラの音楽は、一般に ”砂漠のブルース” として受け止められている。」というワン・フレーズ。はっきり言って衝撃ですらあった。はじめて読んだ。僕はいままでヌーラの(ワールド向けの)二枚のアルバムを、砂漠のブルーズだと思って聴いたことがまったく一度もない。この二つはかなり違うんじゃないの〜?

ヨヨヨ〜っていう女声の例のお囃子が入るという共通点もあるが、エレキ・ギターのスタイルも、リズム・フィールも、ヌーラと、例えばティナリウェンなどではだいぶ違う。さらに最も大きな違いがメイン・ヴォーカルだ。砂漠のブルーズに分類されているバンドのメイン・ヴォーカリストは、だいたいいつもボソボソと下を向いて言葉を落とすかのように、まるで口ごもりながら、つぶやいているような歌いかた。

ヌーラはグリオですがゆえ〜、そんな歌いかたなど絶対にありえない。西アフリカ地域などのグリオたちや、またグリオではないが、パキスタンのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンや、あるいはアメリカのリズム&ブルーズやソウル界の歌手たちのように、かなり堂々と大きく声を張って、かなりよく通る声で、大きくシャウトしている。ヌーラは実に立派な朗々たる声で歌い、コブシ廻しも激しくグリグリとやっている。口ごもって言葉をボソボソ下に落とすかのようなつぶやきヴォーカルとはまったく接点がない。

まったくないってことはないか。フレイジングにアラブ音楽歌手の歌いかたの影響がかなりあるという点においては、ヌーラと砂漠のブルーズ・バンドのヴォーカリストたちは、同じものを持っている。あと、エレキ・ギターのサイケデリック風味は共通点だ。フレイジングも似ている。でもなあ、聴いた際の第一印象が真反対だもんなあ(僕だけ?)。う〜ん、ヌーラも二枚のアルバムでその音楽を愛好するだけで、何語でも文字情報をほぼ読んでこなかった僕だけの印象なんだろうか?と思ってちょっと日本語でネット検索してみると、出てきますね、たくさん(^_^;)、ヌーラのアルバムについて、ティナリウェンとか砂漠のブルースとかいう文字列が。う〜〜ん…、似てないでしょう?

アルバムを聴くだけって言うのは、僕の持つヌーラのワールド・マーケット向けの二枚『ティザンニ』『アルビナ』は、どっちもオリジナルの独 Glitterbeat 盤なんだよね。英語で説明文が、それもバンドのアメリカ人ドラマーにしてプロデューサーでもあるマシュー・ティナリの書いたものが(『アルビナ』のほうには署名がないがたぶんマシューだろう)掲載されている。だが、それも読んでいなかった。

『ティザンニ』『アルビナ』二枚とも日本盤があるそうだ。またヌーラはオフィシャル Web ページを持っていて、そこがこの音楽家について最もたくさんの情報がある場所だと思う。詳しめの英語の文章もあるし、写真や動画も豊富で、アルバム収録曲の視聴もできる。その文章はこれから読もうっと。
モーリタニアの女性グリオであるヌーラだから、書いたようにヴォーカルにかなりの強靭さがあって、僕なんかにとってはそれこそがこの人の音楽で最もチャーミングに聴こえるところ。強くて、突き刺すように鋭くて、しかも反面、繊細に節廻しをやる…、ってつまりふつう一般の最もすぐれた歌手たちが、全世界共通で持っているばあいが多い馴染の資質だ。それにしてもヌーラの声には迫力があるよなあ。

ヌーラがアルディンという伝統弦楽器(ハープみたいなもので、ちょっと見がコラに似ている)を弾きながら歌うのは、ムーア音楽の伝統そのままだ。夫であるバンドの中核ジェイシュ・ウルド・シガリは主にエレキ・ギターだが、一作目の『ティザンニ』では、やはりムーア音楽の伝統楽器ティディニート(ほぼンゴニ)も少しだけ弾いていた。それにエレベとドラムスが加わるあたりは、ヌーラ独自の現代的解釈で、モーリタニアの伝統ムーア音楽を刷新しよう、新しい時代、21世紀にも訴求力のあるものにしようという試みなんだろう。

その試みは冒険とか実験などという域をとっくに超えて、立派な完成品になっている。2014年のワールド・デビュー作『ティザンニ』の前にローカル・リリースの EP などがあるみたいだから、それらではどうだったのか、僕には分らない。2014年のこの四人編成バンドの根幹はヌーラ+ジェイシュ+マシューの三人編成なんだろうが、それを結成してツアーしたりフル・アルバムを録音(は二作とも米ニュー・ヨークで行われているのは、アメリカ人マシューがプロデューサーであるからだろう)したりした時点では、伝統ムーア音楽を素晴らしくモダン化した完成品になっている。

2014年の『ティザンニ』と2016年の『アルビナ』では、僕は新しいほうである後者のほうが、サウンドがよりタイトになって、一層完成度が高いように聴こえていて好みだし、実際出来も上だと確信しているが、音楽性の根本はなにも変わっていない。ワールド・デビューしたので、ヌーラ自身のバンドでの活動の場が世界で急増して、それで音楽に磨きがかかったということかもしれない。

ヌーラのヴォーカルとアルディンじたいはモーリタニアの女性グリオの伝統にのっとったものだと思うし、また、夫ジェイシュの弾くエレキ・ギターとマシューのドラミングも、確かに「ロック的な要素を取り入れたのは、むしろ伝統音楽を強化するためだった」に違いないものだろう。だけれども、できあがったアルバム二枚を聴いて、そこに「ロック」を感じないリスナーは、ふつうは少ないんじゃないかと僕は思う。マシューのドラミングについても「ロック・ドラムというより、もっと現代的なジャズのリズム・アプローチを感じる」っていうのは、さすがにロック嫌いな萩原さんらしい言葉ではあるけれど、こ〜りゃどう聴いたってロック・ドラミングだよなあ。このシャープなタイトさは。

ジェイシュのギターがクォーター・トーンを出しやすいようにフレットなどをカスタマイズしてあって、ジェイシュ自身もインタヴューで、ティディニートの奏法をエレキ・ギターに置き換えただけで、ロック・ギターの影響はないと語ってはいるが、二枚のアルバムでのできあがりを聴く限り、こ〜りゃどう聴いたって1960年代後半〜70年代初頭あたりのサイケデリック・ロックでのギターにそっくりだ。本質的に違うものだとしても、できあがりは似ている、というかほぼ同じ。

バンドのリズムもヌーラの歌いかたも強烈にトランシーだけど、ジェイシュの弾くエレキ・ギターも幻惑的で、サイケデリック・ロックのそれと同質のもののように、僕には聴こえるなあ。フランジャーかけまくって飛びまくって、ヌーラのヴォーカルにからみ、本人がどう否定しようとも、ある種のロックっぽさは隠しようがないと、アルバムを聴いて判断する限りでは、そう思いますけれどね。

『ミュージック・マガジン』11月号掲載の荻原和也さんの記事末尾では、「次のアルバムは、モーリタニアでのライヴ録音を考えている」との、プロデューサー、マシューの言葉があるのは、とても楽しみ。ヌーラ・ミント・セイマリのこういった音楽は、ライヴになると一層迫力を増すに違いなく、どんなライヴ・アルバムができあがるのかワクワク。来年あたりかなあ?

2017/11/07

ザッパの「インカ・ローズ」




ありゃりゃ〜〜っ!?フランク・ザッパの「インカ・ローズ」って、あの『黙ってギターを弾いてくれ』(Shut Up 'N Play Yer Guitar)にも入っているのか?持っているぞ、その CD 三枚組。組じゃなくてバラか?もともとのパッケージングがどうだったか、もう忘れてしまったが、とにかく現状、僕の部屋のなかでは三枚バラだ。売り場では箱かなにかに入っていたかもだけど。

しかし『黙ってギターを弾いてくれ』で曲題が「インカ・ローズ」になっているものは当然一つもない。そりゃそうなんだよね、このアルバムは、録音魔でもあったザッパのライヴ・ステージ・テープから、本人のギター・ソロ部分だけを抜粋して並べて収録したもので、アルバムにする際に新たなトラック名が付けられて、だからもとはどの曲だったのか、聴かないと分らない。ってことは、これに「インカ・ローズ」のギター・ソロが含まれていることを忘れていた僕は、このギター・アルバムをちゃんと聴いていなかったという証拠だなあ。

それであわてて『黙ってギターを弾いてくれ』三枚を頭から聴きなおしているのだが、う〜ん、これは分りにくい〜。ネットで探したがそれらしき情報を僕は見つけられなかったので、自分の耳だけが頼りだが、コード進行もないからそれに頼ることもできないんだ。「インカ・ローズ」のギター・ソロ部はコード進行なんかないんだよね。Cメイジャーのワン・コード一発で弾いているんだよね。ってことは「インカ・ローズ」のギター・ソロかどうかを判断する根拠は、フレイジングとか雰囲気とか、そんなものだけか?手がかりはマジでそれだけ?ってことは、これは絶望的だよなあ。うわ〜、どうしよう……?

ホントに素人でザッパについてもさほど熱心ではない僕が判断する限り(いや、マジで信用しないでくれ)、アルバム『黙ってギターを弾いてくれ』に、アルバム・タイトル・トラック「黙ってギターを弾いてくれ」が、少しずつ曲題を変えて計三つ収録されているのだが、それが「インカ・ローズ」のソロなんじゃないだろうか??…、ってこれ、ホント間違っていたらどうしよう…??もうあらかじめ謝っておく。あ、いや、ちょっと待って、「ジー、アイ・ライク・ユア・パンツ」ってのも「インカ・ローズ」のソロかもしれないなあ。

まあたぶん、ひょっとして、そうだと思うんだよね。アルバム『黙ってギターを弾いてくれ』で一枚に一個ずつ収録されている「黙ってギターを弾いてくれ」(云々)と「ジー、アイ・ライク・ユア・パンツ」が、もとは「インカ・ローズ」でのザッパのギター・ソロなんだと思う。ってことはあれか、この僕の推測が当たっているとすれば、そもそもこんな曲題、アルバム題にしているってことは、これ、「インカ・ローズ」アルバムみたいなもんじゃないか。う〜〜ん、いまのいままでマジで気づいていなかった。どこかにちゃんとした情報載ってないのかなあ?『黙ってギターを弾いてくれ』って、要は『”インカ・ローズ”を弾け」という意味になっちゃうよなあ。

がしかしなんどか聴いてみたそれら『黙ってギターを弾いてくれ』収録の4トラック。やっぱりこれはギタリストとかギター・マニア向きだなあ。アルバム全体がそうなんだし、「インカ・ローズ」のソロっぽいなとは思うものの、この楽曲の面白さや魅力、魔法みたいなものは、当然消えている。ザッパ自身が「インカ・ローズ」ではギター・ソロにこだわっていたことが強く伝わってくるものの、なんというかまあその〜、これら4トラックばかりなんども聴いたら、もうお腹いっぱいという気分になっちゃった。だからこのギター・アルバムの話はここまでにする。

ザッパ自身がギター・ソロにこだわって云々といっても、僕の持つ「インカ・ローズ」最初期ヴァージョンにそれはない。死後リリースになった『ザ・ロスト・エピソーズ』収録のもので、録音は1972年となっている。その後の各種有名ヴァージョンとの違いは、大ざっぱに言って六つ。(1)ヴォーカルがないインストルメンタル。(2)ギター・ソロもない。(3)例のキャッチーなリズム・リフはかなり弱い。(4)ヴァイオリン奏者が参加している。(5)かなりジャジーだ。(6)三拍子になる時間がわりとある。

『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンの「インカ・ローズ」は短くて、三分ちょいしかないのだが、それなりに展開はしている。やっぱり面倒くさそうで難しそうなアンサンブル・パートに続き、パッとリズムや曲調がチェンジして、トロンボーンとフルートのソロになる。その部分が三拍子。フルートはイアン・アンダーウッドで、トロンボーンはブルース・ファウラー。ザッパはどこでギターを弾いているのか、あまり、というかちょっとしか分らない程度の音しか聴こえない。アンサンブル・パートの譜面はやっぱり見事だが、演奏面ではルース・アンダーウッドのマリンバが大活躍。

僕の持つ「インカ・ローズ」は、ほかに三つだけ。発表順だと『ワン・サイズ・フィツ・オール』『ユー・キャント・ドゥー・ザット・オン・ステージ・エニイモア Vol,. 2』(ザ・ヘルシンキ・コンサート)、『ザ・ベスト・バンド・ユー・ネヴァー・ハード・イン・ユア・ライフ』。前者二つはほぼ同じものだと言って差し支えないはずだ。

一番上でリンクを貼った Spotify の自作プレイリストで聴き比べてほしいのだが、『ワン・サイズ・フィツ・オール』も『ザ・ヘルシンキ・コンサート』も演奏メンツは完璧に同じ。さらにかなり有名な事実だが、両者のギター・ソロは同じものだ。1974年9月22日のヘルシンキ・ライヴの「インカ・ローズ」からギター・ソロだけ抜き出して、ほかはスタジオ録音した『ワン・サイズ・フィッツ・オール』ヴァージョンに挿入してある。

聴き比べていただけば分る話だが、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』ヴァージョンでも『ザ・ヘルシンキ・コンサート』ヴァージョンでも、ギター・ソロが同じものであるばかりか、曲「インカ・ローズ」の演奏全体がほぼ同じだ。微細な部分での完成度の違いしかなく、あ、いや、それだってほぼ違わないじゃないか。ジックリ聴き比べても、スタジオかライヴかの音の質感、空気感、音場感、そしてミックスしか違っていないかのように思える。チェスター・トンプスンのベース・ドラム・ペダルの踏み方が『ザ・ヘルシンキ・コンサート』でのほうがすごいように聴こえるのも、たんに録音とミックスのせいかもしれないなあ。

ギター・ソロ部を除くと、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』ヴァージョンの「インカ・ローズ」のほうが先に録音されたんじゃないかと僕は推測している。これはどこかにデータ記載があるはずと思うのだが、どうなんでしょう、ザッパをよく知るみなさん?だって『ザ・ヘルシンキ・コンサート』での「インカ・ローズ」のあの完成度の高さ、しかも同じメンツのバンドによるものだということを踏まえると、『ザ・ヘルシンキ・コンサート』の1974年9月より前にスタジオで完成していて、つまり綿密なリハーサルも繰返し本番テイクの録音だって終わっていたから、ヘルシンキであんなライヴ演奏ができたのだとしないと、ちょっと理解に苦しむ。

だから同一メンツのセクステットであるザッパ・バンド(この当時ふたたびマザーズ・オヴ・インヴェンション名)で、1974年9月のヘルシンキ・ライヴの少し前、おそらくは夏ごろに、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』収録の「インカ・ローズ」は録音が終わっていたはず。中間部のギター・ソロだけスタジオでは違うものを演奏したんだろうね。そこだけはヘルシンキ・ライヴでの出来がいいとザッパが判断して、切り取って挿入したんだろう。それを編集してあるので、曲全体の長さが二分だけ違っているということじゃない?

さてさてしかしここまで、「インカ・ローズ」のどこがどうカッコイイのか、ぜんぜん説明していないなあ。まずとにかくあの冒頭部のダンダダン、ダダダダ、ダンダダンの変拍子リフが、ぜんぜん変拍子に聴こえないナチュラルでストレートなカッコ良さ。あんなカッコいいイントロなんか、どんな音楽でもそうは聴けない。しかもあれ、ルースのマリンバとトム・ファウラーのベース二名だけのユニゾンなんだけど、考えられないよなあ。二名のユニゾン・リフに、ザッパとジョージ・デュークが、歌詞テーマらしいスペイシーなサウンドをからめ、鍵盤奏者が UFO の歌を歌いはじめる。

カッコイイなあ〜と思いながら聴いていると、しばらく経ってリズムが止まって、やっぱりいつもザッパらしく言葉のやりとりによる寸劇的展開に入る。たぶんザッパとジョージ・デュークとナポレオン・マーフィー・ブロックの三人が会話しているんだと思うが、その背後でもルースとトムとチェスターが細かいリズム合奏を入れている。寸劇はあんがいあっという間に終わって、ふたたびリズムが流れはじめ歌に戻る。その瞬間の快感なんかタマランよなあ。

その後もやはりルースのマリンバを主役に細かいアンサンブルが入っているが、そのパートが終わると、いよいよザッパのギター・ソロに入っていくのだ。それが素晴らしすぎる内容なのは説明不要だから省略。ギター・ソロの背後でのトムのベース・ラインだって、チェスターのドラミングだってカッコイイぞ(その部分はこの三名だけの演奏)。ひゃ〜〜、なんて気持エエんや〜っ!

ギター・ソロが終わるとスキャットのヴォーカル・コーラスがあって、その後やはりストップ・タイムを多用しすぎる細かい楽器アンサンブル・パート。演奏は相当難しそうな32分音符や64分部音符ばかり。ジョージ・デュークの、エレピなど鍵盤楽器ソロがあって(そのパートでのリズムはフリー)、続いてルースのマリンバ独奏、そして女声も混じっているからルースも歌っているであろう、チョ〜舌を噛みそうな、というかこんなメロディほぼ歌えませんっていう合唱パートになる。その最後で「On Ruth, On Ruth, That’s Ruth」と来て、「インカ・ローズ」は終わる。そこはやっぱりリズムがなんども止まり寸劇的。

ありゃ、『ザ・ベスト・バンド・ユー・ネヴァー・ハード・イン・ユア・ライフ』収録の1988年ライヴ・ヴァージョンの「インカ・ローズ」についてまったく触れないまま終わってしまいそうだ。大づかみな構成は、後半部で(鍵盤ソロの代わりに)ソプラノ・サックス・ソロのパートがあるだけで、ほかは1974年ヴァージョンと似たり寄ったりだ。ボスのギター・ソロ内容は、もちろんかなり違っているけれど。曲の最後の「On Ruth, On Ruth, That’s Ruth」部の Ruth は Bruce に変更されているが、これはトロンボーンのブルース・ファウラーのことだね。

2017/11/06

フィーリンが隠し味のナット・キング・コール戦後録音盤(&スペイン語歌曲集プレイリスト)

ナット・キング・コール。1940年代初期のトリオものが一番好きだというのは、だいたいみなさん同様だと思う。デッカとキャピトル(時代の初期)に、ピアノ+ギター+ベースのトリオ編成で残した作品の数々は、特にデッカ時代のものなど、ときおりジャイヴ・ミュージックとして扱われたりもするよね。たしかにちょっと辛口な感じだが、僕の耳にはナット・キング・コールのトリオものは、デッカ時代も初期キャピトル時代もほぼ似たように聴こえる。

それでも、ナット・キング・コールにとって最初期からのレパートリーで代表曲の「スウィート・ロレイン」を、デッカ録音ヴァージョンとキャピトル録音初回ヴァージョンで比較すれば、う〜ん…、やっぱり違うなあ。だいたいが大甘な曲ではあるのだが(だからナットはそもそもそういう歌手だ、後年のポップ歌手時代よりもずっと前のデビュー期から)、デッカ・ヴァージョンはややテンポ速めで甘さ控えめのビター・チョコ。キャピトルへの初回録音ヴァージョンで少し砂糖とミルクを増やしている。

っていうかさぁ、音楽における大甘味がどうしてそんなにダメなのか?除外しないとイケナイものなのか??ラヴ・ソングなんて甘けりゃ甘いほどいいじゃないか!?どうしてなんだ??サァ〜ッパリ分らんぞ〜っ!!ていう根源的な大疑問がおおむかしから僕のなかにはあるんだけど、ここを掘り下げようとすると、実にいろんなところの実にたくさんの方々のたくさんの発言にツッコミまくらなくちゃいけないことになる。そんな時間も精力もないので、ため息だけついて諦めているんだよね。ハァ〜。

まあそんな甘口ラヴ・ソングの「スウィート・ロレイン」を、ナット・キング・コールは第二次世界大戦後もキャピトルに再録音し、アルバム収録されてリアルタイムでリリースされている。1956年録音57年発売の『アフター・ミッドナイト』だ。大学生時代からの僕の最愛ナットなので、このアルバムの話を今日は少ししておきたい。

「スウィート・ロレイン」を再演していると書いたが、『アフター・ミッドナイト』オリジナル・フォーマットのレコード収録全12曲は、ほぼすべて有名なポップ、ジャズのスタンダード曲ばかり。「スウィート・ロレイン」以外でナット・キング・コールのイメージが定着しているものは、CD だと5曲目の「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」と、ラスト12曲目の「ルート 66」だよね。

前者はいろんなジャズ歌手もよく歌うものなので100%説明不要だ。後者「ルート 66」は、ロック・シンガーだってよく歌うので、ジャズ寄りのポップ・ミュージックをお聴きでない方だってご存知のはず。ローリング・ストーンズもデビュー・アルバムでやっていたよね。僕はあのストーンズ・ヴァージョンの「ルート 66」がかなり好き。そもそもあのアルバムで一番好きなものがこれだっていう…、ダメでしょうか、こんなストーンズ・リスナーは?どうですか、僕と同い年の寺田正典さん?

「ルート 66」。かたちは定型12小節のブルーズ楽曲で、リズム&ブルーズ界でもスタンダードだったので、それでストーンズもやったんだろう。ボビー・トゥループの書いた曲だよね。しかしこれをいちばん最初に録音しヒットさせたのが1946年のナット・キング・コール・トリオだったんだよっ。だからさっ、黒人音楽〜ロックの愛好家のみなさんも、ナット・キング・コールとか、このへんのジャジーなポップ・ミュージックのことも頭の片隅においといてほしいんだ。

必要ないけれど、念のためちょっとご紹介しておこう。「ルート 66」。

ナット・キング・コール(1946)https://www.youtube.com/watch?v=ia5KTZvUFIs
ローリング・ストーンズ(1962)https://www.youtube.com/watch?v=O1fr5An_LyA

ストーンズは、明らかにチャック・ベリー・ヴァージョンを下敷きにしているよね。
このへんもぜんぶひっくるめてナット・キング・コールが最初に歌ってヒットさせた、っていうかそもそも作者のボビー・トゥループは、人気があったナットのトリオにやってほしくて「ルート 66」を書いたのかもしれないよね。曲題と歌詞内容の意味するところはまったく説明不要だと思う。

そんな「ルート 66」を1956年に再録音したナット・キング・コール。その『アフター・ミッドナイト』収録ヴァージョンはこれ。どうしてこういう画像を使ってあるのかは知らないが、間違いなくこれだ。
お聴きになって分るようにトリオ編成の三人だけではない。ナット・キング・コール・トリオの本人以外の二名は、当時のレギュラー・メンバーだったジョン・コリンズ(ギター)とチャーリー・ハリス(ベース)。これにくわえまずドラマーがいる。それは当時のこのレギュラー・トリオにときたま参加してカルテット編成になることがあったリー・ヤング(かのレスターの弟)。

そしてミュートを付けたトランペットの音がオブリガートとソロで聴こえるよね。それがハリー・”スウィーツ”・エディスンだ。キャピトル盤『アフター・ミッドナイト』の1956年録音時には、上記カルテットを土台に、基本、一名ずつゲスト・プレイヤーを迎えてセッションが行われた。8月15日のスウィーツ・エディスン、9月14日のウィリー・スミス(アルト・サックス)、9月21日のファン・ティゾール(トロンボーン、このときはパーカッショニストも参加)、9月24日のスタッフ・スミス(ヴァイオリン)。これでセッションはコンプリートだ。

むかし大学生時代の僕は、スウィーツ・エディスンの参加した「ルート 66」「スウィート・ロレイン」「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」や、ウィリー・スミスが艶っぽいアルトを吹く軽快なオープナー「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」、やっぱりナットもウィリー・スミスも甘い「ユア・ルッキング・アト・ミー」なんかが大好きで、ほかは例えばアルバム4曲目の「キャラヴァン」は曲じたいが大好きだからいいなあ〜、トロンボーンも曲を書いたファン・ティゾールだしネ〜と思っていたものの、同じくファン・ティゾールが吹く7曲目の「ザ・ロンリー・ワン」とか、またスタッフ・スミスのヴァイオリンが入る二曲とかは、フ〜ンと思って通りすぎていただけだった。だいたいスタッフ・スミスがだれなんだかも知らなかったんもんなあ。

あ、でもやっぱりアルバム一曲目の「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」はかなりいいと思うなあ、いまでも。
https://www.youtube.com/watch?v=uEG8UZGSvdI

ところが最近は、それらトランペット奏者やアルト・サックス奏者が参加する曲はやっぱり楽しいねと思う以上に、「ザ・ロンリー・ワン」や、スタッフ・スミスのヴァイオリンが入る二曲のほうがはるかにずっと面白いと感じるんだよね。人間の趣味って年月を経ると変わるよなあ。僕の音楽経験がほんの少しだけ深く広くなったということだと、だれも言ってくれないので、僕は自分で自分にうぬぼれて(重複表現)おくしかない。

1930年代はジャイヴ・ヴァイオリニストだったスタッフ・スミスのことは、以前一度詳しく書いたので(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-362e.html)、今日は省略する。ナット・キング・コールの『アフター・ミッドナイト』でも、3曲目の「サムタイムズ・アイム・ハッピー」ではやや軽くユーモラスなジャイヴふうに、9曲目の「アイ・ノウ・ザット・ユー・ノウ」では猛烈にスウィンギーに、弾きまくっている。
問題は、いや問題ではなく、ナット・キング・コールのアルバム『アフター・ミッドナイト』でいちばん面白いのは、デューク・エリントン楽団で大活躍したトロンボーン奏者にしてプエルト・リカンのファン・ティゾール(と一名のパーカッショニスト)を加えてやった三曲「キャラヴァン」「ザ・ロンリー・ワン」「ブレイム・イット・オン・マイ・ユース」だ。
「キャラヴァン」がこういう曲なのはエリントニアンズによる1936年の初演時(ヴォキャリオン原盤)からみんなよく知っていることだし、エリントン楽団自身の戦後録音だとかな〜り面白いものがあったりなどするので(チャチャチャになったりサイケになったりなど)、これも今日は書かない。それらに比べたら、このナット・キング・コール1956年ヴァージョンは、この曲の解釈としてはごくふつうで特筆すべき出来栄えでもない。

いちばん興味深いのはアルバム7曲目の「ザ・ロンリー・ワン」だよなあ。むかしはこれどこがいいんだろう?としか感じていなかったが、これはボレーロ、あるいはフィーリンだよ。ナット・キング・コールにはスペイン語で歌ったラテン歌謡集が三枚あるんだよね。1958年の『コール・エスパニョール』、59年の『ア・ミス・アミーゴス』、62年の『モア・コール・エスパニョール』。三つとも CD 化されていて、いまでも入手可だ。僕だってぜんぶ持っている。Spotify にもあるので、それでプレイリストを作ってみた。ダブりや歯抜けや曲順変更もすべてオリジナルどおりに直しておいた。全35曲。聴いてみて。

『ア・ミス・アミーゴス』では、カエターノ・ヴェローゾも歌ったラファエル・エルナンデス(プエルト・リコ)の「カプジート・デ・アレリ」もやっているし、そんななかから一曲「うらぎり」(Perfidia) が、エル・スール謹製のフィーリン・アンソロジー『フィーリンを感じて』に収録されているほどなんだもんね。ナット・キング・コールは、ある意味、フィーリン歌手みたいな認識もあるってことじゃないか。
もっと上で音源もご紹介した「ザ・ロンリー・ワン」は、英語で歌っているのとストリングスが入っていない少人数編成なだけの違いしかないじゃないか。同じ音楽だよ。「ザ・ロンリー・ワン」でもリズムのスタイルは完璧なボレーロだし、曲調だって甘い恋愛歌(っていうかこれはつらく哀しい内容だが)で、それをボンゴを叩くジャック・コンスタンソと、トロンボーンを吹くプエルト・リカンのファン・ティゾールがうまく雰囲気を出して表現しているじゃないか。

ナット・キング・コール、あるいは会社キャピトルにとっては、大ヒットした1948年の「ネイチャー・ボーイ」の系譜に連なるものをちょっと一個入れておこうというだけのことだったかもしれない。だが、キューバのフィーリンの代表格であるあのホセ・アントニオ・メンデスはそもそもナットが好きで、あんなソフト・タッチのスウィートな歌いかたをしたいと憧れていたんだよね。それであんなフィーリン歌唱法ができたのかも。だから『アフター・ミッドナイト』に、一曲「ザ・ロンリー・ワン」みたいなのがあっても不思議じゃない。フィーリンはこのアルバムの隠し味、それも相当美味い味だ。

ラテン歌謡やフィーリンなどと特にこれといって関係なさそうなストレートなジャズ・アルバム、それもポップ界のスーパー・スターとして大成功したあとのナット・キング・コールがふたたびピアノの前に座って、むかしみたいにスウィンギーなジャズをやったアルバムだとしかみなされない1956年録音の『アフター・ミッドナイト』だけどさぁ。だいたいジャズ・ファンのほとんどはフィーリンなんて聴いてないしな。ハァ〜。

2017/11/05

坂本冬美のフィーリン ENKA



どうだろう、このジャケット?素晴らしいじゃないか。坂本冬美が美しい。そして中身の音楽も美しんだよね。今2017年10月25日に発売されたばかりの冬美の新作アルバム『ENKA II ~哀歌~』がいいぞ。前2016年に『ENKA ~情歌~』がリリースされていたが、シリーズものだとはいえ、それとはまったく比較にならないほど二作目の『ENKA II ~哀歌~』が素晴らしい。そしてこれはいわゆる演歌じゃない。和製フィーリンなんだよね。

『ENKA II ~哀歌~』。シンフォニックなハード・ロックになっている「帰ってこいよ」だけがダメなアレンジだけど、ほかはだいたいアレンジが極上だ。あ、いや、「北の宿から」でも、ちょっと大げさでケバいアレンジだなあ。まあこの曲はだれが歌ってもあまり期待できるものじゃないから、それを踏まえると、冬美はまだ大健闘していると言えるはず。

アメリカ黒人ブルーズになっている九曲目「圭子の夢は夜ひらく」も、人によって好みが分かれそうだ。僕は好きなんだけど。ブルーズ吹きスタイルのハーモニカ(八木のぶお)も入り、じゃあブルージーかというとさほどでもなく、泥臭くないモダンで都会的な洗練を聴かせるものになっていると僕は思う。「夢は夜ひらく」」という曲じたいはドロドロしたものだから、そのままブルーズ仕立てにしたら似合いそうだけど、いいほうへ予想を裏切ってくれた。こんなアッサリした解釈で「夢は夜ひらく」を聴きたかった…、って岩佐美咲が昨年来実現してますけれどね。曲は「女のブルース」のほうだけど。

あまりにも岩佐岩佐言いすぎて逆効果になってしまっているように見えているので、やめておく。坂本冬美の新作『ENKA II ~哀歌~』では、ここまで書いた三曲以外は、だいたい軽くフワッと漂うようなサラリとしたアレンジで、まさにこれはフィーリンのやりかただ。キューバの歌謡スタイルであるフィーリンは、演歌ファンのあいでは認知度が低いかもしれないが、ボレーロなど旧来からある恋愛歌をとりあげて、それをモダンな解釈でアレンジもしなおして、アッサリ軽めのソフトでクールなフィーリン(グ)で歌ったもの。

こう書けば、坂本冬美の『ENKA II ~哀歌~』が和製フィーリン・アルバムだということは、お聴きになった演歌ファンでもみなさん納得していただけるはずだ。一曲目「雨の慕情」(八代亜紀)、二曲目「骨まで愛して」(城卓矢)、七曲目「アカシアの雨がやむとき」(西田佐知子)などは、本当に素晴らしいの一言。アレンジも最高なら、それに乗って優しく軽くソフトに歌う冬美の歌唱も最高。「アカシアの雨がやむとき」なんか、そもそもあんな歌詞なもんだから、僕、泣いちゃったもんね(アンタ、よく泣くな)。

アレンジャーはアルバム・ラストのボーナス・トラック「百鬼行」を除き、すべてキーボーディストの坂本昌之がやっている。演奏面でも全曲でピアノなど鍵盤楽器を弾いているが、このアルバムでの坂本は、もうなんたってアレンジ面での貢献が絶大だ。演奏のほうではさほど目立っていない。むしろ、このリズム・アレンジやストリングス譜面を書くペンの冴えなど、やっぱりそっちのほうでの仕事ぶりを手放しで賞賛したい。

アルバム『ENKA II ~哀歌~』は全11曲がすべて有名曲のカヴァーなわけで、どれも手垢がついていると言っても差し支えないほどいろんなカヴァー・ヴァージョンがある。それをいまさらとりあげて、しかしいままでだれもやったことのないフィーリン・スタイルで解釈しなおして再アレンジし、主役の女性歌手もフィーリンっぽく(怨念うずまくような曲でも)ソフトに歌いかえる 〜 これはいったいだれの企画だったんだろう?ぜひ知りたい。

アルバムのプロデューサーは UNIVEARSAL の山口栄光。2016年の前作『ENKA ~情歌~』もやはり山口だった。フィーリン演歌っていうのは彼のアイデアなのかなあ。でもさぁ、その前作『ENKA ~情歌~』はまだそんなでもないんだよね。そっちも Spotofy で聴いて、こっちはイマイチだなと思ったものの、まあまあ、続きものだしと思って僕は CD も買ったのだ。悪くないのもあるんだよ。二曲目の「大阪しぐれ」とか、五曲目の「千曲川」とかはよかった。特に「千曲川」が素晴らしい。

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2016年の『ENKA ~情歌~』でも、アレンジャーはやはりボーナス・トラックを除きぜんぶ坂本昌之で、演奏メンツだって二枚ともほぼ全員同じ。坂本冬美の歌唱は、アレンジがイマイチな16年作でも文句なしだ。ってことは17年作『ENKA II ~哀歌~』で製作陣になんらかの違う発想があったのか、あるいは自然な経年変化でこうなったのか?う〜ん、でも16年作にある「千曲川」なんかを聴けば、17年作の、例えば「アカシアの雨がやむとき」が展望できるような気がすることはする。

だから UNIVERSAL のスタッフと、全曲のアレンジをやる坂本昌之と、歌う坂本冬美と、これら三者がはなしあって、自然に熟成したってことなのかもしれないよね。それにしてはたった一年でアレンジャーのペンの冴えがあまりにも違っているような気がするけれど、まあこういうもんなんだろう。書けるときは書けちゃうもんなんだろう。

例えば一曲目「雨の慕情」では、ナイロン弦ギター(福原将宜)とストリング・アンサンブル(クラッシャー木村ストリングス)に、フルート(黒田由樹)を重ねてあるけれど、フルートの使いかたが絶妙すぎるんだよね。ストリングスはフィーリンで実によく聴けるようなアレンジ・スタイルで演奏しているけれど、こういったフルート(は多重録音でアンサンブル化してあるパートもある)の使いかた、フワッ、フワッと短いフレーズを反復して、それも演歌をフィーリン化したもののなかに入れるのを、アレンジャーの坂本昌之はどこから学んだんだろう?「雨、雨、降れ降れ、もっと降れ」というあのサビで盛り上がる部分でそんなスタイルのフルート反復が入ってくるからタマランのだよ。素晴らしすぎるアレンジだ。

僕がこれこそアルバム『ENKA II ~哀歌~』のクライマックスだと思う七曲目「アカシアの雨がやむとき」。この曲の伴奏がアルバム中最小人数編成で、ギター(は複数本を多重録音)、ピアノ、ベース、ドラムスだけ。ストリングスもなしで、つまりリズム・セクションだけの伴奏で、あんな歌詞を坂本冬美が情感を込めすぎず、ノン・ヴィブラートで軽くそっと優しく歌っている。すんばらしい〜。しかもこの間奏のエレキ・ギター・ソロ(by 今 剛)。非常に短いが、まるでラヴ・バラードを弾くときのエイモス・ギャレットそのままじゃないか。も〜うこ〜りゃ!この冬美ヴァージョンの「アカシアの雨がやむとき」を聴きながら、僕だって「このまま死んでしまいたい」よ。

2017/11/04

余裕と貫禄と五色の声をあやつる岩佐美咲の新作 DVD

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いやあ、こりゃすごい。ヴォーカリスト岩佐美咲の実力のほどは僕なりに少しは理解はしているつもりだったのだが、ここまで来ていたとはなあ。岩佐には大変失礼ながら、僕は驚いてしまった。がしかし、熱心な岩佐ファンのわいるどさんのおっしゃるところによれば、コンディション万全のときの岩佐の歌は神がかったものになるんだそうで、ってことは三枚目の新作 DVD『3rd.コンサート〜笑顔・心・感謝で繋ぐ…至福の2日間〜』でのこんな凄みと深みと奥行きのある歌唱も、いまの岩佐ならそんな稀なパフォーマンスじゃないってことか?調子さえ良ければ?こわいぞ、これは。

2日間とタイトルにあるのは、今2017年7月22日と23日にわたり、2デイズで岩佐美咲の三回のコンサートが開催されていて、この新作 DVD 本編にはその三回目、すなわち23日の夜公演が収録されているのだってこと。DVD の末尾に特典として22日公演と23日の昼公演がダイジェストで収録されている。がそれらはやはりダイジェストだけあってじっくりと歌を聴かせ込むものじゃないように思う(それでも楽しいし、それを観ないと本編が理解しにくい部分もあるにはある)。だからこれ以下は本編である23日夜公演分だけについて書く。

岩佐美咲の DVD『3rd.コンサート〜笑顔・心・感謝で繋ぐ…至福の2日間〜』で特に傑出していると僕が判断するのが、幕開けの「鞆の浦慕情」から、お酒コーナーの三曲に行く前までの計七曲、アクースティク・ギター弾き語りの三曲、撮影タイムが終わっての一曲目「ノラ」、その後のアンコール三曲、と計13曲。ほかの曲での歌唱も素晴らしいんだけど、書いた13曲で岩佐が聴かせるヴォーカルの伸びやかさと張り、艶やかさ、その反面の軽やかさや爽やかさ 〜 それらすべてがあいまって歌にかなりの深みを獲得しているところは、いままでの岩佐の全音源とも比較できないほどのものすごさだ。大御所でもほかの日本人歌手は岩佐の域にないわけだから、ってことはこのサード・コンサート時点での岩佐は、日本歌謡界でいったいどういう立ち位置にあるということになるのだろう?

DVD『3rd.コンサート〜笑顔・心・感謝で繋ぐ…至福の2日間〜』幕開け。プレリュード的なピアノ・サウンドに続き、「鞆の浦慕情」のイントロが流れ、するとそこに薄紫色の着物を着た岩佐美咲がスッと立っている。まず、その立ち姿が素晴らしい。歌いはじめる前に軽く笑みを浮かべていて、この落ち着きはらった余裕はなんなんだ?ベテランの貫禄みたいなものすら感じる。なんたって僕はファースト DVD だって今年二月なかごろに初めて観たんだった(発売は昨年六月だったようだ)。緊張のあまりちょっと半泣き状態になっていたファースト・コンサート幕開けでのあの岩佐の姿からしたら、歌手、芸能者としての加速度的な急上昇カーブを描く成長を感じざるをえない。

僕のこの、岩佐美咲に深みと余裕と貫禄が出て来ているという印象は、「鞆の浦慕情」の歌が出るとさらにもっとグッと強くなる。声の伸びが素晴らしい。ワン・フレーズごとに、歌い終わりで同一音程を維持したままスーッと、それをノン・ヴィブラートで伸ばし、そのままナチュラルに弱くなっていき消え入るのだが、そのあいだの声の自然な強さ、張り、伸び、ある種の透き通った美しさ、弱めかたには、もはやため息しか出ない。僕なんかが詳しく分析するなど、おこがましいにもほどがある。どうなってんの、わさみん、これは?

「鞆の浦慕情」でも、二曲目の「哀しみ本線日本海」でも、あるいはまたその後の、例えば「南国土佐を後にして」でも「夢芝居」でも同じだが、歌い廻しの緩急自在さ、ドスを効かせて声を張ったり、そっと優しく軽く心にタッチするかのように置いたり、声のカラーをそのときそのときの表現の変化にあわせて何色も自在に使い分ける闊達な技巧などもフルに発揮されている。22歳の女性の歌に、55歳のオッサンである僕の心は完璧にあやつられてしまっている。ヤバいよヤバイよ。

お酒テーマの三曲では、カヴァー・ソングの「おもいで酒」「ふたり酒」を歌ったあと、岩佐美咲のオリジナル楽曲である「初酒」をやる。似たような曲が並び、岩佐のヴォーカル表現も同じだから、するとこの歌手のばあい、曲じたいの素晴らしさを際立たせることのできる表現法をとる人だから、結局「初酒」がいちばんいい曲だと思えてくるんだよね。これは最初、僕にはやや意外だったのだが、いままでもう10回以上はこの新作 DVD を聴いているから、間違いないと思う。

その後のアクースティック・ギター弾き語りコーナー本編に入る前に、岩佐美咲のギター関連ヴィデオが流されて(そのあいだに岩佐は衣装替えタイム)、そこでは例のあの今年五月の、全編弾き語りソロ・コンサート<岩佐美咲 春LOVEライブ>の模様がダイジェストで披露される。それに行こうとして行けなかった僕には嬉しいものだ。そうか、こういう様子だったんだ。この五月のソロ・コンサートのときのわさみんの髪型、いいなあ。メイクもいい。カワイイしセクシーさも出ていて、それでもってこんな具合にカッコよくギターで弾き語るなんて、オジサン、もうダメです。

ダイジェスト映像が終わると岩佐美咲が白い洋装で登場(結局、アンコール前のコンサート本編の最後までこれでやっている)し、アクースティック・ギター弾き語りで三曲「丸の内サディスティック」(椎名林檎)、「Silly」(家入レオ)、「糸」(中島みゆき)をやる。う〜ん、ギターも上手くなっているし、イイネこりゃ。「糸」を岩佐がやると相当素晴らしいものになるのだとは、五月分の音源が CD 化されていて分っているから、それから約二ヶ月経過したヴァージョンが、より一層深化していると分っても驚かない。「丸の内サディスティック」でのギターの上手さ(難しいもんね)と「Silly」でのサラリとしたヴォーカル表現も文句なしだ。ピンクのカポタストの位置は三曲とも異なっている。

ギター弾き語りコーナーが終わって、岩佐美咲が客席を廻り観客が写真撮影できるラウンド・タイム。今回の新作 DVD では、いままでの二作と違ってお客さんがけっこう分りやすくたくさん写っていて、だからいままで知らなかったいろんなことが分ったり、こうであるはずだという確認もできて、いまだ岩佐のライヴを生体験できていない僕には大収穫だった。客席を廻りながら岩佐が歌うのは先輩女性ポップ歌手の歌。山口百恵、中森明菜(二曲)、荻野目洋子、相川七瀬。客席をどんどん歩き、踊り、写メに入る際はポーズをとり、笑顔をふりまきしゃべりかけながら、しかし岩佐の歌には手抜きやほころびがまったく聴かれない。

僕にとっては、その後ステージに戻ってきて写真撮影タイムが終わったあとの一曲目「ノラ」(門倉有希1998年のヒット)こそがこの新作 DVD の白眉、クライマックスだった。哀しくて切ない大人の女性の歌なんだよね。「ノラ」を歌うときの岩佐美咲の仕草、表情、声の翳りや深み、深刻さ、などを淡々とした無表情さにくるむあたり、かつて絶頂期の山口百恵が出していた雰囲気にとてもよく似ている。でも百恵はあの頃、いま22歳の岩佐より若かったんだよね。21で引退したんだもんなあ。そう考えると、やっぱり百恵も尋常じゃなかった。

いまの岩佐美咲は、特に「ノラ」で哀しく暗い恋情を歌うあいだ、しっかりと張ったよく通る艶のある発声だけど、それでサラリと歌っているかのようなフィーリング。だからこそかえってヴォーカル表現に深みと奥行きを感じさせていて、シリアスに落ち込むような<愛は一人芝居>の歌詞をこれ以上なくしっかりと伝えてくれる。そうか、こんなにもすごい曲だったのか…。岩佐がこう歌ってくれなかったら、門倉有希「ノラ」の魅力に気づかずじまいだったかもしれない。

そんな「ノラ」で、僕は背筋が凍るようなおそろしい思いと震えるような深い感動をもらってしまったので、その後のエンディング〜アンコール部でもやはり素晴らしい岩佐美咲の歌が、まるでかすんでしまっているかのように聴こえてしまうほど。その部分が物足りないなんていう意味じゃない。正反対なんだけれど、「ノラ」がすごすぎるんだよね。五月の「糸」が岩佐史上最高屈指の一曲だとみんなが認めているけれど、ひょっとして、このよみうり大手町ホール、2017/7/23夜の「ノラ」は、新宿明治安田生命ホール、2017/5/7の「糸」を超えたかも?、と僕は思う。

快活陽気な曲でも素晴らしい表現を聴かせる岩佐美咲だけど、「糸」や「ノラ」といったしっとり系ポップ・ソングと相性がいいのかもしれないよね。いやあ、マジでこの岩佐のサード DVD『3rd.コンサート〜笑顔・心・感謝で繋ぐ…至福の2日間〜』での「ノラ」はすごいぞ。こんな歌、なかなか聴けるもんじゃない。「糸」は CD 音源になったけれど、「ノラ」も Mac にリッピングしておきたいなあ。自作の岩佐美咲ベスト・セレクションに加えたい。

2017/11/03

こんなブーガルー・ブルーズが

僕が今日こだわりたいことは、マイルズ・デイヴィス1965〜68年のセカンド・クインテットの諸作のなかに、12小節定型のブルーズ楽曲が二つあるということだ。以前、「フットプリンツ」(『マイルズ・スマイルズ』)だけだというようなことを書いたけれど、間違っていた。もう一つは「エイティ・ワン」(『E.S.P.』)。しかしこっちは24小節。まあこれは12小節パターンの範囲内だ。
24小節ブルーズというと、僕はすぐにレッド・ツェッペリンの「ロックンロール」を思い浮かべる人間なのだが、あれは定型12小節の1小節ごとが倍になっていて(ギター・ソロ部だけ12小節)、それで結果的に24小節ワン・コーラスになっている。いっぽう、ロン・カーターが当時のボス、マイルズのために書いたブルーズ「エイティ・ワン」のばあい、三人のソロは12小節パターンで展開しているが、テーマ演奏部だけ、12小節のセグメントを二回やっているんだよね。それもメロディを変えて。
問題は24小節ブルーズとかいうことじゃない。これがカリブ〜ラテン・ブルーズをやっている新主流ジャズだということだ。記事題に「ブーガルー」という言葉を入れたけれど、「エイティ・ワン」の録音は1965年1月21日だから、アメリカ合衆国内でブーガルーが流行っていたちょうどそのあたりかなあ。以前もこの曲について、マイルズのやるカリブ〜ラテン・ジャズ関連の記事で、重要なものだとして触れたことがある。
実を言うとこの記事をもっとちゃんとしたものとして書きなおそうと思い、 今回、マイルズのカリビアン〜ラテン〜アフリカン・ジャズ関連を掘り下げてみようと、それが顕著になってくる1965年以後をじっくり聴きかえしていた。それでそういうものだけを集めたプレイリストを作ってみたのだ。Spotify ではなく iTunes で(最終的には、今日一番上で貼ったリンクのマイ・プレイリストを拡大するかたちで、それらをぜんぶ並べて Spotify で公開する予定)。

その iTunes プレイリストが長くなっちゃって、こりゃ到底一つの文章でまとめるのは僕には不可能と諦めて三つに分割したんだよね。アクースティック時代、エレクトリック導入後〜1975年の一時隠遁まで、81年復帰後の三つ。それでそれら三つを聴きかえしていて、そのトップに置いた「エイティ・ワン」が、あっ、これ、ブルーズじゃないか!って、いまごろようやく気づいたっていう、こんなに明快なのに…。ダメ耳な僕…。
すると、以前から言っているウェイン・ショーターのコンポジションである12小節ブルーズの「フットプリンツ」と、それら二つあわせ、それらはブルーズでありかつリズムは中南米ふうで、アフリカ大陸をも俯瞰するかのようなかたちをしているように僕には聴こえ、するってぇ〜と、1960年代中期のジャズ界におけるこういったラテン・ブルーズはほかにもあって、上でブーガルーと言ったように、ルー・ドナルドスンの1967年「アリゲイター・ブーガルー」も定型ブルーズだし、また、マイルズが自分のバンドに雇う前のハービー・ハンコックのデビュー作62年『テイキン・オフ』の「ウォーターメロン・マン」だって同じく定型12小節のラテン・ブルーズじゃないか。
それらぜんぶがラテンなブルーズで、まあハービーとルーのと比較すれば、マイルズのやる「エイティ・ワン」「フットプリンツ」はちょっと複雑で明快なノリやすさ、言い換えればダンサブルなフィーリングが少し、いや、かなり足りないかもしれないけれど(特に「フットプリンツ」)、ほかにもたくさんあった1960年代のこういったラテン・ブルーズって、いったいなにかの連動を見せていたんだろうか?という気になったんだよね。

それで今度は上記三つの iTunes プレイリストから「エイティ・ワン」「フットプリンツ」だけ独立させて、それにハービーの「ウォーターメロン・マン」とルーの「アリゲイター・ブーガルー」を足してみた。これで、僕の iTunes にはマイルズのカリビアン〜ラテン〜アフリカン関係のプレイリストが四つできあがった。今日はその第一回目なんだよね。だから予定どおりなら、来週から三回連続シリーズでそれを展開してみようと思っている。

さて、「エイティ・ワン」のほうもブーガルー流行真っ只中というか、中米音楽ふうなリズムではじまって、テーマの24小節をそんなフィーリングで演奏し、一番手のマイルズのソロ(から12小節でやっている)になっても同じだ。4コーラス(あっ、ってことは24小節テーマの2コーラスってことなのか?)はそのままラテン・ブルーズでやって、5、6コーラス目は4/4拍子のストレートなジャズ・リズム(ってことは、やっぱり24小節ワン・コーラスでソロを吹いてんだなこりゃ)。最終盤でラテン・タッチに戻って二番手のウェインに受け渡す。

二番手ウェインのテナー・サックス・ソロも同様に後半部だけ4ビートなブルーズ演奏で、これまた同様に終わりかける瞬間にラテン・リズムに戻って三番手ハービーのピアノ・ソロ。24小節1コーラスだけソロを弾くハービーのところでは、リズムは4ビートに落ちずラテンなまま。その後ラテンなままテーマを演奏して「エイティ・ワン」は終わる。

ハービー・ハンコックはこれを録音する三年前にすでに「ウォーターメロン・マン」を発表済みだったし、だからこんなようなラテン・タッチのブルーズは苦もなくこなしたはずだ。そもそもジャズ・フィールドにおけるラテン(・ブルーズ)なんてむかしから多いんだから、とりたてて騒ぐことはないかもしれない。だがマイルズがやったのはこれが初なのだ。

しかもマイルズの1962年「エイティ・ワン」や66年「フットプリンツ」が重要だなと思う最大の理由は、こんなラテン・タッチで、中南米から、それを経由してアフリカ大陸を見据えたようなブルーズが、御大自身の手になる60年代末〜70年代に大展開したアフロ・ジャズ・ファンクを予告していたものだったように思うからなんだよね。最近、僕のこの考えは間違っていないという思いがどんどん強くなっている。

1969〜75年のマイルズ・ファンクは、マイルズの音楽というだけにとどまらず、しかもジャズ・プロパーな世界だけの出来事でもなく、広くアメリカの大衆音楽界で大きな役割を果たし、いまでも影響力を持っていて、ここを追求している音楽家は、現在の世界にも多い。当たり前の話ではあるのだが、それはマイルズが電化して完成品として提示する数年前から、マイルズ自身のなかにでもすでにちゃんとあったのだ。

しかも、アクースティック・ジャズ時代のマイルズのそんな路線だって、例えばかなりたくさんのラテン・ジャズ作品を第二次世界大戦前から発表しているデューク・エリントンや、戦前戦後にかけてのルイ・ジョーダンや、その他名前をあげていたらキリがないのだが、とりあえず Spanish tinge という言いかたをしたニュー・オーリンズのジェリー・ロール・モートンあたりまでなら、僕だって容易にさかのぼることができる。ニュー・オーリンズはアフロ・クリオールな音楽文化の首都じゃないか。

2017/11/02

ヴィジェイ・アイアーの新作は現代ジャズの最高傑作かも

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さぁ困った。トニー・アレンの新作のことは昨日書いたが、インド系アメリカ人、ヴィジェイ・アイアーの新作『ファー・フロム・オーヴァー』。これも2017年後半リリースのジャズ・アルバムとしては突出した大傑作じゃないか。どうしよう…?こりゃどっちかを年末のベスト・テンに入れないといけないんだが、どっちも入れたい。しかも今年リリースのジャズ系ではメディ・ジェルヴィル『トロピカル・レイン』もトニー・シャスールのライヴ・アルバムも素晴らしかった。しかしジャズではない音楽作品にも今2017年は傑作が多かったから、ベスト・テンのなかにジャズばかり二枚も三枚もは入れにくいんだよね。すでに現状、僕のテキスト・ファイルには、新作篇で絶対に欠かせないというものだけだって12作品ある。 どうしよう…。

ヴィジェイ・アイアーの『ファー・フロム・オーヴァー』は、いわゆる現代ジャズというなかに分類されるであろうもののなかでは、2017年になってとうとう出現した最高傑作なのかもしれないぞ。いま僕は興奮しているので、Mac のキーボードを叩く指も少し震えて、タイプ・ミスが多い。ちょっと冷静な気分ではいられない。え〜、そんなにか?ウソだろ〜?と思う方、このアルバムはたったの一曲も Spotify にないのだが(どうして入れない?)、曲によっては YouTube で見つかるので、ぜひちょっと試聴してほしい。

まずヴィジェイがこのアルバムでフィーチャーしている、現代ジャズのオール・スター・バンドともいうべき新しいセクステットを紹介しているものがあったので、その模様から聞いてほしい。
アルバムのティーザーがこれ。BGM には三曲目の「ノープ」を使ってある。
「ノープ」は一曲丸ごと YouTube にあった。
お聴きになってお分りのように、このトラックは(ファンク〜)ヒップ・ホップ・ジャズだ。特にドラマーのタイション・ソーリーがそれをよく表現している。ピアニストやホーン奏者たちのソロ内容もいいのだが、僕はそれ以上にこのリズムを聴くなあ。カッコイイ〜。しかもこれ、1960年代末あたりからマイルズ・デイヴィスがやっていたような音楽に起源を見出せるじゃないか。

1960年代末〜70年代あたりのマイルズ・ミュージックはいまでもジャズ界の各所に影響を及ぼしている、というかある意味、影を落としているのだが、ヴィジェイ・アイアーの『ファー・フロム・オーヴァー』でもいろんなところにそれを聴きとることができるんだよね。まずなんたって一曲目の「ポールズ」がそうだ。これは68年ごろのマイルズ・クインテットまでさかのぼれる内容。最初、いかにも ECM だな、こりゃツマランと思っていると、三管アンサンブルとリズム隊が出てきて、サァ来た来た〜〜っ!って、その瞬間に背筋がゾクゾクしたんだよね。

「ポールズ」では三管とリズムを書いているヴィジェイの作曲能力がまず素晴らしい。リズム・レイヤーは複雑で、シンプルに身をまかせることができないが、これ、インド古典音楽由来の多層リズムだよね。間違いない。やっぱりドラマーのタイションが大活躍。ピアノとホーン三名のソロ内容じたいは、これまた僕はさほど重視しない。僕にとって肝心なのはこのリズムと三管アンサンブルだ。途中からヴィジェイがフェンダー・ローズを弾きだしてからのサウンド・テクスチャーは見事だ。このワン・トラックは YouTube にないようだ。残念。

アルバム2トラック目「ファー・フロム・オーヴァー」、5トラック目「ダウン・トゥ・ザ・ワイアー」、9トラック目「グッド・オン・ザ・グラウンド」では、激情というか燃えさかる炎のようなリズムと三管アレンジのエクスタシーを聴いてほしい。ヴィジェイの特異なピアノ・スタイルも、特に「ダウン・トゥ・ザ・ワイアー」では非常によく分る。やはりタイションのドラミングが素晴らしいが、ホーン奏者たちのソロも、これらでは聴きもの。その背後でほかの二管がアンサンブルを入れたりするヴィジェイのアレンジ手さばきも見事だ。しかもなんだこのリズムは〜っ!「ファー・フロム・オーヴァー」しか YouTube になかった。「ダウン・トゥ・ザ・ワイアー」なんかマジで凄いんだけどな〜。
ところで YouTube にも Spotify にもないので残念極まりないが、その9トラック目「グッド・オン・ザ・グラウンド」は、西アフリカ音楽由来のドラミングに南インド古典音楽のリズム・サイクルを合体させたような一曲で、ある意味この曲こそヴィジェイの新作『ファー・フロム・オーヴァー』でいちばん面白い聴きもの、白眉なんだけど、う〜ん、いちばんのものは CD 買わないと聴かせないってことなのか?タイションのドラムス・ソロもあって、そこなんかも本当に素晴らしいものなんだけどなあ。アンサンブル部、ホーンのソロ部、ピアノ・ソロ部も、インド系であるヴィジェイのリズム・アプローチはこうなんだと分って、これこそ聴いてほしいワン・トラックだ。CD 買ってください。

エレクトロニクスを駆使した曲もあったり、またエレジーみたいなアミリ・バラカに捧げた6トラック目とアルバム・ラスト10トラック目「スレナディ」(Threnody)とかもいい。後者ではアルト・サックスのスティーヴ・リーマンのソロが素晴らしい。ほぼ感情の激発だが、背後でほかの二管がアンサンブルを入れていて、冷静な構成もある。またヴィジェイがフェンダー・ローズに専念する八曲目「ウェイク」はスペイシーで静謐で陰な感じ(そこはいかにも ECM ジャズ)なんだけれど、抑制の効いた内に秘めたる炎がしっかり聴こえてくるしね。

2017/11/01

ギル・エヴァンズなアフロビート&ジャズ・ハイブリッド 〜 トニー・アレン

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と言ってもこのアルバムはアフロビート作品でもジャズ作品でもないようなものだ。アート・ブレイキーに『ジ・アフリカン・ビート』という1962年のアルバムがあったけれど、どうやら遠くはそのあたりからやってきて、トニー・アレンは2017年にジャズとアフロビートのハイブリッドを実現したんだよね。

露払い的な役目だったのか、トニー・アレンはアルバム『ザ・ソース』に先行して、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのトリビュート EP をリリースしていたのだが、目論見じたいはいいぞと思ったものの(だってトニー・アレンはブレイキーやマックス・ローチといったオールド・スクールなモダン・ジャズ・ドラマーの系統にあるもんね)、できあがりはあまり面白くなかったのだ。でもフル・アルバム『ザ・ソース』は段違いの素晴らしさで、こりゃ傑作。

トニー・アレンの『ザ・ソース』。ジャケット裏に書かれてある総勢11人のパーソネルを見ても、リーダーでドラマーのトニー・アレン以外はほとんど知らないなあ。ヤン・ジョンキエレヴィックスだけがちょっと知っているかと思うだけで、ヤンはアレンのパートナーとしてやってきているサックス奏者。アルバム『ザ・ソース』でもかなり重要な役割を果たしていて、全12曲すべてで作編曲をトニー・アレンと共同でやり、(ソプラノではないと思うんだけど)サックスも吹いている。

ヤンを除くほかの10名は全員名前も演奏も初体験の人たちばかりだ。でもかなりいい。かなりいいっていうか、このトニー・アレンの2017年新作『ザ・ソース』は、今年を代表するジャズ・アルバムに違いない素晴らしい出来栄え。今年のジャズ・アルバムは、レユニオンのメディ・ジェルヴェル『トロピカル・レイン』で決まりだと思ってアグラをかいてふんぞりかえっていたら、ここに来てとんでもないのを聴いちゃったよ。明日書くものはもっとすごいかもだけどね。

トニー・アレンとヤン・ジョンキエレヴィックス以外、僕はぜんぶ知らない総勢11名のミュージシャンは、ギタリストのアンディ・ディボンゲだけがカメルーン人で、ほかは全員パリで活動するフランス人ジャズ・メンみたいだ。主役のドラムス、ウッド・ベース(はほぼ完璧にジャズ・マナー)、エレキ・ギター(はジャズっぽい部分がなくアフリカ音楽ふう)、ピアノやオルガンと、ほかは全員管楽器奏者だ。管はサックス3、トランペット1、トロンボーン or チューバ1の五管編成で、かなり分厚いサウンド。こ〜りゃ完璧に僕好み。

ふつうのジャズ・ピアノ・トリオなんかじゃ物足りない僕にとって、アルバム『ザ・ソース』一曲目「ムーディ・ボーイ」の出だしでいきななりチューバが聴こえて、それにほかの管楽器アンサンブルがうめくように絡んでいくあたりに、相当な快感がある。しかもこのチューバのリフ反復にホーン・アンサンブルを乗せる手法は、ギル・エヴァンズのものだ。リズムが入ってきて、エレキ・ギターがアフロビートふうに刻みはじめ、テーマをサックス三管で演奏し、そこにトロンボーンがからむ。こ〜りゃも〜う最高じゃないか。管楽器ソロのあいだ背後で入るホーン・リフのアレンジもギル・エバンズのペンみたいな感じ。

またアルバム三曲目「クルージング」のホーン・アンサンブルもギル・エヴァンズ・マナーだ。トランペットにハーマン・ミュートを付けて吹かせ、ほかの管楽器をからめたり、テーマを演奏するあいだ背後で入るホーン・リフや、アクースティック・ピアノを転がしながらやはりそこにホーン陣アンサンブルの短いリフが入ったりなど、共同作編曲のトニー・アレンとヤン・ジョンキエレヴィックスは、随所で分るけれど、相当ギル・エヴァンズ(とデューク・エリントン)を研究しているよね。

じゃあジャズっぽいのか?というとそんな印象もないのが不思議だ。『ザ・ソース』をありきたりなジャズ作品であることから遠ざけている最大の要因は、うん、もちろんトニー・アレンのドラミングではあるけれど、それにくわえてエレキ・ギターのカッティング・マナーだよね。上述のとおり、カメルーンのアンディ・ディボンゲ。しかしこの人もやはりパリで活動しているみたい。演奏を聴いたのは僕は初めてだったが、相当いいアフロビートを刻み、トニー・アレンとのタッグで素晴らしいグルーヴを創りだしている。

ヴァンサント・トーレルか?ジャン・フィリップ・デイリーか?分らないオルガンがかなりクールに鳴っている、アルバム8曲目「クール・キャッツ」なんかは完璧に僕のためのワン・トラックじゃないかと思うほどカッコイイ。オルガンといえば7曲目「ウルフ・イーツ・ウルフ」でも超カッコイイ。しかもこれら二曲とも、クールというかチリングで、オルガンを頻用するジャズ・ファンクみたいでありながら、あんがいそうでもない感触がリズム・フィールにある。これらのオルガン、本当にどっちが弾いているんでしょう?ジャケ裏のクレジットではピアノとなっているゲスト参加のデイモン・アルバーンが弾いているような気が強くするんですけれども? どなたか教えてください。

たしかにマイルズ・デイヴィスがアフロビートをやっているみたいに聴こえる、アルバム10曲目の「エワジョ」も面白い。リズムがよれて突っかかるみたいな感じで、特にトランペット・ソロをフィーチャーしてはいないが、中軸の五管アンサンブルが、これまたギル・エヴァンズのペンになるものみたいで、しかも主役ドラマーはトニー・ウィリアムズみたいに叩く。まるで1960年代末ごろのマイルズか、ひょっとして72年の『オン・ザ・コーナー』を、ギルがアレンジしたホーン・アンサンブルを使ってアフロビートっぽくして展開したみたいなワン・トラックだ。

そんなアフロビート・マイルズみたいな10曲目「エワジョ」でもそうなのだが、トニー・アレンの『ザ・ソース』は作編曲の勝利だ。ここまで書いてきたもの以外なら、4曲目「オン・ファイア」でも6曲目「トニーズ・ブルーズ」でも9曲目「プッシュ・アンド・プル」でも、ちょっとヘンな短めのリフをグルグル反復し、それをこれまた緻密にアレンジされたリズム・フィギュアの上に巧妙に乗せて、ちょっとジャズでもアフロビートでもないような、ハイブリッド・グルーヴを出している。

だから僕のばあい、このトニー・アレンの『ザ・ソース』だと、その生々しい肉声は管楽器ソロにだけ聴きとっているわけじゃない。というかそんな部分はあまり重視していない。あくまでホーン・アンサンブルの響きとリズム・グルーヴに肉体性を感じとっているんだよね。どっちもかなりな部分まで綿密に用意されアレンジされているのが分るから、これはドラムス好き向けアルバムじゃない。トニー・アレンとヤン・ジョンキエレヴィックスのタッグによるソングライティングを聴くべき作品なのだ。

いやあ、しかしこれホントすごいアルバムだよなあ。それがどうして三曲しか Spotify で見つからないんだろう?みなさんに教えてシェアしたいのに…。僕は自分で CD 買う人間だから問題ないんだけど、音楽好きでもいろんな理由でなかなか気がまわらない人だっているはずだと思うんだよね。なんとかしてくれ、ブルー・ノート!!

しょうがないから、Spotify にある三曲だけでプレイリストをつくっておいた。CD 買ってないみんな〜、ちょっと聴いて。
YouTube のほうには、アルバム『ザ・ソース』のティーザーと
それからアルバムからオープニングの(ギル・エヴァンズな)「ムーディ・ボーイ」と
「エワジョ」「クルージング」もあった。

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