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2017/11/12

ジャンプ・ミュージックとはロッキン・ジャズ

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日本語題が『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、英語題が『Let It Roll - The Jumping Forties』となっている2000年の MCA ジェムズ盤 CD。だから選曲・編纂・解説は中村とうようさん。これ、”Let It Roll” っていやらしい意味だから、そのままストレートには書きにくいのだが、このアルバム17曲目に収録されているラッキー・ミリンダー楽団の同名曲では、メイン歌手の女性アニスティーン・アレンが “Let it roll, let it roll” と歌うと、男性陣のバック・コーラスがすかさず “All night long!” とリスポンスするので、それだけで英語に疎い方でもだいたい想像がつくはず。
ところでこのラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロール」は1947年録音で、お聴きになって分るようにピアノがブギ・ウギのパターンを弾き、主役歌手のコールとバック・コーラスのリスポンスがあって、フル・バンドで怒涛のようにジャンプするという、この1940年代に黒人に最も人気だったダンス・ミュージックのスタイル。解説文でもとうようさんがお書きだが、フル・バンド・ジャンプの迫力なら、ラッキー・ミリンダー楽団とライオネル・ハンプトン楽団が覇を競っていた。

そのハンプトン楽団はといえば、アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、ラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロールの直前16曲目に「ビューラーズ・ブギ」が収録されている。これもすごい。聴き手を乗せずにおくもんか!っていうようなものすごいど迫力のサウンドとダンス・リズムだ。大好きだなあ、こういう音楽。
この手のラッキー・ミリンダー楽団とかライオネル・ハンプトン楽団とかのジャンプ・サウンドって、まあジャズではあるけれど、(黒人)大衆の日常的共同体基盤から離れよう離れよう、常に上へ上へとのぼっていこうっていう上昇(芸術)志向にアイデンティティを見出すようにやってきたのがレゾン・デートルであるジャズ史からしたら、やっぱり<ハミ出しもの>だったんだよなあ。

だってさ、ジャンプ・ミュージックはあくまで泥臭く泥臭く、黒人ブルーズに強く根ざして、サウンドもリズムも、また歌のあるばあいはその歌詞も、黒人日常生活のふだんのありように密着してやっていた音楽で、ダンス向けということしか考えられていない音楽で、日常生活に根ざすということはもちろんセックスのことなんかも当たり前に出てくるし、それを隠さないばかりか露骨にアピールしているようでもある。ダンス・ビートの反復だってセックス行為の隠喩だ。

そういうアティテュードって、ジャズというよりもリズム&ブルーズとかロック・ミュージックの態度だよなあ。っていうか年代順に語れば、(やっぱりあくまでジャズである)ジャンプ・ミュージックがそんなありようの音楽だったからこそ、そこから派生誕生したリズム&ブルーズ、またそれを土台に成立したロックも、ダンサブルなセックス表現を隠さない。こういうのこそが<大衆の>音楽っていうもんですよ。

とうようさんが『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』を編んだ際の意図もまさにそこにあったに違いない。だから、今日僕が記事題にしたように、1940年代のジャンプ・ミュージックは、ロッキン・ジャズだっていうんだよね。そのダンス感覚は、1940年代にあって、20世紀末ごろからの黒人系ダンス・ミュージック、すなわち R&B とかヒップ・ホップを先取りしていた。そんな歴史的位置付けもできるし、そんなことは無関係に、とにかく聴いたら魅力的で、いつでも元気になれるんだよね。だから僕は(ブログ記事にするしないはともかく)よく聴くんだ、ロッキン・ジャズ的なジャンプ・ミュージックを。

『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』に全25曲収録されている黒人ジャンプ・サウンドは、21世紀の若いリスナー、それも二十歳前後あたりの大学生世代にも訴えかけるパワーがあるみたいだ。ってことを、あれは何年のことだったか、とにかく21世紀だけど、かつての勤務大学の音楽の講義で、この MCA ジェムズ盤から二、三曲かけた際に僕は痛感した。

その日の講義終わりにではなくて、何週か経ってからの講義終了後に教室を去ろうとする僕に、とある男子学生が話しかけてきたんだよね。戸嶋先生、こないだの『ブラック・ビートの火薬庫』っていう CD は、いまでも買えるですか?!って、あれ、よかったです、僕もほしいので中古 CD 屋さんで探してみます!って、言ってくれたんだった。どの曲を僕がチョイスして授業でかけたのかは憶えていないが、ジャンプ・ミュージック特集の週だったはずだから、ハンプトン楽団の「フライング・ホーム」やアースキン・ホーキンズ楽団のコーラル盤ヴァージョン「アフター・アワーズ」なんかと並べたはず。ホント何年のことだっけなあ?と思って mixi 日記で探したら2007年の6月26日だ。この年のこの授業二週目に、ある方と初めてお会いしたんだった。

その2007/6/26の mixi 日記を読みなおすと(この年、僕はこの講義内容のレジュメを mixi 日記に書いていた)、この日はブギ・ウギからジャンプの流れを説明し、それがリズム&ブルーズ、ひいてはロック誕生につながったことを説明している回だ。この当時の僕は歴史的仮名遣で書いていたのがそのまま出てくるのも懐かしい。それにしても僕って、聴いている音楽やそれについて語る内容が、10年経ってもまぁ〜ったく変わっていないじゃないか(苦笑)。

とうようさん編纂の『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』では、ラテン・テイストも聴き逃せないところ。こっちのほうは2007年にはそんな強くは自覚していなかったが、いまやこのアンソロジー編纂の隠し意図に違いないと確信するようになっている。

例えばアルバム6曲目、スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」(1941)ー 英語では「”ランバ”・ブルーズ」の読みが正しいし、実際そう歌っている ー とか、18曲目ルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」(1947)あたりは、聴いたらだれでもカリビアン〜ラテンなジャンプ・ブルーズだと分るほど鮮明。
露骨にラテン・アクセントを隠さないのはこれら二曲だけなんだけど、どっちもトランペッターがあの有名なキューバン・ソン楽曲「南京豆売り」のフレーズを吹いている。1930年のあの全米大ヒットが、どれだけ大きなものを北米合衆国の大衆音楽にも残したのか、よく分るよなあ。スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」もルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」も、あえて意識して「南京豆売り」を下敷きにして曲づくりしたのか?と思えてくるほど。

その他、アンソロジー・アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』でも、中南米、あ、いや、中米だけか?の音楽の痕跡は随所にある。1940年代からの黒人ジャンプって、基本的にはブルーズ、それもブギ・ウギを土台にして、ジャズ・ミュージックのなかでビート感を強め、日常生活の猥雑さもとりこんで、というかもとからあるものだからそれを隠さず出して、そこにこれまた抜きがたいカリブ音楽なまりをも隠さず表現したっていう、端的に言えばこんな音楽だと言えるかなあ。

だからリズム&ブルーズやロック・ミュージックがあんな感じになっているのも当たり前なんだよね。僕自身はどっちかというと耳がジャズ寄りの人間だから、それら同系統の音楽のなかではジャンプ・ミュージックにいちばん親近感があって、これら三者ではふだんから最もよく聴くものなんだよ。前々から毎度毎度同じことの繰返しでスンマセン。

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