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2017/12/01

ベルリンの街に舞い落ちる枯葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、この全七トラックのプレイリストについて、データを書いておこう。曲はもちろんぜんぶ「枯葉」で、トランペットも当然すべてマイルズ・デイヴィス。

 

 

(1)モノラル・ヴァージョン。1958年3月9日、ニュー・ジャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオ録音。

 

キャノンボール・アダリーのアルバム『サムシン・エルス』収録。

 

ジュリアン・キャノンボール・アダリー(アルト・サックス)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)。

 

 

 

 

(2) ステレオ・ヴァージョン。それ以外はぜんぶ(1)と同じ。

 

 

(3)1961年4月22日 、サン・フランシスコのブラックホークでのライヴ録音。

 

2003年リリースの CD 四枚組『イン・パースン・フライデイ・アンド・サタデイ・ナイツ・アト・ザ・ブラックホーク、コンプリート』収録。

 

ハンク・モブリー(テナー・サックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェインバーズ(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)。

 

 

 

 

(4)1963年7月27日、フランス、アンチーブでのライヴ録音。

 

『マイルズ・イン・ユーロップ』収録。

 

ジョージ・コールマン(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムズ(ドラムス)。

 

 

 

 

(5) 1964年2月12日、ニュー・ヨークのフィルハーモニック・ホールでのライヴ録音。

 

2004年リリースの CD 七枚組『セヴン・ステップス:ザ・コンプリート・コロンビア・レコーディングズ 1963-1964』収録。

 

ジョージ・コールマン(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムズ(ドラムス)。

 

 

 

 

(6) 1964年9月25日、西ドイツ、ベルリンでのライヴ録音。

 

アルバム『マイルズ・イン・バーリン』収録。

 

ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムズ(ドラムス)。

 

 

 

 

(7) 1965年12月23日、シカゴのプラグド・ニッケルでのライヴ録音。

 

1995年発売の CD 七枚組『ザ・コンプリート・ライヴ・アト・ザ・プラグド・ニッケル 1965』収録。

 

ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムズ(ドラムス)。

 

 

 

 

 

なにかオーディオ関係のことを新しくしたり、修理したり、とにかくなにか変えたときのチェック用に、僕はキャノンボール・アダリー名義の1958年ブルー・ノート盤『サムシン・エルス』一曲目の「枯葉」を使う癖がある。もう大学生の時にそうなって以来、いままでずっとぜんぶそうなのだ。まず確かめるのが左右2チャンネルの接続が正しくできているかどうか。ところが……。

 

 

 

 

Spotify を(部分的に)使うようになって、そのときどの装置で聴くかをセッティングしたり、その後また変えたりもしたので、それでやっぱりこれで、と思ってキャノンボールの『サムシン・エルス』を探して、あ、そうそう、このジャケットだよと思い聴いてみたら、モノラル・ヴァージョンのアルバムだったから、左右2チャンネルのチェックができなかった。

 

 

 

 

そう、つまりあの『サムシン・エルス』にはモノラル盤があるんだよね。というと多くのジャズ・リスナーは驚くか、驚かないまでも聴いたことがない、どこで入手したんだ?と思うかもしれないよね。でもまあ驚きはしないのかな、1958年に録音、発売されたアルバムだから。大手コロンビアなんかですらまだまだモノラル盤が標準、というかそれしか売っていなかった時代だから、インディのブルー・ノートはもちろんモノラル・アルバムしか売っていなかっただろう。

 

 

 

 

でもこれはどこにも明確な記載がないことだ。だから僕は1998年の、ルディ・ヴァン・ゲルダー自ら手がけた『サムシン・エルス』リイシュー CD を、店頭で買うときにはやはりどこにもステレオだかモノだか記載がなかったはずなのだが、家に帰って聴いてみてビックリするまで、ま〜ったくこの事実、すなわちこのアルバムにモノラル・マスターがあったということを知らなかった。

 

 

Spotify にあるキャノンボールの『サムシン・エルス』は、そのルディ・ヴァン・ゲルダー・リマスターのモノラル・エディションなんだよね。えぇ〜それじゃあちょっと…、まあ音質はこっちのほうがいいと CD で聴いて知ってはいたが、左右2チャンネルのチェックができないじゃ〜ん。ってことで、オーディオ・チェックには違うアルバムを使った。その後 Spotify でよく探すと、同じキャノンボールの『サムシン・エルス』でも、やっぱり長年ずっと標準だったステレオ・エディションもちゃんとあったのだが、なんだかおかしなジャケットなんだよなあ。すぐには見つけられなかった。

 

 

そんなわけで今日のプレイリスト1トラック目(モノ)と2トラック目(ステレオ)があるといういうわけ。もちろん演奏は同じ内容だし、それについてはもはや語る内容もないよう〜。ちょっとだけ付記しておくと、この印象的な冒頭部のアレンジは、マイルズが好きだったジャズ・ピアニスト、アーマッド・ジャマルのアレンジをそのままパクったものだが、それをマイルズ自身は引き継がなかった。やはりそこは名義上だけとはいえキャノンボールがボスなので、あのアレンジは、独立後のキャノンボールのバンドのものとなって、実際、ライヴ・アルバムで聴ける。

 

 

マイルズも「枯葉」はその後のライヴでやるものの(公式盤収録は上の五つでぜんぶ)、上のプレイリストでお聴きになって分るように、イントロもなしでいきなり自分が吹きはじめるというパターンをとった。アレンジなしみたいに聴こえるかもしれないが、演奏全体、特にソロ部分背後でのリズム・セクションの動きはアレンジされているか、あるいは自然発生的だとしてもバンドの統一感、一体感が生まれていて、たんなるスポンティニアスな演奏というだけでなく、繊細微妙な構築美が聴ける部分もある。

 

 

マイルズが自己のレギュラー・コンボでのライヴではじめて「枯葉」をやったのは、1960年後半の、サックスがソニー・スティットだった時期だけど、それはブートレグでしか聴けず。だから今日はいつものとおりとりあげない。公式盤収録は、上記のとおり1961年のブラックホーク・ライヴのものが、録音時期はいちばん早い。がしかしそれは2003年リリースだから、リアルタイム・リリースでの初登場は、新バンドになった『マイルズ・イン・ユーロップ』だ。1964年のレコード発売。

 

 

しかしここでまた問題があって、オリジナルの『マイルズ・イン・ユーロップ』収録の「枯葉」は、約二分短く編集されていた。たしか20世紀と21世紀の変わり目あたりに再発された同アルバムの CD から、ノー・カットのフル・ヴァージョンになったんだよね。『マイルズ・イン・ユーロップ』で短く編集されているのは、「枯葉」以外にも二曲あるが、今日の話題じゃないので省略。アナログ・レコード収録可能時間の問題だった。それら短縮編集ヴァージョンは Spotify には存在しない。いまや CD もふつうには買えませんから〜。

 

 

『マイルズ・イン・ユーロップ』の「枯葉」で短くなっているのは、二番手でソロをとるジョージ・コールマンのテナー・サックス・ソロだ。チョ〜メンドくさかったが聴き比べて確認した。フル・ヴァージョンにおける(曲全体の)4:53 〜6:37 がなくなっていて、その前後をピッタリくっつけてあるんだなあ。しかしこれ、短縮ヴァージョンで長年ずっと僕も聴いていたが、気がつかなかった。かなり巧妙なテープ編集だなあ。

 

 

しかしそのアンチーブでの編集版「枯葉」は二分以上も短かった。だからどこかほかのところ、確かめていないがたぶんハービー・ハンコックのピアノ・ソロもどこかをちょっとだけカットしてあると思う。さすがにマイルズのソロは切りにくいだろうし、ジョージ・コールマンのソロ部分は慎重に聴き比べて判断したので、そうなんだろうと思う。

 

 

ここまでモノラルかステレオか、編集済みか未編集かなどと、瑣末なことだった。すでに長くなってしまっているが、音楽内容にも少しは触れておこう。マイルズ・バンドがライヴでやる「枯葉」で、いちばん素晴らしいと僕が信じているのが、上記プレイリスト六曲目のベルリン・ライヴ。その次が四曲目のアンチーブ・ライヴ。1961年の旧バンドでのブラックホーク・ライヴも湿度の高い情緒があって好きだけど、きわめて残念なのがマイルズのソロ演奏途中から収録されていることだ。コンプリートだったら一位に選んでもいいくらい好きなんだけど…。う〜ん、残念だ。

 

 

そう、マイルズ・バンドの1960年代は情緒がどんどん乾いていったんだよね。新バンド、すなわちリズムがハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズになって以後は。これは「枯葉」だけのことでもライヴ演奏のことだけでもなく、一般的に言えることなんだよね。リリシズムがありはするものの、ふつうの意味でのいわゆるリリカルさではなくなった。それが好きかどうかは個人個人の好みの差だ。いいとか悪いとかじゃあない。

 

 

そうしてフィーリングが乾いていった新バンドでのライヴにおける「枯葉」だけど、それでもこのバンドのライヴ録音盤初お目見えだった1963年アンチーブ・ライヴでは、まだ少し湿っているよね。マイルズの吹きかたは61年のブラックホーク・ライヴと大差ない、というかほぼまったく変化なしだけど、このトランペッターはバックのリズム・セクションのフィーリングの変化に左右される、むしろ好んで左右されようと、それでもって自分の音楽を刷新しようとしていった人だ。だから、新しいリズムになったアンチーブ・ライヴでは、トランペット・ソロ内容が違って聴こえるのが面白い。

 

 

1963年アンチーブ・ライヴではジョージ・コールマンも健闘しているが、やっぱりちょっとなあ…。ハービーのピアノ・ソロは、64〜65年のライヴと比較すると、まだまだ完成度が低いように感じる。そういうわけでサックスがウェイン・ショーターに交代した時代の、スタジオでもライヴでも正真正銘初の公式録音である1964年9月25日、ベルリン・ライヴでの「枯葉」。これは絶品だ。むかしから、大学生のころから、この印象派ふうな「枯葉」が僕は大好きなんだよね。

 

 

ベルリン・ライヴでの「枯葉」。一番手のマイルズがソロを吹く背後でのリズム・セクション三人の動きに注目して聴いてほしい。特にブラシを使うトニー・ウィリアムズの叩きかた、いや、撫でかたが素晴らしい。ハタハタ、ヒラヒラと、まるで枯葉が落ちていき舞うのが目の前に見えるようなドラミングじゃないか。ハービーの右手シングル・トーンによるフレイジングもそうだ(特に 3:29 〜 3:47)。そのあいだロンがしっかり2/4拍子で支えていて、この三人が一体となって、ボスのハーマン・ミュート・トランペットによる、緊密に構築された美を放つソロを際立たせている。いやあ、素晴らしいよなあ。

 

 

二番手ウェインのテナー・サックス・ソロになると、また違った独特の鋭角的なフィーリングがあって、マイルズの印象派ふうなリリシズムとはかなり違うが、三番手ハービーのピアノ・ソロとあわせ、内容はかなりいい。(サックス奏者は変わっても)この新バンドによる「枯葉」でのソロのなかで、ふたりともいちばんいいのがこれだ。ウェインのテナー・ソロ終盤部でワン・コードになってチェンジせず、そのまましばらく吹き続けてグイグイ盛り上がっていくあたりはスリリングで息を飲む。そしてそのワン・コード部をウェインが吹き終えたら、そのままハービーの、右手の転がるようなシングル・ノーツが印象的なピアノ・ソロになる。

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コメント

気持ちのいいお話をありがとう。
とんちんの話は曲を聴いているような気持ちになるところがいいね。
ところで、ぼくのイン・ヨーロッパはモノラルだけど、これもステレオがあるの?それから、昔、石丸電気でマイ・ファニー・ヴァレンタインのレコードを買おうとしたらモノラルも売ってたけど、輸入盤だったからそんなのもあった時代なのかな?
でもまあほんとにライブ感のあるお話、いつもいい感じだねぇ(^^)

『マイルズ・イン・ヨーロッパ』はいまでもモノ盤しかないはず。『イン・ベルリン』も、長年ずっとステレオ盤であるかのような顔をしてたけど、あれはいわゆる疑似ステレオで、あれは人類史上最大の悪行だよなあ。いまではモノ盤が標準になっているはず。『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』は、僕のばあいはステレオ盤しか聴いたことないけど、1964年のレコードだからモノ盤があっても不思議じゃないよね。

擬似ステってあったねぇ。イン・ベルリンはそうなのか。ヴァレンタインのモノラルは、ブルーがかったモノクロだったような気がするけど、古い記憶過ぎて思い込みかもしれない。

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