師走はさすがに忙しい 〜 坂田明を礼賛す
謎なのは渡辺香津美がどうして坂田明を使わずにデイヴィッド・サンボーンにしたのか?ってことだ。主役を持っていかれてしまうと危惧した、ということしか考えられる理由はない。つまりそれだけ坂田を畏れた、あるいはサンボーンなら大丈夫だろうと軽く見た、というと言いすぎかもしれないが、あの1985年『MOBO SPLASH』での「師走はさすがに忙しい」(US リリース時の英題が ‘Busiest Night’) は、僕にとってはイマイチ。
それくらい前1984年のライヴ・ヴァージョン「師走はさすがに忙しい」での坂田明がもんのすごかったんだよね。いちばん上でリンクを貼った YouTube 音源で、ぜひみなさんも聴いてほしい。説明文に書いてあるように、これは山下洋輔が主役のリサイタルからの一曲で、ラジオ番組『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』からのエア・チェック・テープをもとに、自分でデジタライズした。
残念なのはエレベ奏者がだれなのかがいくら調べてても分らないこと。あの日の深夜の FM 東京のその番組でも演奏者名は言わなかったように記憶している。判明しているメンツは、テープに残されている山下洋輔のステージ上での紹介の声から聴きとっているだけなんだよね。このラジオ番組にかんしては、詳しい情報を記したところがネットにあるのにパーソネルだけ記載がないのは、そのせいだと思う。1984年というのだって放送年がそうだから録音年もそうだと自分で判断しているだけだ。あの『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』で流れる貞夫さんのやほかの人のライヴ音源は、ぜんぶ収録してあまり間をおかずに放送していたので、そうなんだろうと。
「師走はさすがに忙しい」は、もちろん渡辺香津美の曲。正式スタジオ録音が上述の『MOBO SPLASH』に収録されているわけだけど、その前の年に山下洋輔主宰のリサイタルで、香津美自身もギターで参加してライヴで披露したんだよね。もちろん山下がピアノ、ドラムスは村上ポンタ秀一で、エレベはホントだれなんだ?演奏を聴いてもエレベは完全に100%脇役の堅実地味な弾きかただから、分らなくてもさしつかえないような気もするけれど。五人とも健在だから(ってベース奏者は知りませんが)、お尋ねすれば憶えていらっしゃるんじゃないかなあ。僕が直接聞けるチャンスはないと思う。
渡辺香津美1985年『MOBO SPLASH』ヴァージョンの「師走はさすがに忙しい」をほとんど憶えていないので、その前年の山下洋輔クインテットのこのライヴ・ヴァージョンの話しかできないが、勘弁してほしい。香津美の書いたテーマは、グルグル廻るようなギター・リフから入って、そのまま主旋律になって、それはいかにも12月の年の瀬で忙しいというようなフィーリング。このころ香津美はたしかスタインバーガーのギターを使っていたんじゃないかなあ?記憶違いかもしれない。
サビ部分から坂田明のサックスも鮮明な音で合奏で参加。その後ブリッジ部分みたいな反復があったのち、パッとリズムが止まって香津美のギターが独りで静かにたたずむパートが来る。この動/静のコントラストは、そのまま山下洋輔、渡辺香津美、坂田と三人のソロでも使われている。というかはっきり言うと、リズム・セクションがぜんぜん伴奏しないその<静>部分での無伴奏ソロのほうが、どっちかというと聴きものなんじゃないかなあ。
リズムはまあその〜、村上ポンタ秀一がシモンズ・ドラムスを叩いているのが、いかにも1980年代というチープな感じで、シモンズ・ドラムスってあのころみんな使っていたけれど、いま聴くとこりゃちょっとどうにもなあ…。ポンタもこの日のリサイタルで「師走はさすがに忙しい」の前にやったデューク・エリントン・ナンバー「コットン・テイル」(はテナー・サックスが松本英彦、ウッド・ベースが吉野弘志だと山下洋輔が紹介しているカルテット編成)では、ふつうのドラム・セットを叩いているから、「師走はさすがに忙しい」は、たぶん1984年の時代の最先端サウンドにしたいということで、渡辺香津美の出したアイデアでシモンズ・ドラムスを叩いたのか?あるいはポンタ自身の意向だったのか?
時代の最先端サウンドといっても、山下洋輔、坂田明の二名の演奏は、むかし森山威男とのトリオで活動していた1970年代前半となんら変化がない。そんでもって、時代の先端流行サウンドを追った渡辺香津美の1985年作『MOBO SPLASH』ヴァージョンの「師走はさすがに忙しい」をはるかに凌駕しているんだから、だから、音楽の進化??ってなんなのさ〜?変化してつまらなくなるだけだったら、そんなものいらないでしょ〜。
このライヴでの「師走はさすがに忙しい」では、まず一番手の山下洋輔のピアノ・ソロからすでに素晴らしく、かなり活躍しているよね。特に 2:17 〜 2:21 でのリズミカルなワン・ノート反復や、そのあとでの、やはりあいかわらずの不協和で不穏なブロック・コード連打など、聴きどころは多い。<静>パートのピアノ独奏になると、バラード調で美しくリリカルに弾いている。最後に一発ブロック・コードをゴ〜ンとやっておしまい。しかも曲の演奏での山下は、伴奏に廻っているときの貢献度だって大きい。
二番手、渡辺香津美のギター・ソロは、いかにもこの時代の彼らしい音色のつくりかたとその変化のさせかた(エフェクターを使ってなんどもチェンジしているよね)で、フレイジングも予測不能な突拍子もなさ。後半部の伴奏リフを坂田明が入れている。<静>パートのギター独奏で、またふたたび音色をチェンジ。ファンシーなサウンドでディズニー・ソング「星に願いを」の一節を弾いたかと思うと、次の瞬間にまた音色をかえてレッド・ツェッペリンの「ハートブレイカー」を引用する。
問題は、ではなくてこのライヴの「師走はさすがに忙しい」での最大の聴きものは、その次に入ってくる坂田明のアルト・サックス・ソロだ。伴奏陣のパターン・チェンジなどそのほか委細かまわず、坂田自身の信ずる道をただひたすらに突っ走っている。アトーナルなフリーキー・トーンの連発で、バンドのリズム、和音構成などかまわずに吹きたいことを吹くという、真の意味でのフリー・ジャズ演奏だ。終盤で一瞬、山下洋輔のピアノの音が大きくなりすぎてサックスの音が聴こえなくなるが、山下はすぐに気づいて、即、修正。
そのあと例によっての<静>パートの無伴奏アルト・ソロになると、坂田明のアルト・サックスのあまりの美しさに息を飲み、聴き惚れちゃうよなあ。ところどころ米ブラック・ミュージック・ルーツに立ち返ったような吹きかたをするのも僕は大好きだ。フリーキー・パートも含め、フリー・ジャズにおけるパッションの表現とはこうやるもんだという、まるで教科書のようなサックス吹奏だ。最終テーマを合奏し曲全体の演奏が終了すると、思わずドラムスの村上ポンタ秀一が興奮しスティックを鳴らして賞賛。リーダーの山下洋輔も感極まったような声で「坂田明でした!坂田明!!」と叫んでいる。
そりゃあそうだよ〜。渡辺香津美が坂田明を使わずデイヴィッド・サンボーンにした気持が、ほんのちょっとだけ分ってきたような、そうでもないような…。
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