『アマンドラ』ってわりといいじゃん
予告どおり、これも以前の余滴(その二)。正直に告白すると、あのときまで僕はマイルズ・デイヴィスの1989年リリース作『アマンドラ』をそんなにいいとは思っていなかった。1986年のワーナー移籍後では、第一作の『TUTU』がいちばん好きで内容もいいとずっと感じていて、あとは死後リリースになった『ドゥー・バップ』もいいじゃんとか、そんな感じだった。僕のばあい最初から CD で買った『アマンドラ』は、なんだか平凡で地味な作品だなあという印象が続いていたんだよね。
その印象がついこないだひっくり返ったのだった。いちばんいいのは、そのとき(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/3-81-9723.html)も書いたがリズムだよね。シンセサイザーもたくさん使ってあるし、なんだか軽くてポップなものを敬遠していた時期が長い僕だから、そういうサウンドの表面的な軽さに惑わされて警戒心が働いていたんだろうなあ。
同じマーカス・ミラーとの全面コラボレイションでやった1886年の『TUTU』はもっとずっしり来るというか、あれはベーシック・トラックのだいたいの部分がマーカス一人で創ったものだけど、スタジオ録音の際の晩年のマイルズにとってのバック・バンドとは、すなわちイコール、カラオケ伴奏だったから、あれでオッケーだと僕は思っていて、いろんな楽器奏者がわりとたくさん参加している『アマンドラ』は、かえって面白くないとか、そう感じていたのかなあ?
『アマンドラ』もサウンド創りの基本は『TUTU』と同じだけど、ワーナー移籍後のマイルズにしてはスタジオとライヴとの差が最も小さい作品だ。生楽器奏者がたくさん参加しているせいで生のグルーヴが生まれていることもあるけれど、それはボス自身がバンドでスタジオ録音したかった、作品創りしたかったという願望の現れだったのかもしれない。つまり、まだまだハードなスケジュールをこなしていたライヴ・ツアーのようなフィーリングで、そのまま。
そのままといっても、もちろん基本的にはマーカス・ミラーが一人で曲を考えてサウンドの方向性も決めて、ものによっては一人多重録音でベーシック・トラックも創りなどしている『アマンドラ』だけど、しかし『TUTU』みたいに本当にマーカスとマイルズの二人だけでっていうのが多いというような曲は、『アマンドラ』には実は一個もない。一人、二人なんてもんじゃなく、けっこうたくさんのミュージシャンが、曲によってメンツを替えながら、どんどん参加して演奏している。
最大のものは、当時のレギュラー・バンドのサックス奏者ケニー・ギャレットがかなりたくさん参加してアルトでソロを吹いていることだ。当時のマイルズ・バンドのライヴを現場でも録音でも体験したことのあるかたなら、ケニーのアルトがビッグ・ヴォイスだったことをご存知のはず。ハッキリ言ってしまうと、晩年のマイルズには、もうそんなに大きな体力も残っていなかったし、吹奏技巧も衰えていたしで、ライヴ(全体は長尺のばあいも多かった)ではトランペットをチョロチョロっと吹いてはすぐにケニーのサックスやフルートや、フォーリーのリード・ベース(という名のギター)に長めのソロをやらせていた。
スタジオ作『アマンドラ』だと、フォーリー(は音楽活動で本名は使わない人だから書いちゃダメ)は少ししか参加がないが、ケニー・ギャレットがたくさんアルト・サックスで吹いている。ライヴと違って時間的制約が厳しいから尺は短いが、生演奏のアルトでソロを吹くだけでなく、ボスのトランペットにもどんどんからんでいる。これはマイルズのほうの意向だったみたいだよ。ライヴ・ステージでも自ら吹きながらケニーのところに歩み寄って(81年復帰後から無線電波で音を飛ばす装置を使用)掛け合いでやるように促していた。フォーリーともそうやっていたが、そっちは『アマンドラ』では聴けない。
エレベはぜんぶマーカス・ミラーが弾くけれど、『TUTU』みたいにリズム・トラックのすべてまで自分で創るってことはほぼなくて、「カテンベ」、「コブラ」(はマーカスも参加だが、ジョージ・デュークが主導)、「ジョ・ジョ」の三曲以外は、ぜんぶ生演奏ドラマーが叩いてリズムを創っているのが、いまとなってはかなりいい感じに聴こえる。
なかにはアル・フォスターが叩くものだって一曲だけあるもんね。アルバム・ラストの「ミスター・パストリアス」がそれ。マイルズとジャコ・パストリアスに接点はなかったはずだから、やっぱりマーカスの先輩ベーシストで憧れの存在でもあったからこういう曲名にしてあるんだろう。演奏の中身もなんだかレクイエムみたいなものだしなあ。マーカスは演奏後ボスに、「曲題が気に入らなかったら変えましょうか?」と聞いたらしい。
しかもその「ミスター・パストリアス」は、あとからマーカス・ミラーがキーボード類で音を足してはいるものの、ベーシック・トラックはマイルズ、マーカス、アル・フォスターの三人同時生演奏の即興で収録したものだ。マーカスが4/4拍子のラニング・ベースを弾く部分もある。こういうジャジーな曲調だと、ほかの曲で叩いているオマー・ハキム(はマーカスのお気に入りだったみたい)やリッキー・ウェルマン(は当時のマイルズ・バンド・レギュラー)よりも、アル・フォスターのほうがハマる。なんでもないふつうのジャズだけれどね、この「ミスター・パストリアス」は。みんなイイって言うけれど、ちょっとそれは感傷に流されているかもしれないと思う。
こういうのじゃなくて、また似たようなバラード調の六曲目「アマンドラ」(でピアノを弾くのがジョー・サンプル)でもなくて、だって実際僕にはあまり面白くないからこういうのではなく、以前書いたようにカリブのアフロ・クレオール・ミュージックであるズークっぽくて、隠しテーマとしてアフリカ大陸を見据えているようなグルーヴを持つもののほうがいいんじゃないかなあ。
ってことは全八曲のアルバム『アマンドラ』では、残りの六曲となって、しかし二曲目の「コブラ」はイマイチだ。七曲目の「ジリ」は、演奏でも参加のジョン・ビガムの書いた曲で、これはこれでなかなか面白い。ジョン・ビガムという人はパーカッショニストとしてほんのちょっとだけマイルズ・バンドのライヴ・ツアーに帯同していたこともあって、ブートレグでなら聴けるけれど、基本的にはエレクトロニック・パーカッショニストなんだよね。だからなのかどうなのか、コンピューターや鍵盤シンセなどもやる。
しかも「ジリ」には生演奏ドラマーのリッキー・ウェルマンが参加して叩いている上に、ジョン・ビガムのプログラミングによるドラム・マシンも使われていて、かなり面白いビートなんだよなあ。かなり強くシンコペイトし、リッキーが本領であるゴー・ゴー(ワシントン D.C.の黒人音楽) のパターンを叩きながらも、曲全体のノリはヒップ・ホップ・ジャズを一瞬思わせるところもある。この「ジリ」は、マーカス・ミラーよりもジョン・ビガムが主導権を握っての製作だったかもしれない。
そのほかだと、一曲目「カテンベ」、三曲目「ビッグ・タイム」、四曲目「ハニバル」、五曲目「ジョ・ジョ」となるけれど、以前からみんながいちばん注目するのは「ハニバル」だった。理由は二つあって、一つはこの曲でのマイルズの感情表現の入れ込みようがなんだかずいぶんとディープだし、本当、このころのマイルズにしてはありえないと思うほど演奏に没入しているから。もう一つは最晩年の重要レパートリーとなって、ライヴでは必ず演奏されたからだ。
たしかに四曲目「ハニバル」は素晴らしい。でもだいたいみんなマイルズのことしか言わないけれど、僕はボスだけじゃなくて、アルトのケニー・ギャレットも、そして伴奏も、強いパッションを感じるものだと思うよ。曲じたいがそういうものだと僕には思える。書いたマーカス・ミラーはどうしてこんなパッショネイトな曲を持ってきたんだろうなあ?ここで叩くオマー・ハキムのドラミングもポリリズミックで激しくてイイなあ。ずっと鳴っているスティール・パンみたいなサウンドはマーカスのプログラムなのか、パーカッション担当のポーリニョ・ダ・コスタの生演奏なのか、どっちなんだろう?バンドの演奏するキメもシャープでカッコイイ。
でも「ハニバル」はあからさまに盛り上がりやすい曲だから、まだ分りやすいんだ。だからマイルズもライヴでの定番演奏曲にしたんだろうし。でもアルバム『アマンドラ』だと一曲目の「カテンベ」のほうが、僕にとっては楽しいんだよね。マイルズのソロのあいだに背後で入るエレキ・ギター・カッティング(はマーカスの演奏)と、複数本サックスのリフが入るところがかなり気持いいんだよね。ケニー・ギャレットも参加しているが、たぶんマーカスの吹くソプラノ・サックスと一緒に音を重ねてあるんだろう。
しかし「カテンベ」に専門ドラマーはいない。ドラムスもマーカスの演奏で、ボスを除く演奏メンツもかなり少ない四人。四人というのは、たった三人の上述「ミスター・パストリアス」の次に少ないんだよね。それで「カテンベ」ではこんな面白いグルーヴに仕上がっているわけだから、じゃあやっぱり結局同時生演奏こそで出せるナマのビート感ってなんだったんだ?ってことになってしまって、上のほうで僕自身が書いたことと自家撞着を起こしてしまった。いつもいつも、計画や組み立てなしで書き進むからこうなるんだよね。いやでもホント、「カテンベ」ってカッコイイって思わない?ソロがじゃなくて、リズムとサウンド・アレンジがさ。
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