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2017/12/12

ほのかな望みもなく 〜 ボビー・ハケット

 

 

ボビー・ハケットはジャズ・コルネット奏者。トランペットは吹かなかったはずだ。ハケットのアイドルだったビックス・バイダーベックもコルネット。そしてザ・マスター・オヴ・マスターズのルイ・アームストロングもコルネットを吹いた場合が多い。でもこのコルネット/トランペットの区別にこだわるのにあんまり意味はないと思う。これはコルネット、これはトランペットとクレジットされているものをジックリ聴き比べても、僕には音の違いがゼロだもんね。サッチモだってこの二つの違いを問われて、「ケースに入れたときの隙間がどれだけできるかの違いだけ、ホントにそれだけなんだよ」と言っていた。

 

 

でもアメリカのジャズ界では、ある時期以後コルネットというクレジットは見かけなくなったよなあ。戦前ジャズの世界にはあんなにたくさんいたのに不思議だ。音が同じだから、各種の理由(たとえば修理の際扱ってもらいやすいとかってあるのかなあ?)でかどうか分らないが、トランペット・オンリーにシフトしたのだろうか?でもたとえばブラジルのショーロ界だと、いまでもコルネット奏者がいるよねえ。このへん、考えてみたら面白いのかもしれないが、僕はやりません。

 

 

ボビー・ハケットのばあい、ある時期以後西海岸に移住してイージー・リスニング・ミュージックをどんどん手がけるようになって以後のほうが、経済的には安定したはず。そんな時代でもときどきジャズを演奏することがあったそうで、一度だけジャズ・マンとして来日もしている。つまり日本でもある世代以上にはそれくらい人気だったんだよね。いまやだれも話題にしないし、僕も思い入れがある世代じゃないないのに、どうしてだかボビー・ハケット、大好きなんだなあ。

 

 

でもって今日もこれまたエピック・イン・ジャズのシリーズ(ぜんぶ猫ジャケ)からボビー・ハケット名義の『ザ・ハケット・ホーン』のことを書いておこう。このジャズ・コルネット奏者が注目されるようになったのは、例の1938年ベニー・グッドマン楽団のカーネギー・ホール・コンサートに出演し、ビックス・バイダーベックの役割で「アイム・カミング・ヴァージニア」を吹いたあたりからじゃないかなあ。ハケット自身のリーダー名義録音がはじまるのがちょうどその38年からだから。

 

 

その後、ルイ・アームストロングの例の1947年タウン・ホール・コンサートに出演したあたりが、ボビー・ハケットのジャズ・コルネット奏者としてのピークだったのかもしれない。もっとも僕自身はもう少しあと、1950年録音のリー・ワイリー『ナイト・イン・マンハッタン』での、えもいわれぬ情緒をかもしだすあのハケットのコルネットが素晴らしく聴こえ、この女性歌手のヴォーカルにオブリガートでからんだりソロを吹いたりしているのではじめて名前と演奏を知ったんだった。それで大好きになったんだよね、このコルネット奏者と女性歌手のことが。大学生になった最初のころの話だ。やっぱりシティ・ポップスが好きなんだよなあ、僕は。

 

 

そのリー・ワイリーの『ナイト・イン・マンハッタン』で僕がいちばん好きなのが A 面二曲目の「アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー」と三曲目の「ア・ゴースト・オヴ・ア・チャンス」。歌手もいいが、ボビー・ハケットのコルネットが、も〜う、絶品だ。どういう曲なのか、歌詞内容を考え込むといまの僕にはとってもつらい、というか真に迫りすぎてしまうので、音源だけご紹介しておく。ハケットのコルネットは、リー・ワイリーの歌う歌詞内容をしっかり踏まえたからみかたとソロの吹きかただ。あぁ〜、マジでヤバいなあ…。特に「ア・ゴースト・オヴ・ア・チャンス」がとってもダメだ。

 

 

 

ボビー・ハケット名義のエピック盤『ザ・ハケット・ホーン』にも「ア・ゴースト・オヴ・ア・チャンス」がある。現行CD だと六曲目。いちばん上でリンクを貼った Spotify のアルバムは、まだ全12曲だった時代のものをベースにしてあるので四曲目になっている。だからご存知ないかたのため、『ザ・ハケット・ホーン』現行 CD のコンテンツを以下に記しておこう。

 

 

1 At The Jazz Band Ball

 

2 That Da-Da Strain

 

3 Jammin' The Waltz

 

4 Clementine

 

5 Blue And Disillusioned

 

6 (I Don't Stand) A Ghost Of A Chance With You

 

7 Poor Butterfly

 

8 Doin' The New Low-Down

 

9 That's How Dreams Should End

 

10 Ain't Misbehavin'

 

11 Sunrise Serenade

 

12 Embraceable You

 

13 Bugle Call Rag

 

14 Ja-Da

 

15 Clarinet Marmalade

 

16 Singin' The Blues (Till My Daddy Comes Home)

 

 

録音年月日とパーソネルの細かいことは、一曲ごとにかなり食い違っていて、それはいろんなセッションからの寄せ集めアルバムだからだ。エピック・イン・ジャズのシリーズはどれもぜんぶそうなんだよね。つまり第二次大戦後になって、しかも記録音楽販売メディアの主流が LP レコードに移行したのちに、戦前の(コロンビア系録音の)ジャズってこんな感じだったんですよ〜ってことで編まれた、言ってみればお手軽入門アンソロジーのシリーズだってこと。『ザ・ハケット・ホーン』のレコード発売は1956年だった。

 

 

でもそんなお手軽紹介盤だったからといってバカにしないでほしい。いわゆるアルバムの単位ではエピック・イン・ジャズのシリーズでしか聴けなかった SP 音源も多いし、それは実を言うといまだにそういう部分がかなりある。だからファンは聴いておかないとね。裏返せば、親会社コロンビア、というかソニーか、がいまだにいかに古典復刻に不熱心かということをも物語っている。

 

 

『ザ・ハケット・ホーン』もそんな一枚なので、一曲づつぜんぶのデータを記すのが難儀なので、それは今日はやめておく。いちおう録音は1938年2月16日から1940年2月1日までで、ぜんぶがヴォキャリオン原盤。コルネットのボビー・ハケット以外の演奏メンツは、有名どころだけ書いておくと、たとえばクラリネットのピー・ウィー・ラッセル(1、2、5、12曲目)、ピアノのジョー・ブシュキン(3、4曲目)、そしてこいつこそ大物、ギターのエディ・コンドン(1、2、5、12曲目)。彼ら以外のミュージシャンは、無知な僕にはいまいちピンとこないので〜(^_^;)。

 

 

Spotify にあるのでも、また CD でお持ちのかたはそれでお聴きになって分るように、『ザ・ハケット・ホーン』はジャズ・コンボ編成のものとビッグ・バンド編成のものが入り混じっているので、サウンドの統一感みたいなものは薄い。しかも全体的にホットでシリアスというよりも、スウィートでムーディだよね。でもこれ、ボビー・ハケットがそんな資質のジャズ・マンだったからということ以上に、そもそもあのころのジャズの多くは雰囲気最重視の BGM であって、ダンスの伴奏に使ったり、どこかで流し聴きしたりで、みんなそれで楽しんでいたんだよね。

 

 

かのサッチモだって、またあるいはあんなに上昇、芸術志向が強かったデューク・エリントンの音楽でさえ、そうだったんだよね。こんなところも、大層な芸術品として崇め奉られるようになったモダン・ジャズ以後のものこそが「ジャズ」だとお考えのリスナーのみなさんには受けが悪い要素なんだろうと想像する。フリー・ジャズなんかの熱心な聴き手だったら、たとえば今日話題にしたボビー・ハケットなんかに一瞥もくれないはず。

 

 

僕のばあい、ビ・バップとかフリー・ジャズみたいな真剣勝負の世界も大好きだけど(ハード・バップはやっぱりムード重視じゃないの?)、そのいっぽうで、たとえば『ザ・ハケット・ホーン』で聴ける音楽とか、あるいはその主役コルネット奏者が参加したリー・ワイリーのアルバムとかの、あんなふうに甘くてソフトで雰囲気だけみたいなジャズ(じゃない?)だってかなり好きだなあ。

 

 

あと、これは上のほうでベニー・グッドマン関連で匂わせたから書かなくていいと思ったんだけどいちおう触れておくと、『ザ・ハケット・ホーン』でも聴けるボビー・ハケットのコルネット・スタイルを一言で指摘すると、<ニュー・ビックス・バイダーベック>。もうこれに尽きる。ハケットはビックスのイミテイターなんだよね。といってもいまの21世紀、サッチモですらほとんどだれも語らないのに、ビックスの模倣者だと言ってみたところで、そのビックスがぜんぜん聴かれていないのかもしれないから、伝わっていかないかもしれないが。

 

 

2015年9月3日に音楽ブログをはじめて(これもアナクロだが)、それでもってサッチモその他の、1920〜30年代末のジャズ録音のことをこれだけ熱心に書いている僕って、たんなる奇特なヤツってことなんだろうか?まあいいや、それでも、だれにも振り返ってもらえなくたって、今後も僕は僕なりの愛情を綴っていく。つまり “A Ghost of A Chance” 。

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コメント

 「いまの21世紀、サッチモですらほとんどだれも語らないのに……そのビックスがぜんぜん聴かれていないのかもしれない」 そうでしょうね。私がジャズを聴き出した60年代からそうでしたから。

 もう50年以上前の話ですが、大学のジャズ研の合宿で、先輩方がモダンジャズしか語らないわれわれ後輩に対し、サッチモやビックスを聞かなきゃあダメだと言い、このおっさんは何を言ってるんだと思ってましたが、その場で聞かされたサッチモの「ウエスト・エンド・ブルース」やビックスの「シンギン・ザ・ブルース」に驚愕。
 スタイルに関係なくいいジャズがあり、音楽全体にそういうことが言える、ということを教えてもらった気がする。

僕のばあい、10代の末ころから古いジャズが好きです。

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