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2017/12/17

アフロ・フュージョンのようでいて、あんがいメインストリーム・ジャズっぽい『Sadao Watanabe』

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こっちもアフロ・ジャズ・フュージョン作品に位置付けていいのかもしれない渡辺貞夫さんの1972年作『Sadao Watanabe』。CD では僕のばあい2014年に再発された(のはやっぱり初 CD 化ではない?)ものを持っているのだが、これ、むかしから大好きなんだよね。

でもずっと以前に書いたようにレコードで自宅に持っていた貞夫さんのアルバムは、日本中で一躍ブレイクした『カリフォルニア・シャワー』(ダサいといえばダサいな、このタイトル)と、その次の『モーニング・アイランド』だけ。『Sadao Watanabe』のことを憶えているのは、保守的傾向のジャズ喫茶でも頻繁にかかっていたからだ(昨日書いた『ムバリ・アフリカ』もそう)。そしてジャケットは一度見たら忘れられないデザインじゃないか。

そう、貞夫さんの『Sadao Watanabe』はジャズ保守層にも受け入れられていたんだよね。ジャズ・ジャーナリズムでもかなり高い評価を得ていたように記憶している。いま CD で聴きかえすとむべなるかなと思う。だってこのアルバムは、わりとふつうのジャズっぽいもんね。その上、昨日も触れたが1960年代ジョン・コルトレイン・ミュージックからそのまま流れてきているような音楽に聴こえる部分も大きい。

ジョン・コルトレインが1960年代にやっていた音楽を、電気楽器を使って音を増幅したり歪めたりしてリズムもファンク化すれば、70年代の先端アフロ・ジャズ・ファンクになる、というのが最近の僕の考えだっていうのは、70年代のああいったジャズ系のものを理解するためだけでなく、一時期ひどく文学的に、というか精神論みたいな語られかたばかりがはびこっていた60年代トレイン・ミュージックの真の理解へもつながるものだと、僕は信じている。

だけど、貞夫さんの1972年『Sadao Wanatabe』は、エレキ・ギターで高柳昌行が参加していることを除き(高柳以外のサイド・メン四人は当時のレギュラー・バンド)、バンド・サウンドは電化されていないし、そうでなくたってわりとメインストリームのジャズに近いような内容だよなあ。録音の二年前に初のアフリカ訪問を果たし、たくさん吸収して帰ってきての新作で、アルバム収録の全九曲もスワヒリ語題で…、とかっていうのは、肝心の音を聴くと意外な印象すら持つかもしれないメインストリーム・ジャズだよね。いい意味で。

アルバム一曲目「SASA」は、テンポ・ルパートの男声コーラスの祈りの声みたいなものだけに乗って貞夫さんがアルト・サックスで、これもやっぱり祈りを捧げているかのような演奏を聴かせる。こういうのもアフリカから持ち帰った成果なんだと思うんだけど、こうした、なんというかモーンっていうか敬虔な宗教的詠唱みたいなものは、アメリカのジャズ界にだって前からあるものだ。

それよりも二曲目「MTOTO」でテンポ・インしてからのグルーヴが素晴らしくカッチョエエ〜。ドラムスの倉田在秀もたった一人でポリリズムを叩き出していて、まるでアメリカのエルヴィン・ジョーンズみたいだ。貞夫さんがソプラニーノで熱情的なソロを吹くあいだも、高柳昌行がソニー・シャーロックみたいなフリーキー・トーンをギターで出して貞夫さんにからんでいる。ソロになってからの高柳の演奏はかなりの聴きもの。このアルバムを録音した六人のなかでは、いちばんフリー・ジャズ寄りのスタイルを持つ人だ(伝統的な弾きかたもできる)。

二曲目「MTOTO」ではリズムが本当にファンキーで、しかもワイルドなんだけど、二本の管楽器合奏部も含め、かなり丁寧にアレンジされてもいる。事前の口頭打ち合わせだけではちょっと演奏が難しそうな部分も散見するので、やはり譜面があってのことか、相当なリハーサルを積んだか、あるいは『Sadao Watanabe』を無人のイイノホールで一発録音する前に銀座のジャズ・クラブでライヴをやってそのまま臨んだんだそうだから、かなり練りこまれていたんだと思う。

三曲目「MTELENKO」では貞夫さんはフルートだけど、この曲を録音した1972年当時のウェザー・リポートのサウンドにソックリ。板橋文夫のフェンダー・ローズがいかにもあのころのジョー・ザヴィヌルっぽくて、ベースとドラムスもぐいぐい進むというよりは、泉の水が湧き出ながら一箇所でたたずんでいるかのごときグルーヴを表現しているのがウェザーっぽいんだよね。もしウェイン・ショーターがフルートでも吹いていたら、こりゃ区別不能だ。

四曲目「PORPMOKO LA MAJI」は、1960年代前半ごろのジョン・コルトレインのバンドにもしトロンボーン奏者が参加していたらこうなっただろうという、そのまんまなコルトレイン・スタイルのジャズ演奏で、貞夫さんの吹くソプラニーノも、まるでトレインのソプラノ・サックスだ。板橋文夫のピアノだってかなりのマッコイ・タイナーぶり。まあやっぱりあのへんのトレインの影響力が1972年の日本でもかなり大きかったんだろう。

でも五曲目「KIJIJI」は約三分と短いが、ちょっと従来路線でもないところがあって面白い。それは同じ一定パターンの反復で成り立っているというところ。リズム・セクションもそうだが、トロンボーンの福村博が最初から最後まで短い同一フレーズをただひたすらリピートしている。その上に貞夫さんのフルート・ソロが乗っかるという、ちょっとしたファンク・マナー・ピースなんだよね。アルバム『Sadao Watanabe』でそんなのはこれだけ。

六曲目「BARABARA」は10分近くあってアルバムでは一番の長尺ナンバーだし、貞夫さんも力を入れて、これを聴いてほしいという一曲だったんだろう。リズム・フィールにアフリカンだとかカリビアンだとかいったものは薄いように思うけれど、それでも倉田在秀が複雑なパターンを叩き出しているし、高柳昌行もからみながら貞夫さんがアルト・サックスで表現するのは、かなりの激情。ここまで鮮烈にほとばしっているような貞夫さんは、このあと少なくなっているように僕は思うんだけど、違うかなあ?

福村博の短いトローンボーン・ソロをはさんでの高柳は、まるで空洞ボディのジャズ・ギターでクリーン・トーンを弾くカルロス・サンタナといった趣で、かなりイイよ。そのギター・ソロ終盤から板橋文夫のピアノ・ソロ部あたりでの倉田のドラミングもめっちゃアツイ。

そのアツサは、1960年代(フリー・)ジャズ的なものから来ているんじゃないかと僕は思うんだけどね。貞夫さんがアフリカを意識して作曲し演奏したというのは、音の表層に分りやすくは出現していない。結果的に、あるいはルーツ的には、通底するものがあるわけだけどね、60年代(フリー・)ジャズとアフリカ志向は。だから六曲目「BARABARA」だけじゃなく、アルバム『Sadao Watanabe』にそれを読みとるのは可能だ。たしかにリズムが縦に多層的な重なり合っているところなんかはアフリカ音楽的だし。

アルバム『Sadao Watanabe』は、板橋文夫のピアノ伴奏だけで貞夫さんが淡々と美しくフルート(じゃなくてピッコロみたいな音に聴こえるが、やっぱりフルートだろう)を吹くバラード、なのかなんなのか、とにかく短いがリリカルで美しい八曲目「UPEPO」(いや、マジで素晴らしく綺麗です)をはさみ、ラストの「UMEME」でストレート・アヘッドな4/4拍子のジャズ演奏をやって締めくくられる。これはふつうの1950年代のハード・バップみたいなモダン・ジャズだ。

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