渡辺貞夫ポップ・フュージョン再評価(1)
四日連続シリーズの一回目。
昨年暮れごろに渡辺貞夫さんのアフリカン・ジャズ方面のことを書いたでしょ。きっかけは、初 CD リイシューじゃなかったとはいえ僕は初めて CD で久々に再会した1974年のライヴ・アルバム『ムバリ・アフリカ』が2017年11月29日に再発されたこと。ホントに嬉しくて、これの先鞭的な作品だった72年の『Sadao Watanabe』も聴きなおし夢中で書いた。いやあ〜、大好きなんだよね、僕は、あのへんの貞夫さんが。
それで貞夫さん熱がぶり返すようになって、ちょっと Spotify で探してみたら、ちょっとはあるんだ、貞夫さんのフュージョン作品が。特に1977年の『マイ・ディア・ライフ』、78年の『カリフォルニア・シャワー』、79年の『モーニング・アイランド』が揃っているのがいい。どうして81年の傑作『オレンジ・エクスプレス』がないのか?これのエレベはマーカス・ミラーで、タイトル曲でギター・ソロを弾くのはジョージ・ベンスンなんだけどなあ、とか思うけれど、ないものねだりしてもしょうがない。
それ以後のものも含め Spotify でどんどん聴いていたら、かなりおもしろいぞと感じるようになった。特にいいのが1977年『マイ・ディア・ライフ』、78年『カリフォルニア・シャワー』、81年『オレンジ・エクスプレス』だ。79年の『モーニング・アイランド』はいまではイマイチかなあとか思ったけれど、それら四枚、結局ぜんぶ CD を買った。
だからそれら四枚について、今日から四日間にわたり、貞夫さんのポップ・フュージョン作品関連を書いていきたい。だいたい貞夫さんのあのへんのソフトでとっつきやすくキャッチーで、憶えやすいからつい鼻歌みたいに口ずさめるようなフュージョンのことは、音楽的側面からは、いまだかつてだれもマトモな文章にしてくれていない。フュージョン・ミュージック全体がそういう扱いで、いまのいままでちゃんと聴いて向き合った文章は皆無だ。僕なんかに、ちゃんと向き合ったマトモな文章が書けるかどうかわからないが、だれもやらない、ひとつもないんだから、僕がちょっとくらいなにか書いたっていいでしょう。
ソフトでとっつきやすくキャッチーで、憶えやすいからつい鼻歌みたいに口ずさむような音楽と書いたけれど、1977年の『マイ・ディア・ライフ』は、実を言うとアルバムの大半がまだそうでもない面もある。親しみやすい曲は、貞夫さんの人生最大の代表曲になった、アルバム・ラストの「マイ・ディア・ライフ」だけで、ほかはけっこうハードでゴリゴリ来るシビアなアフリカ(or ブラジル)&ジャズ・フュージョンという面もあるんだよね。
しかもその親しみやすい曲「マイ・ディア・ライフ」だって、このアルバムに収録されているヴァージョンは、そんな側面ばかりじゃない。そういう印象になっているのは、この後の各種ライヴ・ヴァージョンなど、いろんなそのほかのヴァージョンによるものなんじゃないかとわかってきた。1977年スタジオ録音の「マイ・ディア・ライフ」はけっこうアフリカンで、しかもマイルズ・デイヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」みたいでもあるっていう。
アルバム『マイ・ディア・ライフ』が貞夫さんのポップ・フュージョン路線第一作だとみなされている最大の理由は、これがアメリカ西海岸のロス・アンジェルス録音で、現地のアメリカ人フュージョン・ミュージシャンを起用した最初のものだからだよね。録音は1977年の4月と6月で、このあとしばらく貞夫さんの作品でレギュラー起用されるようになるデイヴ・グルーシン(鍵盤)、リー・リトナー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、ハーヴィ・メイスン(ドラムス)らが揃っている。パーカッションはスティーヴ・フォーマンで、彼もその後の貞夫さん作品に参加しているものがある。このメンツは基本的にリーのアルバム『ジェントル・ソーツ』の面々をそのまま起用したもの。
もう一人、『マイ・ディア・ライフ』にはトロンボーンの福村博が参加している。福村は1970年代初期からずっと貞夫さんバンドのレギュラーだった。LA 録音に貞夫さんが連れて行った格好だけど、このアルバム録音が福村の貞夫さんバンドでのラストになった。でも貞夫さんはわりとトロンボーンが好きだったみたいだよね。ブラジル音楽の影響じゃないかと思う。向井滋春(も新宿ピットインでよく聴いた僕)なんかと相性良さそうだけど、共演があるのかどうかは知らない。
ロス・アンジェルスとかアメリカ人フュージョン・ミュージシャンたちとか、こういった録音場所とパーソネル起用は、貞夫さんの音楽キャリア初だったはずだ。なにがきっかけでどうしてそうなって、その後どんどんそれが加速することになったのか、僕にはいまだによくわからない、というか事情を知らないのでなにも書けないが、キャリアでの嚆矢となったのは間違いない。
アルバム『マイ・ディア・ライフ』は、ジャケット・デザインだってアフリカを思わせるものだし、中身を聴けば、四曲目の「L.A. サンセット」(ロスのサンセット大通りのことかなあ?)と五曲目の「浜辺のサンバ」を除くと、すべてアフリカン・ジャズ・フュージョンみたいで、つまり上で書いた1972〜74年作あたりの流れがまだかなり残っている。
曲題だけでも見ればそれはわかる。1曲目「マサイ・トーク」、2「サファリ」、3「ハンティング・ワールド」、7「マライカ」。曲題だけなら関係なさそうな6「ミュージック・ブレイク」は、やっぱりあまりアフリカンではないブラジル方面を向いたサンバ/ボサ・ノーヴァっぽいフィーリングで、つまり5「浜辺のサンバ」と同系だ。
一曲目「マサイ・トーク」は貞夫さんのフルートで静かにはじまり、そこは以前も書いたアフリカン・チャントみたいなもの。しばらくテンポ・ルパートでそれが続いたあと、リズムが入ってきて、貞夫さんはソプラニーノにチェンジして、バンドもファンキーになり、しかもアフリカふうなポリリズムっぽい。貞夫さん、デイヴ・グルーシン、リー・リトナーと各人のソロ内容もいいけれど、リズム・フィールと、練られたアレンジが素晴らしいと僕は思う。
リズムと整ったアレンジ。この二つは1960年代ジャズでは必ずしも重視されていなかったように見える。70年代になって、ジャズ・ミュージック界でもリズムがファンキーでポリリズミックになっていき、その上で緊密に構成されたアレンジを演奏するようになったというのは、一つの大きな変化だったと思うんだよね。いつもいつもリズムを聴き、アレンジド・ミュージックが好きな僕が言っているだけの話だが、ジャズ界が60年代フリー・ジャズを総括し70年代のジャズ・ロック、ジャズ・ファンク、フュージョンへ向かったときの、一つの大きな傾向だと考えている。
そんな傾向、方向性を、1969年ごろからのアメリカ人(ジャズ系)ミュージシャンにも読みとることができると思うんだよね。貞夫さんにしても60年代フリー・ジャズの残滓があったような72年の『Sadao Watanabe』や74年の『ムバリ・アフリカ』から大きく変化してポップになったのには、こんなような音楽展開があったと、『マイ・ディア・ライフ』を聴くと、そう思う。でもまだまだそんなにポップすぎず、書いたようにちょっぴりハードなアフリカン・ジャズっぽいけれどね。
アフリカでもブラジルでもないみたいな四曲目のバラード「L.A. サンセット」。これはしかしかなり美しい。リー・リトナーがアクースティック・ギター(ナイロン弦?)を弾く、その一台だけの伴奏で貞夫さんがフルートを吹く。ロスの夕暮れどきに、ちょっとどこかで一人たたずんでいるかのような瞑想的な曲想。これ、僕、大好きだなあ。今回(たぶん生まれてはじめて)アルバム『マイ・ディア・ライフ』をフルで聴き通し、いちばん感動的だったのが、この「L.A. サンセット」だ。
アルバム・ラストの曲「マイ・ディア・ライフ」のことは、上でほぼ書いてしまったような気もするが、貞夫さん自身のそれまでのキャリアでいうと、1974年の曲「ムバリ・アフリカ」の流れを汲んでいるように、今回、僕の耳には聴こえた。リズムのこの感じとか、ソプラニーノで演奏するこのメロディの東アフリカ音楽っぽい動きとかさ。
「マイ・ディア・ライフ」のほうはかなり整理されているよね。それでやや親しみやすい少し平易な感じになっていると思うんだけど、音楽の根幹には通底するものがたしかにある。「マイ・ディア・ライフ」は、デイヴ・グルーシンのフェンダー・ローズ・ソロの途中でドラマティックに転調し、その後ふたたび貞夫さんがテーマ・メロディを奏でる部分にトロンボーンの福村博がポリフォニー的にからんでいる。ほんの少しのあいだだけど、そのトロンボーンとソプラニーノがからんでいるときに、すごく気持ちイイ!って思っちゃう。
しかも上でも書いたが曲「マイ・ディア・ライフ」は、ジョー・ザヴィヌルが書いてマイルズがやった曲「イン・ア・サイレント・ウェイ」によく似ている。前者と違って後者に定常ビートはないが、メロディのどこか懐かしい、郷愁を誘うような動きには共通するものがあるのかもしれない。曲題の意味だって似ているじゃないか。曲想が似ているんだから。
しかしザヴィヌル/マイルズのそれにアフリカを聴きとった人は、たぶんいないよなあ。少なくとも文章化はされていないはず。通底するものがあるように、今回、僕には聴こえた貞夫さんの曲「マイ・ディア・ライフ」が、もとは「ムバリ・アフリカ」路線の発展、整理系のものなんだから、それが「イン・ア・サイレント・ウェイ」にも似て聴こえるというのは、これはいったいどういうことになるのだろう?
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