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2018/01/22

五人でいっしょに 〜 モータウン時代のマイケル(5 完結篇)


モータウンとマイケル・ジャクスンは(ほぼ)同い年だってこと、知ってましたか?僕はずっと気づいてなくて、2008年にマイケルが50歳になったとき、モータウンが会社創立50周年記念(前身のタムラが58年創設だから)ということでいろいろと企画して賑やかにやっていたそのとき、はじめてモータウン・ヒストリー = マイケル・ヒストリーだ(ってのは言いすぎだけど、ある種、シンボリックな意味で)と知ったのだ。それで2008年にマイケル名義のコンピレイション・アルバム『ザ・モータウン・イヤーズ』リリースされた。それが上の Spotify にもあるアルバムで、僕は当時、CD を買った。

『ザ・モータウン・イヤーズ』は CDだと三枚組。三枚目はソロ名義のマイケルの歌が収録されているので、僕としてはもう書き切ってしまった気分。二枚目までがジャクスン5の音源。CD 三枚というサイズで、マイケルのグループでの歌とソロでの歌のなかでのベストがセレクトされた格好のアンソロジーじゃないかな。モータウンもやるときはやる。そしてこれは世界各国でそれぞれ現地仕様で発売されたものらしい。だからいま僕の手許にあるのは日本のユニバーサル盤で、解説文は泉山真奈美さんがお書きになっている。マイケル死去は翌2009年で、享年50。

マイケルのソロ名義のものだけが収録された三枚目についてはもう書くことがないので、二枚目までのジャクスン5の音源について今日は書いておきたい。ってことはぜんぶで34曲で計2時間2分。そのなかにはリード・シンガーがマイケルじゃなくジャーメイン(がマイケル以外では最もたくさん歌った)やその他だったり、またマイケルの声がほぼ聴こえないかも?というような曲も含まれているが、おもしろいものについては書くつもり。

『ザ・モータウン・イヤーズ』一枚目はお馴染み「ABC」で幕開け。そのほか二枚を通し「アイル・ビー・ゼア」とか「帰ってほしいの」(I Want You Back)とか「小さな経験」(The Love You Save)みたいな、これらぜんぶ大ヒットになって、音楽チャート一位になったものなどについては、いまさら僕が書き加えることなんかないよなあ。それらはどれもマイケルがリード・シンガーだけど、その変声期前のキラキラしたブリリアント・ヴォイスの魅力に抗うことなどできない。少なくとも僕には、いや世界のみなさんもそうだが、不可能だ。

特に 2-1「帰ってほしいの」。これもマイケルがリード・シンガーだが、その元気で楽しく跳ねるヴォーカルも素晴らしいポップさだが、なんたって楽器イントロがすごい。いまでも聴くたびに、いまだになんど聴いても、あのイントロが流れてきただけで心がはやる、たぎるものがあるよ、僕たちはね。

それはこの兄弟ヴォーカル・グループを1968年にヴィデオ・オーディションしたモータウンのベリー・ゴーディにしたってそうだったみたい。のちのデビュー時にジャクスン5と名がついた彼らがオーディションで歌ったのは、ジェイムズ・ブラウンの当時のヒット曲「アイ・ガット・ザ・フィーリン」だったらしいが、それを現地に行けなかったのでヴィデオでチェックしたゴーディは、一発で契約を決めたらしい。

それによりベリー・ゴーディ主導で、ジャクスン5用の曲を書きアレンジしプロデュースする “ザ・コーポレイション” というチームが立ち上がり(内実はベリー・ゴーディ、アルフォンソ・ミゼル、ディーク・リチャーズ、フレディー・ペレン)、実際、初期のジャクスン5やソロのマイケルの曲の多くを手がけた。のちにはザ・コーポレイションに代わってハル・デイヴィスのプロデュースが中心になってくる。

書いたような、たとえば「ABC」「帰ってほしいの」みたいなはじけるポップ・チューンは、バブルガム・ソウルって言えばいいのかなあ、それまでのいわゆるモータウン・サウンドと、巷で流行のバブルガム・ポップ(プリ・ティーンやティーネイジャー向けの明るくキャッチーで明快なポップ・ソング)を組み合わせた新しい黒人音楽を体現していた。それを主導したのがザ・コーポレイション。

ジャクスン5や、その主たるリード・シンガーであるマイケルのソロ録音は、こんな具合にザ・コーポレイションが、ということはつまり社長ベリー・ゴーディが、どんな曲を用意するか、どんなサウンドにするか、どう歌わせるかなどの方向性を決めていたので、そこからはみ出るような路線には社長ゴーディが難色を示したらしい。明るくキャッチーな「ABC」「帰ってほしいの」みたいな元気はつらつとしたものなら売れるだろうが、ちょっと大人びて哀しげなバラード調みたいなものには、最初、ゴーディは首をかしげていたようだ。

そこをヴォーカルの実力で説き伏せたのがマイケルだった。たとえば「アイル・ビー・ゼア」とか、それはまだ求愛歌だけど、「さよならは言わないで」(Never Can Say Goodbye)みたいなトーチ・ソングなんかだと、ベリー・ゴーディはレコード化に猛反対したと伝えられている。大人っぽすぎるという理由で。あくまでバブルガム世代向けの同世代シンガーであるマイケルのはじける元気な姿を売り出したい、しかもテレビ番組でも五人で溌剌と歌い踊ったりしているのが人気だったわけだから。

しかし、聴いていただきたい。「アイル・ビー・ゼア」はこないだから散々書いている素晴らしさだが、「さよならは言わないで」みたいな曲でも、マイケルのリード・ヴォーカルが素晴らしい表現力を見せているじゃないか。たかがプリ・ティーン・シンガーじゃないかと、特に<大人の>音楽をこそとおっしゃるかたがたはバカにしてとりあっていただけないような気がするが、歌手や演奏家の、つまり音楽の、そして芸能の、世界はそういうもんじゃないと思います。

<大人っぽすぎる> 曲の録音、発売に猛反対だったベリー・ゴーディを説得したのはまずマイケルの歌の表現力だが、モータウン社内ではハル・デイヴィスだったみたい。実際、発売してみたらレコードが売れるので、ゴーディも納得したようだ。大人っぽいバラードみたいな路線は、それら「アイル・ビー・ゼア」「さよならは言わないで」以外にも、たとえば 1-11の「きっと明日は」(Maybe Tomorrow)もある。この曲ではシタールも使われているよね。

シタール(といっても、ギター型の電気シタール)の使用は、1960年代後半〜70年代初頭の米英大衆音楽で一般的だったので、特別視することはできない。このころのロックやジャズやポップ・ミュージックでシタールが聴こえても、エキゾティックな感じはしないよね。ちょろっと使ってサウンドのスパイス的味付け役だった。

しかし、やはり同じようにシタールが効果的な1-8の「君のことばかり」(All I Do Is Think Of You)。シングル盤のリリースは1975年8月のエピック移籍後で、リード・ヴォーカルもマイケルではないが、これが素晴らしく甘いスウィート・ソウル・バラードだ。さながら激甘茶ソウルみたいな趣で、一時期のプリンスがやったらピッタリ似合いそうな曲だよねえ。シタールもそのまま使って、アレンジも変えずにやったら似合ったんじゃないかあ、プリンス。

甘茶のソウル・バラードは『ザ・モータウン・イヤーズ』にはほかにも数個あるが、2-14「ララは愛の言葉」(La La Means I Love You)にも注目したい。もちろんデルフォニクスのあれ。こっちはプリンスが CD 三枚にわたる愛絵巻『イマンシペイション』でカヴァーした。ジャクスン5ヴァージョンではマイケルが歌い、10代前半という年齢からは、ふつうの人たちからしたら、考えられないほどの成熟したヴォーカル表現を聴かせている。

また『ザ・モータウン・イヤーズ』にはファンク・チューンや、そこから展開したディスコ調を先取りしたような曲もある。たとえば 1-9「アイ・アム・ラヴ」(I Am Love)。前半はゆったりとメロウだが、パート2になる後半部から突如猛烈にグルーヴしはじめ、前半から聴こえていたファズの効いたエレキ・ギターが、今度は激しく弾きまくる。これは P ファンクの音楽に近いようなものだよねえ。歌はマイケルじゃない。

2-2「ダンシング・マシーン」(Dancing Machine)も、曲名だって暗示しているがディスコ・チューンみたいなもので、2-5「ハム・アロング・アンド・ダンス」(Hum Along And Dance)もファンクからディスコになりかけみたいな曲で、かなりおもしろい。もちろんこの世にまだディスコと呼ばれるものは存在していなかった1970年代初頭ごろのレコードだ。

サザン・ソウルもあるんだよ。1-15「フーズ・ラヴィン・ユー」(Who's Lovin' You)。これの歌はマイケルだが、歌が出る前のイントロ部で弾く左チャンネルのエレクトリック・ピアノがえらくブルージーだなと思っていると、マイケルが歌いはじめると同時にリズムが三連のパターンを演奏する。切なく盛り上がるエモーションを表現するマイケルとリズム。いやあ、素晴らしい。マイケルは明らかに1960年代ふうなサザン・ソウル・シンガーの歌いかたを意識していると聴きとれる部分もあるよね。

かなりおもしろいのが 2-12「ママズ・パール」(Mama's Pearl)。マイケルの歌だが、これは 3・2 クラーベのパターンを鮮明に使ってあるラテン〜カリビアン・バブルガム・ソウル/ポップみたいな一曲だ。ジャクスン5やマイケルのソロ楽曲で、ここまで露骨なクラーベが聴けるのはこれだけだと思うんだけど、やっぱりあるよね、こういうのが、ジャクスン5にだってさ。

関係あるのかないのか、パール(Pearl)って言葉。ジャズ・ピアニスト、ジェリー・ロール・モートンの1920年代のソロ・ピアノ録音に「ザ・パール」っていう一曲があって、それはモートン自身が “Spanish tinge” と形容した、カリビアンなアバネーラふうに左手がシンコペイトするものなんだよね。そのモートンの「ザ・パール」は、ライ・クーダーがアルバム『ジャズ』のなかでとりあげた。真珠って、南洋ふうなイメージと関係あるの?宝石類のことはなにも知らないが、天然真珠が暖かい地域の貝からしか採れないということがあるんだろうか?ぜんぜん知りません。

マイケルとジャクスン5の『ザ・モータウン・イヤーズ』では、2-16「ハレルヤ・デイ」(Hallelujah Day) も興味深い。これの歌詞はたぶん終わりつつあったヴェトナム戦争への言及だよね。クリスマス・アルバムもあるジャクスン5だけど、それにこの曲は収録されていないし、実際、クリスマス・ソングでもない。反戦歌とまでは言えないかもしれないが、意識はしている。しかもそんな内容をこんなに明るくさりげなく、マイケルもほかのジャクスンズも軽く歌ってイイネ。当時人気絶頂だったからこそなしえた曲だ。

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