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2018/01/28

フェイルーズを歌うドルサフ・ハムダーニの端正な美しさ



今日の文章はフェイルーズ・シリーズの余滴というか横道というか、余剰収穫だ。

チュニジア出身で、いまはフランスで活動する女性歌手ドルサフ・ハムダーニ。やっぱりアラブ歌謡こそが本領なんだろうけれど、この人のばあいシャンソンを歌っても同じように聴かせる歌唱力があって、うん、それはアレンジの勝利なのかもしれないが、アルバム『バルバラ・フェイルーズ』を聴くと、どうもそれだけじゃないヴォーカルの魅力だってあるんじゃないかなあ。すごくうまいし、端正だ。僕はそう思うんだけどね。

でもまあドルサフはアラブ歌謡が中心であるには違いない。彼女はいままでにフル・アルバムを二枚リリースしていて、どっちもアコール・クロワゼ盤の2012年『アラブ歌謡の女王たち』(Princesses du chant arabe)と2014年の『バルバラ・フェイルーズ』(Barbara Fairouz)。この二枚に共通するレパートリーがレバノンのフェイルーズだ。

一枚目の『アラブ歌謡の女王たち』はフェイルーズ、アスマハーン、ウム・クルスームを歌ったもので、フェイルーズは二曲だけ。だからどっちかというとアスマハーンとウムのほうに力が入っているアルバムのように思う。二枚目『バルバラ・フェイルーズ』はタイトルどおりバルバラ(フランス)とフェイルーズを、しかもアルバム内で一曲ずつ交互に歌って並べたもの。フェイルーズは六曲ある。

ってことはいままでにアルバムでドルサフが歌ったフェイルーズの曲はぜんぶで八曲。それをぜんぶ並べたのが上の自作 Spotify プレイリストだ。それを聴きながら、彼女がフェイルーズのレパートリーをどう解釈し、どう歌いこなしているのか、少しだけ書いておきたい。でも僕はフェイルーズの世界に通じているわけではないので、自信はない。かといって、僕のこの気持ち、なにも書かずにこのまま置いておくこともできない。

『アラブ歌謡の女王たち』にあるフェイルーズ・ナンバーは、どっちも映画挿入歌とか劇中歌とか、そんなものみたいだ。アルバム一曲目「リマ、おやすみなさい」(Yallah tnam Rima)は、どうやら子守唄なんだろう。ドルサフは無伴奏のア・カペラで歌いはじめていて、その後もほぼ楽器伴奏なし。だが途中からテンポ・インする。かすかに聴こえるのはカヌーンかなあ?

この曲はフェイルーズ・ヴァージョンも同じような感じだったようだ。映画のなかで彼女自身がこんなふうに歌っている。何年ごろの映画かなあ。1960年代末あたり?フェイルーズもア・カペラで歌っていて、アラビア語の歌詞の意味がわからないが、映像から子守唄なんだろうと推測できる。
ドルサフのアルバム『アラブ歌謡の女王たち』二曲目「愛よ、われらは戻った」(Rajeen ya hawa)だと、いかにもアラブ古典といった趣の楽器編成と伴奏スタイルで、ウード、カヌーン、ネイ、ダルブッカがクラシカルに演奏するなかで、ドルサフもきわめて端正にきっちりとこの歌をこなしている。

フェイルーズのはこんな感じで、これもやはりなんらかの(テレビ?)劇中歌。歌が出る前にやや長めの楽器伴奏がある。歌い口もクラシカルだが、僕の耳には下のフェイルーズのヴォーカルのほうが、ドルサフよりもモダンでポップに聴こえる。いずれにしてもメロディもリズムの感じもアラブ古典伝統だ。
ただしフェイルーズのばあいは、この「愛よ、われらは戻った」でもそうだが大がかりなストリングスが入っている。その他ほとんどのばあい壮大なオーケストラ伴奏があって、リズム・セクションなどはアラビアン・インストルメンツのアラビアン・スタイルかもしれないが、そこに、まず最初はラハバーニ兄弟の手によって、ゴージャスな西洋管弦楽や、ジャジーなものや、さらにラテン・リズムが混交している。フェイルーズの歌の伴奏はだいたいいつもそう。

そんなサウンドと彼女自身のきわめてなめらかな発声と歌いかたで、フェイルーズの音楽は世界的に人気のあるユニヴァーサルなポップ・ミュージックとなった。本当に素晴らしいことだと思う。ドルサフは、そんな壮大で劇的なサウンドを持つフェイルーズの歌をとりあげて、しかしサウンド面ではそれをまったく引き継いでいない。

ドルサフは常に少人数のコンボ編成でやっているんだよね、『アラブ歌謡の女王たち』では、それでもまだ五人の伴奏者が入るばあいが多いが、次の『バルバラ・フェイルーズ』では、ほとんどの曲が二、三人だけ。きわめて地味で、フェイルーズのあの重厚な絨毯のようなサウンドとは正反対なんだよね。ドルサフは、しかし、そうやることで、かえってフェイルーズの曲の旋律の美しさ、哀しさ、切なさを際立たせることに成功していると、僕は聴いている。

そんなふうに褒めてある文章が出てこないので、ただたんに僕がドルサフ好きだというだけかもしれないが、ドルサフの歌うフェイルーズが、僕は少なくとも大好きだ。なにかこう、僕個人の琴線に触れる、なんてもんじゃなくて、激しく揺さぶりまくってしまうものがあるんだ。う〜ん、やっぱりこれは嗜好というだけのことなのか…。高く評価できると思うんだけど、どなたもおっしゃいませんね…。

僕にとっていちばんヤバいのが、二作目『バルバラ・フェイルーズ』にある二曲目「笛と歌をください」(Atini Nay Wa Ghanni)だ。前からこの曲のこのドルサフ・ヴァージョンのことは書いているが、もうたまらない。ときどき泣く。今朝も聴きかえしながら今度は号泣してしまった。なにがあるんだろう?聴きながらでは歌詞がわからないから、そこに共感しているのではない。なにか、この曲の旋律の動きがヤバいんだろうなあ。それをいかにも切々と歌うドルサフのヴォーカルに心動かされている僕。

しかしそうはいうものの、『アラブ歌謡の女王たち』でも『バルバラ・フェイルーズ』でも、フェイルーズを歌うときのドルサフは、声の質、トーンがそっくりなんだよね。ここまでというのは、わざと似せているのか?と思うほど瓜二つで、存命だとはいえアラブ歌謡世界ではあまりにも偉大すぎる先輩歌手だから、かえってこんな似せかたはやりにくいんじゃないかと思うんだけどなあ。

それはドルサフなりの敬意と覚悟の示しかたなのか、あるいはフェイルーズを歌うとどうしてもそうなってしまうという一種の宿命みたいなものなのか、わかりませんが、たとえば iTunes で同じ曲を連続再生してみると、同じ歌手が続けて流れてきたのか?と思うほど。伴奏サウンドがぜんぜん違う加減なので、さすがに僕でも気づきますが、もし声だけ取り出せれば、これは判別不能というに近い。

聴くたびに僕が激しく感動する「笛と歌をください」(Atini Nay Wa Ghanni)でも、フェイルーズ・ヴァージョンだとこんな感じなんだよね。これはライヴ録音だなあ。いつものようにかなり大がかりな伴奏が入っている。バック・コーラスもある。主役女性歌手の歌いかたは文句なしに素晴らしい。
ところがこれをドルサフのヴァージョンは、ご存知ないかたや CD を取り出すのが面倒なかたは上の Spotify プレイリストで聴いてほしいんだけど、声と歌いかたは同じものをそのままなぞったような感じだが、サウンドがあまりにも違いすぎるほど違うよね。さらに、これも前から言っているが、間奏その他で入るハーモニカの音で泣けすぎる。なんですか?この哀しげなたたずまいは?う〜ん、でもやっぱりそんなソックリ瓜二つというだけじゃないなあ。ドルサフの歌い口には、フェイルーズにはない工夫も聴ける。しかしホントいったいどういった歌なんでしょう?曲題から察するに、音楽について歌った曲でしょうか?

このドルサフの「笛と歌をください」(Atini Nay Wa Ghanni)では、スティール弦のアクースティック・ギターがポロポロと弾くフレーズがちょっとしたリズムを創っていて、かなりゆっくりトボトボ歩いているようなフィーリングで、その上でドルサフが、なんの歌かわからないが、かなりしっかりと端正な発音で歌っているのが美しい。

そう、端正というかクラシカルに美しいというのが、フランス語で歌うときでもドルサフの長所だと僕は考えている。アラビア語はぜんぜんわからないからなんにも言えないが、ほかのいろんなアラブ圏女性歌手の発音と比較して、意味はサッパリだが、なんだかかっちりキレイに聴こえるぞという個人的な感想を僕は持っている。正調アラビア語と各方言があるそうなのでやっぱりわからないんだが、ドルサフの発音は端正なたたずまいに聴こえませんか?今日の話題じゃないが、フランス語は完璧だ。

ホントわからないだが、フェイルーズのレパートリーを歌うときのドルサフは、発音が古典的に美しい(って、アラビア語わからないのに、よく言えるよね)。きっちりかっちりとした発音、おそらく女性として、人間としても相当にちゃんとしているであろうと想像しているそんなドルサフの歌が、伴奏の地味で落ち着いたフィーリングといっしょになって、フェイルーズ・ヴァージョンだと派手でゴージャスに盛り上がる曲を、ヴォーカル・スタイルは同じなのに、かなり違った美を放つものとして聴かせてくれる。僕にはね。

う〜ん、またまた長くなってしまった。本当はこの半分くらいしか書けないはずだった。ドルサフがとりあげた曲でここまでご紹介していないもののフェイルーズ・ヴァージョンを、以下にご紹介しておく。みなさんも聴きくらべてみてください。

「シャラビの娘」(Al Bint El Chalabeya)
「いつもあなたが頭のなかに」(Baadak Ala Bali)
「ズルニ」(Zourouni)
「なんと多くのひとでしょう」(Addeysh Kan Fi Nas)
「イェルサレム」(Jerusalem [Zahrat Al Madaen])

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