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2018/01/11

遠くかすんだ眼差し

ローリング・ストーンズがいちばんよかったのはミック・テイラーが在籍していた時期だと、いまではほぼ衆目の一致するところじゃないかと思う。だけど、聴きやすいかどうかはまた別の問題らしく、また特に1970年代にリアルタイムでストーンズを追いかけて聴いていた先輩方にとっては、どうやらロニー・ウッド参加後の『ブラック・アンド・ブルー』(1976)、『女たち』(1978)などがいちばん馴染みがあって、いまでもいちばんよく聴くものだということになるみたい。

僕だと1981年の『刺青の男』がストーンズとの初邂逅だったわけだから、あまりそのあたりのことがよくわからないんだよなあ。正直な本音だが、最初に出会ったときから『ベガーズ・バンケット』『スティッキー・フィンガーズ』『エクサイル・オン・メイン・ストリート』の三つが本当に素晴らしいなあって、心の底からそう感じ、いままでずっと来ていて、そしてそれらがいちばん聴きやすい。『レット・イット・ブリード』はいまでこそ最高だけど、むかしはイマイチで、また『ゴーツ・ヘッド・スープ』『イッツ・オンリー・ロックンロール』(後者は頭の三曲なら大好きだが)だと、いまでもイマイチな感じが拭えない。

ところがここ数年、どうも僕のなかで、『ブラック・アンド・ブルー』はもうちょっと時間がかかりそうだけど、その次の『女たち』(Some Girls) が本当に楽しいと感じるようになってきている。このアルバム、2011年に二枚組のデラックス・エディションが出ているが、僕は買っていない。二枚目は当時の同じセッションからのアウトテイク集だけど、2011年当時のストーンズのサポート・ミュージシャンたちも参加して音を加えているので、これは蔵出し音源集というよりも、2011年の<新作>だよねえ。それはちょっとなあ…。

だから一枚ものしか持っていない『女たち』。ここで音楽の中身には関係のない思い出話を書いておきたい。僕がいまでもよく聴くストーンズの CD は、1993年にこのバンドがヴァージン・レコードと配給契約を結び、そのときにリイシューされた紙ジャケットものだ。ぜんぶ渋谷の HMV で買った。いまでは考えられないことだけど、紙ジャケット製のものが、一廻り大きいプラスティック・ケースに後生大事に入っていたんだが、当時はこういうもんなんだろうと思って店頭でなんの不思議も感じなかった。

しかし渋谷 HMV 店頭で見かけて買ったというのはやや不正確。ちゃんと書くと、1993年にストーンズがヴァージンと契約を結んだ際に一枚のベスト盤がリリースされたんだよね。ローリング・ストーンズ・レーベルを立ち上げてからは、違う会社と新たな配給契約を結ぶたびに、まずベスト盤をリリースするのがこのバンドのお決まりになっているんだよね。だから93年にヴァージンの配給で『ジャンプ・バック』というコンピレイションが出た。

僕はその『ジャンプ・バック』を、当時の勤務先だった國學院大學渋谷キャンパスの生協で見つけて買った。大学教師のばあい、学校にいるあいだも空き時間が多いもんだから、授業準備だけでなく、研究室で本を読んだり同僚と話をしたり、いろいろとやる。國學院大學の渋谷キャンパスも改築して以後はこうじゃなくなったので書くと、改築前は外国語研究室(通称「語研」)というかなりの大部屋が一つあるだけなのが、当時の國學院大學の外国語外国文学教師にとっての、文字どおり唯一の ”研究室”。だから個別の研究室なんか一つもなかった。

英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、中国語というメインの五つの常勤教師だけでなく、非常勤でやってくるそれらの言語の教師も、またやはり非常勤のロシア語やラテン語、古典ギリシア語などなどの教師、そしてそれらの各国語の言語学や文学の教師たち、つまり<全員が同じ部屋で>大きな長椅子に腰掛けて、授業の空き時間にどんどんしゃべっていた。書庫にはそれらにかんする辞書などリファレンス類が整っていて大部屋のとなりにあったので、気になれば数歩で調べに行けた。

だから、一個の同じテーマについて各国語横断縦断で話が展開するというのが日常だったんだよね。手っ取り早く言えば、大学内で軽んじられて、疎んじられていたということだけどね、個々の研究室がないっていうのはさ。だって國學院大學は、この名のとおり国学の研究教育を旨として設立された大学で、現代においても日本文学、日本史、神道学などについてのことこそが重視されているから、それ以外の、たとえば外国語関連の教師連中なんて一つの大部屋に全員いっしょくたに放り込んでおけばオッケーだろうみたいな、いわばかなりぞんざいな扱いを受けていた。よそ者、のけ者扱いってことだ。僕が退職後の現在のことは知らない。

僕たちはそれを逆手に取るなんていう意識もなく(たまにそれを口にする人もいるにはいたが)、大部屋に諸外国語関連の全員がゴッタ煮で放り込まれている状況を楽しんでいたんだよね。実際、本当にしゃべってて楽しかったし、かなり勉強になった。英語だって怪しい僕だけど、それ以外の外国語のことは完全に門外漢だから、英語文学に関連するほかの外国語のことなどでも、諸外国語専門教師のみなさんに、ほ〜んと〜っにたくさん教えてもらえるのがすごくうれしく、すごく楽しかった。

そんなことが、特にどなたの部屋に行くこともなく(だってそんな部屋はないから)、また特定の話題で別個に質問するでもなく、全員が長椅子というかソファーか、それが四つか五つ、サークル状に並んでいる場所にみんな腰掛けて、なんとなくの流れのなかで話していたから、自然に聞いたり教えてもらったりできたんだよね。言葉のことも文学のことも。僕がどなたかに教えることでもあったとするならば、それは音楽関連かサッカー関連のことだけだったような気がする(^_^;)。

まったくストーンズとは関係ない話だった。ゴメンナサイ。そんな大部屋に「出勤」して、講義の時間なんてちょっとだから空き時間のほうが長いわけだから、ときたま息抜きとか休憩の意味で大学生協の購買部で本や CD のコーナーをあてなくぶらつくこともあって、そんなときに1993年にヴァージンからリリースされたストーンズのベスト盤『ジャンプ・バック』を発見したんだよね。それを僕はなんとなくの気分で買った。ご存知のように学生、教師、職員であれば、ちょっと割引価格になるんだよね。だからまあまあ買ったよ、大学生協で、CD も本も。

話がどんどん『女たち』から離れて行っているので、もうやめとこう。生協で買って帰った『ジャンプ・バック』の一曲目「スタート・ミー・アップ」で、僕は自宅で腰を抜かしたんだ。なんだ!?この音は!?ぜんぜん違う!どう違ったのかも鮮明に記憶しているが、それはまた改めて書いてみるので、しばらく待ってください。とにかくほかの収録曲もぜんぶ音がかなり違うのに驚いた僕は、ストーンズのばあい、それまでも配給先を変えた際にまずベスト盤が出て、次いでオリジナル・アルバムのリイシューがあるとわかっていたので、じゃあこの『ジャンプ・バック』の音質で『スティッキー・フィンガーズ』以後の作品がぜんぶ聴けるようになるんだ!と興奮したんだよね。

ようやく話を戻せるけれど、そんなわけで1994年の渋谷 HMV に僕はいたっていうわけ。ヴァージンから発売された(間違いなく新たにリマスターされた新音質の)ストーンズの、『スティーキー・フィンガーズ』以後のアルバムをそこでぜんぶ買ったんだよね。どうしてだか紙ジャケットが大きなプラスティック・ケースに入っていたけれどさ(笑)。この1994年ヴァージン盤で僕はすっかり満足したまま今まで来ているので、ストーンズについては、その後はよほど思い入れのあるアルバム以外、買い直しや買い増しをしていない。

ってなわけで、いまの僕の自室にある『女たち』も紙ジャケットの1994年製。これ一枚だけ。このアルバムのジャケットは、たとえばレッド・ツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』も同趣向だけど、ジャケットに穴が空いていて、ディスクを入れる内袋に印刷されてあるいろんな顔がその穴から見えて、内袋の表裏を替えると穴から見えるものも違ってくるというお遊び仕様。このジャケット仕様が『女たち』のばあい CDで 初めて再現されたのが1994年のヴァージン配給盤だったんだよね。そんな意味でも思い入れがある。

肝心の音楽の中身のことをまだぜんぜん書いていないのに、もうここまで長くなった。アメリカン・ブラック・ミュージック好きの僕だから、ストーンズの『女たち』でも、たとえば一曲目の「ミス・ユー」(ディスコ)、三曲目の「ジャスト・マイ・イマジネイション」(テンプテイションズのカヴァー)、九曲目の「ビースト・オヴ・バーデン」(カーティス・メイフィールド化したストーンズ)などがいちばんのお気に入りなんだろう、と思われそうだ。

もちろんそれらは大好きだ。しかしもっともっと好きなものがある。(レコードでは B 面一曲目だった)六曲目の「ファー・アウェイ・アイズ」とアルバム・ラスト十曲目の「シャタード」だ。この二つは、心の底から大好きでたまらない。一般に前者がベイカーズフィールド・スタイルのカントリー・ソング、後者が1978年当時の英パンク・ロック・ムーヴメントへの古参バンドからの回答だと考えられている。

それはそのとおりだろう。だけど、僕は最初にアルバム『女たち』を聴いたころ、そんなことはちっとも意識しなかったよ。そりゃそうだろう、カントリー・ミュージックもパンク・ロックもまだ知らなかったんだもん。ただただ、「ファー・アウェイ・アイズ」はいいサウンドだなあ、のどかで心休まるなあと、「シャタード」はカッコいいノリの曲だなあ、リズムがいいぞって、漠然とそう感じて、大好きになって、その気分が2018年までずっと変わらず続いている。

たしかに文句なしのベイカーズフィールドなカントリー・ナンバー「ファー・アウェイ・アイズ」。キース・リチャーズもアクースティック・ギターでとぼとぼ田舎町を歩いているかのようなカッティングを聴かせ、といっても歌詞ではクルマを運転していることになっているから、低速度で、カー・ラジオを聴きながらゆっくり走らせているようなフィーリング。ロニー・ウッドもペダル・スティールでうまいプレイを聴かせる。アクースティック・ピアノも聴こえ、また少しだけど効果的にエレキ・ギターも使われている。

そんなサウンドに乗ってミック・ジャガーはアメリカ南部訛りの英語で、歌うでもしゃべるでもないスタイルのヴォーカルを聴かせてくれるのが大の僕好み。米南部英語のアクセントでっていうのはまあまあ重要なことかもしれない。しかしそこにあまり突っ込むと、英語関連でメンドくさがられそうな話になってしまう。とにかくアメリカのカントリー・ミュージックを模した歌をイギリスの連中がやって、その歌のリード・ヴォーカリストが米南部訛りのトーキング・ヴォーカルを聴かせているっていうのが、音楽的にも意味のあることじゃないかなあ。

アルバム・ラスト十曲目の「シャタード」でも、ミックの歌はトーキング・スタイル。描写しているのはたぶんニュー・ヨーク・シティの日常風俗だけど、そんな歌詞内容はこの曲ではどうってことないよなあ。キースが弾く二つのコード(トニックとドミナントだけ)を交互に鳴らすエレキ・ギターのカッティング・スタイルが、カッコいいグルーヴを生んでいるのが僕は大好きで、パンク・ムーヴメントに対しどうのこうのっていうのはあまりよくわからないからなにも言えない。ノリがカッコイイと思って聴くだけなんだ。

「シャタード」でのミックは、基本、しゃべりながら、ときどきなんどか同じ言葉をたたみかけるように反復し、そのことにより、その部分でのヴォーカルのビート感が強調されているのもカッコイイよなあ。意味があったりなかったりする言葉の音をリピートしている部分があるよね。2:46 〜 2:48の up, up, up, up, up とか、2:51〜53のタタタタタとか、カッチョエエ〜。大好きだぁ。そんでもって、突然ぶった切るように幕切れとなるが、その瞬間、エコーで残るシンバルの残響音までいとおしい。

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