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2018/02/03

不朽の歌曲美たち 〜 初期フェイルーズを聴く(2)

息子ジアード・ラハバーニがプロデュースしたフェイルーズ作品群をテーマにシリーズ化するなどと言いながら、今日もそれじゃないものの話をするがゴメンナサイ。来週もたぶん初期フェイルーズを書こうと思っていて、だから計三回にわたりジアード・プロデュースじゃないものの話題が続いてしまう。わ〜、ゴメンネ〜。でもその次からはジアードがやったものになるはずで、それが三回続くはず。つまり、七週連続フェイルーズだ。これで許してほしい。

初期、つまり1950年代初期から60年代前半あたりまでのフェイルーズを、輸入盤でも日本盤でも、日本にいながらにして入手することは、容易じゃないようでいて、ある程度だったらあんがい容易だったりする面もあったかもしれない。といっても僕はいまやアナログ・レコードを買うつもりはないので CD だが、二枚だけ初期フェイルーズが買えた。どっちも廃盤なので過去形になってしまうのが悔しいが、原盤のリリース年順に1993年のヴォワ・ドゥ・ロリアン盤『Al Aghani Al Khalida(Immortal Songs)』と2011年のエル・スール盤『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』。

エル・スール盤のほうは先週書いた。編纂解説が中村とうようさんなので、調査なさって判明した限りでのデータがブックレットに記載されているので、すんご〜く助かる。いっぽう、僕は日本のライスが2015年にリリースしたのを買ったヴォワ・ドゥ・ロリアン(Voix de l’Orient はレバノンの会社みたい)盤『イモータル・ソングズ』のほうには、それがまったくないのが残念だ。

だから日本盤『イモータル・ソングズ』解説文の伊東潤二さんのおっしゃるのと、あとはサウンドを聴いてたしかに1950〜60年代っぽいなと思っているだけ。どうもそのころにオランダはフィリップスからレコード発売されたものを CD 一枚にまとめたという音源集の模様。僕は伊東さんのようにネット上の各種ディスコグラフィを調査することは、今回はしていない(って、する能力があるのか?僕に?)が、録音状態や、また主役女性歌手の声を聴くと、たしかにそのあたりなんだろうなあ。

『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』と『イモータル・ソングズ』では、三曲がダブっている。前者の11曲目と後者の2曲目「ローラの恋」。前者の12曲目と後者の10曲目「甘美なる緑のレバノン」。前者の14曲目と後者の8曲目「わが子よ、私たちの小屋に」。アルファベット文字表記が両者で若干異なっているのは当然だが、こういったこともこの二枚がほぼ同時期の録音集である一つの証拠だ。

先週も書いたが、1950年代のフェイルーズの声はまことに絶品で、ため息しかでない。シルクのようになめらかであると同時に、内に秘めたる炎、激情をも表現し、この二つが矛盾なく一つのものとして同時共存している。いかなフェイルーズでも、そんな表現を声のトーンに持っていたと言えるのはそんなに長くはない。少なくともジアードが手がけるようになった1970年代末ごろには、少しだけ失われていたかもしれないと思う。

ラハバーニ兄弟のてがけるサウンドも流麗だが、フェイルーズの声と歌いかたが文句なしの超一級品。ときに甘く、甘すぎると感じて敬遠されるかもしれないほどの華やかさで、そうかと思ったらときに厳しく、しかしどんなばあいでもゆらめく炎をスムース・シルクにくるんで爽やかさすら漂わせ、表現する。

先週書いた『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』にはラテン・タッチもけっこうあった。アラブ歌謡の世界でもふつうのものだけど、しかし『イモータル・ソングズ』のほうにはあんがいそれが少ないように僕は思う。各種パーカッション類はたくさん聴こえるが、鮮明なラテン・リズムとまでは言えないんじゃないかなあ。

だから、『イモータル・ソングズ』のほうは、どっちかというとアラブ古典に沿った歌曲が多いような気がするんだけどね。なかには二曲、サイード・ダルウィーシュのナンバーだってある。14曲目「農夫の歌」(Til’aat Ya Mahla Nurha)と15曲目「訪れ」(Zourouni)がそうだ。

このうち、後者「ズルニ」は、こないだ書いたようにドルサフ・ハムダーニが2014年の『バルバラ・フェイルーズ』でとりあげた。ホント、これ、どなたも特におっしゃらないけれど、傑作アルバムだったと思います。それが言いすぎなら、佳作くらいの表現は許していただけるはずの意欲的充実作だったよねえ。違いますか?

ドルサフのことはいい。フェイルーズ本人のやるサイード・ダルウィーシュ・ナンバーは、このアラブ大衆歌謡の生みの親(祖父?)みたいな存在のシンガー・ソングライターのレパートリーを、その本来の持ち味であるシンプルな庶民的親しみやすさ、モダンさをそのまま活かして、スッとナチュラルかつスムースに歌っている。んん〜と、14「農夫の歌」はちょっぴりラテン、というかボレーロっぽいかも。

僕の大好きな15「訪れ」は、アルバム『イモータル・ソングズ』のなかでも特にわかりやすい明快なポップ・ソングで、サイード・ダルウィーシュの先見性を感じるとともに、こんな感じの甘美なストリグス編成でのアレンジを書いたラハバーニ兄弟も見事だが、フェイルーズの甘くていて、しかし決して感傷的ではない厳しさも持つ、そんな声のトーンに参ってしまう。素晴らしいの一言に尽きる。

それらサイード・ダルウィーシュの二曲が特筆すべきものだけど、アルバム『イモータル・ソングズ』でいちばん長尺の10分超えである13曲目「収穫」(Al KItaf)は、この長さといい、楽器伴奏だけでなく男性コーラスなども派手に入るドラマティックな展開といい、これもやはり一種の音楽劇、すなわちミュージカルで使われたものだったのだろうか?だとすると録音は1960年代初期か、50年代だとすれば末だろうなあ。

ラテン色は薄いかも?と書いたが、ダンサブルな音楽というなら『イモータル・ソングズ』にだってある。静かに聴き入るようなものが多いかもしれない、それもアラブ古典伝統に則ったようなものだと書いたが、そうじゃないもの、たとえば民謡的ダンス・ミュージックの5曲目「マルマル・ザマーニ」(Marmar zamani)や、あるいはダブケとはっきり曲名にある6曲目「ダブケ・アルメジ」(Dabkeh almej)などはダンス・ミュージックだ。

ダブケは、アラブ音楽ファンなら知っているものだが、レバノンやパレスティナやそのほか周辺各国で見られる民俗舞踏、すなわちフォーク・ダンスのこと。その伴奏に使う音楽がやはりダブケ。だが(ムハンマド・)アッサーフやヒバ・タワジら若手のやるダブケで聴ける強烈さは、フェイルーズの「ダブケ・アルメジ」には薄いよね。だけど、若手たちのダブケは、ダンス・ビートとして取り出して強調したものかもしれない。フェイルーズの「ダブケ・アルメジ」で聴けるようなナチュラルさが、本来のフォーク・ダンスかも。いや、よく知りませんが。

アルバム11曲目「うるわしの百合たちよ」は、アルファベット表記の原題が「Tango ya zanbak」だけど、アルゼンチンやヨーロッパ大陸のタンゴ・ミュージックとはあまり関係なさそうだ。あ、いや、んん〜、ちょっぴりだけそれっぽいのか?でもかなり弱いよね。ダンスというよりこれもジックリ聴き込む一曲だ。華やかで甘い。本当に百合の花のよう。

続く12曲目「バラの小道」(Daraj el ward)が本当に甘美だ。まさしく薔薇のような声と歌。甘すぎて敬遠されるかも?と上で書いたのはこれだ。僕はこういった甘さが音楽に漂っているのを味わうのが大好き。美しくかぐわしい花のそれが一面にたちこめているようなサウンドと歌で、も〜う、すんばらしい!この声を聴いて!

また古典的、伝統的な美しさがひしひしと伝わってくるようなもの、たとえば1曲目「わたしを思い出して」(Ouzkourini)や7曲目「過去の回想」(Lamlamtou zikra)なんかも僕は大好きだ。曲のメロディや伴奏サウンドはアラブ古典なんだけど、そしてフェイルーズの歌いまわしも伝統的だけど、声の質にポップなモダンさが聴きとれるように思う。

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