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2018/02/23

マイルズのアフター・アワーズ

2015年9月に僕が YouTube にアップロードしたマイルズ・デイヴィスのストレート・ブルーズ演奏「スター・ピープル」。この音楽の評判がかなりいいみたいだ。
再生回数も、本当はいちばん多かったのがプリンスの「テ・アモ・コラソン」(『3121』)だったんだけど、それは YouTube Sheriff と名乗る者の手によって、事前予告なしの問答無用で強制削除されてしまった。それを除くと、マイルズの「スター・ピープル」がいちばん再生回数が多く、しかもコメントだって多く付いている。

それらのコメントはこの音楽「スター・ピープル」を絶賛するものばかり。なかにはどう考えてもあまりに過大な褒めかただろうと思えるものが複数あるが、まあそれでもかなりいいブルーズ演奏だという評判なのは間違いない。しかし、僕としては納得いかない点も二つある。

一つ。この「スター・ピープル」は1981年復帰後のマイルズによる初のブルーズ、というだけでなく1968年電化後のマイルズ・ミュージック全体のなかでもほぼ初の12小節定型ブルーズの公式リリースで、だから1983年の発表当時はかなり大きな話題になっていた。つまり有名な一曲なんだ。それなのに、2015年に僕がアップロードするまでネットに存在しなかったのが不思議。

もう一つのほうがもっとわからない。それはこの「スター・ピープル」を僕はそんなに高くは買っていないんだ。2015年9月に YouTube に上げたのは、そのとき書いていた文章を進める上でどうしても音源を引用する必要が生じて、論考上不可避だったから自分で上げた(探してもなかったので)だけのことで、これは素晴らしい音楽だからみなさんぜひ聴いてみて、という気持ちでアップしたんじゃない。

だからそれにここまで絶賛のコメント(”immenso....incomparabile! il mio pezzo preferito,18 minuti di goduria!” / “This is one AWESOME piece !!!!” / “t’s crazy! Uawwww!” などなど)がどんどん付くのが不思議なような申し訳ないような…、なんといったらいいのか、ちょっと微妙な気分なんだよね。

2018年現在でも反応が続くので、なにかあるんだろうなあと思って、それでマイルズの「スター・ピープル」をちょっと真剣に聴きかえし、この12小節定型のストレート・ブルーズになにがあるのか?ちょっと考えておきたい。僕のばあい、むかしからそうだけど、だれかが真剣に褒めるものにはきっとなにかある、僕自身はピンと来ない、あるいは嫌いだとかいうものでも、一度ジックリ取り組んでみたほうがいいという考えの持ち主で、実際、いままでもそうやって発見した楽しみがたくさんあるから。

さてしかし、マイルズの定型ブルーズというと、もちろんチャーリー・パーカー・コンボ時代からたくさんあって、独立後もかなり数が多いけれど、よくよく振りかえってみると、スロー・ブルーズが一曲もない。ないんだ。どれもぜんぶ中庸テンポ以上のスウィンガーで、そんな速度でやるときこそ、ブルーズの美味しさがいちばん表現しやすいんだとマイルズも考えていたんだろう。僕の考えも同じ。

例外的に、1955年以前のプレスティジに二曲、スロー・ブルーズがある(「ブルー・ヘイズ」「グリーン・ヘイズ」)けれど、出来がイマイチ。僕は好きなんだけど、はっきり言って一般的にはだれにも相手にされず、話題にのぼったことなんかまったくのゼロ。僕が過去に書いたのが世界で唯一の例外に違いない。よほどのマイルズ好き兼ブルーズ好きじゃないと、存在に気づきすらもしてもらえていないはず。

ジャズ・メンがやるブルーズにだってスロー・ブルーズは多い。ただたんにマイルズになかったというだけだ。アンタ、書いたように二曲あるじゃないかと言うなかれ。マイルズが公式録音したブルーズの数の多さたるや!そこから計算すると、二曲というのはほぼ0%に近い。だからマイルズにスロー・ブルーズはなかったと言ってさしつかえないんだ。

ところが「スター・ピーピル」。これが収録されたコロンビア盤アルバム『スター・ピープル』は1983年の発売だけど、録音は1982年9月1日。同じ82年のライヴではそれ以前からストレートな定型のスロー・ブルーズをやっていて、そのころはまだ曲題もなく、ただふつうにやっていただけだった。メンバーは81年の来日公演をこなしたのと同じカム・バック・バンド。

同年九月にスタジオ入りして公式録音し、その後も1991年に亡くなるまでライヴ・ステージではただの一度もスローな定型ブルーズを欠かさなかった。まったく例外なく演奏していたんだよね。だから82年にそれをはじめてライヴでやろうとマイルズが考えたのには、きっとなにかきっかけがあったんじゃないかと思う。

あるいは、別になんのきっかけもなく、ブルーズなんだから、ただなんとなくやってみただけだったかもしれない。アルバム『スター・ピープル』発売時には、どの国のジャズ・ジャーナリストもあの実に久々なストレート・ブルーズ演奏に驚いて、みんなインタヴューでこのことを熱心に尋ねていたけれど、本人の反応は薄く、あなたがたはいったいなにを言っているんですか?僕はただたんにブルーズをやっただけですよ?などと返していたよなあ。

アルバム『スター・ピープル』に収録された曲「スター・ピープル」は、演奏本番時は少し前からのライヴ・ステージそのままにふつうにブルーズを演奏しただけかもしれないが、発売に向けては、かなり手の込んだ加工処理が施されているのは、この完成品しかお聴きでなくともおわかりのはず。

まず本編のブルーズ部分とはなんの関係もないシンセサイザー演奏(はマイルズ本人による)&ギターでイントロができている。それが33秒間続き、また中間部でインタールードのようにふたたびシンセ&ギター演奏が挿入されているのが 12:38 〜 13:19。この分厚いシンセ・サウンドとエレキ・ギターとのデュオ演奏は、本編のブルーズ演奏とは関係なく別個に録音されていたものだ。

それをイントロとインタールードに使うというアイデアがマイルズ本人によるものなのか、プロデューサーのテオ・マセロによるものか、はたまたこの1983年ごろにも再接近していたギル・エヴァンズによるものか、僕には判断できない。ギルは、少なくともアルバム『スター・ピープル』ラストの「スター・オン・シスリー」でアレンジを提供したことが判明している。

あのシンセサイザー(&ギター)演奏は録音年月日もわかっていない。だけど、マイルズがあんな感じのファットなサウンドのシンセ演奏を1983年に入ったころからライヴ・ステージで聴かせていたとはわかっているし、同83年4月(何日かは判明しない)のアルバム発売の前には違いないんだから、まあだいたいそのへんなんだろう。

そのイントロとインタールードでのファットなシンセサイザーとギター(マイク・スターン)によるデュオ演奏部分のフィーリングが、まさにスター・ピープルという雰囲気で、まるでよく晴れた真夜中に夜空を見上げ星を眺めるかのごときムードが横溢しているよね。ブルーズ演奏部分はよく聴くとそうでもないけれど、あのイントロに続きトランペット・ソロが聴こえだしたあたりでは星空のブルーズみたいに響くから不思議だ。

あのシンセサイザー&ギター演奏挿入後のことに違いないと思うんだけど、たぶんプロデューサーのテオ・マセロもそんな雰囲気を大切にしたい、ブルーズ演奏部分でも保ちたいと考えて、あんなやや派手目なエコー処理やサウンド加工を指示したんだろう。その結果、アル・フォスターの叩く音が妙にロー・ファイなグシャっとつぶれた音に変化していて、マイルズ本人には評判がよくなくて、結果的にテオと縁を切るきっかけになってしまったけれど。

ああいったものは僕もむかしは嫌いな音響だった。でも最近はなかなかうまい効果を出しているじゃないかと聴こえるようになっている。ジャズの世界はクラシック音楽同様ハイ・ファイ録音、ハイ・ファイ再生こそ命みたいな面が強いけれど、ある種のロックその他で聴ける、わざとロー・ファイに音をつぶして独特の効果を生み出す手法は、一時期のロス・ロボスなんかに僕もハマって、納得できるようになっている。

そんな独自音響が生み出す星空の下でのブルーズみたいな雰囲気は、マイルズがそれまでやったことの(ほぼ)ないスロー・テンポ演奏によっても醸し出されている。言ってみれば、ちょっとした「アフター・アワーズ」(エイヴリー・パリッシュ)っぽい。三連のタメの効いた6/8拍子という点でも共通している。

だからマイルズの「スター・ピープル」はジャズ・サイドというよりも、ブルーズやリズム&ブルーズの側に寄って存在しているんだよね。ちょうどエイヴリー・パリッシュが書いて在籍中のアースキン・ホーキンズ楽団で演奏した「アフター・アワーズ」がジャンプ・ミュージックの聖典で、ジャズ界のみならず、のちのブラック・ミュージック界にも多大な影響をもたらしたように、マイルズのこれもそんな具合に聴かれたらいいなあ。

演奏「スター・ピープル」では、マイルズの次にソロをたくさんとっているのがエレキ・ギターのマイク・スターンだ。この曲でのマイクの演奏はかなりいい。たぶんマイルズ・バンドでマイクが残した最高傑作演奏がこれじゃないかと僕は思う。褒めない人は褒めない人だが、僕はそう考えているんだよね。

マイルズも当時、このマイク・スターンのギター・ソロを激賞していて、B.B. キングになぞらえるという過大な褒めかたをやってしまっていたが、自身のバンド・マンだったからという贔屓目を抜きにして考えても、この「スター・ピープル」でのマイクのブルーズ・ギターは素晴らしいんじゃないかなあ。

ギタリストのマイク・スターン。あんなに大活躍して、僕も福岡(1981)、大阪(1983)と二回生演奏を聴いたけれど、最近はかなり大変な状況にあるようだ。2016年の夏に大怪我をして両肩を負傷。特に右腕が深刻で、神経がぜんぶ死んでしまったそう。ふつうにギターを弾くことができなくなっている。

それでマイク・スターンは、小さなピックを握ることもできなくなった右手の指に糊とテープでピックを貼り付けて、それで弦をはじいて演奏しているんだそうだ。どんなものも、だれも、僕から音楽を、ギターを、奪うことなどできないんだと言って、にこやかに。

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