ウェイン・ショーターの欲求不満
1976年という一時隠遁期に発売されたマイルズ・デイヴィスの『ウォーター・ベイビーズ』では、話題が A 面(三曲目まで)に集中している。B 面のことなんかだれもな〜んも言わず、たまに言及されるときは開発途上の実験品で面白味に欠けるとか、そんなのばっかりなんだよね。ジャズ・ファン、ジャズ専門家だけじゃなく、マイルズ・マニアでもね。
以前から僕は、アルバム『ウォーター・ベイビーズ』で聴くべきは B 面であって、それはマイルズ・ファンクの予兆、というより、もうすでにカッコイイじゃんと繰り返してきている。見方によっては、(全体の)五曲目「デュアル・ミスター・アンソニー・ティルマン・ウィリアムズ・プロセス」なんか、マイルズの全音楽生涯で最もファンキーなものだったかもしれないんだけどね。
今日は『ウォーター・ベイビーズ』でも A 面の話をしたい。リアルタイムで聴いていたファンのみなさんなら、その三曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィート・ピー」は、ウェイン・ショーターの1969年作『スーパー・ノーヴァ』でご存知だったはずだ。三つともウェインのオリジナル・ナンバーで、最後の「スウィー・ピー」(が『スーパー・ノーヴァ』ジャケットでの表記)は、かのビリー・ストレイホーン追悼曲だ。
影のデューク・エリントンだったビリー・ストレイホーンは、1967年5月31日に亡くなっている。曲「スウィート・ピー」のマイルズ・クインテットによる録音は、同年6月23日。この時期はちょうどハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズを擁する、あの通称 “黄金のクインテット” のころ。
マイルズ・クインテットによる「ウォーター・ベイビーズ」の録音は1967年6月7日、「キャプリコーン」は同年同月13日で、ちょうどこの時期はアルバム『ネフェルティティ』になったものの録音が進行中だった。実際、『ウォーター・ベイビーズ』の A 面もアルバム『ネフェルティティ』にとてもよく似ている。
三曲ともウェインの自作だし、1976年になってようやく発売されたものを聴くと、演奏内容だって素晴らしい。アルバム『ネフェルティティ』収録の七月録音分と差し替えてこっちを入れたらもっとアルバムが引き締まってよくなったんじゃないかと思うほどだもんね。好きか嫌いかは別問題として、クォリティが高いのはだれも疑えない。このあたりのマイルズ・ミュージックに若干否定的な僕だって、このことは心から信じている。
だから問題はウェインの気持ちなんだよなあ。(自分も含め)人の心なんてわからない僕だけど、これだけ立派な曲と演奏を当時発売してもらえなかったウェインは、内心おだやかじゃなかったかもしれないと思うことがある。このセカンド・クインテットのスタジオ録音アルバムでは、『マイルズ・スマイルズ』あたりからどんどんウェインのオリジナルが増えていき、なかにはマイルズがなんの楽器も演奏していない曲すら発売された。
『ソーサラー』『ネフェルティティ』と、そんな感じになっていて、ウェインのオリジナル楽曲やテナー・サックス演奏の比率が上がっていたので、プロデューサーのテオ・マセロやコロンビア側としては、このあたり、ちょっと考えたのかもしれないよね。やっぱりマイルズのリーダー作なんだから、そんないつもいつもウェインばかり出てくるのではちょっとどうかと。マイルズ本人がどう考えていたかまでは推測できない。
たぶんそんなことで、三曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィート・ピー」という、きわめて美しい曲三つがお蔵入りしたんじゃないかと思うんだよね。ご存知ないかたは、いちばん上の Spotify のプレイリストでちょっと聴いてほしいのだが、なかでも特に「スウィート・ピー」の音美は群を抜いて素晴らしい。1966〜68年にリアルタイムで発売されていたどれより絶品じゃないか。
曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」だと、前者が3/4拍子、後者がメインストリームな4/4拍子を基調としながらも、ドラムスのトニーがけっこうおもしろいことをやってくれている。定常ビートを持たない「スウィート・ピー」でもそうなんだけど、トニーはポリリズミックに叩いているよね。トニーはシンバル&ハイハットの金物小僧みたいな面があって、そこにも着目して聴いてほしい。
ここまでの作品が完成していながらも、当時は未発売のままになってしまったことで、曲を書いたウェインとしてはちょっとおもしろくなかったかもしれない。三曲とも1967年6月の録音で、同年12月に『ソーサラー』、翌68年1月に『ネフェルティティ』がリリースされている。その次は7月発売ですでに電化&8ビート化されている『マイルズ・イン・ザ・スカイ』になる。
だから、う〜んと、特に根拠のない憶測なんだけど、1967年のある時期以後、ウェインはマイルズ・バンドでの居心地がイマイチになっていったかも。ボス個人とじゃなくてクインテットのなかで、あるいは会社コロンビアやプロデューサー、テオ・マセロなどとの関係がギクシャクしはじめたかもなあって思うんだ。って、ホント根拠レスな憶測なんだけど、やっぱりそうかも?と思えるフシだってあるよね。
すなわち、上でも書いたようにウェイン自身が、それまでも自己名義の作品を録音、発売していたブルー・ノート・レーベルへ、それら三曲を録音しなおしたことだ。それが1969年の8月29日なんだよね。当時、ウェインはまだマイルズ・バンドの一員。しかもこの69/8/29は、ボスの『ビッチズ・ブルー』を録音した直後というに近い。
そしてほかの曲とあわせ、ウェインのブルー・ノート盤アルバム『スーパー・ノーヴァ』になって発売されたのが同じ1969年(の何月何日かははっきりしない)。参加したボスの『ビッチズ・ブルー』は翌70年4月リリースだった。こりゃ、まるであれじゃん、アテツケみたいに録音、発売しているかのように見えるんだけど、僕の思い過ごしかなあ?
いつごろからかはわからないけれど、ウェインはちょっとした不信感というか、音楽創造意欲が十分に実らないという不満を抱くようになっていたかもしれないと僕は思う。そのあとしばらく経ってから、一時期はマイルズ・バンドでも質量ともにいちばん存在感があったウェインのテナー・サックス演奏の比率が、実際、低下するようになっていき、曲を書くことも少なくなっている。
ウェインのアルバム『スーパー・ノーヴァ』で、当時まだレギュラーとして在籍中のマイルズ・バンドですでに録音済みの三曲を再演したのには、こういった心境があったんじゃないかと思うんだよね。しかし肝心なのは、ウェインもただの再演とはしていないところだ。1969年の夏録音で、当時のボスはファンク・ミュージックに傾いていたけれど、ウェインとしてはまだまだジャズに意欲満々だったという出来栄えになっているよね。
『スーパー・ノーヴァ』収録のウェイン自身がやる「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」には鍵盤奏者がおらず、参加しているチック・コリアもドラム・セットを演奏する(「スウィー・ピー」でだけヴァイブラフォン)。だからジャック・ディジョネットとのツイン・ドラムス体制。ギターがジョン・マクラフリンとソニー・シャーロックとの、これも二名同時演奏。あとはミロスラフ・ヴィトウスのベースとアイアート・モレイラのパーカッション。
この編成でウェインは、ほぼ完全にフリー・ジャズと呼んでもさしつかえないほどの演奏を聴かせる。クールな感じが持ち味の人なんじゃないかと思うのに、「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」、特に「キャプリコーン」はかなりフリーで、しかも熱い。三曲ともウェインしかソロをとっていないが、その内容にかなりの熱量がある。
そんな熱は、ひょっとしたらボスのバンドでの扱われかたに不満があって、それがもともとの原因でそうなったんじゃないかと思える部分がなきにしもあらずじゃないかなあ。たんに1960年代的なフリー・インプロヴィゼイションを、ディケイド末に爆発させて締めくくっておきたかったというだけかもしれないけれども。
したがって「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」の三つは、<曲> としては、『スーパー・ノーヴァ』のウェイン・ヴァージョンでメタメタに破壊されていて、自らが書いた美しいメロディなのに、それの原型もとどめていない。断片的にちょろっと参照されたり振り返ったりなだけで、演奏全体はほぼフリー・インプロヴィゼイションで構成されている。
あんなに綺麗なメロディなのにもったいないなあとか、大学生のころの僕は感じていて、だからマイルズ・クインテットの『ウォーター・ベイビーズ』ヴァージョンは好きだったけれど、ウェインの『スーパー・ノーヴァ』ヴァージョンだと、コレ、なにやってるんだろう?どこがおもしろいんだろう?とか思っていたんだよね。旋律美がふつうの意味で聴きとりやすい音楽が、僕はやっぱり好きだから。
そこをあえて崩したウェインは、一つ、マイルズ・クインテットでやったのと似たようなことを繰り返しても意味がない、一つ、1967年と69年というジャズを取り巻く状況の変化や時代の要請を聞いた、一つ、メロディがシンプルに美しいものは録音済みなんだから、そのマイルズ・ヴァージョンが発売される日もやがて来るだろうとひそかに期待もした 〜 この三つが理由だったのかなあ?
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